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Chapter 1

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6. 間接経費の使途間接経費は 競争的資金を獲得した研究者の研究開発環境の改善や研究機関全体の機能の向上に活用するために必要となる経費に充当する 具体的な項目は別表 1に規定する なお 間接経費の執行は 本指針で定める間接経費の主な使途を参考として 被配分機関の長の責任の下で適正に行うものとする 7

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習う ということで 教育を受ける側の 意味合いになると思います また 教育者とした場合 その構造は 義 ( 案 ) では この考え方に基づき 教える ことと学ぶことはダイナミックな相互作用 と捉えています 教育する 者 となると思います 看護学教育の定義を これに当てはめると 教授学習過程する者 と

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様式 C-19 科学研究費補助金研究成果報告書 平成 21 年 4 月 30 日現在 研究種目 : 基盤研究 (C) 研究期間 :2006~2008 課題番号 :18520535 研究課題名 ( 和文 ) 春秋戦国秦漢時代の都市とその周辺 研究課題名 ( 英文 ) Cities and their Surroundings in the Spring and Autumn,the Warring States and the Qin Han period 研究代表者江村治樹 (EMURA Haruki) 名古屋大学 大学院文学研究科 教授研究者番号 :80093201 研究成果の概要 : 春秋戦国秦漢時代の膨大な都市関係資料をデータベース化し 加えて現地調査も実施して当該時代の都市とその周辺 都市と都市との関係について分析した その結果 都市には周辺防衛強化型や相互連携型などいくつかの類型化が可能であり 当該時代の都市は地域と時代によって 軍事と経済の両面から多様な様態を取ることが明らかになった 地域の統合体である秦漢古代帝国のあり方ももこのような都市の側面から捉え直す必要がある 交付額 ( 金額単位 : 円 ) 直接経費 間接経費 合計 2006 年度 1,100,000 0 1,100,000 2007 年度 800,000 240,000 1,040,000 2008 年度 800,000 240,000 1,040,000 総計 2,700,000 480,000 3,180,000 研究分野 : 人文学科研費の分科 細目 : 史学 東洋史キーワード : 春秋戦国秦漢時代 都市遺跡 都市周辺遺跡 データベース 中心と周辺 都市発達 1. 研究開始当初の背景戦国時代を中心とした時代は 中国史上においてとりわけ城郭都市が発達した時代とされている そのため中国や日本において この時代を解明する重要な課題としてこれまでも都市の研究は盛んに行われ その歴史的性格の究明が進められてきた だだし そ の研究の中心は城郭都市内部の分析にとどまり 都市の周辺地域を視野に入れた研究はほとんど行われてこなかった しかし 城郭都市は周辺と孤立して存在したわけではなく その周辺の地域や農村 さらには他の都市と密接に係わりながら存在していたこと

