Strix Vol. 25, pp. 169 173, 2007 169 大 分 県 におけるノスリの 岩 壁 繁 殖 記 録 加 藤 吉 勝 1 矢 次 弥 生 2 1. 870-0011 大 分 県 大 分 市 片 島 6 組 2. 874-0042 大 分 県 別 府 市 鉄 輪 東 3-2 はじめに ノスリ Buteo buteo は,おもに 留 鳥 として 本 州 中 部 以 北 で 繁 殖 し, 四 国, 九 州 中 部 以 南 では 冬 鳥 であることが 知 られている. 大 分 県 においては 留 鳥 で 繁 殖 するとされてきたが( 日 本 野 鳥 の 会 大 分 県 支 部 大 分 県 野 鳥 友 の 会 1992),その 時 期 や 地 名, 繁 殖 の 状 況 等 の 報 告 はされていない.このたび, 大 分 県 宇 佐 市 にお いてノスリの 岸 壁 における 繁 殖 が 確 認 されたので 報 告 する. 調 査 地 および 調 査 方 法 ノスリの 繁 殖 を 確 認 した 場 所 は 大 分 県 北 部 ( 宇 佐 市 )の 低 山 帯, 標 高 約 400~500m 付 近 である. 営 巣 地 周 辺 は 複 数 の 谷 が 連 なり,ケヤキ Zelkova serrata,カシ Quercus sp.,エノキ Celtis sinensis,ノグルミ Platycarya strobelaceae,コナラ Quercus serrata 等 の 混 交 林 が 成 立 し,スギ 植 林 も 多 い.ノスリの 営 巣 を 観 察 した 谷 およびその 周 辺 は, 前 述 したケヤキ,カシ 等 各 種 の 高 木 が 生 育 し ており, 南 北 に 流 れる 川 の 両 側 に 尾 根 が 伸 びている. 東 側 の 尾 根 の 中 腹 には 耶 馬 渓 溶 岩 による 岩 壁 が 露 出 しており, 尾 根 の 北 側 の 一 部 は 草 地 となっている.さらに 北 方 向, 営 巣 地 から 下 流 500m 付 近 からは 集 落 となっており, 棚 田 が 続 いている. 西 側 の 尾 根 はスギ 植 林 でおおわれ, 南 側 の 一 部 はスギ 伐 開 地 となっている. 観 察 は2006 年 6 月 12 日 から 7 月 16 日 まで,のべ 6 日 間 行 なった. 特 に 調 査 時 刻 は 定 めず,おも に 巣 から 約 200m 離 れた 谷 の 対 岸 からブラインドや 車 に 隠 れて 行 ない,8~10 倍 の 双 眼 鏡 と30 倍 の 望 遠 鏡 を 使 用 した.また, 必 要 に 応 じデジタルカメラ 等 による 写 真 撮 影 やスケッチ, 動 画 撮 影 を 行 なった. 2007 年 3 月 14 日 受 理 キーワード:Buteo Buteo,ノスリ, 大 分 県, 岸 壁,
170 図 1. 営 巣 谷 の 周 辺 環 境. Fig. 1. The nest site of Common Buzzard. 図 2. 巣 内 で 羽 ばたき 練 習 を 行 なうヒナ (2005 年 6 月 26 日 ). Fig. 2. A young buzzard having a bout of flapping practice in the nest (June 26 2005). 結 果 営 巣 環 境 ノスリの 巣 は 調 査 地 にある, 尾 根 の 中 腹 に 露 出 した 西 向 きの 岩 壁 に 造 られていた( 図 1). 岩 壁 全 体 の 高 さは 最 深 部 からおよそ 150m 程 度 で, 巣 は 谷 底 部 からおよそ 100m 程 度 の 高 さにあった. 目 測 に よる 巣 の 大 きさは, 縦 1m, 横 1m, 厚 さ80cm 程 度 であった. 岩 棚 の 上 に 木 の 枝 を 積 んで 巣 を 作 ってい るが, 表 面 にはクズ Pueraria lobata が 繁 茂 しており, 中 の 様 子 はほとんどみえなかった. 巣 の 周 辺 には 枯 れ 木 等 による 止 まり 場 が 数 か 所 あり, 親 鳥 はそれらに 頻 繁 にとまって 巣 を 見 張 っ ていた. 朝 夕 および 悪 天 候 時 には 長 時 間, 止 まり 場 にとまっていた. 観 察 経 過 ノスリを 最 初 に 確 認 したのは2005 年 6 月 12 日 であった.つがいと 思 われる 成 鳥 2 個 体, 繁 殖 とは 無 関 係 と 思 われる 成 鳥 1 個 体 の 計 3 個 体 を 確 認 した. 侵 入 個 体 の 出 現 直 後 に,つがい 個 体 1 羽 に よる 波 状 飛 行 ディスプレイが 行 なわれ, 続 いてつがい 2 羽 による 帆 翔 が 行 なわれた.また,つがい 個 体 がヘビと 思 われるものを 脚 につかんで 運 搬 していたため, 運 搬 方 向 に 定 点 を 移 動 して 観 察 した 結 果, 岩 壁 に 巣 があるのを 発 見 した.その 後, 営 巣 谷 付 近 にサシバ Butastur indicus が 現 れたが, 特 に 追 い 出 し 行 動 などは 確 認 されなかった. 6 月 19 日 と26 日 の 観 察 では, 巣 内 にヒナ 1 羽 が 確 認 された.6 月 26 日 にはかなり 成 長 しており, 羽 ばたき 練 習 を 行 なっていた( 図 2). 餌 の 運 搬 は 観 察 期 間 を 通 して 計 3 回 確 認 され,6 月 12 日 と19 日 にヘビと 思 われるものが 1 回 ずつ,6 月 19 日 にカエルと 思 われるものが 1 回 運 搬 された. 成 鳥 は 尾 根 より 低 い 高 度 で 巣 に 飛 来 し, 谷 部 から 吹 き 上 げる 風 を 利 用 して 巣 に 降 りていた. 巣 への 滞 在 時 間 は 短 く, 数 秒 程 度 で 付 近 の 止 まり 場 に 移 動,または 飛 去 した.
