第 3 章北西太平洋の海洋汚染の状況 3.1 浮遊プラスチック類 浮遊プラスチック類 診断概要診断内容海面浮遊汚染物質の大半を占めるプラスチック類は 化学的に安定であるため長期にわたって海洋中に残存するうえ 海洋生物にも悪影響を及ぼすことが知られている ここでは 北西太平洋の浮遊プラスチック類について平均的な分布と長期変化傾向を診断する 診断結果浮遊プラスチック類は 北緯 5 度から20 度以南の海域で少なく 日本周辺海域で多い また 黒潮続流を含む北緯 30~35 度で特に多くなっており その分布に風系や海流系による移動 集積の効果が影響していると考えられる 日本周辺海域における浮遊プラスチック類は 船舶からの排出規制が強化された1980 年代後半以降減少傾向にあったが 2000 年代にはいってからは増加傾向にあり 特に 2011 年には1990 年のピーク時とほぼ同じ発見数 (100kmあたり16 個 ) となっている 一方 東経 137 度線でははっきりした増減傾向はみられない 1 浮遊プラスチック類による海洋汚染人類の社会 経済活動の活発化に伴い 様々な廃棄物も増加の一途をたどってきた なかでもプラスチックなどの石油化学合成製品は 利便性に富むことから大量に生産され 同時に大量に廃棄されている しかし プラスチック類は化学的に安定であるため ひとたび海洋に排出されると回収されない限り存在し続ける しかも 時間が経つにつれ 細かく砕けて小片となり 回収は困難になる (Lytle, 2009; Moore, 2012) 浮遊プラスチック類は 海域により密度は異なるものの 世界中の海洋で発見されている その存在は単に美観を損ねるだけではない 船舶のスクリューに絡まったり 冷却水の配管を詰まらせたりして 船舶の航行を妨げることがある また 海獣や海鳥が廃棄さ れた漁網に絡まったり プラスチック片やポリ袋を誤食したりして死んだ事例も 数多く報告されている (Lytle, 2009) 浮遊プラスチック類が海岸に漂着する問題も深刻化している 我が国の海岸には 日本国内だけではなく中国 韓国 北朝鮮などを起源とするプラスチックゴミが大量に漂着する (JEAN, 2012など ) これらを回収する経費は莫大であるし 海水により変質した廃棄物を無害な形で処理する技術も未熟である 一方 これらを放置すれば やがて風化して回収が一層困難な小片となり 海へと拡散してしまう 今後 浮遊汚染物質 ( 及び漂着ゴミ ) の回収 処理の努力や それを排出しない社会的システムの構築など 総合的な対策が望まれる 214 214
第3章 2 北西太平洋の海洋汚染の状況 浮遊プラスチック類 浮遊プラスチック類の監視 我が国における浮遊プラスチック類の観測 は UNESCO/IOC ユ ネ ス コ 政 府 間 海 洋 学 委 員会 の提唱した石油類による海洋汚染を観 測 す る パ イ ロ ッ ト プ ロ ジ ェ ク ト UNESCO, 1976 に 対 応 し て 1976年 に 開 始 さ れ た 気 象 庁は外洋域において主要な観測定線に沿った 観測を 海上保安庁は巡視船により主として 沿岸域の観測を行っている また 水産庁も 漁船や取締船によって広範囲の浮遊汚染物質 の調 査を 実施 して いる 気象庁による浮遊プラスチック類の観測は 航海中毎日 日の出から日の入りまでの間 観測船の船橋から目視によって行う 浮遊プ ラスチック類を発見するたびに日時 位置 種類 形状 大きさ 個数などを記録し 発 見されない場合は なし と記録する 発見 した浮遊プラスチック類は 発泡スチロール 漁具 浮きなど 薄膜状プラスチック ポ リ袋など フィルム状のもの その他に分 類 し そ れ ぞ れ の 発 見 個 数 を 航 走 100kmあ た りの 数に 換算 して デー タを 整理 して いる 北西太平洋の浮遊プラスチック類を長期に わたって広範囲で観測したデータは乏しく 気 象 庁 が 日 本 周 辺 海 域 及 び 東 経 137度 線 を 中 心 に 集 積 し た 1976年 以 来 の 観 測 デ ー タ が 大 半 を占めている ここでは気象庁及び他機関の データに最近の文献からの情報も加えて 北 西太平洋の浮遊プラスチック類の状況につい て記 述す る 図 3.1-1に 気 象 庁 の 観 測 に よ る 北 西 太 平 洋 に おける浮遊プラスチック類の平均的な分布 100kmあ た り の 発 見 個 数 を 緯 度 経 度 5 度 の 格 子 に つ い て 1981 2010年 の 30年 平 均 し た も の を 示 す 浮 