表 1 調味料業界売上高 ( 単位 : 億円 ) 味の素 11,973 キューピー 4,864 キッコーマン 2,832 カゴメ 1,800 ヱスビー食品 1,273 理研ビタミン 753 ケンコーマヨネーズ 518 エバラ食品工業 490 アリアケジャパン 315 ジャパン フード & リカー ア

Similar documents


⑴ ⑵ ⑶ ⑷ 1

⑴ ⑵ ⑶

⑴ ⑵ ⑶

⑴ ⑵ ⑶

⑴ ⑵ ⑶

⑴ ⑵ ⑶

⑵ ⑶ ⑷ ⑸ ⑴ ⑵




-2 -





Excelによる統計分析検定_知識編_小塚明_5_9章.indd

RSS Higher Certificate in Statistics, Specimen A Module 3: Basic Statistical Methods Solutions Question 1 (i) 帰無仮説 : 200C と 250C において鉄鋼の破壊応力の母平均には違いはな

Microsoft Word - 19 ‚¾Šz”©fi®”Ô.doc

2 ( 178 9)

第2章 食品卸売業の経営指標

281


<4D F736F F D F4390B3817A4D42418C6F896390ED97AA8D758B60985E814091E63289F AE8E9197BF E646F63>

Microsoft Word - 02_21 衛星通信車調達仕様書

ビジネス統計 統計基礎とエクセル分析 正誤表

2

⑴ ⑵ ⑶


EBNと疫学

はじめに マーケティング を学習する背景 マーケティング を学習する目的 1. マーケティングの基本的な手法を学習する 2. 競争戦略の基礎を学習する 3. マーケティングの手法を実務で活用できるものとする 4. ケース メソッドを通じて 現状分析 戦略立案 意思決定 の能力を向上させる 4 本講座

1


基礎統計

Microsoft Word - Stattext12.doc

吹田市告示第  号

<4D F736F F D208EC08CB18C7689E68A E F AA957A82C682948C9F92E82E646F63>

Microsoft Word - 1表紙

JMP による 2 群間の比較 SAS Institute Japan 株式会社 JMP ジャパン事業部 2008 年 3 月 JMP で t 検定や Wilcoxon 検定はどのメニューで実行できるのか または検定を行う際の前提条件の評価 ( 正規性 等分散性 ) はどのメニューで実行できるのかと

Medical3

⑴ ⑵ ⑶ ⑵

Microsoft PowerPoint - sc7.ppt [互換モード]

屋外広告物のしおり

Microsoft Word - Stattext13.doc

Microsoft Word - apstattext04.docx


Microsoft PowerPoint - statistics pptx

Medical3

Microsoft PowerPoint - ch04j

untitled


2

2

博士論文 考え続ける義務感と反復思考の役割に注目した 診断横断的なメタ認知モデルの構築 ( 要約 ) 平成 30 年 3 月 広島大学大学院総合科学研究科 向井秀文


異文化言語教育評価論 ⅠA 第 4 章分散分析 (3 グループ以上の平均を比較する ) 平成 26 年 5 月 14 日 報告者 :D.M. K.S. 4-1 分散分析とは 検定の多重性 t 検定 2 群の平均値を比較する場合の手法分散分析 3 群以上の平均を比較する場合の手法 t 検定

1

札幌市道路位置指定審査基準

統計的データ解析

Microsoft Word - Stattext11.doc

(3) 検定統計量の有意確率にもとづく仮説の採否データから有意確率 (significant probability, p 値 ) を求め 有意水準と照合する 有意確率とは データの分析によって得られた統計値が偶然おこる確率のこと あらかじめ設定した有意確率より低い場合は 帰無仮説を棄却して対立仮説

ダンゴムシの 交替性転向反応に 関する研究 3A15 今野直輝


Kumamoto University Center for Multimedia and Information Technologies Lab. 熊本大学アプリケーション実験 ~ 実環境における無線 LAN 受信電波強度を用いた位置推定手法の検討 ~ InKIAI 宮崎県美郷

Microsoft Word - keiei07.doc

Microsoft PowerPoint - 14都市工学数理ノンパラ.pptx


第 3 回講義の項目と概要 統計的手法入門 : 品質のばらつきを解析する 平均と標準偏差 (P30) a) データは平均を見ただけではわからない 平均が同じだからといって 同一視してはいけない b) データのばらつきを示す 標準偏差 にも注目しよう c) 平均


