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みさえゆのもと
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1 17~18 世紀初における琉球王国の構造変容文化交渉の交差点として岡本弘道問題設定九州島の南から台湾島の北に至るまでの弧状の島嶼域琉球弧に成立した琉球王国の歴史は 1609 年の薩摩による侵略そしてその支配の開始によって大きな変容を遂げるそれ以前の琉球王国は豊かな亜熱帯気候と海洋資源そして東シナ海の中央に位置するという地理的条件によって海上交易勢力として著しい発展を遂げていた古代から中世にかけてはゴホウライモガイタカラガイヤコウガイホラガイなどの貝を始めとする交易品の産出地であった年の明朝洪武帝による招諭を受けて琉球は中華王朝との朝貢関係を開始した明朝による海禁政策とその中での琉球優遇政策により琉球は東アジア東南アジアにおける一大海上交易勢力へと成長した明朝による琉球への優遇政策は海禁下にあっては必然的に不法となる倭寇をも含む海上勢力への対策として実施された少なくとも明朝中国にとって琉球との関係はその先にある日本との関係と密接に結びつくものであった 2 15 世紀から 16 世紀にかけての琉球は交易品の産出地というよりはむしろ交易ルートを相互に連結する中継貿易勢力として海上交易の主要な部分を担っていた 3 明実録歴代宝案等から判明する琉球の対明朝貢の最盛期は 14 世紀末から 15 世紀前半であるその後一方で漸落する対明朝貢の影響を受けつつも琉球王国は琉球弧域内の政治的経済的統合を進めていく 4 他方対日本朝鮮方面に関しては 15 世本論文は,2008 年 12 月日に行われた関西大学の第 1 回次世代国際学術フォーラム境界面における文化の再生産のセッション1 近世東アジアにおける文化交渉としての外交における報告原稿をもとに, 日本語版公開のため最低限の修正を加えたものである本論文の完成版は次年度刊行予定の英語版論文集に収録予定であり, 本論文からの引用に当たっては極力英語完成版の方を参照していただければ幸いである 1 木下尚子南島貝文化の研究貝の道の考古学法政大学出版局,1996 年木下尚子先史琉球の生業と交易奄美沖縄の発掘調査から改訂版熊本大学文学部木下研究室,2003 年高梨修ヤコウガイの考古学同成社,2005 年 2 拙稿明朝における朝貢国琉球の位置付けとその変化世紀を中心に東洋史研究第 57 巻第 4 号,1999 年 3 この点に関しては, 琉球の漢文外交文書集歴代宝案を利用した,1940 年前後のまとまった研究がある小葉田淳中世南島通交貿易史の研究日本評論社,1939 年 (1993 年臨川書店増補版 ) 東恩納寛惇黎明期の海外交通史帝国教育会出版部,1941 年 ( のち東恩納寛惇全集 3, 第一書房,1979 年に収録 ), 安里延沖縄海洋発展史日本南方発展史序説沖縄県海外協会,1941 年 (1967 年琉球文教図書再版 ) 近年の研究としては, 高良倉吉新版琉球の時代ひるぎ社,1989 年など多数 4 前掲拙稿,3~8 頁, 及び 25~27 頁 3

2 紀半ば以降主に博多商人や堺商人などの日本商人に海上交易に主導権を譲るようになっていく 5 さらに豊臣秀吉の統一政権が成立すると琉球は九州南部の薩摩を介して日本の政治的影響を強く受けるようになるとりわけ秀吉による朝鮮侵略は明朝と日本という琉球にとって最も重要な国同士が直接交戦状態に入るという琉球にとっては最悪の事態となった当時の琉球は日本情報を度々明朝に通報するなど明朝への恭順を示しつつも秀吉政権や薩摩との関係も維持するという非常に困難な外交を強いられることとなる秀吉の死後政権を継承した徳川家康は様々なルートから日明国交回復交渉を進めたがその結果は決して思わしいものではなかったそのような中対明交渉ルートの一つとしての琉球がクローズアップされることとなるしかしながら当時の琉球の対応は徳川幕府 / 薩摩に対して極めて冷淡であったこれは琉球がその国家の拠り所とする明朝中国との関係及び徳川幕府 / 薩摩側が琉球に期待する日明通交回復交渉の困難さとそれへの関与が琉球に与えるであろう悪影響を考えれば決して不自然なことではなかっただがそのような琉球の冷淡な対応に業を煮やした徳川幕府 / 薩摩側はより急進的な事態の打開を模索するようになる薩摩による琉球侵略前夜薩摩はその領内の権力構造の問題から新たな領地 = 琉球王国の支配下にある奄美地域の獲得を喫緊の課題としていた一方徳川幕府はあくまでも琉球の仲介による日明国交回復を至上命題としていた両者の思惑は必ずしも一致してはいなかったのであるしかし琉球側の頑なな態度はついに徳川幕府をして薩摩の琉球出兵を承認させかくして琉球王国は薩摩のさらにはその上に君臨する徳川幕府の支配下に組み込まれることとなるのである 6 本報告においては 1609 年以後薩摩と徳川幕府の支配を受けつつも同時に明清中国との朝貢冊封関係を維持し続けた琉球王国の外交の変遷を論じるそして 18 世紀初頭までにおおよその方向性が確立する琉球王国の文化戦略そして現在の琉球 = 沖縄社会にまで受け継がれる琉球らしさの確立がこの時期の琉球王国の外交とそれをめぐる諸条件に由来することを確認したいこれらの作業を通じて文化交渉の蓄積が生み出す伝統社会のあり方をよりグローバルなレベルで考察する際に有益な事例が提供できるものと考える次第である一琉球王国の外交薩摩の侵入以後琉球王国は薩摩と徳川幕府の制約を受けつつその外交を展開する 5 関連の研究状況を概観するには, 伊藤幸司世紀の日本と琉球研究史整理の視点から九州史学 144,2006 年が簡便である 6 琉球侵攻に至る経緯については, 紙屋敦之氏のまとまった研究がある紙屋敦之幕藩制国家の琉球支配校倉書房,1990 年 4

3 ことを強いられるしかし一方で琉球への日本の支配という事実は琉球の外交にとって致命的な弱点ともなりうるそこで琉球は必然的に自らに対する日本の支配を隠蔽しがちになるこれは 17 世紀後半以降の琉球史では対日関係隠蔽政策と呼ばれるものであるしかしながらそれぞれの外交主体が自らに不都合な事柄を隠すこと自体は決して不思議なことではないむしろそれこそが外交における当然の態度であると言えようであれば何故に対日関係隠蔽政策が近世琉球期に特徴的な要素として認識され事実徹底した政策として機能したのだろうか? この問題を理解するために 17 世紀から 18 世紀初にかけての琉球王国の外交を再検討してみたい年薩摩侵入から琉球の外交的位置の回復まで薩摩による侵攻が終結した後薩摩軍は中山王の尚寧王弟の尚宏三司官の浦添朝師謝名利山らを連行して鹿児島に凱旋する翌 1610 年薩摩藩主は彼らを引き連れて駿府江戸に赴き徳川家康と秀忠に謁見した当然この行程における尚寧等は敗戦の捕虜という立場であったしかし徳川幕府の尚寧一行への応対は 1607 年に来日した朝鮮使節一行に準じて用意されたものであった徳川幕府は尚寧一行を一国の外交使節として扱い琉球を朝鮮と同格の外国として扱ったのであるこれはそもそもそのような形で一国の外交使節を幕府が受け入れた時その行為自体が成立間もない徳川幕府の権威発揚にとって極めて重要であったということを意味するまた同時に日明間の交渉に当たってその仲介の労を取るに足る国として琉球を扱うことが徳川幕府にとって必須であったという顕れでもある軍事的には屈服させられたとはいえ徳川幕府にとって琉球はなお堂々たる異国であり続けなければならなかったのであるしかしながら日明間の国交回復交渉は進展を見せなかった琉球はその使節を薩摩侵入の翌年には明朝に派遣したがその際明朝は琉球の朝貢を向こう十年の間禁止することを決定したのである明の姿勢の真意は日本に対する恐怖であった明朝はその時の琉球からの朝貢品に日本産の商品が含まれていることを問題視したがしかしそれは言うまでもなくそれまで二百年以上にわたって当たり前のことであった恐らく明朝は薩摩による琉球への侵入を日本からの朝鮮への侵略の再来と見なしたのであろう 