171 7 月 2 日 以 降,7 月 9 日 と16 日 に 観 察 を 行 なったが,ヒナおよび 成 鳥 の 姿 は 確 認 されておらず, 巣 立 った 可 能 性 があった. なお, 翌 2006 年 には 5 月 5 日 に 営 巣 谷 で 成 鳥 1 羽 の 止 まり 行 動 を 確 認 したのみで, 抱 卵 や 育 雛 等 は 確 認 していない. 考 察 一 般 に, 日 本 のノスリは 樹 上 営 巣 の 報 告 が 多 く( 森 岡 ほか 1998), 営 巣 木 はアカマツ Pinus densiflora やカラマツ Larix kaempferi などが 報 告 されているが( 森 岡 ほか 1998, 植 田 2006), 新 潟 県 魚 沼 地 方 では 岩 壁 繁 殖 した 事 例 も 報 告 されている( 小 島 1992). 小 島 (1992)ではさらに, 岩 壁 営 巣 事 例 の 環 境 特 性 として,1 営 巣 地 は 急 斜 面 にあること,2 谷 底 から 巣 までの 比 高 が100m 前 後 あ ること,3 営 巣 岩 壁 の 前 方 はある 程 度 開 放 的 であること,4 巣 は 切 り 立 った 岩 壁 の 岩 穴 や 棚 上 の 安 全 な 場 所 にあること,5 巣 内 へは 直 射 日 光 が 長 時 間 入 らないことを 挙 げているが, 今 回 の 観 察 事 例 でも 同 様 の 傾 向 がみられた.5についてはさらに, 巣 の 周 囲 に 繁 茂 したクズやフジ Wisteria sp. が 一 定 の 遮 光 効 果 やカモフラージュ 効 果 をもたらしているように 思 われた. 九 州 内 の 近 隣 県 では, 熊 本 県 阿 蘇 地 方 でノスリが 岩 壁 繁 殖 した 記 録 がある( 井 上 本 田 1996).ま た, 井 上 本 田 (1996)の 記 録 と 同 一 であるかどうかは 不 明 であるが, 日 本 野 鳥 の 会 熊 本 県 支 部 報 に は,ノスリ 幼 鳥 の 写 真 が 掲 載 されており( 高 木 1996), 岩 壁 繁 殖 であることと, 巣 の 周 囲 にフジと 思 われ るツル 性 植 物 が 繁 茂 しているのがみてとれる.これだけの 記 録 をもって 九 州 のノスリが 岸 壁 繁 殖 を 好 むとはいえないが, 植 生 等 の 違 いにより, 他 地 域 の 個 体 群 と 営 巣 環 境 の 選 択 性 に 差 異 がある 可 能 性 もある. 例 えば, 九 州 中 部 の 大 分 県 では,カラマツは 少 なく, 標 高 800m 程 度 でもシイ Castanopsis sp. やカシなどの 常 緑 広 葉 樹 林 が 成 立 する( 荒 金 2003)ほか,スギ 植 林 が 盛 んで 人 工 林 率 が 高 い( 大 分 県 2006). 松 枯 れも 進 んでいるため, 他 地 域 で 営 巣 木 として 報 告 の 多 いアカマツやカラマツなどの 大 木 は 少 ないものと 思 われる. 他 の 九 州 各 県 におけるノスリの 繁 殖 記 録 については, 今 までに 確 認 され た 例 はない. 大 分 県 内 では, 今 回 営 巣 が 確 認 された 場 所 に 類 似 する, 森 林 に 崖 地 を 伴 う 環 境 が 他 にも 存 在 す る.また, 今 回 の 繁 殖 つがい 以 外 のノスリも 同 時 期 に 確 認 されたことから, 今 後 も 県 内 で 繁 殖 個 体 がみ つかることが 期 待 される.しかし,ノスリは 少 ない 留 鳥 とされており, 夏 季 の 記 録 は 少 なく 観 察 地 域 も 限 定 されていることから( 大 分 県 1982, 日 本 野 鳥 の 会 大 分 県 支 部 大 分 県 野 鳥 友 の 会 1996-2006), 全 県 的 に 夏 季 の 生 息 数 は 多 くないものと 思 われる. ノスリの 日 本 産 亜 種 Buteo buteo japonics については, 九 州 中 部 の 繁 殖 個 体 群 は, 同 亜 種 の 繁 殖 分 布 の 南 限 にあたるものと 思 われ( 森 岡 ほか 1998), 生 態 的 にも 貴 重 な 個 体 群 であるといえるかもし れない.
