船舶データ収集プラットフォーム SIMS とデータ活用の船舶データ収集プラットフォーム SIMS とデータ活用の取り組み * 取り組み * ** ** ** ** 柴田隼吾, 三村雄一 ** 柴田隼吾三村雄一, 安安藤藤英幸英幸 ** 1. はじめに 2. 船舶データ収集プラットフォーム 近年, 製

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船舶データ収集プラットフォーム SIMS とデータ活用の船舶データ収集プラットフォーム SIMS とデータ活用の取り組み * 取り組み * ** ** ** ** 柴田隼吾, 三村雄一 ** 柴田隼吾三村雄一, 安安藤藤英幸英幸 ** 1. はじめに 2. 船舶データ収集プラットフォーム 近年, 製造業を中心として, その生産プロセスをデジタル化することによって業務の改善や新たなイノベーションを起こす取り組みが進んでいる. 特にドイツで提唱された インダストリー 4.0 は, 第 4 の産業革命とも言われており,IoT(Internet of Things) や Deep Learning に代表される新たな情報通信や AI の技術を活用して, 製造現場の業務効率化に限らず, 企業の新たなビジネススタイルへの変革が必要とされている. 日本においても, 経済産業省が中心となり,Society 5.0 や Connected Industries を提唱し, 超スマート社会への移行とそこでのルール整備を主導し, 新しい産業形態への移行が求められている. このデジタル化と新たなイノベーション創生の波は, 確実に海事産業にも押し寄せて来ている. 例えば, 船上の機器においては, 航海計器や機関エンジン 発電機などの機能や制御手法の高度化に伴い, これら機器の運転データやセンサ計測データを収集し解析, フィードバックすることで, 船体のパフォーマンスモニタリング, 機関コンディションモニタリング, 機器故障の予防保全を始めとする各種の新しいサービスの提供が, 特に欧州の各機器メーカーなどによって進められている. また, 船陸間の衛星通信に目を向けても, 一般商船で利用可能な Ku 帯を利用した VSAT(Very Small Aperture Terminal) 通信サービスの普及が近年急速に広がってきており, さらには, Ka 帯を利用したより高速な通信サービスの提供もInmarsat 社より開始されたことで, これまでより多くの種類のデータを低コストかつ高速に船陸で共有することが可能となり始めている. 本稿では, これまでに日本郵船株式会社と MTI において取り組んできた, 船舶データ収集プラットフォームの開発と, さらなる安全運航や効率運航のために, 船舶運航者というユーザの視点で, このデータを活用してきた事例を紹介する. * 原稿受付平成 31 年 1 月 7 日. ** 株式会社 MTI( 千代田区丸の内 2-3-2 郵船ビル ). 日本郵船と MTI では,2008 年から船舶の燃費性能に関わるデータを収集するパフォーマンス マネージメント システムである SIMS(Ship Information Management System) の初期型である SIMS1 を開発し,2009 年から運航船への導入を行った. 図 1. 初期型 SIMS1 の船上機器設置の様子 開発当時, 船舶用燃料油である C 重油の価格は,1 トンあたり 600 ドル程度まで高騰しており, 運航コストに占める燃料費の割合が急激に増加していた. これに対し, 船舶運航者というユーザの視点から燃料節減運航を支援するシステムとして, 船速, エンジン回転数, 燃費, 風向風速といった船舶の推進性能に関わるデータ収集 モニタリング及び乗組員向けの表示システムとして開発を行い, 日本郵船で運航する外航大型コンテナ船など 50 隻以上に同システムを搭載し, 得られたデータをビッグデータとして活用することで, 約 10% の燃料費節減 CO2 排出量削減に寄与するなど導入効果を得てきた. さらに,2013 年からは SIMS1 の後継機となる第二世代のシステムである SIMS2 の開発を開始した. それまでの SIMS1 で計測していた航海計器系のデータに加え, 新たに機関系データも収集できるシステムとし, 機関 エンジントラブルの早期発見や予防保全と言った安全面での用途にもデータ活用の目的を広げ, 船上の OT( 制御機器 システム ) からデータを収集する, IoT プラットフォームとした. Journal of the JIME Vol. 00,No. 00(2005) -1- 日本マリンエンジニアリング学会誌第 00 巻第 00 号 (2005) Journal of the JIME Vol. 54, No. 2(2019) 121

