宮城学院女子大学大学院 人文学会誌 第 1 5 号 2014 年 3 月 英語 英米文学専攻日本語 日本文学専攻人間文化学専攻生活文化デザイン学専攻
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図5 硝子戸の中 装幀 表紙 図1に同じ ていることが 硝子戸の中 の意 匠は 略 花ふくさ の中からとら れて居る 松岡譲 漱石先生 S.9.11.20 という記述からわかる 図6 はなふくさ を確認してみ 硝子戸の中 見返し ると 硝子戸の中 の更紗模様と 非常に似たものが見つかる は なふくさ は嘉永5年に出版され 明治25年 33年に再版された古 渡り更紗の図集である 漱石はこ 図6 はなふくさ 山田直三郎.編 M33.6 れを所有していた 漱石は正確な 古渡り更紗の表現を 心 硝子戸 の中 の装幀に求めていた 古渡 り更紗の古みは漱石が東洋の美で 重要視していた完璧すぎない姿に 通じる 更紗の古みを再現した背 景には 漱石が更紗に無造作な美 を理想としていたことがあると考 える 2 書斎にみられる更紗の古典美と異国情緒への理解 漱石の更紗愛好は 書斎に更紗型の唐紙を採用したことからも窺える 漱石は明治40年早稲田に 移住する そこの書斎について回想した芥川龍之介の この客間の西側には更紗の唐紙が二枚あって その一枚上に古色を帯びた壁掛けが一つ下つてゐる 略 津田青楓氏か何かの図案らしい 略 南側 の壁と向うの北側の壁とには 略 軸の掛つてゐなかつた事がない 西側の壁には安井曾太郎氏の油絵 の風景画が 東側の壁には斎藤与里氏の油絵の草花が 略 北側の壁には明月禅師 略 の横物が 略 掛 かつている 漱石山房の秋 T.9 という記述から書斎の壁面への拘りが窺える その壁かけの背景 として更紗の唐紙が採用されている この更紗について詳細は明らかでないが 漱石が入居する際わ ざわざ書斎に硝子戸をいれていた事が 漱石が入居するについて 三方に硝子戸を入れた 松岡譲 あ ぁ漱石山房 S.9.11.20 からわかる 漱石が書斎に拘りを持っていたことを考えると 書斎の更紗は 漱石が吟味した趣味のあるものだと考えられる 漱石の書斎は文人趣味を基調とし 現代の美術作品 と古典的東洋趣味の入り混じった趣味の書斎だ その中に更紗が同居しているのは 更紗の性格が古 拙な趣と同時に異国情緒に富んだことにある 更紗はインドを発祥とし様々な国々に輸出され愛好さ れた 漱石は書斎の装飾で東西問わず自分の趣味の小宇宙を作り上げていた その趣味に共存する美 として更紗が選択されていたと考える 書斎でも装丁でも自分の好みを前面にだせるところで漱石の 実生活中の更紗は採択されていた ③ケーベル先生の更紗と漱石の服飾感情 27
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