三 重 大 学 三 重 大 学 ユネスコクラブ 活 動 報 告 世 界 遺 産 熊 野 古 道 を 守 り 継 承 していきます! 団 体 名 : 三 重 大 学 ユネスコクラブ 事 務 局 : 三 重 県 津 市 栗 真 町 屋 町 1577 三 重 大 学 共 通 教 育 棟 103 三 重 大 学 ユネスコクラブ 事 務 局 ( 宮 崎 研 究 室 気 付 ) 1. 活 動 の 目 的 2008 年 7 月 に 創 設 した 三 重 大 学 ユネスコクラブ( 大 学 公 認 団 体 )はユネスコ 憲 章 の 精 神 に 則 り ボランティア 活 動 を 通 した 地 域 貢 献 や 国 際 支 援 をしながら 世 界 平 和 と 人 類 の 福 祉 に 寄 与 するこ とが 目 的 である なかでも 世 界 遺 産 熊 野 古 道 は 1 人 でも 多 くの 人 達 に 熊 野 古 道 を 知 って 頂 きたい また 実 際 に 登 って 頂 きたい と 願 い 活 動 を 続 けている 三 重 県 南 部 地 域 活 性 化 局 や 美 し 国 おこし 三 重 実 行 委 員 会 やパートナーグル ープ 三 重 県 教 育 委 員 会 三 重 県 立 木 本 高 等 学 校 ウィズみえユネスコクラブ 等 県 内 の 多 くの 団 体 と 連 携 し 地 域 活 性 化 を 目 指 している この 事 業 は 三 重 大 学 地 域 貢 献 事 業 として 認 定 されている 2. 活 動 を 始 めるきっかけ 2004 年 7 月 紀 伊 山 地 の 霊 場 と 参 詣 道 は 当 時 世 界 に2 例 しかない 道 の 世 界 遺 産 ( 現 在 は 3 例 )として 登 録 された 範 囲 は 三 重 県 か ら 奈 良 県 和 歌 山 県 にひろがっており 紀 伊 山 地 一 帯 は 昔 から 林 業 が 盛 んな 地 域 で とて もたくさんの 木 が 生 い 茂 っている しかし 現 在 熊 野 古 道 を 支 えている 地 元 では 語 り 部 や 担 い 手 の 高 齢 化 台 風 等 による 被 害 産 業 振 興 に 関 わる 多 くの 課 題 を 抱 えている 現 在 熊 野 地 域 を 始 めとする 多 くの 地 域 で 過 疎 化 が 進 んでいる そのような 今 だからこそ 若 者 世 界 遺 産 熊 野 古 道 5 周 年 記 念 事 業 の 準 備 会 三 重 県 東 紀 州 対 策 室 とクラブ 員 が 話 し 合 った ( 三 重 大 学 総 合 研 究 棟 Ⅱ 3F にて2009.7.30) の 力 が 必 要 なのである 私 たちの 住 む 三 重 県 に ある 世 界 遺 産 熊 野 古 道 を 守 っていきたい と 思 う 48
活 動 を 始 めた 直 接 のきっかけは 2009 年 の 世 界 遺 産 登 録 5 周 年 記 念 事 業 である 三 重 県 主 催 で 熊 野 古 道 国 際 交 流 シンポジウム が 尾 鷲 と 伊 勢 で プレミーティング 1 2 が 熊 野 と 尾 鷲 で 開 催 された 三 重 大 学 ユネスコクラブは 打 ち 合 わせから 本 番 まで 全 面 的 に 協 力 協 働 した 部 員 は 地 域 活 性 化 将 来 への 継 承 保 存 管 理 の3つのセッションに 分 散 して 海 外 からの 専 門 家 や 地 元 の 人 たちと 熊 野 古 道 の 保 全 と 継 承 について 話 し 合 った さらに 熊 野 古 道 協 働 会 議 では 学 生 の 視 点 で 提 言 したり 美 し 国 おこし 三 重 のパートナーグループとしての 活 動 等 を 通 して 人 類 の 宝 もの である 世 界 遺 産 を 守 り 次 代 に 継 承 するために 学 生 が 今 できることは 何 か と 考 えた その 折 熊 野 古 道 をもっと 多 くの 人 に 知 らせ ともに 保 全 していきたい と 強 く 願 い 海 外 からの 留 学 生 や 日 本 人 学 生 小 中 高 校 大 学 教 職 員 NPO 企 業 行 政 県 民 の 方 を 三 重 大 学 HP で 公 募 し 熊 野 古 道 ツアーや 熊 野 古 道 クリーンツアー( 清 掃 ) 等 を 始 めた こうした 活 動 は 学 生 の 企 画 立 案 で 下 見 からバス 手 配 運 営 まで 行 い クラブの 先 輩 から 後 輩 へ 脈 々と 受 け 継 が れるとともに 活 動 領 域 やネットワークを 全 国 から 世 界 へと 拡 げてきた 熊 野 古 道 国 際 会 議 プレミーティング2 三 重 県 東 紀 州 対 策 室 の 皆 さんとクラブ 員 ( 三 重 県 立 熊 野 古 道 センターにて 2009.10.10) 熊 野 古 道 国 際 交 流 シンホ シ ウム in 尾 鷲 ( 三 重 県 立 熊 野 古 道 センターにて 2009.10.31) 3.