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Transcription:

図 説 中 国 力

はしがき 1 はしがき およそ 10 年前のアジア通貨危機当時 中国発の第二の危機到来 を煽 り立てる有名新聞があった しかしながら当時は 名宰相朱鎔基の巧みな 舵取りのもとで 逆風を逆手にとって飛躍し WTO 加盟までこぎつけた 2008 年秋のリーマンブラザーズ破綻を契機とする世界恐慌に際して 中国当局はいちはやく 4 兆元の内需拡大 政策を打ち出した この素早 い対応は中国内外に対して アナウンス効果 をもたらし 早くも 2009 年 3 月末には 景気底入れ を示唆する指標が現れた 本書 ページ チャイメリカ Chimerica すなわち 衰えたアメリカを支える元気の いいチャイナ という構図は 誰の目にも印象づけられ G20 の金融サミッ ト等における中国の一挙手一投足に 世界の耳目が釘付けされた 1 2009 年に中国の自動車販売量は 1364 万台となり アメリカの 1042 万台を超えて世界最大となった 中国の自動車の販売量と伸び率 1994 2009 年 万台 1,400 1,364 1,200 販売量 伸び率 37.0 1,000 46.2 36.2 25.1 870 800 3.1 14.8 13.4 7.8 7.4 1.2 14.1 15.5 13.5 722 2.0 576 600 50 938 30 21.8 9.7 10 507 439 400 200 % 70-10 325 134 144 146 157 160 183 208 237-30 -50 0 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 この図は米日を入れたものに書き直します 自動車の販売量と伸び率 1994 2009年 年度 販売量 伸び率

2 2 1.2 3 2009 3.9 5 3.3 2.7 4 GDP 2008 2010 10 2010

序 大 国 を 見 る 視 座 強 さと 脆 さの 両 面 を 見 抜 く

14 序 大国を見る視座 1 建国 60 年 改革開放 30 年 図 0-1 は建国以来の中国経済発展の軌跡を図解したものである これは 1949 年の中華人民共和国の建国から 2009 年末までの中国経済の 歩みを一覧したものである まず最上段は 毛沢東時代の 社会主義建設期 1949 年 10 月 1978 年 12 月 と鄧小平時代以後の 市場経済への移行期 1978 年 12 月 現在 に二分される 次の段には 毛沢東時代を特徴づける二つの時期 すなわち 大躍進期 と 文化大革命期 を補足した 鄧小平時代は 鄧小平が直接陣頭指揮を行っ た 改革開放期 1978 年 10 月 1994 年 9 月 と ポスト鄧小平期 に 分けられる 鄧小平は 1989 年秋にまず表舞台から引退し 次いで 1994 年 8 月 22 日に満 90 歳の誕生日を家族で祝った日を期して 舞台裏から の引退 を宣言して 以後一切政治局の文書を決裁しない 意見も述べな いことをあえて宣言したのであった 後継者の江沢民たちが鄧小平の名に おいて 鄧小平の発想とは異なる処理をおこなうことに対する牽制球と見 られる発言であった 事実 例えば台湾に対するミサイル演習などの強硬 路線は 鄧小平の柔軟な話合い路線とは明らかに異なるものであり 著者 はしばしばこの食い違いを指摘してきた さて 上から三つ目のレベルには それぞれの時期のナンバーワンの指 導者の名が掲げてある まずは毛沢東 ついで過渡期として華国鋒がサン ドイッチのハムのようにいて 次は鄧小平直系の胡耀邦と趙紫陽 これら 二人の鄧小平人脈を馬謖として斬り捨てた後に 長老李先念や陳雲の推す 候補として鄧小平がやむなく受け入れた江沢民が本来の つなぎ役 をは るかに超えて居座りを続けた ようやく胡錦濤へのバトンタッチがおこな われたのが 2002 年 11 月 第 16 回党大会 であり 中央軍事委員会主席 のポストについては さらに 2 年後の 2004 年 9 月 16 期 4 中全会 であった こうして江沢民は 1989 年 6 月から数えて 2004 年 9 月まで 15 年にわ たって権力の座にあった この 15 年のうち 鄧小平が舞台裏からの引退 を断行した 1994 年までは 実質的な権力は鄧小平の手にあり 江沢民が

15 1995 2004 10 WTO GDP 1 5 11 5 55 GDP 90 80 92 2007 17 07 2 10

16 序 大国を見る視座 図 0-1 建国 60 以来の中国経済発展の軌跡 1955 1960 1965 1970 社会主義建設期 -1978.12 大躍進期 1958.5-1961.8 1975 1980 文化大革命期 1965.5-1976.10 毛沢東 1945.6-76.9 第 1 次 5 カ年計画 第 2 次 5 カ年計画 1953-1957 1958-1962 GDP 平均成長率 9.3 % -2.0 華国鋒 1976.10-81.6 第 3 5 計画 1966-1970 9.8 第 4 5 計画 1971-1975 5.9 第 5. 5 計画 1976-1980 11.3 GDP 実質指数 1,800 1,800 1952-1977 GDP 平均成長率 5.9 1,600 1,600 GDP 成長率 対前 年 実質 右目盛 1,400 1,400 1,200 1,200 1,000 1,000 800 800 600 600 400 400 GDP 1952 年を 100 とする指数 200 200 100 0 1960 1965 1970 1975 1980 1952 1953 1954 1955 1956 1957 1958 1959 1960 1961 1962 1963 1964 1965 1966 1967 1968 1969 1970 1971 1972 1973 1974 1975 1976 1977 1978 1979 1955 78 年 76 11 期 中全会 改革開放決定 年 毛沢東死去 72 年 日中国交回復 66 年 文化大革命開始 58 年 大躍進と人民公社運動 年 中華人民共和国成立 49 3

08 年挿入 要点検 序 大国を見る視座 17 1980 1985 1990 1995 市場経済への移行期 1978.12- 鄧小平時代 1978.12-1997.2 第 7 5 計画 1986-1990 7.6 2005 ポスト鄧小平期 趙紫陽 1987.1-89.6 胡耀邦 1981.6-87.1 第 6 5 計画 1981-1985 12.1 2000 胡錦濤 2002.11- 江沢民 1989.6-02.11 第 8 5 計画 1991-1995 13.0 第 9 5 計画 1996-2000 8.3 第 10 5 計画 2001-2005 9.6 第 11 5 計画 2006-2010 % 4040 1978-2008 GDP 平均成長率 9.0 % 3030 2020 1010 00-10 -10-20 -20 GDP 1978 年を 100 とする指数 -30-30 GDP 2000 年を 100 とする指数 -40-40 -50-50 1985 1990 1995 2000 2005 08 09 60 周年軍事パレード 年 北京オリンピック 5 06 年 青海 チベット 鉄道開通 03 年 有人宇宙船 神舟 号 打ち上げ 資料 国家統計局編 新中国 60 年 により 21 世紀中国総研作成 01 年 中国のWTOに加盟 99 年 西部大開発戦略決定 マカオ返還 97 年 香港返還 94 年 鄧小平死去 92 年 鄧小平南巡講話 89 90 年 浦東開発戦略決定 年 天安門事件 発生 沿海開放都市指定 14 87 年 社会主義初期段階論提起 84 年 年 深圳 珠海 汕頭 厦門を特区に 80 年 建国 1980 1981 1982 1983 1984 1985 1986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 1980

18 序 大国を見る視座 2 バターより大砲を欲しがる愚行 ドルは世界の基軸通貨 key currency であり 米国を除く世界に流通 するのは 約 7770 億ドルの全発行額のうち 5120 億ドル 約 66% であ る 米国国内で約 3 分の 1 国外で約 3 分の 2 が用いられている 米ドルはリーマンショック以後の金融危機で相当に傷ついた とはいえ 近い将来に米ドルが基軸通貨の地位を失うという見通しはない 理由は簡 単だ 無責任とはいえ ドルに代替できる通貨がないからだ それゆえ 世界経済の安定のためには たとえ ドルは衰えた とはい え ドルをひたすら支え続けるほか道はない とする議論が広くおこな われている これは 世界経済の安定 と ドルの支配 を混同した詭弁 であろう 長らく双子の赤字を抱えて解決のメドの立たないドルを守るこ とによって世界経済を守る道は たしかに一つの方法だ しかし長期的に見ると もう一つのより妥当な道がありうる なにより も人民元はハードカレンシー化を急ぐべきだ そして半人前の地位から脱 却して 中国経済の 飢餓輸出体質 を改め 大砲よりもバターを 政 策の基調として選び 米国のグリーンカードに憧れる中国人に 中国人と しての誇りを持てるような政策に転換すべきである 国を真に守るのは 実際には使えない核兵器 ではなく 人々の 真 の愛国心 だ そのような中国であれば 周辺の諸国と中国とは 元 円 ウォンのアジア通貨圏を構成できよう EU はすでにそのような世界を 構築した アジアにおいて類似の世界が創造され さらに石油輸出圏もま たそれなりのオイルダラー圏を構築するならば 基軸通貨としてのドルの 重荷は それぞれの多極通貨圏に肩代わりできよう 弱り目に祟り目のドルを助ける道は ひたすらドル国債を買い続けるこ とではあるまい ドルに依存するのではなく 各自が自分の足で立つこと それが肝要であり そうすれば世界経済にとってのドルの負担は軽くなる これこそがドルを助ける道であり 世界経済の安定化への道であろう

序 大国を見る視座 19 3 ダブルスタンダードを操る詐術 ダブルスタンダード その 1 中国の行方を再考してもらううえで重要な論点を繰り返しておく GDP はドイツを抜いて世界 3 位 2010 年には日本を抜いて 2 位になる 一人 当たりでは百位以下 これは歴史的要因によるとはいえ 中国当局がギャッ プを縮小させる方向に向かって努力するよりは 二つの指標の使い分けに 腐心していることの結果でもあろう つまり 後者を 途上国の特権 と していわば 悪用 している すなわち地球環境問題においては二酸化炭 素の削減義務を免れる口実として悪用し 先進国側の人権批判に対しても 途上国を理由に挙げて 国権 や 集団的人権 を主張している この ような姑息な態度は GDP 世界 2 位の誇りと相容れないものだ ダブルスタンダード その 2 2020 年までに数隻の空母建造の計画を持つ意向は かねて憶測として 語られてきたが 2007 年以来解放軍の責任者が語るようになった 日本 の浜田防衛相の訪中に際しても これは GDP 大国にふさわしいもので 当然だと大国ぶりを強調した しかし 大量の 貧民 問題解決が先ではないのか 政策の優先順位を 熟慮することは喫緊の課題であろう 単なる大国意識では 夜郎自大を免 れない 天安門事件以後 20 年 軍事費は 2 桁伸びを続けてきたが これ は 政治体制の危機 を 軍事力の示威 によって乗り越えようとするも のにほかならない バターよりも大砲を 選ぶ軍国主義の過ちを繰り返してはなるまい 過去 10 年に限ると 特に台湾との軍事力バランスが強調された しかし これは大陸の市場経済移行により 台湾との経済協力は進み 平和共存の 条件が深まるなかで 台独 李登輝 陳水扁 批判を口実として軍拡に走っ たものであり 雪解けムードのなかでの時代に逆行する軍拡競争であった 著者自身は 1997 年夏休みを台北で過ごし 金門島も訪れ 対大陸前線の

20 序 大国を見る視座 キョウさん 矢吹先生と矛盾しない か 図 0-2 中国が空母を建造すべき時はまさに至れり 2009 年 4 月 23 日 中 国海軍は建軍 60 周年 の海上パレードを行っ た 新華社の主管する 国際先駆導報 は 中 国が空母を建造すべき 時はまさに至れり と いうリードで上海江南 造船所で最後の準備段 階と報じた 平和共存の現実を強く実感した体験を持つ 大陸のミサイル演習と米空母 による示威によってもたらされた事態は 人為的に作り上げられたまった くの 疑似緊張 にすぎなかった しかしながら 人民日報 傘下の 環 球時報 は 終始海峡危機を煽り立て続けた その弁解に曰く 読者の ニーズに応えるもの だ と 中国のマスコミは中国共産党中央宣伝部に よって巧みに管理されており 読者のニーズに応えるニュースを報ずる体 制にはなっていない しかしながら このような場合にのみ 読者の需要 を強調するのも ためにする議論であることは明らかであろう 以上 繰 り返し指摘したように 貧民軍事大国 は恥ずべき現実である 経済政 策の目標を大転換して ①大砲よりもバターの路線を選び 軍国主義をやめるのが望ましい ② 富国強兵 路線ではなく かつて中国自身が強調したように 平和 的勃興 原文 和平崛起 により 富民 一人当たり所得 に目を向け 和諧社会の建設に真に取り組むべきである ③少数民族の自治 貧困対策にも目を向けるべきである そして ④経済的条件の成熟を踏まえて 漸次 政治改革に踏み込むべきである 政治改革の立ち遅れが間違った経済政策が修正されないことの根因であ ることを明確に自覚すべきであろう

