院内助産において正常分娩から異常分娩に移行した事例 産後過多出血 院内助産では, 正常経過をたどるローリス ク妊産婦を分娩の対象としている 妊娠 分 娩経過は順調であっても, 分娩後に予期せぬ 多量出血を経験することがある 産後過多出 血を回避することや, 過多出血傾向にある産 婦に対して適切に対処することは, 院内助産 で分娩を取り扱う上で非常に大切である 本稿では, 当院の院内助産施設 ( 以下, バースセンター ) における妊娠 分娩管理を 紹介し, 産後過多出血事例から緊急時の助産 師の対応や医師との連携を振り返る 当院の概要 当院は名古屋市西部に位置し, 病床数 852 床を有する高度急性期病院である 看護要員 は 961 人で, このうち助産師は 93 人である 当院の産婦人科は愛知県の総合周産期母子 医療センター ( 以下, 周産期センター ) とし て, 産婦人科病棟 36 床,MFICU9 床,NICU18 床を有している 産婦人科医師 19 人, 助産師 62 人で年間 250 件の母体搬送を受け入れ, 年 名古屋第一赤十字病院バースセンター係長 大島和美 PROFILE おおしま かずみ 1999 年名古屋第一赤十字病院に助産師として入職 総合周産期母子医療センターでの勤務を経て,2013 年よりバースセンター勤務 2015 年アドバンス助産師の認証取得 間 1,300 件の分娩を取り扱っている バースセンターは 2013 年 4 月に, 病院敷 地内に別棟で院内助産施設として開設した 安心 安全 自然 快適 を理念として, 産婦人科医師や小児科医師と協働し, 助産師 が主体となり運営している 1 階には助産師 外来,2 階には居室 15 床とお産ルーム 3 床 を設け ( 写真 ), 助産師 24 人で年間約 200 件 の分娩を取り扱っている バースセンターでの妊娠から分娩までの流れ 周産期センターとしての機能を持つ当院に は, ローリスクからハイリスクまで幅広い妊 婦が受診する 各妊婦に適した妊娠 分娩管 理を判断するために, 産婦人科外来では, 当 院での分娩を希望する全妊婦に対して妊娠初 期に妊娠リスク自己評価表を配布し, 自己 チェックを実施する その結果ローリスクと 判定された妊婦には, 希望に応じて妊娠 20 17
週以降はバースセンターの助産師外来で妊婦健診および保健指導を実施する 助産師外来では妊娠 30 週と35 週の2 回, 医師の妊婦健診を実施している 妊娠 35 週の段階で, 医師がバースセンターでの分娩を許可した場合, 助産師立ち会いでの分娩が可能となる ( 図 1) バースセンターと周産期センターが連携するために, 妊娠 分娩 産褥の各期において医師報告基準を設定している バースセンターでは, 分娩期における微弱陣痛や遷延分娩に対して, 子宮収縮剤の投与や会陰切開などは行っていない そのため, 助産師は母児の状態からアセスメントし, 必要に応じて院内で定めた基準に従い医師に報告する ( 表 ) 医師の判断のもと, 医療介入が必要となる場合は周産期センターに移行する 周産期センターに移行した場合も, 産後の経過が正常であれば, 産婦人科医師の許可のもと再びバースセンターに戻ることは可能である また, 産婦人科医師と周産期センターおよびバースセンター助産師の間で, 月 1 回定期カン 18
ファレンスを開き, バースセンターでの分娩や 産後入院の可否の検討と連携を調整している バースセンターでの分娩介助者の規定 当院では, 院内認定助産師制度を設けてお り, 認定された助産師がバースセンターでの 分娩介助を行っている 条件は次のとおりで ある 助産師経験 5 年目以上 分娩介助件数 100 例以上 会陰裂傷縫合講義 演習修了 医師立ち会いのもと裂傷縫合を 5 例実施 産婦人科部長の判断で手技の安全性が認め られていること また, 出生後の新生児に対応する能力も要 求されるため, 新生児蘇生法一次コースを修 了していることも条件としている 緊急時における周産期センターとの連携 バースセンターの助産師は, 正常産は自 分たちが責任をもって診る 自分たちで分娩を完結する という目標と覚悟をもって臨んでいる 分娩中は産婦のそばに常に寄り添いながら分娩予測を立て, わずかな変化を見逃さないよう努めている それでも, バースセンターに分娩入院してきたローリスクの産婦のうち約 28% は, 分娩中の異常により周産期センターに移行し医師立ち会い分娩となっている ( 図 2) 主たる移行理由は胎児心拍数異常や微弱陣痛で, これらは分娩第 1 2 期にかけての事象である 助産師立ち会いのもと元気な児を出産した産婦も, 分娩後に突如として正常から逸脱することがある 分娩第 3 期の異常で最も多い事象は, 産後過多出血である バースセンターで正常分娩した産婦のうち, 約 14% は分娩時出血量が500mLを超えている なかには医師管理が必要となり, 分娩後に周産期センターに移行するケースもある 産後過多出血は母体の生命を脅かすこともあるため, その第一発見者となる担当助産師の初期対応は最も重要である 応援スタッフ 19
