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コミュニケーション科学の新展開 マンマシンインタフェース生体信号眼球 身体から潜在的な心を解読するマインドリーディング技術 ICT と利用者のかかわり方をよりナチュラルなものにするための鍵を握るのが, 心の状態を生体信号から解読するマインドリーディング技術です. とりわけ, 意思決定や対人印象などを大きく左右するにもかかわらず, 当人も言語化したり自覚したりすることが困難な, 潜在的な心の状態が解読できれば,ICT の適用範囲も質も飛躍的に変わります.NTT コミュニケーション科学基礎研究所では, 潜在的な心を無自覚的な身体動作や自動的な生理反応から解読することを目指して研究を進めています. かしの柏 まきお 野牧夫 Hsin-I Liao よねや / 米家 まこと惇 ふるかわしげと / 古川茂人 NTT コミュニケーション科学基礎研究所 マインドリーディングがもたらす ICTの透明化人間は, 言葉やあからさまな表情などで明示的に示されなくても, 相手の様子や場の状況を踏まえて相手の感じ方や意図をある程度察することができます. この マインドリーディング の能力こそ, 人間どうしの円滑なコミュニケーションを支えるために不可欠な要素の 1 つです. 一方, 現在のICTデバイスの大半は, 利用者が明示的なコマンドを入力しないと動作しません. コマンドのかたちは, 従来の文字入力やボタンのクリックから音声, ジェスチャーへと進化していますが, 利用者に何らかの操作を要求することには変わりありません. もしICTデバイスがマインドリーディングの能力を備えることができれば, ICTと利用者のかかわり方はよりナチュラルなものになるでしょう. 究極的には,ICTの存在自体が利用者の意識から消えるかもしれません. この ICTの透明化を目指して,NTT コミュニケーション科学基礎研究所では, マインドリーディング技術の研究を進めています. 潜在的な心を身体から読むマインドリーディング技術は近年盛んに研究されており, ある種のものはすでに現実のものとなっています. 例えば脳活動を計測し, その人の見ているものの種類や選びたい選択肢などを当てる BCI(Brain-Computer Interface) がそれです. 一方, 私たちの目指しているマインドリーディング技術は, 主に 2 つの点でBCIとは本質的に異なります. 第一の違いは, 計測手段です.BCI が脳波計や機能的磁気共鳴画像法 (fmri: functional Magnetic Res o- nance Imaging) などの手段で脳活動を計測するのに対し, 私たちのマインドリーディング技術は, 身体の表層に表れる変化を計測します. 具体的には, 眼球の動きや瞳孔の変化, 心拍や呼吸の変動, 身体の無自覚的な動きなどが計測対象となります. これらはカメラや身体表面の電極などを用いて計測できるので, 大がかりな特殊設備を必要とする脳活動計測よりも拘束性が低く, 実環境での利用にはより適していると考えられます. 将来的に各種センサのウェアラブル化が進めば, より 透明 な計測も可能になるでしょう. 第二の違いは, 推定する対象です. BCIでは, 当人の意識に上る何らかのカテゴリ ( 見ているものが家か顔か, 押したいボタンが右か左かなど ) を推定します. 各カテゴリと脳活動のパターンとの対応関係をあらかじめコンピュータが学習し, 今観測されたパターンがどのカテゴリに属するかを判別するわけです. しかし, 当人の意識に上るのは, 心全体の中では氷山の一角に過ぎません. 現代の認知神経科学の知見によれば, 感情や意思決定のかなりの部分が, 意識的な熟考ではなく, 比較的単純なやり方で自動的に高速で動作する膨大な情報処理プロセスに依存しています ( 図 1). このプロセスは, 心の一部でありながら, 当人には自覚することも制御することもほとんどできません (1). この潜在的な心こそ, 私たちのマインドリーディングのターゲットにほかなりません. 潜在的な心は, 身体と密接に結び付いていることが数々の実験で実証されています. その背後には, 脳 身体 環境からなる複雑なループの働きがあります ( 図 2). ある環境において何か出来事があれば, それに対応できるように, 自律神経系, 内分泌系, 筋骨格系などの状態が変わります. 例えば, 32

