YEARBOOK 0.-06. CONTENTS をいただけるように諸先輩方が築き上げてこ ても 自身の軽率な行動がご支援いただいて られたボート部の伝統を実感したことと思い いる多くの方々に迷惑をかけることになると いつも艇友会の皆さまには ボート部の活 昨年 ボート部は周年を迎えること 動 の み な ら ず 現 役 生 の 就 職 活 動 支 援 な ど ができました 京都ホテルオークラで行われ 現在 ボート部では新4年生から新2年生 いうことも認識できたと思います 名を超える部員 時代に相応しい周年記念誌 同志社ロー 会裡に終えることができました また 今の も 築 か れ て お り そ れ が 今 後 の 結 果 に つ な らにボート競技の高みを目指すという雰囲気 ず お互いがライバルとして切磋琢磨し さ が意欲的に活動しています 先輩 後輩問わ で漕手 マネジャーを含め イング年 も発行していただきました 考え 乗り越えてくれるものと信じておりま た部員ならば そのような課題を自分たちで くの課題も生じています この伝統を実感し がっていくものと期待しております しかし こうしたボート部の伝統を後世に伝える事 in rowing a boat.と ボートを漕いだという ことが記された日記が発見されています す 大所帯であるがゆえに 部の運営面などで多 業は 艇友会会長や幹事をはじめ 艇友会の 最後になりましたが 創部周年を迎 現役生も祝賀会に参加し 多くの方々から えを賜りますことをお願い申し上げます 上げます どうか今後ともなお一層のお力添 のご寄付を賜りましたこと 心より感謝申し えるにあたって 艇友会の皆さまには 多く ご支援 応援をいただいていること さらに 上げます ないものであります 本当に心より感謝申し 皆さまの献身的なご尽力がなくては 成しえ In the afternoon I had quite an experience そ こで は 新 島 襄 先 生 の 直 筆 英 文 日 記 か ら 係者 艇友会の皆さまにご参加いただき 盛 大学関係者 体育会関係者 関西のボート関 た 祝 賀 会 には 総 長 学 長 をは じめ 多 くの ます ボートに対する取り組みや決意を新た 志賀 理 にしたことと思います 何より生活面におい 体育会ボート部 部長 くお礼申し上げます 発刊に寄せて いろいろな側面から温かいご支援を賜り 厚 力漕 vol. は そのように多くの方々からご支援 応援 RIKISO 0 70 卒業生の言葉 07年度現役部員紹介 0. 0. 07. 0. ボート部にご支援いただいた皆様 07年度ボート部練習計画 0 コーチングスタッフ紹介 2回生の視点から見た ボート部 戦績データベース 統制 主務から 8 平成8年度 6 艇友会インタビュー 9 編集後記 金澤重光先輩 昭和年卒 河畑宜伸先輩 昭和年卒 艇友会だより 第69回朝日レガッタ 平成8年度関西選手権競漕大会 第回全日本大学選手権 第9回全日本選手権大会 0 戦績ハイライト 0
きく出られたのが準決勝進出の決め手となっ 予 選 結 果 は 着 0 0m 地 点 で す で に 大 た と 思 う し か し レ ー ス 終 盤 C O X 籠 重 の うトラブルが起き それまで艇身差だった コールが全員にうまく伝わらないとい と なって し まった スパート が強みの 着の阪大に大きく艇差をつけられてゴール 準 決 勝 結 果 は 6 着 落 ち 着 き を 失った レ ー であるが故にここで勝ち切りたかった 予選のスタートでは隣の瀬田漕艇クラブと 並んでトップ争いをしていたが 波の影響な ス に なって し まった ス タ ー トで 全 艇 に 出 ら どで思うような漕ぎができず徐々に離されて しまった 崩す場面も多く ラストスパート 他 艇 が 常 に 見 え ないレ ース は 非 常 に 辛 かっ れ 焦ってしまったのが敗因であろう やはり 北野 裕樹 0 戦績ハイライト 予選で明 治安田生命と慶 應義塾大学を下 秒も出 し 東レ滋賀に次ぐ位と予想以上の結果を すことができ の雰囲気は予選にして 予選では残せた 目標であった分 最高潮に達した 周りからの賛辞が止むこと はなかったが 一同翌日以降の準決勝 決勝で結果を出すこと そしてユニフォーミ ティとファイナル周りの課題を修正すること 準決勝では盤石に中部電力に次いで位通過 に 集 中 で き て い た 一切 油 断 す る こ と な く を決めた その日もまだ課題の改善は見られ なかったため 決勝当日の朝に確認するなど 細部を怠らなかった ただ決勝は荒波でレー スが00mに変更になった上 発艇時間の 大幅な遅れにより の中に低体温症に なる者が現れるなどで 結果位に終わって けたはずだった 次に同じ状況になった場合 しまった 言い訳はできないが まだ上へ行 二の舞を演ずることはできないと 今後に向 桑原 康彰 も思うように上がらなかったため 6 た 結局立て直すことはできず 終始6着のま の鳥取大学に差されそうになるギリギリの 経験値の低さが出てしまった 準決勝は龍谷 なったレースでした ズン初 戦 冬 季の成長 と今 後の課 題 が明 確 と 力で差をつけられる結果となりました シー ものの準決勝進出したとは大きく推進 終盤艇をかわすものの着 出遅れはした まったことに よ り 大 き くス タ ー トで 出 遅 れ により艇が大きく岸側のに流されてし のレースとなりスタートした瞬間沖からの風 りました 準決勝も荒れたコンディションで でかわすことができたことが良い結果に繋が た 他艇との競り合いの中 離されず勝負所 でき着で目標の準決勝進出を果たしまし り替えることができ岡山大学をかわすことが うハプニングがあったが そこでリズムを切 レースだった 不安であったとしての 立 命 館 と 強 豪 校 と 当 た っ て し ま っ た が ス タートの段階では位で 00mまでは立 命館と位争いをしていた しかし 立命館 にも徐々に離されて 準決勝敗退という結果 が技術面でまだまだ劣ることがよく表れた試 だった パワーの面では強豪校にも劣らない 合だったと思う もっと効率的な漕ぎを追求 ゴール付近でブイパコしてしまい腹を切って :6.6 けて貴重過ぎる経験ができた大会だった らいまで隣のの府大に半艇身出られて 三井 敏匡 くなる 午前中は比較的波が穏やかであるが していきたい ま ゴ ー ル と な っ た ク ル ー リ ー ダ ー の 私 や いる状態が続いていて 京大も横に見えたの 習では目標タイムである分 たりから波が荒れ出し 蛇行を繰り返してそ 秒にあと秒 というところまできていたので 試合で目標 そこで差を開けられた さらに蛇行のせいで こからリズムが崩れてしまって 他の艇に 今大会では風も出ていて終始荒れていた 練 タイムを切ることは十分可能であると思われ COX籠重を中心にしっかり立て直すことが 全体を通して 予選を1位通過できなかった できなかったことが悔やまれる た しかし コンディションが悪化した時の で競り勝ちたかったが 00mを超えたあ 考える 勝てる または勝たなければいけない ことが決勝進出を決めきれなかった原因だと 常に最悪の状況を想定して対応する力が必要 対 応 力の 差 が 今 回の敗 因であると思 わ れる 宮田 將平 かった 次からはやると決めたらやり抜く うのは朝日の目標にも掲げていたのにできな いた ラフコンに対応できるようになるとい の対応力 冷静さ このつが大きく欠けて でもなくフィジカルの弱さだが ラフコンへ 今回の朝日で痛感したのは まずは言うま レ ースで きっち り 勝てる ク ル ーで な け れ ば し 隣のに浸入してから自分達のレー プが隣のの方に斜めに向いてスタート 予選では ウォーターマンの不手際でトッ 古賀 寛之 しまった だと感じた 上 には 進 め ない 勝 負 強いク ル ー に なる た め には何が必要なのか考えるべきだと感じた 槇田 颯一郎 予選 準決勝と安定しないコンディション に振り回されるレースとなってしまった 琵 た その後も焦りやラフコンが原因で人の ンに戻っていたせいで スタートから出遅れ 敗復では 普通にやれば確実に上がれるの リズムが合わないままゴールした 予選は琵琶湖漕艇場特有の荒れたコンディ 6 B 6 RIKISO うと決めていた 実際はばたつくことが多く :8.8 ❻ A 0 で コースが荒れていても絶対に冷静にいこ 府立大学の侵害により少し蛇行しリズ ムがうまく掴めず少し出遅れ 60m地点 ションの中のレースでした スタートで大阪 織 龍谷 鳥取Bに出られていたが 大阪府 リップを離してしまい 一瞬艇が止まるとい でストローク が 艇のローリン グの影 響で グ 良い内容ではなかったが 予選よりも落ち着 立大と京大Cとほぼ並んでスタートし レー いて漕げた 準決ではスタートからトヨタ紡 トも普段より高めで挑んだ 00m地点く :9.6 :06.7 6 山口大学 B 4 :7.9 琶湖漕艇場は朝の静水の状態から段々と波が + (B) C 籠重航 S 村田真哉 槇田颯一郎 藤原駿也 B 松本直弥 :9. :7. B :8.9 大阪府立大学 天鶴 龍谷大学 2 龍谷大学 :0.98 1 :0.7 :.6 慶応義塾大学 + (A) 0 :.0 C 津田邦泰 S 三井敏匡 原田遥大 澤駿太 B 久保剛 ❻ :.0 トヨタ紡織 C 3 :0.8 鳥取大学 B S 岡本晃壽 B 北野裕樹 5 京都大学 C :.80 ❶ (C) 000mタイム :.7 ❻ レース No.0 準決 組 立命館大学 東レ滋賀 0 S 宮田將平 B 大谷文則 :.6 :7. (B) 000mタイム 琵琶湖 ❶ ローイング CLUB :.7 広島大学 端流 中部電力 :0.9 ❶ 大阪市立大学 薫風 M :. C :6.67 :6.0 品川 リフラクトリーズ 大阪大学 A 岐阜経済大学 :9.06 関西学院大学 A 鳥取大学 駿風 トヨタ紡織 B :7.9 ❶ 6 大阪大学 B :00. ❻ :0.79 ❶ 鳥取大学 モッカ M S 古賀寛之 B 星野夏貴 (A) M :.6 A 000mタイム :7. :7.8 明治安田生命 6 ❻ 00mタイム 月日 日 於 琵琶湖漕艇場 大阪府立大学 ネプチューン レース No.9 準決 組 レース No. 準決 6 組 レース No.9 決勝 (00m) 06. 朝日レガッタ 対校8+ 06. 06年 中来田悠介 石田大知 田井哲朗 B 糸魚川宗志 C 桑原康彰 S 阿部正典 7 大森健太 6 櫻間達也 黒田宗一朗 第69回 000mタイム 出始め 昼にコンディションの状況が一番悪 レース No.6 準決 組