序 大国を見る視座 21 4 中国は己自身をどう見ているか 2009 年 12 月 24 日 中国社会科学院第一学術報告庁で 2010 年の世界 経済と国際情勢報告会兼 2010 年 世界経済白書 国際情勢白書 の発 表会がおこなわれた 中国社会科学院は政府機関ではあるが 経済行政を 担当する役所ではない そこで誤解を防ぐために これは 白書 ではな く 黄書 と名付けられている しかしこれも誤解を招き易いので こ こでは 白書 と訳しておく その結論は 中国の総合国力 はグローバルに見て 世界第 7 位 軍 事力は第 2 位 である 軍事力の高い評価は主として 1. 軍の人数が多い こと 2. 装備量が大きいこと 3. 軍事費が上位にあること のためである この報告は 11 カ国 すなわちアメリカ 日本 ドイツ カナダ フランス ロシア 中国 イギリス インド イタリー ブラジルに対して 総合 国力 を分析 評価した結果 上記の結論を得た としている 評価の指 標システムには 1. 領土と自然資源 2. 人口 3. 経済 4. 軍事 5. 科技の 5 項目を直接的構成要素とし さらに 6. 社会発展 7. 持続可能性 8. 安全 と国内政治 9. 国際貢献の 4 項目を補足的要素と見て斟酌したものである 白書 によれば アメリカは超大国として 多方面で優勢であり 他国 と同じレベルでは比較できない アメリカは 6. 社会発展 7. 持続可能性 8. 安 全と国内政治の 3 項でやや得点が低いが なかでも 3. 経済 4. 軍事 5. 科 技と国際貢献の 4 項がナンバーワンであり 1. 資源はナンバーツーである 日本は総合国力はナンバーツーだが 1. 領土と資源 2. 人口の両項目の 得点がきわめて低く 4. 軍事力が弱いのを除けば 他の項目は上位である 本報告は軍事力を量的に評価したのみで 質的要素は評価していない 日本の軍事力は 少数精鋭の典型であり 日本の軍事的地位は実際上はこ の順位よりも高い ロシアと中国の順位は第 6 位 第 7 位である ロシア の長所は 1. 領土と資源であり 中国の長所は人口である ロシアと中国 は軍事力では 3 位と 2 位である 両国の軍事装備 とりわけ通常兵器 の 現代化程度は西側やアメリカとかなりの距離がある 中国は人口が多く

22 序 大国を見る視座 総合国力 キョウさん 太線及 び出所は 図 0-3 自己評価版 中国の総合国力 社会発展 韓国 インド 政府ガバナビリティ アメリカ 3 日本 メキシ コ 2 スペイ ン フラン ス 1 0 ブラジ ル G2 という略語で 中国 とアメリカ を指し か つての 米ソ結託 のイ メージを 中米 に擬す る発想が流行している これに少しお化粧をした のが Chimerica チャイメ リカ 論である 左図 太線 では 中 国の総合国力 はグロー バルに見て 世界第 7 位 と位置づけいる 英国 オース トラリア ドイツ イタリー 中国 カナダ ロシア 資料 全球政治与安全 報告 総合国力の順に右回り 十分な労働力を供給できるが 基数が過大なことも明らかで しかも中国 ではすでに高齢化問題が現れている これは将来の発展において注目を要 する 全球政治与安全報告 2010 社会科学文献出版社 2009 年 12 月 資料 出版 274 275 ページ 2010 年版は 各国の具体的な評価点は読めないので 15 国対象の前年版 をグラフ化したものである ここでは総合国力は 1. アメリカ 2. 日本 3. メ キシコ 4. フランス 5. 英国 6. ドイツ 7. 中国 8. ロシアとされ 軍事 力は 1. アメリカ 2. ロシア 3. イギリス 4. フランス 5. 日本 6. ドイ ツ 7. 中国の順だから 中国の軍事力は あっという間に 7 位から 2 位に 上昇したという話になる 読者はこの分析をどう読まれるであろうか 著者にはほとんど子どもの戦争ごっこ プラモデル遊びの類に思われる 総合国力とは national power であり その定義はかくかくしかじか と学者 たちは大まじめだが 著者には御用学者の猿芝居に見える 国家の安全保 障を軽視するつもりは毛頭ない ただし バターか 大砲か の大きな選 択についてなに一つ意見を述べず 大砲路線 を前提として アメリカの 軍事戦略のまねごとに狂奔する中国を危ういと見るのが著者の立場である

序 大国を見る視座 23 5 腐敗しない独裁政権はない 北京五輪のメダルはスポーツマン個人への表彰だが 史上最高のメダル 数 金 51 銀 21 銅 28 計 100 は 国家を単位として数えたマクロである コペンハーゲン会議で 中国の排出量は小さいと声高に主張したのはミ クロであり マクロならば排出量世界一である 中国は 2020 年までに GDP 当たり 2005 年比 40 45 減 という 国内行動目標 を掲げた 各国がさまざまの基準で さまざまの目標を掲げているために それら の提案の評価は混乱しがちである 地球環境産業技術研究機構 Research Institute of Innovative Technology for the Earth, RITE が同じ尺度に換算すれ ば その核心はなにかが見えてくる CO2 を 1 トン削減するために 各国 はどれほどのコストをかけるのか 限界削減費用 という視点から試算す ると こうなる 日本 476 ドル EU48 135 ドル アメリカ 60 ドル カナダ 111 ドル オー ストラリア 45 92 ドル ロシアはコストゼロで達成可能 韓国 21 ドル 中国 0 3 ドル インドはコストゼロで達成可能 である ここから明ら かなように 日本は CO2 削減のために最もカネをかけようとしている それだけではない 中国の提案は 年率換算 3.4% 4.0% で削減する というものだが 中国の GDP 成長率は この間年率 8.2% 程度と予想さ れ 成長率が削減率を上回る その結果 実際には 2005 年比で 87.8 104.8% の 排出量増加 となる計算だ これまでに CO2 をまき散らして きたのは 先進国であり 既往を問わず これから発展しようとする途上 国の経済成長を邪魔するのは不公正だとする途上国の主張には一理ある GDP 成長と化石燃料消費を連動させ エネルギー原単位当たりの排出量 を削減する発想は これからの目標設定の基準自体としては妥当なもので ある ただし これまでに蓄積されてきた CO2 の 排出責任 が相対的 に小さなことを理由として まだ排出枠が残されている という主張な らば 問題がある 削減構想として提起されながら 結果的に排出量増加 になるのは 努力が足りないと言わなければなるまい

24 30 2009 60 60

序 大国を見る視座 25 6 その強さと脆さ ス ー ザ ン シ ャ ー ク の 中 国 危 う い 超 大 国 China-Fragile Superpower: How China's Internal Politics Could Derail Its Peaceful Rise, NH K出版 2008 年 3 月 が話題になり 改めて中国の 超大国 ぶりと その 脆弱性 に人々の視線が集まって久しい スーザン シャークの本は fragile がキーワードだ 自動車のフロントガラスのように 風圧にはきわ めて強いが 小石を拾っただけで 粉みじんになるケースがこの形容詞に ふさわしい あるモノには一見きわめて強く見えるが あるモノには実は きわめて弱い このように 強さと弱さ に腑分けして大国を見る一例は カーター政権時の国家安全保障担当大統領補佐官ブレジンスキーの ひよ わな花 日本 日本大国論批判 The Fragile Blossom: Crisis and Change in Japan, サイマル出版会 1972 年 などが代表的である 先輩ブレジンスキー は元来旧ソ連を専門とする研究者であり 旧ソ連の 強さと脆さ を論じ て話題になったが このような系譜を意識して後輩のシャークは 中国を 見直そうとしたものである シャークによれば 中国はすでに 大国 ではあるが まるで自信や誇 りがない そこでひたすら 強国 への道を突進することになる そのよ うな中国は なるほど 危うい 隣人だが 脆弱 だからこそ 危うい と見るのがシャークの基本的な観点であろう シャークの本は 著者の体 験的中国研究と外交官としての対中国交渉で得たものが見事に一体化し て 読みごたえのある分析に結実した 中国を知るうえで役立つばかりで なく 中国という鏡に映したアメリカの姿を知ることもでき 日中摩擦を 考えるうえでも示唆に富む分析が見られる 超大国 中国の隣人として中国を観察してきた日本のチャイナ ウォッ チャーの観点から見るとき 近年の中国はどのような観察ポイントに留意 すべきであろうか 2008 年の毒ギョーザ 東シナ海ガス油田問題 北京 五輪聖火リレー 胡錦濤訪日 四川省大地震 中台首脳会談 陳雲林 江 丙坤 G20 金融サミット 2009 年の 7 月 5 日ウルムチ暴動 10 月 1 日建

26 60 12 COP15 10 6 11 2008 10

序 大国を見る視座 27 7 政治改革を棚上げにした共産党官僚 中国共産党の党員 7000 万人という数字は その大部分が烏合の衆か さもなくば 党員となることによって私利私欲を図る輩ではないかと私は 目見当をつけている しかし 5 ぐらいは 真のエリートが含まれていよ う それでも 350 万人の志の高い人々がいることになる つまり 9 割以 上の無能な あるいは堕落した党員を見て 中国に未来はないというのは 妥当ではなく 5 のエリートが明日の中国を支えるというのも 一面的 であろう 要は両者の要素をいつも注視しておくということだ つまり中国観察の 第 1 のポイントは やはり人の動き 世論の動きであろう 強さも弱さも そこに露呈されるはずだ 第 2 のポイントは格差である 都市と農村の格差 辺境と沿海地区の格 差など 本書で具体的な数字を掲げたように ページ 日本では考え られないほどに大きい しかし この格差を否定的に見るのは 大間違い であろう 水は低きに流れるが 人は高い所得を求めて動く 現代中国の 途方もなく大きな格差こそがハングリーな人々を突き動かす原動力となっ ている事実は いくら繰り返しても誇張にはならない 水は平準化すると 流れが止まり 腐敗するが 流水は腐敗しない 中国を突き動かしている のは この落差エネルギーなのだ 経済成長が止まらないかぎり この落 差エネルギーは活力にこそなれ 社会不安とは結びつかない むろん社会 の最底辺部分に餓死が大量発生する事態になれば 話は別だが 普通の政 府ならば 最低限その程度の対応能力を持つはずだ 第 3 に 資源 環境の制約が中国的高度成長の制約条件となることは明 らかであり 北京オリンピックを通じて中国がこれまで以上に世界に扉を 開くことは確かであり 地球環境の制約下での経済成長路線は 中国にとっ ても逃れられない制約であり 日中が戦略的互恵関係を構築できる分野は まさにこれをおいてほかにはない 最後に 政治改革の問題だが 現局面の問題を単に一般化して 中国共

28 序 大国を見る視座 産党の独裁 に帰するのは 過度の単純化であり 解決すべき課題を取り 違えたものというべきであろう 経済改革が進み 市場経済化が進展したにもかかわらず それに 対応 した政治改革を欠如していたこと にこそ真の問題がある 天安門事件と 旧ソ連解体という二大衝撃に挟撃されて 政治改革を一切停止したまま 経済改革だけを進めたところに矛盾の結節点がある この結果 市場経済化のなかで 幹部特権を経済的権益に変えた特権幹部 が社会の超特権階層に成長しつつ 彼らの脱税や社会的行動は幹部特権に 守られていかなる規制も受けない このような既得利益享受階級が政治を壟 断し 徒党を増やし 共産党組織を動かしていることが問題の核心なのだ 腐敗官僚たちの同盟軍は 党内の改革反対を唱える保守分子だ いわゆ る開発独裁体制の効用は明らかであるが その体制下で成長した最上層幹 部たちが 開発独裁体制を擁護する側に回り さらなる改革 特に政治改 革の桎梏と化していることが政治問題の核心である 江沢民長期政権は そのような負の構造 腐敗構造をビルトインしたことで大きな責任を持つ と言わなければならない コラム 0-1 中国農業発展銀行の汚職判決 (2006 年 11 月 10 日 北京市高級人民法院判決 ) 被告 胡楚寿 徐放鳴 蔡国安 黄俊傑 趙東明 当時の地位 罪状 もと中国農業発展銀行副行長 国有 汚職罪で無期懲役 重点金融機構監事会主席 もと中国農業発展銀行財会部主任 汚職罪 公金流用罪 収 中国農業発展銀行副行長 賄罪で無期懲役 もと国務院財政部金融司司長 汚職罪で懲役 13 年 もと北京美禾電子公司総経理 贈賄罪で懲役 20 年 もと亜捷電子 ( 深圳 ) 公司董事長 贈賄罪で懲役 15 年 もと中国電子租賃有限公司副総経理 汚職 贈賄 公金流用罪 王剛 もと中国瑞聯実業集団公司副総裁 于大路 で懲役 20 年 汚職罪で懲役 13 年

