高精度プラスチックヘリカルギヤの開発 Development of High Precision Plastic Helical Gear 妹尾晋哉 畠山寿治 金松俊宏 渡部順 岸秀信 Shinya SENO Toshiharu HATAKEYAMA Toshihiro KANEMATSU Jun WATANABE Hidenobu KISHI 要旨エアを利用したひけ誘導成形プロセスを用いて, 高精度なプラスチックヘリカルギヤを開発した. 画像形成装置の駆動系に用いられるプラスチックギヤには高精度と高強度が要求される. 強度は形状の厚肉化によって得ることができるが, 歯面にひけと呼ばれるくぼみを生じ, 歯面の高精度化ができない. そこで, 精度を必要としない部分に選択的にひけを発生させる射出成形プロセスを適用して歯面の高精度化を図った. 具体的には金型キャビティにスリットを設けてエアを導入するプロセスによって, 外周ウェブ部にひけを誘導した. その結果, 歯面のひけは解消され, 歯筋誤差 ( 歯面精度 ), および, 歯溝の振れ ( 真円度 ) を低減できた. また, 従来プロセスより低圧の保圧条件下で形状精度を向上することができた. ABSTRACT High precision helical gear with low rotation error is developed by applying the Induced Sinkmark Injection Molding Process. High precision and high intensity are required for the plastic gear used for the driving system of a image processing equipment such as laser beam printer. Although the thick gear has enough intensity, it tends to generate the hollow called sinkmark at the tooth surface, so it is difficult to produce tooth form with high precision. A new injection molding process in which sinkmarks are induced into the area surface is introduced for fabricating plastic gears. In the process, sinkmarks are induced into the web area of gear by introducing into the cavity through the mold slit. As the result, both lead and runout errors are decreased by using. Also, precise gear shape is obtained under the lower holding pressure, though it is necessary in the higher holding pressure in usual process. 研究開発本部生産技術研究所 Manufacturing Technology R&D Center, Reserch and Development Center グループ技術企画室技術戦略室 Technology Strategy Center, Corporate Technology Planning Division Ricoh Technical Report No.29 58 DECEMBER, 2003
1. 背景と目的 レーザープリンターの駆動系に用いられるプラスチックヘリカルギヤは, 高精度と高強度が要求される精密部品である. さらに, 摺動性, 対摩耗性も要求されるため, 一般にポリアセタール樹脂のように自己潤滑性を有し, かつ機械強度が優れた結晶性樹脂が多く利用されている. 溶融樹脂を高圧で金型キャビティに充填して急冷する通常の射出成形方法では, ギヤ歯面形状精度を確保するためにウェブ厚 (Fig.3 参照 ) は2mm 程度の薄肉となっている. この場合, ギヤ強度を保つためリブ補強がなされるが, 真円度やピッチ精度低下の原因となることが少なくない. 一方, 成形品強度はウェブ厚を厚肉にすることで得られるが, 歯面にひけと呼ばれるくぼみを生じ, 高精度な歯面が得られない. 本報では, 厚肉形状で高精度な歯面を得るために, ひけを任意の位置に選択的に発生させる手段としてエアを利用し, 精度を必要としないウェブ部にひけを誘導する成形法によるプラスチックギヤについて報告する 1, 2). 2. 技術 21 原理 Fig.1に金型装置の略図を示す. 通常の成形金型と異なる点は, 金型のウェブの外周部にスリットを有する点である. このスリットはキャビティからエア通路を介して, 金型外部のエア供給部に通じている. 一般にギヤ形状のリムとウェブの交差する部分が周囲よ り厚肉部となるので, 通常の射出成形法では近傍の歯面にもひけと呼ばれるくぼみが生じる. これは, 金型内で樹脂が冷却される際に, 厚肉部が冷え難いので (Fig.2(a)), 最後に冷えて収縮する際に, 周りの樹脂を引き込むためと考えられる (Fig.2(b)). Tooth Rim Web (a) Air Air (b) (c) Fig.2 Crosssection drawing of gear これに対して, 成形中に金型キャビティのウェブ部分にスリットを介してエアを導入すると, 冷却工程で樹脂内圧がゼロに近づいた際に樹脂が金型から離れやすくなると考えられる. その結果, ウェブ部においては, 他の部位より先にひけが発生し, その部分のひけが成長すると予測される. つまり, 精度を必要としないウェブ部へひけを誘導することによって, 歯面へのひけ発生を低減し, 歯面精度向上が期待できる (Fig.2(c)). 22 実験方法 221 成形品形状実験に用いた成形品形状とギヤ諸元をFig.3に示す. 厚み4mmのウェブ部にひけの誘導を試みた. control unit suply unit gear teeth unit of mold parting line resin mold gate cavity Fig.1 Schematic drawing of mold system for inducing sinkmark Fig.3 Gear parameter, size, and gear shape Ricoh Technical Report No.29 59 DECEMBER, 2003