高瀬絵留萌 ることができたがスタートで空いた差が致命 は艇も安定して艇速も上がっていき少し詰め 00m手前でミドルスパートを入れてから 出 ら れ て お り ず る ず る と 離 さ れ て い っ た タートスパートが終わった時点で半艇身ほど は岐阜経済大学とならんで抜け出したが ス ようと意識してレースに臨んだ スタートで 全に出遅れたのでスタートから勝負を仕掛け 目標は準決勝進出 予選ではスタートで完 とが考えられる 上体が立っていると前々か 切れないままフォワードしてしまっていたこ セットの境界が曖昧になり 体重を前に返し トを高く保とうとするあまりハンザウェイと はあと秒届かなかった 原因としてはレー 新することはできたが ターゲットタイムに めることができた 昨年度までのベストを更 し コンスタントレートを高くキープして進 レートを落としすぎないで漕ぐことは成功 当初課題としていたスタートスパートから きたのは大きな進歩だと思う ス展開をメンバーで相談して 改善で 決勝敗退だったが レース内容を分析し レー をすることを最優先にした 結果は着で準 が 準決勝では一本の伸びを大事にした漕ぎ ちの体格を生かした漕ぎができなかった だ なった 敗者復活戦も予選と同様に 自分た 不安定さと ラストスパートの遅さが敗因と として出場した 予選は0 00mまでの 今回の朝日レガッタは女子ダブルが対校艇 力を見極めながら練習に努めていきたい 次の大会では勝ち上がれるよう自分に必要な 進 歩 だ と 思 う 今 回 の 結 果 を 前 向 き に 捉 え ができ 秒近く本番までに縮められたのは ムとして設定した分 レートメニューの成果を実感した 目標タイ は える位置についていた 予定していたレート も高レートを出すことができ 周りに艇が見 予選敗退に終わった スタートは予選も敗復 齋藤 暢子 で漕ぐことができハイ 的でそのまま着でゴールした 今大会で痛 ら言われていたことが顕著に現れ 心地よい あっという間に過ぎてしまうと思うが 同じ ていきたい 秒を敗復で切ること 高瀬 絵留萌 せてもらいました しかし 順流のラフコン 今年も昨年に続きシングルスカルで出場さ 富山国際に000m付近で並ばれた お互 から離され始めた じりじり追い上げてきた が抜け出した 第Qまで並んでいたがそこ スタートでは予想どおり同志社とトヨタ紡織 Qに入ったときには少しだけ出られていた い ス パ ー ト を 掛 け 合 い 第 Q を 通 過 し 第 ということでフィニッシュしてからのオール ないことに波があると真っ直ぐ漕ぐことがで また最後の方はオールを握る力が残っておら 艇 は 伸 びた が 差し返せ ず 着で ゴールした そこから ラストスパートを入れた かなり 平田 耕一 位 と0 秒 差 1 位 と 秒 差 だった 勝 てるになる した 今後の課題としては グリップを握り 高瀬 絵留萌 ちきれず悔しかった インカレまでの間に勝 をすることです すぎず腕に力を入れすぎない余裕のある漕ぎ ずラストスパートもあまり上げられませんで きず思うようにスイスイと漕げなかったです の乗せがうまくできずガタガタでした 情け たので厳しいレースになることが予想された ムではトヨタ紡織 富山国際大学に負けてい 予選を組位で上がっていたものの タイ だったが本番は 感したのは上位のトップスピードに乗 リズムで漕ぐことができなかったため あと らを 真っ直 ぐに 漕 ぐことに 集 中 した :08. この 朝 日 レ ガッタ か ら シ ー ズン が 始 ま り せるまでの早さだ とにかくスタートで艇を レースを展開することができ着で準決勝進 艇 が準 決 佐武 宏哉 ずつ取り組んでいきたい 艇中 北野 裕樹 スパート以降で離され敗退した がることはできたが00m地点のミドル 勝に進出 準決勝 スタートから艇に食い下 出を決めた 予選 敗復で ることが分かったので 様子を見ながら少し 予選ではスタート6本がうまくいかずに蛇 行し ブイに接触するなどして大きく出遅れ よ り 枚 高 く 追い上 げること ができ た 結 果 る形となったが コンスタントレートを普段 げ ること がで き た 敗 復ではス タ ー トで 前 に 目標の8分を切ることができ 次の敗復に繋 7:.0 練 習 不 足 によ りコンスタント が 懸 念 材 料 だったので スタートをいつもより落とし R 出ることに成功し 相手との距離を測りなが 7:06.08 で漕いだ しかし 予選に続き位でコンス 0 6 0 7:0.70 タントに突入することができた 00m までは位と艇身あったが 徐々に追いつ 猪飼(瀬田漕艇クラブ) :6.6 7:8.7 平田 耕一 過ちを繰り返さぬよう今回のレースを活かし 今大会の目標は予選突破だったが 結果は W :0.9 北村(大阪歯科大学) :. ❻ 中村(岡山大学A) 敗復 組 000mタイム :6.88 高瀬() 7:06.0 富山国際大学A があったので スパートを試みたが800m :.89 9:.8 中ノ瀬 き00mで並んだ 位以上になる必要 れている間に位に後退した 年ヵ月ぶ で上半身が動かなくなり オールを回取ら りとはいえ 準決勝に上がれるところにいた レース No. 準決 組 門田(大阪大学) トヨタ紡織A (大阪市立大学A) 名古屋工業大学 8:7.77 岡田(鳥取大学) だけに悔しい敗戦となった 腰の調子が上が らず 乗艇 ウェイト共に満足にできない状態 :06.97 60 高瀬絵留萌 8:8.0 髙島(北陸電気工業) 9:0. 高瀬() で挑んだが 上半身を鍛えられると勝負でき 6 W 新田 ❶ (神戸ボートクラブ) 9:09.09 8:9.90 8:0.6 M- 000mタイム 8:.68 7:. 7:. 古澤(京都大学) ❶ 大阪府立大学 飛鶴 :08. 丹下 ❻ 六野(名古屋大学C) 6 ❻ 北野(C) ❶ ❻ 桜門艇友会 四国 仲尾 横浜漕艇NCC 6 紫竹(横浜漕艇ちちく) 岡田(大阪工業大学 翔風) 7:. 井出(今治造船) 木村(トヨタ紡織B) :6. 8:08.8 中村(関西学院大学B) 徳森(岐阜経済大学A) 能勢 大阪大学A 7:0.76 北野裕樹 7:.9 井原(瀬田漕艇クラブA) 000mタイム :.8 8:8.68 小林(広島大学) M S: 古賀寛之 B: 平田耕一 筑波大学A :0.8 ❻ 京都大学B :. :8.6 明治安田生命A 松坂 B :0.0 一歩スピードに乗り切れず敗北してしまっ 松坂滉 立ち上げて相手より出なければ決して勝つこ S 西田樹乃 B 齋藤暢子 立命館大学A レース No.70 レース No.80 準決 組 レース No.66 敗復 組 松坂 滉 W :.8 大阪府立大学 階 :0.69 ❶ 000mタイム :.7 宇治川 島根大学 8:.6 ❶ 佐武(F) - た M 000mタイム 000mタイム 8月7日 8日 於 大阪府立漕艇センター :0. ❻ 榎本 滋賀医科大学 :.6 平田 A :.7 06年 とはできないと改めて思い知らされた 平田耕一 徳森 岐阜経済大学 棄権 高橋 山口合同ガス 佐武宏哉 000mタイム 7:.7 立石(岡山大学) ❶ 0 RIKISO 0 M :0.78 中田 松山大学A 関西選手権 競漕大会 000mタイム 平成8年度 M 敗復 組 レース No.0 準決勝 組 レース No.7 敗復 組 レース No. レース No.6 敗復1組 6
ン侵害がなければもっと早い段階で抜いてい ごくよかった 近大に最後競り勝ったが レー ズムを取り戻して 艇速が上がったことはす ズムが続いた ラストスパートでしっかりリ に リズムが崩れてしまい しばらく重いリ に侵入してしまいタイムロスしてしまった上 航路の確認不足のせいで 隣のに完全 備えて温存することにした 準決では自分の されていった そこからは切り替えて準決に 付けたが そこから急に荒れだして一気に離 予選では600mほどまで鳥取大に食らい 界に入ったままゴールできたレースでもあり で実は初めて自分たち以外のすべての艇が視 になってしまいました しかし を組ん した練習が不足していたために力任せの漕ぎ ラフコンにも上手く対応できず 波や風を想定 離されてしまいました また 敗者復活戦での うに出せず 000mを超えた時には大きく たコンスタントに入った際のレートが思うよ 力で飛び出せたものの 練習時の不安点であっ んでした スタートではの強みである馬 準決勝敗退 思い描いていた通りにはいきませ らい通用するか楽しみでした しかし 結果は 競えることができるということもあり どのく いつも同じ瀬田川で練習している他大学と たし 愛媛や立命にももう少し食らい付けた つけることができたので 来年 再来年と大い ました 改善点はもちろんのこと 評価点も見 宮田 將平 秒で 会となりました 西田 樹乃 に成長できる可能性が見えたとても貴重な大 予選ではかなり余力を残してゴールするこ とができたので 本目の割に体力面に不安は なかった 他大学のが強敵であることは 初めから分かっていたので スタートから全力 で出し続けた 作戦は功を奏し 懸念していた 艇の蛇行もほとんどなく 000m地点で途 中腹を切った立命館以外ほぼ並んだ状態で通 過した しかしそこから徐々に内でリズ ムにズレが生じ 上手くレートを出せなくなっ が ら も な ん と か 耐 え 4 位 で ゴ ー ル し た た結果蛇行し 位の立命館に差を縮められな 感したレースだった 松坂 滉 000mを安定して漕げねばならないと痛 予選 0 6秒で競り負け敗者復活に回り ましたが 