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化を明らかにすることにより 自閉症発症のリスクに関わるメカニズムを明らかにすることが期待されます 本研究成果は 本年 京都において開催される Neuro2013 において 6 月 22 日に発表されます (P ) お問い合わせ先 東北大学大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野教授大隅典

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安静状態の脳活動パターンが自閉症スペクトラム傾向に関与している

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早稲田大学大学院日本語教育研究科 修士論文概要書 論文題目 ネパール人日本語学習者による日本語のリズム生成 大熊伊宗 2018 年 3 月

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機能分類や左室駆出率, 脳性ナトリウム利尿ペプチド (Brain Natriuretic peptide, BNP) などの心不全重症度とは独立した死亡や入院の予測因子であることが多くの研究で示されているものの, このような関連が示されなかったものもある. これらは, 抑うつと心不全重症度との密接な

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NIRS は安価かつ低侵襲に脳活動を測定することが可能な検査で 統合失調症の精神病症状との関連が示唆されてきました そこで NIRS で測定される脳活動が tdcs による統合失調症の症状変化を予測し得るという仮説を立てました そして治療介入の予測における NIRS の活用にもつながると考えられまし

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事柄であるため まず 特例法と GID に関してここ 1 ジェンダー アイデンティティの判定 DSM- Ⅳ -TR や ICD-10 を参考にしながら 以下の で見ておきたい ことを中心に検討する ①自らの性別に対する不快感 嫌悪感を持つ 1. 特例法の概要 ②反対の性別に対する強く持続的な同一感を

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パーソナリティ研究2006 第14巻 第2号 214–226

214 Journal of Autism and Developmental Disorders Mother Infant Unit MIU

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Master s Thesis (Abstract) January 2017 A Study of the Support Necessary for the Employment of People with Developmental Disabilities Yasue Sakai 215J

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ます この零エネルギーの輻射が量子もつれを共有できることから ブラックホールが極めて高温な防火壁で覆われているという仮説が論理的必然でないことを明らかにしました 本研究の成果は 米国物理学会誌 Physical Review Letters に 2018 年 5 月 4 日 ( 米国東部時間 ) オ

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ータについては Table 3 に示した 両製剤とも投与後血漿中ロスバスタチン濃度が上昇し 試験製剤で 4.7±.7 時間 標準製剤で 4.6±1. 時間に Tmaxに達した また Cmaxは試験製剤で 6.3±3.13 標準製剤で 6.8±2.49 であった AUCt は試験製剤で 62.24±2

いて認知 社会機能障害は日々の生活に大きな支障をきたしますが その病態は未だに明らかになっていません 近年の統合失調症の脳構造に関する研究では 健常者との比較で 前頭前野 ( 注 4) などの前頭葉や側頭葉を中心とした大脳皮質の体積減少 海馬 扁桃体 視床 側坐核などの大脳皮質下領域の体積減少が報告

修士論文 ( 要旨 ) 2017 年 1 月 自閉症スペクトラム障害児に対するタッチセラピーの効果について 内因性オキシトシンに着目して 指導山口創教授 心理学研究科健康心理学専攻 215J4058 堀越詩帆

論文題目 大学生のお金に対する信念が家計管理と社会参加に果たす役割 氏名 渡辺伸子 論文概要本論文では, お金に対する態度の中でも認知的な面での個人差を お金に対する信念 と呼び, お金に対する信念が家計管理および社会参加の領域でどのような役割を果たしているか明らかにすることを目指した つまり, お


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前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

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2017 年 12 月 15 日 報道機関各位 国立大学法人東北大学大学院医学系研究科国立大学法人九州大学生体防御医学研究所国立研究開発法人日本医療研究開発機構 ヒト胎盤幹細胞の樹立に世界で初めて成功 - 生殖医療 再生医療への貢献が期待 - 研究のポイント 注 胎盤幹細胞 (TS 細胞 ) 1 は

課題研究の進め方 これは,10 年経験者研修講座の各教科の課題研究の研修で使っている資料をまとめたものです 課題研究の進め方 と 課題研究報告書の書き方 について, 教科を限定せずに一般的に紹介してありますので, 校内研修などにご活用ください

別紙 < 研究の背景と経緯 > 自閉症は 全人口の約 2% が罹患する非常に頻度の高い神経発達障害です 近年 クロマチンリモデ リング因子 ( 5) である CHD8 が自閉症の原因遺伝子として同定され 大変注目を集めています ( 図 1) 本研究グループは これまでに CHD8 遺伝子変異を持つ

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すことが分かりました また 協調運動にも障害があり てんかん発作を起こす薬剤への感受性が高いなど 自閉症の合併症状も見られました 次に このような自閉症様行動がどのような分子機序で起こるのか解析しました 細胞の表面で働くタンパク質 ( 受容体や細胞接着分子など ) は 細胞内で合成された後 ダイニン

する 研究実施施設の環境 ( プライバシーの保護状態 ) について記載する < 実施方法 > どのような手順で研究を実施するのかを具体的に記載する アンケート等を用いる場合は 事前にそれらに要する時間を測定し 調査による患者への負担の度合いがわかるように記載する 調査手順で担当が複数名いる場合には

