暗闇の裁き

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暗 闇 の 裁 き Ⅰ 橘 龍 悟 生 あ る も の は や が て 死 に 直 面 し 滅 び 消 え 去 っ て し ま う ど ん な に 逃 れ よ う と し て も そ れ は 確 実 に 目 の 前 に や っ て く る そ し て そ れ が つ い に 私 の 目 の 前 に こ の 私 の 目 の 前 に 現 れ た の だ 死 に た く な い よ う と 叫 ん で み て も そ れ は 何 も 言 わ ず 透 き 通 る よ う な 目 で 私 を 見 つ め 続 け て い た 私 は 必 死 に そ れ か ら 逃 れ よ う と し て 全 身 で も が く の だ が 体 は 一 向 に 動 こ う と は し な い 助 け て く れ! 死 ぬ の は イ ヤ だ よ う 声 を ふ り し ぼ っ て 叫 ん で い る の に 誰 一 人 と し て 気 づ く も の は い な い - 1 -

私 の 意 識 は 無 意 識 の 中 を 遊 泳 し て い た 私 が そ れ に 気 づ い た の は 遊 泳 し 始 め て す ぐ だ っ た それ はた だ そ こ に あ る だ け だ っ た それ は 私 を 見 て も 微 笑 み か け も せ ず 手 を 差 し 伸 べ る 風 で も な く た だ じ っ と 見 て い る だ け だ っ た そ の 異 様 な 雰 囲 気 に 私 は 身 の 毛 も よ だ つ 恐 怖 を 覚 え た 近 づ い て は い け な い 私 は 直 感 的 に そ う 思 っ た の だ が それ は 強 力 な 磁 力 を も っ て い る か の よ う に 私 を 瞬 く ま ま に 引 き 寄 せ て 行 っ た 一 度 それ に 引 き 寄 せ ら れ て し ま う と 二 度 と 元 の 世 界 に は 戻 れ な い 私 は ま だ 死 ね な い 死 ね な い ん だ よ う 私 は あ ら ん 限 り の 情 熱 を も っ て それ に 訴 え 続 け た 私 に は や り 残 し た 仕 事 が あ る そ れ に 子 供 も ま だ 一 人 前 と は い え な い 今 こ こ で 死 ぬ わ け に は い か な い ん だ 頼 む か ら 元 の 世 界 へ 戻 し て く れ! 私 の 必 死 の 哀 願 に も それ は 無 表 情 だ っ た そ の 刹 那 私 の 体 - 2 -

は 冷 た く 突 き 放 さ れ て 暗 闇 の 中 へ 落 と さ れ て し ま っ た い つ ま で 続 く の か 果 て し な く 限 り な く 私 は 落 ち 続 け て 行 っ た い つ 止 ま る と も な く 恐 ら く 永 遠 に 続 く よ う な 錯 覚 に 捉 わ れ な が ら 私 は 暗 闇 の 中 を 落 ち 続 け て 行 っ た ど う や ら 私 も 消 え 去 っ て し ま っ た モ ノ の 一 つ に 数 え ら れ た よ う だ そ の 時 か ら す べ て の も の に 関 与 す る こ と が で き な く な っ て し ま っ た ま だ ま だ や り た い こ と や や り 残 し た こ と や 家 族 や 子 供 の こ と も 叶 え き れ な か っ た 様 々 な 思 い や 想 念 が 私 の 目 の 前 を よ ぎ っ て 行 く い つ ま で も 落 ち 続 け て 行 く 中 で 私 は フ ト 思 っ た 私 が 関 与 す べ き こ と な ど 消 え 去 る 前 に 本 当 に あ っ た の だ ろ う か 私 は 落 ち 続 け た 病 院 の ベ ッ ド の 上 で ご 臨 終 で す と い う 言 葉 を も っ と も 健 康 そ う な 医 師 か ら 厳 粛 に 聞 い た の は - 3 -

い つ だ っ た の だ ろ う か 数 時 間 前 い や 数 日 前 も し か す る と 数 年 前 の こ と だ っ た の か も し れ な い 消 え 去 っ て し ま っ た モ ノ が は っ き り と 憶 い 出 せ る 筈 が な か っ た も っ と も 今 更 そ ん な こ と を 憶 い 出 し た と こ ろ で 再 び 生 き 返 れ る わ け で も な い ま し て 誰 か に 尊 敬 の 眼 差 し で 見 ら れ る わ け で も な か っ た 私 は 落 ち 続 け る 死 人 と い う 言 葉 が 紛 れ も な く 私 に 与 え ら れ た の で あ る そ れ だ け は 本 人 で さ え も 否 定 で き な い 事 実 だ っ た 私 は 死 ん で し ま っ た な ぜ 死 ん だ! と 嘆 い て み た と こ ろ で 誰 の 耳 に も 届 か な い 届 い た と こ ろ で 理 由 な ど 分 か る 筈 も な い そ こ に は 死 と い う 厳 然 た る 事 実 し か な か っ た そ れ に し て も 死 へ の 直 接 の 原 因 く ら い は 分 か る 筈 だ 待 て よ 私 が 死 ん だ 原 因 は え え と だ め だ い く ら 考 え て も 全 く 憶 い 出 せ な い - 4 -

所 詮 ど う で も い い こ と だ 死 人 で あ る 私 が 関 知 す る こ と で も な い 憶 い 出 さ な く て は な ら な い こ と な ど 今 は 何 一 つ と し て あ る 筈 が な い 私 に 許 さ れ て い る の は 自 然 の 成 り 行 き と 運 命 に 従 う こ と だ け だ っ た そ れ に 逆 ら う こ と も 自 然 の 成 り 行 き と 運 命 な ら 逆 ら わ な い こ と も 自 然 の 成 り 行 き と 運 命 な の で あ ろ う 究 極 の と こ ろ 私 に は 何 も 残 さ れ て は い な か っ た 自 己 主 張 す べ き 自 我 も な く た だ 泥 濘 と 汚 濁 に ま み れ た 個 体 が あ っ た だ け で あ る そ ん な も の に 何 の 価 値 が あ る と い う の だ ろ う か 私 は た だ そ こ に あ っ た モ ノ に 過 ぎ な か っ た の で は な い だ ろ う か も し そ う な ら 死 人 と い う 言 葉 を 与 え ら れ よ う が そ の 実 体 は 同 質 の も の で は な い か 私 は 暗 闇 の 中 で ス ピ ー ド を 増 し て い る よ う な 錯 覚 に 捉 わ れ な が ら 落 ち 続 け て い る 生 き て い る と 表 現 さ れ て い た 間 に 私 が 使 っ て い た 肉 体 は そ の 後 - 5 -

ど の よ う に な っ て し ま っ た の だ ろ う か? 恐 ら く 一 片 の 同 情 の 涙 と と も に 焼 き 尽 く さ れ 灰 に な り 跡 形 も な く 始 末 さ れ て い る こ と だ ろ う 使 用 不 能 の 肉 体 の 処 理 な ど は 生 き て い る 暇 人 ど も に 任 せ て お け ば そ れ で 充 分 だ 暇 人 ど も は 涙 の 儀 式 の 中 に 私 の 肉 体 を う ま く 使 う だ ろ う そ れ で す べ て が 終 わ る 私 が 残 し た も の と い え ば 墓 石 に 刻 み 込 ま れ た 名 前 数 枚 の 写 真 そ れ に 人 の 脳 裏 に 焼 き つ い た 私 の 幻 影 く ら い だ ろ う そ れ さ え も い つ し か 完 全 に 消 え 去 っ て し ま う 五 十 年 も す れ ば 誰 一 人 と し て 私 の こ と な ど 覚 え て は い な い だ ろ う し か し そ れ で い い そ れ で い い ん だ 死 人 が た と え 少 し の 間 で も 何 か を 残 す な ど お こ が ま し い く ら い だ 死 人 は 死 人 ら し く 何 一 つ 残 さ ず 静 か に 消 え 去 っ て し ま う も の だ 私 は 落 ち 続 け る 人 が 死 ぬ と い う の は 本 当 に 悲 し い こ と な の だ ろ う か も し か す る と 肉 体 の 消 滅 に よ っ て 初 め て 様 々 な 苦 痛 か ら 解 放 さ れ る 悦 び か - 6 -

も し れ な い そ の 苦 痛 を 共 有 で き な く な っ た 悲 し み の た め に 人 は 涙 を 流 す の か も し れ な い 死 人 と い う 本 人 に と っ て は す べ て が 悦 び に 通 じ て い る 目 に 見 え る 虚 偽 の 悦 び 以 上 の も の が 死 人 に は あ る も し も こ の 虚 偽 と 空 虚 と 虚 構 に 充 ち た 世 界 に 未 練 が あ る な ら ば そ れ は 本 来 歩 む べ き 人 生 に 気 づ か な い 愚 か で 無 意 味 な 人 々 で あ ろ う も っ と も 歩 む べ き 人 生 と い っ た と こ ろ で そ れ は 何 か の 力 で 強 制 さ れ た 鏡 の 道 に す ぎ な い の だ が Ⅱ 死 後 の 暗 黒 の 世 界 と 呼 ば れ て い る と こ ろ に 私 は ポ ツ ン と 一 つ い た 私 の 肉 体 が な く な っ て し ま っ た 以 上 一 人 の 人 間 目 に 見 え る 物 体 と い う の も お か し い 人 は 霊 魂 と い う か も し れ な い が 私 が 生 き て い た こ ろ に 培 わ れ た - 7 -

