2003 年度 Ⅰ 部化学研究部 火曜班春輪講書 光触媒 はじめに いまから 35 年程前 当時大学院生であった藤嶋昭 ( 現東京大学大学院工学系研究科教授 ) は 酸化チタン電極を用いた実験中 電極に光を当てることによって水が分解することを発見した 後に ホンダ フジシマ効果 と呼ばれるものである それ以来 光触媒は様々なかたちで研究がなされてきた 当初 エネルギー危機という時代背景もあり 無限に地球に降り注ぐ太陽エネルギーを用いて水から水素を取り出すことのできる光触媒は 石油に代わるエネルギー源としての期待が高かったが 実用にまでは至らず 近年ではそれとは違ったかたちで私たちの生活に大いに役に立っている 光触媒の特長は大きく2つに分けることができる ひとつは 光触媒分解 そしてもうひとつが 光親水化 である 水の分解は光触媒の 光触媒分解 のはたらきによるものである この 光触媒分解 は水ばかりでなく 細菌 たばこのヤニ アンモニア 汚れ ゴキブリ etc を分解するはたらきがある このはたらきを利用して既に抗菌タイルや脱臭剤等の製品が実際に販売されている 風呂場などで鏡が曇って見えないことがある この問題も光触媒の 光親水化 のはたらきによって解決することができる 鏡が曇る という現象はそもそも鏡の表面に小さな水滴ができることによって生じる 光触媒を鏡の表面にコーティングすれば光を当てさえすれば光触媒の 光親水化 のはたらきで鏡の表面は親水化され一様に濡れるだけで水滴はできないので曇ることはない このはたらきもまた既に実際に自動車のミラー等に利用され製品として広く販売されている またこれら 2 つの特性を活かした セルフクリーニング効果 を利用した壁材 やテント等も実際に販売され高い評価を受けている
このように 私たちのまわりには既に光触媒の製品が様々なかたちで広く普及している ある研究所の試算によると 光触媒の関連市場は 2005 年には1 兆円を超えると予想されていることからもうなずける しかし 光触媒研究の歴史はまだまだ浅く 未解決の問題も多く存在している だが 逆に言えばそれだけ可能性を秘めているというわけである 火曜班としては今現在光触媒の主流となっている酸化チタンを用いた様々な実験を通じて光触媒の基本的性質を知るとともに より高性能な光触媒の開発に挑戦していきたい 図 0 藤嶋昭 原理 光触媒分解 光触媒の一種である酸化チタンを例にとると 酸化チタンに 380nm 以下の波長の光が当たると 価電子帯の電子が励起され伝導帯に移る 伝導帯に移った電子は表面に吸着された酸素を還元し スーパーオキサイドアニオン ( O - 2 ) を生成する 一方 価電子帯の正孔 (h + ) は光触媒表面の吸着水を酸化し ヒドロキシラジカル ( OH) を生成する 図 1 酸化チタンの光触媒分解の模式図 これらが反応中間体として作用し 光触媒表面に吸着した種々の物質を酸化 還元すると考えられている 酸化チタンでは伝導帯の電子による還元力よりも価電子帯の正孔による酸化力のほうが強く 強力な酸化分解力を持つことになる
反応式は以下のとおりである TiO 2 +hν e - +h + 1 e - +O 2 O 2-2 h + +H 2 O OH+H + 3 今回の実験ではメチレンブルーの分解を行ったが これは光触媒分解を用いたものであり 光触媒の評価として実際に用いられている方法である また気体の捕集の実験ではエタノールの分解を行ったが この反応は以下のとおりである C 2 H 5 OH (ad) +2h + CH 3 CHO+2H + 2H + +e - H 2 H 2 O+h + OH+H + CH 3 O (ad) + OH CO 2 +4H 2 O(ad):adsorption 光親水化 鏡やガラスが曇るのは その表面に無数の微細な水滴が付着して入射光が散乱 するためである これらの表面を親水性にすれば水滴は表面に一様に濡れ広が り 入射光は散乱することなく透過するため曇らなくなる 親水性は接触角により評価される 接触角は材料表面に滴下した水滴のふちにおける 材料表面と水滴の接線とがなす角度のことをいい 疎水性は 60 ~90 親水性は 30 以下 超親水性は 5 以下を目安にしている また 90 以上では逆に水をはじきやすくなる撥水性 150 以上では超撥水性とよばれる 図 2 接触角
光触媒に光が当たると 表面に親水性の領域が形成され超親水性となる この原理はまだよくは分かっていないが 光照射によって生じた正孔が酸化チタン中の酸素を酸化し その結果生じた酸素欠陥に水が吸着して親水性になると考えられている ホンダ フジシマ効果 酸化チタンの単結晶を電極にし 白金電極を対電極として閉回路を作り 酸化 チタン電極の表面に紫外光を照射すると 酸化チタン電極の表面からは酸素が 発生し 白金電極の表面からは水素が発生する このとき酸化チタン電極では酸化反応 白金電極では還元反応が起こっている この反応は 光によって水が水素と酸素に分解されるので 水の光分解といえる 各電極で起こっている反応は以下のとおりである 白金電極 :2H + +2e - H 2 4 酸化チタン電極 :2OH - O 2 +4e - +2H + 5 酸化チタン 現在光触媒には主に酸化チタンが使われている 酸化チタンには三種類の結晶構造があり 白色顔料 塗料として使われるルチル型 光触媒として使用されるアナターゼ型 そしてあまり工業的には使われないが 学的な興味が向けられているブルッカイト型がある 図 3 酸化チタンの結晶構造