を呼びつつ, 至急医師に報告する その際は情報とアセスメントを整理して, 緊急度を医師に伝える 助産師の報告の仕方によって, 報告を受けた医師の対応は大きく変わってくるため, ここは非常に大切である バースセンターからの報告を受ける医師は, 平日の診療時間内は曜日ごとに当番制となっており, 休日 夜間は産婦人科当直医師が担当する 当院では産婦人科医師が19 人勤務しており, 休日 夜間も医師 2 人で当直体制をとっているため, 昼夜問わず緊急連絡を受けた医師は, 規模の大きな病院であることのタイムラグを感じさせない速さでバースセンターに到着している 医師への報告から到着までの間, バースセンター助産師は産婦とその家族が不安に陥らないように対応しつつ, 緊急時対応が可能なお産ルームでの診察と応急処置, 緊急用薬剤の準備をする また, 医師診察後の周産期センターへの移動の可能性も視野に入れて搬送の用意も行い, 周産期センター助産師には連絡を入れて受け入れ準備を要請する 場合によってはマンパワーの確保のため, 周産期センター助産師に来棟を依頼し, 応援要請することもある 医師到着後, 助産師は速やかに診察や応急処置の介助を行う 周産期センターへの移動が決定した場合は, 医師からのインフォームド コンセントをセッティングし, 周産期センターと連絡を取り合って受け入れ調整を行う 移送中は産婦の安全と不安の軽減を図りつつ, 待機する周産期センターの医師や助産師に引き継ぎを行う 緊急時の記録も重要である 担当助産師はいつどのような症状から判断したのか, 医師 に報告した時刻や内容, 医師からの指示などを具体的に記載する さらに, 産婦と家族への対応やその反応, 搬送中の状況なども詳細に記録に残す 産後過多出血事例の紹介 バースセンターが開設して6 年が過ぎ, これまでに助産師が取り扱った分娩件数は1,000 件を超えた 開設した当初はすべてが初めての経験であり, 緊急時対応を行った事例を取り上げて, 医師と助産師の間でその時の対応や連携を振り返りながら, より整った体制構築に向けて話し合いを進めてきた なかでも, 産後過多出血が原因の緊急時対応は1 分 1 秒を争うこともあり, 事例検討だけではなくシミュレーション研修を行うなどして, 対応力向上を図ってきた 次に紹介する事例は, 正常分娩後に産科危機的出血に陥ったケースである 胎盤娩出後に大量出血し, バースセンターから周産期センターへ移送した その後 MFICUに入院し加療, 状態改善後にバースセンターに戻って母子ともに元気に退院したが, 分娩後の出血量はトータル3,000mLを超えた 出血の原因は胎盤遺残であったことが判明した症例である 事例 A 氏,30 代後半 2 経妊 0 経産, 流産処置 1 回 凍結融解胚移植で妊娠成立, 妊娠経過に異常なしバースセンターでの出産を希望し, 妊娠 24 週から助産師外来を受診 40 週 3 日で陣痛発来し, 入院 順調に進行し,3,110g の児を自然出産 会陰裂傷 Ⅱ 度, 分娩所要時間第 1 期 12 時間 25 分, 第 2 期 42 分 20
分娩後からの経過 15:00 分娩 出生児の呼吸状態が安定しており, 早期母児接触実施 15:20 分娩後 20 分経過するも, 胎盤剝離徴候なし 15:25 胎盤娩出を促すため, 導尿実施 15:30 子宮底部を輪状マッサージしつつ臍帯牽引実施 15:42 胎盤自然娩出 血圧 104 /62mmHg, 脈拍 80 回 / 分, 意識清明 この時点で出血量 620mL, 分娩第 3 期 37 分 15:45 医師報告基準の 分娩時出血量 500mL 以上 と 分娩第 3 期遷延 に該当するため, 医師に報告 15:50 医師が来棟し診察 持続出血なく経過観察可との指示あり, 医師は退室 16:00 助産師による裂傷縫合開始 16:20 裂傷縫合中, 子宮腔内よりタラタラと持続的な出血あり 意識清明ではあるが顔色蒼白が見られ, 気分不快の訴えもあり 血圧 62 /35mmHg, 脈拍 111 回 / 分 助産師は,SI=1 以上であることから出血性ショックを疑って医師に連絡, 至急来棟依頼 16:24 医師 2 人が到着 点滴ルートを2 本キープし,1 ルートからはヒドロキシエチルデンプン70000 輸液 ( 代用血漿 体外循環希釈剤 ), もう1つのルートからはL- 乳酸ナトリウムリンゲル液 1,000mL( 細胞外液 ) にオキシトシン10 単位を混注して投与 経腟超音波を実施し, 子宮内に胎盤残存の可能性ありと診断 周産期センターに移動して精査および処置が望ましいと判断 本人と夫にインフォームド コンセント実施 16:40 ストレッチャーにて医師と共に周産期センターに移動 この時点での血圧 90 /45mmHg,SpO 2 98%, 脈拍 96 回 / 分 胎盤娩出後からの出血量 780mL, 分娩直後からと合わせると計 1,400mLの出血 周産期センター移動後の経過 再度超音波検査にて精査したところ, 子宮体下部から子宮頸部にかけて胎盤遺残が判明 用手剝離および掻爬術施行 掻爬後いったん出血は落ち着いたが,2 時間後に再び剝離部より多量出血あり 止血目的で子宮腔内にバルーンタンポナーデを実施 この時点で出血量 3,280mL ヘモグロビン3.8g/dL, フィブリノーゲン 162mg/dL, 血小板 11.8 万 μl のため, 赤血球液 8 単位, 血漿製剤 4 単位が投与された 産後 1 日目以降は出血は減少し, バイタルサインも安定 子宮腔内の留置バルーンを抜去し, 離床を開始した 産後 2 日目は, ヘモグロビン値 8.8g/dLまで回復し, 育児行動もとれるようになってきた 同日, 医師許可のもとバースセンターに移動し母子同室となった 産後 6 日目に母子共に退院した 退院後の経過 産褥 1カ月健診は医師外来で実施 出血が時々あるとの訴えあり 超音波検査で子宮内腔に胎盤遺残が認められ, 再入院して掻爬術実施となった 掻爬後は出血消失し, 分娩から約 50 日後に終診となった 事例の振り返り 本事例では, バースセンター助産師が産後過多出血のため2 度医師に報告し, 医師は2 度とも来棟している 21
