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[ 参考 ] 先月からの主要変更点 基調判断 3 月月例 4 月月例 景気は 急速な悪化が続いており 厳しい状況にある 輸出 生産は 極めて大幅に減少している 企業収益は 極めて大幅に減少している 設備投資は 減少している 雇用情勢は 急速に悪化しつつある 個人消費は 緩やかに減少している 景気は

平成24年度の経済見通しと経済財政運営の基本的態度(閣議了解)

経済・物価情勢の展望(2017年7月)

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Microsoft Word ECB利下げ.doc

現代資本主義論

経済・物価情勢の展望(2018年1月)

エコノミスト便り【欧州経済】ユーロ圏はどのように財政を再建したか

金融政策決定会合における主な意見

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資料1

経済・物価情勢の展望(2017年10月)

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エコノミスト便り

経済・物価情勢の展望(2016年10月)

ロシア 3節 第 第3節 ロシア 1 マクロ経済動向 ロシア経済は 緩やかな回復基調にある 2014 年 7 以下 輸出 個人消費 消費者物価 金融市場の動 月以降のウクライナ危機発生及びクリミア併合に伴う 向を中心に概観する 欧米からの経済制裁に加え 2015 年以降 原油価格 の下落を主因として

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○ユーロ

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経済学でわかる金融・証券市場の話③

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Economic Indicators   定例経済指標レポート

経済財政モデル の概要 経済財政モデル は マクロ経済だけでなく 国 地方の財政 社会保障を一体かつ整合的に分析を行うためのツールとして開発 人口減少下での財政や社会保障の持続可能性の検証が重要な課題となる中で 政策審議 検討に寄与することを目的とした 5~10 年程度の中長期分析用の計量モデル 短

長と一億総活躍社会の着実な実現につなげていく 一億総活躍社会の実現に向け アベノミクス 新 三本の矢 に沿った施策を実施する 戦後最大の名目 GDP600 兆円 に向けては 地方創生 国土強靱化 女性の活躍も含め あらゆる政策を総動員することにより デフレ脱却を確実なものとしつつ 経済の好循環をより

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< 豪州債券市場の市況および今後の見通し > 2016 年の豪州債券市場では 金利が低下しました 年初から 2 月にかけては 中国株をはじめ世界の株式市場が下落するなど市場のリスク回避姿勢が強まる中 金利低下が進みました 1 月末に日銀のマイナス金利導入発表を受け 欧州など他国でもさらなる金融緩和期

利上げを躊躇させる英国家計債務の増大

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今回の金融政策報告書では 米国内の投資活動が弱いために輸出が想定ほど伸びていないとしながらも 金融業などサービス関連の好調さを示す分析や 商品価格下落がカナダ企業の投資活動を抑制する動きは底打ちしたとの指摘など カナダ景気に前向きな材料も散見されます 当面は 政策金利の据え置きを続けると見通します

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【16】ゼロからわかる「世界経済の動き」_1704.indd

生活衛生関係営業の景気動向等調査 平成17年7~9月期

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Microsoft PowerPoint EU経済格差

平成28年度公金管理運用計画

第45回中期経済予測 要旨

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( 億円 ) ( 億円 ) 営業利益 経常利益 当期純利益 2, 15, 1. 金 16, 額 12, 12, 9, 営業利益率 経常利益率 当期純利益率 , 6, 4. 4, 3, 2.. 2IFRS 適用企業 1 社 ( 単位 : 億円 ) 215 年度 216 年度前年度差前年度

平成 23 年 3 月期 決算説明資料 平成 23 年 6 月 27 日 Copyright(C)2011SHOWA SYSTEM ENGINEERING Corporation, All Rights Reserved

月例経済報告

第 70 回経営 経済動向調査 公益社団法人関西経済連合会 大阪商工会議所 < 目次 > 1. 国内景気 2 2. 自社業況総合判断 3 3. 自社業況個別判断 4 4. 現在の製 商品およびサービスの販売価格について 8 参考 (BSI 値の推移 ) 11 参考 ( 国内景気判断と自社業況判断の推