順当に勝ち上がり決勝まで進みま した 目標であった表彰台を達成する た め に 決 勝 で は 前 半 か ら 勝 負 を か け 000mまでは着につけていましたが の課題であった後半で他艇に差をつめ られ 粘ることができずそのまま着という 結果に終わりました 今後 の最大の課 題であるコンスタント力をさらに磨き 並ん 松本 直弥 だ時に勝ちきれるになれるよう精進し ます ので決勝の分析から入ろうと思います 決勝 予選に関してはあまり分析することがない た気持ちの問題への対処として有効であるそ ンスへの意識を大きくすることが こう言っ スポーツ心理学的には結果よりもパフォーマ あったりと 気持ち の問題があげられます ではスタートから一橋 市大 同志社がほぼ うです 並んで出ました そこから000m付近ま と年 最終的に人でも勝つ 阿部 正典 は表舞台で勝つ これ以上負けてられない あ のため チームのため 何を言われようが自分 しないなんて言わせたくない 支えてくれる人 てない あの大学に行ってからあいつはパッと 連 大学にきて自分は度も決勝の舞台に立っ 高校時代 決勝で並べた選手は変わらず決勝常 で全日本の名が付く大会では8位 8位 7位 分あった 年目のインカレ 結果は7位 大学 ると思った 8 を降りてヵ月弱 時間は充 感性には代表クラスとも張り合えるものがあ スで自分の強みである艇速 滑らせ方 リズム 中来田 悠介 で艇並んでいたのですが 徐々に同志社が 落 ち 始 め て い き ま し た ミ ド ル ス パ ー ト や レート枚上げを入れたのですが距離は縮ま らず みるみる離されていきました 今回の レースは全体を通して動きが固くバラバラし ているように感じました そのために良いリ ズムを続けることができなかったし スパー トできれいに上げきることができなかったと 考えられます 今大会のエイトの目標は優勝 でした 実力的にも達成可能な目標であった と思います それでも勝てなかった理由とし て どこか浮ついた雰囲気であったり緊張で ので非常に悔しい 今 大 会 で の 目 標 は 決 勝 進 出 6 分 あった しかし のエルゴ値やこれが 初のレースのCOX山口の経験値など課題が 多いというのが現状であった しかし 各々 が課題に取り組み克服を図っていった その 予選は雨 やや逆風 タイムは7分 秒だっ た 久しぶりに発で予選通過したので気持ち よかった 終始艇の滑りや速さを感じながら漕 当 準決勝は残念ながらU 代表と当たった 7:. ぎ切ることができたレースだったと思う たりは悪いが楽しみだった 特に前半飛ばした 秒差でトップ通過した だが 800m地点の 6 7:.86 結果 少しずつではあったが大会が近づくに 6:.8 6:06.67 名古屋大学A 斎藤(東北大学) わけではないが00mは分 秒 0 逆風で崩してしまった ここで相手がスパート を入れ一気に離された 0mで立て直せ 後半の弱さが出たと思う しかし準決勝のレー たが最終的に9秒差で負けた この9秒は中盤 6:.07 大阪大学 ❻ :.8 大阪市立大学 薫風 阿部() つれてとしての一体感が増していくの 京都大学 6:.77 チーム愛媛 6:.86 龍谷大学 7:7.0 本間(仙台大学) が実感できた 結果として決勝には惜しくも : 藤原駿也 B: 松本直弥 C: 津田邦泰 S: 澤駿太 : 原田遥大 一橋大学 6:.0 一橋大学 :. :6.6 7:.8 坂田(熊本大学) 進めなかったがレースごとに成長出来 中 M+ (A) 6 大阪工業大学A 6:8.8 A 6:.8 ❶ 関西大学A 6:06.0 ❶ でも敗復では予選の時7秒差で負けていたク 000mタイム 000mタイム 000mタイム 7:. 決勝 組 レース No.0 決勝 組 レース No.0 順位決定 レース No.8 ルーに競り勝つことも経験できたので 今大 龍谷大学 6 7 会は負け続けたというよりも良い経験が出来 8 糸魚川 宗志 6:09.07 岐阜経済大学 6:9.89 富山国際大学 7:6.9 S: 西川修眞 : 村田真哉 : 中村魁 B: 松坂滉 6:07.09 立命館大学 06 RIKISO 07 6:8.80 た印象が強かった レース No.87 準決 組 ❻ 6:7.7 S: 西田樹乃 B: 齋藤暢子 7:.67 立命館大学A 6 近畿大学A Mx 阿部正典 : 中来田悠介 : 久保剛 : 田井哲朗 B: 石田大知 C: 桑原康彰 S: 阿部正典 7: 黒田宗一朗 6: 櫻間達也 : 大森健太 ❶ 7:.97 9月日 日 於 戸田ボートコース 000mタイム Wx 愛媛選抜 06年 M 7:.0 7:. ❻ M+ (B) 6:. B 松山大学 立命館大学 決勝 組 S: 岡本晃壽 B: 宮田將平 6:.07 6:8.9 愛媛大学 龍谷大学 6:. 対校 M8+ 6:8. 関西電力美浜 大阪工業大学 A ❶ 富山国際大学B 6:.8 新日鐵住金B 6:.7 000mタイム 全日本 大学選手権 6:9.6 関西大学 第回 0 000mタイム 000mタイム レース No.98 M 7:. ❶ C: 山口弘人 S: 三井敏匡 : 槇田颯一郎 : 大谷文則 B: 糸魚川宗志 準決 組 レース No.8 準決 組 レース No.9
準決 順位決定で調子を上げていった原因と タントに入ってから離される展開が多かった トの数が全体的に少なく 特に前半でコンス 調子を上げていった 予選 敗復ではスパー タートして00m間から差ができ 途中まで イントとなることを見越し仕掛けましたが ス 艇によるレースでした 0 00mがキーポ 復で圧倒的なタイム差がある早稲田大学の 戦った鳥取大学 新人戦で敗れた仙台大学 敗 インカレ日目の準決勝は関西選手権で まった レートがすべてではないが 意図せ が失速する地点では は 切れなかった どのレースもスタートレート らの失速を課題とし 練習してきたが克服し ンを通して課題も変わらずにきた 第Qか 東日本選手権と同じで臨み シーズ 予 選 敗 復 準 決 順 位 決 定 と日 を 追って してはその点を反省点として踏まえ スパー 位だったものの 最後は仙台大学のスパート の差を見せつけられたレースでした ですがそ 私達と全国トップクラスのとの実力 今までと違い スタートでトップにいなかっ としてしまっているということである また にまで落ち込んでし で入った トの回数を倍にしてコンスタントでもスパー ずにレートが落ちるということは 水中を落 そしてコンスタントを トで勝負できるように内で意識統一し に食いつけずに着でゴールしました を比較するとレートが枚も上がっているこ た スパートには自信があり 初日と最終日 とからも 強みを最大限に活かすことで全国 たことがある スタートでの貯金がなく 詰 津田 邦泰 め寄られ焦るというサイクルになってしまっ 齋藤 暢子 ていた ようにします 会で戦うまでにその弱さを強みに変えられる の一方で自分たちの弱さと強豪校との差異を と戦えることが確認できた 練 習 で の コ ン ス タ ン ト で は 艇 は 安 定 し スピードも出せていましたが 試合ではコン かなかスピードを速くすることができなかっ スタントでの艇の安定感が欠けてしまい な た スタートでのスパートの高レートからコ ンスタントのレートへの切り替えが上手くい 動 き が 合 わ な かった ク ル ー の 作 戦 と し て かず 艇を崩してしまい 全体が焦り が 艇が崩れた結果 なかなかレートを出す コンスタントを高いレートで漕ぐ予定だった ことができなかった 船を崩したとき 大谷 文則 が焦ってしまったときの対策を作っておくべ きだった グによりこのまま終わるわけにはいかないと 所なしでレースを終えた 当日のミーティン ままズルズルと他艇に出られまったくのいい 年の武器であったスタートでも出られ その ルーで臨んでしまったのはリーダーである自 うことである 対校 艇として このようなク なかった 勝負に臨むでなかったとい ものの 確実に言えるのは 闘えるでは あった 内でもさまざまな意見がある 午後に高強度の00m 00m 田井 哲朗 分にすべての責任があり 痛恨の極みである くことが重要だと改めて感じた 木村 俊貴 とともに 普段の練習で不安要素をなくしてい なった 今回は自分たちの実力不足を痛感する パートをかけられついていくことができなく と 0 0 0m ま で 並 ん で い た も の の 先 に ス 離されまったく歯が立たず 敗復では神戸大学 た 予選は苦手のスタートで出られ そのまま の艇の多さ 雰囲気に飲まれている感じがあっ を行い 修正を図った 全てSRはレースペー M- スではなかったものの レースを上回るタイム で あ っ た こ れ で 大 丈 夫 と 翌 日 に 臨 ん だ が メンタリティが足りていなかった 実力が 散々な結果に終わった 出せなかった そもそも実力がこんなもので 行くことになった レースアップの時点で戸田 きず 000mも回しか測定せずに戸田に 体調不良や全開放流の影響でまったく乗艇で 少ないであった また 大会週間前に 回生主体 戸田経験者人 非常に経験が 6:9.0 戸田入り後 は調子を落とし 艇の 左右への振れ 全体のばらつきが大きくなっ 今回 特に大事にしていたのは戸田入りし てからの調整である には調整 休み ていた そのまま予選のレースに臨んだが 今 あった そのため 戸田入りしてからも常に という 考 えに だけはしないよう 常 に共 有 し 6:00.9 08 RIKISO た レースでは慶應に負けたものの 150 レース No.08 敗復 D 組 : 大谷文則 B: 槇田颯一郎 09 滋賀大学経済学部 6:0. 京都大学 一橋大学 6:7. C: 山口弘人 S: 木村俊貴 7: 松坂滉 6: 安藤優作 : 藤原嵩 : 山本幸之介 : 中澤正浩 : 大谷鋭周 B: 末次真夏 レースを想定して 緊張感を持って取り組め 見つけることもできました 次に全国規模の大 0 古賀 寛之 000mタイム M8+ (A) レース No.6 準決 D 組 S: 村田真哉 : 高野敦 7:0.87 A 6:9.09 大阪大学 降はの体力の低さが出たが 常に両ク 金沢大学 7:09.7 6:.96 京都大 6 7:00. 