1 回目の時点ではバイタルサインの異常はなく, 胎盤も自然に娩出され, その後も持続的な出血が見られていなかったため, 医師判断で経過観察となっていた 2 回目は, バイタルサインの異常と全身状態悪化から, 助産師は出血性ショックを疑って医師に報告し, 至急来棟を依頼している 助産師の報告から, 血圧低下でショック状態と判断した医師は, 同僚医師に連絡を取って医師 2 人で来棟した その後は産科危機的出血の対応フローチャートに基づき, 医師と助産師が役割分担し, 周産期センターへの移動はスムーズに行うことができた 産後過多出血の前兆を見逃さないという視点から, 本事例の助産師の対応で振り返るべき点は2つあると考える 1つ目は,1 回目の医師報告から2 回目の医師報告までの約 20 分間の助産師の対応である この間に, 子宮腔内での出血は徐々に進行していたと考えられる 裂傷縫合中, 産婦は意識清明で助産師との会話はそれまでと変わらずできており, 外出血も見られていないことから, 助産師の中では異常出血への認識は薄らいでいた 胎盤娩出後に一度医師に状況報告していたことも, 危機的認識の低下の一因にあったと言える そのため, 産婦に対し継続的なバイタルサイン測定はしていなかった 今振り返ると, 胎盤娩出までに30 分以上時間がかかっていたことや, 分娩直後の出血が620mLであったことから, その後も出血が持続するリスクが高いと考え, 胎盤娩出後の母体の観察を継続的に注意深く行うべきであった 2つ目は, 胎盤娩出直後に胎盤実質や卵膜 の欠損がないかどうかを確認することの必要性である 今回のケースは胎盤娩出まで30 分以上時間を要したが, 胎盤は自然娩出されており, その時点で助産師は胎盤異常を疑っていなかった 胎盤娩出直後に行う胎盤や卵膜の一時検査で欠損が分かっていれば, その後の出血に対する注意認識も違っていたのではないか, と振り返る 無事に元気な児が生まれた後も, 胎盤娩出介助や胎盤観察までの一つひとつの行為を確実に行っていくことは, 母体の安全を守る上で大切なことである まとめ 院内助産で実際に経験した産科危機的出血事例を通して, 正常分娩から異常分娩へと逸脱する時の助産師の観察や判断, 対応について振り返った ポイントは, 分娩中の産婦のそばに常に寄り添いながら分娩予測を立て, わずかな変化を見逃さないよう努めること, 異常発生時の第一発見者は自分であるという認識を持ち, 迅速かつ的確にマンパワーの確保と医師への報告を行うことである 本稿が院内助産での緊急時対応の検討のお役に立てたら幸いである 参考文献 1) 真野真紀子 : 院内助産事例紹介 2: 病院編 名古屋第一赤十字病院, ペリネイタルケア,Vol.38,No.2, P.120 125,2019. 2) 真野真紀子 : 医師と助産師の信頼と協力が鍵となる院内助産システム, 日本看護協会編 ; 平成 28 年版看護白書,P.32 44, 日本看護協会出版会,2016. 3) 日本産科婦人科学会他 : 産科危機的出血への対応指針 2017,P.1 4,2017. 4) 日本産科婦人科学会, 日本産婦人科医会 : 産後の過多出血の予防ならびに対応は? 産婦人科診療ガイドライン 産科編 2017,P.214 219,2017. 5) 大島和美他 : 院内助産で分娩管理を行った生殖補助医療 (ART) 妊婦の産後過多出血の検討, 日本助産学会誌,Vol.32,No.2,P.169 177,2018. 22
母性看護学 助産学実習の実際と臨地実習指導者の役割 飯田市立病院の概要 長野県飯田下伊那地域は, 長野県の最南端に位置し, 中心となる飯田市とその周辺 13 町村で構成され, 人口は約 16 万人である 当院は飯田下伊那二次医療圏にあり, 認可病 床数 423 床 ( 一般病床 423 床 うち救急病棟 科医 6 人, 小児科医 5 人, 助産師 45 人 ( う 9 床,ICU4 床,NICU3 床 ), 診療科数 32 科 の公立病院である 周産期センター棟の概要 当院は飯田下伊那地域で出産できる唯一の 病院で,2000 年に地域周産期母子医療セン ターとして認可され,2014 年 1 月に周産期 センター棟が新設された 周産期センターは, 産婦人科外来, 助産師外来, 分娩部, 妊婦管 理, 産褥管理病棟である西病棟と,NICU, 新生児管理病棟である東病棟に分かれている 2017 年の分娩件数は 1,333 件, うち経腟 分娩は 1,159 件, 帝王切開 174 件 ( 帝王切開 率 12.8%) であった スタッフは, 産婦人 ち臨時職員 6 人 ), 看護師 14 人, 看護補助者 5 人で構成されている アドバンス助産師取得者は20 人, 臨地実習指導者は助産師 3 人 ( うち1 人は2018 年取得 ), 看護師 1 人が配属されている 勤務体制は変則 2 交代 (8: 30 ~ 19:45,19:00 ~ 翌 9:00), 看護提供方式は1986 年より固定チームナーシングを導入している 私は, 西病棟で主に分娩管理のチームに所属している 周産期センターの目標を表 1に示す 実習の受け入れ概要 当病棟では, 女子短期大学の母性看護学実習, 助産学実習, 地域保健学科を受け入れている 実習指導者の選定と育成選定 実習期間を通して臨地実習指導者を専任スタッフとして配置したいと考えているが, 勤務上困難であるため日替わりになることもある 母性看護学実習の指導者は当院での母性領域臨床経験が1 年以上あること, 助産学実習の指導者は当院分娩室業務経が3 年以上で 59
