印度學佛敏學研究第 62 巻第 1 号平成 25 年 12 月 (97) 理趣広経 の灌頂における阿闍梨の作法につ いて 徳 重弘志 1. はじめに 本稿では, 理趣広経 ( 白 P) を構成する 般若分 ( 大楽金剛不空三昧耶 ), 真言分 大楽金剛秘密, 真言分 吉祥最勝本初 という 3 編のうち, 般若分 と 大楽金剛秘密 の灌頂における 阿闍梨の作法 を比較することによって, その発展過程の解明を試みた. また上述の 3 編のうち, 大楽 金剛秘密 におけ るプダク写本 (Ph ) の読みが, ツェルパ系統やテンパンマ系統とは大幅に異なる ことが判明した 1). そこで, Ph が他の系統とは異なる原因についても解明を試み た. 2. 灌頂の構成 本稿では, 般若分 に属する 大三昧耶の真実金剛と称する大儀軌王 ( 忌 P A ) 2 ) と, 大楽金剛秘密 に属する 極喜金剛秘密の供養の広大儀軌 ( B ) におけ る灌頂を考察対象として採り上げる. A の灌頂は, 曼荼羅諸尊の召請 (D ta 152b6 153a5), 阿闍梨入住 (D ta153a5 b2), 狭義の灌頂次第 (D 副 53b2 5 ), 弟子 引入 (D ta 153b5 7), 狭義の灌頂次第 (D ta 153b7 154a2), 後 方便 (D ta 154a2 4) という構成であり, が 阿闍梨の作法 に相当する. 他方, B の灌頂は, 瓶準備儀軌 (D ta 176a3 176a6), 曼荼羅 諸尊の 召請 (D ta 176a F176b3), 阿闍梨入住 (D ta 176b3 177a2), 弟子引入 (D ta 177a2 6), 投 華 (D ta 177a6), 狭義 の 灌頂次第 (D ta 177a6 177b1), 後 方便 (D ta 177bl 5) という構成であり, が 阿閣梨の作法 に相当する. 3. 阿闍梨の作法 の比較 一第に, 瓶準備儀軌 に関しては, 菖 P B にのみ該当箇所が存在し, 瓶の荘厳, 配置, 水を加持する心呪などについて説かれている. 一 432 一
(98) 理趣広経 の灌頂における阿閣梨の作法について ( 徳重 ) 第二に, 曼荼羅 諸尊の召請 に関して, P A の内容は, [1] 阿闍梨に相応 しい者の資格 [2] 諸尊の召請による得益, [3] 曼荼羅諸尊の召請 に分けられる. 他方, B の内容は, [1] 曼荼羅諸尊の召請, [2] 諸尊の召請によ る得益 に分けられる. ただし, 語 P B の [2] における得益の内容は, P A の [1] で説かれた内容とほぼ一致している. また B の [1] には, 自 P A の [3] には 存在しない印相や心呪に関する記述が増広されている. 第三に, 阿闇梨入住 に関して, 菖 P A の内容は, [1] 曼荼羅に入る作法, [2] 世尊 ( 金剛手 ) の観想, [3] 曼荼羅に入ることによる得益 に分けられる. 他 方, B の内容は, [1] 曼荼羅に入る作法, [2] 曼荼羅諸尊の観想, [3] 曼 茶羅に入ることによる得益 に分けられる. また B の [1] には, 金剛杵を 持っ ての金剛慢 3) という印契女との瑜伽 によって, 金剛阿闍梨 自身が 曼 茶羅に 入るべきである (D ta 176b4) という記述や, 吉祥最勝本初 の三三昧 耶授与の場面でも用いられている偈頌 4) ( D ta 176b5) が存在するように, 三三昧 耶 ( 金剛杵と鈴と大印 ) と関連する記述が増広されている. ただし, B では鈴 について言及されていないため 5 ), 厂大楽金剛秘密 の段階で三三昧耶という枠 組みが成立していたと断定することは難しい. 第四に, 狭義の灌頂次第 に関しては, P B では 弟子引入 の後に弟子が 阿闍梨から灌頂を授かるとい う規定であるのに対して, 臼 P A ではにおい て観 想の中で阿闍梨が世尊 ( 金剛手 ) から灌頂を授かり 6 ), におい て弟子が阿闍梨 から灌頂を授かるという規定になっ てい る. また語 P A の 狭義の灌頂次第 の うち, には名灌頂と金剛杵灌頂のみが非常に簡潔に説かれており, 水灌頂に関 する規定は省略されている. 他方, では, に準 じて灌頂を行うことのみが説 かれている. 4. プダク写本と 吉祥最勝本初広釈 の 大楽金剛秘密 における Ph の読みは, 他 の系統とは大幅に異なってい る 7). その相違は, 偈頌において特に顕著なので, 以下に忌 P B における二つの 偈頌と, それに対する 吉祥最勝本初広釈 鋤における註釈を示しておく 8 ). なお箕褫に関しては, 下線が からの引用でありボール, ド体が Ph と語句が 一致することを示している. 一 431 一