IMF世界経済見通し 2015 年 4月 第 章 要旨

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平成 25 年 3 月 19 日 大阪商工会議所公益社団法人関西経済連合会 第 49 回経営 経済動向調査 結果について 大阪商工会議所と関西経済連合会は 会員企業の景気判断や企業経営の実態について把握するため 四半期ごとに標記調査を共同で実施している 今回は 2 月下旬から 3 月上旬に 1,7

別紙2

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月例経済報告

○ユーロ

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Ⅶ 欧州債務危機 (European sovereign-debt crisis)

3. 資産購入プログラムの円滑な実施に向けた選択肢が検討されることに上述の通りECBの景気 物価見通しがほぼ変わらない中 記者会見においてドラギ総裁は 実施期間の延長や購入規模の拡大などは議論していない ことを明かした 理事会の前には 9 月理事会で資産購入プログラムの実施期間が延長されると予想する

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目 次 第 1 章 中国経済の減速と世界経済 第 1 節 中国経済の減速と世界経済 1 下方修正の続く世界経済 2 意識される中国リスク 3 中国経済下振れの影響 第 2 節 安定成長を模索する中国経済 1 過剰投資 過剰生産 過剰信用の解消 2 中所得国の罠の回避 3 人口減少 高齢化 環境要因

各資産のリスク 相関の検証 分析に使用した期間 現行のポートフォリオ策定時 :1973 年 ~2003 年 (31 年間 ) 今回 :1973 年 ~2006 年 (34 年間 ) 使用データ 短期資産 : コールレート ( 有担保翌日 ) 年次リターン 国内債券 : NOMURA-BPI 総合指数

本文

平成10年7月8日

米国の利上げ見送りと日本の長期化した金融緩和

(2) 資産構成割合の推移 ( 給付確保事業 ) 1 資産配分実績の基本ポートフォリオからの乖離の推移 2 実践ポートフォリオと資産配分実績の推移 3. 運用受託機関 平成 29 年 3 月末現在 2

けた この間 生産指数は 上昇傾向で推移した (2) リーマン ショックによる大きな落ち込みとその後の回復局面平成 20 年年初から年央にかけては 米国を中心とする金融不安 景気の減速 原油 原材料価格の高騰などから 景気改善の動きに足踏みが見られたが 生産指数は 高水準で推移していた しかし 平成

2019 年 3 月期決算説明会 2019 年 3 月期連結業績概要 2019 年 5 月 13 日 太陽誘電株式会社経営企画本部長増山津二 TAIYO YUDEN 2017

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第 3 節食料消費の動向と食育の推進 表 食料消費支出の対前年実質増減率の推移 平成 17 (2005) 年 18 (2006) 19 (2007) 20 (2008) 21 (2009) 22 (2010) 23 (2011) 24 (2012) 食料

社団法人日本生産技能労務協会

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トラック運送事業の経営実態 全日本トラック協会は全国のトラック運送事業者 2,188 社 ( 有効数 ) の平成 25 年度事業報告書に基づき集計 分析した 経営分析報告書 ( 平成 25 年度決算版 ) をまとめた 全日本トラック協会が平成 4 年度から発行しているこの報告書は 会員事業者が自社の

当面の金融政策運営について(貸出増加支援資金供給の延長等、12時29分公表)

最近の欧州情勢

PowerPoint プレゼンテーション

タイトル

FOMC 2018年のドットはわずかに上方修正

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入門 欧州経済 第8回 欧州安定メカニズム(ESM)

個人消費の回復を後押しする政策以外の要因~所得の減少に歯止め、節約志向も一段落

金融市場2018年12月号

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ブラジル中国インド インドネシア ロシア 図表 新興国の消費者物価上昇率 ( 単位 :%)( 資料 :IMF 世界経済見通し ) 通常であれば 成長率が低下すれば 国内の需給バランスが緩和し むしろ物価は低下するのが自然である しかし 中国以外の カ国は逆に物価上

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( 公社 ) 近畿圏不動産流通機構市況レポート市況トレンド /1 年 7~9 月期の近畿圏市場 1. 中古マンション市場の動き 成約価格は前年比で 3 期連続上昇 1 年 7~9 月期の近畿レインズへの成約報告件数は,9 件と 前年同期比で 1.% 増加した (P1 図表 1) 新規登録件数は 15

