オピニオンリーダーのための熟議型ワークショップ 2012.9.29. 放射線の基礎と防護の考え方 東京大学大学院医学系研究科鈴木崇彦
講義の内容 放射線の基礎放射線の単位低線量被曝のリスク放射線防護
放射線の特徴は? 物質を透過する 線量が大きくなると障害を引き起こす RADIOISOTOPES,44,440-445(1995)
放射線とは? エネルギーです どんな? 原子を電離 励起する または原子核を変化させる能力を持つ エネルギーの形は? ( 粒子線 )α 線 β 線 中性子線 ( 電磁波 光子 )γ 線 X 線 原子が電離するとどうなる? 電子 ( 陰イオン ) が原子からはじき出され 原子がイオン対に分かれます
電子 (-) 放射線 (+) 吸収 核 核 放射線 電離放射線と呼ぶ 原子が電離される 分子 (DNA) であれば結合が切れる化学物質であれば 結合が変わる (3 価 2 価 重合など ) 放射線影響の基本原理
放射線の DNA 障害 1 本鎖切断 放射線 2 本鎖切断 DNA 分子を構成する原子を電離 DNA 修復 修復 放射線の障害密度が大きい 欠損
X 線照射によるヒト細胞の DNA の切断 未処理核 4Gy X 線照射 4hr 細胞 : ヒト腸上皮細胞 抗体 :p53-bp1
放射線の特徴 透過性 ( 力 ) と電離作用 透過性 ( 力 ): 電荷 質量 エネルギーによって決まる 電荷を持つ (α β) 直接相手を電離する ( 直接電離放射線 ) 電荷を持たない ( 中性子 電磁波 ) ( 間接電離放射線 ) 電荷が大きい = 相手と相互作用し易い = 奥に進めない = 透過力が弱い 電荷が無い = 相互作用しずらい = 透過力が大きい 相互作用の相手 : 電磁波 相手の軌道電子 * 中性子 小さな原子核 *
放射線の種類と透過力
放射線のエネルギーを止める 放射線を遮へいする それぞれの放射線は 何と相互作用して効率良くエネルギーを失うか? α 線 何とでも相互作用し易い (+2 の電荷 大きな質量 ) 紙一枚でも遮へいできる β 線 相互作用し易いが α 線ほどではない薄い金属 アクリルなどで遮へいする γ 線 相手原子の電子と相互作用する 電子を多く持つ原子と相互作用し易い 原子番号の大きな原子 鉛中性子線 中性子と同じくらいの大きさの原子核と衝突してエネルギーを効率良く失う 陽子 ( 水素の原子核 ) 水
2. 放射線に関する単位 放射能と放射線影響は別々の単位で表される 放射能 (radioactivity) 放射線を出す能力を表す 単位ベクレル (Bq) ( 定義 )1 秒間に何個の原子が壊変 ( 崩壊 ) するか 1 Bq = 1 disintegration/second (dps) 壊変に伴って放射線が出るので 放射線を出す能力を表す
放射線の ( 人体 ) 影響を表す単位 その前に
放射線には (1) ある線量以上受けないと影響 ( 放射線障害など ) が出ない ( 確定的影響 ) (2) 少ない量でも放射線を受けるとがんになる可能性 ( リスク ) がある ( 確率的影響 ) という 2 つの影響がある (1) は ある温度以上のものに触れると火傷をするのに似ている (2) は 車に乗れば ある確率で事故に遭遇する可能性 ( リスク ) があるのと似ている
(1) ある線量以上受けないと影響 ( 放射線障害など ) が出ない ( 確定的影響 ) たとえば 30 のお湯に手を入れても火傷することはない しかし 90 になると火傷してしまう 火傷 ( 障害 ) は与えられたエネルギーに依存する 放射線の場合 障害を起こす最低線量を しきい線量 または しきい値 とよぶ 影響の単位は吸収線量グレイ (Gy) で表す 物質の質量 1kg あたりに吸収されたエネルギーが 1 ジュール (J) のときを吸収線量 1Gy とする 1 Gy = 1J/kg
(2) 少ない量でも放射線を受けるとがんになる可能性 ( リスク ) がある ( 確率的影響 ) たとえば 交通事故でも バイク 自転車 乗用車 電車 飛行機と 利用する移動手段によってリスクの大きさが異なるのに似ている 放射線の場合 放射線の種類によって がんの起こり易さが異なる 放射線の種類 放射線荷重係数 光子 (γ 線 X 線 ) 1 電子 (β 線 ) 1 陽子 2 α 粒子 核分裂片 重い原子核 20 中性子 2.5~22
