2018 年 5 月 16 日号 シリアを舞台にしたイランとイスラエルの軍事的緊張 イランへの経済制裁を強化するトランプ政権 イラン核合意からの離脱を宣言したトランプ政権は 直ちにイランをグローバル経済から切り 離すための制裁措置を再開させた トランプ政権は イランの中央銀行が革命防衛隊へドルを流す支援をしている として中央銀行への制裁を発表した 5 月 10 日 米財務省は アラブ首長国連邦 (UAE) と共同でイランの企業 個人や政府関係者が UAE で違法に両替を行うためのネットワークを有しているとして制裁を発動した 米財務省によれば イランの Jahan Aras Kish という会社が革命防衛隊の対外特殊機関であるコッズ部隊のフロント企業として機能しているという 同社はイラン中央銀行の口座を通じて石油収入の中から送金を受け それを UAE で展開する 2 つの別の企業 Khedmati と Rashed Exchange を通じて米ドル札に両替し そのキャッシュがコッズ部隊を通じてイランの中東地域の代理勢力に分配されているという (5 月 11 日付 ウォールストリート ジャーナル ) これら 3 つのイラン系企業と 6 名のイラン人が このフロント企業やコッズ部隊のために働いているとして米財務省及び UAE 政府のブラックリストに掲載され 制裁対象となった 米政府によれば イランの代理勢力であるレバノンのヒズボラ イエメンのフーシー派は こうしたネットワークを通じて供給される米ドルを必要としており この制裁によりこうしたイラン系勢力に打撃を与えることが出来るとしている トランプ大統領がイラン核合意からの離脱発表を受けてすぐのこの措置は 米国がイランに 対する経済制裁を本格的に強化し 2015 年以前の体制に戻すという意思を具体的に示した ものだと考えていい 米財務省のマンデルカー財務次官は イランの中央銀行がコッズ部隊に協力していたことを 明白にしたことは強力なメッセージだ と述べており イラン核合意後にイランとの取引を積極 Page 1/5
的に進めた欧州諸国や日本の企業に対する警告だと考えられる これは トランプ政権が本気であり どれだけアグレッシブにイランに対する制裁を履行しよう としているのかを見せつける一種の 脅し だと考えるべきである 5 月 13 日にはジョン ボルトン大統領補佐官が 欧州企業は米国の制裁に直面する可能性が ある なぜ企業や企業の株主たちは世界のテ ロリズムの中央銀行のような国とビジネスをし たがるのだ と米 ABC 放送のインタビューに 答えて明言している これは欧州諸国が 米国の核合意離脱宣言 後も イランとの核合意を遵守すると宣言して いたことを受けた発言だと思われる 11 日にフランスの外相は イラン市場に大きな投資をし ている石油会社の Total や自動車メーカーのプジョーを制裁対象から免除させるために米政 府と交渉すると述べていたからである 5 月 13 日付 ウォールストリート ジャーナル トランプ政権は オバマ政権が結んだ核合意が 欠陥だらけ だと批判してきた イランと交渉 して新たな合意を結ぶことについては扉を開けていると主張しているが これはあくまでイラ ンが米国に膝を屈して米国の条件を全面的に飲む場合に限られる その条件とは イランが弾道ミサイル開発を止め ヒズボラやフーシー派やハマスへの支援も 止め シリアから軍を撤収し イスラエル敵視政策を止め 未来永劫核開発はやりませんと約 束することであり そうするならば経済制裁を解除してやる というのがトランプ政権の態度で ある イランの主権を無視し 一方的に米国の言い分に従う場合に限り交渉してやる という のがトランプ政権の基本姿勢であり 誇り高きイランがそのような条件を飲むはずがない イランのロウハニ政権は 米国以外の核合意の当事国に対して 核合意を維持するよう働き かけをしている これまでのところ 欧州連合 EU のモゲリーニ外交安全保障上級代表 英 国のメイ首相 中国政府及びロシア政府はいずれも 米国抜きの核合意 堅持の姿勢を見せ ている 5 月 14 日にはプーチン大統領が南部ソチで国際原子力機関 IAEA の天野事務局長と会談 して ロシアが核合意の義務を履行し続ける用意がある ことを伝えている 米国以外の合 Page 2/5