アナターゼ型とルチル型とではバンド構造が異なり アナターゼ型のほうが高 い光触媒活性を示すため こちらが光触媒として使用されている 酸化チタンのバンド構造は以下のようなっている 図 4 酸化チタン ( アナタ - ゼ型 ) のバンド構造 価電子帯の電子を励起するためには 3.2eV 以上のエネルギーが必要である これ は 380nm 以下の波長の光に相当する そのため紫外線がわずかしか含まれない 太陽光では 酸化チタンは光触媒として効率よく働かない 今回の実験では光触媒の効率を高めるため 光源として波長 354nm のブラック ライトを使用した 実験 実験 Ⅰ 光電池 ( ホンダ フジシマ効果 ) この実験ではホンダ フジシマ効果を用いて ブラックライトおよび殺菌灯での 電流 電圧の違いを調べた 器具 試薬 300ml ビーカー タッパ リード線 ビニルホース チタン板 白金板 電流計 電圧計 ブラックライト (10W 波長約 353nm) 殺菌灯(10W 波長約 254nm) 硫酸 水酸化カリウム 塩化ナトリウム 寒天装置 図 5 光電池
手順 塩橋の作成 1 2 3 4 水 300ml に塩化ナトリウム 100g 寒天 4g を加え 加熱した 1~2 分煮沸したのち 加熱を止めてしばらく放置した 熱がとれたのち 溶液をビニルホースの中に流し込んだ 十分冷えるまで放置した 電流 電圧の測定 1 2 3 チタン板をバーナーで熱し 酸化チタン板を作った 1M 硫酸 1M 水酸化カリウム水溶液を作り 図 5 のような装置を組み立てた ブラックライトおよび殺菌灯を酸化チタン板に照射し 電流 電圧を測定した 実験 Ⅱ 光触媒の評価 色素の分解 メチレンブルーの分解を用いて 酸化チタン粉末 サンプルビーズ 酸化チタ ン板およびサンプル板の光酸化分解能力を比較した 器具 試薬 シャーレ メスシリンダー ブラックライト メチレンブルー 酸化チタン粉 末 酸化チタン板 サンプル板 サンプルビーズ サンプル板 サンプルビーズは 光触媒研究所の光触媒標準サンプル SG2A( ガ ラス板 76 26 t1.8mm, 膜厚 0.2μm) BL2.5DX( ビーズ Φ2.5mm, 膜厚 1.0μm) である
手順 1 2 3 4 つのシャーレに酸化チタン粉末 +ヘキサクロロ白金 (Ⅳ) 酸水溶液 サンプルビーズ サンプル板 酸化チタン板をいれた メチレンブルー溶液をそれぞれのシャーレに 20ml ずつ加えた ブラックライトを照射し 色の変化を観察した 気体の捕集 エタノールとイオン交換水の混合溶液の分解を用いて エタノールと水の分解 しやすさの比較を行った 器具 試薬 試験管 ゴム栓 ゴム管 1L ビーカー スタンド 試験管立て ホールピペッ ト 安全ピペッター ブラックライト メスシリンダー エタノール ヘキサ クロロ白金 (Ⅳ) 酸水溶液 酸化チタン粉末 サンプルビーズ 手順 1 2 3 4 試験管に酸化チタン粉末 0.5g ずつとり エタノールと水を任意の割合で混ぜたものを それぞれの試験管に 5.0ml ずつとった 試験管にヘキサクロロ白金酸水溶液 0.2ml を入れた ブラックライトを照射し 発生した気体を水上置換により集めて体積を測定した サンプルビーズ 2.5g 酸化チタン粉末 0.5g のみについても同様の実験 を行った
親水性の評価 接触角を測定することによって 酸化チタン板およびサンプル板の光触媒性能 の比較を行った 器具 試薬 チタン板 酸化チタン板 サンプル板 パスツールピペット 分度器 ブラッ クライト 手順 1 2 チタン板 酸化チタン板 サンプル板に水滴を落とし その接触角を測った ブラックライトを照射して一定時間経過したのち 再び水滴の接触角を測っ た 結果 実験 Ⅰ 表 1 実験 Ⅰ の結果 光源 電圧 (mv) 電流 (ma) ブラックライ 590 4.03 ト 殺菌灯 556 0.58 ブラックライト 殺菌灯ともに白金電極の表面からは気泡が発生したが 酸化 チタン電極では何も変化は見られなかった