244 船舶データ収集プラットフォーム和文表題 SIMS とデータ活用の取り組み 図 2. SIMS2 の船上機器設置の様子 現在までに,180 隻以上の日本郵船運航船にこの SIMS2 を搭載し運用している.(2018 年 12 月時点 ) 図 4. SIMS2 の船上システム構成イメージ図 3. 船舶データの安全運航への活用 図 3.SIMS2 で取得している主な船舶 IoT データ SIMS2 で取得しているデータは, 図 3 の通り,GPS や風向風速計, Gyro Compass などの航海系データは,VDR(Voyage Data Recorder) から IEC61162-1 NMEA0183 形式にて SIMS2 に送信しており, エンジン 機関系データは,Engine Data Logger から出力される RS-422 規格のシリアルデータを Ethernet 変換して SIMS2 に送信し, それぞれ取得している. LNG 船においては, 統合自動制御システムである IAS (Integrated Automation System) から, カーゴタンクの状態データ等も取得している. さらに船体の動揺 加速度を計測するために, 別途 Motion Sensor を追設し接続している. 取得した各計測データは SIMS2 のデータベースに蓄積されると同時に, データから一定時間の燃料消費量の算出や, 各データの最大 最小 平均値などの統計処理など必要な計算も行い, 一次解析処理済データとしてあわせて記録している. これらのデータは図 4 のように VSAT や Inmarsat FBB 等の衛星通信サービスを利用して陸上サーバに送信している. 現在は船陸衛星通信の通信速度を考慮し, 基本的には 1 時間に 1 回のデータ取得と陸上への送信を行っているが, 通信速度の速い船においては, データ取得頻度を高め, より粒度の細かいデータを利用することで, 船舶性能解析や機関予防保全の解析 診断精度の向上を目指す取り組みも始めている. 収集した船舶 IoT データの利活用方法は, 船主や運航者という立場で見ても, 図 5 に示す通り, その役割 機能毎に様々な活用方法がある.MTI においては, 先に述べた推進性能に関するデータ活用など, これまではフリート運航に IoT データを含むビッグデータの活用を行ってきた 1 5). また, 船舶の安全運航 ( 機関保全 ) の面で, 日本郵船が状態診断ツールを活用し, 主機シリンダ ライナ点検装置と船陸間データ共有システムについて, 植松が先に述べている. 6) 図 5. IoT/ ビックデータの役割 機能別活用例 日本郵船と MTI では, 船陸のデータ共有を目的として, 運航モニタリングシステム LiVE(Latest Information for Vessel Efficiency) と呼ぶ一連のアプリケーショを開発してきているが, 本稿では特に, 機関に関するデータ共有を目的として開発した LiVE for Shipmanager( 以下,LiVE for SM) について紹介する. 植松が述べるように, 船陸のデータ共有により, 1トラブル発生時の情報共有迅速化,2トラブル原因分析の容易化,3トラブル予兆の発見による事故未然防止を目的とするアプリケーションである 6). 3.1. データ活用のステップ 2015 年から本格的に機関系データの利活用を検討 Journal of the JIME Vol. 00,No. 00(2005) -2- 日本マリンエンジニアリング学会誌第 00 巻第 00 号 (2005) Journal of the JIME Vol. 54, No. 2(2019) 122

船舶データ収集プラットフォーム日本マリンエンジニアリング学会執筆要項 SIMS とデータ活用の取り組み 245 開始し, 機関保全の支援を目的とした LiVE for SM の開発を, 図 6 に示す 3 つのステップで進めてきた. いてリアルタイムに監視することで, 本船機関システムに異常発生の可能性がある状況を即座に検知し, アラートメール等を発信するなどの知らせる化に取り組んでいる. 図 6. データを安全運航へ利活用するための 3 ステップ a) 運航者視点によるデータの見える化 まず図 7 に示す様に, 日本郵船の熟練機関士が選定した主機 発電機の主要データ ( 各種温度, 圧力データ ) を時系列表示し, また本船の Engine Data Logger で発生しているアラート情報を一覧表示するなど, 機関データの見える化機能を LiVE for SM に実装し, 陸上の船舶管理担当者の目による舶用機械の異常早期発見を可能にした. 図 7.LiVE での主機 発電機データのトレンド表示 b) システムを用いた異常検知と知らせる化 2 ステップ目として, 図 8 に示す異常検知システムとして, ユーザ知見を and / or 条件を用いてルール化した Condition Alarm 機能や, 重大事故防止を目的とし, 選定した数種類の重大事故について FTA(Fault Tree Analysis: 故障木解析 ) を構築し, これをロジック化した Advanced Alarm 機能を実装し, 運用を開始した. また, 現在は実際の機械故障時の計測データがある程度蓄積されてきた事から, 新たな取り組みとして, 過去に人の目で発見した異常パターンを統計処理 機械学習技術を用いて, コンピュータが自動的に発見するためのMachine Learning Alarm 機能の開発を進めている. このようにして, 船舶で取得されたデータを, 乗組員の知見や過去の異常データを実装したロジックを用 図 8. 