7 その翌年薩摩は琉球に対し日明間の交易について三つの選択肢の内の一つを選ぶよう明に迫る内容の外交文書を明朝にもたらすよう要請したしかしその文書はもし明がこの提案を拒絶するならば明朝に攻撃をするという日本からの脅迫が含まれており琉球にとってはあまりに危険な任務であった琉球はその要請を 7 当時の明朝が琉球そのものより, むしろその背後に見え隠れする日本の存在を脅威として感じていたことについては, 夫馬進 1609 年, 日本の琉球併合以降における中国朝鮮の対琉球外交東アジア四国における冊封, 通信そして杜絶朝鮮史研究会論文集 No.46,2008 年に詳しい 5

4 結局は拒絶したがそれは外交における日琉間の文化交渉の一例を垣間見せるものでありこの時点である程度まで琉球の自律性が存在することを示すものであった琉球と明との間の関係を復旧することもそれ自体容易ではない問題であった特に琉球が貢期を二年一貢にまで回復するまでの過程はその困難さを示している琉球の朝貢機会に対する制約は徐々に緩められてゆき最終的には 1633 年に以前の通り二年一貢に復することとなったのであるそれまでの琉球中国間の往来の減少は琉球経済の不況という結果をもたらした 1616 年に徳川家康が死去すると徳川幕府の外交政策も日明国交回復を放棄する方向に転換し同時に幕府は海上交易を徐々に制限する傾向を見せていく薩摩もこのような状況にあってその琉球に対する態度を変化させ琉球の風俗習慣を異国化させる方向を促進するようになるこの変化の要因は単純ではないがその一つは琉球が外国でありつづけることが琉球が日本に同化することよりもより多くの利益を彼らにもたらすと薩摩が考えたからであろうそれとともに薩摩は琉球の経済振興を促進しようと試みた一方で徳川幕府と薩摩は琉球弧におけるキリスト教の接触に対し強く警戒していた首里の八重山在番制は 1632 年に開始されたがその目的は琉球諸島に野心を抱くキリスト教やスペインポルトガルからこれらの島々を守るためであった年新将軍の就任と琉球国王の即位の際琉球王国から徳川幕府に使節が派遣される江戸上りの制度が確立したそして翌 1635 年には琉球と薩摩との間で琉球国王の称号として国司を用いるようになるそれは琉球の中山王が薩摩の家臣と見なされたということであったその結果琉球とその上に君臨する三つの政治権力明朝中国徳川幕府そして薩摩の間の最も重要な儀礼が明確に設定されたのであった年明清交替と東アジアの混乱の終結ようやく最も重要な儀礼が明確に設定されたにもかかわらず琉球王国にとってこの時期は極めて不安定な時期であったその不安定さの中で最も重要な要因は中国大陸における明清交替とそれに関連する様々な地域秩序の変動であった 1636 年満洲はその名称を清に変えることを宣言し朝鮮に侵攻した多くの反乱が明朝中国の各地で起こり明朝はそれらを鎮圧するのに十分な力を持たなかった明朝は李自成に率いられた反乱のため 1644 年に滅亡しその時明の将軍であり清軍と北京の北方で対峙していた呉三桂は清と和睦を結び李自成と戦うために清軍を先導して北 8 真栄平房昭鎖国形成期の琉球在番奉行琉球の歴史と文化山本弘文博士還暦記念論文集本邦書籍,1985 年 9 以上については前掲紙屋氏著書および紙屋敦之大君外交と東アジア吉川弘文館,1997 年一方豊見山和行氏は琉球王国の外交と王権吉川弘文館,2004 年で, 琉球の主体性を重視しつつ紙屋氏の所論を批判的に検討している 6

