僕 が 生 まれた 時 父 母 兄 (3 才 年 上 )と 僕 の 4 人 家 族 で 長 野 県 の 岡 谷 市 という 諏 訪 湖 の 近 くにある 工 業 が 盛 んな 街 で 生 まれました 小 学 生 から 高 校 生 までは ずっとこの 地 で 育 ちました 小 学 生 時 代 とにかく 体 を 動 かすことが 大 好 きで いつも 泥 まみれで 家 に 帰 り 母 親 に また 服 を 汚 して~!( 笑 ) と 言 われる 毎 日 でした また 好 奇 心 旺 盛 な 性 格 で 虫 や 動 物 に 興 味 をもつようになり 兄 と 一 緒 に 帰 り 道 にいたトンボやバッタなどを 家 に 持 って 帰 って かごの 中 で 育 てている 1
典 型 的 な 田 舎 の 少 年 でした 勉 強 に 関 しては 特 に 親 に 強 要 されることなく やりたい 時 にやればいい! と 育 てられたので ほとんどしていません そのため 成 績 は5 段 階 中 の2が ほとんどを 占 め 体 育 や 図 工 のみ 5という 状 態 でした この 頃 勉 強 しなかったことが 響 いて 今 でも 漢 字 が 苦 手 です( 笑 ) 3 年 生 になると 2 人 部 屋 で 兄 と 一 緒 に ファミコンをするようになりました また 親 にバレないようによく 電 気 を 消 して 真 っ 暗 な 部 屋 の 中 で 朝 までファミコンをしていたせいで 2
視 力 がドンドン 低 下 し 4 年 生 の 頃 からメガネをかけるように なりました 中 学 生 時 代 運 動 が 好 きだったことと 兄 が 野 球 をしていた 影 響 で 野 球 部 に 入 りました 毎 日 部 活 が 楽 しくて 小 学 生 時 代 に 続 き 全 く 勉 強 はせず 野 球 漬 けの 毎 日 でした 部 活 から 家 に 帰 っても 素 振 りの 練 習 をしたのですが この 頃 は 毎 日 父 が 様 子 を 見 て アドバイスしてくれていました 時 々 父 が 投 げた タバコのフィルターを 打 ち 返 すという 練 習 をしていたのですが これがなかなか 難 しくて 父 と 一 緒 に どうしたらうまくなるかを 考 えながら 日 々 練 習 していました 3
その 結 果 2 年 生 の 終 わりに レギュラーに 昇 格 し 3 番 打 者 に 指 名 されました この 時 は 父 が 本 当 に 喜 んでくれたのを 覚 えています ですが この 直 後 の 練 習 試 合 中 デッドボールが 手 の 小 指 にあたり 骨 折 してしまいました そのため レギュラーから 外 され 父 や 母 が 応 援 しに 来 る 予 定 だった 試 合 には 出 場 することができなかったのです この 時 は 本 当 に 悔 しくて 夜 に 部 屋 で 一 人 涙 をながすこともありました 小 指 の 骨 折 が 治 ると 今 まで 以 上 に 練 習 をして レギュラーの 座 を 奪 い 返 しました 4
3 年 生 になり みんなが 受 験 勉 強 をしている 時 にも プロ 野 球 選 手 になる! と 決 めて 勉 強 は 一 切 せず とにかく 野 球 で 有 名 な 高 校 に 入 学 することしました 高 校 生 時 代 野 球 で 有 名 な 高 校 に 推 薦 ではなく 普 通 に 受 験 して なんとか 入 学 することができました ですが プロ 野 球 選 手 も 数 名 輩 出 している 高 校 だけあって 中 学 時 代 3 番 打 者 を 任 されていた 僕 の 自 信 は すぐに 打 ち 砕 かれました これまで 唯 一 自 信 を 持 っていた 野 球 で 井 の 中 の 蛙 だったことを 体 感 した 僕 は 入 学 からたった 半 年 間 で 逃 げるように 野 球 部 を 退 部 それ 以 降 は 特 に 目 標 もなかったので 5