容などを発表し合い, 次年度の実習について打ち合わせを行う また, 実習開始前の4 月には, 教員と看護師長, 臨地実習指導者が再度集まり, 今年度の実習目的, 目標, 内容, 実習期間やスケジュール, 実習生の人数などについて確認をする 実習指導の実際 日々リーダーとしての業務が担えることとしている このほかに, 分娩室担当 ( 通常 2 人配置 ) の1 人を実習指導担当者として配置している 当院の外来担当助産師は助産師 5 年以上の経験者であることから, 産科 助産師外来実習ではスタッフ全員で学生指導を担当している 育成 臨地実習指導者となるスタッフは, 長野県看護協会主催の看護学生等実習指導者養成講習会を受講していなければならない 受講要件は, 県内の保健師 助産師 看護師または准看護師養成所などの実習施設に勤務する実習指導者および将来実習指導予定がある実務経験 5 年以上の保健師 助産師 看護師である 当院周産期センターには, この講習会を修了した助産師 3 人, 看護師 1 人が配置されている 事前準備や学校側との調整 毎年 3 月に行われる実習指導者連絡会議では, 短期大学の教員 ( 以下, 教員 ) と実習関連施設の臨地実習指導者が集まり,1 年間の実習のまとめや実習領域ごとの実習状況 内 学生のレディネスの共有 最近は, 心の病を抱えている学生も少なくない 看護師を目指していても, 人とコミュニケーションを取ることに苦手意識を持っている学生もいる また, 記録が書けない, 実習が始まると体調を崩しやすいなどの理由で実習の単位を修得できず留年している学生もいる そこで, 指導やかかわりに工夫を要する学生の情報を全スタッフが把握できるように, 教員から情報を得ると共に, 学生には実習開始前に 学生プロフィール ( 資料 1) を提出してもらっている 受け持ち患者の選定母性看護学実習 実習に適した褥婦が入院期間と実習期間が合うように選定している しかし, 褥婦の入院期間は4~5 日である上, 実習開始日が産後 0~1 日目とは限らず, 受け持ち褥婦が実習終了前に退院することもある その場合, 残りの実習日は切迫早産管理入院中の分娩監視装置の装着や検温の見学などを計画し, 実施している 母性看護学実習では, 他領域と比べて清潔ケアなどの看護技術を実施する機会が少ない しかし, 沐浴や分娩監視装置の装着, レオポルド触診法などについては学内で演習を 60
行ってきているため, 看護学生が少しでも看護技術を実施できるように配慮している 助産学実習 産婦やその家族から受け持ちすることの同意を得られたローリスク妊婦であり, かつ妊娠 24 週ごろ~ 産後 1カ月の1 症例を継続症例としている 実習前オリエンテーション 母性看護学実習, 助産学実習共に オリエンテーション用紙 を使用し, 主に臨地実習指導者が実施している 内容は, 部署目標や部署の特徴, 看護体制とチーム分け, 患者日程, 実習における心構えなどである どの学生も緊張した表情をしているため, 産科病棟は おめでとう の言葉が飛び交い, 新しい命と家族が誕生する素晴らしい場所であること, 出産や授乳を見学して母親の強さ, 優しさ, そして 赤ちゃんってかわいい という気持ちを大切に体験してほしいことを伝えることにしている これにより, オリエンテーション終了時には, 多くの学生が笑顔になっている 臨床でのかかわり母性看護学実習 受け持ち患者が母子 2 人である上, 短期間の実習の中で学生と褥婦とが人間関係を構築するのは容易ではない また, 受け持ちになることに褥婦が同意していても, 授乳見学や分娩, 退院診察の見学など産科特有のプライバシーに配慮しながら看護技術を支援するのは難しい こうした状況の中, 学生の多くは, 刻々と変化する新生児の胎外生活への適応や母親の乳房状態の変化についていけず, 看護展開に苦労している 前日の褥婦と新生児の状態からアセスメントし立案した看護目標 計画や行動目標が翌日生かせないことも少なくない このような時, 指導者はまず学生の考えを傾聴し, その上で何が必要なのかを一緒に考えることを大切にしている 日々実習指導担当者が代わることもあるので, 前日の学生の様子や学生に指導した事柄が, 翌日の学生の看護目標や行動計画に反映されているかを教員と共に確認している 実習記録は学生にとって学びが大きいだけでなく, 実習へのモチベーション向上につながると言われている その実習指導担当者は, 翌日学生にその記録を戻すまでに目を通し, 記録内容の良い部分に を記入したり, 知識や技術不足の点はヒントを与えるようなコメントを残したりしている 実習お疲れ様でした ここが良かったです というメッセージを添えているスタッフも多い 