大阪工業大学 C: 津田邦泰 S: 澤駿太 : 原田遥大 : 三井敏匡 B: 松本直弥 6:9.7 成蹊大学 6:8.0 7:0.80 M+ 7:6.0 広島大学 ❶ 一橋大学 0mまでは水を開けることができた それ以 9月日 日 於 戸田ボートコース 6:8.0 神戸大学 ルー コールを掛け合うという非常に接戦し 06年 7:.7 を来年は晴らしたい 星野夏貴 オックスフォード盾 レガッタ た展開であった 今年の数秒で負けた悔しさ 第6回 7:. 早稲田大学理工漕艇部 6:.0 7:.0 東京経済大学 7:0. 新潟大学 6:.0 中央大学 000mタイム S: 古賀寛之 B: 平田耕一 7:0.99 岐阜経済大学 慶應義塾大学 6:.7 7:9.8 ❶ 東京医科歯科大学 000mタイム 000mタイム 000mタイム S: 西田樹乃 B: 齋藤暢子 8:0.96 仙台大学 7:.8 鳥取大学 8:0. 早稲田大学 7:.7 日本大学 レース No.6 敗復 B 組 7:6.9 7:.0 000mタイム Wx 000mタイム 対校 M8+ S: 中村魁 : 岡本晃壽 : 宮田將平 B: 星野夏貴 Mx C: 桑原康彰 S: 櫻間達也 7: 大森健太 6: 藤原駿也 : 黒田宗一朗 : 中来田悠介 : 久保剛 : 田井哲朗 B: 石田大知 順位決定 レース No.97 敗復 B 組 レース No.67 敗復A組 Mレース No.80 レース No.0 敗復 B 組
RIKISO 0
主将 た出力をもとに 本格的にレースペースの練 ネルギー供給を目的としたスピード系メ を目的に高重量を扱い シーズンに入るとエ というものでもない 練習の量 質はもちろん い 与えられたメニューをただこなせばいい ただむやみに漕げばいいというものではな PDCAサイクルを確固としたものに努める サポート陣が中心となって情報 動画を共有し 今年も作っていく そして 単なる筋肉強化で であり より強く怪我をしないフィジカルを カル強化に取り組んだが まだまだ成長過程 きるようにする 昨シーズンを通して フィジ 重量設定が行えているかを選手自身が認識で どれほど自分が成長しているか また適切な を行うことで 前回の自分の記録と比較して ニューにも取り組んでいく さらに 記録管理 のこと常に艇を進めるにはどうすべきかと考 また 昨 年 度同 様SNSサー ビスを活用し 習にも取り組んでいく えながら 真摯にボートに取り組んでいく て出したものこそ 自らの血となり肉となる えられたものではなく 自分たちで考え抜い のかを 考える力 が必要であると考えた 与 何が不足していて 何をしなければならない 技術 ある それは 体力 フィジカル Rowing はもちろんのこと 勝つために今自分たちに 最も重視したのが 個々の徹底的な強化 で まず 今シーズンの練習計画を立てる際に 区間を短くして低レートでとにかく本本 ぐ 今シーズンの冬季練習の特徴として 漕ぐ はシングルに乗り 徹底的に自分で考えて漕 ボートに乗り 技術の向上を図る 中位のもの 術レベルが上位のものと下位のものが タームに分け 第ターム 月 月 は技 ト ム ア ッ プ に 取 り 組 む 冬 季 練 習 を つ の 挙げた課題に対して今シーズンは徹底したボ と 下位でさえも強い そこで 上記に にも使用している シーズンに入ると さらに な ど に 取 り 組 む 0 0 m SR free また 乗艇前のフォームチェックや出力確認 や全身に酸 ための00m 9本 SR free 素を運ぶ毛細血管の表面積拡大のための ン酸 を生成するミトコンドリア量を増やす 肉を動かす時のエネルギー アデノシン三リ メニューと併用して行う 冬季中 Strength は CP系 解糖系 酸化系からなるATP 筋 ティングを行い 食事の栄養価計算や栄養に の測定や 質 ミネラルなどを分析する InBody 月に度マネージャーが片井先生と合同ミー 井先生に協力していただき 体水分 タンパク には食事 つまり栄養が必要である 今年も同 トレーニングをした上で 体を大きくする の動きを意識して行うこと は な く Rowing でさらなるシナジー効果を狙う そこで 今シーズンは川口コーチをはじめ 岩 の出力をMaxで漕ぐということを重視して 対する知識を深める そして その知識を部内 徹底的な強化 に励む たトレーニングメニューをベースに 個々の するためでもある そして 目標タイムを設定 昨シーズンを通して最も大きく挙げられた 中位のものがボートに乗り 前のター タームで技術力の向上を図った下位のものと 明確化する 第ターム 月 月 は 第 図 正しいフォーム レスト管理などを徹底し 陣 トレーナー陣と連携を取りながら 練習意 もと週回の練習に取り組んでいく コーチ 昨年度同様 岩井コーチ 堀田コーチ指導の しかったのが 加古川レガッタでの1回生 と練習を終わらせることに焦点が置かれて ルーリーダーの言うことを丸呑みし さっさ る の が 面 倒 で 効 率 化 を 求 め 上 回 生 や ク これらは普段の乗艇練習中やその後の 校6年生からボートを始めた私から気づく しかし それでも勝ちきれなかった 小学 のは自明の理である だが 素人だからこそ ばれた大学よりも艇を進めることが下手な 人集団である同志社は セレクションで選 ことは 個 を主張し 議論し続けること 素 躍 を 誓 っ た 漕 手 ト レ ー ナ ー マ ネ ー 志社女子大学生活科学部食物栄養科学科の片 で共有しあい 普段の食事で不足しがちな栄 リート意識をさらに高めていきたい 養を積極的に取るように促すことでマネー 課題が 艇を運ぶ技術の欠如 である 体は大 ムで得た知識を深め相乗効果を狙う 一方 上 どこの筋肉を何のために鍛えるかを認識して し た 上 で 週 に 回 ヘ ッ ド レ ー ス 月 末 に きくなり パワーも上がったが それを艇速に 位のものはシングルに乗り 徹底的に漕ぎこ 適切なトレーニングを行う 冬季中は 筋肥大 ジャーだけでなく 選手自身が栄養に対する つなげられなかった もちろんのことだが 艇 む 第ターム 月 は 前タームで鍛え 000ttを行い 自分たちの成長度合い を運ぶ技術は乗艇練習でしか体得できない 雑になっている 恐 らく 全 員の 意 見 を 述べ 当然難しくなる それにも関わらず 議論 が 重要性をより考えるように努め 部内のアス 素人集団が全国で勝つ この目標がいか そして現時点での全国トップとの差を に難しい目標であるか 思い知った 特に悔 主体の対校エイトでの敗戦だった ローカ ミーティングで多く見受けられる こうな 任せっきりにしている部分があるだろう ボートを漕ぐ上での基礎であるフィジカ いた り 他の 誰 か が 意 見 を 述べてく れると ルを強化するため岩井さん 堀田さんをコー ると 本来伸びるはずであろう艇速まで到 勝てなかった 自分らの実力はこんなもの チとして招聘し 戦った昨シーズン 漕手の けれども 私は大きくなった組織は強力 達しない ことは 全員ではないが艇を進めることが下 各々気づけることがあるはずであり また な戦力にもなると考える 生かすも殺すも 手であるということである 実際 他大 学よ 大きくなったことでその情報量は多くな 自分たち次第であるということだ 大事な りもエルゴスコアが勝っているにも関わら る それを議論することで 勝利への最短航 びはまさにそれを物語っているだろう ず いざ水の上で並べてみると負けてしまう 路をたどる これができれば他大学に引け える 漕ぎ方は各々異なる 人が増えれば増 新 体 制 と な っ た 今 過 渡 期 か ら の 飛 を取らない大きなメリットとなる 能させられていないということである では なぜ艇を進めるのが下手なのか 私 ことがあった 要はフィジカルを効率よく機 たかのように思える エルゴでのスコアの伸 習を行い フィジカル面では概ね成功を収め フィジカルは招聘以前よりも質を伴った練 なのかと打ちのめされた ル大会で数が少ないにも関わらず 滋賀県立 大津高等学校出身 ジャーの総力を結集し 番狂わせしてやる ad 政策学部政策学科 えるほど漕ぎ方は多様化し 統一させるのは は大きくなった組織が弊害を及ぼしたと考 Nutrition 井コーチ 堀田コーチの科学的理論に基づい いる 限られた時間の中で 高い集中力を維持 強度の増したトレーニングに取り組む nd rdはもちろんのこ だけが強いというチームは存在しない そしてまた 全国で勝つチームに対校 松本 直弥 飯田 海舟 RIKISO 07年度
RIKISO 主務から 統制から
RIKISO 7 6 艇友会インタビュー interview 特集昭和 年卒金澤重光先輩昭和 年卒河畑宜伸先輩