異常検知システム実現へのアプローチ c) 機器メーカーの知見を導入した予防保全見える化, 知らせる化までは, 運航者である日本郵船の熟練機関士の知見をベースに取り組んできたが, 更に踏み込んだ予防保全や状態基準保全 (CBM: Condition-Based Maintenance) に進むには, 例えば, 対象機器システム全体に亘る故障モードの列挙, 異常判断の閾値設定や余寿命予測 (RUL: Remaining Useful Life) などが必要で, これには舶用機器メーカーの設計者の視点 ノウハウは不可欠である. そのため, 次なるステップでは, 運航データを機器メーカー等と共有して, 新たな予防保全や予防保全手法の構築に向けた研究開発を進めている. 今後, 海事業界におけるデータ共有や協業については, 日本海事協会が設置したシップデータセンターとそのユーザーグループである IoS-OP(Internet of Ships Open Platform) が主導して共通ルールの策定とデータ共有基盤の運用が進んで行くと考えられることから, このルールや基盤を活用していきたいと考えている. 3.2. 船上でのデータ利活用これまで説明したデータ利活用は, 本船から送られてくる船舶 IoT データを陸側でどう活用するかであった. 一方, 異常に対応するのは本船の機関士であり, その本船機関士に異常を如何に早く, また正確に知らせるかが重要となる. そこで, 陸側で開発した見える化機能, 知らせる化機能を本船でも活用できるように, 本船向けの LiVE アプリケーション (LiVE for Chief Engineer) の開発にも着手している. 本船上でも異常の早期発見が可能になると同時に, 陸と船とで同様の画面を参照できるようになる事で, 双方のコミュニケーションがスムーズになるという効果も期待できると考える. Journal of the JIME Vol. 00,No. 00(2005) -3- 日本マリンエンジニアリング学会誌第 00 巻第 00 号 (2005) Journal of the JIME Vol. 54, No. 2(2019) 123

246 船舶データ収集プラットフォーム和文表題 SIMS とデータ活用の取り組み ただし, 船毎に個別に状況は異なる中で, それぞれの状況に応じて的確に異常状態を見つけ, かつ誤警報の割合を低減した信頼性の高いアラームを構築することは, 技術的にハードルが高いと言った課題がある. 4. データ活用推進にむけた課題 4.1. 船陸間データ通信の課題現在, 船舶で収集したデータを陸上へ送信するためには, 特に外航船においては, 衛星データ通信を経由した船舶メールシステムを利用して, メール添付ファイルという形でデータのやり取りが行われている. VSAT のような常時接続回線ではなく, 通信スピードの低速な衛星回線においては, 回線が接続されたタイミングで, それまで溜まったデータの送受信を一度にバッチ処理するという船舶メールの SMTP(Simple Mail Transfer Protocol) や POP(Post Office Protocol) といったプロトコルを利用してきた. このデータ送受信方法の問題のひとつに, 船舶メールシステムの設定変更や, 衛星通信プロバイダの変更などに影響され, データ送信が途切れてしまうという課題があり, 安全運航のための異常検知システムでのタイムリーなモニタリングや船舶性能の解析にも支障をきたすという問題が発生しうる. 一方で, 昨今, より高速な通信を実現するハイスループット衛星 (HTS : High Throughput Satellite) が次々と投入され,2020 年代前半には One Web をはじめとする低軌道衛星 (LEO : Low Earth Orbit) など新たな通信衛星サービスが計画されるなど, 船陸間においても通信速度の向上や通信エリアの拡大が進んで行くと考えられている. こうした Connected Ship の時代には, 船舶メールシステムや通信プロバイダ独自のデータ共有サービスなどに依存しない, 安定した船陸間データ共有の基盤が求められる. 日本郵船と MTI では, ノルウェーの海事 IT サービスプロバイダーである Dualog 社と戦略的パートナーシップを 2017 年に締結し, 次世代の IoT プラットフォームを支える通信基盤について共同で研究開発を進めている. 今後, ここでの知見も踏まえて, 船陸間データ通信における共通的な仕様とルールの策定に貢献して行きたいと考えている. 4.2. 船上アプリケーション配信プラットフォーム先に機関の異常検知への取り組みで述べたように, 異常検知の新たなロジックやデータの蓄積に伴うロジックの更新が, 比較的高い頻度で発生すると考えられる. この場合, 陸上から船上にプログラムや定義ファイルを送信して船上システムをアップデートしていく 必要が生じるが. そのためには双方向の船陸間データ通信を介して, 安全にアプリケーションを更新する必要が生じる. また, 異常検知システムに限らず, 現在, 様々な IT アプリケーションの開発, 導入が進む方向にあり, 今後もそうしたアプリケーションは増加すると考えられる. 