勉 強 することもなく バイト 生 活 がはじまりました 僕 の 人 生 観 を 変 える 出 来 事 勉 強 もせず バイトに 明 け 暮 れていた 高 校 2 年 生 の 頃 市 役 所 に 勤 務 し マジメを 絵 に 描 いたような 父 が 体 調 を 崩 して 仕 事 を 休 みました 自 分 自 身 に 厳 しい 父 だったので ちょっとくらい 体 調 が 悪 くても 仕 事 を 休 む 姿 は 見 たことがなかったので 母 からそれを 聞 かされた 僕 は 父 さんが 仕 事 休 むなんて 珍 しいね! と 話 をしていたのですが 2 日 目 も3 日 目 も 起 き 上 がれないくらい 体 調 が 悪 いらしく 仕 事 を 休 み 続 けました これには 家 族 全 員 が 6
父 が 普 通 の 体 調 不 良 ではない ということを 察 し 病 院 にいって 精 密 検 査 をしてもらうことになりました そこで 父 は 癌 だということが 発 覚 したのです しかも 治 療 することが 難 しいということでした それを 聞 いた 僕 の 頭 の 中 は 真 っ 白 になりました 僕 はその 時 まで 親 が 何 かをしてくれうことは 当 たり 前 で 特 に 感 謝 をしたこともありませんでしたし 父 の 日 にも 母 の 日 にも 何 もプレゼントをしたことはありませんでした そこではじめて 今 まで 父 に 迷 惑 ばかりかけて 何 もしてあげられなかった と 後 悔 し 7
父 はいつまで 生 きられるんだろう? これから 僕 は 父 に 何 かしてあげられるだろうか? と 考 えるようになりました そして 数 日 後 僕 は 学 校 を 休 んで 父 母 兄 僕 の4 人 で 家 族 旅 行 に 出 かけました この 時 温 泉 で 父 の 背 中 を 流 したり 今 までこっ 恥 ずかしくて 話 すことができなかった 思 い 出 話 を 父 と 話 すことができて 本 当 に 良 かったと 思 います そしてその 旅 行 からしばらくして 父 は 他 界 しました 高 校 卒 業 後 高 校 時 代 は 野 球 をやめ 勉 強 をせず 父 をなくして 無 気 力 だった 僕 は 8
高 校 を 卒 業 してから 半 年 間 以 上 家 の 中 に 引 きこもっていました さすがにこれはまずいと 思 った 母 に 背 中 を 押 されるように アルバイトの 面 接 に 行 かされ 週 3 日 は アルバイトをするようになったのですが それ 以 外 は テレビゲームをするか 寝 ているかの 半 ニート 生 活 を2 年 間 続 けました 20 歳 の 頃 ゲームをして 疲 れたら 寝 る そしてたまにアルバイトをするという 生 活 を 繰 り 返 していた 僕 は 気 がついたら 20 歳 になっていました 本 当 に 学 歴 もスキルも 何 もないまま 20 歳 になってしまったのですが それでも 僕 は 焦 ることはありませんでした そんな 時 高 校 時 代 の 同 級 生 で 9
沖 縄 にある 美 容 師 の 専 門 学 校 に 通 う 友 人 から そんな 生 活 しているなら 沖 縄 にくれば? と 声 をかけられ その 友 人 の 家 に 転 がり 込 みました 親 元 から 離 れれば 食 費 や 友 人 に 支 払 う 家 賃 も 必 要 になったので 昼 から 夕 方 まで 服 屋 でバイトをし 夜 はキャバクラの 客 引 きをして 生 計 をたてていました 時 には 海 にもぐったり 沖 縄 めぐりを 堪 能 したりと ほんとうに 楽 しかったのですが まわりの 友 人 は どんどん 就 職 をしていくのです それに 焦 りを 感 じた 僕 は 何 かを 始 めようと 考 えるのですが 何 もしたいことがありません そんな 時 に あるテレビドラマにハマります 10