放射線の種類だけではなく 放射線を受ける側の ( 人体 ) 組織によって放射線に対する感受性 ( 発がんのし易さ ) が異なる 組織 臓器 組織荷重係数 組織 臓器 組織荷重係数 赤色骨髄 0.12 食道 0.04 結腸 0.12 甲状腺 0.04 肺 0.12 皮膚 0.01 胃 0.12 唾液腺 0.01 乳房 0.12 骨表面 0.01 生殖腺 0.08 脳 0.01 膀胱 0.04 残りの 肝臓 0.04 組織 臓器 0.12 がんは どこにできても個体の死につながる影響と考えると 部分的に被曝した場合でも個体としての影響を評価する必要がある この個体への影響評価は実効線量として表す
つまり 放射線による発がんと遺伝的影響は 1 吸収された放射線のエネルギー 2 放射線の種類 3 どこに吸収されたか の 3 つの要因から算出され 単位はシーベルト (Sv) で表される 実効線量 (Sv)= 吸収線量 (Gy)x 放射線加重係数 x 組織加重係数 組織が複数になれば それぞれの合計
放射線 放射能 放射線影響の単位 ( まとめ ) 放射性物質 (radionuclide) 放射線 (radiation) 放射線の種類組織の感受性 エネルギー (ev) 放射能 (radioactivity) Bq( ベクレル :dps) disintegration/sec 吸収線量 Gy( グレイ ) J/Kg 確定的影響 等価線量 ( 組織 臓器 ) 実効線量 ( 全身 ) Sv( シーベルト ) 確率的影響
放射能は放射性原子固有の時間で半減する 放射能が半減するまでの時間を半減期という 例 U-235 7 億年 U-238 45 億年 C-14 5,730 年 C-11 20.4 分 Cs-137 30 年 I-131 8 日
被ばくの形態 外部被曝 ( 線源が体外 ) 内部被曝 ( 線源が体内 ) α 線 β 線 γ X 線 α 線 β 線 γ X 線 中性子線 人体への影響は 何線を出すか エネルギーの大きさは? どこにあるか ( 対外 体内 ) どれくらい長く体内に留まるかで異なる 放射能 ( ベクレル ) が大きいだけでは判断できない
体内被ばくと体外被ばく 体内被ばくの方が体外被ばくより危険ではないか? という質問 シーベルトで表されれば 体外 体内での区別は無い 137 Cs 体外被曝の指標 (1cm 線量等量定数 ) 0.091μSv m 2 /h/10 6 Bq * 体内被曝の指標 ( 実効線量係数 ) 経口 :1.3 μsv/100bq 吸入 :0.67 μsv/100bq このシーベルトで表された数値は実効線量であり 個体への評価である たとえば 137 Cs で汚染された地区に住み 汚染された空気を吸い 汚染された食べ物を食べれば それぞれに寄与する放射能 (Bq) から その合計として被ばく線量を評価することになる * 通常 体外被ばく線量は 直接 測定器によって測定できる
1 回の体内への取り込みからの被ばく線量は 50 年間の放射能残存量の積分値から計算される 預託線量の概念 取り込んだ放射能 RI は実効半減期に従って体内から指数関数的に消失していく 50 年間 ( 子供は 70 歳まで )
ベクレルとシーベルトが分からない 放射能から被ばく線量への換算 131 I: 606 kev のβ 線 364 kevのγ 線半減期約 8 日 実効半減期乳児 4.63 日 5 歳児 5.94 日 成人 7.27 日甲状腺 ( 約 15g) に取り込んだヨウ素の30% が集積体外被曝の指標 (1cm 線量等量定数 ) 0.065μSv m 2 /h/10 6 Bq 体内被曝の指標 ( 実効線量係数 ) 経口 :2.2 μsv/100bq 吸入 :2.0 μsv/100bq 137 Cs: 514 kevのβ 線 662 kevのγ 線半減期約 30 年 実効半減期 1 歳まで9 日 9 歳まで38 日 成人 90 日全身に分布体外被曝の指標 (1cm 線量等量定数 ) 0.091μSv m 2 /h/10 6 Bq 体内被曝の指標 ( 実効線量係数 ) 経口 :1.3 μsv/100bq 吸入 :0.67 μsv/100bq
食品中 137 Cs の暫定規制値 100Bq/kg(4 月 1 日 ~) たとえば 1kg に 100 ベクレルのセシウムを含む魚を 200g 食べたら どのくらいの被曝線量になるか? 137 Cs の消化管からの ( 経口 ) 摂取による線量係数は 1.3 μsv/100bq だから 1.3 5=0.26μSv ( ちなみに 秋田県の玉川温泉の岩場での線量は 1 時間あたり 1.8~2.3 μsv ) 年間 200 回食べれば 52μSv=0.052mSv ( ちょうど胸部レントゲン写真 1 枚分 ) と 計算できる
