リニューアルの動向 2013 特集 2. オフィスのリニューアル事例 新菱冷熱工業本社ビルにおける省エネ改修 福井雅英 MASAHIDE FUKUI ( 新菱冷熱工業 中央研究所サステナブルエネルギーシステムグループ ) はじめに 1970 年の竣工から40 年が経過した新菱冷熱本社ビル ( 以下, 本社ビルとよぶ ) は, 基本設備は竣工当初のものであり, 老朽化に対する対応が求められていた また, 近年, 建築物における省エネルギー化への要求と建築物の改修におけるストック & リノベーションへの期待が高まっている このような背景から, 本社ビルにおいて, 既設の躯体を利用しながら省エネルギー化を図る計画を策定し, 改修工事を行った 改修工事は,2011 年 9 月に竣工し, その後, 省エネルギー効果の検証および継続的な省エネルギー強化対策と運用改善に取り組んでいる 本稿では, 改修工事の概要を示すとともに, 改修後初年度である2012 年 4 月 ~2013 年 3 月の運用実績を報告する 1. 改修工事の概要 1.1 コンセプト省エネルギーだけでなく建物利用者の健康, 知的生産性向上の観点から, 省エネルギーと快適性の両立 を本改修工事のコンセプトとした これを実現するために, 1) ハードウエアによる省エネルギー化の追求 2) 快適性を向上させる空調システムの構築 3) 建物利用者に省エネルギーと快適性を意識させるソフトウエアの 3 項目を柱として改修計画を検討した また, 以下に示す目標を定めた 1 エネルギー削減率初年度 32%( 最終目標 40%) 2 CO 2 排出量削減率初年度 28%( 最終目標 37%) 3 CASBEE- 改修 Sランクの取得 1.2 建物概要本社ビルの外観写真を写真 - 1 に, 建築概要を表 - 1 に示す 1 階から 8 階を主に執務エリアとして利用し, 執務室は北 西 南面が外壁に面する配置となっている 1.3 設備関連改修内容改修前の本社ビルでは, 設備の老朽化のみならず, 部分改修による空調設備の複雑化, サーバー室エネルギー量の増大, 夏期クールビズ環境下における除湿不十分に 写真 - 1 本社ビル外観 表 - 1 本社ビルの建築概要名称新菱冷熱工業 本社ビル所在地東京都新宿区四谷 2-4 規模 ( 建築面積 )1,196m 2 ( 延床面積 )6,816m 2 ( 階数 ) 地下 1 階, 地上 8 階, 塔屋 2 階構造 SRC 造 ( 一部 S 造 ) よる快適性の低下などの問題点が指摘されていた これらの問題点への対策を前述のコンセプトに基づき検討し, 改修計画を策定した 設備, 外皮および運用技術の改修項目を図 - 1 と表 - 2 に示す 空調用の熱源設備としてソーラークーリングシステム, 空冷ターボヒートポンプチラー ( 以下, 空冷 HPとよぶ ) を採用し, 二次側空調設備に氷蓄熱システム ザ 自由雪計 R を利用した除湿 冷却分離空調システム, スパンごと個別制御型空調システムなどを採用した また, 執務室に調光制御を導入し, 照明電力と冷房負荷の削減を図った 外皮負荷の削減策として, 日射調整フィルム貼付, 窓の二重サッシ化, 外壁の断熱強化などを行った さらに, スパンごとのエネルギーの見える化と個別の寒暑感, 明暗感申請に対応する機能を備えたソフトウエアを開発し導入した また, 設計完了後, 本社ビルは,CASBEE- 改修のSランク認証を取得した なお, 本社ビルの総合改修計画では, 改修工事の完了後も運用方法の検討やサーバーの集約による電力消費量と空調負荷の削減などにより継続的に運用を改善する省エネルギー対策を行っている 12 建築設備士 2013 10