グループのメンバー 構 成 (19 名 ) 桐 山 貴 衣 : 三 重 大 学 生 物 資 源 学 部 共 生 環 境 学 科 4 年 生 酒 井 麗 : 三 重 大 学 生 物 資 源 学 部 共 生 環 境 学 科 4 年 生 平 野 真 由 : 三 重 大 学 人 文 学 部 文 化 学 科 3 年 生 上 野 かすみ: 三 重 大 学 教 育 学 部 人 間 発 達 科 学 課 程 3 年 生 服 部 かずさ: 三 重 大 学 人 文 学 部 法 律 経 済 学 科 3 年 生 鈴 木 里 歩 : 三 重 大 学 人 文 学 部 法 律 経 済 学 科 3 年 生 帝 釋 智 日 : 三 重 大 学 人 文 学 部 法 律 経 済 学 科 3 年 生 谷 中 愛 梨 : 三 重 大 学 教 育 学 部 学 校 教 育 教 員 養 成 3 年 生 中 林 沙 英 子 : 三 重 大 学 生 物 資 源 学 部 資 源 循 環 学 科 3 年 生 大 串 敦 史 : 三 重 大 学 教 育 学 部 学 校 教 育 教 員 養 成 3 年 生 木 村 友 紀 : 三 重 大 学 教 育 学 部 学 校 教 育 教 員 養 成 課 程 2 年 生 岩 崎 真 也 : 三 重 大 学 教 育 学 部 学 校 教 育 教 員 養 成 課 程 2 年 生 伴 俊 和 : 三 重 大 学 生 物 資 源 学 部 資 源 循 環 学 科 2 年 生 49
小 川 舞 由 子 : 三 重 大 学 人 文 学 部 文 化 学 科 2 年 生 横 井 謙 斗 : 三 重 大 学 生 物 資 源 学 部 共 生 環 境 学 科 2 年 生 古 田 晃 大 : 三 重 大 学 工 学 部 機 械 工 学 科 2 年 生 長 野 樹 道 : 三 重 大 学 人 文 学 部 法 律 経 済 学 科 2 年 生 永 野 達 也 : 三 重 大 学 人 文 学 部 法 律 経 済 学 科 2 年 生 岡 林 達 哉 : 三 重 大 学 人 文 学 部 法 律 経 済 学 科 2 年 生 4. 現 在 の 主 な 取 組 内 容 2009 年 の 世 界 遺 産 登 録 5 周 年 記 念 事 業 への 参 加 をきっかけに 今 度 は 自 分 たちが 多 くの 人 を 熊 野 古 道 にお 連 れしたい という 一 心 で 大 学 生 や 教 職 員 市 民 の 方 を 大 学 HP で 公 募 し 2010 年 10 月 9 日 ( 土 )に 第 1 回 熊 野 古 道 に 行 こう を 主 催 した しかし 当 日 は 大 雨 洪 水 警 報 で 熊 野 古 道 センターに 辿 り 着 いたが 馬 越 峠 には 登 れなかった そこで 12 月 5 日 ( 日 )に 再 度 挑 戦 し 第 2 回 熊 野 古 道 に 行 こう! を 開 催 して 馬 越 峠 に 登 った 午 後 は 花 尻 薫 先 生 の 講 演 を 聞 いて 班 別 に 語 り 部 さんと 参 加 者 が 熊 野 古 道 への 想 い と 地 域 活 性 化 について 話 し 合 った その 折 に 花 尻 先 生 から 熊 野 古 道 の 草 むしりに 来 て 下 さい と 要 請 され 2011 年 3 月 19 日 ( 土 )に 三 重 交 通 さ んと 一 緒 に 横 垣 峠 の 清 掃 を 計 画 したが 3.11 東 北 大 震 災 直 後 で 中 止 した 翌 年 3 月 15 日 ( 土 ) 熊 野 古 道 クリーンツアー( 馬 越 峠 ) では 雨 の 中 で 合 羽 第 1 回 熊 野 古 道 クリーンツアー( 馬 越 峠 2012.3.15) を 着 て ゴミ 袋 を 片 手 にゴミ 拾 いを 敢 行 した 2011 年 12 月 3 日 ( 土 )の 第 3 回 熊 野 古 道 に 行 こう では 松 本 峠 を 語 り 