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検査項目情報 水痘. 帯状ヘルペスウイルス抗体 IgG [EIA] [ 髄液 ] varicella-zoster virus, viral antibody IgG 連絡先 : 3764 基本情報 ( 標準コード (JLAC10) ) 基本情報 ( 診療報酬 ) 標準コード (JLAC10) 5F

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検体採取 患者の検査前準備 検体採取のタイミング 記号 添加物 ( キャップ色等 ) 採取材料 採取量 測定材料 F 凝固促進剤 + 血清分離剤 ( 青 細 ) 血液 3 ml 血清 H 凝固促進剤 + 血清分離剤 ( ピンク ) 血液 6 ml 血清 I 凝固促進剤 + 血清分離剤 ( 茶色 )

インフルエンサ 及び小児感染症の疾病別推移グラフ 平成 9 年 京都市 _ 本年 全国 _ 本年 京都市 _ 過去 5 年平均値 全国 _ 過去 5 年平均値 5 インフルエンザ 手足口病 RS ウイルス感染症.6 伝染性紅斑 りんご病

記号の説明 前からの推移 : 倍以上の減少.~ 倍未満の減少. 未満の増減.~ 倍未満の増加 倍以上の増加流行状況 : 空白発生なし 僅か 少し やや多い 多い 非常に多い 定点当り患者数について 過去 年間の標準偏差値に感染症の種類毎に係数を乗じた値を 等分し 流行状況の目安として 段階で表示して

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インフルエンサ 及び小児感染症の疾病別推移グラフ 平成 年 京都市 _ 本年 全国 _ 本年 京都市 _ 過去 5 年平均値 全国 _ 過去 5 年平均値 6 インフルエンザ 8 手足口病 RS ウイルス感染症.6 伝染性紅斑 りんご病