01_杵渕.indd

2

Python-statistics5 Python で統計学を学ぶ (5) この内容は山田 杉澤 村井 (2008) R によるやさしい統計学 (

精神障害者ホームヘルプサービスにおける教育の充実化

<4D F736F F D208EC08CB18C7689E68A E F1939D8C E82E646F63>

アダストリア売り上げデータによる 現状把握と今後の方針 東海大学情報通信学部経営システム工学科佐藤健太

経済統計分析1 イントロダクション

解答のポイント 第 1 章問 1 ポイント仮に1 年生全員の数が 100 人であったとする.100 人全員に数学の試験を課して, それらの 100 人の個人個人の点数が母集団となる. 問 2 ポイント仮に10 人を抽出するとする. 学生に1から 100 までの番号を割り当てたとする. 箱の中に番号札

JR

<8F8982DF82C482CC328B E >

Microsoft PowerPoint - R-stat-intro_12.ppt [互換モード]

<4D F736F F D AFA8C6F89638C7689E68DF492E882CC82A8926D82E782B92E646F63>

<4D F736F F D2090B695A8939D8C768A E F AA957A82C682948C9F92E8>


「経済政策論(後期)」運営方法と予定表(1997、三井)

<4D F736F F D208A6D92E894C E31322E31318E968BC68F8A90C E646F63>

02 IT 導入のメリットと手順 第 1 章で見てきたように IT 技術は進展していますが ノウハウのある人材の不足やコスト負担など IT 導入に向けたハードルは依然として高く IT 導入はなかなか進んでいないようです 2016 年版中小企業白書では IT 投資の効果を分析していますので 第 2 章

Microsoft PowerPoint slide2forWeb.ppt [互換モード]

仮説検定を伴う方法では 検定の仮定が満たされ 検定に適切な検出力があり データの分析に使用される近似で有効な結果が得られることを確認することを推奨します カイ二乗検定の場合 仮定はデータ収集に固有であるためデータチェックでは対応しません Minitab は近似法の検出力と妥当性に焦点を絞っています

( 最初の等号は,N =0, 番目は,j= のとき j =0 による ) j>r のときは p =0 から和の上限は r で十分 定義 命題 3 ⑵ 実数 ( 0) に対して, ⑴ =[] []=( 0 または ) =[6]+[] [4] [3] [] =( 0 または ) 実数 に対して, π()

<4D F736F F F696E74202D2093FA967B82CC8F9790AB8ED092B7>

目次 1 章 SPSS の基礎 基本 はじめに 基本操作方法 章データの編集 はじめに 値ラベルの利用 計算結果に基づく新変数の作成 値のグループ化 値の昇順

Microsoft Word - å“Ÿåłžå¸°173.docx

<4D F736F F D C9A90DD8AD698418BC682CC8C6F896395AA90CD DC58F4994C5816A2E646F6378>

<4D F736F F D204B208C5182CC94E497A682CC8DB782CC8C9F92E BD8F6494E48A722E646F6378>

「経済政策論(後期)《運営方法と予定表(1997、三井)

第7章

Microsoft Word - principles-econ045SA.doc

と 測定を繰り返した時のばらつき の和が 全体のばらつき () に対して どれくらいの割合となるかがわかり 測定システムを評価することができる MSA 第 4 版スタディガイド ジャパン プレクサス (010)p.104 では % GRR の値が10% 未満であれば 一般に受容れられる測定システムと

青焼 1章[15-52].indd

Transcription:

オイコノミカ第 49 巻第 2 号,2013 年,pp. 69-77 企業の基本戦略と収益性の関係についての研究 調味料会社のデータにもとづいて 斎藤孝一 1. はじめに本論文は, 企業の基本戦略と収益性の関係を, 調味料業界の企業である味の素株式会社 ( 以下 味の素 という.) とキューピー株式会社 ( 以下 キューピ という.), キッコーマン株式会社 ( 以下 キッコーマン という.) を比較することによって明らかにしようとするものである. 企業の基本戦略として取り上げるのは, マイケル E ポーターのコスト リーダーシップ戦略と差別化戦略である. 収益性指標として取り上げる財務比率は, 基本戦略の影響を受けやすいと考えられる売上高総利益率, 売上高営業利益率の二つである. 本論文は, 味の素, キューピー, キッコーマンのデータを比較することによって, コスト リーダーシップ戦略を採る企業と差別化戦略を採る企業では, 採用する基本戦略の違いによって収益性に差が出るのかどうかを考察しようとするものであり, 西山 (2006) の 差別化戦略を採る企業の収益性はコスト リーダーシップ戦略を採る企業の収益性よりも高い とする仮説を調味料業界 3 社のデータにもとづいて統計的に証明しようとするものである. 2. 分析対象企業とデータ表 1は, 調味料業界上位 10 社の売上高である 1). このうち本論文の分析対象は味の素, キューピー, キッコーマンである. 第 1 位の味の素の売上高は1 兆 1,973 億 1,300 万円である. この売上高は第 2 位以下の売上高を大きく引き離しており, 第 2 位のキューピーの約 2.5 倍であり, その大きさが際立っていることがわかる. また, キッコーマンと比較すると約 4.2 倍となっている. 表 1が示しているように, 味の素は業界最大手のトップ企業である. コスト リーダーシップ戦略を採るべきとされるマーケット リーダーのポジションにあり, 本論文では基本戦略としてコスト リーダーシップ戦略をとっている企業として取り扱う. 一方, キューピーは マヨネーズ に, またキッコーマンは しょうゆ に焦点を合わせた経営戦略をとっていると考 69

表 1 調味料業界売上高 ( 単位 : 億円 ) 味の素 11,973 キューピー 4,864 キッコーマン 2,832 カゴメ 1,800 ヱスビー食品 1,273 理研ビタミン 753 ケンコーマヨネーズ 518 エバラ食品工業 490 アリアケジャパン 315 ジャパン フード & リカー アライアンス 287 ( 出所 ) 上場企業情報 Kumonos えられる 2). このことから, キューピーとキッコーマンは基本戦略として差別化戦略をとっている企業として取り扱う. 3. 仮説設定本論文は, 企業の基本戦略と収益性の関係を味の素, キューピー, キッコーマンを比較することによって考察しようとするものである. 本論文で考察する企業の基本戦略と財務比率の関係は, 西山茂 企業分析シナリオ [ 第 2 版 ] に基づいている 3). 西山 (2006) は, コスト リーダーシップ戦略とは 業界全体の幅広い市場をターゲットにして, 他社のどこよりも低いコストを達成して競争に勝つ戦略である. つまり, コストと価格に重点を置く戦略である と述べている 4). 一方, 差別化戦略については, 製品 サービスの品質や流通チャネル, メンテナンスサポート体制などの面で他社との違いを生み出し, 競争に勝つ戦略である. つまり, 顧客に高い価値を認めてもらえる商品 製品やサービスを提供することによって, 競争優位を確保することである としている 5). また, 基本戦略のなかで, コスト リーダーシップ戦略を採用して勝つことができる企業は基本的に1 社であるが, 差別化戦略では数社が共存することができる としている 6). 以上の記述によって, 本論文では前述したように, 味の素はコスト リーダーシップを採っている企業とし, キューピーとキッコーマンは差別化戦略を採っている企業としている. 次に, コスト リーダーシップ戦略 差別化戦略と収益性の関係について, 西山 (2006) は コスト リーダーシップ戦略を採用している場合にはコスト競争力で勝負することになるた 70