オーバルネクスト ETF 情報 2010 年 2 月 15 日号 ( 株 ) オーバルネクスト 東京都中央区日本橋兜町 13-2 TEL 03(5641)5777

米国を巡る国際マネーフローの動向

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中国:なぜ経常収支は赤字に転落したのか

第2部

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プレゼン

Transcription:

調査部 目 次 1. 欧州経済の現状 緊縮財政を受けた内需の縮小による景気悪化が長期化 2. 欧州債務問題に対する政策対応の進展状況 3. 今後の欧州経済をみるうえでのポイント 域内不均衡の調整 (1) 労働市場 (2) 個人消費環境 (3) 貿易構造 4.2013~2014 年の欧州経済見通し 2013 年春以降プラス成長復帰も 低迷長期化 (1) ユーロ圏 (2) イギリス 5. リスクシナリオ J R I レビュー 2013 Vol.1, No.2 51

要 約 1. ユーロ圏景気は 2011 年末以降 悪化が続いている 南欧諸国では 緊縮財政と景気悪化の悪循環 が続くなか 個人消費を中心に内需の低迷が長期化している 一方 下支え役となってきたドイツで も 外部環境の悪化を背景に 足許で景況感が大幅に悪化している 2. 欧州経済の下押し要因となってきた欧州債務問題に対して 2012 年秋以降 政策対応が進展した 恒久的な救済基金である欧州安定メカニズム (ESM) が発足したほか 欧州中央銀行 (ECB) が条件付きながら 支援要請をしたユーロ加盟国の国債を無制限に購入する方針を表明するなど 南欧重債務国の資金調達支援体制が整備された もっとも ユーロ圏全域で財政再建が進められるなか 緊縮財政が景気を下押しする構図は 今後も長期化すると見込まれる 3. ユーロ圏では 域内各国間の経済格差是正プロセスが長期化する見通しである ドイツでは 良好な雇用 所得環境に加え 住宅価格の上昇が個人消費を押し上げると見込まれる 一方 南欧諸国では 競争力回復に向け 一段の賃下げ 社会保障給付の削減が不可避ななか 住宅価格の下落と相俟って 内需縮小が長期化する見込みである こうした状況下 南欧諸国の景気底割れ回避には ドイツ向け輸出の拡大がカギとなる 4. ユーロ圏では 2013 年初にかけて 緊縮財政 雇用 所得環境の悪化を受けて 景気悪化が持続すると見込まれる もっとも 良好な雇用 所得環境を背景としたドイツの国内需要の拡大が景気を下支えするなか ユーロ圏景気の底割れは回避される見通しである 一方 新興国経済の持ち直しを受け輸出の増加が期待される2013 年春以降は マイナス成長から脱け出すとみられるものの 南欧重債務国を中心に 緊縮財政や所得減の長期化が避けられず ユーロ圏全体では景気低迷が続く見通しである 52 J R I レビュー 2013 Vol.1, No.2

1. 欧州経済の現状 緊縮財政を受けた内需の縮小による景気悪化が長期化 ユーロ圏景気は 2011 年末以降 悪化が続いている 2012 年 7 9 月期のユーロ圏の実質 GDP 成長 率は 前期比年率 0.2% と 4 四半期連続でマイナスとなり 実質 GDP 成長率と連動性の高い購買担当 者景気指数 (PMI) が引き続き景気判断の分かれ 目とされる 50 を割り込んで推移していること を踏まえると 年末にかけてマイナス成長が続く と見込まれる ( 図表 1) 南欧諸国では 緊縮財政と景気悪化の悪循環が 続くなか 失業率の上昇や不良債権の増加に歯止 めがかからず 個人消費を中心に内需の縮小が長 期化している ( 図表 2) 一方 これまでユーロ 圏景気の下支え役となってきたドイツでも 景気 減速が明確化している 1 欧州債務問題の長期化 2 南欧諸国の景気悪化 3 新興国の景気鈍化 等 の外部環境の悪化を背景に ドイツ企業の景況感 が大幅に悪化しており 設備投資の低迷が景気下 押しに作用している ( 図表 3) 一方 イギリスでは 2012 年 7 9 月期の実質 GDPが前期比年率 +3.9% と4 四半期ぶりにプラスに転じ 景気後退局面を脱した もっとも 営業日数の増加や ロンドン五輪等の一時的な押し上げ効果によるところが大きい 足許をみると 依然厳しい雇用環境が続くなか 小売売上高が再び伸び悩んでおり 自律的な回復力は依然脆弱である ( 図表 4) J R I レビュー 2013 Vol.1, No.2 53

