学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 河村秋 論文審査担当者 主査丸光惠副査廣瀬たい子 森田久美子 論文題目 乳幼児の社会 情緒的問題の評価尺度 ~ 日本語版 ITSEA の開発と信頼性妥当性の検討 ~ ( 論文内容の要旨 ) < 緒言 > 近年 わが国では子どもの発達障害への関心が高まりを見せている 後に発達障害と診断された親の 80% 前後が うちの子はどこか気がかりであるという心配を抱いているが そこから相談や診断へと向かうまでには長い時間を要し その間の養育者の不安やストレスは親子関係の阻害 養育者から子どもへの虐待の誘因ともなっている 発達障害を持つ子どもにとっても その障害特性に合った適切な対応 支援を受けられないことにより 二次障害 として学童期 思春期に問題が表出することが指摘されている また 発達障害という診断はついていないが 対人的トラブル 落ち着きのなさ 状況への順応性の低さ 衝動性 などの行動特徴を持つ 気になる子 への対応の難しさについても問題となっている 子どもの気になる行動は かかわり方に問題があるのかもしれないと養育者が不安やストレスを抱いている場合も多い 発達障害を持つ子 気になる子 の養育者にとって子どもの行動特徴を理解し対応を知るための支援を受けることで 育てづらさやストレスを軽減し 良好な親子関係につなげることができる ITSEA(Infant-To ddler Social and Emotional Assessment) は 米国の Alice S. Carter らにより開発された尺度である 1 3 歳未満児の社会 情緒的問題や能力についての 4 領域 ( 外在化問題 内在化問題 調整不全問題 能力領域 ) 17 下位尺度 3 項目群 170 項目から構成され 子どもの育てにくさや気がかりの原因が どのような問題の領域で 同時に強みとなる能力はどのような能力なのかを査定できる 必要な発達上の支援サービスにつなげる際にも その子どもの問題と能力の両方を的確に伝達することを可能にする 本研究では 日本における ITSEA の活用を目指し 第一段階として日本語版 ITSEA 作成と信頼性妥当性の検討を目的とした < 対象と方法 > 研究デザイン日本語版 ITSEA を作成し 信頼性妥当性の検証のために質問紙と構造化インタビューによる横断調査を用いた 日本語版 ITSEA の作成手順 (1) 原版 ITSEA の使用許可の取得 契約 (2) 原版 ITSEA の翻訳 (3) 専門家会議 - 1 -
(4) 在日米国人心理学者による逆翻訳 (5) 在米米国人心理学者による内容の検査と確認 (6) 予備調査 本調査の対象東京都 千葉県の小児科クリニック 市役所 子育て支援事業に来所した 12~35 か月 30 日齢の健康な乳幼児とその養育者 537 組を対象とした 本調査の内容本調査の質問紙には 日本語版 ITSEA との併存妥当性の検討のため 幼児期の情緒や行動の評価尺度である 子どもの行動チェックリスト親用 CBCL2/3(CBCL2/3) 広汎性発達障害による適応上の困難度を評定する尺度である 広汎性発達障害日本自閉症協会評定尺度 (PARS) を含めた 研究協力施設に来所し 研究参加への同意が得られた親子 537 組に対し PARS による構造化インタビューの上 日本語版 ITSEA を配布し郵送で回収した 2 歳以上の子どもの養育者にはさらに C BCL2/3 を配布し 郵送で回収した 1 回目調査に参加し 質問紙を返送した対象に対し 2 回目調査 ( 再検査 ) として日本語版 ITSEA のみを送付し郵送にて回収した 分析方法日本語版 ITSEA の信頼性は 内的整合性を Cronbachα 係数 安定性については再検査法を用いた 妥当性は 内容的妥当性を専門家会議にて検討した 併存妥当性については CBCL2/3 PAR S との相関関係を検討した 構成概念妥当性については 探索的因子分析 確認的因子分析を用いた 倫理的配慮養育者に口頭および文書にて研究目的と内容 研究協力の任意性と撤回の自由 個人情報の保護などを説明し紙面にて同意を得た 事前に東京医科歯科大学医学部倫理審査委員会にて審査 承認を受けた < 結果 > 1 回目調査にて PARS の記入と評定 日本語版 