それは ビューティフルライフ このドラマはSMAPの 木 村 拓 哉 さん 演 じる 美 容 師 が 主 役 だったのですが それを 見 た 僕 は かっこいいなぁ!! と 感 じ そんな 単 純 な 理 由 で 美 容 師 になることを 決 心 しました そこで 美 容 師 の 専 門 学 校 にいくために お 金 を 貯 めるため 長 野 県 の 実 家 に 戻 り 半 年 間 アルバイトをしてお 金 をためました 東 京 へ 上 京 普 通 美 容 師 は 高 校 を 卒 業 して 美 容 専 門 学 校 に2 年 間 通 って 美 容 師 免 許 を 取 り 20 歳 で 美 容 室 に 就 職 します 11
ですが その 時 僕 は 23 歳 で 美 容 師 免 許 なしという 状 態 で どこでも 雇 ってもらうことはできませんでした そこでたくさん 美 容 室 がある 東 京 に 上 京 すれば どこかで 雇 ってもらえるんじゃないかと 安 易 な 考 えで 東 京 に 出 てきました そして 意 外 とすんなり 東 京 と 千 葉 の 間 にあり ギリギリ 東 京 都 内 の 葛 西 という 場 所 の 美 容 室 に 採 用 されたのです 何 もなかった 僕 でも 採 用 してくださったオーナーと 店 長 には 今 でも 本 当 に 感 謝 しています ここでは 働 きながら 通 信 制 の 美 容 専 門 学 校 に 通 ったのですが 朝 6 時 からカットの 練 習 10 時 ~20 時 まで 営 業 時 間 中 はひたすら お 客 様 をシャンプー 12
20 時 から24 時 まで カラーやパーマの 練 習 という 毎 日 だったので 睡 眠 時 間 は3 時 間 程 度 でした さらに お 客 さんが 少 なければ お 昼 ごはんを 食 べることはできますが 土 日 のようにお 客 さんが 多 い 日 は 閉 店 後 に 一 食 目 を 食 べるという めちゃくちゃな 食 生 活 を 送 っていました そんな 生 活 をしながら 3 年 間 通 信 の 美 容 専 門 学 校 に 通 い なんとか 美 容 師 免 許 を 取 ることができました 通 学 は2 年 で 通 信 は3 年 で 美 容 師 免 許 がとれました 美 容 師 免 許 をとった 頃 働 いていたお 店 のオーナーが 13
変 わるということを 機 に 他 のお 店 に 移 ることにしました この 頃 なんとかアシスタントから スタイリストになり お 客 様 のカットに 入 ることが できるようになりました そして 僕 が 美 容 師 になろうと 決 心 した 時 一 つの 夢 がありました それは 母 親 の 髪 の 毛 を 切 ってあげることです それを 叶 えるため スタイリストになったことを 隠 し お 店 まで 母 を 呼 び 出 して スタイリストになったこと 髪 を 切 ってあげたいと 思 っていたこと を 話 したら 母 は 泣 いて 喜 んでくれました 14
そしてこの 時 お 店 のスタッフの 方 々も 手 伝 ってくれたのですが そのスタッフの 中 の 一 人 とお 付 き 合 いすることになります 30 代 になって 30 歳 を 超 えた 頃 には 美 容 師 としての 経 験 を 重 ね 普 通 に 生 活 出 来 るだけの 給 料 になりましたが 将 来 には 不 安 しかありませんでした というのも 美 容 師 は 年 齢 を 重 ねると 流 行 にうとくなったり 外 見 的 にも 女 性 受 けが 悪 くなるので 特 別 なスキルが 有 る 場 合 を 除 いては 指 名 のお 客 さんが 減 ってくる 傾 向 にあるのです そのため40 歳 を 過 ぎるまでに 自 分 のお 店 を 持 ってオーナーになるのが 一 般 的 なのです 15
ですが 実 際 自 分 のお 店 を 出 すためには 少 なくとも1 千 万 円 以 上 の 開 業 資 金 が 必 要 になります 僕 はこれまでに 数 名 の 先 輩 が 独 立 して 開 業 している 姿 を 見 てきたのですが そのほどんどが 大 きな 借 金 を 返 すために 働 き 続 けていました ですから そんなリスクのあること 怖 くてできないけど と 考 えていたのです そして 33 歳 の 時 に 10 年 間 働 いてきた 美 容 師 としての 仕 事 を 辞 め 企 業 への 転 職 を 決 意 します 企 業 への 転 職 16