遊 プ ラ ス チ ッ ク 類 は 北 緯 5度 か ら 20度 の 海 域 で は 少 な い が 日 本 周 辺 海 域 では全般に多く発見されている 特に 黒潮 続 流 を 含 む 北 緯 30 35度 の 範 囲 に 発 見 数 が 100kmあ た り 10個 前 後 と 比 較 的 多 い 海 域 が 東 215 215 図 3.1-1 航 走 100 km あ た り の 発 見 個 数 で 示 し た 浮 遊 プ ラ ス チ ッ ク 類 の 平 均 的 な 分 布 1981 2010年 の 30年 平 均 西 に 広 が っ て い る Yamashita and Tanimura (2007) は 紀 伊 半 島 南 方 の 黒 潮 周 辺 海 域 の 北 緯 32 33 度 に プ ラ ス チ ッ ク が 多 く 存 在 し 1km 2 あ たり 10万 個に も 及ぶ と 述 べて お り 水 産庁の実施した漂流物目視観測調査の結果 三 宅 竹 濱, 1988 で も ハ ワ イ 北 東 沖 な どにプラスチック類が多く発見されている こ う し た 分 布 の 特 徴 は 1980年 代 後 半 に ア ラ スカ大学が中心となって行われた北太平洋全 域にわたる浮遊プラスチックの観測結果 Day et al., 1990 と も ほぼ 一致 して いる このように 日本の東方やハワイ諸島から 北米大陸にかけての海域には浮遊汚染物質が 集中 しや すく 太平 洋ゴ ミベ ルト (the Great Pacific Garbage Patch) と よ ば れ て い る Lytle, 2009; Dautel, 2010; Pan et al., 2012 こうした海域は洋上の風系や海流系の影響に よって作られることが数値モデルによるシ ミ ュ レ ー シ ョ ン で 確 か め ら れ て お り Kubota, 1994; 宇 野 木 久 保 田, 1996; Martinez et al., 2009 浮 遊 汚 染 物 質 の 分 布 は 気 候 的 な 風 系 や海流系の影響を受けていることを示してい る
図 3.1-2 海域別にみた浮遊プラスチック類発見個数の経年変動 (1985~2012 年 )( 左 ) 及び日本周辺海域の範囲と東経 137 度線の位置 ( 右 ) 海域別にみた浮遊プラスチック類発見個数の経年変動を図 3.1-2 に示す 日本周辺海域では 1988 年から1990 年をピークとしてその後漸減傾向となっている 1988 年は マルポール条約の附属書 Ⅴにより船舶からのプラスチック類の排出規制処置が定められ 海洋汚染防止法が改正された年にあたっており この海域における規制の効果が認められる ただし 2000 年代に入ってからは増加傾向にあり 特に 2011 年には1990 年のピーク時とほぼ同じ発見数 (100kmあたり16 個 ) となっている 一方 東経 137 度線でははっきりした増減傾向はなく 100kmあたり10 個を超える年が単発的 図 3.1-3 環境省の海洋環境モニタリング調査による 2004~ 2006 年度のプラスチック類の分布 ( 千個 /km 2 ) 216
にみられる また 環境省の海洋環境モニタリング調査の結果 ( 図 3.1-3) によると 浮遊プラスチック類は1km 2 あたり数千個から数百万個 ( 気象庁のデータと異なる単位であることに注意 ) 存在している 沿岸域の方が沖合よりも浮遊プラスチック類が多い傾向は不明瞭で 時空間的に不均一性が大きく 同じ観測点でも調査年により分布個数が異なるとされている ( 環境省, 2009) 図 3.1-4に2012 年に気象庁が観測した浮遊プラスチック類の発見個数を海域別 種類別に示す 外洋域において発見される人為起源の浮遊汚染物質の多くは石油化学製品であり なかでも発泡スチロールの占める割合がどの海域でも最も高い また 廃棄されるか流失したとみられる漁具も多く発見される 海岸で発見される汚染物質でも発泡スチロールの割合が高く 硬質プラスチックの破片 プラスチック製のシート 袋の破片 タバコの吸殻 フィルターなどがこれに次いでいる (JEAN, 2012) 3 診断北西太平洋における浮遊プラスチック類の平均的な分布をみると 亜寒帯域や北緯 5 度から20 度の海域で少なく 日本周辺海域で多い 黒潮続流域を含む北緯 30~35 度の範囲では特に多く 太平洋ゴミベルト の一部をとらえているとも考えられる 浮遊プラスチック類はハワイ北東沖でも多く発見されており 浮遊プラスチック類が特定海域に集中するのは 