め, 利益率は比較的低めになる傾向が強い. また, 差別化戦略を採用している場合には, 付加価値で勝負しているため, 利益率は比較的高めになる傾向が強い としている 7). したがって, 本論文は, 味の素, キューピー, キッコーマンの比較においては, 収益性は味の素がキューピーやキッコーマンよりも低い を基本的な作業仮説として設定する. 4. 分析対象企業のデータ本論文では, 収益性指標を算出するための基礎データとして, 売上高, 売上総利益, 営業利益を取り上げ, 比較する収益性指標として売上高総利益率と売上高営業利益率を用いている. これらの利益は企業の基本戦略の影響を比較的受けやすいと考えられるからである. 使用した資料は,2007 年度から 2011 年度までの有価証券報告書を EDINET より閲覧した. 会計期間は, 味の素とキッコーマンは4 月 1 日から3 月 31 日であるが, キューピーは 12 月 1 日から 11 月 30 日である. そのため,5 年分のデータは表 2の通りとした. 以下に示すのは味の素, キューピー, キッコーマンの売上高総利益率, 売上高営業利益率である. 表 3は, 味の素の売上高総利益率である. 売上高総利益率は, 売上総利益 売上高 100(%) で計算される. 味の素の売上高総利益率は, 平均 30.9%, 標準偏差 1.9% である. 表 4は, 味の素の売上高営業利益率である. 売上高営業利益率は, 営業利益 売上高 100 (%) で計算される. 味の素の売上高営業利益率は, 平均 5.4%, 標準偏差 0.9% である. 表 5は, キューピーの売上高総利益率である. キューピーの売上高総利益率は, 平均 23.8%, 標準偏差 0.7% である. 表 6はキューピーの売上高営業利益率である. キューピーの売上高営業利益率は, 平均 3.7%, 標準偏差 0.7% である. 表 7は, キッコーマンの売上高総利益率である. キッコーマンの売上高総利益率は, 平均 2007 年度 2008 年度 2009 年度 2010 年度 2011 年度 表 2 3 社の会計期間 味の素キューピーキッコーマン 07 年 4 月 1 日 08 年 3 月 31 日 08 年 4 月 1 日 09 年 3 月 31 日 09 年 4 月 1 日 10 年 3 月 31 日 10 年 4 月 1 日 11 年 3 月 31 日 11 年 4 月 1 日 12 年 3 月 31 日 06 年 12 月 1 日 07 年 11 月 30 日 07 年 12 月 1 日 08 年 11 月 30 日 08 年 12 月 1 日 09 年 11 月 30 日 09 年 12 月 1 日 10 年 11 月 30 日 10 年 12 月 1 日 11 年 11 月 30 日 07 年 4 月 1 日 08 年 3 月 31 日 08 年 4 月 1 日 09 年 3 月 31 日 09 年 4 月 1 日 10 年 3 月 31 日 10 年 4 月 1 日 11 年 3 月 31 日 11 年 4 月 1 日 12 年 3 月 31 日 表 3 味の素の売上高総利益率 売上総利益率 2007 年度 28.5 2008 年度 29.6 2009 年度 30.0 2010 年度 32.9 2011 年度 33.4 71

表 4 味の素の売上高営業利益率 売上高営業利益率 2007 年度 5.0 2008 年度 3.4 2009 年度 5.5 2010 年度 5.7 2011 年度 6.1 表 5 キューピーの売上高総利益率 売上総利益率 2007 年度 23.9 2008 年度 22.5 2009 年度 24.2 2010 年度 24.7 2011 年度 24.1 表 6 キューピーの売上高営業利益率 売上高営業利益率 2007 年度 2.8 2008 年度 3 2009 年度 3.9 2010 年度 4.7 2011 年度 4.3 表 7 キッコーマンの売上高総利益率 売上総利益率 2007 年度 35.9 2008 年度 38.3 2009 年度 41.6 2010 年度 40.7 2011 年度 40.5 表 8 キッコーマンの売上高営業利益率 売上高営業利益率 2007 年度 5.8 2008 年度 4.9 2009 年度 7.4 2010 年度 6.8 2011 年度 6.3 40.1%, 標準偏差 1.1% である. 表 8は, キッコーマンの売上高営業利益率である. キッコーマンの売上高営業利益率は, 平均 6.24%, 標準偏差 0.9% である. 味の素, キューピー, キッコーマンの収益性指標をグラフ化すると図 1および図 2のようになる. 図 1および図 2は, 売上高総利益率も売上高営業利益率もキッコーマン, 味の素, キューピーの順になっている. 次節以降では, 作業仮説が統計的に有意であるかを検証する. 72