序 大国を見る視座 29 8 日本と中国との経済成長の対比 日本と中国の GDP 成長率を戦後 60 年間で対比して見よう 毎年の成長 率をそのままグラフに描くと 30 31 ページの図 0-5 のように 振幅が大 きすぎて 傾向がよく見えない そこでたたでは 5 カ年移動平均 によっ て山と谷とを少し均したグラフを作ると 下のグラフになる 岸信介内閣が安保騒動で退陣したあと 池田勇人内閣は所得倍増計画を 打ち出した 60 年代を通じて日本は高度成長を続け それは 70 年代始め の第一次石油ショックまで続いた 同じ頃 中国は毛沢東の 大躍進運動 が行われ その意図とは裏腹に 経済危機 食糧危機に陥り その修復政 策をめぐって毛沢東と実権派との権力闘争が生まれ 文化大革命に突入し た この期間は 唯一 日本の成長率が中国を上回った時期である 70 80 年代の日本は 60 年代のような高度成長ではなかったが 先進 国としては かなり高い成長率を維持して ジャパン アズ ナンバーワ ンの称賛を得た しかし日本バブルが弾けて 10 年 日本は低成長 否ゼ ロ成長率さえ体験した 79 年末に 鄧小平の改革開放が始まると 中国経済は活性化し始めた そして 80 年代半ばから今日まで 二つの谷を経験しつつも 谷底が 8% という高い成長率を維持した 日本は高成長 中成長 低成長の 3 段階で 衰えつつあるが 中国の高度成長は当分続く 図 0-4 日本と中国の成長率比較 5 年間移動平均 15.0 13.0 11.0 9.0 7.0 5.0 3.0 1.0-1.0-3.0-5.0 中国 日本 1953 1958 1963 1968 1973 1978 1983 1988 1993 1998 2003 2008

30 序 大国を見る視座 図 0-5 日本と中国の成長率比較 実質年率 第 4 循環 第 5 循環 第 3 循環 62.10 54.11-58.6 58.6-62.10-64.10 第 6 循環 65.10-70.7 第 7 循環 第 8 循環 71.12-75.3 75.3-77.10 神武景気 山 57.6 オリンピ 岩戸景気 列島改造ブーム 円高不況 いざなぎ景気 山 61.12 ック景気 山 73.11 山 70.7 後退期 鍋底不況 山 64.10 後退期 ニクソン不況 後退期 第一石油危機 30.0 30.0 25.0 25.0 中国 20.0 20.0 日本 中国 15.0 15.0 日本 10.0 10.0 5.0 5.0-10.0-10.0-15.0-15.0-20.0-20.0-25.0-25.0-30.0-30.0 流れ 50 年代 60 年代 整頓期 初期 建国期 経済調整期 発展安定期 中期 発展 安定 期 経済回復期 混乱期 後期 三面紅旗 文化大革命 経済調整期 経済回復期 洋躍進 70 年代 1983 1982 1981 1980 1979 1978 1977 1976 1975 1974 1973 1972 1971 1970 1969 1968 1967 1966 1965 1964 1963 1962 1961 1960 1959 1958 1957 1956 1955 1954-5.0-5.0 1953 0.0 0.0

第 9 循環 第 10 循環 83.12-86.11 77.10-83.2 第 11 循環 86.11-93.10 第 12 循環 93.10-99.1 第 13 循環 99.1-02.2 第 14 循環 02.2- 後退期 第三次平成不況 後退期 第一次平成不況 後退期 第二次平成不況 いざなみ景気 山 07.10 バブル景気 山 91.2 世界同時不況 ハイテク景気 山 85.6 第二次石油危機 後退期 円高不況 カンフル景気 山 97.5 30.0 30.0 25.0 25.0 20.0 20.0 15.0 15.0 中国 10.0 10.0 5.0 5.0 2008 2007 2006 2005 2004 0.0 0.0 2003 2002 2001 2000 1999 1998 1997 1996 1995 1994 1993 1992 1991 1990 1989 1988 1987 1986 1985 1984 1983 1982 1981 1980 日本 1979 1978 序 大国を見る視座 31-5.0-5.0-10.0-10.0-15.0-15.0-20.0-20.0-25.0-25.0-30.0-30.0 80 年代 経済調整 改革開放第一次発展期 第二回天安門事件 90 年代 経済調整期 改革開放第二次発展期 江沢民体制 2000 年代 WTO 加盟 物流 流通の発展 環境破壊 人口流動 資料 中国は国家統計局 新中国 60 年 日本は内閣府により 21 世紀中国総研作成

32

1. 人 口 一 人 っ 子 政 策 でも 13 億 から 14 億 に

34 1 人 口 1 巨大人口のうねり まず図 1-1 のグラフをご覧いただきたい 棒グラフと折れ線グラフから なる 棒グラフは総人口が過去 60 年間 1949 2008 にどのように増え てきたかを示したものだ 建国当時の 5 億 4167 万人から 2008 年末の 13 億 2802 万人まで 2.5 倍に増えた 伸び率は年率 1.02% である この間 人口の伸びは一様ではなかった 第一次増大期 1949 57 減少期 1957 61 第二次増大期 1961 70 抑制期 1970 80 第三次増大期 1980 90 安定期 1990 2008 に 6 区分できる 国 家統計局編 新中国 60 年 48 ページ 建国初期には 長い戦争と内戦を経て国内秩序が回復されたこと 新政 府が土地改革をおこない それまで結婚もできないような貧しい農民に結 婚の機会が与えられたことなどによって 最初のベビーブームが起こった これが第一次増大期である 革命の成功に幻惑された毛沢東が観念論に陥 り 人民公社 大躍進運動を呼びかけたが これは惨憺たる失敗に終わり 食糧不足のために飢餓状況がもたらされた 餓死者は約 2538 万人程度と推 計されている コラム 1-1 参照 これが 減少期 である 経済調整政策により経済が回復するや人口の伸びも回復して 第二次増 大期が現れた この時期の前半は第一次増大期の続きだが 後半には 第 一次ベビーブーマーが結婚期に入ったことを反映している こうしてベ ビーブーマーによるベビーブームが現実の姿として現れるに及んで 中国 政府はいよいよ本格的な 一人っ子 政策の強行を迫られた 毛沢東は人口抑制を主張する馬寅初 当時北京大学学長 を批判して 口 は一つだが 手は二本だ 二本で働いた食糧が需要に追いつかないはずは ない と主張したが やはりマルサスに依拠した馬寅初 * が正しかった * 馬寅初 1882 1982 年 1906 年アメリカに留学し イェール大学で修士号 コロンビア大学 で博士号を得た 1951 年北京大学学長になるが 60 年 1 月解任された 1979 年 9 月名誉回復 1982 年 5 月死去 抑制期 の 10 年のあとに第三次増大期が現れる これは一人っ子政策

1. 人 口 35 1990 3 21 2033 15 1.8 2033 2009 9 21 2008 13.3 1 7000 10 30 4 70 17 13.3 4 GDP 800 2008 GDP 3000 17 2200 CO2 3.8 4 15

36 1 人 口 図 1-1 中国の総人口と増加率の推移 1949 2008 年 ` 平均増加率 25.6 3 年自然災害 平均増加率 27.5 1979 年一人っ子政策開始 ` 純増 1.05 億人 ` 純減 135 万人 純増 1.57 億人 純増 1.35 億人 平均増加率 16.4 第一次増大期 減少期 第二次増大期 抑制期 1949 50 52 54 56 58 60 62 64 66 68 70 72 74 76 78 80 60 62 64 66 68 70 72 74 76 78 80 千万人 140 48 130 44 120 40 出生率 右目盛 110 36 100 32 2890 自然増加率 右目盛 2480 2070 1660 1250 840 死亡率 右目盛 430 020-410 -8 0 1949 50 52 54 56 58 資料 中国人口統計年鑑 各年版 中国統計摘要 2009 年版

1 人 口 37 平均増加率 14.9 平均増加率 8.1 純増 1.43 億人 1991-2008 年純増 1.85 億人 2000 年以後は年純増 1000 万以下に 第三次増大期 安定期 82 84 86 88 90 92 94 96 98 00 02 04 06 08 140,000 44 130,000 40 120,000 36 110,000 32 24 80,000 20 70,000 16 60,000 12 50,000 86 88 90 92 94 96 98 00 02 04 06 08 都市人口 90,000 4 84 100,000 28 8 82 農村人口 48 40,000 30,000 0 20,000-4 10,000-8 0

38 1 人 口 コラム 1-1 大躍進期の餓死者の推計 大躍進期の餓死者数の推計には いくつかの方法が考えられるが A は 1958 年と 1963 年とを結び その線から下回る部分を不正常な減少 すなわ ち餓死者と見る推定である この場合 1959 年 653.7 万人 1960 年 797.2 万人 1961 年 1314.8 万人 1962 年 988.6 万人 計 3754 万人という数字が得られる 1982 年センサス に示された 1963 年の数字が 急激な減少からの回復要 因を含む ことからして 最も大きな推計数字となる 第二の推計は B のように 1956 1965 年の平均伸び率を想定して それと 82 年センサス とのギャップを非正常減少 すなわち餓死者と見る 見方である この場合には 表のように 1924 万人となる 第三の推計 C は 移動平均法 ここでは 9 カ年移動平均をとる により 中国人口の伸び率を想定して その想定と 82 年センサス とのギャップを 死亡率と考えるやり方である この場合は 1956 1965 年の 10 年間 2,538 万人が平均伸び率で得た数字よりも少ない という結果が得られる こうし て 3,754 万人 説を過大なものと斥け 1924 万人 説を過小評価と斥け A 1958-63 年の数字を結び欠けた部分を餓死者と解して 3754 万人説 単位 人 1956 1957 1958 基準 1959 1960 1961 1962 1963 基準 1964 1965 58-63 累計 1982 年 センサス a - b 2,500 b 2,000 17,932,830 19,459,780 20,821,965 22,279,502 23,839,067 25,507,802 27,379,596 万人 3,000 18,876,181 19,459,780 0 14,284,240 6,537,725 14,307,193 7,972,309 10,690,834 13,148,233 15,620,970 9,886,832 27,379,596 0 25,131,408 24,417,934 37,545,099 1,500 1,000 500 0 1956 1957 1958 1959 1960 1961 1962 1963 1964 1965 1958-63 平均成長 率で試算 した人口 a 年の数字を結び欠けた部分を餓死者と解して 1982年センサ ス 58-63平均 成長率で試算し た人口

1 人 口 39 両者の中間をとって 2538 万人程度と見ておく 中国政府はこの問題について説明責任を果たすべきである B 餓死者推定 1924 万人説 万人 3000 単位 人 2500 1956-65 平均線 2000 1500 統計年鑑に よる 1000 500 0 1956 1957 1958 1959 1960 1961 1962 1963 1964 1965 1956 1957 1958 1959 1960 1961 1962 1963 1964 1965 合計 b - a 統計年鑑 1956-65 平均 による a b 0 17,932,830 17,932,830-387,433 18,876,181 18,488,748-397,881 19,459,780 19,061,899 5,368,578 14,284,240 19,652,818 5,954,862 14,307,193 20,262,055 10,199,345 10,690,834 20,890,179 5,916,804 15,620,970 21,537,774-5,174,151 27,379,596 22,205,445-2,237,594 25,131,408 22,893,814 0 24,417,934 24,417,934 19,240,000 C 9 カ年移動計算により試算し 1982 年センサスとの差 2538 万人説 死者推定1924万説 万人 単位 万人 75,000 73,000 統計年鑑によ 71,000 る 1956 69,000 1957 1958 67,000 1959 1960 65,000 1961 63,000 1962 1963 61,000 1964 59,000 1965 1793 1888 1946 1428 1431 1069 1562 2738 2513 2442 1956-65平均線 移動平 均(a) 1793 1849 1906 1965 1982年 2026 センサス (b) 2089 2154 2221 2289 2442 55,000 1956年 1957年 1958年 1959年 1960年 1961年 1962年 1963年 1964年 B-A -387,4-397,8 5,368,5 5,954,8 ###### 5,916,8 ###### ###### 192425 57,000 1953 1954 1955 1955 1956 1957 1958 1959 1960 1961 1962 1963 1964 1965 1953 1954 1955 1955 1956 1957 1958 1959 1960 1961 1962 1963 1964 1965 合計 移動平均 a 1982 年セ a - b ンサス b 58,774 58,796-22 59,939 60,266-327 61,028 61,465-437 62,240 61,465 775 63,209 62,828 381 63,994 64,653-659 64,775 65,994-1,219 65,631 67,207-1,576 66,635 66,207 428 67,714 65,859 1,855 68,813 67,295 1,518 69,965 69,172 793 71,224 70,499 725 72,831 72,538 293 2538 統計年鑑による1956-65平均線 17932830 17932830 18876181 18488747.73 19459780 19061898.91 14284240 19652817.78 14307193 20262055.13 10690834 20890178.84 15620970 21537774.38 27379596 22205445.39 25131408 22893814.19