部 さんと 一 緒 に 登 り 獅 子 岩 や 花 の 巌 も 見 学 した 参 加 者 から 三 重 県 民 なのに 来 たことがなかった だから 今 日 は 嬉 しい 心 に 残 る 熊 野 古 道 ツアーだった などの 声 が 寄 せられた 2012 年 5 月 19 日 ( 土 )~20 日 ( 日 )は 美 し 国 おこし 三 重 主 催 の 第 一 回 熊 野 ソーシャルレジャーに 参 加 した 熊 野 を 襲 っ た 台 風 に 対 する 復 興 整 備 として 熊 野 宮 川 に 花 壇 を 造 り フジバカマを 植 え 獅 子 岩 花 の 巌 浜 街 道 をめぐり 湯 の 口 温 泉 丸 山 千 枚 田 見 学 夜 は 地 元 の 団 体 や 町 長 方 と 熊 野 をより 活 性 化 す るには をテーマに 班 別 で 討 論 して 発 表 し 合 った 翌 日 は 松 本 峠 に 登 り 木 本 まちあるきをし て 紀 南 ツアーデザインセンターを 訪 問 した 第 1 回 熊 野 ソーシャルレジャー( 熊 野 宮 川 にて 2012.5.19) 50
2012 年 10 月 20( 土 )~21 日 ( 日 )に 第 2 回 熊 野 ソーシャルレジャーに 参 加 した 1 日 目 は5 月 に 植 えたフジバカマ 周 辺 の 草 取 り アサギマダラのマーキングを 行 い 夜 は 地 元 の 方 々と 座 談 会 を 行 った ここでは 学 生 という 立 場 で 熊 野 地 域 に 対 してどのような 地 域 貢 献 ができるのかを 話 し 合 った 2 日 目 は 世 界 遺 産 七 里 御 浜 の 海 岸 を 地 元 の 方 と 一 緒 に 巨 大 な 流 木 を 拾 い 集 め ゴミ 拾 いをした その 後 速 玉 大 社 を 参 拝 した 第 2 回 熊 野 ソーシャルレジャー( 七 里 御 浜 にて 2010.10.20~21) 2012 年 12 月 15 日 ( 土 )の 第 4 回 熊 野 古 道 に 行 こう! では 三 重 大 学 生 や 留 学 生 市 民 の 方 が 参 加 した 語 り 部 さんから 熊 野 古 道 が 世 界 遺 産 に 認 定 された 経 緯 や 馬 越 峠 に 関 する 話 を 聞 き ながら 登 った 下 山 後 は みえ 熊 野 学 研 究 会 東 紀 州 観 光 まちづくり 公 社 主 催 みえ 熊 野 学 地 域 巡 回 講 座 に 合 流 し 終 了 後 にツアー 参 加 者 と 地 元 の 方 々と 一 緒 にディスカッションを 行 った そこでは 熊 野 古 道 に 登 った 感 想 などを 意 見 交 換 をした 私 た ちはツアーを 通 して 世 界 遺 産 を 次 代 に 継 承 したいと 考 えている つまり 一 人 でも 多 くの 方 に 熊 野 古 道 の 存 在 を 知 っていただき 熊 野 古 道 の 良 さを 知 って もらうことである 参 加 者 から 今 回 初 めて 熊 野 古 道 を 登 って 想 像 と 全 く 違 っていた 森 林 セラピーを 感 じた という 声 が 寄 せられた 熊 野 古 道 の 良 さは 第 4 回 熊 野 古 道 に 行 こう! 馬 越 峠 2012.12.15 実 際 に 登 ってみないと 分 からない 写 真 とは 全 く 違 う 良 さがある また 世 界 遺 産 を 次 代 に 保 全 して 行 く 為 には 伝 え 合 うという 活 動 が 重 要 だと 思 う 言 葉 で 伝 えることで 相 手 もその 感 情 を 共 有 することができるであろうし 自 分 自 身 の 意 識 や 考 えが 明 確 になる 今 回 のツアーを 通 して 私 が 次 代 の 担 い 手 の 一 人 であり 且 つ 熊 野 古 道 を 次 代 に 継 承 していく 一 人 であると 実 感 した 今 後 も このような 活 動 を 続 けていくことで 世 界 遺 産 熊 野 古 道 の 伝 承 の 一 助 を 担 いたい その 他 に 三 重 県 主 催 国 際 交 流 フェスティバル 他 文 化 共 生 啓 発 イベント 美 し 国 おこし 三 重 活 動 報 告 会 伊 勢 神 宮 奉 納 花 火 大 会 ゴミナビ 伊 勢 神 宮 宇 治 橋 渡 り 初 め 小 中 校 生 の 授 業 補 助 をするユネスコスクール 活 動 留 学 生 との 国 際 交 流 会 奈 良 の 世 界 遺 産 巡 り ユネスコ 青 年 サミット ユースセミナー 子 どもキャンプ 等 で 全 国 にネットワークがひろがっている また 学 生 と 日 本 ラオス 青 少 年 協 会 の 協 働 によるラオス スタディツアーを 行 った 初 回 の 2011 年 2 月 23 日 ~3 月 1 日 では ラオスと 日 本 の 学 生 間 において 英 語 でディカッションを 行 い 料 理 51