絶対王者だった東レを追い詰めることができ 志社の名を上げる 優勝する とにかく勝ち 校の頃から思い入れがあったからかもしれな 河畑先輩 そ れ が 不 思 議 と あ り ま せ ん ね 高 いと 艇は走らない るか 全員がそのような気持ちを 持 っ て い な 勝を目指す そのために何をするか 何ができ は勝つため 位じゃダメだった 同志社は優 たい という気持ちを持ち続けること すべて い け れ ど や っ ぱ り 今 思 え ば 楽 し か っ た 辛 はありますか なりに会心のレースができたなという思い出 かった経験があるからこそ 社会人になって た 結果的には全日本位だったけれど 自分 に残る000mだった も 当時ほどしんどいことはない と乗り越 最近の戦績についてご意見をいただけますか マネージャーに対してどのような思いがあり 河畑先輩 ましたか えることができているんだと思います たのだからとやかく言うことではないと思う マネージャーは僕たちの見えない 河畑さんはボート部の中でどのような存在で 河畑先輩 部分で働いてくれていた 活動の範囲が漕手 いようと考えていましたか なかったけど みんな大変な仕事を受け持っ なものだった 彼らは公にそんなことは言わ ていて それは部の運営にとってすごく大事 と それが支えてくれたサポートしてくれた な人の思いも受け止めてレースに出て勝つこ 人もマネージャーになる人もいる そのよう 手ではない 部の運営上 漕手から主務になる 河畑先輩 同期は6人でしたが すべてが漕 がいけなかったのかという問いかけを自分に 何ができるのか クリアできなかった時に何 い 自分たちの艇なのだから 目標に向かって き合ってほしい 自分で考えなければならな めて 自分に言い訳することなく正面から向 が 意識的なものとして 部 個人で目標を定 戦績は結果であるし 一生懸命し と違うことはあとになって分かりました 知 てもらっていたことを あとになって知りま らないところでいろんなことをやってもらっ した ありがたかったと感謝しています してほしい 自分の中で常にそれを考えて 会 ちで走らせよう 自分たちで考えてやろう と 心 の レ ー ス が で き る よ う に ク ル ー と し て おっしゃった すごく キャプテンシー を感じ 人への恩返しになるかなと思っていた レー の目標は エイトでのモントリオールオリン て やはりリーダーはこういう考えでなければ ピック出場だった 究極は勝つこと 優勝する 日々努力を惜しまないでほしい 因みに当時 ポートメンバーのためでもある レースに出 スに出て勝ちたいと思うのは 自分の目標で るということはそれだけのものを背負ってい こと 同志社の名を上げること もあるし 支えてもらったコーチ OB サ さっきも話したけれど 中野君は る OBの思いもある 艇に乗りたかったけれ 現役時代の仲間に対して今思うことを教えて 河畑先輩 ど乗れなかった人の思いもある いろんな人 いただけますか さりげなく一緒に走ってくれたり さりげな の思いを感じて漕がないといけないとは思っ 優秀な方で 一緒の艇で全日本位になったこ しんどいと言われる冬練習に関しては 辛いと く上に乗って柔軟体操を支えてくれた すご いけないなと強く思いました 湊さんはすごく いうよりも 冬を越えれば強くなる という気 く仲間意識があったし うれしかった 同期は ともあるし みんな湊さんについていきました 持ちを持って練習していました 自分にとっ 河畑先輩 目標はあるか そのために何をし 結果に結びついたらいいなというのは 今も ているか 何ができるか 常に問いかけてほし い 自分のことだけでなく のこと 部 全 体 の こ と を 考 え ら れ る 人 に な っ て ほ し い 目指してほしい 大学は年間だけれど そこ ボートをする上で大切だと思うことは何ですか 昔も変わらないと思います 最後に 現役にメッセージをお願いします ても艇にとってもプラスになる という思考が ていました そういう思いをみんなが持って 年経っても 会えば当時に やっぱり同じ釜の飯を食べて共に闘った仲間 したらみんな違う道に行くと思うけれど とは 感謝の一言ですね 今の現役部員も卒業 戻ることができる そういう友人ができたこ だから 卒業して 働いていたのだと思いますね 先輩にとって忘れられないレースはありますか やはり一番は 回生の秋の全日 からOBとしてまたスタートする ボート部 を持った人の下で 全員が 艇を走らせる 同 だから 協調性 は必要だし キャプテンシー ださい がいることはいいことだと思う 頑張ってく 0 河畑先輩 当然のことだけれども 一人だけ 目標は大きく持って あとは会心のレースを 河畑先輩 年経っても当時のことを思い出すし 同じ気 がんばっても意味がない エイトだったら8 本選手権の000mの準決勝のレースです 持ちでいられると思うから 途中でリタイア 東 レ に 続 い て 位 だ っ た ん だ け れ ど することなく何とか最後まで全うしてほしい 00m付近で 同志社頑張れ という声が の付き合いはずっと続く 年経っても仲間 河畑さんはボート部を辞めようと思ったこと 人 人 の 全 員 の 力 が な い と 艇 は 走 ら な い と思います れたりラストスパートを入れたりして 当時 できた COXの中野の指示通り足蹴りを入 はっきりと聞こえて すごく楽しくレースが 0 8 RIKISO 9 0
伝統を守ってきた先輩への感謝の気持ちを べられた 与できるよう邁進していきます と決意が述 艇友会だより 忘れず 校祖新島襄の思いを引き継ぐように 06年 月 9 日 土 京都ホテルオー クラにて ボート部創部周 年記念式典 が開催され 同志社総長 同志 社大学学長をはじめ 総勢0名を超える 出席者があった 記念講演には 大本山石山寺第五十二代座 主 鷲 尾 遍 隆 猊 下 を お 招 き し 石 山 寺 と 水 の 風 景 と い う テ ー マ で お 話 を い た だ い た 石山寺は清流瀬田川のほとり 伽藍山の麓に あり 観音の聖地である 奈良時代から今日 まで続くその歴史の中で ボート 部の活動を見守っていただき 部員にも身近 な存在である 祝賀会に於いては まずボート 部 艇 友 会 の 新 井 喜 範 会 長 よ り ボ ー ト 部 の 周年の歴史を振り返り 00周年に 向けての新たな船出を祝って感謝の言葉が述 べられた 968年のメキシコオリンピッ クに出場経験のあるも会場に足を運ん でおり その輝かしい歴史に思いを馳せた 次いで 同志社総長 大谷實様 同志社大 学 学 長 松 岡 敬 様 立 命 館 大 学 の ボ ー ト 部 OB会会長の吉田郁雄様 同志社スポーツユ ニオン会長 豊原洋治様と祝辞を頂いた たくさんの激励をいただき ボート部とし ても身が引き締まる思いであった 勝ち取れ とした 競技経験者の渦巻く全国 大会において 大学で初めてオールを握った ま た 武 田 知 也 監 督 は 来 年 に は い よ い よ 素人集団が結果を見いだすことができたの 00名体制の部になるとし 選手たちが勝 は 選手たちの類い稀な努力と活気 勝ちたい 負という厳しい世界で勝ちを追い求めていき 思いが身を結んだことを語った 宴の途中で現役生によるアトラクションが ながら その結果社会人としても有為な人材 そして 体育会長 沖田行司様 あり 周年の歴史を振り返るビデオ上 として輩出できるよう育てていくと宣言した の乾杯のご発声で創部周年を祝し祝宴 映の後 現主将の松本直弥 経 が今のボー 周年は変革期 この一年でボート部 ト部の理念を忘れず 0周年 00周 ト部を紹介し 今後の抱負を述べた の組織は歴史上最大規模となった 968 新島襄の精神を引き継いだボー してボート界を盛り上げる仲間として連携を 互 い に 良 い 刺 激 と な る ラ イ バ ル と し て そ 日本大学選手権7位 全日本選手権7位と 年のメキシコオリンピックにク に入った 取っていこう 大会でベスト8以上の戦績を残した 数年前 年と歴史を築きあげるため 全力を尽くすよ 同 志 社 大 学 ボ ー ト 部 創 部 周 年 に あ には 部員減のために廃部の危機すら感じた うに たって歴史を支えた方々に感謝と敬意を捧 ルーが日本代表として出場したように 同志 今年の戦績として 全日本新人準優勝 全 げ ボート部がいつまでも同志社スポーツの 社大学が全日本選手権で歓喜の声をあげ 東 京オリンピックへの切符を手にしてくれる選 手が現れることを大いに期待している ボート部がここまでの勢いになったのは 非 年の節目に主将という大役を担った 常に多くのドラマを乗り越えてきたからだ 田井哲朗前主将 商 は チームスローガン 金野 裕輝 代表としてたくましく活躍されることを祈り その後 ボート部の志賀理部長より 伝統 ボート部コーチ ます を守り 同志社らしいボート部であり続ける を ねだるな RISE TO THE CHALLENGE こと 同志社スポーツとボート部の発展に寄 ボート部 創部周年記念式典 盛大に開催 collection of recollections 89 写真で振り返るボート部 第一回春季 水上大運動会 90 全日本選手権 決勝 968 メキシコシティ オリンピック 饅頭レース 同年8月日 日開催の全日本選手権優勝 レース800m 付近 手前 向側 慶応義塾大学 同志社校友会 校友会報 第九号 90 年月日発行 に 饅頭レース の記事 社史資料センター蔵 9 同年月日 ボート部の起点となる 第一回春季水上大運動会が石山にて行われる 表彰 式を校内で開き 校長の演説され新島未亡人 八重夫 人 が賞状と賞品を渡された (社史資料センター蔵) 90 ロサンゼルスでの調整練習風景 オリンピック壮行会 社史資料センター蔵 969 初代 WILD ROVER 建造 手前から 東京大学 慶応義塾大学 メルボルン大学 早 稲田大学 日章旗とともにオーストラリア国旗も掲揚されている ゴール付近 全日本選手権 決勝 2連覇 湖週記念撮影 琵琶湖周航記念 メルボルン大学招待 初代 WILD ROVER 建造 同年8月6 7日の関西漕艇選手権大会 瀬田川コース にて優勝を飾る 0 に出漕するという 歴代で最も恵ま れた機会である 対校は6月 末より横山監督 中村コーチ 現役ト レーナー マネージャーとともに渡 年のあゆみ 99 ボート部史上初 6分の壁突破 英した 岡本部長 在外研究中 もア メリカから駆け付け 石本艇友会幹 事長をはじめ 多くのOBもはるば る応援に足を運んだ 練習であった 当時整調を漕いでい た米山曰く 俺 あの時に自分の留 目はインカレ 全日本ともに決勝進 業団チーム 鹿児島大に敗れて3位 年を確信したよ それほど過酷な 出を果たし4位 2年目のインカレ となり 屈辱の予選敗退 同志社大 メニューであった 練習終了後に学 は前年の全日本チャンピオン 慶應 ボート部 00年の歴史に汚点を残す 校に行く気力など 微塵も残っては 大を破るも 力漕及ばず準決勝2位 結果となった いなかった 敗退 3年目となるシーズンは何と 朝日レガッタ後 まるで葬式のよ してもインカレ 全日本でのメダル うな反省会で マネージャー陣から 獲得を果たさねば という意気込み 練習量の少なさを指摘された 質の ヘンリー ロイヤル レガッタ ヵ月余の 3時 