鹿児島県三島 黒島の植物採集記録 大屋哲 寺田仁志 鹿児島県立博物館 KAGOSHIMA PREFECTUAL MUSEUM KAGOSHIMA,JAPAN

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鹿児島県三島 黒島の植物採集記録 大屋哲 寺田仁志 鹿児島県立博物館 KAGOSHIMA PREFECTUAL MUSEUM KAGOSHIMA,JAPAN

鹿児島県立博物館研究報告 ( 第 31 号 ):1 4,2012 鹿児島県三島 黒島の植物採集記録 * ** 大屋哲 寺田仁志 The report of the plant collection on Kuro-shima,Kagoshima Prefecture Satoshi OOYA * and Jinshi TERADA ** 黒島は, 枕崎市から南西約 55kmにあり, 三島村西側に位置する 周囲 15.2km, 面積 15.3km2で三島村では1 番大きな島である 最高点は島のほぼ中央部に位置する海抜約 622mの櫓岳で, その周辺に横岳, カムコ山の500m 級の山岳がそびえる また, 牧畜が行われ, 主として中腹以上に自然林が残っており, 2011 年 9 月 21 日, 国の天然記念物に指定された 鹿児島県立博物館では, この地域の植物相の多様性に注目し, 調査を行ってきた 当館の収蔵植物資料においても, 寺田が1995 年に植生調査を行い, 詳細な植生図を作成している ( 寺田, 1996) また, 森田が2005 年に43 科 79 種を採集し収蔵している ( 森田,2006) 今回は, 未収蔵の種の採集と, 分布上特異な種の自生の確認を目的とし, 調査を行った 2008 年から著者らは4 回黒島を調査する機会があったが, 滞在日数が短く, 狭い範囲での資料収集であったため, 採集数は多くはない しかし, 特異的な分布種についてこれまでの調査で得られた知見を報告する この調査に際して, 元博物館学芸指導員の丸野勝敏氏に黒島の植物について助言をいただき, 種の同定でもお世話になった また篠崎チサ氏に収蔵資料の標本化と同定で, 三島村教育委員会には, 採集等の便宜を図っていただいた この場を借りて厚くお礼申し上げる 黒島は, 中央部の傾斜部はほとんどがスダジイ林 で, 標高約 500m 付近から上部にかけてアカガシ林が占めている 中腹部より下の周辺部はリュウキュウチク林がほとんどを占めている また, 島の周辺の海岸付近にはマルバニッケイを含む風衝低木林が見られ, 断崖地のくぼ地には, ビロウ林が点在している ⑴ 櫓岳と横岳櫓岳と横岳は, 日本におけるアカガシが優先する林の南限地帯とされている このアカガシ林が主となる中腹部から櫓岳山頂, 横岳山頂に至る登山道沿いで採集を行った ⑵ 大里集落周辺大里集落の上部の畑跡地で採集を行った ⑶ 片泊集落から中里集落周辺や大里集落に向かう道路沿いは, 人為的な影響の強いところである 林縁部, 芝地や人家の石垣などで採集を行った ⑷ 日暮川周辺櫓岳の南部を流れる川で, 周辺はスダジイ林や先駆性の二次林である 川を中心に谷部や道路沿いの林縁部などで採集を行った * 鹿児島県立博物館 : 892-0853 鹿児島市城山町 1-1 ** 鹿児島県立埋蔵文化財センター : 899-4318 霧島市国分上野原縄文の森 2-1 1