The Japanese Assooiation Association of Indian 工 and Buddhist Studies 理趣広経 の灌頂における阿闍梨の作法について ( 徳重 ) (99) 偈頌 A [ ッェルパ系統 テンパンマ系統 ] 9) [Ph] 16 ) phy g gy ch n p y m g h 9 ) t d b hi g y i1) mdzub i2) 1 g ky by 13) 11 dgug pa dini lan gcig14 ) gis grub ste 15) rab tu gzhug parbya 11 phyag rgya chen por mnyam bzhag ste!de bzhin g yas dzub lcagskyur bya! de snyed dgug pa i dngos grub ni!lhancig mchog tu gugs par byed 11 [lika ] 17 ) 一 h by ba ni!b m ldan d d rj em dp i phyag rgya chen po bcingba e 19) 1!de bzhin g yas mdzub lcags1( yur bya zhes bya ba ni!9 yas pa imdzub mo lcagskyur byas lade bzhinzhes bya ba rnam pa dis20 ) phyag rgya chen po i dngos grub tu gyur ro zhes bya ba itha tshiggo 21 > didag ni dgug pa o lhan cig mchog tu gugs par by d ce 22) by b ni!d b hi d phy g gy ch n p i lcag ky b i g 1 23> eles th ) 9 nyidan og nas bshad pa i/ 偈頌 B [ ッェルパ系統 テンパンマ系統 ] 25 ) [Ph ] ee ) de nas rtag tu bcom ldan das dkyil khor du ni rang nyid byon 26 ) dg g i g b g 27) brt n p d ng db g d 28 ) gy hi g 9 ub P yi 1! d n b m 1da d ang yid dkyirkh d by n p 1!f dg g P d ng!b ug3 ) P d ng 1 hi tu 31 ) mnan pa dang!dbang du bya gyur pa grubpa dang 1 [7ihaO] 32 ) de nas bcom ldan das rdo ile can rde 均 e sems dpa rang nyid dkyil khor du byon par gyur pa ni bris pa i dkyirkhor du byon nas! gnas jiltaba bzhindu zhugs par gyur ro zhes ston pa yin no 以上のように, P ているが, その相違点が箕腋 B における Ph の語順や語句は, 他 r に引用された とは多くの箇所で の系統とは大幅に異なっ 一致することが 判明した. このことから, 大楽金剛秘密 における Ph (1697 1705 年頃 ) 33 ) は, 箕緬 (958 1055 年 ) 34> が訳出される際に参照された帥の写本か, あ 体を参照して編纂されたと推定することができる. 5. おわりに るいは T,kd 自 本稿では, r A と B の灌頂における 阿闇梨の作法 について考察を行っ 一 430 一 NII-Electronic N 工工一 Eleotronio Library Service
(100 ) 理趣広経 の灌頂における阿闍梨の作法について ( 徳重 ) た. 研究の結果, A と B における 阿闍梨の作法 に関しては, 後者の方 が内容が整理 増広されていることが判明した. さらに, を構成する 3 編のうち, 大楽金剛秘密 における Ph の読みが, ツェルパ系統やテンパンマ系統とは大幅に異なることが判明した. 調査の結果, 罪緬における からの引用の相当数が, Ph のみと語順や語句が一致することが 判明した. このことから, 大楽金剛秘密 における Ph は, 箕 ka が訳出される際 に参照された の写本か, あるいは箕緬 自体を参照して編纂されたと推定する ことができる. 1 ) チベット大蔵経諸版の概要や年代に関しては, 佐藤 [2008 : 71 92] および渡辺 [1995 : (1 ) 一 (12 ) ] を参照. なお Ph は, ツェルパ系統やテンパンマ系統とは原本が異なって いた可能性が指摘されている. これについては, 佐藤 [2008: 76 77] を参照. 2 ) 本章に関しては, 理趣広経 の翻訳研究会 [2013コに校訂テクストが存在する. 3 ) 箕 ka ( 中華大蔵経 丹珠尓 vol,.30 : 695) では, 金剛慢 とは 金剛薩堙の大印 であると註釈されている. 4 ) この偈頌 ( 金剛薩墟偈 ) については, 拙稿 [2013 : 14, 19] を参照されたい. 