霊 魂 と い う イ メ ー ジ と も 何 だ か 少 し 違 う よ う な 気 が す る 今 の 私 を 表 現 す る の に ふ さ わ し い 言 葉 が 中 々 見 つ か ら な い こ こ は 光 も な け れ ば 必 然 的 に 闇 も な い 世 界 だ 私 は 必 死 に な っ て 辺 り を 見 回 し て 何 か を 見 よ う と す る の だ が も ち ろ ん 何 も 見 え な い ど こ か へ 行 こ う と し て も ど こ に も 行 け な い 私 が こ こ に い る と い う 表 現 さ え も 矛 盾 に な っ て し ま う 世 界 そ の 中 を 数 日 間 ( い や 数 年 間 か も し れ な い ) 私 は さ ま よ い つ づ け て い る 真 の 自 分 の 姿 を 探 し 求 め な が ら し か し 私 に は 何 も 分 か ら な い 何 一 つ と し て 真 実 と い う も の が 見 つ け ら れ な い 屈 折 し 続 け た 真 実 の 一 片 さ え も 手 に 入 れ る こ と が で き な い で い る そ れ は 当 然 の こ と か も し れ な い 真 実 が 存 在 す る の か 存 在 し な い の か 誰 に も 結 論 は 出 せ な い そ れ は 存 在 で は な く 単 な る 創 造 に す ぎ な い の だ か ら 死 と い う 語 が 紛 れ も な く 私 に 与 え ら れ た 筈 で あ る に も か か わ ら ず 何 を 求 め 何 を 明 ら か に し よ う と し て い る の だ ろ う? - 8 -

恐 ら く 自 己 の 内 部 で 死 と い う も の を 納 得 さ せ そ の 反 射 鏡 で 生 を 肯 定 し た い た め だ ろ う し か し こ こ で は そ ん な 反 射 鏡 な ど 何 の 役 に も 立 た な い 映 し 出 さ れ る も の は す べ て 暗 黒 の 中 に 吸 収 さ れ て し ま い 何 も 残 り は し な い そ れ ゆ え に 死 は 何 も 与 え よ う と は し な い 反 面 何 も 奪 わ な い こ の 暗 黒 の 世 界 に い る と 私 が 本 当 に 死 ん で し ま っ た の か ど う か さ え も 疑 わ し く 思 え て く る 私 が 生 き て い た 間 に は 間 違 い な く そ こ に は 私 の 生 が あ っ た そ れ な ら ば 死 ん で い る 今 に は 間 違 い な く 私 の 死 が こ こ に あ っ て も い い 筈 で あ る 生 こ そ が 死 の 裏 側 い や 並 列 に あ っ て し か る べ き で あ る も し 死 が な け れ ば 生 は 味 気 な く み ん な が 路 上 に 吐 き 棄 て て 行 く こ と だ ろ う そ の 歓 迎 す べ き 死 の 中 に い る 私 こ そ 祝 福 さ れ る べ き で あ る そ れ に し て も こ れ が 祝 福 を 受 け る に ふ さ わ し い 死 と い う 状 態 な の だ ろ う か? 何 も な い こ の 暗 黒 の 中 で 一 体 誰 が 誰 を 祝 福 す る と い う の だ ろ う か そ れ こ そ 笑 止 に た え な い も し そ う な ら 私 - 9 -

の 生 も 滑 稽 な も の と な っ て し ま う い や 滑 稽 さ さ え も 通 り 越 し て 無 意 味 な も の に な っ て し ま っ て い る 死 後 こ の 暗 黒 の 中 を さ ま よ い 続 け て い る と い つ の ま に か 私 が 男 と し て 生 き て い た の か 女 と し て 生 き て い た の か 分 か ら な く な っ て く る 実 際 今 は も う 分 か ら な く な っ て し ま っ た 男 と 女 の つ な が り が な い 以 上 そ の 判 別 は 何 の 意 味 も も た な く な る 私 が 強 く て 逞 し い 男 で あ ろ う と も 容 姿 端 麗 の 美 人 で あ ろ う と も こ こ で は 一 切 関 係 の な い こ と で あ る そ の 評 価 を 受 け る 対 象 物 も な け れ ば 評 価 す る 人 も い な い の だ か ら い つ の ま に か 私 は 男 と 女 と い う 意 識 を も た な く な っ て し ま っ て い た そ の と き か ら 私 は 男 で も な く 女 で も な く な っ て い た 何 か え た い の 知 れ な い モ ノ が た だ さ ま よ っ て い る だ け に な っ た 冷 厳 な 暗 黒 の 中 で 求 め る べ き 物 は 何 も な い 筈 な の だ が そ れ で も 何 か を 求 め よ う と し て 私 は 闇 雲 に さ ま よ い 続 け て い た 不 安 焦 燥 と い う 死 後 の 世 界 に あ っ て は な ら な い 矛 盾 し た 感 覚 が 私 の - 10 -

内 部 か ら 湧 き 起 こ っ て く る 死 人 の 私 に 容 赦 な く 襲 い か か っ て く る 様 々 な 欲 望 を 私 は 御 し か ね る 生 あ る う ち に 果 た せ な か っ た 妄 想 が 楽 し そ う に 私 の 周 り を 飛 び 交 っ て い る 欲 望 は 私 を 廃 墟 と し て 蝕 む こ と を 止 め よ う と は し な い 欲 望 と 妄 想 は 生 あ る も の の 特 権 と し て の み 許 さ れ て い る そ れ が 死 後 の 世 界 ま で 侵 略 し て く る と は 死 者 へ の 冒 涜 で あ る も っ と も こ の 暗 黒 の 世 界 で は 名 声 も 権 力 も お 金 も 手 に 入 れ る こ と は 絶 対 に 不 可 能 だ か ら こ そ 必 要 で は な い も の と な っ て し ま う こ こ で は 何 も 必 要 で は な く 何 も 求 め る こ と も な い た と え 何 か を 求 め た と こ ろ で そ れ は 虚 像 で し か な い そ れ で も 欲 望 と 妄 想 は 私 へ の 冒 涜 を 止 め よ う と は し な い そ れ が 生 へ の 強 い 執 着 と い う な ら ば 私 は 私 を 苦 し め て い る 生 を 呪 う 死 後 は 死 へ の 執 着 こ そ が 死 人 と し て の 本 分 で あ る 死 に 続 け た い と 願 う こ と を 妨 げ る 生 の 存 在 は 厭 わ れ て も 当 然 で あ る 私 は 平 穏 無 事 に 死 を 送 り 続 け 二 度 と 生 き た く は な い - 11 -

や が て 欲 望 も 妄 想 も 私 を 蝕 み 尽 く し た の か 私 の 周 り か ら 離 れ 去 っ て し ま い 二 度 と 戻 っ て こ よ う と は し な か っ た 私 は 暗 黒 と 静 寂 の 中 に 再 び 一 つ 取 り 残 さ れ た そ う な っ て し ま う と 私 を 苦 し め た 欲 望 や 妄 想 も 結 構 私 を 楽 し ま せ て く れ た こ と に 気 づ い た 何 も な い 中 で 欲 望 と 妄 想 は 私 を 退 屈 か ら 救 っ て い た も う 一 度 呼 び 戻 そ う と し て 私 は さ ま よ い な が ら も 懸 命 に 欲 望 と 妄 想 を 思 い 起 こ そ う と し た が 一 度 離 れ 去 っ て し ま う と い く ら 呼 び 戻 そ う と し て も も は や ど ん な 欲 望 も 湧 か な く な り ど ん な 妄 想 も 浮 か ば な く な っ て し ま っ て い た Ⅲ 休 む こ と を 知 ら さ れ ず に さ ま よ い 続 け て い た 私 は 突 然 何 か に 行 き 先 を 拒 ま れ た か と 思 う と 強 い 力 で 全 身 を 襲 わ れ た 私 は そ の 力 か ら 逃 れ よ う と 必 死 に も が き 助 け を 求 め た よ う と し た が 私 の 無 - 12 -

