カンボジア ミャンマー出張報告 2014/4/27-5/1 伊藤 隆敏 清水 順子 関税 外国為替等審議会外国為替等分科会第 5 回アジア諸国との金融協力等に関する専門部会
カンボジア出張報告 1 ドル化について ( ドル化の状況 ) カンボジア経済は高度にドル化しており 自国通貨への信認が失われている 当局は国内におけるドルの流通量を正確には把握していない 中銀総裁としては 経済のドル化を最も懸念している リエルは地方の農村経済では利用されており 今後脱ドル化を注意深くステップバイステップで行う必要がある 脱ドル化が進まない背景として 自国通貨への減価期待が依然として残っており 30 年間のドル使用により人々がドルに慣れ親しんでいることが挙げられる 若い世代に至っては自国通貨がリエルであることすら意識していない 国内における通貨流通量の約 80% にも達するという推計もある ドル流入手段としては 輸出 FDI 観光業に加えて ODAや海外からの送金などもある ( 脱ドル化に向けた取り組み ) 財政当局としては 脱ドル化に向け 政府による支出はすべてリエルに限定しており 公務員全員の給与をリエル建てで 銀行振り込みにより支払っている 歳入については 関税も含め 100% リエルによる支払いを求めている 実体経済においては 輸出企業等はドルベースで活動しており 民間との契約に関してはリエル建てが困難な場合もある JICAが ADB AMROとともに 脱ドル化に関する研究を実施しており 結果が政策に活かされることを期待している 1
カンボジア出張報告 2 金融政策 ( 金融政策 ) 金融政策の主要目的は 為替レートの安定である 管理フロート制を採用しているが リエルは対ドルのみならず タイバーツ シンガポールドルに対しても ±1% 以内で安定的に推移している 中銀の公表する参照レートは 3つの主要なmoney changerからレートを聴取し その平均を出している 為替レートの安定を保つ手段として 主に介入を実施している 介入手段は オークションによる自国通貨の購入 / 売却である ( 各銀行がレートと量を提示する ほとんどが 自国通貨売り ) インターバンク市場はないので 中銀と民間とのバイラテラルな取引をしている カンボジア経済はドルとリエル双方に依存しており リエルの増価は必ずしも良いことではない 民間部門の給与はドル建てであり 輸出にも影響がある 為替レートの変動には季節要因があり クメール正月 (4 月 ) 農作物の収穫期(11 月から1 月 ) はリエルに対する需要が高まる ただし この変動は3% 以下と大きいものではない インフレ対策として ドルおよびリエルの預金準備率による調整を行っている 2008 年にインフレ対応のため外貨預金準備率を8% から16% に引き上げた その後 12% に引き下げたものの 2012 年に12.5% に引き上げた これは 市場に対して信用の拡大が行き過ぎているというシグナルを与えるためのものであった ( 国債発行 ) 日本の支援により 国債発行のための法的枠組みを整備中 現状では 資本的支出はODAローン等譲許的な借入でカバーされていることから 国債発行の必要はない 将来的な必要性は理解しているが 現時点では いつ どの程度の期間 通貨で国債を発行するかは未定 2
カンボジア出張報告 3 金融機関とインターバンク市場 ( 金融機関 ) カンボジアには 35 行の商業銀行 8 行の特殊銀行 7 機関の預金受入れを含む43のマイクロファイナンス機関がある 金融セクターの資産の約 90% は銀行が保有している マイクロファイナンス機関も中央銀行が監督し 金利をモニターしている 銀行セクターは比較的安定しているが 不動産分野向けを中心とした与信の急速な拡大が懸念材料 データの収集や不動産課税等 不動産分野の管理に関する他国の経験を参考にしたい 企業に財務諸表を作成する文化がなく 銀行融資は担保に依存している カンボジアの資本市場はまだ発展しておらず 民間企業は銀行による資金調達に依存しているが 十分な担保資産を持たない中小企業の資金調達が課題であり 単純化した企業会計の導入などを検討している 徐々に人々の銀行部門に対する信頼が醸成されてきており 地方では これまで家にしまわれていた現金が銀行に預金され始めている ( インターバンク市場 ) 銀行が情報開示をしておらず 銀行間にクレジットラインを設けることができないため インターバンク市場は存在しない 銀行は高い流動性を持っており 信頼関係を築くことで将来的にインターバンク市場での取引は可能である 現在のインターバンク市場は需要がない 銀行は 集めた預金の範囲内でしか貸し出さない 金利は現在は長くて1 年物ぐらいしか存在しない 最近 NCD( 譲渡性預金 ) を導入したところであるが 通常預金と同じ金利であったため ほとんど取引は無い 銀行にお互いに貸借するインセンティブを与える方策が必要である また 決済システムの近代化等インフラの整備も必要である 3
