安価な鉄錯体を用いて温和な条件下で窒素ガスの触媒的還元に成功! - 窒素ガスから触媒的なアンモニアおよびヒドラジン合成を実現 - 1. 発表者 : 東京大学栗山翔吾 ( 東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻大学院生 ) 荒芝和也 ( 東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻特任研究員 )

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記 者 発 表(予 定)

領域代表者 : 金井求 ( 東京大学大学院薬学系研究科教授 ) 研究期間 :2017 年 7 月 ~2023 年 3 月上記研究課題では 独立した機能を持つ複数の触媒の働きを重奏的に活かしたハイブリッド触媒系を創製し 実現すれば大きなインパクトを持つものの従来は不可能であった 極めて効率の高い有機合


ニュースリリース 平成 31 年 2 月 5 日国立大学法人千葉大学立教大学 世界初! イオン結合と水素結合とハロゲン結合の 3 つの力を融合ヨウ素の高機能化 触媒化に新機軸 - 医薬などの創生に有用な光学活性ラクトンの新規合成法 - 千葉大学大学院理学研究院基盤理学専攻荒井孝義教授 ( ソフト分子

機械学習により熱電変換性能を最大にするナノ構造の設計を実現

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首都圏北部 4 大学発新技術説明会 平成 26 年 6 月 19 日 オレフィン類の高活性かつ立体選択的重合技術 埼玉大学大学院理工学研究科 助教中田憲男

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< 研究の背景と経緯 > 金属イオンと有機配位子から構築される高結晶性の多孔性金属錯体は 細孔の形状 サイズ 表面特性を精密に制御することができるため 次世代の多孔性材料として注目を集め その合成と貯蔵 分離 触媒機能などの研究が世界中で精力的に行われています すでに 既存の多孔性材料の性能を超える

< 開発の社会的背景 > 化石燃料の枯渇に伴うエネルギー問題 大量のエネルギー消費による環境汚染問題を解決するため 燃焼後に水しか出ない水素がクリーンエネルギー源として期待されています 常温では気体である水素は その効率的な貯蔵 輸送技術の開発が大きな課題となってきました 常温 10 気圧程度の条件

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Akita University 氏名 ( 本籍 ) 若林 誉 ( 三重県 ) 専攻分野の名称 博士 ( 工学 ) 学位記番号 工博甲第 209 号 学位授与の日付 平成 26 年 3 月 22 日 学位授与の要件 学位規則第 4 条第 1 項該当 研究科 専攻 工学資源学研究科 ( 機能物質工学

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木村の理論化学小ネタ 熱化学方程式と反応熱の分類発熱反応と吸熱反応化学反応は, 反応の前後の物質のエネルギーが異なるため, エネルギーの出入りを伴い, それが, 熱 光 電気などのエネルギーの形で現れる とくに, 化学変化と熱エネルギーの関

背景と経緯 現代の電子機器は電流により動作しています しかし電子の電気的性質 ( 電荷 ) の流れである電流を利用した場合 ジュール熱 ( 注 3) による巨大なエネルギー損失を避けることが原理的に不可能です このため近年は素子の発熱 高電力化が深刻な問題となり この状況を打開する新しい電子技術の開

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< 研究の背景と経緯 > 互いに鏡に写した関係にある鏡像異性体 ( 図 1) は 化学的な性質は似ていますが 医薬品として利用する場合 両者の効き目が全く異なることが知られています 一方の鏡像異性体が優れた効果を示し 他方が重篤な副作用を起こすリスクもあるため 有用な鏡像異性体だけを選択的に化学合成

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図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル


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2019 年度大学入試センター試験解説 化学 第 1 問問 1 a 塩化カリウムは, カリウムイオン K + と塩化物イオン Cl - のイオン結合のみを含む物質であり, 共有結合を含まない ( 答 ) 1 1 b 黒鉛の結晶中では, 各炭素原子の 4 つの価電子のうち 3 つが隣り合う他の原子との