実習最終日には, 看護学生と教員, 臨地実習指導者あるいはリーダー業務担当スタッフでカンファレンスを行う 実習の感想や反省と共に, 学生がテーマを決めて意見交換をする 内容は, 授乳についてトラブルや悩みを抱える褥婦に看護学生ができる支援 褥婦の休息や睡眠を確保するためのかかわり方 などさまざまで, 指導者として学生にアドバイスをする 実習を1クール終えた翌週には, 母性看護学実習を終えスタッフが行った学生指導の評価 ( 資料 2) として, 教員に実習に関する看護学生の意見の聞き取りを行ってもらっている 内容は, スタッフの実施した学生指導の中で良かったこと, 改善してほしいことである 看護学生の意見として, これまでに 報告の際は聞くだけでなく, 聞き返し指導してくれたので知識が深まった 分からないこ 61
とを質問すると, 忙しいのに手を止めて丁寧に教えてくれて理解することができた 昨日よりできるようになったねと言われたことがすごくうれしかった カンファレンスの際に自分たちの良かった点や悪かった点を伝えてくれたので, 次の実習につながると思えた など肯定的な意見をいただいている 病棟定期カンファレンスでは, 臨地実習指導者がこうした声を発表しており, 実習指導担当者のモチベーションアップにつながっている 助産学実習 助産学生が受け持った分娩を, 指導担当した助産師と1 例ずつ振り返りを行っている その際は分娩介助評価表を使用するのだが, 以前使用していた分娩介助評価は, 分娩第 1~ 4 期のポイントを評価項目とし, それに対してA~C 判定で評価するというもので, 達成目標があいまいであった 指導担当者からも 評価項目に対して, 何例目までにどこまで達成すればよいのか分からない 評価項目が大雑把で評価点をつけにくい という意見が出されていた そこで, 実習指導担当者と臨地実習指導者, 教員で話し合い, 評価項目を詳細にし, 例数による到達目標と点数を決めた ( 資料 3) これにより, 助産学生も実習指導担当者も評価しやすくなり, さらに学生が課題を見いだせるようになってきた 分娩室実習中には新生児受けも担当するため, 臨地実習指導者がアシスタントとなり, 実習の中盤には全助産学生がNCPR を受講し 新生 62
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児蘇生法 のAコース修了認定を受けている 1 例目の分娩介助実習は日勤帯のみとし, 全学生が1 例目を終了した時に助産学生, 教員, 臨地実習指導者でカンファレンスを行っている その中で反省や今後の課題を見つけ,2 例目から24 時間実習を開始する 分娩介助 4 例目終了時には2 回目のカンファレンスを実施し, 助産学生が担当した分娩の症例を検討し, 学生間で症例を共有して学びを深めている 7 例目終了時には助産学生と教員でカンファレンスを実施し, 実習終了時には助産学生, 教員, 臨地実習指導者で, 実習全体の振り返りや学び, 課題について最終カンファレンスを実施している 24 時間実習になると, 学生は病院内で待機して常に緊張状態になるため, 臨地実習指導者は学生の体調面も含め, 常に教員と情報共有できるように心掛けている まとめ 今後の課題 臨地実習指導者の役割は, 学生にとって臨床でしか経験できない貴重な機会であり, もれなく学んでもらえるよう, 実習指導担当者や教員との連携, 連絡をしっかり取ることが重要である 小林 1) は 看護基礎教育では, 看護実践能力の強化が求められているが, 母性看護学実習の指導者は, 母性看護を体験し, その魅力を感じてもらう事に重点を置いている とされ, さらには当院のように, 母性看護学実習と助産学実習を同時に受け入れている場合, 助産師である実習指導者は看護学生に対して, 高度な能力を求めてしまうこともあるかもしれないが, 指導前に看護学生の実習における到達目標を再確認し, 指導に当たる必要があると考えられる と述べている 看護学 生においては, 妊産婦や新生児の看護を通し て, 母性に興味を持ち, 命の大切さや両親の 子どもに対する思いなど, 母性実習でしか学 ぶことのできないさまざまな事柄を経験して ほしいと考えている 臨地実習指導者は, 助 産学実習においては, この思いを根本に助産 師としての知識と技術の習得を目指せるよう 指導にあたっている 先にも述べたが, 学生の中には指導やかか わりに工夫を要する学生も少なくない 臨地 実習指導者は, 日本看護協会の研修でコーチ ング技法を学び, その後も不定期で関連した 研修も受講している これらから学んだこと は病棟の学習会を通してスタッフ全員で共有 し, 学生とのかかわり方を学ぶことが重要で あると考える さらに, 毎月開催される院内 の臨地実習指導者会では, 学生指導に関する 事例報告を行い, 各病棟間で情報共有に努め ていく必要もある 実習指導担当者が学生指導を通して日々の 看護を振り返る機会となること, 多忙な業務 の中であっても, 後輩育成として学生指導に やりがいが感じられるように働き掛けること も臨地実習指導者の役割でもある 今後も教 員と連携をとり, 学生においても, 実習指導 担当者においても適した実習環境となるよう に努めていくことが課題である 引用 参考文献 1) 小林美穂 : 助産師である実習指導者が母性看護学実習の実習に抱く思い A 施設におけるインタビューより, 日本赤十字看護学会誌 Vol.16,No.1,P.47 ~ 52,2016. 2) 川崎郷子他 : 母性看護学実習における学生の自己肯定感を高める要因に関する研究 実習における学生の経験との関連, 日本看護協会看護教育研究センター教育研究部学会係編 : 日本看護学会論文集 ( 第 36 回看護教育 ),P.131 ~139, 日本看護協会出版会,2005. 3) 芳賀亜紀子他 : 母性看護学実習に導入した保育園実習における看護学生の学びの検討, 長野県母性衛生学会誌,Vol.15,P.11 ~19,2013. 64
