未払残業代で 訴えられないために レポート No. 604697 本レポートは 企業の経営者の方を対象として 未払残業代訴訟リスクの企業における対応を紹介しています 1 章未払残業代の訴訟リスク 過去の残業代が未払いになっているとして 従業員や退職者が会社に請求をしてくるケースが急増しています 厚生労働省では 労働局や労働基準監督署に労働相談コーナーを設け 労働者からのさまざまな相談に応じていますが 平成 28 年度の総合労働相談件数は全国で1,130,74 1 件と9 年連続で100 万件を超えています また 全国の地方裁判所における労働関係訴訟や労働審判の件数も増加しています このように労働者からの行政への相談や訴訟が増加する背景には より良い条件を求めて転職する労働者が増加してきていること 法律にのっとった労働条件で働くことは当然の権利であるとの風潮が高まってきたことなどがあげられます また 近年 貸付金利の過払い金請求 を多く手がける弁護士が増加していましたが この請求が一段落して徐々に収束に向かいつつあるなか 次の案件として 未払残業代請求 を手掛けるケースも増えてきています これは 未払いとなっている残業代がある場合に 依頼を受けた弁護士が本人 ( 従業員 ) に代わって会社に請求するというものです この場合には 会社に過去 2 年分の未払残業代に加えて 同額の付加金請求を求めてくることが考えられます なぜなら 労働基準法に 賃金は2 年間請求できる 未払いの賃金があった場合には 裁判所はこれと同額の付加金の支払いを命じることができる と定められており 訴訟に発展した場合にこれらを命じられる可能性が高いからです つまり 未払いとなっている残業代に付加金が加わり 未払額の倍の請求をされる可能性があるということです 会社は このような最悪の事態を招かぬように 残業代が未払いとなる可能性がある部分を早期 に認識し できる予防策を早急に講じていくことが重要です 次章からは現状把握と予防策について解説します -1-
2 章現状の把握 まずは 現状を正確に把握し 未払残業が認められた場合には 早急な対策を講じることが必要 です 残業代と密接に関係する部分について一つひとつ点検しましょう 1. 時間管理の実態 (1) 基本残業代を適正に支払うためには まずは 会社が従業員の労働時間を正確に把握することが基本となります 労働時間の適正な把握について厚生労働省の指針では次のように示されています 1 責任者が 自ら現認することにより確認し 記録すること 2 タイムカード IC カード等の客観的な記録を基礎として確認し 記録すること 1 は 責任者が自ら従業員の始業と終業を把握し 出勤簿に記録する方法で 組織に所属する従 業員が少ない場合に有効です 2 は 従業員自らがタイムカードや IC カードにより記録し 必要 に応じて残業命令書や報告書などと照合することにより 労働時間を把握する方法です (2) チェックポイント 前項に示した方法で適正に記録されているか また 次のようなことが行われていないか点検し てみてください ひとつでもチェックが入った場合は 誤りですので 早急に対策を講じましょう チェック 出勤簿が 毎日ではなく 給与締切日の間際になってまとめて作成されている 解説 1 所定労働時間は定時なので 基本的に始業終業時刻を記録していない 解説 2 タイムカードを始業時のみ打刻し 終業時は打刻していない 解説 3 タイムカードに打刻された時間と 実際の労働時間に相当の乖離がある 解説 4 タイムカードは定時に打刻させており その後に残業をさせている 解説 5 毎日 30 分未満の労働時間は切り捨てるルールとなっている 解説 6 解説 1 正確な時間把握が困難になります 出勤簿は毎日記載する必要があります 2 定時であっても記録は必要です 3 労働時間の把握ができず 訴えられた場合に実際より長い労働時間とみなされることがあります 4 実際には労働していない時間も労働時間とカウントされるリスクがあります 5 労働時間の適正な把握ができません 未払残業が生じます 6 日々の労働時間は1 分単位で把握することが必要です 切り捨ててはいけません 2. 残業代の支払い実態 (1) 基本労働基準法では 労働時間について次のように定めています 1 日の法定労働時間 =8 時間 -2-