5 京に入ったその結果清は以前の明朝の首都である北京を占拠することができたのであったしかし清に抵抗する勢力は少なくなくそのそれぞれが自らを明皇帝の後継者であると主張した明の将軍でありそれら南明の一つを補佐していた鄭成功はその拠点を確保するため 1661 年にオランダ勢力を台湾から駆逐し引き続き清に抵抗し続けた呉三桂は清に対して 1673 年に反旗を翻したその最終的な帰趨は琉球日本そしてその他の周辺諸国にとって定かではなくよってそれらの勢力の中から新たな外交相手を選ぶということは非常に困難なことであったそれに加え満洲と清朝は伝統的な中華の文脈から言えば本来夷狄でありそれゆえ琉球と日本は満洲の支配を嫌悪する傾向にあったとりわけ琉球そして徳川幕府と薩摩を含む日本はその辮髪を強要されることを恐れており清への対応について多数の書簡がやり取りされた当初幕府と薩摩は琉球が清に抵抗することを望んだがしかし最終的には彼らはその判断を放棄し琉球を日本の国の外と見なしてこのような面倒を避けようとしたこの経過から徳川幕府と薩摩はその外交において琉球を幕藩制国家の外部に置いて混乱回避を図ると共にそれでもなお琉球が中国との関係を維持し続けることを望んでいたという事実を見いだすことができる 10 そして琉球はその中にこそ自身の存在意義を見いだし得たと考えられる琉球はこのような外交的状況と格闘しながら自身の王国を維持しうるより相応しい見取り図を探し求めていた向象賢はこの時期の琉球史において最も有名な政治的指導者であり後述の羽地仕置やその政治実践を通じて王国の採るべき道を指し示した年以降清帝国の安定した支配と東アジア沈黙外交の時代 1683 年以降鄭氏台湾に対する清の勝利は海域東アジアに平和と新たな局面をもたらした清朝の康煕帝はとりわけ東東南アジアについては基本的に前代明朝の外交様式を継承したがその観念は必ずしも同じではなかった清の外交的態度はそれぞれの地域によって全く異なっておりそれぞれの地域の状況に従って選ばれたものであった加えて清朝は明初などとは異なり帝国の外部に対して過度に干渉しようとはしなかった岩井茂樹氏はこの傾向を沈黙外交と呼んでいる 11 琉球王国もこのような状況の中で外交主体として振る舞うことを強いられていたそれゆえに琉球は対日関係隠蔽政策を採用し始めるのである漂流船漂流民の本国への送還ルートの変更はこの政策の象徴的な実例である 1686 年以前琉球諸島への漂流船漂流民はまず長崎に送られそして本国に送還されていたしかし 1684 年清朝は琉球に中国商人の漂流船漂流民を中国に送還するように通達を出し琉 10 前掲豊見山氏著書,75-76 頁 11 岩井茂樹清代の互市と沈黙外交夫馬進編中国東アジア外交交流史の研究京都大学出版社, 2007 年 7

6 球は 1686 年その通達を遵守するとの返答を清に送っている琉球が薩摩の許可を得ずにこの変更を決定したことは注目されるべきである琉球はこの変更を 1694 年になってから薩摩に報告しその承認を勝ち得ているがそれは長崎に船と人を送るという事実によって日本との関係が明らかになることを琉球が恐れたが故であった琉球諸島を行き来する日本人は中国人には宝島から来た人々として説明された中国から国王への冊封使が琉球を訪れる際には日本にかかわるあらゆる物人が一時的に隠蔽された琉球にやってくる漂流船漂流民に対処するためのマニュアルが 18 世紀の間に何度も編纂されたまた漂流して外国に漂着する可能性のある船乗りたちのためのマニュアルも編纂されたこれらの処置が動乱期ではなく形勢が定まった 17 世紀末以降顕在化するということはすなわちそれが沈静化した地域秩序への適応であるという一面を暗示するものであろういずれにせよこの対日関係隠蔽政策は琉球の社会の実態を制約し方向付けたのである二琉球王国の外交と文化戦略この節においては琉球王国の外交における文化戦略の顕在化及びその琉球国内における影響を取り上げるこれは近世琉球期においてとりわけ顕著に見受けられるものであり前章で確認した当時の琉球王国の外交的位置に強く規定されたものであるこの文化戦略はもちろん琉球王国が対峙すべき外交主体としての徳川幕府薩摩藩明清両朝との関係性から導き出されたものであるが同時にそれらの関係性に対する琉球の主体性に裏打ちされたものであることに留意する必要があるまず琉球の文化戦略の事例を二つだけ挙げるこの二つは十年ないし数十年に一度だけという稀なものであるがこの二つは琉球の文化戦略のエッセンスを含むものと言えるその上でこれらを通じて見える文化戦略が琉球国内でどのような作用を見せるのかそして琉球国内の様々なレベルの社会集団間においてどのような文化交渉を引き起こすのかを検討してみたい 