0分起床 を経て ている と 対校メンバーにそんな意 対校は英国遠征の時期を迎え 識はなかったが 敗者は黙して語る た 創部 00年記念事業として かの 資格なし そして 練習量重視へと再 英国ヘンリー ロイヤル レガッタ 本一と言っても過言ではないほど ハードな量をこなしていた 過酷な び舵を切ることとなったのである タート 半艇身差で同志社 さらも半 取り上げられた 艇友会の多大な支 援への感謝は 年経った今も忘れ ることがない ヘンリー ロイヤル レガッタを 準決勝敗退となったが 敗れたとは 途中に挟み 過酷なメニューを経て いえこのレースで初めて6分の壁を 迎えた関西選手権 メインレースで 破ることができた あるインカレへの大切なステップだ まった惨憺たるシーズンではあった が 同志社大ボート部 00年の歴史 戦 結果は東レに敗れ準優勝であっ で初めて6分を切ってシーズンを締 たが 東レと互角に渡り合えたレー めくくることができた とする大型に序盤から置いて ス内容から 漕手はインカレへの手 いかれ 本場英国のレベルの高さを ごたえを感じ取っていた さあ いよいよ本番のインカレ 予 巻 に記された当時の遠征報告をみ 選は敗れたものの 敗復は順当に勝 コーチの尽力なしではあり得なかっ ると 複数部員がボートを 楽しむ ち上がり 準決勝に臨んだ 相手は京 たと思う あれから 年 まだこの 都大と早稲田大 当時 順位決定戦は 記録は破られてないようだが でき るだけ早くこの記録を破るが のみが決勝戦へと進むことができる 出てくることを切に望んでいる 99-996 新たな00 年へ 99 平成4 年 創部 00周年記 この頃の同志社の漕法は キャッチに重点を置き 上体の後傾 レガッタ出漕の熱気の覚めやらぬ中 を最小にする独特の漕法であった たが 関西選手権からの課題であっ 我が同志社大ボート部は新たな 00 当時の対校7番 堀内氏は 高校ま たスタートの弱さを克服できず準決 年への第一歩を踏み出した での漕法とは全然違って戸惑ったも 勝敗退 悔しい 0年目を終えるこ のの ポイントが統一され 熟練する ととなった 5月 ヘンリージャパンレガッタ 9 99 平成3 年のインカレ対校エ 田川は 華やかな雰囲気に包まれた イトは5分 9秒を出したが この漕 3時間 ひたすら漕ぐ 漕ぐ 漕ぐ漕 同志社が隅田川で漕ぐのは実 ぎにも当然弱点はあった ポイント ぐ漕ぐ しかもほとんど全力漕だ に 60年ぶりであり は高揚した の統一 熟成に時間がかかるという レート で 0分 3セットが標準メニューであった 3セットをこな ヘンリー ロイヤル レガッタ 99年7月3日 C 功力 S 米山 7 吉田 拓 6 原田 5 堀内 4 宮崎 3 吉田 武 2 加藤 B 内田 結果こそ予選3着と振るわなかった ことである この年の対校は 新入生2名を迎えた若いであ 99 平成5 年2月 エンパッハ 意義は大きかった り 熟練する時間はあまり残されて 製エイトを進水した 艇名は校祖 TTHE HISTORY OF DOSHISHA ROWING 国標準的な漕ぎの徹底という2点が タートと思われたが 津久井高校女 常に練習量を追い求めていた時代で をひとつ 忘れていたかもしれない で Wild Rover Shimeta 世 と命 課題となっていた 関東勢に比べ 大 子ダブルスカルの死亡事故により中 はなかったか それはとてもひたむ それは安全対策である 名された 新島先生の幼名は 祖父 学入学後からボートを始めた者の多 断となった きな時代であったが そのひたむき 練習量を追い求めるあまり 危険 弁治が女子が4人続いた後の初の男 い我が部は 長いパドルメニューの 急速な景気後退局面を世間が バ さのあまり 勝利よりも重要なこと な乗艇による事故も少なからず発生 子誕生に喜び しめた と言ったこ 中でその漕ぎを無意識下に刷り込ん ブル崩壊 と呼ぶなか 就職氷河期 とから命名されたといわれる 我が でいくステージが欠かせなかった を迎えた4回生部員の就職活動は長 期戦となった そんな環境に翻弄さ された7 分のパドルメニュー 戸 れ 000mを見越した戸田での効果 イトの新調は念願であった 当時 関 田で00 00mでのメンタル強化 的な練習に時間を割くことができな は果たされたものの シーズンを通 かったことが悔やまれる インカレ グブレードオールも導入 まさに して納得のいくリズム ユニフォー 準決勝では東北大に大きく水を開け Shimeta と呼べる瞬間であった ミティが得られなかったことがイン られ 000mの難しさを痛感した 新艇で臨んだ対校エイトは 朝日 レガッタ予選で2分 秒 9の好タ イムを記録し 決勝では N T T東京 関西混成 中部電力に次ぐ3位で学 していた それが翌年の悲劇を生む 6 7月 来る日も来る日も繰り返 性と直進性が優れるエンパッハ製エ 東勢の間で急速に広まっていたビッ 部において 国産艇に比べ格段に剛 大学選手権での決勝進出を目指し エンパッハ製エイト ビッグブレードオールの新調 朝日レガッタ対校エイトの 活躍と Jr.エイトの躍進 が 春先に関東勢との試合勘を戻せた for the th anniversary of foundation 新島先生の幼名 七五三太 にちなん いなかった 念事業であるヘンリー ロイヤル と速かった と語っている 事実 した後 レースを想定した7分間 えてくれたマネージャー陣 監督 なかったため2位以下は敗退 1位 に出漕 のちに バブル景気 と呼ばれ キープしつつ質を向上させるという この成果は 過酷な練習を乗り越 えてきた選手だけでなく 選手を支 痛感することとなった 00年史別 る好況のなかでゆったりと流れる隅 たからだ このシーズンは 練習量を 朝日レガッタの予選敗退から始 予選 準決と順調に勝ち上がり 2 年ぶりの優勝を目指して挑んだ決勝 及びオックスフォード大 OBを主体 平日の起床時間は3時 0分 近所 ないか 質の面で他大学に劣ってい 早大を抜くことができず 2位敗退 現地に入ってホームステイをしな で行われた ケンブリッジ大 の迷惑を顧みず 起 床 の声が 響き渡る 4時半から7時半までの たりを繰り返したが 結局最後まで ロンドン ローイングクラブとの2 あってこそ 関東の強豪や実業団相 では何故 今一歩のところで勝て カレの敗因に繋がったと結論づけら れるであろう 世間も我がボート部も レースとなった 振り返ると 99 平成 年以降 は概して①朝日レガッタ学生 No. への取り組み ②関西選手権を通過 0 そのままの艇差で 000mを通過 け その都度艇差が詰まったり開い レースに挑むことなった レースは ことについて綴っている TTHE HISTORY OF DOSHISHA ROWING 艇身差で京大と続く 3チームとも途中で何度か勝負をか 等を含む調整を続け ロイヤル の 練習を乗り越えてきたという自信が きたのだ RIKISO 向上を目指すあまり 量を疎かにし ただ この2年で見えてきた課題 もある 当時 練習量ではおそらく日 手に一歩も譲らないレースを展開で 水中は全力で漕ぐという狂気じみた きょ予選が2艇上がりとなった 実 でシーズンに突入する ノーワークですら レートは 8だが 春の漕ぎ込みを乗り越え挑んだ初 戦の朝日レガッタ 荒天のため急 レースは早大が先頭を切る形でス レガッタ がら 現地とのテストマッチ よる 華麗なるヘンリー ロイヤル 難しい課題に挑戦することとなった 横山監督 中村コーチ体制となっ て3年目のシーズンが始まる 1年 同志社大の熱き戦 い! をはじめ 数々のテレビ番組に 6分を切った 名に相応しい伝統と格式の中で本番 このヘンリー遠征は 同行取材に 日本一を自負する練習量 年のあゆみ for the th anniversary of foundation THE HISTORY OF DOSHISHA ROWING 99 99 99 99 99 996 997 998 999 000 00 00 00 00 00 006 007 008 009 00 0 0 0 0 0 06 インシデント 大事故に繋がりかね ない事象 のひとつであったことは 否めない 0
RIKISO 卒業生の言葉 Tetsuro Tai Yuuki Saka Yusuke Nakakita Kohichi Hirata
卒業生の言葉 07年度 新4回生 現役部員紹介 今まで生意気 散々言ってきましたが 始めに 葉になっていませんか 私は澤主将になってか 教わる機会の少ないこの時期に 最高の教育をし き 私たちが引き継いだボート部はまだ完成して 0 年もボートを続ける環境を作ってくれた両親 ①学部 学科 て下さった監督 コーチ 素晴らしい居場所を与 えて下さった先輩方そして後輩たち 多くの あ ②出身高校 りがとう で 自分は成り立って生きていられる ③身長 体重 ④今シーズンに向けてひと言 津田 邦泰 のだと思います Kuniyasu Tsuda の4年間を振り返ります 愚かな4年間でした 法学部政治学科 私立 清風高等学校出身 ありきたりではありますが 同志社ボート部で 経験者としてわからないと言ってはいけない 対 の せ まさ ふみ ほし の なつ き まつ もと 村田 真哉 会計 能勢 政典 主務 星野 夏貴 副将 松本 直弥 主将 ①経済学部経済学科 ②大阪府立四條畷高等学校 ③69cm 68kg ④ 年間の集大成を勝ちという 結果で示します ①経済学部経済学科 ②私立同志社高等学校 ④同志社の躍進を 見ていてください ①グローバル地域文化学部 グローバル地域文化学科 ②島根県立松江東高校 ③7cm 7kg ④人生で一番熱い1年にします ①経済学部経済学科 ②兵庫県立御影高等学校 ③7cm 7kg ④やる気 根性 気合 気こそ今の和気藹々としたものになりつつあり ましたが 上下左右の人間関係は まだ悪しき時 ①社会学部メディア学科 ②西宮市立西宮高等学校 ③78cm 69kg ④ラストイヤー大成します あ べ まさ のり こ が ひろ ゆき いと い がわ そう ました 入部当初は仕事を覚えるのが大変で 阿部 正典 古賀 寛之 糸魚川 宗志 