ITSEA と CBCL2/3 の質問紙配布を行なったのは 537 名 質問紙が回収されたのは 448 名 (83.4%) であった 1 回目調査への協力者に対し 2 回目調査を実施し 416 名 (92.8%) から回答があった 調査間隔が 10~14 日以内であった 106 名のデータ (25.5%) を再検査の対象として使用した 日本語版 ITSEA の各領域得点 下位尺度得点 項目群得点について正規性を検討し内在化領域得点のみに正規性が認められた 信頼性の検討 (1) 日本語版 ITSEA の内的整合性 :4 領域の Cronbachα 係数は 0.70~0.93 17 下位尺度については 0.43~0.83 であった (2) 再検査による日本語版 ITSEA の安定性各領域 下位尺度 項目群間の順位相関係数 (Spearman) を算出し安定性を確認した 各領域得点間では 外在化領域 (ρ=0.82) 内在化領域(ρ=0.81) 調整不全領域(ρ=0.82) 能力領域(ρ =0.91) に p<0.01 水準で有意な相関を認めた 外在化領域の各下位尺度間 (ρ=0.69~0.76) 内在化領域の下位尺度間 (ρ=0.51~0.81) 調整不全領域の下位尺度間 (ρ=0.73~0.84) 能力領域の下位尺度間 (ρ=0.75~0.87) 各項目群間(ρ=0.51~0.75) で いずれも p<0.01 水準で有意な - 2 -
相関を認めた 妥当性の検討 (1) 併存妥当性 : 日本語版 ITSEA と CBCL2/3 PARS 外在化領域得点は CBCL2/3 の全下位尺度得点と有意な相関を認め 中程度から高い相関が認められたのは 総得点 外向尺度得点 攻撃得点 注意集中得点 反抗得点 睡眠 食事得点 (ρ =0.41~0.69, p<0.01) であった 内在化領域得点は CBCL2/3 の発達得点 攻撃得点以外の下位尺度得点と 有意な相関を認め 中程度から高い相関が認められたのは 内向尺度得点 依存分離得点 (ρ=0.53~0.61, p<0.01) であった 調整不全領域得点は CBCL2/3 の全下位尺度得点と有意な相関を認め 中程度から高い相関が認められたのは 総得点 外向尺度得点 内向尺度得点 睡眠 食事得点 攻撃得点 注意集中得点 反抗得点 その他の問題得点 (ρ=0.41~0.63, p<0.01) であった 能力領域得点は CBCL2/3 の総得点 外向尺度得点 内向尺度得点 引きこもり得点 発達得点 攻撃得点 注意集中得点 (ρ=-0.22~-0.36, p<0.01) と有意な相関を認めた 項目群得点は PARS 総得点と不適応項目群得点 社会関係性項目群得点 異常項目群得点 (ρ=-0.21~0.32, p<0.01) で有意な相関を認めた (2) 構成概念妥当性 : 日本語版 ITSEA の探索的因子分析 4 因子に因子を固定し 主因子法 プロマックス回転による分析を行なった 睡眠 以外の下位尺度は 高い因子負荷量を示し 全下位尺度を説明する割合は 60.0% であった 第 1 因子は能力領域の 6 下位尺度と調整不全領域の1 下位尺度 第 2 因子は外在化領域の 3 下位尺度 調整不全領域の 2 下位尺度 第 3 因子は内在化領域の 2 下位尺度 第 4 因子は内在化領域の 2 下位尺度 調整不全領域の 1 下位尺度で構成されていた (3) 構成概念妥当性 : 日本語版 ITSEA の確認的因子分析 4 領域と下位尺度間に共分散を仮定したモデルで確認的因子分析を行ない 適合度指標は GFI= 0.863 AGFI=0.814 RMSEA=0.098 AIC=608.126 であった 外在化領域 内在化領域と能力領域の相関が有意でなかったため 外在化領域 内在化領域と能力領域の因子間相関を 0 としたモデルでも分析し GFI=0.863 AGFI=0.817 RMSEA=0.097 AIC=604.591 と 最初のモデルよりもデータに適合した結果が得られた < 考察 > 日本語版 ITSEAの信頼性について日本語版 ITSEA の各領域と 17 下位尺度のうち 行動 / 衝動性 攻撃性 / 反抗 友達への攻撃 新奇性への抑制 消極的感情 食事 順応性 共感 友達との関係 の内的整合性は良好であるといえる うつ / ひきこもり 全般的不安 感覚的敏感性 についての内的整合性は確認できなかった これは原版 ITSEA や先行研究と同様の結果であり 許容できる結果である 再検査法では 各領域 下位尺度 項目群の平均得点間で中程度 強い相関がみられ 日本語版 ITSEA の安定性は確認された 日本語版 ITSEA の妥当性について (1) 併存妥当性日本語版 ITSEA 領域 項目群得点と CBCL2/3 の下位尺度得点の関係は 原版 ITSEA と CBCL1.5 5 の関係と共通した傾向が見られ 日本語版 ITSEA は原版 ITSEA と同様の併存妥当性を持つと示 - 3 -