こうしたなか 欧州では 債務問題鎮静化や 緊縮財政によるマイナス影響緩和のため 中央 銀行の金融政策に対する期待が高まり ユーロ 圏 イギリス双方で金融緩和が実施された ECB( 欧州中央銀行 ) は 銀行間市場の緊張緩 和に向け 2011 年末から 2012 年初にかけて大規 模な長期資金供給オペ (LTRO) を実施し さ らに 2012 年 7 月には 政策金利を過去最低水 準となる 0.75% まで引き下げた もっとも 各 国での信用力に応じて銀行貸出金利に大きな格 差が生じるなど ドイツ等の財政健全国以外で は 金融緩和の効果が限られる状況が続いたこ とから 9 月には 金融政策のトランスミッシ ョン機能の回復を目的に 条件付きながら 南欧重債務国を対象とした無制限の国債購入 (OMT) を 表明した ( 図表 5) 一方 BOE( イギリス中銀 ) は 2012 年 8 月に 既存の資産購入プログラムに加え 金融機関の融資 拡大を促すための低利の資金供給策 (FLS) を導入した これを受け 金融機関の貸出態度は 家計向 けで大幅な改善がみられているものの 企業向けでは依然として厳格化の動きが続いている ( 図表 6) 企業の資金需要が弱いなか 金融緩和による融資押し上げ効果は限られており マネーサプライ (M 54 J R I レビュー 2013 Vol.1, No.2

4) は 依然前年比減少が続いている 2. 欧州債務問題に対する政策対応の進展状況 2009 年 10 月のギリシャの財政粉飾発覚に端を発した欧州債務問題をめぐっては 様々な対策が打ち出されてきたものの 総じて対症療法に終始した結果 問題が長期化し 欧州経済の下振れを招いてきた しかしながら 2012 年秋以降 抜本的な解決に向けた政策対応が進展しはじめた 具体的には 1 ECBによる無制限の国債購入策表明 2 欧州の恒久的金融安全網であるESM( 欧州安定メカニズム ) の稼働 により南欧重債務国に対する本格的な資金調達支援体制が整備された 加えて 11 月には ユーロ圏各国が 域内の銀行監督をECBの下に一元化する方針で合意した 銀行監督一元化は 2013 年から段階的に実施され 2014 年には 域内約 6,000 行を対象とした監督体制が整う予定である 銀行監督一元化が実現すれば 資金不足に陥った銀行に対し 政府を介さずESMが直接資本注入することが可能となるため 金融機関の経営悪化と政府の財政悪化の悪循環を分断することができる また 将来の一段の経済 財政統合に向け ユーロ圏共通予算 ユーロ圏財務省の創設 ユーロ圏共同債等が首脳会議の場で議論されはじめている こうした政策対応の進展は 財政規律を欠いた南欧諸国への支援にこれまで強く抵抗してきたドイツ 北欧の財政健全国が 南欧諸国での緊縮財政に端を発する景気悪化が自国にも波及し始めるなかで 態度を軟化させた影響が大きい 政策対応の進展を受け 一時危機水準とされる7% を上回っていたイタリア スペインの国債利回りは低下傾向にある ( 図表 7) 南欧諸国からの資金流出にも歯止めがかかりつつある ユーロ圏の各国中銀をつなぐ即時グロス決済システム (TAGRET2) に対する各国の債権 債務の推移をみると 足許で不均衡の拡大が一服している ( 図表 8) これまで ドイツ等の経常黒字に見合う資本取引( ドイツ民間銀行による南欧国債の購入等 ) が民間部門で行われず 結果として中央銀行間で債権 債務の不均衡が積み上がっていたものの 南欧諸国の経常赤字縮小や 北欧から南欧諸国への投資減少に歯止めがかかったことを受け そうした不均衡が縮小しはじめている しかしながら 欧州債務問題の終息や それを受けた景気の力強い持ち直しを見込むのは時期尚早と J R I レビュー 2013 Vol.1, No.2 55