やっていけるか不安でした しかし真冬でも極寒 ①スポーツ健康科学部 スポーツ健康科学科 ②愛媛県立今治西高等学校 ③8cm 7kg ④日本一なれずに終われない ①社会学部社会福祉学科 ②大阪府立芥川高等学校 ③8cm 70kg ④残された時間 踊り狂って いきます ①商学部商学科 ②札幌市立藻岩高等学校 ③79cm 7kg ④ラストシーズン やるべきことをやって 最高のシーズンにします 漕手を見て 私も一緒に頑張ろうと思えるように の中 凍ったオールを握り一生懸命ボートを漕ぐ 中山 奈美 Nami Nakayama 法学部法律学科 私立同志社香里 高等学校出身 昨年の力漕で櫻間が過渡期について言及して ます 彼らならばやってくれる 私は彼を信じて 学ぶことで挑戦を可能にしてきました 私たちが 同期を大量に失った そして新たな挑戦の結果が 今のボート部です ボート部が新たな時代を切り 拓くには 今のボート部から学ぶことです 校祖 新島襄は 大学の完成には00 年 と残 歩み続けなければなりません 何をしにここにきたんだ という葛藤に4年間 し ばならない時期に来たのではないかと思います トをまとめることだけに奔走している 自分は うな中で 艇を走らせようとしているより エイ ボート部で過ごした日々はとても充実してい 滉 景とその先に目指すものを全部員間で共有せね しています 同志社もまだ完成していません 創 はじめに 監督 コーチ陣の皆様 OB OGの先 ひろし せばよいと考えは短絡的といわれるでしょう 背 代から脱却できていなかったと思います そのよ 輩方 4年間ありがとうございました まつ さか よって多くの問題が存在する今 ただ人数を増や います もちろんみんなも ボート部は失敗から を費やした気がします 松坂 て 部員増に重きを置きました しかし部員増に た ずっと思っていたことは 自分はここでボー い 殻に閉じこもり 失敗を恐れ の繰り返しでし 今のボート部とは違い 私が入部した際は雰囲 なお や いません 近年は組織の成熟の手段のひとつとし いたことが非常に頼もしく感じたのを覚えてい しているのか です まさ や らのボート部しか知りませんが 先輩方が思い描 校COXとして完璧な津田を演じなければいけな トをしているのか それともボート部の活動を むら た よく田井が過渡期と言っていました 過去の言 ありがとう です ずっと見守ってくれた同期 設期からの団体として同志社と共にボート部は 誰よりも後輩へ 本当にありがとう ボート部の 本質である 漕ぐことを見失わず そして辞めるな た 最後の学生生活をボート部で過ごせて良かっ たと心から思いっています 最後となりましたが 4年間私に関わって下 さったすべての方々に感謝致します 本当にあり がとうございました なりました あれから3年 思い返してみると楽しかったこ と 辛かったこと さまざまな思い出が蘇ってき ます 一番強く思うことは 私は人に恵まれてい たということです 私には同期マネージャーはい ませんでしたが そのことが気にならないくらい ボート部は温かい場所でした 優しく接して下 さった先輩 頼りない私について来てくれた後輩 マネージャー いつも笑わせてくれた漕手には感 謝の気持ちでいっぱいです 特に常に気にかけて にし かわ しゅう ま きた の ゆう き みつ い とし まさ おお もり けん た 西川 修眞 北野 裕樹 三井 敏匡 大森 健太 ①経済学部経済学科 ②西宮市立西宮高等学校 ③7cm 69kg ④部に何を残せるのかを 考えながらもう後のない 年を全力疾走します ①経済学部経済学科 ②滋賀県立膳所高等学校 ③69cm 6kg ④ラストシーズン覚悟を持って 挑みます ①文学部文化史学科 ②岐阜県立岐阜北高等学校 ③7cm 68kg ④最上回生として 部に貢献 したいです ①商学部商学科 ②私立清風南海高等学校 ③79cm 79kg ④最上回生として 何かひとつ でも良いものを部に 残せるように頑張ります RIKISO 下さった川野先輩 勝島先輩には本当に感謝して います たくさんの方々に支えられ 充実した4 年間を過ごす事ができました 現在アメリカで留学生活を送っていますが 辛 いことがあっても頑張ることができるのはボー ト部で培われた精神のお陰です ボート部からた くさんのことを学び 成長することができまし
07 年度 現役部員紹介 7 RIKISO 6
07 年度 現役部員紹介 9 RIKISO 8
コーチングスタッフ紹介 RIKISO 0
RIKISO
RIKISO
戦 績データベ ース 女子舵手付きクォドルプル C: 籠重航 S: 宇佐見侑紀 : 福井彩夏 : 竹本咲良 B: 高瀬絵留萌 レース No.6 予選 B 組 :8 発艇. 大阪市立大学 B③7:.9. ②7:9. 敗復へ. 岡山大学 高島 ①7:9. レース No.67 敗復 A 組 :6 発艇. ②7:7.9. 関西学院大学①7:6.9. 大阪市立大学 B③7:.7 男子エイト A C: 山口弘人 S: 中村魁 7: 飯田海舟 6: 中澤正浩 : 大谷鋭周 : 大谷大 : 久保剛 : 尾崎俊介 B: 松本直弥 レース No.9 予選 A 組 : 発艇. A③6:09. 敗復へ. 大阪府立大学 鳳臙②6:0.. 関西学院大学①:.97. 関西大学 棄権 レース No.7 敗復 B 組 :8 発艇. A①6:0. 準決勝へ. 大阪工業大学②6:0.7 レース No.07 順位決定戦 :0 発艇. A④6:.06 第8位. 岡山大学 TREASURE①6:.89. 大阪大学 ③6:.09. 大阪府立大学 鳳臙②6:9.6 男子エイト B C: 藤本亮 S: 神宮健輔 7: 藤原嵩 6: 中野知紘 : 槇田颯一郎 : 山本幸之介 : 田川凌大 : 村田真哉 B: 生駒宏武 レース No.0 予選 B 組 :0 発艇. 京都大学①:8.. 大阪大学 ②6:0.9. B ③6:.0 敗復へ. 甲南大学④6:.9 レース No.70 敗復 A 組 :0 発艇. B②6:0.. 岡山大学 TREASURE①6:0.. 甲南大学③6:.8 レース No.9 順位決定戦 9:00 発艇. 伊津奈織 鳥取大学 ②9:9.. 高田菜々子 神戸大学 B ④9:8.8. 齋藤暢子 B ①9:.8 第5位. 本多真子 神戸大学 C ③9:.8 レース No.9 決勝 A 組 9:0 発艇. 西田樹乃 A ②9:00. 準優勝. 中川恭子 大阪市立大学 ③9:09.86. 藤尾美慧 大阪府立大学 AURA ①8:.. 勝治友紀子 神戸大学 A ④9:.76 男子ダブルスカル A S: 星野夏貴 B: 岡本晃壽 B S: 末次真夏 B: 木村俊貴 C S: 大慈智哉 B: 北野裕樹 レース No.8 予選 C 組 0:0 発艇. 広島大学 C①6:8.8. 大阪府立大学 A②6:.97. 滋賀医科大学 A 棄権. B③7:.8 敗復へ レース No.9 予選 D 組 :00 発艇. 大阪府立大学 天鶴②6:6.77. 岡山大学 晴波③6:9.. 島根大学 B④7:.7. A①6:. 準決勝へ レース No. 予選 F 組 :0 発艇. 追手門学院大学 B④7:.6. 広島大学 B①6:9.86. C③7:.9 敗復へ. 大阪工業大学 A②7:07.7 レース No. 敗復 A 組 9:0 発艇. 関西学院大学 B③7:8.. 広島大学 A①7:.6. B②7:6.79 レース No. 敗復 C 組 9:0 発艇. 滋賀大学教育学部 青波②:.. 大阪府立大学 飛鶴①:8.7. C③:.9 レース No.98 順位決定戦 0:00 発艇. 広島大学 B②7:8.. A①7:.7 第5位. 京都大学 C④8:.0. 大阪府立大学 A③8:08. 男子舵手付きフォア C: 桑原康彰 S: 三井敏匡 : 芦田一郎 : 田中直樹 B: 藤岡天翔 0- 滋賀県大津市玉野浦 6- tel 077--099 びわ湖漕艇場内 open / :00 :00 L.O. :0 7:0 :00 L.O. :0 closed / 火曜日 駐車場あります 宴会 貸切 OK! ブログもやっています ペロッタ瀬田 検索 レース No.9 予選 A 組 : 発艇. 島根大学 疾①6:.96. 大阪大学 八②6:.8. ③7:0.6 敗復へ レース No.6 敗復B組 :0 発艇. ②7:0.9. 京都大学①7:00.0. 甲南大学③7:8.8 レース No.8 予選 D 組 9:0 発艇. 大森健太 F ②8:06.97 敗復へ. 石田陸 愛媛大学 茶祖 ①7:.9. 照内秀和 追手門学院大学 B ③8:.. 棄権 レース No.9 予選 E 組 9:0 発艇. 吉永翔一郎 近畿大学 B ②8:7.0. 三浦圭祐 愛媛大学 棄権. 市坪徹也 E ③8:0.9 敗復へ. 藤島大樹 広島大学 A ①7:.7 レース No.0 予選 F 組 9:0 発艇. 澤野耕大 近畿大学 A ①7:8.00. 大橋正義 滋賀大学教育学部 弁慶 ②8:7.0. 中満祐樹 I ③9:.9 敗復へ. 増田良祐 大阪市立大学 棄権 レース No. 予選 H 組 9:0 発艇. 岡田将俊 大阪工業大学 ①7:0.8. 田中楓聖 追手門学院大学 A ③8:0.0. 林智也 大阪市立大学 棄権. 佐武宏哉 B ②7:7.8 敗復へ レース No. 敗復 A 組 :6 発艇. 照内秀和 追手門学院大学 B ②8:0.68. 佐武宏哉 B ①7:.89 準決勝へ. 大橋正義 滋賀大学教育学部 弁慶 ③8:.99 レース No.6 敗復 B 組 :6 発艇. 市坪徹也 E ③7:8.0. 小田哲平 大阪府立大学 槍輝 ①7:.79. 安藤優作 J ②7:6.6 レース No.7 敗復 C 組 :6 発艇. 石橋和也 広島大学 B ①7:.. 小笠原鴻太 広島大学 C ②7:0.0. 中満祐樹 I ③8:.0 レース No.9 敗復 E 組 6:6 発艇. 吉永翔一郎 近畿大学 B ②7:8.87. 大森健太 F ①7:.77 準決勝へ レース No.0 敗復 F 組 6:6 発艇. 大谷文則 G ①7:9.0 準決勝へ. 渡邉滋 鳥取大学 ghibli ②7:.8 レース No.7 準決 A 組 :0 発艇. 