カンボジア出張報告 4 株式市場および外国為替市場 ( 株式市場 ) 証券取引所においては 現在 上場は1 社のみであるが 5 月中に2 社目 ( 台湾系の縫製業 ) が上場予定 さらに プノンペン港湾公社及び民間企業 1 社が今年後半の上場を検討している 証券会社は11 社登録されている 現在約 5,000の証券口座があり うち50% が国内投資家 個人投資家がほとんどで 機関投資家はいない 上場企業が増えない要因は 会計上の要求を満たしていないことが大きい 多くの企業ではバランスシートがなく 情報開示を望んでいない 上場を促すには何らかのメリットが必要であり 上場企業の法人税を10% 減免するなどのインセンティブを付与できないか検討している 証券監督に関する制度整備やキャパビルが必要と考えており 日本の証券当局と協力に関するMOUの締結を要望している ( 外国為替市場 ) 為替市場の主要プレーヤーは money changerである 銀行は為替業務に対する関心も経験も乏しいことに加え 銀行での両替は多数の書類を要求されることから 利用者もmoney changer を好む 中央銀行としては 3 年以内に為替市場を銀行中心にシフトさせたいと考えている 銀行は為替のディーリングルームを持っていない ( その他 ) 資本規制がないにもかかわらず金利の裁定が働かず 外国と市場が分断されている理由は 国自体がデフォルト状態 かつ格付けもシングルBで リスクが高いと思われているためではないか 4
ミャンマー出張報告 1 中央銀行と金融政策 ( 中央銀行と金融政策 ) 金融政策の目的は 物価の安定であり 外国為替市場への介入は物価を安定させるための手段である 昨年 7 月に中銀は財務省の一部から独立し 日銀 + 金融庁の機能を持つ組織となった しかし 規制権限があるのか法的位置づけが不明確であり このため銀行は中銀の命令に従わず 中銀は銀行の財務状況等について正確な報告を受けられていない 現在はまだ決済システムがないので 中央銀行に置くべき口座預金もない したがって 中銀と銀行がダイレクトに決済し 大口決済は現物で行っている 週 2 回 過剰流動性を吸収するための2 週間物デポジットオークションを行っている ( クレジットオークションもあるが いつも過剰なのでデポジットばかりなのが現状 ) ミャンマーでは チャット 米ドル ユーロ シンガポールドルの4 通貨が流通可能である チャット紙幣の印刷は財務省所管の印刷局で行い 国庫はMyanmar Economic Bank(MEB) で管理している MEBが1か月後にマネタリーベースを報告している マネーサプライのデータについては 中央統計局 (CSO:Central Statistics Organization) から月次のデータが取れる それぞれの銀行のバランスシートから集計しているもので データは信頼できる ただし 現地通貨チャットのみをカウントしているものであり ドルは含まれていない ドルに関しては正確なデータが無く ドルとチャットの流通量の比率も不明である 中銀は銀行の財務状況等について正確な報告を受けられていない 統計データに関しては 中央銀行 財務省 中央統計局 (CSO) がIMFからアドバイザーを派遣してもらい 改善に努めている 5
ミャンマー出張報告 2 外国為替市場 ( 外国為替市場 ) 為替については 為替レートの維持 安定が重要である 中央銀行は 毎朝外国為替オークション ( 介入 ) を行っている 中銀がインフォーマル市場からレートを聴取し インフォーマル市場との乖離を無くすためにオークションを実施 ドルが不足していても 必要額より少なくドルを供給し 不足する分はインターバンク市場で取引して欲しいというメッセージを市場に発している 主要な外貨保有者である国営銀行は オークションを利用する必要がなく あまり参加しない インターバンク市場は昨年 8 月から スポット取引を始めた 当初は1 日 8 件程度の取引があったが 1か月で無くなってしまった 現在は 出来たり 出来なかったりという状態である インフォーマル市場は 売買回転率が高くスプレッドが小さい インフォーマル市場を縮小し 銀行を活用した公式の市場を利用するようにしなければならないが なかなか難しい 民間銀行は 外貨預金を受け入れてもそのまま持っており チャットに替えることはしない せいぜい海外送金に係るニーズがある程度で 国際市場で活発に取引していない 6