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長野県環境保全研究所研究報告 8:77 82(2012) < 資料 > に手足口病 ヘルパンギーナ患者から検出したエンテロウイルスの遺伝子解析と臨床的特徴 内山友里恵 1 1 中沢春幸 キーワード : 手足口病, ヘルパンギーナ, エンテロウイルス, コクサッキーウイルス A 群 6 型, 系統樹解析 1. はじめに手足口病 (Hand, foot and mouth disease :HFMD) は, 3 ~ 5 日の潜伏期間の後, 口の粘膜 手のひら 足の裏などに現れる 2 ~ 3mm の水疱性の発しんを主症状とした急性ウイルス性感染症である. その他に発熱 (38 度以下 ) や食欲不振, のどの痛みなどが見られるが, 一般的に軽症で, 発疹は 3 ~ 7 日で消失する. 一方ヘルパンギーナ (Herpangina) は, 典型的には 2 ~ 4 日の潜伏期間の後, 突然 38 度以上の発熱を呈し, 続けて口腔内に水疱が出現する急性ウイルス性感染症である. 水疱が破れて痛みを伴うことがある. その後 2 ~ 4 日で解熱し,7 日程度で治癒する. 発熱による倦怠感や口腔内の痛みなどから, 食事や水分を十分にとれず, 脱水症状を呈することもある. いずれも乳幼児を中心に夏季に流行する疾患であり, 病原ウイルスはどちらもエンテロウイルス属によるものである. 手足口病はコクサッキーウイルス A 群 16 型 ( 以下 ), エンテロウイルス 71 型 ( 以下 EV71) 及びコクサッキーウイルス A 群 10 型 ( 以下 ) によるものが多く, ヘルパンギーナは, コクサッキーウイルス A 群 4 型 ( 以下 CA4), コクサッキーウイルス A 群 6 型 ( 以下 ) 及び の感染によるものが多いと言われている. このうち と は患者個体, 感染時期によって, 手足口病, ヘルパンギーナ様の多様な症状を示す. また手足口病, ヘルパンギーナを引き起こすウイルスは, 年によって入れ替わり, 流行規模にも変化がみられることが知られている 1) 2). (H23 年 ) は, 長野県で手足口病が第 31 週 (8 月 1 ~ 7 日 ) に定点医療機関あたり 9.04 人と, 過去 5 年間でもっとも多い状況となり, 大規模な流行をみとめた. またヘルパンギーナも, 定点あた り 8 人を超える流行を示した 3). そこで今回, (1 月 ~ 10 月 ) の長野県における手足口病およびヘルパンギーナ患者からの PCR 法によるエンテロウイルス検出状況と, 遺伝子解析および臨床的特徴について報告する. 2. 検査対象と方法 2.1 検査対象検査対象は, 感染症発生動向調査事業において 1 月 ~ 10 月の間に長野県内の定点医療機関で, 手足口病もしくはヘルパンギーナと臨床診断された患者から採取された咽頭ぬぐい液 67 検体 ( 手足口病 :46 検体, ヘルパンギーナ :21 検体 ) とした. また, 過去の分離株と比較するために,2007 年 (H19 年 ) に分離した の 5 株と,2008 年 (H20 年 ) に分離した の 5 株を検査材料とした. 2.2 遺伝子学的検査方法咽頭拭い液から,QIAampViral RNA Mini Kit(QIAGEN 社 ) を用いて RNA を抽出した. 抽出したウイルス RNA は, エンテロウイルス特異プライマー (AM11,12/AM31,32) を用いてワンステップ RT-PCR により VP2 領域を増幅した. 特異バンド (584bp) が検出されなかった検体については, セミネステット PCR( プライマー AM21,22/AM31,32) を実施した 4) 5). 得られた PCR 増幅産物は QIAquick PCR Purification Kit(QIAGEN 社 ) を用いて精製後, ダイレクトシークエンシング法により ABI PRISM 3130 Genetic Analyzer(Applied Biosystems) を用い,VP2 領域の塩基配列 (512nt) を決定した. 得られた塩基配列の成績は GenBank に登録されている塩基配列情報との相同性を BLAST (http://blast.ddbj.nig. ac.jp/top-j.html) より検索し, ウイルスを同定した. さらに Clustal W を用いて系統樹解析を行った. 1 長野県環境保全研究所感染症部 380-0944 長野市安茂里米村 1978 77

Bull. Nagano Environ. Conserv. Res. Inst. No.8(2012) 3. 結果および考察 3.1 長野県における手足口病患者およびヘルパンギーナ患者からのエンテロウイルス検出状況 手足口病患者およびヘルパンギーナ患者 67 検体のうち, が 45 株 (67 %) と最も多く検出され, 全体の 3 分の 2 を占めた. 次いで が 18 株 (27%), が 4 株 (6%) であった ( 図 1). 疾患別では, 手足口病患者 46 株のうち が 35 株 (76%) と最も多く, 次いで が 7 株 (15%), が4 株 (9%) であった ( 図 2). ヘルパンギーナ患者では,21 株のうち が 10 株 (48%), が 11 株 (52%) 検出された ( 図 3). このことから 1 月 ~ 10 月は, 手足口病, ヘルパンギーナ両疾患とも主な原因ウイルスは と思われる. 加えて病原性の相違によりヘルパンギーナ患者から が高頻度に検出された. 2004 年 (H16 年 ) ~ 2010 年 (H22 年 ) の間, 手足口病の流行中に最も多く検出されたウイルスは, 全国と同様に と EV71 であり, この 2 つの血清型が, 数年ごとに入れ替わっている ( 図 4). は, 少数の分離 検出はあったものの, これまで手足口病の主な原因ウイルスだったことはなかっ 6% 27% 67% 15% 9% 76% 52% 48% 図 1 (1 月 ~ 10 月 ) エンテロウイルス検出状況 図 2 (1 月 ~ 10 月 ) 手足口病患者からのエンテロウイルス検出状況 図 3 (1 月 ~ 10 月 ) ヘルパンギーナ患者からのエンテロウイルス検出状況 12 10 8 長野県 全国 6 EV71 EV71 ( ) 4 EV71 2 0 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 図 4 手足口病の主流原因エンテロウイルスと患者報告数の推移 年 表 1 長野県における手足口病患者からのウイルス分離 検出状況 78 1~10 月 2004 年 2005 年 2006 年 2007 年 2008 年 2009 年 2010 年 CA 2 1 ( 9) 2 ( 6) CA 6 1 (13) 1 ( 6) 2 (14) 35 (76) CA 9 1 ( 2) 1 (11) 2 (14) CA 10 1 (13) 7 (15) CA 16 7 (64) 6 (75) 5 (12) 13 (76) 30 (94) 1 (11) 4 ( 9) コクサッキーウイルスB 群 3 型 1 ( 9) 3 (18) EV71 2 (18) 34 (85) 6 (67) 10 (72) エコーウイルス9 型 1 (11) 合計検出数 11 8 40 17 32 9 14 46 () 内 % 表示