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報道機関各位 平成 27 年 8 月 18 日 東京工業大学広報センター長大谷清 鰭から四肢への進化はどうして起ったか サメの胸鰭を題材に謎を解き明かす 要点 四肢への進化過程で 位置価を持つ領域のバランスが後側寄りにシフト 前側と後側のバランスをシフトさせる原因となったゲノム配列を同定 サメ鰭の前

前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

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研究の背景と経緯 植物は 葉緑素で吸収した太陽光エネルギーを使って水から電子を奪い それを光合成に 用いている この反応の副産物として酸素が発生する しかし 光合成が地球上に誕生した 初期の段階では 水よりも電子を奪いやすい硫化水素 H2S がその電子源だったと考えられ ている 図1 現在も硫化水素

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報道発表資料 2008 年 11 月 10 日 独立行政法人理化学研究所 メタン酸化反応で生成する分子の散乱状態を可視化 複数の反応経路を観測 - メタンと酸素原子の反応は 挿入 引き抜き のどっち? に結論 - ポイント 成層圏における酸素原子とメタンの化学反応を実験室で再現 メタン酸化反応で生成

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報道発表資料 2006 年 8 月 7 日 独立行政法人理化学研究所 国立大学法人大阪大学 栄養素 亜鉛 は免疫のシグナル - 免疫系の活性化に細胞内亜鉛濃度が関与 - ポイント 亜鉛が免疫応答を制御 亜鉛がシグナル伝達分子として作用する 免疫の新領域を開拓独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事

平成 30 年 8 月 17 日 報道機関各位 東京工業大学広報 社会連携本部長 佐藤勲 オイル生産性が飛躍的に向上したスーパー藻類を作出 - バイオ燃料生産における最大の壁を打破 - 要点 藻類のオイル生産性向上を阻害していた課題を解決 オイル生産と細胞増殖を両立しながらオイル生産性を飛躍的に向上

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光合成色素を合成する反応の瞬間を 世界で初めて 水素原子レベル の極小解析度で解明 -光をエネルギーに変換する装置開発等への応用に期待- 茨城大学 大阪大学 日本原子力研究開発機構 久留米大学 宮崎大学 久留米工業高等専門学校 (株)丸和栄養食品 茨城県の共同研究 フィコシアノビリン と呼ばれる光合

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報道機関各位 平成 30 年 6 月 11 日 東京工業大学神奈川県立産業技術総合研究所東北大学 温めると縮む材料の合成に成功 - 室温条件で最も体積が収縮する材料 - 〇市販品の負熱膨張材料の体積収縮を大きく上回る 8.5% の収縮〇ペロブスカイト構造を持つバナジン酸鉛 PbVO3 を負熱膨張物質

< 研究の背景と経緯 > 水素は排気ガスが一切出ない次世代エネルギー源として注目されています また 水素はすぐに使用しなければならない電力と違って貯蔵 運搬が可能なエネルギーキャリアでもあり 燃料電池等を用いれば電力需要が高い時期に水素から再度電気を取り出すことが可能です 現在 水素は化石燃料と高温

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ポイント 先端成長をする植物細胞が 狭くて小さい空間に進入した際の反応を調べる または観察するためのツールはこれまでになかった 微細加工技術によって最小で1マイクロメートルの隙間を持つマイクロ流体デバイスを作製し 3 種類の先端成長をする植物細胞 ( 花粉管細胞 根毛細胞 原糸体細胞 ) に試験した

なお本研究は 東京大学 米国ウィスコンシン大学 国立感染症研究所 米国スクリプス研 究所 米国農務省 ニュージーランドオークランド大学 日本中央競馬会が共同で行ったもの です 本研究成果は 日本医療研究開発機構 (AMED) 新興 再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業 文部科学省新学術領

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配布先 : 京都大学記者クラブ 九州大学記者クラブ 文部科学記者会 科学記者会 大阪科学 大学記者クラブ 兵庫県政記者クラブ 中播磨県民局記者クラブ 西播磨県民局記者クラブ Press Release 2013 年 4 月 5 日報道関係各位公益財団法人高輝度光科学研究センター国立大学法人京都大学国