172 熊 本 県 のレッドリストにはノスリは 地 域 個 体 群 として 掲 載 されている( 熊 本 県 2004)が, 大 分 県 におい ても 観 察 事 例 の 蓄 積 と 繁 殖 個 体 群 に 対 する 希 少 種 指 定 等 の 検 討 が 望 まれる. 謝 辞 本 論 文 を 作 成 するにあたり 日 本 野 鳥 の 会 大 分 県 支 部 の 宇 野 久 生 氏 には 大 分 県 内 の 文 献 の 紹 介 や 情 報 を 提 供 して 頂 いた.また, 九 州 大 学 大 学 院 生 態 学 研 究 室 の 河 野 かつら 氏 には 執 筆 に 際 してアドバイスや 意 見 を 頂 いた. 記 して 感 謝 する. 引 用 文 献 荒 金 正 憲. 2003. 豊 の 国 大 分 の 植 物 誌. 佐 伯 印 刷, 大 分. 井 上 賢 三 郎 本 田 和 彦. 1996. 野 鳥 情 報 観 察 記 録. Strix 14: 205-211. 小 島 幸 彦. 1992. 新 潟 県 魚 沼 地 方 において 岩 壁 営 巣 するノスリ Buteo buteo の 営 巣 環 境. Strix 11: 91-98. 熊 本 県 野 生 動 植 物 検 討 委 員 会. 2004. 熊 本 県 の 保 護 上 重 要 な 野 生 生 物 リスト-レッドリスト くまもと2004-. 熊 本 県, 熊 本. 森 岡 照 明 叶 内 拓 哉 川 田 隆 山 形 則 男. 1998. 図 鑑 日 本 のワシタカ 類 第 2 版. 文 一 総 合 出 版, 東 京. 日 本 野 鳥 の 会 大 分 県 支 部 大 分 県 野 鳥 友 の 会. 1992. 20 周 年 記 念 誌. 日 本 野 鳥 の 会 大 分 県 支 部 大 分 県 野 鳥 友 の 会, 大 分. 日 本 野 鳥 の 会 大 分 県 支 部 大 分 県 野 鳥 友 の 会. 1996-2006. 支 部 報 たより. 日 本 野 鳥 の 会 大 分 県 支 部 大 分 県 野 鳥 友 の 会, 大 分. 大 分 県 農 林 水 産 部 農 林 水 産 企 画 課. 2006. 大 分 県 の 農 林 水 産 業. 大 分 県, 大 分. 大 分 県 林 業 水 産 部 緑 化 推 進 課. 1982. 大 分 県 の 野 鳥. 大 分 県, 大 分. 高 木 博 敏. 1996. 支 部 報 野 鳥 くまもと 9 号. 日 本 野 鳥 の 会 熊 本 県 支 部, 熊 本. 植 田 睦 之 百 瀬 浩 中 村 浩 志 松 江 正 彦. 2006. 栃 木 県 と 長 野 県 の 低 山 帯 におけるオオタカ サシバ ハチク マ ノスリの 営 巣 環 境 の 比 較. 日 本 鳥 学 会 誌 55(2): 48-55.
173 Record of Common Buzzard Buteo buteo breeding on a cliff in Oita Prefecture, southern Japan Yoshikatsu Kato1 & Yayoi Yatsugi2 1. 6 Katashima, Oita, Oita 870-0011, Japan 2. 3-2 Kannawahigashi, Beppu, Oita 874-0042, Japan In June 2005 we confirmed the breeding of Common Buzzard Buteo buteo in Oita Prefecture, Kyushu, southern Japan. This is the first record of the species breeding in Oita Prefecture. The nest was located about 100m above the ground on a ledge of a vertical cliff face with a western exposure. It was made of sticks with Pueraria lobata growing thickly in front of it, which obstructed the view of the inside of the nest. We carried out observations on June 12,19 and 26 and July 2,9 and 16 2005. On June 19 and 26 we observed a young in the nest. On July 9 and 16, however, we did not confirm the nestling nor the parent birds, which suggests the young had fledged. Key words: Common Buzzard, Oita, Cliff, Buteo buteo
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