や 民 族 衣 装 の 交 換 等 で 文 化 交 流 高 校 では 古 黒 板 再 生 ラオスの 国 花 チャンパーの 植 樹 ホーム スティ 世 界 遺 産 の 見 学 在 ラオス 日 本 国 大 使 館 訪 問 等 を 行 った 2 年 目 の 2012 年 3 月 8 日 ~15 日 では 山 間 部 の 小 学 校 への 支 援 と2つの 大 学 で 学 生 間 交 流 ホームスティ 在 ラオス 日 本 国 大 使 館 教 育 スポーツ 省 への 訪 問 等 を 行 った 小 学 校 には 30 万 円 相 当 の 文 房 具 (ノート 下 敷 消 しゴム 鉛 筆 等 )を 寄 贈 した また 自 ら 考 え 行 動 し 体 験 をする 楽 しさ を 味 わってもらい たくて 低 学 年 は 貼 り 絵 高 学 年 は 四 人 五 脚 と 大 縄 跳 びで 子 どもたちと 一 緒 に 大 いに 盛 り 上 が った 帰 り 際 に 校 長 先 生 が 涙 目 でお 礼 を 言 われたのがすごく 印 象 的 だった 教 育 スポーツ 省 へ の 訪 問 では 三 重 大 学 内 で 募 った 募 金 を 預 けてきたが 後 日 の 資 金 でオーディオ 機 器 を 買 われて その 写 真 と 礼 状 が 送 られてきた こうして 学 生 企 画 の 国 際 交 流 支 援 は 予 想 以 上 の 成 果 を 上 げた 第 1 回 ラオス タテ ィツアー: 黒 板 再 生 (2011.2.25) 第 2 回 ラオス スタテ ィツアー: ルアンハ ハ ーンの 小 学 校 で 交 流 支 援 (2012.3.22) 5. 現 在 の 課 題 と 今 後 ( 将 来 )の 方 向 性 夢 直 面 している 課 題 は 部 員 確 保 と 活 動 資 金 の 確 保 ツアー 等 を 開 催 した 際 の 参 加 者 確 保 の 3 点 である この 問 題 を 解 決 するために ツアーや 活 動 発 表 の 際 に 部 員 の 募 集 を 呼 びかけており ひき 続 き 行 っていこうと 考 えている また ツアーの 開 催 前 には 学 内 外 問 わず 活 動 を 通 して 知 り 合 った 団 体 や 一 般 の 方 々への 呼 びかけにますます 力 を 入 れていこうと 考 えている 2013 年 3 月 16 日 ( 土 )~17 日 ( 日 )には 第 2 回 熊 野 古 道 クリーンツアー をウィズみえユネス コクラブと 協 働 して 熊 野 市 御 浜 町 新 宮 市 にある 世 界 遺 産 熊 野 古 道 を 清 掃 しながら 現 地 の 保 存 会 と 意 見 交 換 をし 地 域 活 性 化 について 話 し 合 う 地 域 の 人 達 と 直 接 交 流 を 持 つことで 地 域 の 現 状 が 自 分 の 五 感 を 通 して 分 かる また 最 近 では 私 たちが 地 域 ( 熊 野 )の 一 助 になる のだという 使 命 感 を 感 じ 始 めている また 私 たちは 学 生 だからできることもある 3 月 21 日 には 三 重 県 立 木 本 高 校 生 の 授 業 時 間 に 世 界 遺 産 に 関 する 講 演 と 活 動 報 告 を 行 う 予 定 である 高 校 生 を 前 に 私 達 の 体 験 に 基 づいた 活 動 報 告 が 出 来 ればよいと 考 えている 今 後 も 三 重 県 や 市 町 教 育 委 員 会 学 校 や 大 学 他 団 体 と 協 力 しながら 地 域 貢 献 活 動 を 行 っていきたい そして 2015 年 の 熊 野 古 道 世 界 遺 産 登 録 10 周 年 記 念 事 業 には ウィズみ えユネスコクラブとともに 全 面 的 に 協 力 協 働 し 世 界 遺 産 熊 野 古 道 を 世 界 中 にひろめてい きたいと 願 っている 52