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今後の展開現在でも 自己免疫疾患の発症機構については不明な点が多くあります 今回の発見により 今後自己免疫疾患の発症機構の理解が大きく前進すると共に 今まで見過ごされてきたイントロン残存の重要性が 生体反応の様々な局面で明らかにされることが期待されます 図 1 Jmjd6 欠損型の胸腺をヌードマウス

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安価な鉄錯体を用いて温和な条件下で窒素ガスの触媒的還元に成功! - 窒素ガスから触媒的なおよびヒドラジン合成を実現 - 1. 発表者 : 東京大学栗山翔吾 ( 東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻大学院生 ) 荒芝和也 ( 東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻特任研究員 ) 中島一成 ( 東京大学大学院工学系研究科総合研究機構助教 ) 石井和之 ( 東京大学生産技術研究所教授 ) 西林仁昭 ( 東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻教授 ) 九州大学松尾裕樹 ( 九州大学先導物質研究所大学院生 ) 田中宏昌 ( 九州大学先導物質研究所特任准教授 ) 吉澤一成 ( 九州大学先導物質研究所教授 ) 2. 発表のポイント : 窒素ガスを触媒的に還元する鉄窒素錯体を分子設計し その合成に成功した 新規に合成した鉄錯体を用いて 温和な反応条件下で 還元剤およびプロトン酸を利用することで窒素ガスから触媒的におよびヒドラジンを生成した 本成果は従来の高温高圧の極めて厳しい反応条件を要する合成法 ( ハーバー ボッシュ法 ) の代替と成り得るため 大幅なコスト削減の達成が期待でき 次世代の窒素固定触媒の開発の指針となる重要な知見である 3. 発表概要 : 窒素 () は核酸やアミノ酸 タンパク質に含まれ 生命を構成する上で必須の元素である 窒素は大気中に窒素ガス (2) として豊富に存在しているが 不活性ガスとよばれるほど反応 性に乏しく 人間が直接窒素源として利用することはできない したがって生命活動を維持す る上で 窒素ガスを還元して利用可能な ( 注 1) を合成する反応の開発は非常に重 要である 今回 東京大学大学院工学系研究科の西林仁昭教授らの研究グループと九州大学先 導物質研究所の吉澤一成教授らの研究グループは 窒素分子が配位した鉄窒素錯体 ( 注 2) を 新規に分子設計 合成し それを触媒として用いて常圧の窒素ガスを直接へと変換 することに成功した さらに反応条件によって窒素ガスから選択的にヒドラジン ( 注 3) が生 成するというこれまでに例がない触媒反応をみいだした ( 図 1) 本研究の成果は 現法のハーバー ボッシュ法 ( 注 4) に代わり得る次世代型の窒素固定法 であり 今後の窒素固定触媒開発の指針となると期待される 本研究成果は 2016 年の 7 月 20 日の ature Communications( ネイチャー コミュニ ケーションズ ) のオンライン速報版で公開されました