40 1 人 口 2 人口ピラミッドの変遷 中国の人口センサスはこれまで 5 回おこわれてきた 第 1 回は 1953 年 第 2 回は 1964 年 第 3 回は 1982 年 第 4 回は 1990 年 第 5 回は 2000 年 である 次の第 6 回は 2010 年におこなわれる予定だ センサスは 10 年に 一度しかできないが サンプリング調査は毎年おこなわれている さて 2007 年のサンプリング調査 対象は 0.09% に基づいて性別 年 齢別に構成比を一覧する人口ピラミッドを描くと 図 1-2 のようになる 大きく三つの部分からなるので いわば 三重の塔 だ 抗日戦争期に生まれた世代は 60 歳台の後半が中心で この時期の増 加率の小さなことが垂直な あるいは減少さえ含む形に現れている 平和 な時期になると 人口が急増しピラミッド型になるが 3 年の自然災害 期 実は人民公社の失敗による食糧危機で餓死者が続出した 40 歳台後 半の鋭いくびれは その傷跡を端的に示す 文化大革命期 特に後半期以降に 大きなくびれがみられるが これは 70 年代初頭以後 一人っ子政策が始まったことを反映している 本格的な一人っ 子政策が始まって約 30 年になる すなわち 30 歳未満の人々は すべてこの 政策が強行されるなかで一人っ子として生まれた しかし 農村では第 1 子 が女児の場合 第 2 子を生むことが容認されたし第 2 子も女児の場合は第 3 子も事実上認められた 男児を持つことは老後保障を持つことだから 社会 保障の整っていない農村での一人っ子政策にはムリがあった 中国の人口ピラミッドの構造変化 図 1-3 は 1950 年の姿は細身のピラ ミッドである 1970 年のそれは 新中国になってから生まれたベビーブー マーたちが がっちりと基礎を支える 若い人口構造を示している 1990 年のそれは 30 40 歳台になり 一人っ子政策の世代がティーンエイジャー になったことを示している 2010 年のそれは ベビーブーマーが 60 歳台に なり 40 歳台以下のすべての年代が一人っ子世代になり 垂直の壁を構成 している 2030 2050 年の未来を展望すると 減少傾向の若手世代が急 速に高齢化する両親や祖父母の介護に悩まされる構図が浮かぶ

1 人 口 41 図 1-2 全国の性別 年齢別人口の構成比 2007 年 2007 年 0.900 サンプリング調査 % 1.5 1.0 0.5 0 85 歳 0 以上 0.5 1.0 1.5 % 84 80 歳 老齢人口 男 女 79 75 歳 74 70 歳 8.1% 69 65 歳 抗日戦争期 1937 45 生 64 60 歳 59 55 歳 国民経済回復期 1953 57 生 54 50 歳 49 45 歳 3 年の 自然災害 1959 61 生 44 40 歳 成年人口 39 35 歳 72.5% 文化大革命期 1966 76 生 34 30 歳 29 25 歳 24 20 歳 19 15 歳 少年児童 19.4% % 1.5 1979 生 9 5歳 人口 -1.5 一人っ子政策期 14 10 歳 4 0歳 1.0 0.5 0-1 中国人口和就業統計年鑑 2008-1.5-1-0.5-0.5 0 資料 年版0 0 0 0.5 0 0.5 0.5 1 1.0 1 1.5 1.5 % 1.5

42 1 人 口 図 1-3 建国以降 100 年間の中国の人口ピラミッド 1950 2050 年 男 女 男 女 男 女 男 女 男 女 男 女 男 女 男 女 予測 男 女 資料 http://geo.cersp.com/sjxzy/sc/200706/2658.html

1 人 口 43 男 女 男 女 男 女 男 女 男 女 男 女 男 女 男 女 予測 男 女

44 1 人 口 3 一人っ子政策の矛盾 一人っ子政策が始まっておよそ 30 年 農村や少数民族では例外措置もあ るが 都市ではほぼ完璧に断行されてきた その結果を最もよく示すのは 出生率から死亡率を差し引いた自然増加率の推移である 1980 年代中頃は 1.5 1.6% 台であったが 90 年代中頃は 1.0% 台に落ちて 1998 年にはつい に 0.91% と初めて 1% を割り込んだ そして 2004 08 年は 0.5% 台である このように急激な出生率低下は さまざまのヒズミをもたらすが その 一例は男女性比のアンバランスである 表 1-4 サラリーマンで男女差 別のない業種ならば別だが 概して就業先の差別はあるし 娘は嫁にいく そこで家業を続けること 老後の保障を子に頼る考えからすると 役立た ずの女児は敬遠して 男児の誕生を待つ そこから生ずるのが男女性比が 男性に傾く傾向である 近年は男子が 3% 程度多い 年齢別に見ると 特 に 20 歳未満層では男子が多く 70 台以後はようやく長寿女性が多くなる ただし 少数民族は概して 貧乏の子だくさん である 子宝 とい うよりは 貧困の悪循環の一例を紹介しよう 少数民族の場合は 宗教や 伝統を尊重する考え方から 一人っ子政策を免除された 私は 2009 年 8 月に寧夏回族自治区の貧困農村を訪れ そこでは一人っ子政策はまるでお こなわれていない事実に接して衝撃を受けた 小荘回族村の 60 戸農家を 聞き取り調査した林燕平女史によると 表 1-1 のごとくであった 回族の極貧農村の主婦 65 人のうち 初級中学卒業者一人 初級中学中 退者一人 小学中退者二人 であった 残りの 61 人は 完璧な非識字者で ある 小学中退者 2 名を非識字者に加えると 非識字率 97% であり ほと んど自分の名も子女の名も書けない そもそも結婚を登記していない場合 もあるし 子どもが生まれても登記しない例は枚挙にいとまがない それ ゆえ戸籍のない 黒子 になる これが長征最後の難関六盤山近郊の村の 話だ 山に新築された豪華な六盤山記念館には 江沢民の題字とともに革 命の事跡が事細かに説明されているが 農民は何一つ読めない これが中 国共産党の少数民族政策 扶貧政策の一断面だ 何という皮肉であろう

1 人 口 45 年齢別の男女性比 2007年 図 1-4 年齢別の男女性比 2007 年 140 140 130 130 120 120 110 110 100 100 90 90 80 80 70 70 60 60 50 50 40 40 30 30 女性 100とした男性の比重 20 20 10 10 00 00 44 8 812 1216 16202024242828323236364040 4444 4848 52 84 88 88 92 92 歳 52 56 56 60 60 64 64 68 68 72 72 76 76 80 80 84 資料 中国人口与就業年鑑 2008 年版 資料 中国人口与就業年鑑 2008年版 表 1-1 寧夏回族自治区小荘回族村の 60 戸農家の子だくさん状況 70 歳以上 5 人 婦人 子供数 8 子一人 7 子一人 6 子二人 5 子一人 65 69 歳台の婦人 4 人 7 子一人 5 子二人 4 子一人 60 64 歳台の婦人 4 人 8 子一人 7 子一人 6 子一人 5 子一人 55 59 歳台の婦人 1 人 7 子一人 50 54 歳台の婦人 9 人 45 49 歳台の婦人 5 人 7 子一人 6 子一人 5 子五人 4 子一人 3 子一人 6 子一人 5 子一人 4 子二人 3 子一人 40 44 歳台の婦人 5 人 6 子一人 4 子四人 35 39 歳台の婦人 13 人 5 子三人 4 子五人 3 子六人 30 34 歳台の婦人 4 人 4 子三人 3 子一人 25 29 歳台の婦人 14 人 3 子四人 2 子五人 1 子四人 20 24 歳台の婦人 1 人 1 子一人 計 65 人の婦人が 282 人 一 子計 282 人 男児 130 人 女児 152 人 人平均 4.3 人を出産 資料 林燕平著 山村的守望 方志出版社 2009 年 2 月 65 ページ 右欄夫人の数合計 66 人 子供は 269 人

46 1 人 口 コラム 1-2 毛沢東の人口観によせて 毛沢東のマルサス批判が 1945 年に突如現われたのは 中国ではマルサ ス批判が常識化していたからとみてよさそうである 孫文は 三民主義 1924 年 でこう論じた 百年前 マルサスというイギリスの学者がいた 彼は世界の人口が多 すぎ 供給される物産に限りがあることを憂えて 人口を減らすよう主 張した そこで 人口増加は幾何級数であるが 物産の増加は算術級数 である とする説を創った フランスは百年前の人口は各国より多 かった マルサス学説がフランスに伝わるや歓迎され 人民は人口減少 を実行した 今日 人口過少の苦痛を受けているのはマルサス学説の毒 に当ったのである 中国のいまの新青年のなかにもマルサス学説に染ま り 人口減少を主張する者がある フランスではすでに人口減少の苦痛 を知り 現在施行している新政策は人口増加 民族の保存を提唱し フ ランス民族と世界民族の永久並存をはかるものであることを知らない者 たちである 孫中山選集 下巻 600 ページ 中国とフランスを比較すると フランス人口 4000 万 中国人口 4 億 だが フランスの土地面積は中国の 20 分の 1 だ フランス 4000 万の人 口は農業を改良できたために中国の 20 分の 1 の土地でメシを食えた 中 国の土地面積はフランスの 20 倍だから フランスに習う農業経営ならば 生産できる食糧は少なくともフランスの 20 倍になる フランスはいま 4000 万人を養う わが中国は少なくとも 8 億は養える 同 807 ページ 中国は全世界で気候が最も温和 物産が最も豊富なところだが 各国に よる併呑を免れた原因はその人口が中国よりも少なかったからだ 百年 後にもし中国の人口がふえず 外国の人口がふえているならば 彼らは 多数を用いて少数を征服し 必ず中国を併呑するであろう 中国は主権 を失い 亡国となるだけでなく 中国人は外国民族に吸収され 子孫が 絶えてしまうだろう 以前モンゴル 満州が中国を征服したのは 少数 が多数を征服し 多数の中国人を利用しようとして 彼らの奴隷とした もし列強が将来中国を征服するならば 多数が少数を征服する のであ り われわれを奴隷とする必要はない 中国人はそのとき 奴隷にさえ なれないのだ 同 601 2 ページ 中国はこの百年来すでに人口問題の圧迫を 帝国主義から 受けてき

1. 人 口 47 615 1894 16 602 1973 1970 1881 2 1 35 21 1983 12 2000 1984

48 1 人 口 4 豊かさを求めて流動化する民 図 1-5 は国連 人間開発報告 2009 22 ページ が描いた中国国内の各 省間の労働力移動図である 1995 年から 2000 年にかけての 5 年間に ど こから どこへ どの程度の人間が動いたかを線の太さで示している 人間開発指数 HDI:Human Development Index とは ある国の 人々の 生 活の質 や 発展度合い を示す指標 生活の質 を計ることを目的と しており 値の高い国が先進国と重なる 先進国を判定するための新たな 基準とされている 人間開発指標ともいう 各側面指数には最低値と最高 値が設定されている 各側面指数は以下の公式で計算され 0~1 の間の数 値で表される 次ページの図 1-6 は 各省間の 省境を越える流動人口 2007 年 を 図示したものである ここで流動人口の定義は 常住人口 と 戸籍人口 の差として計算した 非戸籍人口 を流動人口とみなした 非戸籍人口 がプラスの省は流動人口の受入れ地区であり マイナスの地域は流動人口 の送り出し地区である 図 1-6 から分かるように 広東省は 1293 万人受 入れ 上海市は 479 万人 北京市は 417 万人受け入れている 他方 送り 出した省の第一は河南省の 1003 万人 二位は四川省の 688 万人である 中 国人口与就業年鑑 2008 年版 図 1-7 ページ は 安徽省の事例について より詳しく どこへ どの程度 送り出しているかを調べたものである まず安徽省の総人口に占める流動人口は 21.7% であり 五人に一人が流 動人口である 流出先を見ると 省内の移動に止まる者は 2 割強であり 8 割が貧しい安徽省を離れて他の省市に移動している では 他の省とは どこか 江蘇省 浙江省 上海市という長江三角州である そこへ流れた 人々は 77% を占める 図 1-8 ページ は 第二次農業センサスに基づいて 農民がまず 1 郷を出るが 県内にとどまる者 2 県外へ出るが 県を統轄する市内に とどまる者 3 市を出るが 省内にとどまる者 4 省外に出る者の四

1 人 口 49 図 1-5 豊かさを求めての移民 1995 2000 年 HDI, 1995 0.000-0.600 0.601-0.700 0.701-0.800 0.801-1 1995-2000 > 2,500,000 No data 1,000,000-2,500,000 150,000-1,000,000 上図における移民を示す矢印は 15 100 万人 100 250 万人 250 万人以上の 3 段階に分けている データは中国の第 5 回人口センサス 2000 年実施 である 各地域の人間開発指数 *(HDI: Human Development Index) は 以下の 4 段階に色分け している 原文はカラーだが引用転載に際して白から黒にわたる 4 段階のグラデーショ ンに置き換えた 0.000 0.600 0.601 0.700 0.701 0.800 0.801 1.000 その他地域 新疆自治区 黒龍江省 河南省 安徽省 江西省 湖北省 湖南省 福建省 浙江省 江蘇省 山東省 河北省 遼寧省 広東省 上海市 北京市 天津市 資料 UN, Human Development Report,2009