図 1 売上高総利益率の比較 07 年度 08 年度 09 年度 10 年度 11 年度 味の素 28.5 29.6 30.0 32.9 33.4 キューピー 23.9 22.5 24.2 24.7 24.1 キッコーマン 39.5 38.3 41.6 40.7 40.5 図 2 売上高営業利益率の比較 07 年度 08 年度 09 年度 10 年度 11 年度 味の素 5.0 3.4 5.5 5.7 6.1 キューピー 2.8 3 3.9 4.7 4.3 キッコーマン 5.8 4.9 7.4 6.8 6.3 5. 研究方法研究方法は, 味の素とキューピー, キッコーマンにおける基本戦略と収益性の関係を符号検定により明らかにしようとするものである. 符号検定は, 各対の2 成員相互に順位付けが可能であるような研究探索に対して有用 である. 符号検定は, 以下のような条件を持っている 8). ⑴ 差の分布型について仮定を設けないし, 標本が同一母集団から抜かれることも仮定しない. ⑵ 異なる対は, 異なる母集団からのものでありうるが, 唯一の要件は, 関連する外生変量に関して対等な対づくりができている. 本論文では, 味の素とキューピー, 味の素とキッコーマンの収益性指標 ( 売上高総利益率と売上高営業利益率 ) を 2007 年度から 2011 年度までの5 年間にわたって対比させ, どちらが大きいかを問題にしている. 標本数が少なく, 分布を特定できないような本論文のデータを比較 73

する上で符号検定は適していると考えられる. 本論文において, 符号検定のもとで検定される帰無仮説 H 0 は, P(X A >X B )=P(X A <X B )=1/2 である. ただし,X A は条件の一つのもとでのスコア, 本論文ではコスト リーダーシップ戦略をとっていると仮定される味の素の収益性指標,X B は他のもう一つの条件のもとでのスコア, すなわち差別化戦略をとっていると仮定されるキューピーおよびキッコーマンの収益性指標である. すなわち,X A と X B は対比された対についての二つのスコアである. 帰無仮説は中央値の差が0ということであり, 帰無仮説 H 0 のもとでは,X A >X B であるような対の数が X A <X B であるような対の数に等しいことを期待し, 一方の符号を持った極めて小数の差が起これば H 0 を棄却する. 6. 仮説検定本論文は, 味の素の収益性指標とキューピーおよびキッコーマンの収益性指標の大きさには基本戦略の影響があるのかどうかについて考察するものである. 本論文では, 味の素とキューピーおよびキッコーマンの 2007 年度から 2011 年度までの5 年間の売上総利益率, 売上高営業利益率を計算し, 大きさを比較している. ⑴ 帰無仮説 H 0 : 差の中央値は0である. すなわち, コスト リーダーシップ戦略をとっている味の素の収益性は, 差別化戦略をとっているキューピーおよびキッコーマンの収益性よりも大きい場合と小さい場合がある. ⑵ 統計的検定本論文において, 味の素とキューピーおよびキッコーマンの両社の収益性の大きさは基本戦略に影響を受けるという意味で, 各年度の売上総利益率, 売上高営業利益率のそれぞれについて対比のための対を構成する. ⑶ 棄却域対立仮説 H 1 は差別化戦略を採るキューピーおよびキッコーマンの収益性の方が大きいと考えているので,H 1 :P <1/2 であり, 利益率の差がプラスであるデータ対の個数を x として P (XCx)?a であれば H 0 を棄却することになる. すなわち, 棄却域は片側である. ⑷ 有意水準 a = 0.05 とする.2007 年度から 2011 年度までの5 年間のデータ対であるので N=10(5 年 2 社 ), ただし N はタイが起これば減少する. ⑸ 標本分布 x と同程度小さい値が生起する確率は,P=Q=1/2 に対する二項分布によって与えられる. 74

⑹ 検定結果各年度の売上高総利益率, 売上高営業利益率は % で示される.% が高い方が収益性は高いことを示している. 表 9は売上高総利益率, 表 10 は売上高営業利益率について, 味の素とキューピーおよびキッコーマンのそれぞれの値を示している.2 社の差の符号は最後の列に示されている. 表 9, 表 10 に対して,x= 少ない符号の数 =5,N= 差異を示した対比された対の数 =10 である. N=10 に対して xc5 である確率は,H 0 のもとで P(X 5)=0.623 となる. したがって, この確率は H 0 のもとで売上総利益率および売上高営業利益率の差がプラスになる生起確率を示している. この値は a=0.05 に対する棄却域の外にある. したがっ 表 9 売上総利益率の比較 味の素 キューピー キッコーマン 差の向き 符 号 28.5 23.9 > + 29.6 22.5 > + 30.3 24.2 > + 32.9 24.7 > + 33.4 24.1 > + 28.5 39.5 < 29.6 38.3 < 30.3 41.6 < 32.9 40.7 < 33.4 40.5 < 表 10 売上高営業利益率の比較 味の素 キューピー キッコーマン 差の向き 符 号 5 2.8 > + 3.4 3 > + 5.5 3.9 > + 5.7 4.7 > + 6.1 4.3 > + 5 5.8 < 3.4 4.9 < 5.5 7.4 < 5.7 6.8 < 6.1 6.3 < 75