言わざるを得ない まず 銀行監督一元化に向け た体制の整備や スペインの財政支援申請に向け た調整難航など 依然として債務問題をめぐる課 題は少なくない ( 図表 9) 最大の資金拠出国で あるドイツでは 2013 年 9 月に連邦議会選挙が控 えており 国民の反発が根強い財政支援に対して は 慎重に必要性を見極めていくとみられ 今後 も政策対応は徐々にしか進展しないだろう 緊縮財政が景気を下押しする構図にも変化は みられていない 重債務国に対する ESM による 融資や ECB による国債購入には 欧州委員会等 外部からの厳しい財政監督を要請国が受け入れ る必要がある このため 重債務国は財政緊縮路線を一段と強化せざるを得ない 加えて 2013 年 1 月 に財政均衡を求める欧州新財政協定が発効するなか 比較的財政が健全で自力再建が可能な国でも 財 政緊縮路線を維持する方針が示されている ( 図表 10) 3. 今後の欧州経済をみるうえでのポイント 域内不均衡の調整そもそも 欧州債務問題と それに伴う景気悪化の背景には ユーロ圏内各国の経済格差 およびその調整システムの不備 機能不全がある とりわけ 1 労働市場 2 個人消費を取り巻く環境 3 貿易構造 における不均衡がユーロ圏各国の景気の回復力に違いをもたらす要因となっている そこで 以下では これら3 点について 域内不均衡の現状とその収斂状況を検討する 56 J R I レビュー 2013 Vol.1, No.2

(1) 労働市場 ユーロ導入以降 単位労働コストの格差 すなわち南欧諸国での上昇 ドイツでの抑制が 両者の間 の経常収支不均衡の拡大を招いてきた こうした単位労働コストの格差是正は 依然として道半ばにあ る スペインで賃金の削減が進む一方 イタ リア フランスでは賃金の増加に歯止めがか かっていない ( 図表 11) 加えて 南欧諸国 では 2000 年以降企業にかかる社会保障負担 が大幅に増加しており この間ほぼ横ばいで 推移したドイツに比べ 高水準で推移してい る 単位労働コストの格差による影響は 金融 危機以降 競争力の高いドイツでの失業率の 低下 競争力の低い南欧諸国での失業率の大 幅な上昇という形で顕在化している 失業の 格差は 単一通貨圏では本来 労働力の移動 をもって ある程度調整される しかしながら ユーロ圏においては 労働力の移動による調整機 能が極めて限られている ドイツ在留の外国人人口の推移をみると ドイ ツでの労働力需要の増加は 南欧諸国などユーロ 圏内からでなく ユーロ圏外の EU 加盟国からの 労働力によって吸収されている状況が見て取れる ( 図表 12) 背景として まず 南欧諸国では社会 保障給付が手厚く 失業者が国外に雇用を求める インセンティブが低いことが指摘できる また ドイツ近隣のユーロ圏外諸国では 南欧諸国に 比べ低賃金なうえ 言語 文化的な障壁が低い ことがある ( 図表 13) 加えて 2004 年の EU 加 盟国からの労働者の移動制限 ( 注 ) が 2011 年 に撤廃されたことも ユーロ圏外 EU からドイツ への労働力流入を加速させたとみられる 労働力の移動による失業の格差是正が進まな い状況は ユーロ圏各国政府の財政不均衡拡大 も招いている すなわち 公務員の人員削減な どの歳出削減策を実施したとしても 労働力の 移動が不活発な状況下では 失業保険給付の増 J R I レビュー 2013 Vol.1, No.2 57