50 1 人 口 図 1-6 省境を越えた流動人口数 2007 年 河南 四川 安徽 湖南 重慶 湖北 広西 貴州 江西 河北 陝西 甘粛 内蒙古 海南 寧夏 1200 注 非戸籍人口を 常住人口 戸籍人口 の算式で算出 非戸籍人口がプラスの場合は流入 マ イナスの場合は流出と見なす 資料 中国人口与就業年鑑 2008 年版 つの段階に分けて 図示したものである 1 から 4 への過程は それぞれの地域の地域経済の活発度を示唆 している 誰もコトバや習慣の異なる省外への出稼ぎは好まない 自村の 近くに働き口があれば そこで働きたいのは 当然だ だが 身近によい 働き口がなければ 県を越えて 市を越えて 他の省に行くほかはない 貧しい貴州省の人々は 否応なしに省外へ働きに出るほかない 仕上がり左右104天地107mm 作成左右130天地134mm pdf縮小率80 1400 1400 1000 1200 0-200 -400-600 800 1400 600 1200 400 1000 200 1,293 800-800 401 417 479 600-1000 271 400-1200 140 143 151 200 0 1 4 10 21 30 34 53 66 0-200 -200-400 -400-600 -600-800 -800-1000 -1000-1200 -1200 単位 万人 1000 山西 黒龍江 チベット 山東 青海 吉林 新疆 遼寧 福建 雲南 天津 江蘇 浙江 北京 上海 広東 常住人口ー戸籍人口 800-386 -293-223 -161-89 -35 常住人口 戸籍人口 -32-9 -4-3 600-419 400-688 -558-525 200-1,003

1 人 口 51 図 1-7 安徽省人口の流出先 2008 年 1 流動人口数 外出半年以上の人口の 21.70% 総人口に占める割合 2 流動人口の流出先 県内の他の郷鎮街道へ 10.13% 市内からその他県区へ 4.82% 省内のその他市へ 7.34% 他省へ 77.71% 3 外出半年以上の人口の省外流 出先 右図参照 江蘇 27.72% 浙江 27.40% 上海 21.54% 広東 7.09% 北京 3.20% 福建 2.32% 山東 1.63% 天津 1.39% 遼寧 0.76% 河北 1.00% 新疆 0.78% その他 3.02% 北京 天津 山東 江蘇 上海 浙江 福建 広東 注 1 安徽省の 2008 年末総人口は 6135 万人 注 2 省外流出先調査の母数は 4 万 6228 人 資料 安徽省統計年鑑 2009 年版 農村労働力の流出状況図 1-8 主要省市の農村労働力流出状況 万人 1,400 外出従業労働者総数 外出従業労働者総数 市外省内 市外省内 郷外県内 郷外県内 省外 省外 県外市内 県外市内 省外への流出率 右軸 省外への流出率 右軸 % 90 80 1,200 70 1,000 60 800 50 600 40 30 400 20 200 10 0 0 河南 四川 安徽 湖南 重慶 湖北 広西 貴州 河南 四川 安徽 湖南 重慶 湖北 広西 貴州 注 調査時点は 2006 年 12 月 31 日 資料 全国および各省市自治区の 第二次農業普査主要数拠据公報 注 調査時点は2006年12月31日 資料 全国及び各省市自治区の 第二次農業普查主要数拠据公报 農村労働力の流出状況 2006年12月31日時点 河南 四川 安徽 湖南

52 1 人 口 5 急激に押し寄せる市化の波 都市人口の伸び率を見ると 毛沢東時代と鄧小平時代は際立った対照を 見せている 毛沢東時代には 過度の重化学工業化を強行した結果 都市 の食糧はいつも不足がちであり それゆえに都市人口増加に対する厳しい 制限がおこなわれた 悪名の高い 都市戸籍 農村戸籍 の差別政策の 源流は 1957 年に政府が 農村人口の都市への盲流を防ぐ 臨時的措置が 改められることがなく 固い制度に変化したものである 鄧小平時代になると 農民工が都市へ出稼ぎ 打工 に行くのを認め また農民の行商を解禁した これらは市場経済への移行政策に対応した措 置であり 人民公社の解体とあわせて 農民の所得を一時的に向上させる うえで大きな役割を果たした しかし それだけでは農村の過剰労働力を吸収できないので 政府は 小 城鎮 すなわち中小都市建設に着手した 数百万から 1000 万人を超える ような巨大都市への人口流入は 厳格に統制しつつ 巨大都市と農村との 間に 数十万規模の都市を造ることを計画し それによって農村の過剰労 働力を吸収するとともに 工業化 都市化の一翼を担う役割を果たすよう 導いた 表 1-2 人口規模別の都市数 は 都市の増加を物語る 過去 30 年に 200 万以上都市は 10 から 36 へ 3.6 倍に増えた 100 200 万都市は 19 から 83 へ 4.4 倍に増えた 都市数で 64 増加 この規模の都市増が 目立つ 50 100 万規模の都市は 35 から 118 へ 83 増えて 3.4 倍になっ た 20 50 万都市はあまり増えず 20 万以下の都市は 218 増えた メガ ロポリスの人口流入は厳しく抑えられ 中間都市が激増したことをこの表 は教えている ただし 20 50 万都市の伸び悩みの原因は不明である 表 1-3 では常住人口ベースで 600 万人以上の 16 都市を列挙し その流 入人口を試算した これらの都市は ( 深圳は例外だが ) 原則として流入 人口を厳しく抑制し 戸籍を得るのはきわめてむずかしい しかし現実に は戸籍を上回る人々が居住し 生活している 常住人口のうち戸籍を上回 る部分を 流入人口 と考え 流入率 を試算したのが この表である

1 人 口 53 万人 図 1-9 中国の都市化の推移 1949 2008 年 都市化率 右軸 100,000 90,000 80,000 都市人口 農村人口 % 50 45 40 35 60,000 30 50,000 25 40,000 20 30,000 15 20,000 10 10,000 5 0 0 1949 1951 1953 1955 1957 1959 1961 1963 1965 1967 1969 1971 1973 1975 1977 1979 1981 1983 1985 1987 1989 1991 1993 1995 1997 1999 2001 2003 2005 2007 70,000 表 1-2 人口規模別の都市数 1982 2008 年 都市 1949 年 1978 年 49-78 増加数 200 万以上 3 10 7 100-200 万 7 19 12 50-100 万 6 35 29 20-50 万 32 80 48 20 万以下都市人口 102農村人口 都市化率 右軸 49-53 合計1949 61 5,742132 48,425 193 10.6 2007 36 83 118 151 267 655 78-07 増加数 16 64 35 71 218 462 資料 図 60 年 1950 1-9 表 1-2 ともに国家統計局編 新中国 6,182 49,014 11.2 1951 6,643 49,657 11.8 表 1-3 一級都市の市街化率と流入率 2005 年 1952 7,185 50,297 12.5 1953 7,820 市区人口 50,976 市街化率 13.3 戸籍人口 一級都市 常住人口 流入人口 流入率 8,256 52,010 13.7 深圳1954 827 827 100 182 645 355 8,298 53,167 13.5 広州1955 949 868 92 751 198 26 9,173 53,655 14.6 上海1956 1,778 1,584 89 1,360 418 31 9,957 54,696 15.4 北京1957 1,536 1,284 84 1,181 355 30 10,757 55,303 16.3 天津1958 1,043 783 75 939 103 11 12,366 54,841 18.4 瀋陽1959 740 554 75 699 41 6 13,073 53,134 19.8 大連1960 602 416 69 565 37 6 12,707 53,152 19.3 杭州1961 750 500 67 660 90 14 11,659 55,636 17.3 西安1962 807 511 63 742 65 9 11,646 57,526 16.8 青島1963 819 517 63 741 78 11 12,950 57,549 18.4 済南1964 642 398 62 597 45 8 1965 13,045 59,493 18 ハルビン 975 601 62 975 0 0 13,313 61,229 17.9 成都1966 1,221 731 60 1,082 139 13 13,548 62,820 17.7 重慶1967 2,798 1,266 45 3,169-371 -12 13,838 64,696 17.6 南京1968 686 n.a. n.a. 596 90 15 14,117 66,554 17.5 武漢1969 858 n.a. n.a. 801 57 7 1970 14,424 68,568 17.4 注 1. 常住人口は 2005 年 11 月 1 日現在 戸籍人口は 2005 年末現在 2. 市街化率 市区人口 1971 14,711 70,518 17.3 常住人口 100 流入人口 常住人口 戸籍人口 流入率 流入人口 戸籍人口 100 1972 14,935 72,242 17.1 資料 各都市の 2005 年 1% 人口抽様調査主要数拠公報 1973 15,345 73,866 17.2 中国城市統計年鑑 2007 年版 1974 15,595 75,264 17.2 1975 16,030 76,390 17.3 1976 16,341 77,376 17.4 1977 16,669 78,305 17.6

54 1 人 口 表 1-4 は 中国の 55 大都市を 2008 年末の総人口を基準に並べたもので ある トップは重慶市の 3257 万であり これが上海市 1391 万や北京市 1300 万よりも多いことに 驚かれる読者もあろう 実は ここには 市 区人口 すなわち 非農業人口 と 周辺農村を含めた当該市 総人口 との使い分けがある 四川省第 2 の都市であった重慶が省都 成都市をさ しおいて 1997 年 3 月直轄市に昇格したのは いうまでもなく 三峡ダ ムに伴うダム湖周辺の住民の移転事業のためである 拡大重慶市 を造り 移転 再就職斡旋などを統一的におこなうために 周辺農村をまるごと重 慶市に含めたために このように巨大な都市が生まれた しかし都市本来 の姿に即していえば やはり 市区人口 こそが都市人口だ これで見る 表 1-4 中国の 50 大都市 市名 1 級行政区 性質 重慶市 上海市 北京市 成都市 ハルビン市 天津市 石家庄市 武漢市 広州市 西安市 青島市 長春市轄区 鄭州市 瀋陽市 洛陽市 南寧市 杭州市 長沙市 福州市 南京市 済南市 大連市 寧波市 昆明市 南昌市 合肥市 貴陽市 太原市 重慶市 上海市 北京市 四川省 黒龍江省 天津市 河北省 湖北省 広東省 陜西省 山東省 吉林省 河南省 遼寧省 河南省 広西自治区 浙江省 湖南省 福建省 江蘇省 山東省 遼寧省 浙江省 雲南省 江西省 安徽省 貴州省 山西省 直轄市 直轄市 直轄市 副省級市 副省級市 直轄市 地級市 副省級市 副省級市 副省級市 副省級市 副省級市 地級市 副省級市 地級市 地級市 副省級市 地級市 地級市 副省級市 副省級市 副省級市 副省級市 地級市 地級市 地級市 地級市 地級市 市区人口 非 農業人口 393 950 730 234 267 507 163 449 415 259 187 222 169 398 104 102 193 149 117 282 192 212 155 139 111 134 191 2008 末総人口 万 人 3257 1391 1300 1125 990 969 966 833 784 772 762 753 720 714 714 692 678 645 636 624 604 583 568 529 495 487 364 360

1. 人 口 55 950 730 507 449 415 398 393 7 1391 950 441 570 1 2008 153 322 136 236 106 228 * 224 * 218 * 174 * 156 * 152 * 48 151 * 129 * 128 * 125 * 124 * 124 * 117 * 115 * 113 * 112 * 107 * 100 * 94 * 92 * 86 * 86 * 83 * 83 * *

56 1 人 口 6 一人っ子社会の高齢化問題は難しい 中国の将来人口を予測するとどうなるか 図 1-10 は 中国人口発展戦 略研究報告 に基づき 21 世紀前半の予測をグラフ化したものだ 総人口 労働年齢 生産 人口 老人 少年人口 被扶養人口 比率の 3 者を描い ている 総人口がピークに達するのは 2030 年台であり 以後は 高位安定 の時期が続く 被扶養者を扶養すべき労働年齢人口は 2010 20 年台にピー クに達して以後低下傾向をたどる これは一人っ子世代がその両親や祖父 母を扶養できるか という深刻な課題を意味する かつて 一人っ子政策 は父母とそれぞれの祖父母 すなわち 6 人からお小遣いをもらえた いま やこの構図は逆転する 一人っ子同士が結婚すると その夫婦が扶養すべ きは それぞれの両親 4 人のほかに 祖父母をも扶養しなければならない 可能性がある 一人っ子社会の高齢化問題の難しさは この一事を想起す るだけでも容易に理解できよう 表 1-5 は 主要 10 カ国について 中位予測 を国連が試みたものである 1950 年と 2050 年 100 年間の変化を眺めてみよう 2050 年には 中国は インドにトップを譲り 世界 2 位になる アメリカの 3 位は変わらないが ロシアは姿を消して 日本は 17 位に転落し パキスタンは 4 位に浮上す る 21 世紀後半の人口大国は インド パキスタン これにバングラデシュ を加えて 南アジアの時代である 中国のオピニオンリーダー胡鞍鋼 ( 清華大国情研究センター主任 ) は 経 済参考報 (2009 年 11 月 26 日付 ) に人口政策に関するエッセイを発表し 一 人っ子政策の見直し を提言した 胡鞍鋼は 2020 年以降の急激な労働人 口の減少を回避し 安定した経済 社会の発展を維持するために 一夫婦に 子ども二人 の政策を推進するべきだ と主張した 共同通信 胡鞍鋼の 指摘を待つまでもなく 一人っ子 政策は あらゆる意味で深刻な矛盾をは らんだ 異常な政策である にもかかわらず 中国政府は当分 その政策を 修正することはできまい 持続可能な発展を支えるうえで地球環境があまり にも脆弱になっているからだ 中国文明 5000 年史は即自然破壊史でもあった