長野県環境保全研究所研究報告 8 号 (2012) た. しかし は が手足口病患者から 8 割近く検出され, その傾向は, 他年と相違していた ( 表 1). また, ヘルパンギーナ患者からは, 全国と同様に例年, コクサッキーウイルス A 群 2 型 ( 以下 CA2),CA4,CA5, 及び と多くの血清型が検出されており, 主に検出される血清型も年ごとに代わる傾向があった ( 図 5). これに対し,2011 年に検出されたのは, と の 2 つの血清型のみで, 他の血清型は検出されていない ( 表 2). 両疾患において, 同年に同じ血清型が多く検出されたことも他年と相違していた. 3.2 の遺伝子解析過去の株と比較するために, が比較的多くヘルパンギーナ患者から分離された 2007 年の 5 株と, に手足口病患者とヘルパンギーナ患者から検出されたもののうち,512nt が決定できた 39 株について VP2 領域による系統樹解析を実施した ( 図 6). その結果,2007 年に検出した と に検出した は, 異なるクラスターに分類された. に検出した の 39 株は, 同年に静岡県で検出された Shizuoka/2011(Accession No.AB663320) 株と 98% ~ 100% 相同の類似株であった. このことから, にヘルパンギーナ患者と手足口病患者から検出した は, 診断名にかかわらず類似株であったといえる. さらに得られた塩基配列をアミノ酸配列に変換し, 検出株と 2007 年検出株とで比較すると,10 ヶ所の違いが認められた ( 図 7). 解析したエンテロウイルス VP2 領域は, ウイルス粒子の内部に存在し比較的変異の少ないことが知られている 5).検出 ( ) 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 0 CA4 CA4 長野県 全国 CA5, CA4,, 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 CA2 図 5 ヘルパンギーナの主流原因エンテロウイルスと患者報告数の推移 表 2 長野県におけるヘルパンギーナ患者からのウイルス分離 検出状況 2004 年 2005 年 2006 年 2007 年 2008 年 2009 年 2010 年 CA 2 7 (20) 7 (47) CA 4 14 (40) 5 (11) 18 (75) 1 ( 4) 3 (18) 6 (40) 3 (20) CA 5 1 ( 3) 10 (21) 11 (39) 2 (13) CA 6 6 (17) 24 (51) 11 (39) 5 (33) 10 (48) CA 7 3 (20) CA 9 3 ( 6) 1 ( 7) CA 10 5 (11) 4 (14) 14 (82) 11 (52) CA 16 1 (3) 1 ( 4) コクサッキーウイルスB 群 1 型 3 (9) コクサッキーウイルスB 群 2 型 2 ( 8) コクサッキーウイルスB 群 3 型 3 (9) コクサッキーウイルスB 群 4 型 3 (20) EV71 4 (17) 総計 35 47 24 28 17 15 15 21 () 内 % 表示 1~10 月 79