ミャンマー出張報告 3 銀行セクター ( 銀行セクター ) 2003 年に発生した取り付け騒ぎの影響もあり 国民の銀行部門に対する信頼性が低く 預金の GDPに占める割合はまだ十分とは言えない 経済の拡大に伴い銀行に資金が戻ってきている 銀行はコングロマリットの一部で財務部というイメージであり その中で資金需給が完結している 銀行ルートの送金のほか 地下送金 ( フンディ ) が発達しており 多額の即日送金が可能である 手数料も安く便利であることから 個人で主に活用されているが 貿易決済の一部もなされている ミャンマーチャットの一元化は地下に流れるお金を表に出したという点では成果があった 銀行業務を理解する銀行員が不足している 融資の際に担保価値を精査できず 評価額 ( エージェントの言い値 ) の4 割を融資 顧客の事業や信頼性を評価するという発想はない 外国銀行の支店開設認可については 10 行程度となる見込み 現在は不動産担保がないと融資を受けられないため 認可を受けても外国銀行は外国企業 ( 不動産を所有できない ) に融資ができない 少なくともSEZでは進出外国企業に融資できるよう規制の改正が必要 インターバンク市場ができないのは 銀行の経営に透明性がなく 銀行間の信頼がないためである インターバンク市場の必要性を丁寧に説明し 必要な人材を地道に育てていくしかない 現金ではなく 銀行システムの利用を促したい 小切手を使う モバイルバンクの活用を促す等 人々のmind setを変える必要がある 現金使用の減少は 腐敗防止にもつながる マイクロファイナンスは 金利が非常に高いにも関わらず拡大している 財務省が規制やライセンス付与などを所管しており 金融機関法の対象外である 人々は銀行に口座を持つよりもマイクロファイナンスでお金を工面するという状況にある 7
ミャンマー出張報告 4 資本市場 ( 証券取引所の設立 ) 2015 年 10 月の取引所設立に向けて 証券取引法が昨年 7 月に成立したが 細則がまだできておらず 証券取引委員会も設立されていない 売買システム 決済システム 口座振替 資金決済銀行 口座開設時の身分確認等対応しなければならない課題が多数ある オペレーションを行う人材も含めて 市場を担う人材を教育していく必要がある 上場企業数については 当初は5 社程度を想定している 10 社程度は上場可能な企業があるが 目論見書等の会計監査を行える会計士が不足している 国有企業は 石油 天然ガス 鉱業 水力分野であれば 将来的に上場できるのではないか 投資家は 中所得者層を中心に株式投資に興味があるだろうが 企業サイドが上場することに興味を持っておらず 上場の候補が小企業中心であることが問題 ( 国債市場 ) 財政赤字の約 50% を中銀引受けの政府短期証券によりファイナンス 新中銀法において 中銀によるファイナンスは制限されており 今後 政府短期証券を減らし国債発行を増やす必要 預金金利より国債金利の方が高いため ほとんどの銀行が国債を満期保有 ( バイ アンド ホールド ) しており 今後流通市場を育成していく必要がある 8
出張者所感 1 伊藤部会長 カンボジア ミャンマーの ドル化 からの脱却は容易ではないよう感じた いったん信頼が失われた通貨の信頼を取り戻す政策メニューを考えるのは重要だ 自国通貨の建値 取引 保有 ( 預金 ) を優遇する政策手段はあるのか それは長期的にみて適切か を検討すべきである 両国の資本市場には課題が多い 民営化と企業統治 法律整備 会計制度 決済システムなどの資本市場の周辺の整備の準備を間違わないようにする必要がある このあたりは日本の支援の得意分野となっている これまでのアジアの経済発展では 銀行部門主導の金融資本市場発展が主流であったが カンボジア ミャンマーにおける資本市場の発展と 銀行部門の発展とのバランスをとる必要がある 銀行部門も資本市場も人材不足が深刻 日本が果たすべき役割は大きい 2 清水部会長代理 カンボジア ミャンマーとも正規の銀行システムではなくインフォーマル市場のマネーチェンジャーによる金融システムが出来上がっている どちらも政府や通貨当局の信頼が低く 高度な現金社会であり この状況を打破するのは想像以上に難しい カンボジアの問題であるドル化脱却は 決済のドル化が浸透している以上ベトナムのように無理やりリエル使用を義務付ける方策は経済にマイナスである リエルを徐々に増価させる政策をとって国民にリエルを保有するインセンティブを持たせる あるいは現在リエル利用が多く かつ短期の資金需要が高い農村部経済でリエル貸付を始めるなどしてリエル利用を促進することが重要だ ミャンマーの問題は カンボジア以上に現金依存経済であることだ インフォーマル市場でのスプレッドが1ポイントでT+0という事実は それだけ市場にドル チャットの現金が存在しているということだ 当局はモバイルバンキング等を用いて銀行利用を高めようとしているが これも危険である 両国とも引き続き日本政府や金融機関の金融に関する技術 教育支援が必要である 民間ベースではマイクロファイナンス分野で今後も日本企業の進出が続くのではないか 9