LGBT の子どものライフプランへの支援 : 結婚 性教育の中でライフプランを考える 恋愛, 結婚, 妊娠, 子育てには, いろいろ な選択肢がある 仕事をすること, 結婚する こと, 子どもを持つことなどは, 誰かに強制 されることではなく, 自身で選択しなくては ならないし, すべきでもある しかし, 社会 に出る前に, 自身のライフプランを考える機 会は多くないと考えられる もちろん, ライ フプランを考えても, その後に気持ちが変 わったり, 予測しない事態が起こったりする こともある 運命もあるかもしれないが, 自 身で選択できることも多い 思ったとおりに はいかないのが人生ではあるが, 知らな かった 誰も教えてくれなかった と後悔 するのは嫌だと思う人は多いであろう 岡山県では, 中学生や高校生に妊娠と出産 に関する適切な情報を提供し, 将来のライフ プランを考えてもらうことを目的に, 未来 のパパ & ママを育てる出前講座 を開催して いる 依頼を受けて, 私の研究室でも, まん が本 ( 資料 1) 1), パンフレット ( 資料 2) 2), 動画 ( 資料 3) 3), パワーポイントのデータ などの啓発教材を作成し, 提供している ま た, これらの教材を使用した上で独自の工夫 をしてもらい, 学校現場で講演などを行う講 師を養成する研修セミナーを開催している 出前講座を担当する講師に登録しているの は, 助産師, 看護師, 産婦人科医, 養護教諭 などである このような一連の岡山県の取り 組みは, 全国知事会の優秀政策にも選ばれた 中学生や高校生が必ず受ける性教育や保健 教育の中で, 子どもたちにライフプランを立 ててもらうことが重要である 社会に出る前 に, 仕事, 結婚, 子どもを持つことなどにつ いて考えてみることで, 望まない妊娠 ( 予期 しない妊娠 ), 望まない晩婚化, 晩産化を回 避しやすくなる可能性がある もちろん, 結 婚するように, 子どもを産むようにという教 育ではなく, 選択肢を知ること, 自分で考え ることが目標となる LGBT の子どものライフプランは? このような妊孕性の啓発やライフプランを 立てることを目指す教育をしようとしている 中学校, 高校の中には,LGBT の子どもも存 在している しかし, 現在の日本における LGBT の子どもは, 将来のライフプランを描 114
資料1 まんがで読む 未来への選択肢 内容 未来について考えてみよう Case①20代で出産 専業主婦に Case②30代で出産 働くママに Case③キャリアウーマン 40代で出産 不妊は思春期から予防できる 卵子の老化 の記事を読んだ主人公は くことができるのであろうか 残念ながら 資料2 パンフレット 知っておきたいシリーズ① ④ 現時点では 学校へ行くことができるか 自 殺せずにいられるか 進学や就職ができるか というような視点での支援が始まったばかり である 4 実際 LGBTの子どもへ その先 のライフプランに関する情報を提供するどこ ろではない状況かと思われる しかし 将来 に光が見えないままで 今の困難な状況だけ に対応しても有効とは言えない ①いのちのはじまりの旅 ③妊娠 出産 子育て事情 ②年齢と卵子や精子のかんけい ④出生前診断 それでは 学校の中で性教育や保健教育を 担当する助産師 産科医などは LGBTの子 資料3 リプロトーク 未来について考えよう どもに対して 結婚や子どもを持つことを伝 えることができるであろうか ここからは LGBT当事者が結婚したり 子どもを持った ᩍ 5 6 りすることについて考えてみる ゲイ レズビアン当事者の結婚 2019年2月 日本において 同性婚がで 䝸䝥䝻 7$/. きないことは違憲 として 札幌 東京 名 古屋 大阪の4地裁で 13組の同性カップ ルが一斉に国を相手に裁判を起こした7 世 YouTube上で公開中 臨床助産ケア スキルの強化 Vol.11 No.3 115