力 な 助 け に 応 え る も の は な く 変 わ る こ と の な い 暗 黒 の 世 界 が 寂 然 と 広 が っ て い る だ け だ っ た 私 は す べ て を 諦 め そ の 力 が な す ま ま に 任 せ る し か な か っ た そ の 力 は 容 赦 な く 私 に 襲 い か か り 凄 ま じ い 勢 い で 私 の 内 部 に 入 り 込 む と 暗 黒 を 駆 け 抜 け る 私 の 絶 叫 と 共 に 私 を 二 つ に 引 き 裂 い て 行 っ た そ の 力 が 私 か ら 去 っ て 行 く と 私 は 二 つ の モ ノ に な っ て い た 私 か ら 引 き 裂 か れ て し ま っ た 方 が 本 当 の 私 な の か 引 き 裂 か れ て 残 っ た 方 が 本 当 の 私 な の か 私 に は 判 別 で き な か っ た い や 実 の と こ ろ 本 当 に 引 き 裂 か れ て 二 つ の モ ノ に な っ た の か ど う か さ え 私 に は 分 か ら な か っ た 今 は た だ 残 っ た 私 が 本 当 の 私 で あ る よ う な 気 が す る だ け だ っ た も っ と も 引 き 裂 か れ た も う 一 方 も 同 じ よ う に 思 っ て い る に ち が い な い し か し そ ん な こ と は ど う で も い い こ と な の で あ る ど ち ら が 本 当 の 私 で あ る か と い う こ と な ど こ の 暗 黒 の 世 界 で は 関 係 の な い こ - 13 -

と で あ る た と え そ れ が 分 か っ た と こ ろ で 何 が ど う 変 わ る と い う の だ ろ う か 残 っ た 私 が こ こ に あ る と い う こ と だ け で 充 分 満 足 で あ る そ れ 以 上 に 必 要 な こ と は 何 も な い こ の 闇 さ え な い 闇 の 中 を 目 的 も な く 不 安 を 抱 き な が ら も 放 棄 す る こ と を 絶 対 に 許 さ れ な い 限 り 現 状 に 甘 ん じ て い る し か な い 一 度 死 ん で し ま っ た 私 に は こ の 世 界 か ら 逃 れ る た め に い く ら 死 を 望 ん だ と こ ろ で 死 ぬ こ と も で き な い 生 あ る 内 で は 生 を 拒 否 し 逃 れ る た め に 死 と い う 絶 対 的 な 切 り 札 が あ っ た だ か ら と い っ て 死 あ る 内 で 死 を 拒 否 し 逃 れ る た め に 生 と い う 切 り 札 が あ る わ け で は な い 生 に 対 し て の み 死 が あ る 限 り 死 に 対 し て 生 は 絶 対 的 な 切 り 札 に な ど な る 筈 が な か っ た こ の 暗 黒 の 中 に 生 が あ る な ら ば そ れ は 異 端 児 と し て 忌 み 嫌 わ れ る か 全 く 無 意 味 な も の に す ぎ な い 生 の 中 に あ る 死 が 畏 怖 さ れ 忌 み 嫌 わ れ て い る 以 上 そ れ は 当 然 の こ と で あ る も し - 14 -

死 が 生 を 否 定 し 拒 否 す る 存 在 な ら ば 死 後 の 暗 黒 の 世 界 で は 死 は 何 も の に も 変 え 難 い 偉 大 な も の に な り 生 こ そ が お ぞ ま し く 畏 怖 さ れ る も の に な る だ ろ う そ し て 死 が 生 に 対 し て 意 味 あ る も の に な る な ら ば 生 は 死 に 何 の 意 味 も 与 え は し な い だ ろ う こ の 暗 黒 の 状 態 か ら 逃 れ る 道 も 方 法 も 分 か ら な い 限 り 私 は こ こ に 留 ま る か 行 き 先 も 分 か ら ず さ ま よ い 続 け る し か な い ど ち ら に し た と こ ろ で 私 に 変 化 が 起 こ る わ け で も な く そ こ で 私 は し ば ら く の 間 逡 巡 を 続 け て い た そ の 時 に 暗 黒 の 奥 底 か ら 恐 怖 を 呼 び 起 こ す よ う な 声 が 這 っ て き た 私 は 一 瞬 何 事 が 起 こ っ た の か と 声 が 這 っ て く る 方 を 見 つ め た が も ち ろ ん 何 も 見 つ け る こ と が で き な か っ た 辺 り 一 帯 の 気 配 を 慎 重 に 窺 っ て み た が 何 の 気 配 も な く た だ 暗 黒 の 暗 闇 が 永 遠 と 続 い て い る だ け だ っ た そ れ で も 私 は 何 か を 掴 も う と も が い て み た が 何 も 掴 め ず 相 変 わ ら ず 静 寂 と 闇 が 私 の 周 り を 覆 っ て い る だ け だ っ た - 15 -

う ろ た え た 虚 脱 の 中 に い る 私 を 嘲 る か の よ う に 無 気 味 な 笑 い 声 が 私 の 周 り に 突 然 響 き 渡 っ た だ だ れ だ! ど こ に い る ん だ! 姿 を 見 せ ろ 一 人 取 り 残 さ れ た モ ノ が 味 わ う 腹 立 た し さ と 不 安 に 私 は 闇 の 中 に 向 か っ て 叫 ん で い た い や 叫 ん だ よ う な 気 が す る だ け だ っ た か も し れ な い しかし そ れ に 応 え る も の は 何 も な く い つ ま で 経 っ て も 暗 黒 の 静 寂 が 広 が っ て い る だ け だ っ た 得 体 の 知 れ な い 無 気 味 な モ ノ に 対 す る 恐 れ と 孤 独 か ら 逃 れ る こ と が で き る 悦 び と が 交 錯 し て い る だ れ か い る の か? い る の な ら 返 事 を し て く れ 私 は 孤 独 か ら 逃 れ た い た め に か 細 く 哀 願 す る よ う に 言 っ て も う 一 度 辺 り を 窺 っ て み た が 何 も 感 じ る こ と が で き な か っ た 気 の せ い だ 私 が 半 ば 諦 め か け 再 び さ ま よ い 続 け よ う と し た と き 急 に 私 の 周 り で 地 獄 を 這 っ て く る よ う な あ の 笑 い 声 が 響 き 渡 っ た - 16 -

ハ ハ ハ ハ ハ 私 の 姿 が お 前 に は 見 え な い の か こ ん な に お 前 の 近 く に い る と い う の に 私 に は お 前 の 姿 が よ く 見 え る そ の 声 が 私 の 上 の 方 か ら す る の か 下 の 方 か ら す る の か 私 に は 一 向 に 見 当 も つ か な か な か っ た 見 え な い も の に 対 す る 恐 怖 の イ メ ー ジ と 闘 い な が ら も 孤 独 か ら 逃 れ て 自 己 主 張 が で き る 嬉 し さ が 私 の 全 体 か ら 込 み 上 げ て く る 死 ん で か ら と い う も の こ の 暗 黒 の 中 に 一 つ あ る こ と し か 知 ら な か っ た 私 に は そ の 声 が 暗 黒 を 照 ら し 出 す 光 の よ う に も 思 え て く る あ な た は 誰 で す か? 一 体 ど こ に い る の で す か? 姿 を 見 せ て 下 さ い 私 は 辺 り 一 帯 に 向 か っ て 叫 ん で み た が そ の 絶 叫 は 静 か に 暗 黒 の 中 に 吸 い 込 ま れ そ の 後 に は 静 寂 だ け が 残 っ た い つ ま で 待 っ て も 返 事 が 返 っ て こ な い 苛 立 ち と 再 び こ の 闇 の 中 に 一 つ で 取 り 残 さ れ る 不 安 が 私 の 全 体 を 襲 っ た - 17 -

お 願 い で す 何 か 言 っ て 下 さ い 私 に は あ な た の 姿 が 全 く 見 え な い の で す 私 は 期 待 を 込 め て 今 度 は 小 さ な 声 で 囁 く よ う に 辺 り 一 帯 に 向 か っ て 言 っ た ハ ハ ハ ハ ハ そ れ は 当 然 の こ と だ お 前 に は 見 え る も の が す べ て で あ り 見 え る も の し か 見 え ず 聞 こ え る も の し か 聞 こ え な い こ こ で は お 前 が い く ら 見 よ う と し て も 見 る こ と は で き ず い く ら 聞 こ う と し て も 聞 く こ と は で き な い こ の 闇 の 世 界 で は お 前 に は 見 る べ き も の も 聞 く べ き も の も す べ て が お 前 に は 必 要 と さ れ て い な い か ら だ 何 で す っ て! 私 が 必 要 と し て い な い で す っ て! 冗 談 じ ゃ な い 何 も 分 か ら な い こ の 暗 黒 の 中 で は ど ん な 小 さ な こ と で も 私 に は 必 要 で す 確 か に あ な た の 姿 を 私 は 見 る こ と が で き ま せ ん し か し あ な た が 誰 な の か 私 に 教 え て く れ た と こ ろ で 別 に か ま わ な い で は な い で す か 私 に だ っ て あ な た が 誰 な の か 知 る 権 利 く ら い あ る 筈 で - 18 -