図 - 1 設備関連改修工事の取組み 2. 自然エネルギーと高効率機器を利用した熱源システム 2.1 熱源システム概要熱源システムは, 自然エネルギーの有効利用 高効率 トップランナーシステムの採用 をポイントとして計画し, 電気とガス, および氷蓄熱システム ( 既設再利用 ) による夜間電力を利用する環境負荷低減 節電に配慮したシステムを構築した 熱源システムの構成を図 - 2 に示す 自然エネルギーを有効に活用する設備として, 太陽熱エネルギーを温水に変換し, エネルギー源として冷房 暖房に利用するソーラークーリングシステムを導入した ソーラークーリングシステムは, 集熱ソーラーパネル, 空調設備熱源設備 : 空調方式 : 表 - 2 設備関連改修工事の概要 ソーラークーリングシステム 集熱ソーラーパネル 1.48kW/ 枚 30 枚 排熱吸収式冷温水機冷房 :281kW 暖房 :186kW 1 台 コージェネレーションシステム排熱 :52.5kW 1 台 暖房用温水熱交換器 98.5kW 1 台空冷ターボヒートポンプチラー冷房 :528kW 暖房 :425kW 1 台氷蓄熱システム ザ 自由雪計 R 蓄熱:300RTh( 継続利用 ) 除湿 冷却分離空調システム 外調機 + 各階ドライコイルユニットスパン毎個別制御型空調システム 配管設備 : 冷温水 2 管方式 ( 冷暖切替, 冷水 t= 8 温水 t= 8 ) 自動制御 : 各階空調変風量制御 ( 送風機インバータ制御 ) CO 2 濃度制御 外気冷房制御の併用冷温水変流量制御 ( ポンプインバータ制御 ) 電気 照明設備 LED 照明 高効率 Hf 照明 人感 照度センサによる調光制御 太陽光発電システムその他 自席 PCからの寒暑感 明暗感申請アプリケーション エネルギーの見える化 排熱吸収式冷温水機 ( 以下, 冷温水機とよぶ ), コージェネレーションシステム ( 以下,CGSとよぶ), 暖房用温水熱交換器などにより構成される熱源設備である 集熱ソーラーパネルでは太陽熱を集めて熱源水が作られる 冷房時には, 熱源水 (65~85 ) を冷温水機に供給して冷水を作り冷房に利用し, 暖房時には熱源水 (65 程度 ) を暖房用温水熱交換器を介して暖房に利用するシステムである さらに, 最新鋭の高効率機器である空冷 HPを導入した ソーラークーリングシステム系統と空冷 HP 系統は 図 - 2 熱源システムの構成 2013 10 建築設備士 13
図 - 3 月別冷熱製造熱量 図 - 5 スパン分割 図 - 4 月別温熱製造熱量 ネットワーク配管を介して統合し, さらに中央監視システムにて連携 制御させ, 熱負荷 日射量 機器運転効率などから総合的に判断して高効率なシステム運用を図ることとした 2.2 熱源システム全体の運用実績機器別の冷熱製造熱量 (2012 年 4 月 ~2013 年 3 月 ) を図 - 3 に示す 冷熱製造においては, 空冷 HPがベース運転となり, 期間全体の製造熱量の71% を占めた 冷温水機でこれを補う運用を行い,CGS 排熱温水利用による製造熱量は全体の 8 %, ガス焚が 6 %, ソーラー集熱温水利用が 3 % であった また, 除湿用の熱媒体として利用する氷蓄熱システムの製造熱量は全体の12% であった 機器別の温熱製造熱量 (2012 年 4 月 ~2013 年 3 月 ) を図 - 4 に示す 温熱製造においては, 冷温水機ガス焚の製造熱量が期間全体の43%,CGS 排熱温水利用量は45 %, ソーラー集熱温水利用量は10% であった 温熱需要の大きい空調立上げ時などには空冷 HPで補う運用とし, 空冷 HPの製造熱量は期間全体の 2 % であった 熱源エネルギー全体に占める太陽熱エネルギーの割合は, 冷熱製造において 3 %, 温熱製造において10% であった 3. 快適な執務空間と省エネルギーの両立を実現する空調システム 3.1 システム概要本館の基準階の空調システムは, 執務環境の快適性確保と省エネルギーの両立 を目指し, 除湿 冷却分離空調システムおよび個別制御型空調システムを採用した 除湿冷却分離空調システムは, 冷房運転時, 外気を十分 図 - 6 3 階平面温度分布表 - 3 フロア中央の温熱環境測定結果 フロア 日時 空気温度グローブ温度相対湿度風速 PMV( ) [ ] [ ] [% RH] [m/s] [-] 7/18( 水 )11:00 28.0 27.9 49.9 0.14 0.88 1 階 7/18( 水 )14:00 27.8 28.0 48.7 0.09 0.99 7/25( 水 )14:00 27.0 27.2 47.2 0.02 0.75 7/18( 水 )11:00 27.1 27.7 47.1 0.22 0.64 2 階 7/18( 水 )14:00 27.7 27.7 43.7 0.05 0.91 7/25( 水 )14:00 27.2 27.4 42.7 0.04 0.79 7/18( 水 )11:00 27.3 27.3 47.3 0.02 0.82 3 階 7/18( 水 )14:00 27.8 27.1 43.1 0.10 0.70 7/25( 水 )14:00 27.2 26.9 41.6 0.02 0.68 7/18( 水 )11:00 27.3 27.0 42.2 0.02 0.72 6 階 7/18( 水 )14:00 27.7 27.3 40.5 0.03 0.81 7/25( 水 )14:00 27.1 26.8 39.8 0.09 0.59 ( ) 着衣量 :0.5[clo] 活動量:1.2[met] として算出 に除湿し, クールビズ空調により室内温度を高く設定した環境下においても, 除湿不足による不快感の解消を図ることが可能なシステムである また, 空調制御システムは, スパンごとの熱負荷に応じて吹出風量を制御する個別制御型空調システムとした スパンごとの制御により, 温度ムラの解消を図るとともに, 変風量制御により搬送動力の削減を図った なお, 本建物では, 図 - 5 に示すように 1 フロアあたり12~ 13スパン ( 1 スパン= 約 36m 2 ) に分割した 3.2 運用実績夏期の3 階執務室内における各所の温度変化 (2012 年 7 月 27 日測定 ) を図 - 6 に示す 空調時間帯においては, 平面的な温度差は1.5~2.0 程度と小さく, スパン単位での温度制御によって, 温度ムラの少ない環境が実現できている 14 建築設備士 2013 10
図 - 7 室内湿度に対する評価 図 - 9 Smart Eco Office Controller 基本画面 図 - 8 改修前後の執務環境の居心地に対する評価 また, 夏期の各フロア中央付近の空気温度, グローブ 温度, 相対湿度, 風速の測定結果と PMV を表 - 3 に示 す PMV 算出時の着衣量は0.5clo, 活動量は1.2metとした なお, 各フロアの室内温度設定値は28.0 ( 服装はクールビズ対応を推奨 ) をベースとし, 極力省エネルギー性を損なわない運用を実施した 各フロアとも27.0~ 28.0,40.0~50.0% RH 程度に制御され,PMVは0.5 ~1.0( 不満足者数は25% 以下 ) の範囲であった 一方, 夏期の室内温熱環境に関して各階の執務者を対象としたアンケート調査 (2012 年 8 月実施, 回答率 56%) を実施し, システムの効果を確認した その結果, 室内湿度について, 約 6 割が 適当 と回答しており, 湿度制御により室内設定温度が28.0 の環境下であっても除湿不足の不快感が軽減されていることが確認できた ( 図 -7) また, 夏期の執務環境に関する改修前後の執務室の居心地に対するアンケート調査では, 肯定的な意見 ( 変わらない を含む) が全体の約 9 割占め, 除湿 冷却分離空調システムと本節の個別制御型空調システムを併用したシステムに対する評価が高かった ( 図 - 8 ) ただし, 一部のフロアでは 良くなった やや良くなった が半数を下回るなど意見のバラつきが見られる これは, 日射負荷, 人員密度, 執務内容などが影響していると考えられ, 原因の特定と改善が今後の課題である 4. 快適性と省エネルギーをサポートする運用管理システム 4.1 Smart Eco Office Controller 建物利用者に省エネルギーと快適性を意識させるソフトウエア を実現するため, 設備の運用に執務者の意思を反映することができ, かつ, 執務者の省エネルギー意識の啓発を図ることができるWebアプリケーション Smart Eco Office Controller ( 以下,S.E.O.C. とよぶ ) 図 -10 寒暑感申請の全フロア合計図 -11 申請に対する応答性に関する評価 を開発した S.E.O.C. の基本画面を図 - 9 に示す 主な内容は, 執務環境 ( 温度, 湿度, 照度,CO 2 濃度など ) の表示, 申請機能 ( 寒暑感申請, 明暗感申請, 空調運転延長申請など ), 空調 照明 コンセントのエネルギー使用量の見える化, 省エネルギー啓発機能 ( 省エネルギー達成率, ブラインド開閉のナビゲーションなど ), 申請履歴の表示である 寒暑感申請に対しては, 所定の時間だけ空調の設定温度を変更することができる一方, 申請回数に上限を定めている さらに, 申請履歴表示により操作をためらわせ, 省エネルギーに寄与する効果を期待している また, 全スパンのエネルギー使用量を, 日付を指定してグラフ表示することができる 4.2 寒暑感申請の実績月別の寒暑感申請回数の全フロア合計 (2012 年 4 月 ~ 2013 年 3 月 ) を図 -10に示す 夏期( 7 月 ~10 月 ) の とても涼しく 申請回数が圧倒的に多いことがわかる 一方, 図 -11 示す空調の申請に対する設備の応答性に関するアンケート調査結果では, 空調が要求に応えて 2013 10 建築設備士 15
図 -12 S.E.O.C. による省エネルギー意識向上に関する評価 図 -15 2013 年度以降の年間一次エネルギー消費量の削減目標値 図 -13 建物全体の年間一次エネルギー消費量 る省エネルギー性能の向上と執務環境の改善を目指す その上で最終目標であるエネルギー削減率 40%( 図 - 15) およびCO 2 排出量削減率 37% を目指す計画である おわりに 図 -14 建物全体の年間 CO 2 排出量 いると感じるか という問いに対して, 十分感じる および やや感じる という回答が約 70% と高い結果になった これより, 申請機能によって執務者にとって快適な温熱環境をおおむね構築できていると考えられる また,S.E.O.C. による省エネルギー意識の向上に関するアンケート調査結果を図 -12に示す 向上している やや向上している との回答が83% と高くなっており,S.E.O.C. が省エネルギー啓発に効果があるという回答が多数を占めた 5. エネルギー消費実績改修前 (2009 年 4 月 ~2010 年 3 月 ) および改修後 (2012 年 4 月 ~2013 年 3 月 ) の建物全体の年間一次エネルギー消費量を図 -13に, 建物全体のCO 2 排出量を図 -14に示す 一次エネルギー換算係数は9.76MJ/kWh( 電力 ) および45MJ/m 3 ( ガス ),CO2 換算係数は,0.000386t/ kwh( 電力 ) および0.0023085t/m 3 ( ガス ) とした 改修後の年間の一次エネルギー消費量は,10,600GJ/ 年 (1,555MJ/m 2 年 ) であり, 改修前の15,792GJ/ 年 (2,317MJ/m 2 年) から約 33% 削減された また, 改修後の年間のCO 2 排出量は,433t/ 年であり, 改修前の 639 t/ 年から約 32% 削減された 今後, 継続的な検証および運用改善を実施し, さらな 本社ビルにおいて, ストックを有効に利用し, 省エネルギーと快適性の両立 をコンセプトとした省エネ改修工事を行った 竣工当初は様々な不具合に悩まされながらの運用であったが, 調整期間を経て, 各種設備を有効に機能させることができ, 改修後初年度は, 改修前に比べてエネルギー削減率 33%,CO 2 排出量削減率 32% となり, それぞれ初年度の目標を達成した また, 運用実績の分析 評価により個々の技術に関する課題や改善点を確認した 今後これらの課題や改善点への対策, 継続的な検証および改善を実施し, さらなる省エネルギー性能の向上と執務環境の改善を目指す 今後の主な対策を以下に示して結びとする 熱源運転パターンの継続的な見直し 熱源送水温度の最適制御 床吹出空調フロアの吹出し温度最適制御 Smart Eco Office Controllerを用いた室内設定温度の最適制御 サーバー集約による電力消費と負荷削減 既設利用熱源機器の更新 窓面の断熱強化 ( 平成 25 年 7 月 3 日原稿受理 ) 自己学習型(CPD) について この原稿は,JABMEE CPDの対象原稿です 52 頁の設問に解答してバーコードシールを JABMERR CPD 手帳 に貼っていただくと自己学習型で 1 単位 となります 16 建築設備士 2013 10