職 務 経 歴 としては 美 容 師 しか 無 く 30 歳 を 超 えた 僕 を 雇 ってくれる 企 業 は なかなかありませんでした どうにかしなければ! と 気 持 ちだけは 焦 っていたのですが いつまでたっても 転 職 先 が 決 まりません 当 時 僕 は 付 き 合 っていた 彼 女 と 同 棲 していたのですが 毎 日 のように 家 にいる 僕 を 彼 女 は 嫌 な 顔 ひとつせずに 支 えてくれました 精 神 的 にはもちろんですが その 頃 彼 女 は 美 容 室 で 店 長 として 働 いていて 経 済 的 にも 支 えてもらっていました 今 考 えると ヒモ の 状 態 ですね そんな 毎 日 を 送 っていましたが 半 年 後 にやっと ある 会 社 に 転 職 が 決 まります 彼 女 は 自 分 のことのように 喜 び 就 職 祝 いにと 17
スーツを 買 ってくれました いつも 支 えてくれているのに ここまでやってくれた 彼 女 には 本 当 に 頭 も 上 がらないくらい 感 謝 の 気 持 ちが 一 杯 で ありがとう! これを 着 て これから 頑 張 るね!! と 彼 女 に 伝 えたのですが 実 際 に 僕 を 待 っていたのは 想 像 とは 全 く 異 なる 世 界 でした 僕 が 就 職 したのは 電 話 営 業 でソーラーパネルを 契 約 する テレアポの 会 社 だったのですが なぜか 出 社 初 日 には 会 社 ではなく 家 から2 時 間 以 上 かかる 場 所 で 神 奈 川 県 の 奥 の 方 にある 一 軒 家 にいってくれ と 頼 まれました 何 をするのかも 全 くわからず 従 うしかなかった 僕 は 18
初 出 社 の 日 朝 5 時 に 起 きて 彼 女 が 買 ってくれたスーツを 着 て 彼 女 の 手 作 り 弁 当 をもって 家 を 出 て 約 束 の8 時 前 には 現 場 につきました そこにはすでに 先 輩 が 待 っていたので 自 己 紹 介 をし なにをすればよいでしょうか? と 伝 えると 聞 いてねーのかよ これつけるんだよ! と ソーラーパネルを 渡 されました そうです 出 社 初 日 には 一 軒 家 にソーラーパネルを 取 り 付 ける 作 業 が 待 っていたのです 早 速 彼 女 に 買 ってもらったスーツを 脱 いで 19
屋 根 に 上 がると ソーラーパネルを 取 り 付 ける 作 業 が 始 まります その 日 は 風 が 強 く 屋 根 から 落 ちないように 作 業 するのが 精 一 杯 だったのですが なんとか 夕 方 の5 時 には 作 業 が 終 わりました それから2 時 間 かけて 会 社 に 戻 り ヨレヨレのスーツで 皆 さんに 挨 拶 をし 20 時 からテレアポの 仕 事 をはじめました 話 す 内 容 については 何 も 教 えられないまま とりあえず 見 て 学 んで やってみて! と 言 われたので 見 よう 見 まねでやったのですが 当 然 契 約 が 取 れるはずはありません なんで 一 件 も 契 約 できねーんだよ! 20
もう 今 日 は 帰 れ! と 怒 られながら 23 時 に 出 社 一 日 目 が 終 了 しました 家 に 帰 ると 彼 女 が 待 っていてくれて 遅 かったね! と 出 迎 えてくれました そしてヨレヨレになったスーツと 僕 の 顔 を 見 るなり 大 丈 夫? 何 かあった? と 優 しく 声 をかけてくれました 僕 はその 日 にあったことを 全 て 彼 女 に 話 したのですが 彼 女 は 辛 かったら 他 の 会 社 探 しなよ といってくれたのです その 言 葉 に 21