集身に危険の及ぶ可能性があれば, 自動 体や心はいうことをきかないことがよ 的に警戒モードになって心拍数が上昇くあるのはこのためです. したり, 身構えたりするわけです. 環さらに, 人と人とのコミュニケー境内の出来事の情報は大脳皮質にも送ションにおいても, 互いの無自覚的なられ, それが何であるか, どのような身体反応が相互作用し, 一種の共鳴状意味を持つかといった認識が成立しま態を生み出すことがあります. これが, すが, 身体の状態変化はそれに先立っ明示的な言語や身振りなどとは別に, て生じ, 脳の動作に大きな影響を与え意思疎通や感情共有の土台となっています. いくら頭で分かっていても, 身る可能性があります ( 図 1 ). 私たち 特の実験でも, 初対面の人どうしが 2 人で並んで歩いているときの歩調が同期しているほど, 相手への好感度が上昇することが分かりました. 心には, 身体を媒介とした相互作用から立ち現れるダイナミックな現象としての側面が確かにあるようです. このように考えてみると, マインドリーディングにおいて, 脳ではなく身体の変化を計測することには, 単に実用上のメリットだけではなく, 本質的な必然性があるわけです. 次に, 私たちの取り組みの一端を具体的に紹介します. 音の目立ちやすさや好みを目から推定する 目は口ほどにものを言い などといわれるように, 目には心の状態に関する情報が含まれています. 中でも視線の方向は, 視覚的な注意や興味の対象の指標としてよく用いられます. しかし目に反映されるのは, 視覚的対象に対する心の状態だけとは限りません. 私たちは, 音の目立ちやすさや好みを目から解読するための基礎研究を進めています. その際に用いている生体信号は, マイクロサッケードと呼ばれる眼球運動と, 瞳孔径の変化です. 実験では, 参加者の頭部を顎台で固定し, 正面下方に設置した高精度のアイカメラ ( サンプリング周波数 1000 Hz, 空間解像度 <0.01 ) を用いて計測を行っています ( 図 3). 現時点ではまだ非拘束とはいきませんが, こうした実験によって従来想定されていた以上に多様な情報が目から読めること 33

コミュニケーション科学の新展開 が実証されつつあります. マイクロサッケードは, 何かを固視しているときに 1 2 秒に 1 回程度生じる, 小さく跳ぶような眼球運動です ( 図 4(a)). これは起こそうと思って起きるものではありませんし, 起きているという自覚もありません. 私たちは, 眼球運動の制御メカニズムについての数理モデルを立ててマイクロサッケードの特性を分析することにより, 従来知られていなかった特徴を見つけました (2). 規則的に呈示される音列の中に, まれに異なる音 ( 逸脱音 ) が呈示されると, 逸脱音は予測を裏切るので目立ちます. そのような逸脱音に対するマ 34

* が, 一集イクロサッケードの位置制御 時的に素早く, 振動的 ( 不正確 ) になることが分かったのです ( 図 4(b)). もう 1 つ, 私たちが注目しているのは瞳孔径の変化です. 瞳孔の主要な機能は, カメラの絞りのように目に入ってくる光量を調節することです. しかしそれだけではなく, 瞳孔径は情動的な覚醒や, 注意, 記憶, 選好, 意思決定などの認知機能にも関係して変化することが知られています ( 図 ₅(a)). それは, 瞳孔径が交感神経と副交感神経のバランスで制御されており, 情報処理を調節する神経伝達物質の脳内でのレベルをある程度反映しているからです. 私たちは, 瞳孔径も, マイクロサッケード同様, 音の目立ちやすさの指標になることを実証しました (3). 規則的な音の系列中に逸脱音が呈示されると, 一時的に瞳孔径が散大するのです ( 図 5(b)). このような瞳孔径の散大は音の強さや種類などの物理的特性も反映しますが, 意識的に音に注意を向けているかどうかにはあまり関係しません. これらの基礎的知見を利用して, 目から音楽に対する好みや馴染みの度合いを推定することも試みています. 上記のような生体信号だけでなく, 入力信号, すなわち聴取している音の信号自体も解析対象としました. これにより, 時々刻々変化する生体信号が, どのような音の特徴によって生じたのかという関係性を推定に利用することができるので, 推定精度が高くなると期待されます. 私たちの着目した音の特徴の 1 つに サプライズ があります. これは, 音楽のある時点のデータが, それ以前のデータから予測できない度合いを独自の手法で定量化したものです. この特徴に着目したのは, 音楽にはある程度の規則性 ( 予測可能性 ) とそこからの逸脱が含まれており, その逸脱の程度が, その音楽を聴いている人にとっての目立ちやすさ, 馴染みの程度, 魅力などに影響を与えると考えられるからです. NTTコミュニケーション科学基礎研究所オープンハウス2014 では, クラシック, ロック, ジャズ, 合わせて15 種類の音楽のいずれかを90 秒間 特 聴取したときに, 個々の体験者が抱いた好みと馴染みの度合いを推定するデモを行いました. 推定には, マイクロサッケードと瞳孔径に関する特徴各 6 種類と, サプライズなどの音楽信号の特徴を組み合わせて用いました. あらかじめ,23 名の実験参加者について, これらの特徴と好みと馴染みの度合いについての主観的な評定値 ( 各 7 段階 ) との対応関係をシステムに学習させておきました. オープンハウスでは延べ * マイクロサッケードも含む眼球運動は, 眼球の周囲の筋肉と動眼神経で視線方向 ( 空間的な位置 ) を制御されています. 35