4. 発表内容 : 窒素 () は核酸やアミノ酸 タンパク質に含まれ 生命を構成する上で必須の元素である しかしながら 大気中の窒素ガス (2) は不活性ガスとよばれるほど反応に乏しく 人間が直接窒素源として利用することはできない したがって生命活動を維持する上で 窒素ガスを還 元し利用可能なを合成する反応の開発は非常に重要である 現在 工業的にアンモ ニアはハーバー ボッシュ法により鉄系触媒を用いて窒素ガスと水素ガスとの反応から合成さ れている このプロセスは高温 (400 600 C) 及び高圧 (100 200 気圧 ) の過酷な反応条 件を必要とするエネルギー多消費型である したがって より温和な反応条件下でこの化学的 に不活性な窒素分子をへと変換する合成法の開発が求められている 一方自然界で は 窒素固定酵素であるニトロゲナーゼが常温常圧という極めて温和な反応条件下で窒素ガス をへと変換することが知られている この酵素の活性中心は鉄とモリブデンが硫黄 で架橋された多核構造であることが明らかにされており ( 図 2) これをモデルにした金属錯 体や窒素錯体による窒素固定法の開発に関する研究が盛んに行われてきた 2010 年に東京大学大学院工学系研究科の西林仁昭教授らの研究グループは窒素架橋二核モ リブデン錯体を触媒に用いて 常温常圧の極めて温和な反応条件下で窒素ガスからを合成する反応を開発した (ishibayashi, Y. et al. ature Chemistry 2011, 3, 120) 一方 で その触媒に利用しているモリブデンは希少金属 ( レアメタル ) であり より安価で地球上 で豊富に存在する金属を利用した触媒反応の開発が望まれていた そこで 本研究グループは ニトロゲナーゼの活性中心にも見られる鉄に注目し モリブデ ン触媒よりも安価な鉄触媒の開発を検討した 具体的には PP 型ピンサー配位子 ( 注 5) を 持つ鉄窒素錯体を新規に分子設計し その合成に成功した ( 図 1) この鉄窒素錯体を用いて 窒素ガスを還元するのに必要な還元剤として安価なカリウムグラファイトとプロトン源ととも に常圧の窒素ガス下ジエチルエーテル溶媒中で反応を行うことで 極めて温和な反応条件下で 触媒的にが生成することを明らかにした さらに 溶媒をジエチルエーテルからテ トラヒドロフランに変えて本触媒反応を行うと選択的にヒドラジンが生成した 窒素錯体を用 いて窒素ガスから触媒的にヒドラジンが生成する反応は今回が世界で初めての例であり 新た なタイプの窒素固定触媒開発の指針となる重要な結果である ( 図 3) 本法は現法のエネルギー多消費型プロセスであるハーバー ボッシュ法に代わり得る 潜在 能力の極めて高い次世代型の窒素固定法開発を推し進めるための重要な知見であり 省エネル ギープロセス開発に向けて大いに期待できる研究成果である また 常温常圧の反応条件下で 窒素ガスからを合成する窒素固定酵素ニトロゲナーゼの未解明な反応機構に関して 極めて重要な知見を与える研究成果でもある 更に 本研究成果は 二酸化炭素排出量の大幅削減の実現を達成する可能性があるとともに 環境的にもクリーンな 社会 ( 注 6) の実現を推し進める上で重要である 本研究は 科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業 (CRET: 研究領域 再生可能エネ ルギーからのエネルギーキャリアの製造とその利用のための革新的基盤技術の創出 研究総 括 : 江口浩一 ( 京都大学大学院工学研究科教授 )) と文部科学省科学研究費助成事業 ( 新学 術領域研究 : 高難度物質変換反応の開発を指向した精密制御反応場の創出 ) の支援によっ て行われた