界的に見ると,2001 年に初めて, オランダ で同性婚が認められた その後も, 同性婚を 認める国は増加している 8) 一方, 宗教上の 理由などで, 同性愛を認めていない国も多く 残っており, 犯罪としている国も見られる 日本においては, 現時点では同性婚は認め られておらず, ゲイやレズビアンのカップル では, 例えば, 遺産や保険金の受け取りがで きないなどの状況がある また, 医療機関に おいては, 手術同意書などへの署名ができな かったり, 集中治療室 (ICU) などでの面会 の許可が得られなかったりしている さらに, 企業においても, 配偶者がいる場合に適用さ れる休暇や各種手当を取得できないなど, 異 性愛カップルが結婚することで得ている各種 の権利を得ることができない状況がある このため, 日本においても, 同性婚と比較 すると法的な立場は弱いものの, パートナー シップ制度を導入する自治体が現れている 2015 年 11 月, 東京都渋谷区, 世田谷区で導 入されて以来, 札幌市, 那覇市, 福岡市, 大 阪市, 千葉市などの自治体が次々に導入し, 現時点で政令指定都市の約半数が検討に入っ ているとされる 同性婚とは異なり法的な拘 束力はないものの, パートナーシップ証明が あれば, 一部の医療施設や保険会社は戸籍上 の夫婦と同様の対応をしている また, 一部 の企業は, パートナーシップ証明を持つ従業 員に対して, 配偶者を持っている場合と同じ 取り扱いを始めている トランスジェンダー当事者のパートナー トランスジェンダー当事者は, 心の性 ( 性 の自己認識 : 性自認 ) は女性, 身体の性 ( 生 物学的性 ) は男性であるMTF(Male to Female) 当事者 ( トランスウーマン ) と, 心の性は男性, 身体の性は女性であるFTM(Fe male to Male) 当事者 ( トランスマン ) などに分類される 4) トランスジェンダー当事者は性自認の視点で見ると少数派ということになるが, その性的指向 ( 好きになる性 ) の状態を問わない トランスジェンダー当事者のうち, 医療的対応を希望してジェンダークリニックを受診する性同一性障害当事者を見てみると, ほとんどのFTM 当事者の性的指向が女性に向いているのに対して,MTF 当事者の性的指向は男性 ( 異性愛 ), 女性 ( 同性愛 ), どちらにも向く ( 両性愛 ), 低性欲など多様である 9) このため, トランスジェンダー 性同一性障害当事者のパートナーの性別は, 必ずしも一様ではない FTM 当事者のパートナーは女性であることが多いが,MTF 当事者では, パートナーは男性であったり女性であったり, またパートナーを持たなかったりする 性同一性障害当事者の結婚 戸籍の性別などの社会的に割り当てられた性 (assigned gender) は, 原則として出生時の身体の性に従って決定される また現在, 日本において, 同性婚は認められていない 上述の通り, ほとんどのFTM 当事者の性的指向が女性に向いているのに対して,MTF 当事者の性的指向は女性, 男性のどちらにも向くことがある このような状況を考えると, 性同一性障害当事者は, 自身の性的指向に沿ったパートナーと結婚できる場合もあるが, 結婚できない場合もあることが分かるであろう FTM 当事者の多くは, 性別適合手術 ( 性腺 116
などの摘出 ) を行い, 特例法 ( 性同一性障害 者の性別の取扱いの特例に関する法律 ) によ り, 戸籍の性別を男性に変更することで女性 と結婚している 少なくとも, 治療を希望し てジェンダークリニックを受診する FTM 当事 者においては, 戸籍の性別変更を行わないま ま, 自身の性的指向に沿って結婚する例は少 ない しかし,MTF 当事者の中には, 戸籍の性別 変更を行わずに結婚している場合も少なくな い 男性として生きていかないといけない 家を継ぐ子を持つため などの思いで, 誰 にもカミングアウトすることなく ( もちろ ん, 性別適合手術を受けることなく ), 女性 と結婚する例, 子どもを持つ例が見られる また,MTF 当事者が, 自身の性別違和感を 解消するために性別適合手術を受けて戸籍の 性別変更を行い女性となった場合, 性的指向 に沿って男性パートナーとの結婚もできるよ うになる例もある一方で, 性的指向が女性で あるため, 結婚ができなくなる例もある こ のような場合には, パートナーと普通養子縁 組で家族となる MTF 当事者も見られる 日本で広がっているパートナーシップ制 度, さらには同性婚は, ゲイやレズビアン当 事者の結婚という視点から議論されている が, 性同一性障害当事者の一部にも困難を解 消できる例があると考えられる 性同一性障害当事者が家族を持つ 性同一性障害当事者が戸籍の性別変更をし て結婚した後に, 父親や母親になる例として, 子どもを持つパートナーとの結婚 という 状況がある FTM 当事者の中には, 性別適合 手術を受けて戸籍の性別を男性に変更し, 女性と結婚する例は多い この時にその女性が子どもを持っていれば, 結婚と同時に父親となる しかし, 岡山県新庄村に住み, 身体の性は女性であるが, 男性として生きたいと思たかきーとう性同一性障害の臼井崇来人さんの場合には少し状況が異なっている 10) 臼井さんは, 幼いころからスカートをはくのが嫌で, 女性扱いされることに違和感を持っていた 2013 年に性同一性障害との診断を受けた後, 周囲にカミングアウトし,2014 年には改名, 男性ホルモン療法も開始した その後, パートナーの女性と知り合い, パートナーの子どもと共に3 人で暮らしている 結婚して父親になるための裁判 2016 年 3 月, 法的な家族となるため, パートナーとの婚姻届を岡山市北区役所に提出したが受け取ってもらえず, 岡山家裁への不服申し立ては 女性同士の婚姻は不適法 として不受理となった このため, 戸籍上の性別変更を求める審判を岡山家裁津山支部に申し立てた 2018 年 12 月 22 日, 岡山大学鹿田キャンパスで私たちが開催した公開シンポジウム 様々な家族のカタチ :LGBTと家族形成 では, 妻と8 歳息子と家族 3 年目のトランスジェンダー と自己紹介をした臼井崇来人さんが登壇し, 私たちの考える 家族の条件 とのタイトルで自身の気持ちを語った 臼井さんは, 健康な身体を傷付けることや身体的特徴で性別を判断されることに疑問を感じて手術を受けていない 特例法があり, 手術すれば結婚できる ため迷う思いもあるが, 自身の素直な気持ちを変えて, 法律に 117