1 江戸上り ~ 徳川幕府への琉球使節の派遣前述の通り琉球から徳川幕府への使節派遣の制度は 1634 年に始まるこれらの使節団は 1634 年から 1850 年までに 18 回でありそれぞれの回の随行員の数は 100 人前後であった各回の使節団はまず鹿児島へ行きそれから薩摩からの護衛と共に船に乗り九州の西側から瀬戸内海を大坂に向かう京都まで川を遡上した後は陸路歩い 8

7 て江戸に向かった 12 各回の使節団の準備は出発の一年から数年前に始まる特に舞楽の特訓は念入りになされ臨時に特別の奉行職 ( 踊奉行 ) が任命され士族の中から選抜された若者の訓練を管理した音楽の特訓と実際の演奏は宴会における音楽 ( 座楽 ) と行列における音楽 ( 路地楽 ) から成っていた役人毎の衣裳は中国風であり各回の使節団は中国文化を体現した漢文和文による詩作や書道絵画などの教養と能力は使節団の各役人に要求されそれらにおける高評価は琉球王国の評価そして威信の向上に直結するとみなされたそれらは琉球王国の外交を維持するため必須の手段だったのである無論将軍や幕府の高官及び多くの大名への進上物も念入りに準備がなされた徳川幕府へ派遣された使節団の検討を通じて我々は琉球王国の外交が多くの文化的要素と密接に関連していることを理解しうるのである 2 国王への冊封使一行に対する迎接琉球国王を冊封するための中国の使節団は明清両朝を通じて 1404 年から 1866 年までの間に 23 回派遣されておりうち 9 回が薩摩侵入以後である各回の使節団は 300~600 人程度であり各使節団は琉球からの要請 ( 請封 ) そして皇帝による裁可を経て派遣される使節団の中心人員は北京において皇帝から任命を受け福州に向かい琉球への渡航のための準備を行う福建から那覇へ至るまでの航海はそれぞれ通常 7 日から 10 日を要するがしかしそれは非常に危険なものと見なされておりよって各使節団は媽祖 ( 天妃とも天后ともいう ) に航海の安全が祈願された 13 中国からの使節団に対する準備も江戸上りのための準備と似通っていたその主要な要素は (1) 舞楽 (2) 書画詩文の応酬 (3) 進上物礼物饗応料理等であったもちろん日本文化的な要素は原則として排除された中国からの各使節団は帰途に好都合な季節風を待つために最低でも 3 ヶ月は琉球に滞在しなければならずそのため彼らは琉球に滞在している間に首里那覇の周辺を観光したり琉球の情報を収集したりしていた 1534 年以降各使節団の正使は中国への帰国後琉球についての文献を著述する慣例になっており日本を含む他国の人々はこれらの文献を読むことを通じて琉球についての情報に接していた 14 王の冊封のために中国へ派遣された使節団への迎接は琉球王国の外交にとって最も重大なイベントでありそして琉球王国の存在意義にとっても重大であったその 12 幕府への琉球使節派遣についてのまとまった研究としては以下を参照されたい宮城栄昌琉球使節の江戸上り第一書房,1982 年横山学琉球国使節渡来の研究吉川弘文館,1987 年 13 琉球へ派遣された冊封使については多くの研究があるが, 概要を知るには沖縄県立博物館 ( 編 ) 冊封使中国皇帝の使者沖縄県立博物館友の会,1989 年が簡便である年渡来の陳侃以来, 琉球へ派遣された冊封使は基本的に使琉球録と呼ばれる見聞録を残しており, 原田禹雄による一連の訳注があるまた使琉球録の史料的性格については, 夫馬進 ( 編 ) 増訂使琉球録解題及び研究榕樹書林,1999 年が詳細に論じている 9