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【2005年度報告】

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研究計画書

Transcription:

報道関係者各位 平成 29 年 11 月 8 日国立大学法人筑波大学国立大学法人京都大学国立研究開発法人理化学研究所 自閉スペクトラム症者のコミュニケーション障害に関する新たな視点 ~ 最新の脳波技術を用いた科学的根拠による理解の促進 ~ 研究成果のポイント 1. 自閉スペクトラム症者 (1) の二大特徴である 社会的コミュニケーションの障害と こだわり傾向 (2) の強さを統合的に理解する新たな理論を得ました 2. 自閉スペクトラム症者は 他者とのコミュニケーションにおいて イレギュラーなリズム (3) への適応に困難があることを 脳波によって確認しました 3. この理論に基づいた脳波解析を用いることで 自閉スペクトラム症への理解が進み 新たな支援方法の開発 さらなる脳波解析技術の活用が期待されます 筑波大学システム情報系川崎真弘准教授と京都大学大学院人間 環境学研究科船曳康子准教授は 理化学研究所山口陽子チームリーダー 北城圭一連携ユニットリーダー / 副チームリーダー 京都大学村井俊哉教授 帝塚山学院大学深尾憲二朗教授らとの共同研究により 自閉スペクトラム症者がコミュニケーションをとるにあたる上での困難には 他者が示すイレギュラーなリズムへの適応が困難であることが関係していることを 行動データと脳波データ解析により見出しました 今回見出された結果から 自閉スペクトラム症の二大特徴である 社会的コミュニケーションの障害とこだわり傾向の強さは イレギュラーさに適応することの困難さにより統合的に説明できる可能性が開かれました この理論に基づいた脳波解析を使うことで 自閉スペクトラム症に関する理解をなおいっそう深め 新たな支援方法の開発 さらなる解析技術の開発 活用が期待されます 本研究の成果は 2017 年 11 月 8 日 ( 日本時間同日 19 時 ) 付で Scientific Reports 誌にオンライン公開 されました * 本研究は 文部科学省が助成する新学術領域研究 伝達創成機構 ( 研究期間 : 平成 21~25 年 度 ) 新学術領域研究 構成論発達科学 ( 研究期間 : 平成 24~28 年度 ) およびテニュアトラック普 及 定着事業 個人選抜型 ( 研究期間 : 平成 25~29 年度 ) によって実施されました 研究の背景自閉スペクトラム症の特徴は多彩であるうえに 個人差が大きいこともよく知られています その中でも 社会的コミュニケーションの障害とこだわり傾向の強さが二大特徴であることがわかっています 自閉スペクトラム症を正しく理解するうえでは 一見関係がなさそうに見えるこの二大特徴が なぜ同時に発生するのかを理解することが必要不可欠です 従来の研究では 種々の社会性を必要とする心理課題が用いられてきました それに対して本研究では 1

(4) 単純な行動リズム同期課題を作成し 自閉スペクトラム症の特徴を明らかにすることにしました 従来の研究によ れば 会話時や拍手時などに行動リズム同期が観測されており この同期によって人間関係が改善されることが報 告されています 研究内容と成果本研究では 行動リズム同期に起因する脳活動の負荷を分析するために リズム同期課題時の脳波測定を行い 脳波リズム 行動リズム 自閉スペクトラム症の特徴 の三者の関係性を検証しました まず 二者でリズムが一定になるように交互にキーボード押しを行うリズム同期課題時の脳波測定を行い 自閉スペクトラム症者と対照者の行動結果および脳波解析結果を比較検討しました 計測にあたっては 年齢 性別 知能指数においてマッチングされた 24 名の自閉スペクトラム症群 (29.2±7.2 歳 女性 10 名 男性 14 名 ) と 24 名の定型発達群 (25.5±6.6 歳 女性 12 名 男性 12 名 ) が 書面による同意の上 脳波測定に参加しました 自閉スペクトラム症の診断 (4) は DSM-IV-TR DSM-5 に基づき 自閉スペクトラム症の重症度評価としては ADOS ( Autism Diagnostic Observation Schedule) と船曳准教授が開発した MSPA( Multi-dimensional Scale for Pervasive developmental disorder and Attention deficit/hyperactivity disorder) を使用しました リズム同期課題においては 参加者がキーボードを押す ( タッピングする ) と音が鳴り 続けて相手がタッピングすると別の音が鳴ります このタッピングの時間間隔が一定であるほど二者のリズムは同期しているとして この同期量を評価しました 参加者は リズム同期課題を PC( コンピューター ) プログラムと人 ( 定型発達者 ) を相手に行いました PC プログラムとしては 常に一定の時間間隔でタッピングするプログラムと 時間間隔を急に変更するプログラム の 2 種類を使用しました 脳波はシールドルーム内にて 27 電極で計測しました 行動データを解析した結果 自閉スペクトラム症群は 定型発達群に比べると 相手が人や急に変動する PC プログラム相手だと同期量が少ないことがわかりました この同期量の少なさは 主に自閉スペクトラム症のこだわり傾向の強さと関係があることがわかりました その一方で リズムが一定の PC プログラムが相手の場合は 両群の同期量に差はありませんでした これらのことから 自閉スペクトラム症者は人が持つリズムの揺らぎや急な変動に適応することが困難であることがわかりました 次に 脳波データを解析した結果 自閉スペクトラム症群のみにおいて 認知負荷 (5) (6) に関係する前頭シータ波が増加することがわかりました この前頭シータ波の増加は 相手が人であっても PC であっても増加し とくに自閉スペクトラム症のこだわり傾向の強さと関係があることがわかりました 興味深いことに この前頭シータ波の増加は 課題の成績とは関係がありませんでした つまり リズム合わせができるかどうかにかかわらず 自閉スペクトラム症者は他者とリズム合わせをするだけで 脳に負荷がかかっていることがわかりました 上記の結果から 自閉スペクトラム症者では 単純なコミュニケーションに含まれる他者のイレギュラーなリズムに適応することに負荷がかかっていること しかもこれにはこだわり傾向が関係していることが 実験と臨床の両面から発見されました つまり本研究により 自閉スペクトラム症の二大特徴である コミュニケーションの困難さとこだわり傾向の強さは 他者のイレギュラーなリズムへの適応の困難さとして統合的に説明できる可能性が初めて示されました 2