5. 発表雑誌 : 雑誌名 :ature Communications 論文タイトル :Catalytic transformation of dinitrogen into ammonia and hydrazine by iron-dinitrogen complexes bearing pincer ligand 著者 :hogo Kuriyama( 栗山翔吾 ) Kazuya Arashiba( 荒芝和也 ) Kazunari akajima ( 中島一成 ) Yuki Matsuo( 松尾裕樹 ) Hiromasa Tanaka( 田中宏昌 ) Kazuyuki Ishii ( 石井和之 ) Kazunari Yoshizawa( 吉澤一成 ) Yoshiaki ishibayashi( 西林仁昭 ) DOI 番号 :10.1038/ncomms12181 アブストラクト URL:http://www.nature.com/naturecommunications 6. 問い合わせ先 : 東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻 教授西林仁昭 TEL & FAX: 03-5841-1175 E-mail: ynishiba@sys.t.u-tokyo.ac.jp 113-8656 東京都文京区本郷 7-3-1 武田先端知ビル 305 号室研究室ホームページ http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/nishiba/ 九州大学先導物質化学研究所 教授吉澤一成 TEL: 092-802-2529 FAX: 092-802-2528 E-mail: kazunari@ms.ifoc.kyushu-u.ac.jp 819-0395 福岡市西区元岡 744 九州大学先導物質化学研究所 ( 伊都地区 ) 研究室ホームページ http://trout.scc.kyushu-u.ac.jp/yoshizawaj/index.html 7. 用語解説 : 注 1 (H3) ハーバー ボッシュ法によって合成されるは地球上の約半分程度を占めている ( 自 然界で生成されると同量のがハーバー ボッシュ法で合成されている ) は 食糧の等価であるとも考えられる窒素肥料として主に使用されているので 例 えるなら 人間の体の半分は工業生まれである とも言える 注 2 窒素錯体遷移金属に窒素分子が結合した錯体 (M 2 : M = 遷移金属 ) 窒素分子は無極性分子で化学的に不活性であるが 金属に結合することで活性化されて常温常圧で反応を行うことが可能になる そのため窒素固定法の開発を視野に入れた窒素錯体の合成が広く研究されている 鉄に窒素分子が結合した錯体は鉄窒素錯体である 注 3 ヒドラジン (2H4) ロケットや航空機の燃料として また人工衛星の姿勢制御等に利用されている を酸化して合成されていることから 窒素ガスからへの還元中間体に相当する 注 4 ハーバー ボッシュ法 ハーバーとボッシュによって約 100 年も前に開発された窒素ガスと水素ガスとから鉄系の触 媒を用いてを合成する方法 現在も工業的な合成方法として使用されて

いる 高温高圧 (400-600 100-200 気圧 ) の非常に過酷な反応条件が必要なエネルギー多消 費型の反応であり その反応に必要な水素ガスの製造も含めると 全人類の消費エネルギー数 % 以上がこの合成に使用されていると言われている 注 5 ピンサー配位子 3 つの配位原子が遷移金属にメリジオナル型で結合する三座配位子 金属と強固な結合を形 成することで高い熱的安定性を与える 注 6 社会 石油や石炭などの従来の化石燃料は燃やせば二酸化炭素を発生する 一方 次世代のエネル ギー媒体として期待されている水素は水しか発生せず 地球に非常にやさしいと言えるが 貯 蔵 運搬が困難である その点は窒素と水素への分解反応で二酸化炭素を発生させ ずに エネルギーを取り出すことができるだけでなく 容易に液化するので 貯蔵 運搬が極 めて容易で取り扱いやすい つまり をエネルギー媒体として利用できれば 現在 問題となっている環境 エネルギー問題を一挙に解決し得る可能性が高まる これを実現する社会は 社会 として既に提案されており その実現が強く期待されている 科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業 (CRET: 研究領域 再生可能エネルギーから のエネルギーキャリアの製造とその利用のための革新的基盤技術の創出 研究総括 : 京都大学 大学院工学研究科の江口浩一教授 ) では この 社会 実現を目指した研究が行わ れている 8. 添付資料 : 2 + e - + H + 鉄触媒 H 3 + 2 H 4 窒素ガス (1 気圧 ) 還元剤 プロトン源 ヒドラジン 鉄触媒 : 鉄窒素錯体 図 1. 鉄窒素錯体による窒素ガスからの及びヒドラジン合成

Cys- C -His Mo O O O CH 2 COO - CH 2 CH 2 COO - 図 2. 窒素固定酵素ニトロゲナーゼの活性部位の構造 窒素ガス 2 H 3 P t プロトン源 還元剤 Bu 2 4 H +, 4 e - H 3 錯体 H +, e - プロトン源 還元剤 窒素錯体 ヒドラジン H 2 H 2 H 2 アミド錯体 2 H 3 H 2 H 2 ヒドラジン錯体 H +, e - プロトン源 還元剤 図 3. 及びヒドラジン合成反応の推定反応機構