意締結国は 同合意を維持するために協力していくと思われるが トランプ政権はイランに対 する経済制裁を厳格に科す姿勢を崩さないため 結局のところ 欧州企業は米国の圧力に屈 してイランとのビジネスを縮小する方向に行かざるを得なくなるだろう ただ当面は イラン側を核合意に留め 再び核開発に走らせないようにするため 何とか合 意を継続するための方策を協力して模索することになると思われる 高 まるイランとイス ラエ ル の 軍 事 衝 突 リス ク これまで当レポートで指摘してきた通り シリアを舞台にしたイランとイスラエルの軍事衝突リ スクが益々高まっている 5 月 10 日 シリア南部に展開するイラン革命防衛隊のコッズ部隊が イスラエルの占領するゴ ラン高原のイスラエル軍に向けて約 20 発のロケット弾を発射したと伝えられた イスラエル軍 側に死傷者は出なかった模様だが これに対してイスラエル軍は F15 や F16 など 28 機の戦 闘機を出動させてシリアにあるイラン軍の基地に 60 発 地対地ミサイルも 10 発撃ち込んだと いう イスラエルはイラン軍の兵站施設を狙い 武器弾薬庫や情報機関の司令部 監視施設等を 破壊したと発表 ネタニヤフ首相は イランがゴラン高原に攻撃したことを レッドラインを超 える行動 だとして強く非難し 今後もイランが イスラエルを攻撃しようとすれば先に行動を起 こす としてイランやシリアを強く牽制した 一方のイランは先に攻撃したことを否定しており イスラエルによるシリアの主権侵害を非難 した イランはシリア国内の 5 カ所の空港を シリア国内に展開するイラン軍やシーア派民兵 部隊そしてレバノンのヒズボラへの武器支援のための兵站センターにしている 特にアレッポ 空港にはイラン革命防衛隊コッズ部隊の司 令部が置かれ ミサイルや無人機などが集 積されているとされる トランプ政権とネタニヤフ政権は 協力して イランに対する圧力をかけていることにな る 米国は経済戦争を仕掛け イスラエル は軍事的にイランの脅威を取り除こうとして いるようである Page 3/5
今回 イスラエルが主張するようにイラン側がゴラン高原に攻撃を仕掛けたのかどうかは不 明である ロウハニ政権は 上述したように欧州諸国をはじめ各国と核合意維持のための外 交交渉をしているので イスラエルとの間の紛争を煽るような行動は避けたいはずである しかし これまでイスラエルにやられっぱなしで 核合意も破棄された今 革命防衛隊をはじ めとするイランの強硬派の我慢が限界に来ている可能性はある 彼らがイスラエル側を挑発 した可能性は否定できない 革命防衛隊は 米国やイスラエルからの圧力に対し 何らかの 形で抵抗 レジスタンス を続けるはずであり イスラエルに報復 するための戦略を練っているものと思われる 欧米協調路線をと ってきたロウハニ大統領派は トランプ政権の核合意離脱決定 により イラン国内で強硬派からの批判に晒されている 当然 革命防衛隊への抑えは効かなくなっていくであろう ロウハニ大統領派の意志に反して シリアを舞台にイランとイス ラエルの軍事的衝突がエスカレートしてしまう可能性は十分にあ ると言わざるを得ない イスラエルとイラン間の緊張の高まりを受けて シリア国内の紛争がエスカレートすると困る のはロシアである ロシアは アサド政権に有利な戦略バランスをつくり シリア イランそして トルコと組んでシリア和平を主導的に進める計算だったが ここに来てイランと米国の決定的 な対立 イスラエルとイランの緊張の高まりを受けて 各国の利害調整が極めて困難になっ ている 一方のトランプ政権とすれば 国際的にイランを経済制裁で痛めつけ シリアではイスラエル がイラン権益を軍事的に叩くことでイランを弱体化させることは望ましい事態であり ついでに ロシアの立場が困難になることも歓迎しているであろう トランプ政権 とりわけホワイトハウスの面々は シリア情勢がますます混迷し 内戦が激化 する方が ロシア イラン アサド陣営 を弱体化する上でも好都合だと考えるはずであり シリアにおける紛争の激化をむしろ望んでさえいるだろう イラン核合意からの離脱を決定したことにより 政権内のマティス国防長官の慎重意見はも Page 4/5
はやトランプ大統領やボルトン大統領補佐官による 行け行け 路線を止められなくなったよう である シリア情勢のさらなる混乱は 米軍がなんとしても避けたかったシナリオだったが ホ ワイトハウス主導で強硬路線がとられてしまっているようだ 今後さらにイスラエルとイランの軍事対立が強まれば イスラエルを助けて軍事介入せよ と の強硬意見が米国内で強まり ホワイトハウスがその流れに沿ってイスラエルと共にシリアで イラン系勢力への攻撃を激化させるというシナリオも十分に考えられる 当面 イラン側からイスラエルを軍事的に挑発することはないと思われるが だからと言って イランがシリアから撤退することはない イスラエルに一時的に破壊されても 再びシリア国 内の軍事施設を整備し 軍事的なプレゼンスを維持することに努めるはずである こうした状況が続けば 偶発的な衝突から 上述したようにイスラエルとの軍事対立がエスカレートする可能性は十分にある いずれにしても シリア紛争は 対テロ戦争 や 内戦 とは全く次元の異なるステージに突入したとの認識を持ち 今後の動向を注意深くモニターしていく必要がある 編集 発行人 菅原出 発行日 :2018 年 5 月 16 日 ( 水 ) Page 5/5