は疑問の余地はない 当該時代の城郭都市の歴史的性格も このような周辺地域を視野に入れることによって 新たに把握し直すことができると考える 2. 研究の目的本研究では まず文献史料によって城郭都市とその周辺地域の関係について 春秋時代から秦漢時代を通観して再検討し 戦国時代における都市の発達の歴史的意義付を試みる しかし 文献史料だけでは両者の関係を究明するには限界がある 本研究では さらに考古学の報告書 雑誌などから都市周辺の遺跡 遺物の検索を行い 都市周辺の情況を明らかにする 加えて いくつかの特定の都市遺跡を対象として 都市と周辺地域との関係について時代を追った現地調査を進め 両者の関係に関するモデルの構築を行う 本研究は 文献史料と考古学の材料にもとづき 都市とその周辺の関係について総合的な究明を目指す 3. 研究の方法 (1) 左氏伝 国語 戦国策 史記 や諸子資料など文献史料の中から 都市とその周辺地域の実態に関わる史料を収集し カードに整理する (2) 現有ならびに購入した考古学関係の報告書 雑誌から 都市とその周辺の遺跡 遺物の記事や平面図 図版を収集し データベースソフト ファイルメーカーによって都市内部と都市周辺が対比できるデータベースを作成する データベース化には研究補助者の協力を得る (3) 中国の研究者の協力を得て 当該時代のいくつかの都市遺跡について 都市の内部およびその周辺に関する現地調査を行う (4) 内外の研究者の参加を求めて 中国古代都市に関する研究集会を開催し 研究計画 の総括を行うとともに 将来の展望について検討する (5) 文献資料と考古資料のデータ 現地調査の成果 研究集会での総括を踏まえて 都市とその周辺 都市間関係の検討を進めて都市のモデル化を行い 当該時代の都市の総合的把握を目指す 4. 研究成果 (1) 春秋戦国秦漢時代の都市関係資料の全面的収集を行い データベースソフト ファイルメーカー (FileMaker) によって 都市内部と都市周辺が対比できるデータベース化を進め ほぼ予定どおり現時点での整理を終了した データ総数は4808 件に達した (2) 収集したデータを都市遺跡ごとに 城内状況と城外状況とが対比できるように整理し < 春秋戦国秦漢都市遺跡表 >を作成した この表は 検討の中心対象となる 都市が発達した黄河流域を中心として 省ごとに山西 1(104 遺跡 ) 河北 2(82 遺跡 ) 河南 3(270 遺跡 ) 湖北 4(44 遺跡 ) 陝西 5(82 遺跡 ) 山東 6(71 遺跡 ) の六表で構成し それぞれに出典を列挙した このうち 河北省については 中国文物地図集 は未刊であり 山東分冊 (2009 年 1 月入手 ) は今回整理が間に合わず 両省は従来の報告資料のみによる整理となった (3) 以上のデータベースに基づいて最新の < 戦国都市遺跡分布図 2009 年版 >を作成した これによっても 従来作成してきた分布図によって明らかとなった 黄河中流域における都市遺跡の密集度は基本的に変わらないようである ただし 資料の増加により都市発達地域は拡大している 山西省では南部だけではなく中部にまで大型都市遺跡の分布が見られるが これは出土文字資料による分布の補正でも予測できたことである 湖北省や陝西省で

は 中国文物地図集 の刊行による資料の増加にもかかわらず分布は稀薄である 山東省における分布は 昨年末刊行の 山東分冊 によって かなり様相が変わってきた 山東省西部にかなりの都市の密集と巨大都市遺跡が見られ 斉都臨淄故城を中心に東西に規模の大きな都市が確認できる ただし 西部の都市発達は河南中心部の都市発達地域の延長と考えられ 黄河中流域の都市発達を否定するものではない 山東西部と河南東部の都市遺跡の空白地域は 黄河の河流変動による遺跡の埋没により 発見されていないだけだと考えられる しかし問題は 明らかに周辺部である北京西北部の河北省に密集が見られる点や 江南地域の呉の領域に近年春秋末期の巨大都市が確認されている点である このことは 交通の中心が存在した中国中心部に経済都市が発達したと一律に規定することに問題があることを示している 中国は広大であり 地域ごとの具体的で 特殊な事情を考慮しながら都市の発展を考える必要がある そのためには 個別の都市本体だけではなく 都市の周辺地域や都市と都市との関係を視野に入れた綜合的な検討を行う必要がある (4) 都市と近郊 周辺との関係について代表的な都市遺跡を取り上げ 時代を追った検討を行った この検討は近郊の考古資料が豊富な国都を中心とならざるを得なかった また文献史料は考古資料に比して零細なため補助的使用に止まった 検討の対象とした遺跡は以下のとおりである 1 春秋時代 : 魯国故城 ( 山東省曲阜市 魯国都 ) 帰城古城( 山東省黄県 莱国都の可能性 ) 侯馬古城群( 山西省侯馬市 晋都新田 ) 霊岩古城 ( 江蘇省蘇州市 呉大城 ) 2 戦国時代 : 燕下都 ( 河北省易県 燕国都 ) 霊寿故城 ( 河北省平山県 中山国都 ) 臨淄 故城 ( 山東省淄博市 斉国都 ) 禹王城( 山西省夏県 魏国都 ) 邯鄲故城( 河北省邯鄲市 趙国都 ) 鄭韓故城( 河南省新鄭市 春秋鄭国都 戦国韓国都 ) 東周王城( 河南省洛陽市 周王城 ) 紀南城( 湖北省荊州市 楚国都 ) 雍城( 陝西省鳳翔県 秦国都 ) 咸陽城 ( 陝西省咸陽市 秦国都 ) 3 漢代 : 漢長安城 ( 陝西省西安市 漢王朝首都 ) 城村漢城( 福建省崇安県 閩越国都 ) 以上の都市遺跡の中 秦都咸陽と漢長安城は中国の研究者の協力を得て現地調査を行った (5) 都市間関係について 以下の三つの事例を取り上げて検討した 1 北京西北の蔚県 涿鹿県戦国秦漢都市群 : 新しく< 戦国都市遺跡分布図 >を作成し直した結果 北京西北の張家口地区に都市の密集する部分が存在することが明らかになった 黄河中流域から見て このような辺境に何故顕著な都市の発展が見られるのかを究明するため 中国の研究者の協力を得て20 07 年 10 月に現地調査を行った 巨大な城壁を有する代王城は戦国時代から存在する趙国の都市であり 戦国都城の中でも最大級の規模の都市であることが判明した さらに 涿鹿県内のいくつかの都市遺跡を調査したが いずれの遺跡も東方や北方の防備を意識して設計されており趙国の都市である可能性が高まった 涿鹿県の古城群は 代王城から北方に通じる交通路に沿って発達した趙国の交易都市と考えられ その間に位置する多くの小城址はそのルートを守る軍事城塞と見なすことができる この地域の都市の発達は軍事と経済の両面から見ていく必要がある 2 江南の春秋呉国都市の発達 :2007 年 6 月 東北学院大学のプロジェクトで 中国の研究者の協力のもとに呉越文化の調査を試