1 人 口 57 図 1-10 総人口 労働年齢人口 老人 少年児童負担率の将来予測 総人口 億人 老人 少年児童負担率 億人 16 労働年齢人口 億人 % 70 ピーク 60 14 50 12 40 30 10 20 8 10 6 02 04 06 08 10 12 14 16 18 20 22 24 26 28 30 32 34 36 38 40 42 44 46 48 50 年 2000 0 資料 中国人口発展戦略研究報告 表 1-5 人口大国 20 位 1950 年実績と 2009 年 2050 年中位予測 順 1 2 3 4 5 6 7 1950 年人口 2009 年人口 2050 年人口 国 百万 累積 順 国 百万 累積 順 国 百万 累積 % % % 中国 545 21.5 1 中国 1 346 19.7 1 インド 1 614 17.6 インド 372 36.2 2 インド 1 198 37.2 2 中国 1 417 33.1 米国 158 42.5 3 米国 315 41.9 3 米国 404 37.5 ロシア 103 46.5 4 インドネシア 230 45.2 4 パキスタン 335 41.2 日本 83 49.8 5 ブラジル 194 48.1 5 ナイジェリア 289 44.4 インドネシア 77 52.9 6 パキスタン 181 50.7 6 インドネシア 288 47.5 162 53.1 7 バングラディ 222 49.9 ドイツ 68 55.6 7 バングラディ シュ 8 ブラジル 9 英国 10 イタリア 54 51 46 57.7 8 ナイジェリア 59.7 9 ロシア 61.5 10 日本 シュ 155 55.3 8 ブラジル 141 57.4 9 エチオピア 127 59.3 10 コンゴ 資料 UN, World Population Prospects: The 2008 Revision 219 52.3 174 54.2 148 55.8

58 1 人 口 コラム 1-3 都市人口 農村人口 都市戸籍 農村戸籍 中国統計年鑑 によれば いくつかのキーワードの概念は次のごとくで ある 1 都市人口 原文 城鎮人口 とは 城鎮に居住する 常住 人口 を指し 2 農村人口 原文 郷村人口 とは 城鎮人口 以外の人口 を指す ここから明らかなように 都市人口とは 農村人口よりも社会的に上位 の人々である 農村人口が 都市常住人口以外のもの と定義されることは 都市人口と 区別された というよりは 差別された人口 のニュアンス をもつ これは農村居住を自然に恵まれたものと見る陶淵明的桃源世界と はまるで無縁である この差別意識がより鮮明に現れるのは 3 都市戸籍 原文 城鎮戸口 である これは 中華人民共和国戸口登記条例 に基づき 都市居住地 で戸籍を管理する派出所 警察 に 常住戸口 として登記をした者を指す この都市戸籍に対して 4 農村戸籍とは 都市戸籍という特権を持たな い者 である 都市戸籍を持つ都市人口と対比されるのは 5 外来人口 あ るいは流動人口 である これは①戸口登記を許されず おこなっていな い者 ②戸口登記済みの外地域 主として農村 を離れること半年以上の 者を指す 外来人口は 俗称 6 ポケット戸口 原文 口袋戸口 戸口 遷移証 出生証 退伍証 労改労教育釈放証 などによって身分を証明す ることになる その一部は 7 外来暫住人口として登録され 都市戸籍に 一歩近づく場合もある

2.GDP 日 本 を 抜 き 世 界 2 位 へ 躍 進 するが

60 2 GDP 1 中国は世界近代史舞台に再台頭した オランダ フローニンゲン大学の名誉教授であるアンガス マディ ソ ン が 世 界 経 済 1000 年 の 概 観 The World Economy: Millennial Perspective という本を書いた 西暦 1000 年以降の経済成長と世界人口 について包括的な概観を示したものだ 著者は 1995 年に 世界経済の成 長史 1820-1992 年 Monitoring the World Economy: 1820-1992, OECD 開発 センター刊 邦訳東洋経済 および 長期的に見た中国経済実績 Chinese Economic Performance in the Long Run,1998 を発表しており これはそれ らの続編に当たる マディソンによると 西暦 1000 年と比べて 世界人 口は 22 倍に増え 人口 1 人当たり GDP は 13 倍に増え 世界全体の GDP は約 300 倍に増えている 最も増加したのは 西欧 北米 南洋州 日 本である 最も豊かな米国 と 最も貧しいアフリカ との格差は 20 対 1 である 西暦 1000 年には 今日の豊かな国々 のほうがアジアやア フリカよりも貧しかったことが分かる さて中国の発展を長期的視野から眺めると どのような構図が描ける であろうか 阿片戦争の少し前 清朝が衰える前の 1820 年当時 中国 GDP の世界経済に占めるシェアは 32.9 であり 約 3 分の 1 であったと マディソンは推計している 中華人民共和国の建国は 1949 年だが その 頃 中国は最も疲弊しており 世界に占めるシェアは 4.6 にすぎなかっ た 鄧小平による改革開放政策によって 中国経済が復活し 2001 年に は 12.7 03 年には 15.1 までボトム期の 4 倍近くまで回復したが 清 朝往時のシェアの半分にすぎない 中国の高度成長は今後も続く見通しな ので このシェアは今後 20 あたりまでは増えると予想されるが いま や資源的限界 環境問題という伏兵に狙われており 量的拡大よりは質的 向上が課題となりつつある 2008 年の北京五輪がそのような質的転換の 契機になったのであれば 意義深いオリンピックとして記憶されることに なろう 逆に環境破壊 格差拡大といった負の遺産だけを残したとしたら 後世から厳しく非難されないわけにはいくまい

2 GDP 61 図 2-1 1820 年以来の主要国 GDP シェアの変化 % 100 イギリス 旧ソ連 ドイツ インド 日本 80 中国 60 米国 40 20 その他 0 1820 1870 1913 1950 1973 2001 2003 年 資料 http://www.ggdc.net/maddison/ 中国と対照的なパターンを示すのは 米国のシェアである 図 2-1 1820 年当時の米国は独立戦争に勝利してまもなく 日本よりも小さなシェ アしかなかった 米国のピークは 1950 年当時 まさに朝鮮戦争当時である その後 ベトナム戦争の泥沼にはまり 米ドルは弱くなり 近年は 世界 の 2 割程度のシェアである 中国の盛衰と似たパターンをとるのはインド である 1820 年当時は中国の半分程度であった イギリスからの独立前 後がやはりボトムであり 3 4 に低下し 2003 年には 5.5 まで復興 した ドイツのピークは第一次大戦前であること イギリスのピークは産 業革命後 まさに元祖 世界の工場 として綿製品を輸出した時期である ことなど 諸国の盛衰を考えるうえで興味深い

62 2 GDP 2 米国に挑む GDP 大国 図 2-2 は 世界の GDP 大国たるアメリカ 日本 ドイツの三者に新興 中国が肉薄する構図を描いたものである 左図は為替レートによるモノサ シであり これによると 中国は 2008 年にドイツを抜き 2010 年に日本 を追い抜くと見られる 実は中国の追い抜き合戦は およそ 10 年前に始 まっていた 右図の購買力平価で見ると 中国は 10 年前にドイツを抜き 2010 年に日本を追い抜くと見られる 図 2-3 は マディソンの推計数字を用いて G20 の国々の世界に占めるシェ アの変遷を予測を踏まえて描いたものである かつて世界経済の主役は G7 であった G7 とは 日本 ドイツ イギリス アメリカ合衆国 フランス イタリア カナダである G7 のサミットは 国際通貨基金の国際通貨金融委員会 IMFC や総会の際に併せて開かれ これら 7 カ国の財務大臣 中央銀行総裁による国際会議も G7 とよばれ 国際的な経済 金融問題を協議した 1986 年にイタリアとカナダが加わ る以前は 米 英 西独 日 仏の 5 カ国が参加する G5 とよばれた時代 もある G7 と欧州連合によりサミットが開かれ これに旧ソ連から再生 したロシアが参加するようになり 1998 年より G8 とよばれた この G8 先進 7 カ国 1 地域 に新興経済国 12 カ国が加わり 20 カ国 地域財務大臣 中央銀行総裁会議を開催するようになったのは 1999 年以来の ことである この会議には 国際通貨基金 IMF 世界銀行 国際エネルギー 機関 欧州中央銀行など 関係する国際機関も参加している そして世界金 融危機の深刻化を受けて 2008 年からは 20 カ国 地域首脳会合も開催され るようになり 金融サミット とも呼称される G5 から G7 へ そして G8 へ さらには G20 への歩みは 世界経済の主な担い手の変化を端的に示している G20 までメンバーが拡大すると 会議日程の調整も開催国の準備もやっ かいだ などと語られているうちに 2008 年のリーマン ショック以後突 然 G20 に混じって G2 の呼び方が現れた G2 とは アメリカと中国の 2 大 国を指す これを Chimerica チャイメリカ と呼ぶこともおこなわれている

2 GDP 63 図 2-2 米中日独の GDP の推移 1980 2014 年 米中独日のGDP 1980-2014 2009年以後は予測 米 表示 米 10 億米 購買力平価表示 10 億国際 ppp国際 18,000 18,000 中国 中国 16,000 16,000 日本 日本 14,000 12,000 米国 ドイツ 14,000 米国 12,000 ドイツ 8,000 8,000 6,000 6,000 4,000 4,000 2,000 2,000 0 0 注 2009 年以降は予測 米 表示 資料 IMF 資料 IMF 仕上がり左右55天地145mm 作成左右69天地181mm pdf縮小率80 1980 1983 1986 1989 1992 1995 1998 2001 2004 2007 2010 2013 10,000 1980 1983 1986 1989 1992 1995 1998 2001 2004 2007 2010 2013 10,000 購買力平価 PPP 表示 仕上がり左右55天地145mm 作成左右69天地181 pdf縮小率80

64 2 GDP 図 2-3 G20 の GDP の対世界シェア推移 1980 2014 年 米 表示 米 表示 100% その他諸国 90% トルコ 南アフリカ 80% サウジアラビア メキシコ アルゼンチン 70% オーストラリア その他EU 60% 英国 イタリア 50% ドイツ フランス 40% カナダ 米国 30% 日本 韓国 インドネシア 20% ロシア ブラジル 10% インド 中国 資料 IMF 仕上がり左右110天地145mm 作成左右138天地181mm pdf縮小率80 2014 2012 2010 2008 2006 2004 2002 2000 1998 1996 1994 1992 1990 1988 1986 1984 1982 1980 0%

2 GDP 65 購買力平価 PPP 表示 米 表示 100% その他諸国 90% トルコ 南アフリカ 80% サウジアラビア メキシコ アルゼンチン 70% オーストラリア その他EU 60% 英国 イタリア 50% ドイツ フランス 40% カナダ 米国 30% 日本 韓国 インドネシア 20% ロシア ブラジル 10% インド 中国 注 2009 年以降は予測 資料 IMF 資料 IMF 仕上がり左右110天地145mm 作成左右138天地181mm pdf縮小率80 2014 2012 2010 2008 2006 2004 2002 2000 1998 1996 1994 1992 1990 1988 1986 1984 1982 1980 0%

66 2 GDP コラム 2-1 GDP が上方修正された第 2 回経済センサス 1 第 2 回センサスの実施 センサスは総責任者として李克強 副総理 が組長を務め 国家統計 局局長馬建堂が副組長を務めた 馬建堂が 2009 年 12 月 25 日におこなっ た記者会見によると センサスは次のようにおこなわれた センサスの 基準時点 を 2008 年 12 月 31 日とし 対象時期は 2008 年とする ただし 実際の作業は 2007 年 11 月から 300 万人の センサ ス指員 によって着手され まず 2007 年の数値を確定することから始め 最終的に 2008 年末時点における実態 を明らかにする方針で調査が進 められた 2008 年 7 月に通知が出され 数百万のセンサス人員 と 千万 近くの調査表記入要員の訓練 がおこなわれ 次いで絨毯式の調査がお こなわれた チベットを除く全省から 93 県 186 個の 普査小区 の 2 万 1843 法人および 2 万 4263 戸の 個体経営戸 をサンプル調査したが その誤差率は 0.35% であった こうした予備調査を踏まえて 2008 年末に二 三次産業に従事する法 人単位 709.9 万個を調査したが これは 2004 年センサスよりも 37.3% 多 かった 産業活動単位 総数は 886.4 万個 伸び率は 29.9% であった 営業許可証を持つ 個体経営戸 は 2873.7 万戸 31.4% の伸び であっ た 企業法人は 495.9 万個で 170.9 万個増 伸び率は 52.6% 増 であっ た うち国有企業は 14.3 万個で 3.6 万減 20% 減 私営企業は 359.6 万個で 161.4 万増 81.4% 増 であった 二 三次産業の従業員と個体 経営戸従事者は 3 億 5507 万人で 2004 年センサスよりも 8586.6 万人増 伸 び率は 31.9% 増 であった 二 三次産業に属する企業の資本総額は 34 兆元で 2004 年末より 15.8 兆元増 伸び率は 87.1% 増 であった 二 三次産業に属する企業の資産総額は 207.8 兆元で 2004 年末より 111.1 兆 元増 伸び率は 114.8% 増 であった 2 2007 年 2008 年 GDP の修正 第 2 回経済センサスに基づいて 2007 年の GDP の数字について 検証がおこなわれ 修正がおこなわれたので その骨子を紹介しよう 2007 年の GDP 確定値は 表 1 のごとくである すなわち第一次産業は 2 兆 8627 億元 対前年伸び率 3.7% 構成比