大を招き 財政赤字削減の効果を減殺してしま う ( 図表 14) 以上を踏まえると 南欧諸国では競争力回復 に向け 一段の賃下げや企業の社会保障コスト の圧縮を継続することが不可欠といえる 同時 に 労働力の移動による失業の格差調整機能の 復元に向け 南欧諸国での手厚い社会保障給付 の削減や 各国間の社会的な障壁低減に取り組 む必要があろう ( 注 )EUは域内の 人の移動の自由 を保証しているが 新旧加盟国の所得格差を背景に 安価な労働力が急激に 流入することによって国内の労働市場が混乱することを防ぐため 労働者の流入を最長 7 年間制限することが加盟国に認められ ている (2) 個人消費環境前項でみたように 南欧諸国では一段の賃下げ 社会保障給付の削減が見込まれる 加えて 住宅価格の下落も個人消費を下押しするとみられる ユーロ圏各国の住宅価格の推移をみると 住宅バブル崩壊後の調整が長期化しているスペインで下落が続いているほか 調整が遅れていたフランスでも 2011 年半ば以降弱含みはじめている ( 図表 15) 南欧諸国では 雇用 所得環境の悪化や 財政悪化を受けた長期金利の上昇 それに伴う住宅ローン金利の高止まりが 住宅価格の下押し要因として作用しているとみられる ( 図表 16) 一方 ドイツでは個人消費の好調が続いている 南欧諸国とは対照的に 1 良好な雇用 所得環境 58 J R I レビュー 2013 Vol.1, No.2

2 逃避資金の流入による長期金利 住宅ローン金利の低下等を受けた住宅価格の上昇 が個人消費の押し上げに寄与している ( 図表 17) 先行きを展望しても 1 欧州債務問題が長期化するなか ドイツの長期金利は当面低水準での推移が見込まれること 2 他のユーロ圏諸国と異なり 2000 年代に住宅価格の上昇がみられなかったこと 等から引き続き住宅価格の上昇が個人消費の押し上げに作用する公算が大きい イギリスでは 金融危機以降 住宅価格の下落や家計のバランスシート調整に伴い 個人消費の低迷が続いてきた 足許でも 住宅価格の下落に歯止めがかかっておらず 消費者マインドの低下を招いている ( 図表 18) もっとも BOEは景気を支援する姿勢を維持するなか 金融機関に融資を促す新たな量的緩和策 (FLS) を打ち出している これにより家計向け住宅ローン貸出が増加すれば 2013 年後半以降 住宅価格が押し上げられ 個人消費の下支えとなる可能性があるだろう (3) 貿易構造緊縮財政が続き 個人消費環境に厳しさが残るなか 内需の拡大が見込めない南欧諸国にとって 外需の拡大が景気の底割れ回避に不可欠といえる そこで以下では 外需取り込みの成否を大きく左右する各国の貿易構造の違いについて検討する まず ドイツでは 金融危機以降 輸出主導の景気回復を実現したが とりわけ 新興国向け輸出の増加が牽引役となった ( 図表 19) 新興国景気の減速により 当面輸出は弱含む可能性があるものの 新興国景気が持ち直せば 再び景気は力強さを取り戻す見込みである J R I レビュー 2013 Vol.1, No.2 59