合わせるのは何か違う気がすると述べている 2014 年, 世界保健機関 (WHO) などは, 戸籍の性別変更に手術要件を入れることは人権的に問題があるとの見解を示しており,2017 年, 欧州人権裁判所も同様の判断を示している 世界的にも, 性別変更の要件として性別適合手術を含めない国が増加している 臼井さんが 特例法の手術要件は憲法が定める自己決定権の侵害に当たる として, 戸籍上の性別変更の要件緩和を求めた申し立ては,2017 年 2 月, 特例法の要件をどうするかは国会の裁量 憲法に違反するほど不合理とは言えない として一審で却下された 広島高裁岡山支部も臼井さんの即時抗告を棄却, 臼井さんは最高裁に特別抗告していた 最高裁の判断は? 先述のシンポジウムの時点では, 最高裁の判決を待っていた状況であったが,2019 年 1 月 23 日付で, 最高裁第 2 小法廷 ( 三浦守裁判長 ) は 特例法は現時点では合憲 とする初めての判断を示し, 特別抗告を棄却した 特例法の性別適合手術に関する規定は, 変更前の性で子どもが生まれた場合に親子関係に混乱が生じることや, 日本では生物学的な性別で男女の区別がされてきた中で社会の混乱が生じることを避けるための配慮であるとしている 一方, 判決に関与した裁判官のうちの2 人は補足意見で, 特例法施行から7,000 人超が性別変更を認められており, 多くの分野で性自認 ( 心の性 ) に沿った対応を受けられるようになっている実態を指摘し, 特例法の規定は憲法違反とまでは言えないものの, その疑いが生じていることは否定できない とし た 今後, 特例法の手術要件に関する議論が 進むことが期待されている * * * 次回は, 学校の中に存在しているトランス ジェンダーを含む LGBT の子どもに, 将来の ライフプランを考えてもらうために, 助産師 が知っておくべき結婚, 妊娠, 子どもを持つ ことについて, さらに考えてみる 社会に出る前に, 恋愛, 結婚, 妊娠, 子育てなど, 自身のライフプランを考え ることは重要である 学校教育の中で助 産師が取り組む課題の一つであるが, 日 本は LGBT の子どもが将来のライフプラン を描くことができる社会になっていない 同性婚に比較すると法的拘束力はない ものの, パートナーシップ制度を導入す る自治体が増加している 性同一性障害 当事者においては, 性別適合手術 ( 性腺 などの摘出 ) を行うことで戸籍の性別を 変更し, 結婚する例が増加している し かし, 性別適合手術を行うことを希望し ない例では結婚することができないこと が多い 最高裁は, 特例法の手術要件 は現時点では合憲 であるが, 違憲の 疑いが否定できない とした 引用 参考文献 1) 中塚幹也 : ライフプランを考えるあなたへまんがで読む 未来への選択肢, 岡山県妊孕性等普及啓発標準プログラム 等作成事業,P.1~40,2015. 岡山大学大学院保健学研究科中塚研究室ホームページ (http://www.okayama-u.ac.jp/user/mikiya/) からダウンロード可能 2) 中塚幹也 : パンフレット 知っておきたいシリーズ 1~4,2015. 中塚研究室ホームページからダウンロード可能 118
3) 中塚研究室 : リプロトーク未来について考えよう (YouTube) https://www.youtube.com/channel/uczqt6hoabkp 4PRRnS1Td7Bw で視聴可能 4) 中塚幹也 : 封じ込められた子ども, その心を聴く 性同一性障害の生徒に向き合う ( 新書版 ), ふくろう出版,2017. 5) 中塚幹也 : 性の多様性に対する生殖医療の役割, 医学のあゆみ,Vol.263,No.4,P.349 ~351,2017. 6) 中塚幹也 : 性同一性障害当事者と家族形成, 母性衛生,Vol.58,No.4,P. 学 3~ 学 8,2018. 7) 北沢拓也, 山下知子, 杉原里美, 大貫聡子, 仲程雄平, 二階堂友紀 : 同性婚認めないのは 違憲 カップル 13 組が一斉提訴, 朝日新聞デジタル,2019 年 2 月 15 日. https://www.asahi.com/articles/asm2h4j5wm2hu BQU009.html(2019 年 3 月閲覧 ) 8) 中塚幹也監修 : 個 性 ってなんだろう? LGBT の本,P.100 ~101, あかね書房,2018. 9) 中塚幹也, 江見弥生 : 思春期の性同一性障害症例の社会的, 精神的, 身体的問題点と医学的介入の可能性についての検討, 母性衛生,Vol.45,No.2,P.278 ~ 284,2004. 10) 山陽新聞 : 性別適合手術不問へ要件緩和訴え上級審判断待つ新庄の臼井さん,2017 年 7 月 4 日. http://www.sanyonews.jp/article/557953/1/(2019 年 3 月閲覧 ) 119