⑸ 海岸部 海岸部は, マルバニッケイを含む風衝低木林や自 然裸地がある 南西部の塩手鼻で採集を行った 2008 年 12 月 17 日 ( 寺田 ) 2009 年 5 月 12 日 13 日 ( 大屋 ) 2010 年 7 月 10 日 ( 寺田 ) 2011 年 5 月 17 日 18 日 ( 大屋 ) は採集数, は調査で採集した植物の一覧 である 科 数 種 数 シダ植物 8 10 裸子植物 1 1 被子植物 25 50 双子葉植物 20 29 離弁花類 10 13 合弁花類 10 16 単子葉植物 5 21 総 計 34 61 34 科 61 種を採集して, 標本化し当館に収蔵した 分布上注目すべき種など若干の知見を得たので以下 に述べる ⑴ ヒロハハイノキ ( ハイノキ科 ) 鹿児島県カテゴリー準絶滅 黒島固有の樹木で, 明るい林内に生える 横岳や 櫓岳にはよく見られる ⑵ アオミヤマカンスゲ ( カヤツリグサ科 ) 櫓岳にあがる山道沿いに生育していたが, 個体数 は少ない 森田 (2006) は, ナガボスゲとして報告 しているが, 矢野 正木 勝山 星野 (2010) の記 載に基づき, アオミヤマカンスゲとした ⑶ キノクニスゲ ( カヤツリグサ科 ) 環境省カテゴリー危惧 Ⅱ 海岸近くの林床や林縁に生える 黒島では, 片泊 集落上部の川沿いに生育していた ⑷ フサカンスゲ ( カヤツリグサ科 ) 環境省カテゴリー準絶滅 黒島と中之島に固有のスゲで, 山地の川沿いに生 える 黒島では, 日暮川周辺と中里から櫓岳登山口 への林道沿いの湿ったところに生育していた ⑸ トカラカンスゲ ( カヤツリグサ科 ) 鹿児島県カテゴリー危惧 Ⅰ 黒島やトカラ列島に固有のスゲである 林床や林 縁部に生える 黒島では, 櫓岳から横岳に至る登山道や常緑樹林の林縁部に生えていた ⑹ トカラカンアオイ ( ウマノスズクサ科 ) 環境省カテゴリー準絶滅黒島, 口永良部島, 口之島, 中之島の常緑広葉樹林の林床や林縁に生える常緑の多年草で, この仲間では大型の種である 黒島では櫓岳や横岳の常緑樹林内に生育していた ⑺ オオモクセイ ( モクセイ科 ) やや湿った山の斜面に生え, 屋久島からトカラ列島に固有の常緑樹である 黒島では, 櫓岳の中腹に点在していた 4 回の調査で,34 科 61 種採集し, 収蔵できた 2005 年の調査に比べると少なく, 前回までに確認できなかったトカラタマアジサイは今回も見つからなかった 一方, ヒロハハイノキやトカラカンアオイ, オオモクセイなど地域の固有種や, カヤツリグサ科スゲ属及び林縁部に生える植物について収集できた しかし, まだ十分とはいえないので, 貴重種も含め, 今後も継続して調査 採集を行いたい 藤井伸二 (2006) 大阪市立自然史博物館収蔵種子植物標本目録 2 薩摩黒島産標本. 大阪市立自然史博物館研究報告,60:31-54. 初島住彦 (1986) 改訂鹿児島県植物目録,290pp. 鹿児島植物同好会, 鹿児島. 星野卓二 正木智美 西本眞理子 (2011) 日本カヤツリグサ科植物図譜,778pp. 平凡社, 東京. 鹿児島県環境生活部環境保護課 (2003) 鹿児島県の絶滅のおそれのある野生動植物植物編, 鹿児島県, 鹿児島. 勝山輝男 (2005) 日本のスゲ,375pp. 文一総合出版, 東京. 森田康夫 (2006) 鹿児島三島黒島の植物採集記録. 鹿児島県立博物館研究報告,25:22-29. 佐竹義輔他編 (1982) 日本の野生植物木本 Ⅰ 320pp 木本 Ⅱ,305pp. 平凡社, 東京. 佐竹義輔他編 (1982) 日本の野生植物草本 Ⅰ, 304pp 草本 Ⅱ,318pp 草本 Ⅲ,259pp. 平凡社, 東京. 志内利明 (1995) トカラ列島の植物相. 鹿児島大学 2

理学部系統分類学講座修士論文,253pp. 寺田仁志 (1996) 黒島の植生と現存植生図. 鹿児島 県立博物館研究報告,15:9-38. 矢野興一 正木智美 勝山輝男 星野卓二 (2010) 大隅諸島黒島 ( 鹿児島県 ) のスゲ属植物. 莎草 研究 15,11-18. 3

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