Bull. Nagano Environ. Conserv. Res. Inst. No.8(2012) VP2 領域 (512nt) 0.02 0.02 19-291 19-293 19-298 19-266 19-288 VP2 領域 (512nt) (512nt) 23-567 23-447 23-509 23-503 23-505 23-548 23-501 23-499 Shizuoka/2011(AB663320) 23-453 23-500 23-502 23-537 23-540 23-541 23-542 23-547 23-549 23-508 23-513 23-521 23-433 23-432 23-434 23-435 23-437 23-449 23-451 23-522 23-523 23-569 23-526 23-515 23-520 23-566 23-446 23-550 23-511 23-506 23-448 2007 年 Gdula(AY421764) : ヘルパンギーナ患者から検出した 無印 : 手足口病患者から検出した 図 6 の VP2 領域による系統樹解析 23-512 23-450 23-556 23-568 23-570 23-507 23-538 23-545 23-504 23-555 23-525 23-524 23-517 20-99 20-147 20-160 2008 年 20-159 20-178 aichi/2005(ab244323) Kanagawa/2003(AB162742) (AY421767) : ヘルパンギーナ患者から検出した 無印 : 手足口病患者から検出した _Shizuo VDCGQLNHYY PRGSQHCIEL RRVARILSFY GRYSCGQAYS P*RVSE*VLH TVN*ELEDR 23-453 23-499 23-500 23-501 23-502 23-503..........C......... 23-505..........C......... 23-537 23-540 23-541 23-542 23-547 23-548 23-549 23-550.........P........... 23-506.........P.....P...... 23-508 23-509...H............... 23-511.........P........... 23-513 23-521 23-433 23-432 23-434 23-435 23-437 23-446...H................ 23-447...H............... 23-448.........P.....P...... 23-449 23-451 23-522 23-523 23-569 23-526 23-515 23-520 23-566 23-567...H............... 19-291 19-293 19-298 19-288...D.HH...*.S... W...L....*TH....Q..Y...Q... 19-266 _Gdula( AN.W.FD..H T.SC*.SV.. W*M...PLH...*.HT ARC... FI.Q...N. 図 7 の VP2 領域アミノ酸配列変異箇所 20-99 LTVGNSSITT QEAANIVLAY GEWPEYCPDT DATAVDKPTR PDVSVNRFYT LDSKMWQENS TGWYWK 20-147.... 20-160.... 20-159.... 20-178.... 23-450.... 23-504.... 23-556.... 23-568.... 23-570.... 23-555.... 23-507.... 23-512.... 23-524.... 23-525.... 23-538.... 23-545.... 23-517.... (AY421.... _aichi....w.. _Kanag.... 2007 年 2008 年 図 8 の VP2 領域による系統樹解析 図 9 の VP2 領域アミノ酸配列変異箇所 80