す ほ ほ う 知 る 権 利 と き た か な か な か 立 派 な こ と を 言 う が こ こ で は 権 利 な ど 紙 屑 ほ ど に も 役 に は 立 た な い お 前 の 知 る 権 利 な ど 一 体 何 に な る と 言 う ん だ 私 が こ の ま ま 消 え 去 っ た と こ ろ で お 前 は 今 ま で と 何 一 つ と し て 変 わ ら な い お 前 が ど れ ほ ど 喚 き 続 け よ う が こ の 暗 黒 の 中 を 再 び 一 つ の モ ノ と し て さ ま よ い 続 け る だ け だ そ れ が お 前 に 残 さ れ た た だ 一 つ の 道 な ら ば そ れ も や む を え な い だ ろ う こ こ で は お 前 が 生 き て い た 間 の 権 利 な ど は 無 用 の 長 物 に す ぎ な か っ た と い う こ と が よ く 分 か る だ ろ う そ ん な も の に 固 執 す れ ば す る ほ ど 益 々 お 前 は 疎 外 さ れ て い く だ ろ う い や 疎 外 さ れ る だ け な ら ま だ 疎 外 さ れ る も の が あ る だ け 救 い が あ る が こ の 暗 黒 の 世 界 で は 疎 外 さ れ る も の さ え な く な っ て し ま う の だ 分 か り ま し た も う 権 利 な ど と い う こ と は 言 い ま せ ん た だ 私 は 知 り た い だ け で す あ な た が 誰 な の か ど う す れ ば あ な た の 姿 が 見 え る の か そ れ だ け で も 教 え て ほ し い の で す - 19 -

私 の こ と が 相 当 気 に な る よ う だ な ま あ 無 理 の な い こ と か も し れ な い 今 ま で こ の 暗 黒 の 中 を た だ 一 つ だ け で さ ま よ い 続 け て い た の だ か ら な す べ て を 閉 ざ さ れ て い る 世 界 で は 私 と い う も の も 新 鮮 に 思 え て く る ら し い 前 置 き が 長 す ぎ た よ う だ 私 が 何 者 な の か そ ん な に 知 り た け れ ば 教 え て や ろ う い い か 私 は こ こ の{ 単 な る 支 配 者 } に す ぎ な い だ か ら 私 に は 姿 な ど な い お 前 達 に 姿 を 見 せ る 必 要 も な け れ ば 存 在 す る 必 要 も な い こ こ で は す べ て が 私 の 思 い の ま ま だ え っ こ こ の 支 配 者 で す っ て! こ の 何 も な い 暗 黒 の 闇 の 中 で そ う だ 私 に は と て も 信 じ ら れ ま せ ん こ の 闇 の 中 で 一 体 何 を ど の よ う に 支 配 す る と い う の で す 私 に は 何 も 見 え ま せ ん が 他 に も 私 の よ う な モ ノ が 多 く 存 在 し て い て そ れ ら を す べ て 支 配 し て い る と い う こ と で す か? そ う だ 私 は す べ て を 支 配 し て い る{ 単 な る 支 配 者 }に す ぎ な い - 20 -

私 に は よ く 分 か り ま せ ん が そ ん な こ と は た い し た 問 題 で は な い と に か く 私 は 職 務 と し て お 前 を 裁 か ね ば な ら な い の だ 私 を 裁 く? あ な た は も し か す る と 地 獄 に 君 臨 す る と い う あ の 閻 魔 大 王 様? ハ ハ ハ ハ ハ な ん と 愚 か な こ と を 言 う の か こ こ は 地 獄 で も 天 国 で も な い 見 て の 通 り 何 も な い た だ の 暗 黒 の 世 界 だ 私 は そ の 支 配 者 だ 俗 世 間 に 汚 さ れ て し ま っ た 地 獄 で も な く 恐 怖 と い う 幻 想 を 与 え る 閻 魔 大 王 も こ こ に は い な い も し そ う な ら ど う し て 私 が 裁 か れ な け れ ば な ら な い の で す か? 私 は も う す で に 死 ん で し ま っ て 何 も 残 っ て は い ま せ ん 死 人 を 裁 く こ と な ど で き ま せ ん し た と え 裁 い た と こ ろ で ど う な る と い う の で す か? こ の 暗 黒 の 世 界 が 地 獄 に で も 変 わ る と い う の で す か? そ ん な こ と は な い こ の 暗 黒 の 世 界 は 永 遠 に 変 わ る こ と は な い そ れ で は 私 を 裁 こ う と 裁 く ま い と 何 も 変 わ ら な い と い う こ と - 21 -

で す か こ の 何 も な い 世 界 で た だ 言 葉 の 往 復 遊 び を や っ て 無 意 味 な こ と を 重 ね る 必 要 は な い の で は あ り ま せ ん か? お 前 の 言 う こ と は よ く 分 か っ た お 前 は 裁 か れ る こ と を 拒 む と い う の だ な? そ れ も い い だ ろ う 私 も 好 き 好 ん で 裁 い て い る わ け で も な い こ こ で は す べ て が 自 由 で あ り 本 人 の 意 思 を 無 理 強 い す る こ と は 決 し て な い そ の ま ま い つ ま で も こ の 暗 黒 の 中 を さ ま よ い 続 け て い る が い い 何 も 見 え ず 何 も 分 か ら ず 考 え る こ と も な く 逃 れ る こ と も で き ず 暗 黒 の 中 で 一 つ の モ ノ と し て 大 人 し く し て い る こ と だ 待 て 待 っ て 下 さ い 私 は 支 配 者 が 去 っ て い く よ う な 気 配 を 感 じ て あ わ て て 引 き と め よ う と し た が そ れ っ き り 支 配 者 の 声 は な く な っ て し ま っ た 暗 黒 の 静 寂 が 再 び 戻 り そ れ が 永 遠 に 続 き 始 め た Ⅳ - 22 -

何 も な い 暗 黒 の 孤 独 か ら 私 は 逃 れ た か っ た そ れ に は あ の 支 配 者 が 絶 対 に 必 要 だ っ た 私 は 待 ち 続 け た い つ あ の 支 配 者 が 私 の 前 に 現 れ る か と 数 日 数 ヶ 月 数 年 関 係 の な い 無 為 な 時 が 流 れ 去 っ て 行 く 死 人 に 考 え る こ と は な く 行 く べ き と こ ろ も な く も ち ろ ん 何 も す る こ と な ど な い し か し 名 状 し 難 い 不 安 焦 燥 が 内 部 か ら 徐 々 に 私 を 侵 蝕 し て い く よ う だ 死 人 の 私 に 絶 え 間 な く 襲 い か か っ て く る 重 力 感 が ど こ か ら く る の か 私 に は 分 か ら な い 私 は 何 も 求 め て は い な い 筈 だ 死 ん で し ま っ た 今 で は 何 一 つ と し て 必 要 な も の は な い こ の 暗 黒 の 世 界 に は 何 も な い 私 さ え 本 当 は い な い 筈 だ も し 何 か が あ る と す れ ば そ れ は 幻 想 か 虚 像 に す ぎ な い だ か ら 私 は 苦 し む 必 要 な ど な い そ う 思 う の だ が 私 を 取 り 巻 い て い る 重 力 感 は 一 向 に 消 え 去 っ て 行 か な い そ れ ど こ ろ か 益 々 強 く な っ て 私 を 締 め 付 け よ う と す る 私 が 半 ば 気 を 失 い か け よ う と - 23 -

し て い る と き だ っ た ど う だ 少 し は 裁 き を 受 け た く な っ て き た だ ろ う す べ て を 見 透 か し て い る よ う に 暗 黒 の 支 配 者 の 声 が 突 然 私 の 周 り に 起 こ っ た 長 い 間 待 ち 続 け て い た も の が よ う や く 私 の 前 に 現 れ た 私 は 気 を 取 り 戻 し て そ の 声 に 縋 る よ う に 応 え た よ う や く 本 当 に よ う や く 私 の と こ ろ に 現 れ て く れ ま し た ね 私 は あ れ か ら こ の 前 あ な た と 話 し た 時 か ら ず っ と 長 い 間 あ な た を 待 ち 続 け て い ま し た も う 二 度 と 私 の 前 に は 現 れ な い の で は な い か と 心 配 を し て い ま し た が と う と う 現 れ て く れ ま し た ね 実 を 言 う と も う 諦 め か け て い た の で す そ れ が こ う し て よ う や く 私 は 言 葉 の 限 り を 尽 く し て 支 配 者 に 私 の 悦 び と 感 謝 の 気 持 ち を 伝 え よ う と し て い た の だ が 支 配 者 は す ぐ に 素 っ 気 無 く 私 に 返 答 を 迫 っ た お 前 は 私 の 裁 き を 受 け る の か 受 け な い の か そ の 返 答 だ け を し - 24 -