図 1. リズム同期課題のイメージ図 2 者がそれぞれ相手と同じ時間間隔になるように ( つまりリズムが合う ように ) 交互にキーボード押し( タッピング ) を行う課題である 1 名がタッピングすると音階の ド の音が もう1 名がタッピングすると ミ の音が イヤホンより呈示された 図 2. 両群のリズム同期量の平均各実験条件における自閉スペクトラム症群と定型発達群のリズム同期量 ** と * は統計検定において有意に差があった2 群または2 条件 3

図 3. 両群の前頭シータ波の平均 今後の展開本研究成果により 幅広い行動特徴を示す自閉スペクトラム症の背景メカニズムを 他者のイレギュラーなリズムへの適応の困難さを示す行動や脳活動をみることで 脳 行動の機能面から理論的に明らかにできる可能性が開けました そしてそれにより 日常生活における行動や症状の統合的理解 また新たな支援方法を提案することが可能になります 今後は この方法論を確立し 多くの自閉スペクトラム症者で検証する必要があります 用語解説注 1) 自閉スペクトラム症社会的コミュニケーションおよび相互関係における持続的障害と 限定された反復する様式の行動 興味 活動を特徴とする 神経発達症の中の一群注 2) こだわり傾向融通の効かない執着 同じ行動の反復 興味対象の限局などの傾向があること 注 3) イレギュラーなリズム急に時間間隔が変更されるリズムのこと 注 4) 行動リズム同期独立した 2 つの異なるリズムをもった振動事象が ある相互作用が加わることで 同じリズム ( 調子 ) で振る舞うこと 4

注 5) 注 6) 注 7) 自閉スペクトラム症の診断一般に 自閉スクトラム症の診断は DSM(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)-5 によって行われる IV-TR はひとつ前のバージョンである ADOS は国際的に最もよく使われる自閉症の行動評定で MSPA は発達障害者の要支援度評定尺度で 特性把握や重症度評価に用いられる 認知負荷見たり 聞いたり 考えたり 記憶したりすることで 脳にかかる負荷のこと 前頭のシータ波脳波の種類の一つ シータ波とは脳波の中に含まれる 4~7 ヘルツのリズムのこと 参考文献 - Kawasaki M., Kitajo K., Yamaguchi Y. (2010) Dynamic links between theta executive functions and alpha storage buffers in auditory and visual working memory. European Journal of Neuroscience, 31:1683-1689. - Kawasaki M., Yamada Y., Ushiku Y., Miyauchi E., Yamaguchi Y.. (2013) Inter-brain synchronization during coordination of speech rhythm in human-to-human social interaction. Scientific Reports, 3: 1692. - Funabiki Y, Kawagishi H, Uwatoko T, Yoshimura S, Murai T. (2011) Development of a multi-dimensional scale for PDD and ADHD. Res Dev Disabil. 32(3):995-1003. - Funabiki Y, Murai T, Toichi M. (2012) Cortical activation during attention to sound in autism spectrum disorders. Res Dev Disabil. 33:518-524. 掲載論文 題名 Frontal theta activation during motor synchronization in autism ( 自閉スペクトラム症におけるコミュニケーション時の運動同期中の前頭葉シータ波 ) 著者名 Masahiro Kawasaki, Keiichi Kitajo, Kenjiro Fukao, Toshiya Murai, Yoko Yamaguchi, and Yasuko Funabiki 掲載誌 Scientific Reports DOI: 10.1038/s41598-017-14508-4 問合わせ先氏名川崎真弘 ( かわさきまさひろ ) 筑波大学システム情報系准教授 305-8572 茨城県つくば市天王台 1-1-1 氏名船曳康子 ( ふなびきやすこ ) 京都大学大学院人間 環境学研究科准教授京都市左京区吉田二本松町 5