唆された (2) 構成概念妥当性日本語版 ITSEA の探索的因子分析 確認的因子分析の結果から 原版 ITSEA と同様に 4 領域 1 7 下位尺度の構造を持つことが示唆された 結論 日本語版 ITSEA の内的整合性が確認され 再検査法により各領域 下位尺度 項目群得点の安定性が確認されたことから日本語版 ITSEA の尺度の信頼性は検証された 専門家会議による内容的妥当性の検討 CBCL2/3 PARS との相関関係から併存妥当性の確認 探索的因子分析 確認的因子分析の結果から構成概念妥当性の確認がされ 日本語版 ITSEA の妥当性は検証された 今後は 標準値 カットオフスコアの設定 弁別妥当性の検討が必要である - 4 -
論文審査の要旨および担当者 報告番号甲第 4596 号河村秋 論文審査担当者 主査丸光惠副査廣瀬たい子 森田久美子 ( 論文審査の要旨 ) 近年 子どもの発達障害に対する関心が高まっている 子どもの行動に不安やストレスを抱く養育者にとっては 育児ストレス軽減に向けた支援が不可欠である 特に親子関係の形成過程である 1 歳から 3 歳前後の子どもをもつ保護者にとって 子どもの特徴の理解や対応の仕方を知ることは 育児ストレスを軽減するのみならず 良好な親子関係につなげることができる そこで 申請者は米国で開発された ITSEA(Infant-Toddler Social and Emotional Assessment) を 日本の臨床実践に活用するべく 日本語版作成と信頼性妥当性の検討を目的とし 調査を行った ITSEA は 1~3 歳児の育てにくさや気がかりの原因となる問題領域を特定し 強みとなる能力を査定するできる尺度であり 170 項目 4 領域 ( 外在化 内在化 調整不全 能力 )17 下位尺度 3 項目群で構成される 米国では 特に発達障害等のリスクのある子どもに対して広く臨床的に使用されているものである 日本語版は尺度の翻訳版作成手順に従って詳細に検討され プレテストも行って作成し 12~35 か月 30 日齢の健康な乳幼児と養育者 537 組に配布された また 併存妥当性を確認するため 子どもの行動チェックリスト親用 CBCL2/3(CBCL2/3 および 広汎性発達障害日本自閉症協会評定尺度 (PARS) を用いた質問紙調査とインタビューを合わせて行っている 調査は 2 回行われ それぞれ回収率は 83.4% 92.8% であった 主な結果は 1) 良好な内的整合性 2) 2 回の調査における安定性の確認 3)4 領域 17 下位尺度における併存妥当性の確認 4) 原版の構造を仮定した確認的因子分析により適合度指標 GFI=0.863 AGFI=0.817 RMSEA=0.097 AIC=604.591 のモデルが最適であると確認されたことであり 日本語版 ITSEA の信頼性 妥当性を確認している 審査においては1) 原版尺度に関する専門知識 2) データ解釈のうち 特に Cronbachα 係数 0.93 第四因子の弱から中低度の相関係数 確認的因子分析において RMSEA が増加している事について質問がなされた また 3) 本尺度の日本における臨床応用について 対象選定 使用目的等について質問がなされ いずれも的確に回答することができた 本研究は 発達障害等を虐待のハイリスク群と捉え 確定診断がつくまでの数か月から数年の期間における看護介入の必要性について優れた臨床知見を基に着想した研究であると言える 以上より 申請者は 発達障害 育児ストレス 愛着形成に関する看護 福祉 精神保健領域について十分な専門知識および 尺度選定から日本語版尺度の作成過程についても十分な学識を有しており 博士号に値すると判断した ( 1 )