ろ お 前 と 違 っ て 私 は 忙 し い の だ お 前 の よ う な モ ノ が 沢 山 あ り す ぎ て 私 は 休 む 暇 も な く 裁 き 続 け て い る も っ と も 私 は こ こ の { 単 な る 支 配 者 } だ か ら そ れ も 仕 方 の な い こ と な の だ が 自 慢 気 に 言 う ふ う で も な く 支 配 者 は 抑 揚 の な い 声 で 淡 々 と 言 っ た あ な た が 単 な る 支 配 者 と い う な ら ば 本 当 の 支 配 者 は 別 に い る と い う こ と で す か? な ん と 愚 か な こ と を 言 う も の だ こ こ は 何 も な い 世 界 だ 本 当 も 嘘 も な い あ る も の も な い 世 界 だ だ か ら 本 当 の 支 配 者 な ど も い る 筈 も な い し か し あ な た は 単 な る 支 配 者 な の で し ょ う? そ う だ 本 当 の 支 配 者 も 何 も な い こ の 世 界 で 私 は { 単 な る 支 配 者 } だ そ ん な こ と は ど う で も い い そ れ よ り お 前 が 私 の 裁 き を 受 け た - 25 -

い の か ど う か そ れ を 聞 き た い 裁 き で も 何 で も 受 け ま す こ の 暗 黒 の 中 に た だ 一 つ 取 り 残 さ れ た 状 態 か ら 逃 れ る こ と が で き る な ら ど ん な こ と で も し た く な っ て き ま す そ う だ ろ う し か し お 前 は 自 分 だ け が こ の 暗 黒 の 世 界 に い る と 思 っ て い る よ う だ が お 前 一 つ だ け い る わ け で は な い お 前 の 周 り に は お ま え の よ う な モ ノ が う よ う よ し て い る の だ え っ 私 の よ う な モ ノ が 私 の 周 り に 沢 山 い る の で す か? 私 の よ う な 死 人 が お 前 の よ う に 死 ん で し ま っ た モ ノ が お 前 の 周 り で 泣 き 喚 い て い る モ ノ も あ れ ば 静 か に じ っ と し て い る モ ノ も あ る し か し お 前 に は 目 も な け れ ば 耳 も な い だ ろ う か ら 何 も 見 え ず 何 も 聞 こ え は し な い だ ろ う ど う し て で す か? ど う し て あ な た に は 見 る こ と も 聞 く こ と も で き る の で す か? 私 に は あ な た の 声 し か 聞 こ え な い あ な た が 見 え る - 26 -

も の も 私 に は 全 く 見 え ず あ な た が 聞 こ え る も の も 私 に は 全 く 聞 こ え な い こ の 暗 黒 に 閉 ざ さ れ た 静 寂 そ れ し か 私 に は 分 か ら な い ど う し て で す か? 裁 か れ る も の に は 当 然 の こ と だ 裁 か れ る も の が 他 に 与 え る こ と は い つ も 何 も な く た だ 惰 性 に 従 う の み だ 私 が 裁 か れ る 側 に あ る か ら 何 も 見 え ず 何 も 聞 こ え な い と い う わ け で す か? そ れ で は あ な た の 裁 き を 受 け な け れ ば 私 は 裁 か れ る 側 に な ら な い わ け で す か ら 私 に も あ な た の よ う に 周 り が 見 え る よ う に な る の で す か? ま だ よ く 分 か っ て い な い よ う だ な 裁 き を 受 け な く と も お 前 に は 何 も 見 る こ と が で き ず 何 も 聞 く こ と が で き な い こ の 暗 黒 の 世 界 は 何 も お 前 に 与 え も し な け れ ば 許 し も し な い お 前 は た だ さま よ い 続 け る だ け だ 永 遠 に い つ ま で も ど ち ら に し ろ 私 に は 見 る こ と も 聞 く こ と も 絶 対 に で き な い と い う こ と で は な い で す か - 27 -

私 は 不 服 と 失 望 を 味 わ っ た 暗 黒 の 孤 独 か ら 抜 け 出 す 糸 口 が 無 残 に も 支 配 者 に 閉 ざ さ れ て し ま っ た よ う に 思 え た も ち ろ ん そ う だ こ の 暗 黒 の 世 界 で は 裁 く も の が す べ て を 許 さ れ る の だ 分 か り ま し た と に か く 裁 い て 下 さ い 何 を ど う 裁 く の か よ く 知 り ま せ ん が 気 の 済 む よ う に 存 分 に 裁 い て も ら っ て 結 構 で す ど う せ 一 度 は 死 ん だ の で す か ら 私 も 好 き 好 ん で 裁 い て い る わ け で は な い 本 当 は 気 が 進 ま な い の だ が 自 分 の 職 務 で も あ る し 相 手 も 裁 き を 望 ん で い る 以 上 仕 方 の な い こ と だ と 諦 め て い る 私 は { 単 な る 支 配 者 } と い う 意 味 を 少 し は 理 解 し 始 め て い た 何 一 つ と し て 支 配 す べ き も の が な い 支 配 者 が 何 の 意 味 も も た さ れ て は い な い 死 人 を 裁 き 続 け る 永 遠 に 尽 き る こ と な く い つ ま で も そ れ は 繰 り 返 さ れ る そ れ ほ ど 滑 稽 で 無 意 味 で そ し て 哀 し い こ と は な い - 28 -

そ れ で は こ れ か ら 裁 き を 始 め る 私 の 質 問 に 対 し て 嘘 偽 り で 応 え よ う と も そ れ は お 前 に 許 さ れ た 正 当 な 自 由 で あ る た と え お 前 が 本 心 で 応 え よ う と も あ る い は 虚 偽 で 応 え よ う と も 私 に は 一 切 関 係 の な い こ と で あ る そ れ は お 前 だ け に 属 す る こ と に す ぎ な い 嘘 を 言 お う と 思 っ て 嘘 を 言 う の も 本 心 を 言 お う と 思 っ て 本 心 を 言 う の も ど ち ら も 同 じ お 前 で あ る 分 か り ま し た 私 は 神 妙 に 応 え る こ と に し た ま た 変 に 逆 ら っ て 一 人 取 り 残 さ れ る の も 困 る あ る い は こ の 裁 き の 結 果 に よ っ て は こ こ か ら 脱 出 で き る か も し れ な い と い う 一 縷 の 望 み が 私 の 内 に 湧 き あ が っ て い た た と え そ れ が 地 獄 の 涯 で あ ろ う と も 何 も な い こ の 暗 黒 に 比 べ れ ば 天 国 に 思 え て く る お 前 は 人 を 愛 す る こ と が で き る か? そ れ は 唐 突 で そ れ で い て 常 識 的 す ぎ る ほ ど の 質 問 だ っ た 私 が 生 き て い た 間 の 数 々 の 行 為 に 対 し て 質 問 さ れ る の で は な い か そ う - 29 -

思 っ て い た 私 は 一 瞬 戸 惑 い を 覚 え た も も ち ろ ん で す 生 き て い た 間 私 は 多 く の 人 を 愛 し ま し た そ の 気 持 ち は 死 ん で し ま っ た 今 で も 変 わ り ま せ ん そ し て こ れ か ら も 変 わ る こ と は な い と 思 い ま す そ う か た と え ど の よ う な 人 間 で あ ろ う と も お 前 は 愛 す る こ と が で き る の だ な? も ち ろ ん で す ど れ ほ ど 不 幸 な 人 で あ ろ う と も ど れ ほ ど 大 き な 罪 を 犯 し た 人 で あ ろ う と も 私 に は 差 別 な く す べ て の 人 を 愛 す る こ と が で き ま す い や 愛 さ ね ば な ら な い の で す 私 は す べ て の 情 熱 を 注 ぎ 込 む よ う に 模 範 的 な 応 え を そ の 支 配 者 に 返 し た た と え お 前 の 妻 や 子 供 を 殺 し た 人 間 で あ っ て も お 前 は 愛 す る こ と が で き る と い う の か? え え え そ そ う で す と 応 え な が ら も 本 当 に 愛 せ る か ど う か 私 に は 自 信 が な か っ た - 30 -

そ れ で も こ れ が 裁 き で あ る 以 上 私 の 理 想 的 良 心 に 従 っ て 応 え な け れ ば な ら な か っ た お お な ん と 憐 れ み 深 く 立 派 な こ と だ ろ う も し も お 前 の よ う な 人 間 ば か り だ と 生 あ る 世 界 は つ ま ら な い も の に な る だ ろ う 復 讐 憎 し み 恐 怖 怒 り は 生 活 を 活 性 化 す る 貴 重 な も の だ そ れ を 越 す ほ ど の エ ネ ル ギ ー が 愛 か ら 生 じ る 筈 は な い だ ろ う す べ て の 人 間 が 愛 し 合 え ば 虚 偽 の 世 界 し か 生 ま れ な い 愛 の 範 疇 に 反 す る も の が あ っ て こ そ 真 の 世 界 が う ま れ て く る し か し 人 を 殺 す に は 殺 す 人 間 に 理 由 が あ る の と 同 じ よ う に 殺 さ れ る 人 間 に は 殺 さ れ る 理 由 が あ り ま す そ こ に は 必 然 的 因 果 関 係 が 絶 対 的 に 存 在 し ま す そ れ に よ っ て 人 を 殺 し た り 殺 さ れ た り し て い る の で す た と え 殺 し た 人 間 が ど の よ う な 人 間 で あ ろ う と も そ の 人 間 は 愛 す べ き 弱 い 人 間 で し か な い の で す そ ん な 人 間 を 恨 み 憎 ん だ と こ ろ で 一 度 死 ん で し ま っ た 人 間 は 二 度 と 息 を 吹 き 返 す こ と は あ り ま せ ん そ れ に 私 が い く ら そ の 人 間 を 殺 し て や り - 31 -