コミュニケーション科学の新展開 約 120 名の来場者の方がこのデモを体験し,80% 以上の試行で, システムの推定値と実際の評定値との差が 2 以下に収まるという結果が得られました ( これはあくまでも簡易的なデモですが, 実験室でのより厳密な実験でも同様の結果が確認されています ). このデモでは主観的な ( つまり潜在的ではない ) 評定値を当てるものとしましたが, 例えばどの曲を購入したか, いつ再生したか, 何回再生したかといった客観的な行動データが手に入れば, それらを利用者の主観を介さずに直接推定することができます. 今後の展望マイクロサッケードのほかにも, 私たちは, 音に対する脳の反応, 心拍や呼吸などの自律神経系の反応, 各種ホルモンの分泌, 身体の動きなどに関して, 多角的に研究を進めています. 例えば, 信頼や愛着を促進するといわれているオキシトシンというホルモンの唾液中濃度を世界でもっとも正確に測定できる手法を東京大学川戸佳教授との共同研究により開発しました. これによって, 音楽のリラックス効果の生理的メカニズムの一端をとらえることができました. ゆっくりしたテンポの音楽を聴取するとオキシトシンが分泌され, それが副交感神経を活性化することにより, リラックス効果がもたらされるのです (4). ホルモン濃度の分析自体はリアルタイム性に乏しいので, ICTデバイスとのインタフェースに直接利用するのは困難ですが, このような研究によってホルモンと直接計測で きる生体信号との対応関係が明らかになれば, その知見をマインドリーディングに活かすことができます. 映像や音声などの品質評価に用いれば, 主観評価によるアンケートでは汲み取れない, 当人も自覚できないような品質の差をとらえることができるかもしれません. 今後, ウェアラブルセンサ技術が進展すれば, マインドリーディングの適用範囲も各段に広がります. 特に魅力的なのは, スポーツ分野です. 例えばアンダーウェアに織り込んだセンサで心拍, 呼吸, 身体各部の筋電位などを計測することができれば, 試合中の心理状態や疲労, パフォーマンスの変化などを実況中継したり, 選手のトレーニングに活用したりすることも可能になるかもしれません. 潜在的な心を解読するマインドリーディングの研究はまだ端緒についたばかりです. 当面は, 表面的に推定精度を追いかけるだけでなく, 心と身体の複雑なループのメカニズムを深く理解するための基礎研究が重要です. また, このような研究の推進にあたっては, プライバシなど倫理的な問題に対しても十分な配慮が必要なのはいうまでもありません. 本研究の一部は, 科学技術振興機構 CREST, 総務省 SCOPE(121803022) の助成を受けました. 参考文献 (1) カーネマン : ファスト & スローあなたの意思はどのように決まるか?, 早川書房, 2012. (2) M. Yoneya, H.-I. Liao, S. Kidani, S. Furukawa, and M. Kashino: Sounds in Sequence Modulate Dynamic Characteristics of Microsaccades, 37th ARO MidWinter Meeting, PS-606, San Diego, U.S.A., Feb. 2014. (3) H.-I. Liao, M. Yoneya, S. Kidani, M. Kashino, and S. Furukawa: Human Pupil Dilation Responses to Auditory Stimulations: Effects of Stimulus Property, Context, Probability, and Voluntary Attention, 37th ARO MidWinter Meeting,PS-599, San Diego, U.S.A., Feb. 2014. (4) Y. Ooishi, H. Mukai, K. Watanabe, S. Kawato, and M. Kashino: The effect of the tempo of music on the secretion of steroid and peptide hormones into human saliva, The 35th Annual Meeting of the Japan Neuroscience Society, P2-h01, Nagoya, Japan, Sept. 2012. ( 左から ) 古川茂人 / 柏野牧夫 / 米家 惇 / Hsin-I Liao 人の心を読み取る技術は, まだ限定的なものではありますが, 次第に現実のものとなりつつあります. ウェアラブルセンサとの組合せは, 人とICTデバイス, あるいは人と人との関係を, 劇的に変えるポテンシャルを秘めています. うまく活かす道を探っていきます. 問い合わせ先 NTT コミュニケーション科学基礎研究所人間情報研究部 TEL 046-240-5220 FAX 046-240-5225 E-mail kashino.makio lab.ntt.co.jp 36