8 ためのコストは琉球にとって重荷であったにもかかわらずそれは琉球だけでなく薩摩や徳川幕府にとっても不可欠なものであったのである 3 近世琉球期の琉球における文化戦略の実践前述の二つの事例は琉球王国の外交にとって極めて重要なイベントであり事前に長期にわたる周到な準備がなされていたとはいえ共に十数年に一度程度の頻度でしか発生しない臨時のものである以上当該期の琉球における文化交渉全体の中では限定的な意味しか持ち得ないもちろん平時にもこの文化戦略の実践は連綿と行われておりそれは琉球社会の本質的な部分として内面化されていた羽地朝秀 ( 唐名向象賢 ) の羽地仕置には士族が嗜むべき諸芸として計 12 種が挙げられている 15 大まかに区分すれば学文算勘筆法筆道といった役人としての職務と教養に直結する技能医道庖丁容職方馬乗方のような専門に特化した技能謡唐楽茶道立花のような接待社交の場における技能となろうかこれらの内の一つでも嗜まないものがあれば家柄如何にかかわらず任用しないと言明されているのはやや誇張に過ぎようがしかし合理主義的な改革を次々に推し進めた羽地にしてみれば琉球の文化戦略と連動するこれらの諸芸は当時の琉球王国が生き残っていく上で必須のものであったはずであるこれらの諸芸はもちろん士族社会内の個人レベルで伝授習得されることも少なくなかったであろうが琉球の場合鹿児島や福州などへ留学して習得するケースが比較的多く見受けられる国学平等学校所が 18 世紀末にようやく設置されるなど琉球の学校制度の整備は比較的遅かったがあるいはそのような事情によるのであろうか 4 文化戦略の波及効果近世琉球期の琉球弧における文化志向性と文化交渉以上見てきたように琉球王国の文化戦略は様々な形で社会の日常に取り込まれ内面化されて琉球の自己認識に組み込まれていたそれは実際に江戸上りや冊封使の迎接あるいは薩摩への上国使など琉球の外交における具体的局面で効力を発揮するのだがしかしそれとはかかわりのない場においてもなお琉球社会の文化志向性を規定していたと想定されるここではそのような事例の内既に先行研究が存在するいくつかの事例を取り上げ検討してみたい a. 漂流漂着とその対応漂流漂着に関してはとりわけ歴代宝案及び中琉関係档案に多くの関連資料が残されており近年の研究進展はめざましい琉球から海外へまた海外から琉球への漂流漂着事例の双方について様々な実証研究が存在する 16 また琉球は海に 15 沖縄県沖縄史料編集所 ( 編 ) 沖縄県史料前近代 1 首里王府仕置沖縄県教育委員会,1981 年,24 頁 16 最近では, 渡辺美季氏の一連の研究がある清代中国における漂着民の処置と琉球 (1)-(2) 南島史学 10

9 囲まれた島嶼国家であり漂流漂着を通じた海外との接触の機会が少なくない一方前述の対日関係隠蔽政策等のため海外諸国にその国情が漏れることのないよう様々な方策を立てておく必要に迫られていたそのため前述のような旅行心得之条々などの対策マニュアルが作成され周知されたのであった b. 書籍を通じた文化交渉近世琉球期琉球には中国日本から大量の書籍が流入し読まれることとなったその多くはもちろん王府を擁する首里那覇及びその周辺に集まったと考えられるがその他の島々にも相当数の書籍がもたらされその多くが現存している有名なところでは久米島の上江洲家文書與那嶺家文書石垣島の宮良殿内文庫石垣家文書などが挙げられる当時の琉球においてどのような書籍が流通し実際に読まれていたかについては既に研究があるもののさらなる研究の余地が残されている c. 冠船芸能御座楽路地楽と組踊在地の舞楽明清楽と呼ばれる中国系の音楽は長崎から日本国内へと広まると共に琉球にももたらされ冊封使迎接の際のいわゆる冠船芸能や御座楽路地楽の中に取り込まれることとなったそれらはいずれも王国の外交における文化戦略の中枢を占めていたと思われるが実際には王国役人や一部の士族に留まらず村落社会や離島にもその影響が及んでいたことが知られている年冊封使迎接のため踊奉行の玉城朝薫により創作された組踊は日本や中国から取り入れ発展させた芸能の要素を基盤に琉球の故事を演じるものであるが 1800 年以降になると地方の村踊りの舞台にも登場するようになるという前者のいわゆる王府組踊と後者の地方組踊の関連については不明な点も多いが研究の進展が強く望まれる分野である 18 d. 