1 週間の法定労働時間 =40 時間 この法定労働時間を基本として 会社は労働者の労働時間を管理しますが 残業や休日出勤をし て法定労働時間を上回って働いた部分は 割増賃金の支払いが必要となります 割増賃金は 次の 算式で計算します 割増賃金 =1 時間当たりの賃金 割増率 なお 割増率については次のとおりです 時間外労働 25% 深夜労働 25% 休日労働 35% 時間外労働 + 深夜労働 50% 休日労働 + 深夜労働 60% また 月 60 時間を超える時間外労働については 法定割増率が現行の25% から50% に引き上げられましたので 注意してください ( 中小企業は猶予されていますが 平成 31 年 4 月 1 日より猶予が廃止されます ) (2) チェックポイント前項に示した考え方にのっとって 正しく残業代が支払われているか 次のような勘違いをしていないか点検してみてください ひとつでもチェックが入った場合 それは誤りですので 早急に対策を講じましょう チェック 従業員には残業代を支給しないことについての合意を得ているので大丈夫 解説 1 年俸制になっているから 残業代は支払わなくてもよい 解説 2 歩合給は残業代の計算基礎としなくてもよい 解説 3 残業は命じていないから残業代の支払い義務もない 解説 4 管理職に残業代を支払わなくても当然である 解説 5 残業時間に上限を設けているので 上限を超えた時間は認めなくてもよい 解説 6 解説 1 従業員の合意を得ていても労働基準法に違反しますので 合意事項は無効となります 2 年俸制であっても残業すれば残業代の支払いは必要です 3 歩合給も残業代の計算をする際は基礎に含めます 4 実際に行ってしまった残業については 残業代の支払い義務が生じます 5 管理職なら誰でも残業代を支払わなくてよいことにはなりません 6このような場合も実際に行った残業については残業代の支払い義務があります -3-
3 章予防策を講じる 現状が把握できたら 早急に予防策を講じていくことが重要です その際には 雇用契約書や就 業規則などの根拠書類も併せて整備していくことがポイントです 以下では 予防策を解説するとともに 就業規則などの規定例を示します 1. 労働時間管理の改善を検討する 労働時間の把握は 会社が行わなければなりません 労働時間の把握がいい加減になっていたり そもそも行っていなかったりした場合は 従業員と労働時間についてトラブルが発生しても 客観的に証明するものがありません このような場合に 全面的に従業員の主張が認められる可能性もあり得ますので注意が必要です (1) 労働時間把握方法の整備会社と従業員の両方が記録しあい照合する方法や タイムカード ICカード等に打刻するなど適正に把握できる方法の整備を検討しましょう ただし タイムカード等に打刻する場合 すぐに業務を行わないにもかかわらず 始業前の相当早い時間に出勤したり 終業後に私用で長時間過ごしてから退社したりすると タイムカードと実際の労働時間に乖離が生じてしまいます このようなことのないよう始業 終業の時刻を打刻するように指導 徹底することも必要です また 自己申告による労働時間の把握については 一般的にあいまいな労働時間管理となりがちです 自己申告による方法を導入している会社においては 労働時間の実態を正しく記録し 適正に申告を行うよう 従業員に いま一度 説明しましょう 就業規則規定例 第 条 ( 労働時間の管理 ) 労働時間の管理は 原則としてタイムカードにより行う この場合に 実際の始業時刻および終業時刻に打刻するものとし 打刻時間が正確でないときは 所属長が把握する時間とする (2) 時間管理の責任体制とチェック体制の明確化労働時間を適正に把握するためには 労働時間管理の責任者を明確にしておくことが必要です そして 責任者に管理の権限を与え 労働時間の適正な把握がなされているか 定期的にチェックし 問題点の把握とその解消を図ることが重要です ただし 従業員の自己申告による時間管理の場合に 責任者が自らの部門の予算や目標管理のため 実際に行った残業をカットしたりするケースもみられます そのような不正が行われていないか 人事や総務部門などが 責任者の管理を定期的にチェックできる体制も整えておきましょう 就業規則規定例 第 条 ( 時間管理責任者の義務 ) 時間管理責任者は 部下の労働時間を適正に管理し 報告することを義務とする 2 第 1 項に違反して 部下に労働時間について偽りの報告をするように指示した場合は 懲戒処分とすることがある -4-
2. 労働時間制度を検討する 前述のとおり 労働基準法は 1 日 8 時間 週 40 時間を法定労働時間としていますが 業務によってはこの原則的な労働時間がなじまず 実態とかけ離れているケースがみられます 変形労働時間制度など業務に合った労働時間制度を導入することによって 効率的に時間管理を行い 残業時間が削減できないか検討してみましょう (1) 変形労働時間制一定期間の 1 週間の所定労働時間の平均が法定労働時間を超えないことを条件として 特定の日 や週において法定労働時間を超えて労働させることができます この制度を 変形労働時間制 と いい 1 カ月単位 1 年単位 1 週間単位などの変形労働時間制があります 変形労働時間制を導 入することによって 変形期間内の繁忙期に応じて 