実験 Ⅱ 色素の分解 試験片照射前 1 日後 2 日後 3 日後 酸化チタン粉末 白金 サンプルビーズサンプル板 表 2 一定時間経過後の溶液の色の変化 気体の捕集表 3 気体発生量 酸化チタン板 気体発生量 (ml) Et:H 2 O 1 日 2 日後 3 日後 4 日後 5 日後 後 1:9 0.19 0.45 0.63 0.76 0.82 5:5 0.32 0.54 0.73 0.92 1.44 7:3 0.90 1.26 1.54 1.82 2.03 10:0 1.58 1.78 2.01 2.24 2.42 なお サンプルビーズおよび酸化チタン粉末のみを用いて実験を行ったところ 気体の発生は認められなかった また 全実験を通して酸化チタン粉末にブラ ックライトを照射したとき 酸化チタン粉末が暗灰色になるのが観察された
親水性の評価 表 4 接触法による親水性の評価 接触角 ( ) 試験片 照射 10 分 20 分 30 分 40 分後 前 後 後 後 サンプル板 48 33 35 8 5 以下 酸化チタン板 56 49 53 55 53 チタン板 65 46 55 50 54 なお 酸化チタン板は照射 5 日後に接触角が 34 になった チタン板は 5 日後 も接触角に変化は見られなかった 考察 実験 Ⅰ ブラックライト 殺菌灯の両場合とも電圧が生じていることから 酸化チタン板が光触媒として機能していると言える ブラックライトと殺菌灯とでは波長が異なるが 酸化チタン板の電位は酸化チタンの価電子帯のエネルギー準位に依存するため ほぼ同じ値を示すものと考えられる 一方 電流は励起した電子数に依存する そのため 酸化チタンのバンドギャ ップに近いエネルギーをもつブラックライトのほうがより電子を励起させるの で 大きな電流値を示したと考えられる 両極板では4 5の反応が起こり 白金電極からは水素が発生したと考えられる そのため酸化チタン板上でも酸化反応によって酸素が発生していると考えられるが 気泡が確認できなかったのは 表面が完全に酸化チタンとはなっておらず 酸素は発生するものの目に見えるほどの大きさの気泡になる前に溶解したものと考えられる
実験 Ⅱ 色素の分解 酸化チタン粉末においてはほぼ無色となったため 色素は分解されたと考えられる サンプルビーズでは色が薄くなったものの完全には消えなかった これは 試験片の質量をそろえるためにビーズの量を少なくしたこともあるが サンプルビーズの光触媒としての能力が酸化チタン粉末のそれよりも劣っているためと考えられる サンプル板と酸化チタン板に関しては ほかの試験片と同じ条件にするためシ ャーレで実験を行ったが 板状であることは表面積が小さいなどの点でこの実 験には不向きであるため 目立った結果が得られなかったものと考えられる 気体の捕集 表 3 より エタノールの割合が高い方が気体発生量が多い結果となった これ は水のみの分解では 3 式の逆反応が起こりやすく 気体の発生量が少ないのに 対し 有機化合物が存在するとそれが酸化されることによって OH を消費し 逆反応が起こることを防ぐためである 有機化合物が酸化され る際には気体を発生するため エタノールの量が多いほど気体発生量が多くな っていると考えられる 白金を添加しなかったものは気体の発生が認められなかった 白金を添加すると光照射によって生じた正孔と電子の電化分離が促進され 再結合を防ぐ しかし白金が添加されないと4の反応はほとんど進行せず 気体は発生しない サンプルビーズについても 白金を添加しなかったため気体が発生しなかったものと考えられる また ブラックライトを照射した酸化チタン粉末では 紫外線照射によって励 起された電子が 4 価のチタンを還元して 3 価のチタンを生ずる 3 価のチタンは 青紫色であり 全体として暗灰色を呈すると考えられる 親水性の評価 サンプル板は 40 分のブラックライト照射で接触角が 5 以下になり 超親水性 になった 酸化チタン板は 40 分ではほとんど変化はなかったが 5 日後にはや
や接触角が減少していることから 親水性の領域形成は起こっていると考えられる 酸化チタン板の性能が劣る理由としては 実験で使用した酸化チタン板の表面が完全に酸化チタンとはなっていないため サンプル板と比べると親水性となる領域が小さいためと考えられる 今後の展望 今回は光触媒の基本的性質を実験するにとどまったが 今後は高性能な光触媒の研究に力を入れていきたいと思う 具体的には ディップコーティング法による酸化チタン薄膜の形成や可視光応答型の光触媒などといった実用的なものの作製である 参考文献 藤嶋昭 橋本和仁 渡辺俊也著 光触媒の仕組み 日本実業出版社 2000 窪川裕 本多健一 斉藤泰和編著 光触媒 朝倉書店 1988 清野学著 酸化チタン物性と応用技術 技報堂出版 1991 岸宣仁著 光触媒が日本を救う日 プレジデント社 2003 エヌ ティー エス編 最新光触媒技術 エヌ ティー エス 2000 FaridehJaliehvand 福田豊 楽しい化学の実験室 Ⅰ 東京化学同人 1995 FaridehJaliehvand 福田豊 楽しい化学の実験室 Ⅱ 東京化学同人 1995 メンバー チーフ 2K 吉野徹サブチーフ 2K 加藤真吾 班員 2K 大庭玲美 2K 国松真一 2OK 清水瞳 2OK 杉田響子