5 ) Pkd ( 中華大蔵経 丹珠尓, vol.30 : 696) では, 金剛杵と大印とともに, 鈴につ いても言及されている, 6 ) GuhyasamaJ ama44alavidhi や翫 η 恥 ψ 励傭 e 肋 v ゴ 4 痂にも, 弟子を灌頂する前に阿闍梨 自身が観想により部族主から灌頂と印可を受ける, という規定が存在している. これ については, 桜井 [1996: 54 56 コを参照. 7 ) 管見の限りでは, 般若分 や 吉祥最勝本初 では, Ph とそれ以外の系統の読みが, 大 楽金剛秘密 における読みほど極端に異なってはいない. 吉祥最勝本初 における 各版本の読みについては, 拙稿 [2013 コを参照されたい. 8 ) 紙幅の都合上, 二つの偈頌のみを採り上げたが, 軍航に引用された が Ph のみと一致する用例が, B ではこれ以外の偈頌や, 偈頌以外の個所にも頻繁に見られる. 9 ) D ta 176a7. なお紙幅の都合上,D 以外の版本の位置については省略した. 10)gzhag コ DHLNPTU : bzhagcjs. 11) su add.hlnst. 12) mdzub ]CDHJLNSTU : dzubp. 13)kyurbya]DJPU ; kyubya C ; kyus H LNST. 14)gcig]JLNPTY : cigcdhsu 15) ste ]CDJPU : parlnst ; sterh. 16)Phno.477, tha I33b4 5. 17) 中華大蔵経 丹珠尓, vo 且.30 : 693S94. 18)par add.n P. 19)bcingba o ]NP : bcings pa o C D. 一 429 一
理趣広経 の灌頂における阿闍梨の作法について ( 徳重 ) (101) 20) dis] CD : dinp. 21 )go ] CD 二 ginp. 22) byed ces ]CD :byed pa zhes N P. 23) la]np : pa icd. 24 ) laadd.n P. 25 ) D ta 176bl 2. 26)byon] CDHJPU : byinlnst. 27)bcug nas ]CDJPSU :bcug gnas H L N ;btsugnas T. 28) gyur]cdhjlnstu : gyurpy. 29)Ph no.477,tha 133b6 7. 30)bcug]CDHJLNPSU : bzhugph ; btsugt. 31)tu] em. : du Ph. 32) 中華大蔵経 丹珠尓, vol.30 : 694. 33) 佐藤 [2008 : 76] を参照. 34) 訳出年代については明らかではないので, 訳者であるリンチェンサンボの生存年代を記しておいた. なお, 高橋 [1999 : (10)] が指摘しているように, 著者であるアーナンダガルバは, 9 10 世紀に活躍した人物である. 略号と参照文献 > add.: added in.c : チョネ版 D : デルゲ版. em.: emended.guhyasamby ama44alavidhi : Skt. ed.centra 且 Instituteof Higher Tibetan Studies, Dipa 血 karabhadra, Dhih 42 (2006), 109 5riguhyasamdijama η4atavidhi of Acarya 154.H : ラサ版.J: ジャンサタム / リタン版. L : ロンドン / シェルカル写本.N : ナルタン版 P : 北京版.Ph : プダク写本.S : トク パ レス写本.Sa ηpdsiptdbhis. ekavidhi : Skt.ed. 桜井 1996, 409 42α : 理趣広経 ( 岳 ψ α m 擁一 dya) : Dnos.487 488 ;Pnos.119 120 ; 中華大蔵経 甘珠尓, vol 447 800.T :.85, 東京写本. 蹄 4 : 吉祥最勝本初広釈 (S riparamfidya tikfi ) : Dno.2512 ;Pno.3335 : 中華大蔵経 丹珠尓 vols,.30 31, 134 1547, 3 502.U : ウルガ版.Y : 永楽版桜井 1996 : 桜井宗 信 インド密教儀礼研究後期インド密教の灌頂次第 ( 法蔵館, 1996). 佐藤 2008 : 佐藤直実 蔵漢訳 阿闕仏国経 研究 ( 山喜房佛書林, 2008). 高橋 1999 : 高橋尚夫 アーナンダガルバ研究一序説一 ( 豊山教学大会紀要 27,1999, (1) 一 (16)), 徳重 2013 : 徳重弘志 理趣広経 弟子引入広大儀軌のタントラ における潅頂和訳および校訂テクスト ( 高野山大学大学院紀要 13, 2013,11 29). 渡辺 1995 : 渡 辺章悟 大般若と理趣分のすべて ( 北辰堂, 1995). 理趣広経 の翻訳研究会 2013 : 理 趣広経 の翻訳研究会 Sriparamfidya 校訂テクスト第 1 章 ( 大正大学綜合佛教研究所年報 35, 2013, (134) 一 (166)). キーワード 灌頂, 理趣広経, プダク写本 ( 高野山大学密教文化研究所受託研究員 ) 一 428 一