た い と 思 っ た と こ ろ で 私 に は で き ま せ ん な ぜ な ら も し 私 が そ の 人 間 を 殺 し て し ま え ば そ の 時 点 か ら 私 は 殺 し た 人 間 と 同 類 に な っ て し ま う か ら で す た と え 殺 さ な く と も 殺 し て や り た い と 思 っ た だ け で も 心 の 内 で は そ の 人 間 と 変 わ ら な く な っ て し ま い ま す 憎 し み と い う 復 讐 心 が 自 分 に 跳 ね 返 っ て く る 泥 濘 で し か な い 以 上 私 は す べ て の 人 間 を 許 す し か あ り ま せ ん な る ほ ど お 前 は 慈 悲 深 い 敬 虔 な 人 間 だ っ た よ う だ な し か し す べ て の 人 間 を 許 す と 言 っ た と こ ろ で 結 局 は 自 分 の 心 の 逃 げ 道 で し か な い 愛 と い う 言 葉 で す べ て の 人 間 を 許 す の で は な く 己 自 身 の す べ て を 許 し て い る だ け だ 支 配 者 は 侮 蔑 を こ め な が ら 投 げ 捨 て る よ う に 言 っ た えっ? 私 は 自 信 を 持 っ て 応 え た つ も り だ っ た が 支 配 者 に は 一 向 に 理 解 さ れ な か っ た よ う だ 私 の 理 想 的 良 心 は こ こ の 支 配 者 が 待 ち 望 ん で い る 応 え に 相 当 な 隔 絶 を 生 じ さ せ て い る し か し 裁 き で あ る 以 - 32 -

上 私 の 返 答 以 外 に ど ん な 応 え が あ る と い う の だ ろ う か う む そ う い う 考 え な ら も ち ろ ん 神 を 信 じ て い る だ ろ う 人 を 許 し 愛 す る と い う の は 神 と い う 愚 か な も の の 教 え だ ろ う? 何 と 恐 れ 多 い こ と を 神 が 愚 か な ど 信 じ ら れ な い 私 に は あ な た の 言 う こ と が 全 く 分 か ら な い 私 が 生 き て い た 世 界 に は 神 が い れ ば こ そ 私 達 は 安 心 し て 生 き 続 け る こ と が で き た の で す 神 は 私 の 心 の 支 え で あ り 私 に 進 む べ き 道 を 教 え て く れ ま し た 神 の い な い 世 界 な ど 私 に は 考 え ら れ ま せ ん そ れ で は 訊 く が こ の 暗 黒 の 中 で 神 は お 前 に 進 む べ き 道 を 教 え た か? い い や そ れ は こ こ に 神 が い る と 信 じ て お 前 は 安 心 し て 死 に 続 け る こ と が で き る の か? 私 に そ の よ う に 訊 か れ て も 返 答 に 困 る だ け で す お 前 が 信 じ て い る そ の 神 を お 前 は 自 分 の 目 で 見 た こ と が あ る の - 33 -

か? そ の 神 と 話 を し た り 実 際 に 触 れ た り し こ と が あ る の か? と ん で も あ り ま せ ん 神 は 偉 大 す ぎ て 私 な ど に は 見 る こ と も 話 す こ と も 触 れ る こ と も 絶 対 に 不 可 能 な の で す そ れ で も 私 は そ れ を 信 じ る こ と が で き 神 を 近 く に 感 じ る こ と が で き る の で す し か し 死 人 と な っ た 今 で は 神 が 私 に 教 え る も の は 何 も な く た だ 死 人 と し て あ る こ と だ け が 神 に 許 さ れ て い ま す だ か ら こ の 暗 黒 の 世 界 で は 神 は 私 に 進 む べ き 道 を 教 え る こ と は で き な い の で す 私 が 死 人 と し て こ こ に あ る そ れ が 神 の 意 志 で す か ら そ れ は お 前 自 身 が 勝 手 気 ま ま な ご 都 合 主 義 で 捏 造 し た 神 と い う 名 の 単 な る 偶 像 に す ぎ な い お 前 自 身 の 内 に 潜 む 不 安 が 抱 懐 す る 虚 像 に す ぎ な い い み じ く も お ま え が 言 っ た よ う に 信 じ る こ と 自 分 で 信 じ る こ と に す ぎ な い 私 に は そ れ が 神 と 名 づ け ら れ た 悪 魔 の 化 身 の よ う に 思 え る 何 で す っ て! 神 が 悪 魔 の 化 身 で す っ て! 何 と い う こ と を 神 が 悪 魔 の 化 身 だ な ん て そ ん な こ と は 絶 対 に あ り え な い 悪 魔 は 悪 魔 - 34 -

で あ り そ れ は 神 に 滅 ぼ さ れ る 運 命 に あ る の で す 悪 魔 こ そ が 世 に は び こ る 悪 の 権 化 で あ り 神 は 善 の 絶 対 的 使 者 と し て そ れ を 打 ち 滅 ぼ そ う と さ れ て い る の で す そ れ は 歴 史 が 語 る 永 遠 の 真 実 で す 悪 は 必 ず 善 に よ っ て 滅 ぼ さ れ て き ま し た そ れ が 神 の ご 意 志 な の で す そ れ ほ ど ま で に 信 奉 し て い る お 前 の 神 が お 前 達 の 歴 史 の 中 で 何 を し て き た の か よ く 考 え て み る が い い 何 の 罪 も な い 善 良 な 人 々 に 何 の 罪 も な い 善 良 な 多 く の 人 々 を 殺 さ せ そ れ を 黙 っ て 見 過 ご し て き た だ け で は な い か 殺 し 合 う の も 神 の 意 志 殺 し た 人 々 を 許 し 殺 さ れ た 人 々 を 受 け 容 れ る の も 神 と い う な ら ば 善 の 使 者 よ り は 悪 の 使 者 の 方 が ふ さ わ し い で は な い か お 前 の 信 じ て い る 神 は 悪 魔 で さ え 考 え つ か な い こ と を 平 気 で 行 い 人 々 を 破 滅 の ど ん 底 に 追 い 込 む そ ん な 神 を 信 じ る な ど 悪 魔 を 信 じ る よ り お ぞ ま し い 行 為 だ お 前 の 人 生 で 神 を 信 じ て 行 っ た こ と と は 何 だ? - 35 -

そ れ は 人 を 愛 し 思 い や り 人 か ら も 愛 さ れ る 人 間 に な る よ う に 自 分 自 身 の よ こ し ま な 欲 望 を 抑 え て き た こ と で す 人 を 愛 し 思 い や る だ と ハ ハ ハ ハ ハ ど う す れ ば そ ん な に 愚 か で 虚 偽 に 満 ち た 言 葉 が で て く る の だ ろ う こ の 偽 善 者 め! 人 間 とい う 輩 を 愛 す る ほ ど の 価 値 が あ る と い う の か 思 い や り を か け ね ば な ら な い ほ ど 尊 い も の だ と い う の か 愚 か な 人 間 共 か ら な ぜ 愛 さ れ る よ う に し な け れ ば な ら な い の か そ れ は 恐 らく そ の 方 が 人 間 と し て 立 派 で あ る そういう 評 価 が 与 え ら れ る か ら だ と 思 い ま す 人 が 生 き て い く 目 的 は 神 と 理 性 と が 規 定 す る 人 格 の 完 成 に あ り ま す そ の 目 的 に 近 づ く た め に 人 を 愛 す る の で す な る ほ ど 愚 か な 理 性 と 虚 像 に す ぎ な い 偉 大 な 神 と が お 前 に そ の よ う に 命 じ て い る よ う だ し か し 究 極 の と こ ろ そ れ は お 前 に 内 在 す る 不 安 を 打 ち 消 し た い た め の 自 己 満 足 に す ぎ な い そ の よ う に 思 い 込 む こ と で し か 自 分 自 身 の 生 を 肯 定 で き な い の だ ろ う - 36 -