所定労働時間を柔軟に設定できるため 従業 員にとっては残業時間の削減 会社にとっては労働コストの削減にもなります (2) フレックスタイム制 フレックスタイム制 は 1 日の所定労働時間の長さを固定的に定めず 1 週 1カ月など一定の期間の総労働時間を定めておき 従業員はその総労働時間の範囲で各労働日の労働時間を自分で決めるという制度です フレックスタイム制は 従業員のそれぞれの業務の必要性に応じて効率的な働き方ができるため 残業時間の削減にも効果的です (3) みなし労働時間制労働時間の算定が困難な業務や業務の遂行方法を従業員の裁量に委ねる必要がある業務に関して 原則として所定労働時間働いたものとみなす制度が みなし労働時間制 です みなし労働時間制には 事業場外労働に関するみなし労働時間制 専門業務型裁量労働に関するみなし労働時間制 企画業務型裁量労働に関するみなし労働時間制 があります 導入するためには それぞれ要件があり それをクリアする必要がありますが 業務の特性に合った効率的な時間管理を行うことができます 3. 残業の削減を検討する そもそも実際に残業がなければ 未払残業代も生じる余地がありません 所定労働時間内に効率的に仕事を行い 無駄な残業をなくすことがポイントです 組織全体で残業削減に取り組むことを検討してみましょう (1) 残業の事前承認残業は 責任者の業務命令があったうえで行うものです 残業の必要性を従業員個人の判断に任せるのではなく 事前に責任者に届けさせ 責任者が必要性をチェックしたうえで認める制度を設けることで無駄な残業の発生を抑制します 残業承認書には 残業予定日 時間数 業務の内容 必要性 などを記載させ 責任者が 本当に残業させるべきか を確認したうえで承認します これは 責任者と部下が仕事の内容や進め方などをお互いに把握し 効率的に仕事するための対策を考えるという習慣をもつ意味でも効果的です -5-
就業規則規定例 第 条 ( 残業の事前承認 ) 従業員が 時間外労働をするときは 所属長から事前に承認を得なければならない 2 第 1 項の場合には 時間外労働をする事由 予定時間数 内容などを記載した 残業承認書 を事前に所属長に提出するものとする 3 従業員は 所属長の承認を得た時間外労働の時間数を超えて労働してはならない (2) ノー残業デー ノー残業ウイークの設定定時退社する日や週を決めて その日や週は残業をさせないようにする方法です このような日や週を設けることで 従業員の残業に対する意識を変えさせ 集中して業務に取り組む習慣をもたせるという目的もあります 場合によっては 全社一斉ではなく 業務の状況に合わせて 部門ごとに設定したり 従業員ごとに曜日を選択できるようにしたりすることも効果的です 上手に運用するためには ポスターなどを掲示したり 人事担当者が職場を巡回したりすることがポイントです (3) 業務効率を改善する作業手順や職場のレイアウトを見直し 効率的に仕事が行えるようにすることで 無駄な残業を減らします 具体的には次のような方法が考えられます 要員配置の見直し( 業務の繁閑に応じて部門間の応援などをします ) 業務を分散させる( パートや派遣を活用したり アウトソーシングしたりします ) 多能化を進める( 従業員が複数の仕事をこなせるようにします ) 標準時間を設定する( 各作業について標準的な時間を設定し それを目安に仕事をします ) 業務計画表を作成する( 週間 月間などの業務計画表を個人ごとに作成します ) また 従業員が 計画 - 実行 - チェック - 改善 といったサイクルをつねに念頭において 業務 を進めるように意識改革していくことが必要です 4. 雇用契約書 就業規則等の内容を検討する 労働時間や雇用契約の実態が 雇用契約書や就業規則と合っていないケースがしばしば見受けられますが これは 非常にリスクの高い状況です たとえば 年俸制を導入している会社で 年俸額には残業代が含まれています と主張しても 雇用契約書にそのことが詳細に記載されていない限りは認められません この場合には 年俸額の全体が残業代を計算する際の基礎額に算入されます 雇用契約書には 年俸額の内いくら分が何時間分の残業手当に相当するかといったことまで詳細に記載する必要があります 導入している労働時間制度が就業規則に正しく定められているか 従業員の労働条件は 雇用契約書に正しく記載されているかなど 実態と雇用契約書と就業規則は整合性がとれているかを定期的に確認し 矛盾点があれば見直しましょう << 本資料のご利用にあたって>> 本レポート中で紹介した社内規定のひな型は あくまでも一般的な内容を想定して作成したものです したがって 実際に社内規定を作成する際には 社会保険労務士等の専門家にご相談されることをおすすめします 発行 :2018 年 5 月 - 以上 - -6-