一方 単位労働コストが著しく上昇した南欧諸 国では 対新興国での輸出競争力が低下するなか 新興国の需要を十分に取り込めていない 先行き も 大幅なユーロ安進行がない限り こうした状 況に変化は見込めないため 南欧諸国の輸出のう ち 1 割強のシェアを占め 個人消費を中心に内需 の拡大が見込まれるドイツ向け輸出の増加が 景 気回復のカギとなる 2012 年入り以降の南欧諸国 のドイツ向け輸出をみると 労働コストの圧縮が 進むスペインは増加傾向にある一方 労働コスト の高止まりが続くイタリアでは弱含んでいる ( 図 表 20) ドイツでの内需拡大の恩恵を受けるため にも 労働コストの圧縮が肝要といえる 労働コストの格差に加え 競争力を有する産業 の違いも 欧州諸国のドイツ向け輸出の動向に影響を与えているとみられる 2012 年入り以降のドイツ のユーロ圏からの輸入をみると 個人消費の好調を背景に 消費財輸入が底堅く推移している ( 図表 21) 南欧諸国の競争力指数をみると スペインは消費財 とりわけ乗用車の競争力が優位にあり ド イツの個人消費 自動車販売拡大の恩恵を享受しやすい貿易構造となっている ( 図表 22) 一方 イタ リアでは自動車の製造拠点が少なく ドイツの個人消費拡大の恩恵を十分に享受できていないとみられ る なお フランスでは ドイツ向け輸出は堅調に推移しているものの 労働コストの上昇に歯止めがか からないうえ すべての財で競争力劣位にあり 先行き増勢が鈍化していく懸念が大きい 競争力回復 に向けた本格的な取り組みに踏み切らなければ ドイツ向け輸出拡大の機会を逸するリスクがある 60 J R I レビュー 2013 Vol.1, No.2

4.2013~2014 年の欧州経済見通し 2013 年春以降プラス成長復帰も 低迷長期化 以上の分析を踏まえたうえで 2013 2014 年の欧州経済を展望する (1) ユーロ圏ユーロ圏景気は 1 加盟国での緊縮財政 2 雇用 所得環境の悪化 3 債務問題の長期化を受けた企業 消費者マインドの低迷 等を背景に 2013 年初にかけて悪化が続く見込みである もっとも 良好な雇用 所得環境を背景としたドイツの国内需要の拡大が景気を下支えするなか ユーロ圏景気の底割れは回避される見通しである 一方 新興国経済の持ち直しを受けた輸出の増加が期待される2013 年春以降は マイナス成長から脱け出すとみられるものの 南欧諸国を中心に 緊縮財政や 労働コスト削減に向けた所得減の長期化が避けられず ユーロ圏全体としては景気低迷が続く見通しである ( 図表 23) ユーロ圏のインフレ率は 2013 年入り後 フランスをはじめとした各国での付加価値税増税等が押し上げ要因となるものの 景気低迷の長期化を背景に 春以降 ECBの目標水準 (2% 未満 ) まで低下する見通しである ( 図表 24) ( 図表 23) ユーロ圏経済見通し 2012 年 2013 年 2014 年 7~9 10~12 1~3 4~6 7~9 10~12 1~3 4~6 7~9 10~12 ( 前年比 実質 GDP の四半期は季節調整済前期比年率 %) ( 実績 ) ( 予測 ) ( 予測 ) 2012 年 2013 年 2014 年 実質 GDP 0.2 0.8 0.3 0.6 0.7 0.8 0.8 1.1 1.3 1.5 0.5 0.1 0.9 個人消費 0.1 0.5 0.3 0.5 0.5 0.6 1.1 1.5 1.5 1.7 1.0 0.3 1.0 政府消費 0.6 0.6 0.5 0.0 0.3 0.0 0.6 0.3 0.2 0.0 0.1 0.3 0.1 総固定資本形成 2.9 2.0 0.5 0.7 1.0 1.3 1.0 1.5 1.0 1.2 3.8 0.8 1.1 在庫投資 0.7 0.0 0.1 0.0 0.0 0.1 0.2 0.1 0.0 0.1 0.5 0.1 0.1 純輸出 1.2 0.0 0.2 0.8 0.3 0.2 0.4 0.0 0.3 0.4 1.5 0.4 0.3 輸出 3.5 1.8 1.2 2.2 2.5 2.9 3.2 2.3 3.0 3.2 2.9 2.3 2.8 輸入 0.8 2.0 1.9 0.5 2.0 2.8 2.7 2.5 2.7 2.6 0.4 1.6 2.4 ( 予測 ) ( 資料 ) 日本総合研究所作成 ( 注 ) 在庫投資 純輸出の年間値は前年比寄与度 四半期値は前期比年率寄与度 ( 図表 24) 主要国別経済成長率 物価見通し ( 前年比 実質 GDPの四半期は季節調整済前期比年率 %) 2012 年 2013 年 2014 年 7~9 10~12 1~3 4~6 7~9 10~12 1~3 4~6 7~9 10~12 2012 年 2013 年 2014 年 ( 実績 )( 予測 ) ( 予測 ) ユーロ圏 実質 GDP 0.2 0.8 0.3 0.6 0.7 0.8 0.8 1.1 1.3 1.5 0.5 0.1 0.9 消費者物価指数 2.5 2.4 2.1 1.8 1.9 2.0 1.7 1.7 1.7 1.7 2.5 2.0 1.7 ドイツ 実質 GDP 0.9 0.4 0.6 1.5 1.3 1.4 1.2 1.5 1.7 1.9 0.8 0.9 1.4 消費者物価指数 2.1 2.0 1.9 2.1 2.1 2.2 2.3 2.3 2.3 2.3 2.1 2.1 2.3 フランス 実質 GDP 0.9 0.7 0.6 0.5 0.6 0.7 0.6 0.8 0.9 1.0 0.0 0.0 0.7 消費者物価指数 2.3 2.0 2.0 1.9 1.8 1.9 1.7 1.7 1.7 1.7 2.3 1.9 1.7 イギリス 実質 GDP 3.9 0.5 0.6 0.8 0.9 1.0 1.4 1.6 1.9 2.0 0.2 0.9 1.5 消費者物価指数 2.4 2.5 2.5 2.4 2.2 2.1 2.1 2.1 2.1 2.0 2.8 2.3 2.1 ( 予測 ) ( 資料 ) 日本総合研究所作成 J R I レビュー 2013 Vol.1, No.2 61