た だ そ れ だ け の 理 由 で 神 が 必 要 に な り 理 性 が 華 々 し く 登 場 し て く る わ け だ も し そ う な ら 人 を 愛 さ ず 憎 し み 憤 り 恨 ん だ と こ ろ で そ れ に よ っ て 自 分 自 身 の 生 を 肯 定 し 人 生 に 満 足 を 得 る こ と が で き る な ら そ の 人 間 も ま た 立 派 な 人 間 と い う こ と に な る そ れ は 違 い ま す あ な た は 大 き な 間 違 い を 犯 し て い ま す 神 や 理 性 が 導 く 道 は 常 に 正 し く な け れ ば な ら な い の で す 間 違 っ た 悪 の 道 で た と え 自 分 自 身 の 人 生 に 満 足 を 得 た と し て も そ れ は 真 の 満 足 と は い え ま せ ん そ の 人 は 正 し い 道 を 知 り そ こ で 初 め て 真 の 満 足 を 見 出 せ る の で す ど の よ う に し て 正 し い 道 を 知 る の か? 神 と 理 性 に よ っ て 知 る と い う の か? そ う で す そ の 神 の 教 え と 理 性 は 戦 争 と い う 大 量 殺 戮 さ え も 肯 定 し て き た そ こ で は 多 く の 人 間 が 同 じ 人 間 を 敵 と し て 殺 す こ と を 正 義 だ と 教 え て い た 多 く の 人 間 を 殺 せ ば 殺 す ほ ど 英 雄 と い う 尊 称 が 与 え ら - 37 -

れ た そ れ は そ う で す が 一 部 の 戦 争 賛 嘆 者 を 除 け ば 多 く の 人 が や む を 得 な い 気 持 ち で 戦 争 に 参 加 し て 人 を 殺 し た の で す 相 手 を 殺 さ な け れ ば 自 分 が 殺 さ れ る そ う い う 状 況 に あ れ ば 仕 方 の な い こ と で す 誰 も そ の 人 達 を 非 難 で き ま せ ん そ れ は そ の 人 達 が 弱 く て 脆 い 存 在 だ か ら で す そ の よ う な 人 達 に こ そ 神 と 理 性 に よ る 正 し い 道 を 学 ば せ な け れ ば な り ま せ ん そ し て 人 間 本 来 の 悦 び に 目 覚 め さ せ 幸 福 に な る 道 を 教 え な け れ ば な り ま せ ん そ れ が 人 間 と し て 生 き る 本 当 の 素 晴 ら し さ に な る の で す 多 く の 人 間 共 が 正 し い と 信 じ て 行 っ た 戦 争 と 殺 戮 そ れ を お 前 は そ の 人 間 共 が 弱 く て 脆 い 存 在 だ っ た か ら だ と い う が 真 に 腐 敗 し て い る の は お 前 の 方 か も し れ な か っ た 彼 ら は 自 分 達 の 行 為 こ そ が 正 し か っ た と 信 じ お 前 を 否 定 す る だ ろ う そ う し な け れ ば 彼 ら の 良 心 は 永 久 に 救 わ れ な い か ら だ そ の 時 点 で は 彼 ら の 神 と 理 性 は 殺 人 も 正 し い こ と だ と 判 断 し て い た お 前 の 神 や 理 性 こ そ が 拒 否 さ - 38 -

れ る べ き も の だ と 信 じ な け れ ば な ら な か っ た お 前 の 正 し い 道 を 彼 ら に 教 え よ う と す れ ば す る ほ ど 彼 ら の 神 や 理 性 そ の 存 在 自 身 を も 否 定 す る こ と に な る 結 局 お 前 は 彼 ら の 生 を 否 定 し て し ま っ て い る こ と に な る お 前 は 自 分 の 神 や 理 性 が 下 し た 結 論 を 正 し い と 信 じ そ れ を 他 の 人 間 共 に も 強 制 し よ う と し て い る エ ゴ イ ス ト に す ぎ な い お 前 の よ う な 人 間 に は 地 獄 の 底 で 自 己 の 神 や 理 性 の 傲 慢 さ を 押 し 広 め る の が ふ さ わ し い も っ と も そ こ に は 何 も い な い し お 前 の こ と に 耳 を 傾 け る モ ノ も な い が そ れ っ き り 支 配 者 の 声 は 途 絶 え て し ま い い つ ま で 待 っ て も 静 寂 し か な か っ た 私 は 何 度 も 支 配 者 を 呼 び 戻 そ う と し た が 何 も な い 暗 闇 が 広 が っ て い る だ け だ っ た 再 び 暗 黒 の 中 で 一 つ 取 り 残 さ れ た か と 思 っ た 刹 那 捉 え が た い 力 が 急 激 に 私 に 襲 い か か っ て き た 私 は そ の 場 で 踏 ん 張 り あ ら ん 限 り の 抵 抗 を 試 み た が つ い に 力 尽 き そ の 力 に 耐 え 切 れ な く な り 私 は 二 つ に 引 き 裂 か れ て し ま っ た 私 は 暗 黒 の 中 で 絶 叫 と と もに - 39 -

辺 り 一 面 に 砕 け 散 っ て し ま っ た よ う な 気 が し た 本 当 の と こ ろ 私 は 元 の ま ま の 状 態 で い る の か 粉 々 に 砕 け 散 っ て し ま っ た の か は っ き り と は 分 か ら な か っ た あ る べ き 筈 も な い 不 快 感 が 私 に ま と わ り つ い て は な れ な い 死 人 で あ る 限 り 不 快 感 な ど 感 じ な い 筈 だ が 私 が 抱 き 続 け る こ の お ぞ ま し さ は ど こ か ら く る の か 一 向 に 見 当 さ え つ か な い 善 良 な 私 が ど う し て 地 獄 に 堕 ち な け れ ば な ら な い の だ ろ う か ど う し て こ の よ う な 暗 黒 の 世 界 に さ ま よ い 続 け な け れ ば な ら な い の だ ろ う か 支 配 者 の 裁 き の 中 で 私 は 話 す 内 容 を 間 違 え て し ま っ た のだろ う か 私 に は 支 配 者 の 言 葉 を 理 解 す る こ と が で き な か っ た 私 に ま と わ り 続 け る 不 快 感 と と も に 私 は 果 て し な く 際 限 な く さ ま よ い 続 け る Ⅴ - 40 -

引 き 裂 か れ た も う 一 つ の 私 が 今 支 配 者 の 裁 き を 受 け よ う と し て い た 支 配 者 の 声 が 厳 か に 暗 黒 の 世 界 に 響 き 渡 っ た こ れ か ら お 前 の 裁 き を 始 め る そ の 前 に も う 一 つ の お 前 の 裁 き に つ い て そ の 結 果 を 知 ら せ て お こ う ふ ん そ ん な こ と 知 っ ち ゃ い な い さ 俺 の 片 割 れ が ど う な ろ う と 俺 に は こ れ っ ぽ っ ち も 関 係 の な い こ と さ 俺 は 投 げ 捨 て る よ う に 言 っ て や っ た 死 ん で し ま っ て か ら た と え 二 つ の モ ノ に 別 れ よ う が 俺 は 俺 で し か な い 別 れ た 方 が 地 獄 へ 堕 ち よ う が ど う な ろ う と そ れ は そ っ ち の 勝 手 だ そ う か そ れ な ら そ れ で い い で は 裁 き を 始 め よ う ご た ご た と 御 託 を 並 べ な い で 早 く や っ て く れ こ っ ち は 退 屈 し き っ て い る ん だ お 前 は 人 を 愛 す る こ と が で き る か? 人 を 愛 す る こ と が で き る か だ っ て? は は は は は こ い つ は お - 41 -

か し い や こ ん な と こ ろ ま で 来 て そ ん な こ と を 訊 か れ る と は も し も 俺 に 体 が あ れ ば 腹 を 抱 え て そ こ ら 中 を 転 げ 回 っ た だ ろ う 何 も な い こ の 暗 黒 の 世 界 で こ れ ほ ど 不 似 合 い な 質 問 は な い ど う な ん だ? 支 配 者 は 怒 り も せ ず に 俺 の 笑 い が 鎮 ま る ま で 気 長 に 待 っ て か ら 言 っ た 冗 談 じ ゃ な い 俺 自 身 で さ え 愛 せ る か ど う か 分 か ら な い の に 人 を 愛 す る こ と な ど お こ が ま し っ く て 話 に な ら な い さ 第 一 ど う し て 人 を 愛 さ な く ち ゃ な ら な い ん だ 愛 す る ど ん な 価 値 だ っ て 与 え ら れ て い な い 人 間 を 傲 慢 で 憎 ま れ て も お か し く な い 猥 雑 な 人 間 を 一 体 ど う す れ ば 愛 せ る と い う ん だ い? そ ん な こ と を 無 理 強 い さ せ ら れ る く ら い な ら 死 ん で し ま っ た 方 が ま だ 俺 の 心 は 救 わ れ る と い う も の さ 俺 は 偽 善 家 ぶ る の が 一 番 嫌 い な の さ 人 に は 愛 す る 価 値 が な い お 前 は そ う 断 言 す る の か? ど う し て だ? - 42 -