みたが その過程で 江南地域呉国の領域にいくつかの巨大な都市遺跡が存在することが明らかになった この巨大化と防御の充実は南方の越に対する脅威に対抗するためだけであったか再考する必要がある 中国の研究者は呉越の発展を軍事的な側面だけから考える傾向があるが 呉越の位置が中原地域と長江以南の南方との接点に当たることから 経済的な側面も考えるべきであろう とくに 呉国の南進と国都の巨大化は 南方交易への指向性とその結果を示している可能性がある 3 河南中心部の春秋戦国都市の発達 : この地域では 数十 kmの間隔で巨大都市が隣接して存在していることが分かる 河南分冊 掲載遺址は城壁がなく小規模な聚落遺跡と考えられる 都市と都市の間に点在しているが 城壁のある都市遺跡に比べてそれほど多く確認されている訳ではない この地域では 城壁都市が周辺聚落の中心をなしていたと見なすよりも 都市間の接近状態から考えて都市同志相互に関係し合う存在ではなかったかと考えられる 都市は周辺地域からある程度独立した存在で むしろ周辺都市との軍事的 経済的な連携を保っていたのではなかろうか この点に関しては 個別の都市遺跡間の関係について 具体的に検討する必要がある (6) 以上の検討を踏まえると 春秋戦国秦漢時代の都市遺跡とその周辺の関係は 二つの類型に分けることができる 第一の類型は周辺防衛強化型と言ってよいものである この類型はまた 大郭城設置型と小城群設置型の二つのタイプに分けることができる 前者については 春秋時代の帰城古城や霊岩古城が含まれる また 漢代の城村漢城も外郭を有してはいないがこの系譜につながるものかも知れない このタイプの都市遺跡は そ の存在した時代においては辺境地域に見られ 軍事的な要請の強さを示していると考えられる 後者のタイプには 春秋時代の魯国故城 侯馬古城群 戦国時代の霊寿古城 臨淄故城 雍城 咸陽城 漢代の漢長安城が含まれるであろう 都市間関係の事例 1で取り上げた趙の代王城もこのタイプに入れてよいかも知れない また 戦国時代の紀南城も周囲に小城址は発見されていないが 墓地の分布からこのタイプに入れてよいであろう このタイプの都市遺跡は 春秋時代から戦国時代の侯馬古城群を除いて みな戦国時代の都市発達地域の周辺部に属している 国都の周囲に防衛用の小城址や軍事的意味を持つ都市を配置するのは 国都自体孤立した存在であることを示している 周囲に有力な都市群が存在しないために 都市独自で防衛体制を強化する必要があったのである このことは 専制権力による国都の巨大化とも対応している 第二の類型は相互連携型といえるものである 戦国時代の邯鄲故城 鄭韓故城 東周王城が含まれる すべて 黄河中流域の都市の密集地域かその近辺に位置する これらの国都には周辺を防御する防衛施設が配置されていない その理由として 近接する都市間相互に経済的 軍事的に連携できる体制が整えられていた可能性が考えられる 三晋地域の諸都市は 出土文字資料の検討から見て軍事的 経済的な独立性を保持していたと考えられるが それらは孤立的に存在していたのではなく 相互関係の中で存在していたのである (7)2008 年 10 月 中国社会科学院歴史研究所の王震中教授 東北学院大学の谷口満教授を招聘して研究集会を開催し 研究計画の総括を行い将来の展望について検討した 上記の研究成果と研究集会提出論文は