て, 検定の結果は帰無仮説 H 0 を支持することになる. 以上のように, 符号検定の結果は, 売上高総利益率の場合も売上高営業利益率の場合も帰無仮説 H 0 を棄却することはできなかった. すなわち, コスト リーダーシップ戦略を採っている企業と差別化戦略を採っている企業の収益性に差は見られないという結果となった. 結びに代えて本論文は, 企業の基本戦略に違いがあると考えられる味の素とキューピーおよびキッコーマンについて, 採用する基本戦略の違いが収益性に影響を及ぼすかどうかについて考察したものである. 基本戦略として取り上げたのは, マイケル E ポーターのコスト リーダーシップ戦略と差別化戦略である. 収益性の指標として取り上げたのは, 売上高総利益率, 売上高営業利益率である. 本論文では, これらの収益性指標について, 味の素とキューピーおよびキッコーマンのどちらが大きいかを 2007 年度から 2011 年度までの5 年間について比較し, 符号検定を行った. 符号検定の結果はコスト リーダーシップ戦略を採る企業と差別化戦略を採る企業に差はないという帰無仮説を棄却できなかった. すなわち, コスト リーダーシップ戦略を採る企業と差別化戦略を採る企業では, 採用する基本戦略の違いによって収益性に差が出るとはいえない. 今後の課題として, 企業の基本戦略については再考し, さらに業界おとび標本を増やしてこの作業仮説を検証することを考えている. 注 1) 調味料業界の上場企業一覧 業界地図上場企業情報 Kmonos https : //kmonos.jp/industry/9150100240 ( アクセス :2012 年 12 月 20 日 ). 2) 味の素株式会社ホームページ http://www. ajinomoto.co.jp/, キューピー株式会社ホームページ http://kewpie.co.jp/, キッコーマン株式会社ホームページ http://www.kikkoman. co.jp/( アクセス :2012 年 12 月 20 日 ). 3) 西山茂 企業分析シナリオ [ 第 2 版 ] ( 東洋経済新報社,2006 年,85-93 頁 ). 西山 (2006) では differentiation strategy を 差異化戦略 と訳しているが, 本論文では, ポーター著, 土岐坤 中辻萬治 小野寺武夫訳 競争優位の戦略 ( ダイヤモンド社,1985 年 ) で使用している 差別化戦略 という用語を用いた. 4) 同書 85 頁. 5) 同書 87 頁. 6) 同書 90 頁. 7) 同書 90 頁. 8)S. ジーゲル著 ( 藤本煕監訳 ) ノンパラメトリック統計学 ( マグロウヒルブック 1983 年, 71 頁 ). 76

参考文献 Fridson, M. S., Financial Statement Analysis, John Wiley & Sons, Inc., 1995. Gibson, S. H., Financial Reporting & Analysis, 11th edition, South-Western Cengage Learning, 2009. Porter, E. M., Competitive Advantage, The Free Press, 1985. 土岐坤 中辻萬治 小野寺武夫訳 競争優位の戦略 いかに高業績を持続させるか ( ダイヤモンド社,1985 年 ). S. ジーゲル ( 藤本煕監訳 ) ノンパラメトリック統計学 ( マグロウヒルブック,1983 年 ). 渋谷武夫 アメリカの経営管理分析 ( 中央経済社, 1994 年 ). 田中弘 経営分析の基本的技法 [ 第 3 版 ] ( 中央経済 社,1993 年 ). 西山茂 企業分析シナリオ [ 第 2 版 ] ( 東洋経済新報社,2006 年 ). 味の素株式会社ホームページ http://www.ajinomoto. co.jp/( アクセス :2012 年 12 月 20 日 ). キッコーマン株式会社ホームページ http://www. kikkoman.co.jp/( アクセス :2012 年 12 月 20 日 ). キューピー株式会社ホームページ http://kewpie. co.jp/ アクセス :2012 年 12 月 20 日 ). 調味料業界の上場企業一覧 業界地図上場企業情報 Kmonos https : //kmonos.jp/industry/9150100240 ( アクセス :2012 年 12 月 20 日 ). 77