そ ん な こ と 俺 の 知 っ た こ と じ ゃ な い 俺 が そ う 思 う か ら そ う な の さ そ れ よ り 人 を 愛 す る も の と 決 め 付 け て い る や つ ら の 考 え を 教 え て ほ し い く ら い だ あ ん た は こ こ の 支 配 者 だ か ら そ れ く ら い の こ と は 分 か っ て い る ん だ ろ? も ち ろ ん だ 支 配 者 で あ る 私 に 分 か ら な い こ と な ど な い そ れ は 人 を 憎 み 妬 み 恨 む よ り は 人 を 愛 す る 方 が お 前 自 身 の 心 が 豊 か に な り 人 生 を 有 意 義 に 過 ご せ る か ら だ は は は は は 全 く あ ん た は お め で た い ヤ ツ だ な こ こ の 支 配 者 が そ ん な こ と を 言 っ ち ゃ お し ま い だ な 死 ん で し ま っ た 俺 に い く ら 人 生 を 有 意 義 に か つ 幸 せ に と 言 っ た と こ ろ で 同 じ じ ゃ な い か 今 の 俺 は 死 人 と し て こ の 中 を さ ま よ う し か な い ん だ ぜ た と え 生 き て い た っ て 俺 の 心 は そ ん な 偽 善 的 な 言 葉 に 騙 さ れ や し な い さ 愚 か で 生 き る 価 値 も な い 多 く の 人 間 ど も を 憎 し み 蔑 む 方 が よ っ ぽ ど 俺 の 心 は 満 た さ れ る と い う も の だ 傲 慢 で 自 己 本 位 な や つ ら を 人 か ら 親 し ま れ 愛 さ れ る こ と ば か り を 望 み 人 を 愛 す る こ と な ど 胸 - 43 -

の 中 に 一 片 さ え も 残 し て い な い や つ ら を ど う し て 俺 が 愛 さ な き ゃ な ら な い ん だ そ ん な や つ ら に は 憎 し み と 軽 蔑 だ け で 充 分 だ な る ほ ど ど う や ら お 前 の 心 の 中 は 憎 し み で 満 た さ れ て い る よ う だ な 支 配 者 の 声 に は 憐 れ み も 賞 賛 も な く 無 色 透 明 な 響 き が あ っ た そ う さ 俺 の 心 は 憎 し み で 溢 れ 出 し そ う だ 憎 し み だ け が 生 あ る 生 を 産 む こ と が で き る 愛 な ど は 堕 落 と 安 逸 の 下 に 偽 善 的 な 死 せ る 魂 を 産 む 俗 悪 物 に す ぎ な い し か も そ れ は 無 用 の 美 辞 麗 句 と 刹 那 的 な 気 休 め に 覆 わ れ て い る そ れ に よ っ て ど れ ほ ど 多 く の 人 間 共 が 腐 敗 さ せ ら れ 堕 落 さ せ ら れ て 行 っ た こ と か 俺 は い つ の ま に か 死 ん で し ま っ た モ ノ と い う こ と も 忘 れ て 興 奮 し て い た 考 え る 方 向 は 間 違 っ て い る が お 前 は 情 熱 家 だ な お 前 の 心 の 中 は 憎 し み だ け か も し れ な い が そ の 憎 し み も 愛 と い う 情 熱 か ら く る の で は な い か? - 44 -

と ん で も な い! 愛 と い う 情 熱 な ど 体 中 に 虫 酸 が 走 る く ら い さ ほ ら そ れ が 自 分 で も 意 識 し て い る 証 拠 で は な い か お 前 は 愛 と い う 言 葉 を 心 の 中 に 受 け 入 れ ら れ な く な っ て い る そ れ か ら 逃 れ る た め に 憎 し み を 心 の 中 に 受 け 入 れ て 満 足 し て い る の だ ふ ん そ う 思 い た け れ ば そ う 思 う が い い さ 俺 は 俺 あ ん た が ど う 思 お う と 俺 の 知 っ た こ と じ ゃ な い さ そ ん な こ と を 気 に し ち ゃ い な い ぜ お 前 は ど う し て も 愛 を 否 定 し た い の だ な? い や 肯 定 し な い だ け さ な か な か 口 の 減 ら な い ヤ ツ だ な そ れ で は 神 も 信 じ て い な い だ ろ う 神? は は は は は 愛 の 次 に は 神 と き た か あ ん た に は 全 く 笑 わ せ ら れ る ぜ こ の 何 も な い 暗 黒 の 世 界 で し か も そ の 支 配 者 が 愛 と か 神 と か を 持 ち 出 し て く る の だ か ら お か し い っ た ら な い ぜ は は は は は - 45 -

よ く 笑 う ヤ ツ だ し か し こ れ が こ こ の 裁 き だ か ら も し 拒 否 し た け れ ば 拒 否 し て も か ま わ な い 私 の 裁 き を 待 ち 望 ん で い る モ ノ が 沢 山 あ り す ぎ る の で そ う し て く れ た 方 が 私 も 助 か る 拒 否 な ん て し な い さ ど う せ 退 屈 な だ け だ か ら な 拒 否 は し な い が あ ま り に も お か し な 質 問 だ っ た か ら は は は は は も う 少 し 待 っ て く れ こ の 笑 い が 止 ま る ま で は は は は は 俺 が 笑 い 終 わ る ま で 支 配 者 は 何 も 言 わ な か っ た 支 配 者 に 必 要 な も の は 寛 容 な 心 と 決 め ら れ た 常 識 で あ る さ あ も う 一 度 訊 こ う お 前 は 神 を 信 じ る の か? も ち ろ ん 信 じ ち ゃ い な い さ 一 体 ど こ に 神 が い る と い う ん だ よ も し い れ ば 俺 の 目 の 前 に 連 れ て き て も ら い た い も ん だ 第 一 何 の た め に 神 が 必 要 な ん だ? 悪 と 虚 構 に 充 ち た 世 界 に 神 な ど の 俗 悪 物 は お 呼 び じ ゃ な い ん だ よ 神 と い う 言 葉 は 善 良 な や つ ら か ら も 魂 を 抜 き 去 り 真 理 を 奪 い 倨 傲 の 迷 路 に 追 い や っ て 自 分 は 知 ら ぬ ふ り を す る 全 く い ま い ま し い! - 46 -

お 前 に か か れ ば 愛 も 神 も 俗 悪 物 に な っ て し ま う の だ な お 前 の 醜 く 歪 ん だ 心 も 神 さ え 信 じ れ ば 少 し は 救 わ れ る の だ が 俺 は 俺 で し か な い い く ら あ ん た が 俺 の 心 を 醜 く 歪 ん で い る と 判 断 し た と こ ろ で 俺 に は 関 係 の な い こ と さ そ れ は ま っ た く あ ん た の 勝 手 さ 俺 が 自 分 で 俺 の 心 は 清 浄 で 美 し い と 思 う こ と が で きれば そ れ で い い の さ も っ と も そ ん な こ と 一 つ も 思 っ ち ゃ い な い け ど さ そ う お 前 の 言 う 通 り す べ て が 個 別 的 な 問 題 に す ぎ な い の だ し か し 考 え 違 い を し な い で も ら い た の は 私 が お 前 に 神 を 信 じ さ せ よ う と し て い る の で は な い と い う こ と だ 分 か っ て い る さ 俺 は 何 も 信 じ ち ゃ い な い ん だ も し も 神 が い て 俺 の 心 を 満 た し て く れ た な ら そ れ は 俺 に 内 在 し て い る 傲 慢 さ と 自 己 保 存 が 安 逸 さ を 求 め て い る か ら な ん だ そ れ に 我 慢 で き る ほ ど 俺 は 悧 巧 で も な く 強 い 人 間 で も な い 神 を 信 じ て 俺 の 心 を 救 う く ら い な ら 俺 は 自 分 の 手 で 生 き る こ と と 絶 縁 し た い く ら い だ - 47 -

そ の 方 が 俺 の 心 は 救 わ れ る あ あ な ん と お 前 は 哀 し い ヤ ツ な ん だ そ れ ほ ど ま で に 自 分 を 苦 し め 続 け て そ の 結 果 お 前 が 得 た も の と い え ば 心 一 杯 に 満 た さ れ た 憎 し み だ け と は あ ん た に 同 情 さ れ よ う と は 思 っ ち ゃ い な い さ も ち ろ ん だ 私 は こ こ の 支 配 者 だ か ら ど ん な 感 情 も 持 ち 合 わ せ て は い な い そ れ な ら い い ん だ が 俺 は あ ん た が 考 え て い る ほ ど 苦 し ん じ ゃ い な い ぜ 俺 は 胸 に 憎 し み を 抱 き な が ら 生 き る の を 楽 し ん で い た だ け さ そ う か そ ろ そ ろ 私 の 去 る べ き 時 が き た よ う だ お 前 は 自 分 が 正 し い と 信 じ た 道 を 歩 み 続 け る が い い そ の 言 葉 を 聞 き 終 わ る と 同 時 に 俺 は 暗 黒 の 闇 の 中 で 音 も 立 て ず に 粉 々 に 砕 け 散 っ た 後 に は 何 一 つ 残 ら ず 闇 の 静 寂 が 漂 っ て い る だ け だ っ た す べ て - 48 -

が 完 全 に 消 滅 し て 無 限 の 暗 黒 の 世 界 が 広 が っ て い る 完 - 49 -