222 実験条件 30μm (ave.) 30μm (ave.) 実験は以下の装置, 材料, 成形条件にて行った. 実験装置, 材料 成形機 : ファナックRoboshotα100B ギヤ評価装置 :Zeiss 三次元測定装置 Gear Inspection GON 成形材料 : ポリアセタール樹脂 ( 融点 :175 ) 成形条件 樹脂温度:210, 金型温度 :90 射出圧力 :75MPa, 射出時間 :1.8s 冷却時間 :180s, エア圧力印加時間 :170s 保圧 :35MPa(10~90MPa) Fig.7 エア圧力 :0.6MPa(0~0.8MPa) Fig.8 Position (10mm) Position (10mm) 12μm (ave.) No Air 12μm (ave.) Using Air Fig.4 Lead error profile of molded gear by using 3. 結果 31 ギヤ形状におけるひけ誘導の効果 JIS ギヤ精度におけるひけ誘導の効果を Table 1 に示す. Table 1 The influence of using for molding precise gear. 歯筋誤差 歯溝の振れ 累積ピット誤差 単一ピッチ誤差 隣接ピッチ誤差 歯形誤差 エアなし 30 30 25 5 7 9 312 歯溝の振れ ( 真円度 ) ギヤのウェブ部 (r:32~43mm, 厚み :4mm) にひけを誘導した場合の歯溝の振れをFig.5 下段に示す. ひけを誘導しない場合は花びら状のプロファイルを示し歯溝の振れは30μ mであった. 同条件で型内にエアを導入することによって, 歯溝の振れは13μmとなり ( 金型の歯溝の振れは5μm), 特に外周歯部の6 点ピンゲート対応位置で顕著な改善効果が得られた. 30μm 0 エア有り 12 13 19 4 4 6 270 90 Gate 効果 18 17 6 1 3 3 (μm) 0 90 180 270 Position angle 180 No Air 311 歯筋誤差 ( 歯幅方向面精度 ) 13μm 0 ギヤのウェブ部 (r:32~43mm, 厚み :4mm) にひけを誘導した場合の歯筋誤差をFig.4 下段に示す. ひけを誘導しない場合は歯面中央部が凹形状となるため, 歯筋誤差は30μm (Fig.4 上段 ) であった ( 金型の歯筋誤差は2μm). 同条件で型内にエアを導入すると歯面精度が向上し, 歯筋誤差は12 μmとなった. 270 90 180 0 90 180 270 Using Air Position angle Fig.5 Runout error profile of molded gear by using 313 ひけの深さ ひけを誘導した面とそれ以外の面のひけの深さを評価比較し た例を Fig.6 に示す ( 外周面が円筒形状の歯を持たないダ ミー円板形状にて測定 ). Ricoh Technical Report No.29 60 DECEMBER, 2003
(C) Tooth (C) Tooth r=43mm (A)Web (B)Web r=32mm No Air Air (B)Web (A)Web Using Air (into the side A) (C) Tooth (B) Web 3 (A) Web Quantity of 2 sinkmark (mm2) 1 0 No Air Using Air Air pressure :0.6MPa Condition of the process Fig.6 Quantity of the sinkmarks Fig.6のグラフ左側はエアを用いないときの各部のひけ量 ( ひけ部分の断面積 ) を示しおり, 歯面, およびウェブ部の両面にひけが生じている. これに対して, グラフ右側のようにウェブ片面だけにエアを導入した場合は, エアを導入した A 面 ( ウェブ ) だけにひけが集中して発生し, 対向するB 面 ( ウェブ ) とC 面 ( 歯面 ) では, ひけが低減し, 精度が向上している. つまり, 精度を必要としないウェブ部にひけを誘導することによって歯面精度を高めるという, 狙い通りの成形現象が, エアの導入によって起こっていることを確認できた. Fig.7 Influence of holding pressure on runout of gear Fig.7において, 保圧 90MPaでは, ひけ誘導の効果は得られていない. 高保圧条件では, 冷却工程において金型内の樹脂圧がエア圧力以下に下がるのに時間を要するので, その間に樹脂の冷却が進み樹脂粘度が高くなるため, エア導入によるひけ誘導が起こり難くなると考えられる. 322 エア圧力 Fig.8にエア圧力と歯溝の振れの関係を示す. エア圧力 0~ 0.8 MPaの範囲において, エア圧力が高くなるにつれて歯溝の振れが低減された. 32 成形条件と形状精度の関係 321 保圧 Fig.7 にひけ誘導成形をおこなった場合の保圧条件と成形 品精度の関係を示す. エアを導入しない場合は保圧が高くなると歯溝の振れ ( 真円度 ) が低減する傾向があるが, エアを導入した場合は, より低圧条件において歯溝の振れ ( 真円度 ) が低減した ( 歯筋誤差に関しても同様の結果が得られている ). エアを導入しない場合は, 保圧が低いほど歯面のひけが大きくなるが, エアを導入した場合はウェブ部にひけが集中することによって, 低保圧においても歯面の精度が保たれると考えられる. Fig.8 Influence of pressure on runout of gear Fig.7,8より, 保圧時樹脂圧のわずか100 分の1 程度のエア圧力によって, 顕著なひけ誘導効果が得られることがわかる. 保圧に依存する冷却工程での金型内樹脂圧とエア圧力のバランスによって, ひけ発生タイミングが変わり, ひけの程度が変化したと考えられる. 4. 結論 精度を必要としないウェブ部にひけを誘導することに よって, 歯筋精度と歯溝の振れの形状精度を向上し, 高精度 Ricoh Technical Report No.29 61 DECEMBER, 2003
なプラスチックヘリカルギアを開発することができた. 5. 今後の展開 ギヤ精度と駆動伝達特性の関係を調べ, 精密駆動系へと 展開する. 参考文献 1) 金松俊宏他 : プラスチック成形加工学会秋季大会予稿集,145 146(2001) 2) 妹尾晋哉他 : プラスチック成形加工学会年次大会予稿集,6162 (2003) Ricoh Technical Report No.29 62 DECEMBER, 2003