陸上の PC やスマートフォンもそうであるように, 船上で利用するこうした IT アプリケーションも機能拡張や不具合修復のために定期的な更新が必要となるが, 現状の衛星通信速度や船内ネットワークの構成においては, 効率的かつ確実にアプリケーションを更新することは難しく, また, 複数の運航船舶に配信されたアプリケーションが各船で正常に更新されているかを陸上側から一元的に把握し管理することも困難なのが現状である. こうした課題を解決することで, 船舶における IT アプリケーションやデータ活用はさらに発展していくと考えられる. それを実現するためには, スマートフォンのアプリ更新や一部の自動車のシステム更新において利用が進んでいる OTA(Over The Air) アップデートのように,IT アプリケーションの配信管理をするためのプラットフォームが必要となる. 日本郵船と MTI では, 現在 NTT グループと協力し, この船上アプリケーション配信プラットフォームの実現に向けた研究開発にも取り組んでいる. 図 9. アプリケーション配信プラットフォームの構成 また, こうしたソフトウェアの更新技術は将来的には,OT 機器のソフトウェアも範囲が広がる可能性があると考えられ, この場合には, 機器の安全性 信頼性にも直接に影響することから, どのようにソフトウェア プログラムを認証, 更新するかの基盤, 仕組みも必要になると考えられる. MTI では,DNV-GL 他 3 社が主体となって 2018 年 7 月に開始されたプロジェクト Open Simulation Platform Joint Industry Project (OSP-JIP) に参画し, シミュレーターを使ったソフトウェア信頼性評価のオープンな共通基盤についても, 将来の OT 機器のソフトウェア更新に関する今後の重要技術と捉え, 共同研究に参加している 7). Journal of the JIME Vol. 00,No. 00(2005) -4- 日本マリンエンジニアリング学会誌第 00 巻第 00 号 (2005) Journal of the JIME Vol. 54, No. 2(2019) 124

アリング学会執筆要項 船舶データ収集プラットフォーム日本マリンエンジニア SIMS とデータ活用の取り組み 247 5. まとめ 2008 年より日本郵船と MTI で取り組んできた SIMS を中心とする船舶データの収集と, さらなる安 全運航のための陸上および船上でのデータ活用の取り組みに事例を紹介した. また, さらにデータ活用を推進するために必要となる船陸データ通信のルール策定や, 船上アプリケーション配信プラットフォーム構築について述べた. こうした船舶データを活用した取り組みは業界内においても今後ますます広がりを見せていくと考えられる. そして, これをさらに推進させるには, 各プレーヤーが連携して, データとそれぞれの知見を共有して取り組む必要がある. 折しも,2018 年にはシップデータセンターを中心とする IoS-OP を推進するための業界コンソーシアムが立ち上がり, さらに日本提案の 2 つの標準規格である ISO19847 とISO19848 が規格化されるなど, 各プレーヤーがより連携するための業界共通プラットフォームが着実に整備されてきている. このような国際規格や共通プラットフォームを協調領域としてお互いに連携し活用していくことで, データから価値ある情報を生み出し, 船舶の安全運航, 効率運航のみならず, 人材教育や新たなサービスの創生が海事産業において進んでいくことが期待される. 参考文献 著者紹介 柴田隼吾 1977 年生. 早稲田大学大学院国際情報通信研究科修了. 専門 : 音響工学, 情報工学. 三村雄一 1978 年生. 広島大学大学院工学研究科エンジニアリングシステム修了. 専門 : 造船工学. 安藤英幸 1971 年生. 東京大学大学院工学系研究科船舶海洋工学科修了博士 ( 工学 ). 専門 : 造船工学, システム設計, 人工知能. 1) 安藤, 環境負荷軽減のための運航モニタリング, 計測と制御 50(6)(2011),398-404. 2) 枌原, 辻本, 安藤, 角田, 上野, 大型コンテナ船乗船計測による実海域での主機燃費推定について, 日本船舶海洋工学会講演会論文集, 第 14 号 (2012),203-206. 3) 安藤, 船舶運航におけるビッグデータの活用, 日本マリンエンジニアリング学会誌, 第 49 巻第 5 号 (2014),86-91. 4) 安藤, 海運における IoT とビッグデータの活用, 日本船舶海洋工学会誌 KANRIN, 第 64 号,pp.12-19,2016. 5) 前田, 渡辺, 安藤, 海気象データを活用した実海域性能把握への取り組みと実務への適用, 日本船舶海洋工学会誌 KANRIN, 第 77 号,pp.11-14,2018.3 6) 植松, 船舶状態診断ツールを利用した安全運航への取り組み, 日本マリンエンジニアリング学会誌, 第 51 巻第 5 号 (2016),88-89. 7) Open Simulation Platform JIP https://opensimulationplatform.com/ Journal of the JIME Vol. 00,No. 00(2005) -5- Journal of the JIME Vol. 54, No. 2(2019) 125