和田優生 大阪大学 蒼穹 ③7:.60. 的野隼人 島根大学 ④7:8.8. 岡田将俊 大阪工業大学 ①7:0.. 大森健太 F ②7:. 順位決定戦へ レース No.7 準決 B 組 :0 発艇. 渡邉滋 鳥取大学 ghibli ②7:.98. 中嶌将訓 大阪市立大学 棄権. 齋藤渉 大阪府立大学 booster ①7:8.6. 大谷文則 C ③7:9.8 レース No.76 準決 C 組 :0 発艇. 小田哲平 大阪府立大学 槍輝 ④7:8.8. 澤駿太 A ③7:9.87. 澤野耕大 近畿大学 A ①7:8.6. 田中楓聖 追手門学院大学 A ②7:.98 レース No.77 準決 D 組 :0 発艇. 佐武宏哉 B ④8:0.7. 藤島大樹 広島大学 A ②7:.0. 石田陸 愛媛大学 茶祖 ①7:.6. 石橋和也 広島大学 B ③7:.00 レース No.9 順位決定戦 9:0 発艇. 田中楓聖 追手門学院大学 A ②8:6.90. 大森健太 F ③8:.98 第7位. 藤島大樹 広島大学 A ①8:6.0. 渡邉滋 鳥取大学 ghibli ④0:7. 女子シングルスカル 焼肉のフルコース 世界一周 REIMON http://www.reimon899.com/ 営業時間 夜 7:00 :00 (L.O.:00) TEL 077-7-700 滋賀県大津市粟津町 8- JR 石山駅前 7 RIKISO レース No.2 予選 B 組 8:0 発艇. 山本昌奈 関西大学 B 棄権. 青谷紘子 滋賀大学教育学部 凛 ②9:0.90. 齋藤暢子 B ①9:00.7 準決勝へ. 伊藤梨奈 大阪市立大学 ③9:. レース No. 予選 C 組 8:0 発艇. 吉良優那 愛媛大学 ④9:7.99. 西田樹乃 A ②8:7.0 敗復へ. 高田菜々子 神戸大学 B ③9:.. 藤尾美慧 大阪府立大学 AURA ①8:.87 レース No. 敗復 A 組 :06 発艇. 伊藤梨奈 大阪市立大学 ②8:.. 西田樹乃 A ①8:07.78 準決勝へ. 吉良優那 愛媛大学 ③8:6.6 レース No.7 準決 A 組 :00 発艇. 伊津奈織 鳥取大学 ④8:0.6. 本多真子 神戸大学 C ③8:.. 藤尾美慧 大阪府立大学 AURA ①7:8.8. 西田樹乃 A ② 8:07.6 決勝へ レース No.7 準決 B 組 :0 発艇. 勝治友紀子 神戸大学 A ②8:0.. 齋藤暢子 B ③8:0.7 順位決定戦へ. 中川恭子 大阪市立大学 ①8:0.6. 高田菜々子 神戸大学 B ④8:0.8 6
編 集 後 記 号を発刊できましたこ この度は大変多くの方々にご協力をいただ き 無事に 力漕 第 とを大変感謝致します 今回で私が 力漕 の 作成に携わるのは3回目となり 感慨もひと 力漕 は その1年間の現役の活動の様子 しおです をOB OGの方々に伝えるだけでなく イン タビューなどさまざまなご協力をいただくこ と でOB OGの 方 々 の こ と を 現 役 部 員 に も 伝えることができる良い機会になると実感し ています 会話の中でも伝え合うことはでき ますが このように紙媒体として 毎年現役部 員や諸先輩方の言葉を残していけるというこ とはとても大事なことであり その制作に携 わることができるのは広報としてのやりがい のひとつであると感じております そして同 志社大学ボート部は多くの方々のご協力の元 活動することができているのだということを 改めて実感致しました 力漕 を制作するにあたり 多大なるご支 援 ご 協 力 く だ さ い ま し たOB OGの 諸 先 輩方 各企業の皆様 地元商店の皆様 コーチ 監督の皆様に心より感謝申し上げます 今年度も部員一同頑張って参りますので温 近 藤 晴 子 山 口 真 奈 かいご支援 ご声援の程よろしくお願い致し ます 回生広報 平成8年度 いつもご支援ありがとうございます 来年度もよろしくお願い申し上げます 昭和 9 年卒 昭和 年卒 昭和 6 年卒 平成6年卒 村井 利康 木村 俊雄 川崎 五代嗣 押領司 哲也 高橋 正樹 高下 康治 木内 良典 村田 市郎 磯田 秀樹 喜多 栄太 平成 年卒 小笠原 司 谷川 真司 竹内 秀暢 赤尾 宣彦 打它 藤井 安田 智雄 中澤 郁男 木口 木下 啓史 田中 義力 中西 孝夫 昭和 年卒 大西 治 昭和 0 年卒 この 度 大 変 多 くの方 々のご協 力 をいた だ き 力漕 第 号を発行することができました 深く御礼申し上げます 今回の 力漕 制作を通 して ボート部の繋がりの強さとともに 今あ ました 艇友会インタビューではOBの方々の る環境がどれほどありがたいものを実感でき ボートへの熱意や当時の様子をお聞かせいた 当時と比べて人数も増え 皆様の温かいご だき 大変多くのことを学ぶことができました 支援のもと ボート部の環境は随分良くなり ました 今の私たちには綺麗な合宿所や艇庫 が あ り 多 く の 艇 が あ り ま す レ ー ス が あ れ ば 必ず応援に来て下さるOB OGの方々 そして家族がいます この環境は当たり前で はないということを忘れず 支えて下さる皆 最後になりましたが 当部報の発行にあた 様に感謝し活動していきます り 編集担当をしていただいた楠様をはじめ 広告掲載にご協力いただいた地元商店の皆 様 各企業の皆様 お忙しい中原稿をお寄せ下 さった志賀部長 武田監督 コーチの方々 イ ンタビューにご協力下さった金澤先輩 河畑 先輩 そして諸先輩方に心より御礼申し上げ ます 過去最大規模の組織となった同志社大 学ボート部は 皆様の期待に応えられるよう さらに強いチームを目指して努力し続けま 園三紗都 亀井美紀子 す 今後とも変わらぬ温かいご声援の程 宜し くお願い致します 3回生広報 昭和 年卒 田中 克弥 高橋 良明 松城 玄道 秀則 屋久 浩典 桜井 隆夫 藤田 哲哉 晋 志賀 荒山 元秀 阿江 克彦 細見 斎藤 繁明 昭和 6 年卒 中住 慎一 原 石田 雄治 平松 靖之 稲垣 茂春 内海 久俊 大橋 行正 野瀬 正治 佐々木 譲 鈴木 文治 宮川 滋 昭和 7 年卒 横山 基嗣 山口 俊郎 昭和 9 年卒 一雅 村井 亮 平成 7 年卒 伊藤 崇 岡田 大介 小吹 悟 家弓 正史 木原 聡 小林 賢史 武田 知也 今井 文美 奥 知里 大澤 成美 平成 年卒 行實 幹人 畑田 聖 岡田 綾子 加藤 駿 平成 8 年卒 野上 慶子 中村 康治郎 濱島 昌輝 上田 奈保子 千原 奈美 平成 9 年卒 石田 政隆 山田 寛幸 角谷 明彦 目片 雅喜 大島 昭子 渡辺 将常 高寄 森 保二 井上 周一 薄 中村 周作 南出 貴裕 林 圭介 古池 美岐 鈴木 直道 市川 亜貴 中田 幸祐 真部 裕香里 谷田 浩毅 昭和 7 年卒 真理 神能 由美子 林田 尚之 平成2年卒 久保 智之 朝倉 伸二 吉野 光治 山本 健也 石橋 雅信 押谷 菊治 松山 厚志 坂本 竜一 永野 島田 恭典 巌 植西 信子 杉木 英男 楠戸 俊宣 小森 進治 花森 節夫 和田 学 武田 泰一 高橋 彩 平成 9 年卒 崇 平成 0 年卒 津村 一平 川島 希紗 平成 年卒 長畑 真実 潟山 愛 高橋 美帆 北村 正樹 奥 哲史 片岡 勇人 配川 隆司 藤井 周子 堀内 知里 平成 6 年卒 朝倉 優子 関根 佐和子 塩屋 沙織 池本 雅基 渡辺 綾子 平成3年卒 乾 健治 平成 年卒 万木 恭介 檜垣 聡志 平成 0 年卒 川口 正嗣 安原 唯菜 松田 弘一 岡田 太一郎 有馬 誠生 瀬川 敏克 谷井 沙衣 宮地 信行 田中 秀昭 小原 隆史 石橋 欣也 有木 良輔 西川 亜希 鎌田 博 高山 一也 重松 健一 岩田 勇人 河合 弘貴 植野 誠之 吉田 寛伸 榊原 雅也 岡前 秀彦 川渕 智貴 平成 7 年卒 上田 達彦 明石 逸二 佐藤 将人 渋谷 一郎 金野 裕輝 日比野 聖司 早川 貝賀 俊之 杉山 伸 高橋 内藤 毅人 君和田 剛大 昭和 9 年卒 津嶋 泰 内藤 竜一 北野 万里香 丸尾 拓也 三上 和彦 中原 輝宣 米村 康弘 安達 祥子 勝 湊 良三 武尾 湊 豊 谷口 幸一 裕子 作間 秀樹 松本 収平 昭和 年卒 荻野 義明 昭和 60 年卒 中野 貴夫 伊藤 矢島 正恒 寛 功 平成 年卒 佐藤 拓朗 太田 圭佑 平成 年卒 平成 年卒 千原 第資 川村 佳苗 網嶋 雄一郎 三谷 大輔 三島 奈々 谷 昌二郎 中島 千尋 大沼 茂彬 新垣彩実 小林 重之 平成 年卒 小田切 拓 佐藤 勇樹 平成 8 年卒 康 高橋 輝 今冨 圭一 石鍋 寿久 功力 英俊 若杉 圭 中小路 悟 河畑 宜伸 矢野 英明 勝本 馬杉 淳一 岸本 伸司 吉田 拓生 平成 年卒 米山 尚吾 井口 順太 大隅 清貴 末廣 恭一 葉山 顕祥 銭谷 剛志 政井 克哉 内田 琢也 高橋 毅 松村 啓介 原田 昌彦 菊山 峰子 山田 高輝 井上 賢二 高橋 弥紀 川野 由季 昭和 年卒 桶田 英俊 加藤 肇 平成 年卒 平井 貴大 入村 勝島 敬称略 RIKISO 池田 ひかる 白田 圭助 昭和 8 年卒 昭和 年卒 9 西本 孝志 松尾 智之 明 岡本 和彦 平成元年卒 堀内 康武 佐伯 平成 8 年卒 森福 将之 関谷 晴彦 小松 研一 昭和 0 年卒 平成7年卒 昭和 6 年卒 新井 喜範 敬 余谷 有紀枝 理 金澤 重光 博 木下 伸也 福重 太郎 樋口 健一郎 池谷 晃 中村 洋太郎 水野 正成 昭和 6 年卒 今関 将太 堀内 昭宏 井頭 長友 毅喜 園田 真大 菊池 修一郎 奥谷 勇人 益田 秀仁 昭和 年卒 学 平成 年卒 今東 俊雄 昭和 6 年卒 久 篤 藤井 啓宏 小関 隆一 感 山田 平成 6 年卒 池田 宜郎 昭和 年卒 平成 年卒 早坂 真一 昭和 年卒 昭和 8 年卒 是非一度ご覧下さい 浩 石本 君夫 大宮 ボート部にご支援いただいた皆様 悠 愛 艇友会費を納入いただいた方および寄付金をいただいた方を掲載しています 8
ボート部 理念 ボート競技を通じ 知 徳 体の涵養に努め 良心に満ち溢れ 自治自立の精神を備えた 有為な人材を輩出することにより 社会に貢献する