2 GDP 67 表 1 2007 年 GDP 確定数値 三次産業別 第一産業 第二産業 第三産業 GDP 名目価格 億元 実質伸び率 28,627 3.7 124,799 14.7 103,880 13.8 257,306 13 構成比 11.1 48.5 40.4 100 資料 国家統計局 関於 2007 年 GDP 数拠最終核実結果的公告 表 2 2008 年 GDP 修正数値と修正前数値との対比 三次産業別 第一産業 第二産業 第三産業 GDP 名目価格 億元 修正後数値 修正前数値 33,702 34,000 149,003 146,183 131,340 120,487 314,045 300,670 構成比 修正後数値 修正前数値 10.7 11.3 47.5 48.6 41.8 40.1 100 100 資料 国家統計局 関於修訂 2008 年 GDP 数拠的公告 11.1% である 第二次産業は 12 兆 4799 億元 同上 14.7% 同上 48.5% である 第三次産業は 10 兆 3880 億元 同上 13.8% 同上 40.4% である こうして GDP は 25 兆 7306 億元 同上 13% 同上 100% である これ が 2007 年の確定値である 2007 年の確定数値が得られると これを根拠として 対前年何 % 増 と計算してきた 2008 年数値 も修正を余儀なくされる その結果を国 家統計局は 2008 年 GDP データを改めることについての公告 関於 修訂 2008 年 GDP 数拠的公告 で公表した 表 2 これによると 2008 年の第一次産業は 3 兆 4,000 億元から 3 兆 3702 億 元へと 0.88% 減少し 構成比は 11.3% から 10.7% へ減少した 第二次産業は 14 兆 6,183 億元から 14 兆 9003 億元へ 1.9% 増加し 構 成比は 48.6% から 47.5% へ増加した 第三次産業は 12 兆 0487 億元から 13 兆 1340 億元へ 9.0% 増加し 構 成比は 40.1% から 41.8% へ増加した こうして GDP は 30 兆 0670 億元から 31 兆 4045 億元へ 4.4% 増加した 要するに 第一次産業のシェアが小さくなり 第二次産業 とりわけ第 三次産業のシェア 1 割近く増えたわけで ペティ クラークの法則にし たがえば それだけ産業構造の高度化 経済の近代化が進展したわけで ある

68 2 GDP 3 国際不均衡の責任の一半は中国にある リーマン ショック以後 世界経済における グローバル インバラン ス の言い方がマスコミを賑わすようになった 不均衡はさまざまな指標 に現れているが 特に目立つのは貿易における経常収支の動向である 図 2-4 は 米中日独 4 カ国の赤字 黒字を示す 20 世紀末からアメリカの赤 字が急激に拡大したこと これに対して当初は日独の黒字が目立ち 近年 は中国の黒字がとりわけ目立つようになった つまり アメリカの赤字を 中国の黒字が補う形だ この現象について 中国の洪水的輸出がアメリカ の赤字の原因であるから 不均衡の原因は中国の安売り あえて言えば 飢 餓輸出 にあり とする解釈が一方にある 他方 アメリカの過剰消費 こそが赤字の原因であり 安価な中国製品は貧しいアメリカ市民を助けて いるのだ 恩人に責任を転嫁するのは許しがたいと中国の世論は怒る 不均衡は貯蓄率と投資率の面からも指摘できる グラフは省くが 中国の高 い投資率 低い消費率 とアメリカの高い消費率 低い投資率 とは 経常収 支の赤字 黒字構造と酷似した対照を示している むろんこれらの比率が輸出 競争力に転化して 経済全体の不均衡を構成していることは言うまでもない 輸出入が均衡しない場合 かつては金によって決済したが 現在は交換 性をもつ基軸通貨によって決済する 基軸通貨は麻雀にたとえるならば 点棒に似ている これが一方に貯まりすぎると ゲームは続けられなくな る ゲームを永続させるには勝ったり 負けたりして 点棒が一極に集中 しない事が望ましい 国際経済の 点棒 に相当するのが外貨準備高であ る 図 2-5 は 外貨準備高のランキングである かつては日本や台湾が保 有高のチャンピオンであったが いまは中国がトップである この外貨準 備高の一部はアメリカの国債 財務省証券 購入の形で保有される 中国 はリーマン ショックの 2008 年 9 月に日本の保有高を追い抜き 以後世 界一位の地位を保っている これはアメリカの借金を中国 や日本 が肩 代わりしている構図でもある オバマ政権が債権国中国にさまざまな気兼 ねをしていることは 米中関係の大きな要素の一つとなっている

米中日独の経常収支の推移 2 GDP 69 図 2-4 米中日独の経常収支の推移 1980 2013 年 2009 年以降は予測 10億米 10 億米 1,000 800 中国 600 ドイツ 日本 400 米国 200 0-200 -400 12% 离开西伯利 俄国北部和 开大 地 西非通 地 制度内合作 但是整个非洲大 到北部 求和争取更高的回 界其他区域展示了如何 区 移民俄国西部地区 流 低 非洲人 尤其是技 持 外流 力的区域 工人 已 受 区集中 区域一体化程度 熟 理 种高素 世 人才 教育的工人向熟 工人聚集 两地而言是个双 果 但 是 如果移民因某地安全无保障 基本服 离 3. 通 移民手段 短与密集区的距离 移民 量 西部地区 向 沿海地区 的移民 2,000,000 1,000,000 中部地区 向 沿海地区 的移民 500,000 250,000 100,000 黑 江 沿海地区内部 的移民 中部地区 吉林 西部地区 宁 古 内 蒙 北京 北京 天津 宁夏 河北 沿海地区 山西 山 青海 甘 河南 西 江 中部地区 西部地区 安徽 上海 湖北 CHONGQING 四川 浙江 江西 湖南 沿海地区 福建 州 云南 台湾 广西 广 香港 澳 中国 海南 出 黄 (2008) 采用中国人口普 的数据 -600-800 1980 1981 1982 1983 1984 1985 1986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013-1,000 外貨準備高ランキング 2008年12月末 資料 IMF 資料 IMF 図 2-5 外貨準備高ランキング 2008 年 12 月末 万米 25,000 20,000 仕上がり左右120天地80mm 作成左右150天地100mm 15,000 pdf縮小率80 10,000 5,000 イスラエル カナダ イラク アルゼンチン ノルウェー インドネシア 英国 ナイジェリア ポーランド トルコ スイス 米国 マレーシア リビア メキシコ イラン フランス イタリア タイ ドイツ アルジェリア シンガポール 香港 ブラジル 韓国 インド 台湾 ロシア 日本 中国 0 資料 IMF 仕上がり左右120天地80mm

70 2 GDP 4 内需主導成長への転換の難し 中国経済は鄧小平による改革開放政策が始まって以来 輸出指向型経済 として発展してきた GDP に占める輸出入のシェア 1978 2008 は 図 2-6 のように 初期の 10 台から 90 年代は 30 台になり 近年は 60% 台である 2008 年に 6 割を切ったのは リーマン ショックによる 輸出減退を示すもので 構造的なものではない ただし このショックに直面して中国当局の対応は迅速であった 元来 2008 年 8 月に北京五輪を終えた後の 五輪不況 を危惧して あらかじ め採り得る対策を検討していた それゆえ リーマン ショックが輸出指 向型経済を直撃する事態に直面して 中国当局は間髪を入れず 内需拡 大 4 兆元計画 を提起した その内容は 半分は第 11 次 5 カ年計画にお ける鉄道建設の繰り上げ達成 一部は第 12 次 5 カ年計画回しとされてい たものを繰り上げて計画に載せる の指示にすぎないとも言えるが この ような緊急事態においては アナウンス効果 の持つ意味が大きい 動揺 する国内や世界全体に向けて いち早く大規模な内需拡大を打ち出す態度 は 世界中から歓迎され 中国はあたかも 世界経済の救世主 にも似た 扱いを受けた 図 2-7 は 中国経済を国内総支出の構成から見たものである 最終消費 のシェアの減少傾向が見てとれる すなわち純輸出と総資本形成のシェア が伸びている 減少傾向にある最終消費の内訳を見ると 農村消費の減少 と都市消費および政府消費の伸びが目立つ 図は割愛 農村消費の減少 は農村人口の減少による要素も含まれるが より重大なのは 貧しい農村 と豊かな都市の二極分化傾向だ ここから分かるように 社会的公正を犠牲にした なりふり構わぬ経済 発展の追求は中国の得意技なのだ 識者曰く 現代資本主義における市場的搾取には限度がある が い わゆる社会主義の原始的蓄積には限度がなく どこまでもしゃぶりつく す

2 GDP 71 図 2-6 中国の輸出入依存度 70 60 40 30 輸出依存度 20 10 貿 易 依 存 度 輸入依存度 50 2008 2007 2006 2005 2004 2003 2002 2001 2000 1999 1998 1997 1996 1995 1994 1993 1992 1991 1990 1989 1988 1985 1980 0 注 輸出入依存度は それぞれ対 GNP 比 資料 中国統計摘要 2009 年版 仕上がり左右108天地70 作成左右154天地100 1978 1978 図 2-7 中国の国内総支出の構成 純輸出 純輸出 最終消費 最終消費 総資本形成 総資本形成 1980 1981 1982 1984 1984 1986 1987 1988 1990 1990 1992 1993 1994 1996 1996 1998 1999 2000 2002 2002 2004 2005 2006 2008 2008-20% 0% 0% 20% 20% 40% 40% 60% 60% 80% 80% 100% 100% 注 国内総支出は国内総生産の支出面を表し 最終消費 個人消費 政府消費 総資本形 成 固定資本形成 在庫増減 純輸出 輸出と輸入の差額 からなる 資料 中国統計年鑑 2008 年版 中国統計摘要 2009 年版 注 国内総支出は国内総生産の支出面を表し 最終消費 個人消費 政府消費 資料 中国統計年鑑 2008年版 中国統計摘要 2009年版

72 2 GDP コラム 2-2 人民元は購買力平価 PPP ではほぼ 2 倍 The International Comparison of Prices ICP Project は 2008 年 7 月に中国 GDP 2005 年 の購買力平価 Purchasing Power Parity, PPP を計算し直した 従来の数字は過大評価なので その 40 分を削減したものが実際の購買 力に近いという 下表は 1990-2007 年の人民元の対米 オフィシャルレー トを新 PPP 交換比率による国際 と比較したものである 年 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 為替レート 購買力 PPP 100 元当たり 100 元当たり ドル A ドル B 20.9 34.9 18.8 35.2 18.1 34.1 17.4 30.6 11.6 25.3 12.0 22.2 12.0 21.1 12.1 21.0 12.1 21.5 B/A 1.7 1.9 1.9 1.8 2.2 1.9 1.8 1.7 1.8 年 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 為替レート 購買力 PPP 100 元当たり 100 元当たり ドル A ドル B 12.1 22.3 12.1 23.0 12.1 23.6 12.1 24.1 12.1 24.4 12.1 24.1 12.2 24.5 12.5 24.9 13.2 24.4 B/A 1.9 1.9 2.0 2.0 2.0 2.0 2.0 2.0 1.9 資料 United Nations Statistics Division のデータにより 21 世紀総研算出 なお 英 エコノミスト 誌 2009 年 7 月 18 日号 のビッグ マックで測っ た購買力レートも紹介したい 1. アメリカは四大都市の平均価格 ユーロ圏は地域の加重平均 2. 市場レートでのドル価格 は ビッグ マックの現地通貨価格を最 近の市場の為替レートで割った数値 3. ドルでの購買力平価 現地通貨建て は アメリカでのビッグ マッ ク価格で割った現地通貨建て価格 4. 割高か + 割安か は ドルでの購買力平価 現地通貨建て が 市場の為替レートに対して 割高 割安を % で示す アメリカ イギリス 中国 ユーロ圏 日本 市場レートでの ドルでの購買力平 割高か + 割安か ドル価格 米 価 現地通貨建て % 3.57 3.69 1.56 ポンド +3 割高 1.83 3.5 元 -49 割安 4.62 1.08 ユーロ +29 割高 3.46 89.6 円 -3 割安 資料 The Hamburger Standard, The Economist, July 18, 2009.