長野県環境保全研究所研究報告 8 号 (2012) 株と 2007 年検出株の VP2 領域にコードされたアミノ酸配列に相違がみとめられたことは, 感染性や病原性を司る領域にも変異が生じた可能性が考えられた. 3.3 の系統樹解析過去の株と比較するために, が比較的多くヘルパンギーナ患者から分離された 2008 年 5 株と,に手足口病患者とヘルパンギーナ患者から検出されたもののうち,512nt が決定できた 13 株について VP2 領域による系統樹解析を行った ( 図 8).2008 年に検出した と 検出の は, 異なるクラスターに分類された. さらに, 今回解析した領域での塩基配列では, 相違が認められるものの, アミノ酸変換で同義置換され, アミノ酸配列には相違を認めなかった ( 図 9). 3.4 臨床的特徴従来, 突然の高熱を伴い発疹が口腔内に限定した所見を認めればヘルパンギーナ, 38 以下の発熱で発疹が口腔内だけでなく手足にも出現が確認されれば手足口病と診断される場合が多い. しかし, 松岡ら 6) によれば,は, 高熱と口腔内発疹の所見からヘルパンギーナと診断しても, その後に皮疹が出現したことから手足口病と診断を訂正した事例を報告しており, その非典型事例から が 62% と, 比較的多く検出されている. また, これまでより大きい扁平な水疱を伴う場合や, 病後に爪甲が脱落する症例が国内外で報告されており, 脱落した爪甲から が検出されている 7).は, 非典型的な臨床所見が認められる傾向にあった. 4 まとめ手足口病の原因ウイルスは, 数年ごとに と EV71 の流行を繰り返していたが, ( 1 月 ~ 10 月 ) は が手足口病患者から 8 割近く検出され, その傾向は他年と相違していた. ヘルパンギーナの原因ウイルスは, と の2 種類がほぼ半々であった. 2007 年に検出した と 検出の は系統樹解析において, 異なるクラスターに分類され, アミノ酸配列においても 10 ヶ所の相違を認めた. 2008 年の検出 の 5 株と,の検出の は, 系統樹解析で異なるクラスターに分類されたが, アミノ酸配列に変換すると, 同義置換され相違は認めなかった. ( 1 月 ~ 10 月 ) に流行した手足口病, ヘルパンギーナは, 臨床所見で非典型的な症状を認める傾向にあり, 主な原因ウイルスは によるものと推察された. エンテロウイルス感染症は, 多種 多様の症状を呈することで知られている. また,RNA ウイルスの特徴としてウイルス変異が起こりやすく, 診断を下す臨床現場でも苦慮する事例も多いことが推察される. 特に に手足口病, ヘルパンギーナ患者から多く検出された は, 遺伝子解析の結果から過去の との相違が明らかになり, 感染性や患者に症状を引き起こす病原性が, 過去の同血清型から変化した可能性が推察された. 毎年の流行状況及び流行株の解析は, 疾病の流行を監視する上で極めて重要である. 今後も感染症発生動向調査を通じ, 経年的な流行状況の把握に努め, 臨床の現場にフィードバックしていきたい. 文献 1) 国立感染症研究所感染症情報センター : 注目すべき感染症 手足口病, 感染症発生動向調査感染症週報,10(24)10-14(2008) http://idsc.nih.go.jp/idwr/kanja/idwr/idwr2008/ idwr2008-24.pdf ( 11 月確認 ) 2) 国立感染症研究所感染症情報センター : 注目すべき感染症 ヘルパンギーナ, 感染症発生動向調査感染症週報,12(26)7-9(2010) http://idsc.nih.go.jp/idwr/kanja/idwr/idwr2010/ idwr2010-26.pdf( 11 月確認 ) 3) 長野県健康長寿課長野県感染症情報 (H23 年 ) 第 31 週 8 月 1 日 ~ 7 日 http://www.pref.nagano.lg.jp/eisei/hokenyob/ kansen/23-31w.pdf( 11 月確認 ) 4) 清水博之, 米山徹夫, 吉田弘, 山下照夫 : 病原体検出マニュアル, 手足口病,1 ~ 22(2003) 5)Nasri D, et al.(2007), Typing of Human Enterovirus by Partial Sequencing of VP2.J Clin 81

Bull. Nagano Environ. Conserv. Res. Inst. No.8(2012) Microbiol 45(8): 2370-2379 6) 松岡高史 松岡明子 松岡伊津夫 (2011) 今夏流行した手足口病とヘルパンギーナの臨床ウイルス学的特徴, 長野県小児科医会 7) 柏井健作他 (2011) 手足口病後に脱落した爪 からのコクサッキーウイルス A6 型の検出 - 和 歌山県,IASR,Vol. 32(11):339-340 Genetic analysis of enterovirus and clinical characteristics were detected in patients with hand, foot and mouth disease and herpangina in 2011 Yurie UCHIYAMA 1,Haruyuki NAKAZAWA 1 1 Nagano Environmental Conservation Research Institute, Infectious Disease Society Division, 1978 Komemura, Amori, Nagano 380-0944, Japan 82