平成 20 年度の科学研究費により194 頁の研究成果報告書 春秋戦国秦漢時代の都市とその周辺 として印刷し刊行した (8) 当該時代の都市について 都市内部の状況の検討から都市の展開を明らかにしようとした研究はこれまでも存在するが 周辺をも視野に入れた総合的な研究は 中国でも日本でも行われていない 都市周辺をも視野に入れることによって 地域ごとに多様な都市の展開が確認でき 地域の統合体である秦漢古代帝国の形成の考察に新たな視座を与えることができると考える (9) 当該時代の都市の歴史的位置づけは 前の時代である新石器時代から殷周時代の都市の展開過程の中でより明確化することができる 今後 都市の発生から発展 秦漢代の衰退までを通観することにより 新たな中国古代都市史の完成を目指すことになる 5. 主な発表論文等 ( 研究代表者 研究分担者及び連携研究者には下線 ) 雑誌論文 ( 計 2 件 ) 1 江村治樹 2007 年 長江下游呉越文化調査旅行日誌 - 南京 鎮江 揚州 常州 無錫 蘇州 上海 アジア流域文化研究 査読なし 第 4 卷 2008 年 22-42 ページ 2 江村治樹 中国方孔圜銭 ( 秦半両 ) 的出 現与日本的青銅貨幣 侯甬堅 江村治樹編 中日文化交流的歴史記憶及其展望 ( 陝西師範大学出版社 ) 査読無し 20 08 年 203-214 ページ 学会発表 ( 計 1 件 ) 1 江村治樹 中国古代都市研究と現地調査 - 2007 年 10 月蔚県 涿鹿県に都市遺跡調査 名古屋大学文学研究科 陝西師範大学共催国際シンポジウム 人文学研究方法の現状と展望 - 現地調査 (Field Work) を中心に 2008 年 11 月 23 日 名古屋大学文学研究科 図書 ( 計 1 件 ) 1 江村治樹 平成 20 年度科学研究費補助金研究成果報告書 春秋戦国秦漢時代の都市とその周辺 2009 年 3 月 194 ページ 6. 研究組織 (1) 研究代表者江村治樹 (EMURA Haruki) 名古屋大学 大学院文学研究科 教授研究者番号 :80093201 (4) 研究協力者 1 侯甬堅 (HOU Yungjian) 陝西師範大学 中国歴史地理研究所 所長 ( 教授 ) 2 李令福 (LI Lingfu) 陝西師範大学 中国歴史地理研究所 副教授 3 王震中 (WANG Zhenzhong) 中国社会科学院 歴史研究所 副所長 ( 教授 ) 4 谷口満 (TANIGUCHI Mituru) 東北学院大学 文学部 教授研究者番号 :10113672