(2) イギリスイギリスでは 住宅価格の低迷や 雇用 所得環境の厳しさ等を背景とした消費者マインドの低迷を受け 個人消費を中心に 2013 年中も低成長が続く見込みである その後は BOEの量的緩和等を受けた住宅価格の下げ止まりや 世界的な景気減速の一巡を受けた輸出の増加に伴い 徐々に増勢が強まる見通しである インフレ率は 緊縮財政に伴う公共料金の値上げ等がインフレ率押し上げに作用し 当面 BOEの目標水準である2% を上回って推移するものの 景気の低迷長期化がデフレ圧力として作用し 春以降 BOEの目標水準に向けて緩やかに低下していく見通しである 5. リスクシナリオ以上のメインシナリオに対する下振れリスクとして 欧州債務問題の再燃が指摘できる 前述のように ユーロ圏では 重債務国向けの財政支援を担うESMの創設や ECBによる無制限の国債購入策の導入等を受け 当面の危機的状況は脱したとみられる もっとも 以下のような事態に陥れば これらのセーフティネットが十分に機能しない恐れがある 第 1に 重債務国による支援要請の先送りである 景気悪化と緊縮財政の悪循環が続くなか 南欧重債務国では緊縮財政に対する世論の反発が激しさを増している ( 図表 25) セーフティネットとして期待されるESMによる融資やECBによる国債買い入れには 現状より厳しい財政再建策が課されるとみられ 支援要請に対して世論の反発が一段と強まる公算が大きい 資金調達に窮するにもかかわらず 国内世論に配慮するあまり早期に支援を要請できなければ 南欧重債務国で再びデフォルト懸念が高まり 金融市場が混乱に陥る可能性がある 第 2に ドイツによるESM 等に対する資金拠出の慎重化である ドイツには 賃金の上昇などを背景にインフレ高進のリスクがある インフレが加速した場合 本来であればECBによる金融引き締め 62 J R I レビュー 2013 Vol.1, No.2

が求められるものの 南欧諸国の景気悪化が続くなか ECBによる積極的な対応は期待しづらいのが実情である 実際 ドイツでは金融引き締めが正当化される経済状況にあるのに対し イタリア スペインでは一段の金融緩和が必要な状況にある ( 図表 26) こうしたECBのインフレに対する寛容な姿勢が 統一通貨ユーロに対するドイツ国内の信認低下を招き ESMなどへの資金拠出に対して ドイツが再び態度を硬化させる恐れがある 研究員菊地秀朗 (2012. 12. 10) J R I レビュー 2013 Vol.1, No.2 63