低線量放射線によるがん発生リスクの考え方 がん発生増加率 自然発生率 +5% 2.4 ( 自然放射線レベル ) 100 200 UNSCEAR 2010 報告書 原子放射線に関する国連科学委員会 報告書の内容 : 日本の原爆被爆者の全ての癌を総合した結果が被曝線量と発がんのリスクの関係を最も明確に示している 発癌のリスクが統計学的に有意に上昇するのは 100 から 200 ミリシーベルト以上である 疫学的な研究では, これらの被曝線量以下で有意な上昇を示すことはないであろう 1,000 (msv)
低線量放射線によるがん発生リスクの考え方 がん発生増加率 放射線防護 (ICRP) では安全側に考え しきい値の無い直線仮説 を採用 +0.5% 自然発生率 2.4 100 200 (msv) ( 自然放射線レベル )
放射線被曝と日常生活のがんリスク ( 国立がんセンター調べ ) 要因対象比較対象 がんになるリスクの増え方 ( 倍 ) 喫煙 ( 男性 ) 現在の喫煙者非喫煙者 1.6 広島 長崎での放射線被曝 1000 ミリシーベルト被曝無し 1.5 大量飲酒 ( 男性 ) エタノール換算で週 300-449g 時々飲む 1.4 やせ ( 男性 ) BMI:14.0-18.9 BMI:23.0-24.9 1.29 肥満 ( 男性 ) BMI:30.0-39.9 BMI:23.0-24.9 1.22 運動不足 1 日の METs 時が男性 25.45 女性 26.10 1 日の METs 時が男性 42.65 女性 42.65 1.15-1.19 高塩分食品 干物等で 1 日 43g たらこ等で 4.7g 干物等で 1 日 0.5g たらこ等で 0g 1.11-1.15 広島 長崎での放射線被曝 非喫煙女性の受動喫煙 100 ミリシーベルト被曝無し 1.05 夫が喫煙者夫が非喫煙者 1.02-1.03 METs は運動エネルギー消費量が安静時の何倍に当たるかを示す単位 大量飲酒は 1 週間にビールなら大瓶 13-20 本 ワインなら 26-39 杯分
環境基礎疾患ストレス 個人における発がんリスク 大量飲酒 高塩分食 リスクの総和 喫煙 野菜不足 やせすぎ太りすぎ 放射線被ばく
個人の発がんリスク全体の増加 ( 黄色い円の大きさ ) 放射線被ばくのがんリスク 個人の発がんリスク 100 msv 1,000 msv 放射線のみによる発がんリスクの増加
安心や不安はひとりひとりの考え方 人に考えを押しつけられることで解消するものでは無い 知識と知恵で不安を小さくする 世の中にゼロリスクは無い 低線量の被曝を心配するのであれば がんリスク全体の縮小化を考える 野菜不足 運動不足の解消 喫煙量を少なく 線量の把握 漠然とした不安を解消するためには 具体的な数値を確認する 具体的なリスクの大きさを知ることが大切 リスクの ( 大きさ ) を受け入れるためには 具体的な物差しを持つことが必要です 物差しの例 : 健康診断の胸部レントゲン写真 1 枚約 50μSv 年間の自然由来被曝放射線量の変動 1mSv~ 数 msv 程度
放射線の防護の考え方放射線の被ばくはできるだけ避けるのが基本 ICRP( 国際放射線防護委員会 ) の防護基準 1. 被ばくの正当化個人 あるいは社会の利益が放射線の被害を上回るときだけ放射線被ばくが正当化される ( 医療 事故における救助作業など ) 2. 被ばくの最適化基準の設定によって防止できる被害と そのことによって生じる他の不利益の両者を勘案して リスクの総和が最も小さくなるよう最適化した基準をたてること ( 大量の集団避難による不利益 その過程で生じる心身の健康被害など ) 3. 被ばく限度の設定緊急時であれ平時であれ 個人の被ばく線量には限度を設定すること
ICRP2007 年勧告による最適化の目安 ( 急性または年間線量 ) 緊急時救助活動を行う者 500-1000mSv ボランティアによって行われる救助活動に対しては 救命に携わる者のリスクを上回る便益がある場合には 線量を制限しない 緊急時被ばく状況 ( 突発的な非常事態の発生 ) 20~100mSv 現存被ばく状況( 緊急事態が収束に向かっているが 平時より線量が高い ) 1~20mSv 計画被ばく状況 ( 平常時 ) 1mSv/ 年
現存被ばく状況での線量をいかにして受け入れるか リスクの大きさをどう考えるか ( がん ) 検診体制の構築 強化被曝線量の把握 1 日も早い計画被ばく状況 (1mSv/ 年 ) への回帰 困難な場合立入制限区画の設定 小さなリスク ( 潜在的な危険性 ) を受け入れる社会の構築にはリスクコミュニケーションが大切