Powered by TCPDF (www.tcpdf.org) Title 伊東平蔵とその実践的図書館思想 Sub Title Heizo Ito and his practical thoughts about libraries Author 吉田, 昭子 (Yoshida, Akiko) Publisher 三田図書館 情報学会 Publication year 2012 Jtitle Library and information science No.67 (2012. ),p.1-38 Abstract 目的 伊東平蔵(1857-1929) は, 明治末期から昭和初期の日本の図書館界で, 図書館設立に精通した人物として知られている 彼は東京外国語学校の教授を務め, 一方で多くの図書館設立建設準備にあたった しかし, 彼に関する先行研究は充分に行われてきたとはいえない 本研究の目的は, 伊東平蔵の人物像と, 実践の中で培われた図書館思想を明らかにすることである 方法 伊東の経歴を明らかにするために, 先行研究で用いられた資料や公刊された資料類の調査を実施した さらに横浜市中央図書館が所蔵している伊東の資料 ( 日記, 書簡類の複製 ) や, 東京都公文書館等の一次資料の調査を行った 彼の図書館思想については, 公刊された伊東の論文などから再構成した 結果 伊東の生涯を7つの時期に分けて検討を行った 彼は東京に市立図書館がなかった時代に, 市民のための通俗図書館の設立運営にあたった 伊東は私立図書館, 市立図書館, 県立図書館と性格の異なる図書館を設立し, その運営に当る一方, 人材育成を通じて図書館界の基盤の必要性を唱え, その整備と内容充実に力を注いだ こうした実践の中で, 彼の考え方は, 小規模な図書館を数多く設立することから, 図書館の通俗性を維持しながらも自治体の規模にあった図書館を設立すること, さらに府立図書館や県立図書館と市町村立の図書館の役割分担が重要であることへと展開していった Notes 原著論文 Genre Journal Article URL http://koara.lib.keio.ac.jp/xoonips/modules/xoonips/detail.php?koara_id=an0000 3152-00000067-0001
伊東平蔵とその実践的図書館思想 写真 2 昭和 4 年 日誌本文 昭和 4 年 1 月 1 日 と拡大 1 1 伊東平蔵関係資料 横浜市中央図書館所蔵 6 る このことから判断すると 彼がその生涯を通 して 各年代で克明な日誌を記していたことが考 写真 1 昭和 4 年 日誌表紙 1 1 伊東平蔵関係資料 横浜市中央図書館所蔵 6 えられる しかし 残念ながら 伊東平蔵関係資 料 に残され 内容を確認できるのは最晩年の日 誌のみに限られている 3 1928 年 8 月から 9 月にかけて満州 朝鮮に 旅行し 大連 長春 撫順 奉天 平壌の図書館 2. 書簡類 を精力的に訪問している 日誌には 各図書館の 書簡類は 備忘録 7 とその他の書簡に分けられ 建物の配置や蔵書数 サービスの特徴等が丹念に る 備忘録は書簡類を巻物形式に表装したもの 綴られており 彼の図書館建築に対する関心が強 で 上 写真 3 中 下の 3 巻で構成されてい いものであったことが窺える る 書簡は 上巻に 36 点 中巻に 47 点 下巻に 写真 2 は昭和 4 1929 年 1 月 1 日の部分であ 42 点が収録されている 巻頭部分 写真 4 に る この時期になると 既に例年と違って体調が は 書簡のやり取りが行われていた人々の氏名と 悪いと書き始めており 体調は日を追って悪化し ていく 次第に 1 日数行だけしか記すことができ 肩書が列記されている 宛先は広範囲にわたり 文部次官で男爵の辻新次 1842 1915 帝国大学 ない日々が続くようになる 内容的にも 図書館 教授で法学者の穂積陳重 1856 1926 博文館で 関係のことや日々の出来事よりも 自分自身の健 康と体調の悪化に関することが中心に記述される 出版や著述に携わり 東京市議会議員でもあっ た坪谷善四郎 1862 1949 など 図書館関係者 ようになる そして 昭和 4 1929 年 3 月 14 等の名前が含まれている 巻物の巻頭部分の紙片 日を最後に日誌への記載は中断されている その は 表装後に貼付されたと考えられ レポート用 後 伊東は昭和 4 1929 年 5 月 2 日に死去して 紙にペン書きで記されている 備忘録以外の表装 いる まさに最晩年の記録ということができる されていない書簡にも 父伊東平蔵大人欧州留学 伊東の日誌の内容をみると 図書館に関連した 中の書簡 のように内容を説明した紙片が含まれ 記述がきわめて詳細に記されていることが分か ていることを考え合わせると 家族が整理した時 4
Library and Information Science No. 67 1 2012 写真 5 大日本教育会会員章贈与證状 1 伊東平蔵関係資料 横浜市中央図書館所蔵 8 は 内容等による年代の照合と特定が必要であ 写真 3 備忘録 上 1 1 伊東平蔵関係資料 横浜市中央図書館所蔵 7 る 3. 証明書類 寄留証明書 伊東が関わった団体が発行した協 会員認定証書が残されている たとえば大日本教 育会会員章贈与證状 8 写真 5 の場合は 明治 23 1890 年 5 月 24 日に伊東に対して会員章が 与えられたことがわかる その他 伊学協会会員 認定書のように 伊学協会通常会員の認定書等も 見られ 伊東がいつごろ どんな団体や協会に属 して活動していたか等を知る上で重要な手がかり となる資料類である 1 4. 写真 4 備忘録巻頭 1 伊東平蔵関係資料 横浜市中央図書館所蔵 7 その他 その他にも 伊東に関する私生活に関わる文書 類が見られる たとえば 伊東の葬儀の際の弔 辞 9 写真 6 が残されている 昭和 4 1929 年 5 月 3 日の朝日新聞に掲載された死亡広告 10 によ に添えた説明書と考えられる 書簡類は明治末から大正期にかけての年代のも ると 伊東は同年 5 月 2 日午前 1 時に死去した のが多く見られ 内容的にはイタリア語翻訳関係 彼の葬儀は 5 月 4 日午後 1 時から 3 時まで 青山 や図書館関係の書簡が多い その他の表装されて 斎場において仏式で行われている 喪主は嗣子伊 いない書簡類には 本文や封筒のみのものも見ら れる 封筒が残っているものは 消印等から日付 東祐雄 親戚総代山内福松 友人総代は粟田三吾 と今澤慈海 1882 1968 であった 同年 5 月 5 が特定できるものもあるが 本文だけで内容と他 日の朝日新聞 11 には 喪主による会葬御礼の広 資料を引き比べないと年代が特定できないものも 告が掲載されている 友人代表である粟田三吾は 多い 宛先や差出人が見られず 年月のみのもの 伊太利亜語入門 12 等の著作を著わし 東京外 5