3. 一 人 当 たり GDP 世 界 132 位 で 巨 大 内 部 格 差 を 抱 える

74 3 一人当たり GDP 1 世界と中国の一人当たり GDP 国家統計局 2008 年国民経済社会発展統計公報 2009 年 2 月 によると 中国の GDP 国内総生産 は 30 兆 670 億元である 2008 年平均為替レー ト 1 ドル 6.8346 元 で換算すると約 4 兆 3992 億ドルになる 2008 年 の年央人口は 13 億 2802 万人であるから この人口 年央人口 で GDP を割ると 一人当たり 3313 ドルという数字が得られる 顧みると中国の一人当たり GDP は 2002 年に 1132 ドルで初めて 1000 ド ル の 大 台 を 超 え 2006 年 2000 ド ル の 大 台 を 超 え 2008 年 は 初 め て 3000 ドルの大台を超えた 一人当たり 2000~3000 ドルという数字には 特別の響きがある 経済成 長の過程でこの大台に乗せると 経済も社会も大きく変貌すると見られて いるからだ これを航空機の離陸に例えて テイクオフ とする言い方 は アメリカの経済学者 W W ロストウがその著書 経済成長の諸段階 1960 のなかで展開した経済発展段階説のなかの一段階を指す ロスト ウはすべての社会がたどる経済的発展段階を 伝統的社会 離陸のため の先行条件期 離陸期 成熟への前進期 高度大衆消費時代 の 5 段 階に分けて考察し 離陸期では 政治 経済 社会の急速な構造的変化 が生じ 低開発状態からの脱出 がおこなわれると考え この離陸期の 段階にある国としてアルゼンチン ブラジル チリ コロンビア フィリ ピン ベネズエラ インド 中国などを挙げた 当時の中国は中ソ論争 中ソ対立というイデオロギー論争を提起しつ つ 社会主義経済の建設 を指向しており その理論の妥当性について は中国当局による批判も含めてむしろ批判的な意見が多数であった しか し毛沢東路線が挫折し 鄧小平の改革開放政策が始まると ロストウの 名を離れて 広く援用されるようになった このロストウ理論は 旧ソ連 解体までは 政治的 経済的 社会的な構造を質的に異にする諸社会の発 展 を単に 生産性上昇という量的変化に帰着させるもの だとして 特 に A.G. フランクや S. アミンなど第三世界出身の理論家から批判されてき

GDP 75 W W 1916 2003 1936 60 1960 The Stages of Economic Growth takeoff 3-1 GDP 2007 8 1000 2 9040 1 3153 1 529 9075 1000 1038 2001 2003 1100 2000 2006 2008 3268 IMF 2014 5913 GDP GDP

76 3 一人当たり GDP 図 3-1 世界の一人当たり GDP ランキング 米 Tunisia Tunisia Ecuador Ecuador Salvador ElEl Salvador Jordan Jordan Azerbaijan Azerbaijan Armenla Armenla Swaziland Swaziland Ukraine Ukraine Angola Angola Guatemala Guatemala China China Morocco Morocco Georgia Georgia Syrian ArabRepublic Republic Syrian Arab Paraguay Paraguay Indonesia Indonesia Philippines Philippines Honduras Honduras Egypt, ArabRep. Rep. Egypt, Arab Congo,Rep. Rep. Congo, Lanka SriSri Lanka Timor-Leste Timor-Leste West Bank and Gaza West Bank and Gaza Mongolia Mongolia Bolivia Bolivia Moldova Moldova Cameroon Cameroon Lesotho Lesotho Nicaragua Nicaragua India India Sudan Sudan Côte d'ivoire Côte d'ivoire Nigeria Nigeria Yemen, Rep. Yemen, Rep. Pakistan Pakistan Papua NewGuinea Guinea Papua New Mauritania Mauritania Senegal Senegal Vietnam Vietnam Zambia Zambia Uzbekistan Uzbekistan Kenya Kenya Lao PDR Lao PDR KyrgyzRepublic Republic Kyrgyz Ghana Ghana Benin Benin Cambodia Cambodia Chad Chad Haiti Haiti Mali Mali Bangladesh Bangladesh Tajikistan Tajikistan Burkina Faso Burkina Faso Tanzania Tanzania Gulnea Gulnea Central AfricanRepublic Republic Central African Uganda Uganda Togo Togo Zimbabwe Zimbabwe NePal NePal Mozambique Mozambique Gambia, The Gambia, The Madagascar Madagascar Rwanda Rwanda Niger Niger Eritrea Eritrea Sierra Leone Sierra Leone Malawi Malawi Ethiopia Ethiopia Guinea-Bissau Guinea-Bissau Congo, Dem.Rep. Congo, Dem.Rep. Liberia Liberia Burundi Burundi 0 11,455-,3,706 米 20,000 >11,456 米 30,000 中国 大陸 2001 年 2008 年 1,038 米 3,268 米 40,000 左右244 天地138 棒部分のみ 仕上がり 中国 大陸 2014 年 5,913 米 IMF 予測 中国 大陸 50,000 資料 原データは World Bank Indicatoor, 2009 中国統計年鑑 2009 年版およ 60,000 ②台湾は行政院主計処発表の 2007 年一人当たり国民総所得 GNI 70,000 注 80,000 ①各国のランキングは世界銀行による 2007 年一人当たり国民総所得 GNI 3 年平均レート換算 ③中国各都市の数値は国家および各地統計局発表の一人当たり GDP 当 年価格 び中国国家統計局発表データにより 21 世紀中国総研作成 高所得国 上位中所得国 下位中所得国 10,000 3,705-936 米 低所得国 <935 米 注 ① 各国のランキングは世界銀行による2007年一人当たり国民総所得 GN

3 一人当たり GDP 77 北京 上海 香港 2008 年 2008 年 2008 年 9,075 米 10,529 米 29,040 米 60,000 香 港 29040 米 グラフでは 3000 を超え る グラフで イ ギ リ ス ク エ ー ト 日本が GDP の大きさの 順になって いない 70,000 未修正 米 80,000 50,000 40,000 30,000 20,000 10,000 Norway Norway Switzerland Switzerland Denmark Denmark Sweden Sweden Ireland Ireland United States United States Netherlands Netherlands Finland Finland Austrla Austrla United Kingdom United Kingdom Belgium Belgium Canada Canada Kuwait Kuwait Germany Germany France France Japan Japan Australia Australia Italy Italy Singapore Singapore Hong Kong, Hong Kong,China China Spain Spain New Zealand New Zealand Greece Greece Israel Israel Slovenia Slovenia Korea,Rep. Korea,Rep. Portugal Portugal Saudi Arabia Saudi Arabia Taiwan Taiwan Czech CzechRepublic Republic Trinidad and Tobago Trinidad and Tobago Oman Oman Estonla Estonla Slovak SlovakRepublic Republic Hungary Hungary Croatia Croatia Latvia Latvia Poland Poland Lithuania Lithuania Mexico Mexico Libya Libya Chile Chile Turkey Turkey Venezuela,RB Venezuela,RB Russian Federation Russian Federation Gabon Gabon Malaysia Malaysia Romania Romania Uruguay Uruguay Botswana Botswana Argentina Argentina Brazil Brazil Lebanon Lebanon South Africa South Africa Mauritius Mauritius Costa Rica Costa Rica Panama Panama Kazakhstan Kazakhstan Bulgaria Bulgaria Serbia Serbia Belarus Belarus Colombia Colombia Bosnia and Herzegovina Bosnia and Herzegovina Algerla Algerla DominicanRepublic Republic Dominican Iran, IslamicRep. Rep. Iran, Islamic Macedonia,FYR FYR Macedonia, Namibia Namibia Peru Peru Thailand Thailand Jamaica Jamaica AlbanIa AlbanIa 0 NI 3年平均レート換算 ②台湾は行政院主計処発表の2007年一人当たり国民総所

78 3 一人当たり GDP 2 三つの中国の一人当たり GDP 図 3-2 左図は香港や台湾に着目して その一人当たり GDP を日本と比較し たものである これは為替レート換算によるが 香港や台湾が日本に肉薄して いる姿が理解できよう 図 3-2 右図は 同じ比較を 購買力平価 に換算して描いたグラフである 香港はすでに日本を超えており 台湾が日本を超える日もそれほど遠くはない すなわち香港の一人当たり GDP は 1993 年に 2 万 962 ドルであり 日本の 2 万 978 ドルに肉薄していた そして 1994 年には 2 万 2245 ドルになり 日本の 2 万 1600 ドルを超えた 台湾の一人当たり GDP は 2008 年に 3 万 1891 ドルであり 日本の 3 万 4100 ドルに肉薄していた そして 2009 年には 3 万 2915 ドル 予測 になり 日本 の 3 万 2297 ドルを超える見通しである では 大陸はどうか 大陸の一人当 たり GDP が日本を超える日は想定しにくい これは 人口が多いから とい う理由によるところが大きいが 決してそれだけではない たとえば人民元 の対円レートは 30 年前には 1 元 150 円であった 現在は 13~14 円程度だ 分かりやすくするために約 15 円と仮定しよう もし 1 元 150 円の交換レー トならば 中国の一人当たり GDP は一挙に 10 倍になる 2009 年時点で 大 陸の一人当たり GDP は 6378 ドルであり これを 10 倍にすると 6 万 3780 ド ルになる 日本のそれは 3 万 3397 ドルだから 日本の 1.9 倍になる 極端な仮定として 仮に為替レートを現在の 5 倍にすれば 3 万 1890 ドル なる 日本の水準に限りなく近づくことが分かる 中国は飢餓輸出をやめて 合理的な水準まで人民元を上げるべきである 中国はもはや発展途上国ではな い 発展途上国を口実として CO2 削減義務を免れることは許されない そも そも一方で G2 の一極だと自惚れ 他方で一転 発展途上国の立場に早変わり するご都合主義はダブルスタンダードそのものだ 中国はもともとあらゆる意 味で大国なのだ 世界人口に占める中国のシェアを見るだけで 誰の目にも明 らかな事実である いまや大国に伴う責任が求められている 発展途上国の甘 えはもう許されない

3 一人当たり GDP 79 図 3-2 中国 香港 台湾 日本 米国の一人当たり GDP の推移 中国 香港 台湾 日本 米国の一人当たりGDPの推移 ppp国際 米 米 購買力平価 国際 60,000 60,000 中国 中国 中国 中国 日本 日本 日本 日本 米国 50,000 50,000 米国 香港 香港 香港 台湾 台湾 40,000 台湾 40,000 30,000 20,000 20,000 10,000 10,000 0 0 台湾 1980 1983 1986 1989 1992 1995 1998 2001 2004 2007 2010 2013 30,000 1980 1983 1986 1989 1992 1995 1998 2001 2004 2007 2010 2013 米国 米国 香港 注 2009 年以降は予測 資料 IMF 仕上がり左右55天地145mm 作成左右69天地181 pdf縮小率80 仕上がり左右55天地145mm 作成左右69天地181 pdf縮小率80

80 3 一人当たり GDP 3 省レベルの一人当たり GDP 格差 図 3-3 は 世界銀行の世界の一人当たり GDP 比較の技法にならって 中国の省レベルの一人当たり GDP 域内総生産 を人口 2008 年 のシェ アを考慮に入れながら並べたものである 東部沿海地区の一人当たり GDP は 広東省から独立して日も浅い海南 省 全国を 100 として 77 を除いて すべて全国平均レベル 100 を遥か に上回る すなわち上海市 345 北京市 296 天津市 242 浙江省 196 江 蘇省 178 広東省 173 山東省 146 福建省 135 河北省 106 である これ ら 9 地域のうち 上海市 北京市 天津市の人口は特に厳しく管理されて おり 他の省と比べて相対的に少ないことが容易に見てとれよう 次に中部地区を見ると 山西省 89 湖北省 85 河南省 85 湖南省 76 江 西省 66 安徽省 63 である 全国平均の半分 50 よりは上にあるが 中部 で最も豊かな山西省でさえ全国の 9 割水準にとどまり 安徽省は全国平均の 半分より少し上の水準である 東北 3 省を見ると 遼寧省は 136 吉林省は 101 黒龍江省 98 である 遼寧省は開放都市大連港をもち 外資導入政策に も早くから取り組んでいたこともあり 全国平均を 3 割上回る 吉林省はほ とんど全国平均レベルである 黒龍江省は全国平均をわずかに下回る 最後に西部地区を見ておくと 内蒙古自治区 132 を除いて すべて全国 平均レベルを下回る 内蒙古の一人当たり GDP が全国平均を上回る一因 は 人口が相対的に少ないこと 全国一位の羊肉生産 ミルク類生産のた めである 動物性蛋白質への需要変化に対応した結果と見てよい 西部地 区の他の地域は新疆自治区 89 重慶市 77 陝西省 76 青海省 73 寧夏自 治区 72 四川省 68 広西自治区 65 チベット自治区 64 雲南省 55 甘 粛省 54 貴州省 36 である チベット自治区以下の 雲南省 甘粛省 貴 州省などは いずれも少数民族の多く居住する地域である これらは農村 農民の貧困問題であるとともに少数民族の貧困問題と重なる 少数民族の 貧困の原因は いくつも挙げられるが 忘れてはならないのは 政策の 貧困 が大きな位置を占めていることだ