風系や海流系による移動 集積の効果の影響であると考えられている 日本周辺海域における浮遊プラスチック類は 船舶からの排出規制が強化された1980 年代後半以降 減少傾向にあったが 2000 年代に入ってからは増加傾向に転じている 一方 東経 137 度線でははっきりした増減傾向はなく 100kmあたり10 個を超える年が単発的にみられる 沿岸域の方が沖合よりも浮遊プラスチック類が多い傾向は不明瞭である 目視によって発見される浮遊プラスチック類のなかでは 海域によらず発泡スチロールの占める割合が最も高く 海岸で発見される汚染物質についても同様の傾向がみられる 図 3.1-4 2012 年に観測された浮遊プラスチック類の種類別の密度海域区分は図 3.1-2 と同じ 217 217
参考文献 Dautel, S. L., 2009: Transoceanic Trash - International and United States Strategies For the Great Pacific Garbage Patch. Golden Gate University Environ-mental Law Journal, 3, 181-208. JEAN, 2012: 2011 年のクリーンアップキャンペーンの結果. JEAN ANNUAL REPORT & Cleanup Campaign Report, 14-25. 環境省, 2009: 日本周辺海域における海洋汚染の現状 - 主として海洋環境モニタリング調査結果 (1998~ 2007 年度 ) を踏まえて-. 24pp. Kubota, M., 1994: A Mechanism for the Accumulation of Floating Marine Debris North of Hawaii. Journal of Physical Oceanography, 24, 1059-1064. Lytle, C. L. G., 2009: Plastic Pollution - When The Mermaids Cry: The Great Plastic Tide. <http://coastalcare.org/2009/11/plasticpollution/> May 2012. 三宅眞一 竹濱秀一, 1988: 1987 年の目視調査に基づく北太平洋の海洋漂流物の分布および密度の推定.33pp. 第 35 回 INPFC 定例年次会議提出文書 (1988 年 10 月 ). 水産庁 遠洋水産研究所. Martinez, E., K. Maamaatuaiahutapu and V. Taillandier, 2009: Floating marine debris surface drift: Convergence and accumulation towardthe South Pacific subtropical gyre. Marine Pollution Bulletin, 58, 1347-1355. Moore, C., 2012: Update on plastic pollution in our ocean. 国際シンポジウム プラスチックによる海洋汚染 : 有害化学物質とその生物影響. 講演要旨集, 5. Pan, Y. M., Y. B. Zhang, Z. Zhang, Q. L. Zhang and Q. L. Cao, 2012: The Proliferation and Bioconcentration Effect of Marine debris in the Pacific Garbage Patch. Journal of Convergence Information Technology, 7, 152-159. UNESCO, 1976: Guide To Operational Procedures For The IGOSS Pilot Project On Marine Pollution (Petroleum) Monitoring. 50pp. 宇野木早苗 久保田雅久, 1996: 海洋の波と流れの科学. 東海大学出版会,202-204. Yamashita, R. and A. Tanimura, 2007: Floating plastic in the Kuroshio Current area, western North Pacific Ocean. Baseline, Marine Pollution Bulletin, 54, 485-488. 218