やっと 決 まった 会 社 を 逃 げるように 辞 めたくないよ! といったのですが 彼 女 はそれでも 体 壊 したら 何 のために 働 いてるかわからないよ そんな 姿 見 たくないから お 願 いだからもうその 会 社 は 辞 めて と 泣 きながら 話 をしてくれました 僕 もその 姿 を 見 て 彼 女 の 優 しさと 自 分 の 不 甲 斐 なさに 涙 が 出 てきました そして 1 日 で 会 社 をやめ 他 の 仕 事 を 探 すことにしました 結 婚 と 出 産 それから 毎 日 のように 面 接 を 繰 り 返 し 1ヶ 月 後 には 違 う 会 社 に 転 職 が 決 まりました 22
その 会 社 は 新 聞 会 社 の 子 会 社 で 記 事 をホームページに 貼 り 付 けるという 単 純 な 仕 事 でしたが やっとこれで 彼 女 にも 安 心 してもらえる 彼 女 のためにも 頑 張 ろう!! という 気 持 ちで 働 き 始 めました ここでは 同 僚 も 良 い 方 々ばかりで とても 働 きやすく 美 容 師 しか 経 験 がなく 1 日 で 会 社 をやめてしまった 僕 を 働 かせてくれたことに 感 謝 しています そしてこの 会 社 で 働 き 始 めた 頃 彼 女 から 大 切 な 話 があるんだけど と 言 われ 久 しぶりに お 互 いに 正 座 で 向 かい 合 いました 僕 はもしかしたら 23
と 思 っていたのですが その 想 像 通 り 彼 女 との 間 に 子 供 ができていました 彼 女 はとても 不 安 そうな 顔 で 僕 を 見 ていましたが 僕 が 子 供 を 授 かってくれてありがとう 君 たち2 人 を 一 生 守 っていくから 結 婚 してください と 答 えると 涙 を 流 しながら 喜 んでくれました 僕 には 出 来 過 ぎた 彼 女 だと 思 うし 人 としても 尊 敬 できる 人 生 に 欠 かせない 存 在 ですから 当 然 嬉 しかったですし 絶 対 に 幸 せにすると 決 心 しました これまでにも 決 心 したことはありましたが これが 僕 の 人 生 の 中 で はじめて 本 当 の 意 味 での 決 心 だったと 24
今 は 思 っています そして これを 機 に 結 婚 し 彼 女 は 出 産 のために 美 容 師 を 退 職 したのです これまでは 彼 女 の 給 料 と 僕 の 給 料 で 生 活 していたのですが これからは 僕 の 給 料 だけで 生 活 していかなければなりません 僕 の 給 料 は20 万 円 程 度 で 当 然 彼 女 よりも 低 かったので 色 々な 節 約 をしました そして 給 料 が 上 がるまで 一 生 懸 命 頑 張 ろうと 思 い 働 いていました この 続 きは インターネット 転 売 プログラムの 5~14ページに 書 いたとおりです http://ce2004.org/present/00honpen.pdf 25
生 まれて 初 めて 自 分 の 生 い 立 ちを 文 字 にしたのですが 本 当 にダメな 人 生 で 色 々な 人 に 迷 惑 をかけてきていますね そしてこれまで 何 一 つ 成 し 遂 げられなかった 僕 が やっと 手 に 入 れられたのが 転 売 での 結 果 です もちろんこれは 僕 だけの 力 ではなく 僕 を 支 えてくれた 彼 女 や 僕 に 転 売 を 教 えてくれた 方 そしてキレイ 事 のようですが これまでの 僕 の 人 生 に 関 わってくれた 全 みんなのおかげだと 思 っています おかげさまで こんな 僕 でも 転 売 で 人 生 を 変 えることができました だからこそ 次 は 僕 が 転 売 であなたに 人 生 を 変 えてもらう 番 だと 思 っています これまで 無 料 で 26
転 売 に 関 する 情 報 を 公 開 してきましたが 全 て 本 物 の 情 報 ですし 必 ず 結 果 につなげられるものですので 成 果 につなげてもらえれば 嬉 しいです それではここまでの 長 文 を お 読 み 頂 きありがとうございました 曽 篠 克 行 27