中国茶と日本茶琉球においても 14 世紀以降になると茶器と思われる陶磁が出土するようになり文献資料からも 16 世紀までに日本の茶の湯文化の受容が確認できるしかし鹿児島以北に比べるとその広がりは限定的と思われる一方 18 世紀になると唐茶についての史料叙述が見られるようになり中国茶の影響が琉球社会に及んでいたことが窺えるこの時期福州鹿児島から中国茶日本茶を大量に輸入すると共に各地における国産の動きも見受けられ日中の周縁として双方の影響を受けつつ独自の茶文化を育んでいった 19 なお琉球弧における茶文化については別に共同研究 54-55, 年清に対する琉日関係の隠蔽と漂着問題史学雑誌 ,2005 年など 17 王耀華中国と琉球の三弦音楽第一書房,1998 年加藤徹氏のウェブサイト明清楽資料庫内の沖縄の中国伝来音楽も有用である 18 鈴木耕太組踊と琉歌王朝文化の諸相財団法人沖縄県文化振興会公文書管理部史料編集室 ( 編 ) 沖縄県史各論編 4 近世沖縄県教育委員会,2005 年 19 真栄平房昭中国茶と日本茶琉球を中心とした東アジアにおける物流構造 (2005( 平成 17) 年度 ~ 2007( 平成 19) 年度科学研究費補助金 ( 基盤研究 (C)) 研究報告書 ),2008 年 11

10 の一環として現地調査等を進めているところである 20 e. 天然痘対策と島嶼間交通近世琉球期において中国大陸日本列島と恒常的に往来のあった琉球では外部からの伝染病流入が大きな脅威となっていたとりわけ閉鎖された島嶼内において天然痘のような強力な伝染病が流行すればそれは最悪島嶼社会の崩壊をも意味するそれゆえに琉球では王府の政策として感染の可能性を持つ者の隔離や種痘法の体系的な実施による天然痘対策が実施されていた 21 このような対策は実際の交通を制約すると共に島から見た海上交通の有り様や相互認識にも影響を与えたはずである三近世琉球期における琉球域内社会の文化変容琉球王国の文化戦略の影響は王国の首都である首里周辺に住む士族社会だけではなく琉球域内の各島嶼社会にも及ぶものであったそれはもちろん琉球弧全域にわたって既にある程度までの行政的経済的統合を成し遂げていたからであるしかしそれに加えて我々は中国と日本の周縁としての琉球の可能性に注意を払う必要がある琉球における伝統の基礎をなす文化戦略の生成は豊見山和行氏の言う従属的二重朝貢国としての困難かつ複雑な役割に刺激されたものであることは明らかである首里那覇周辺の士族社会とその他琉球各地の社会との間の文化交渉については十分に議論が及ばなかったが近世琉球期は先述した項目以外にもこの問題を検討するための様々な事例が存在する例えば昆布のような外来の交易品と域内消費の連動地船馬艦船大和船など琉球海域を往来する船舶をめぐる問題 22 貢納品等として行き交う織物や多様な工芸品をめぐる問題王国や現地社会における儀礼信仰の諸相さらには実質的に薩摩の支配下にあった奄美諸島との相互交渉 23 などであるいずれも琉球王国の外交的位置に強く規定される事例であろう近世琉球期の文化変容に対する理解をより深めるためにも各社会集団が持つ境界面そしてその文脈から形成される文化交渉の構造を丹念に拾い上げていく必要があるその意味で文化交渉という概念は琉球史研究にとって極めて有用なのである 20 大槻暢子岡本弘道宮嶋純子沖縄における茶文化調査の概要と今後の課題東アジア文化交渉研究第 2 号,2009 年近刊また本報告書第 4 部第 1 章も参照されたいただし, 近世琉球期についての叙述は, 共に概ね前掲註 19 真栄平氏論文に依拠している 21 小林茂農耕景観災害琉球列島の環境史第一書房,2003 年小林茂疾病にみる近世琉球諸島沖縄県史各論編 4 近世,2005 年 22 豊見山和行琉球列島の海域史研究序説研究史の回顧と二, 三の問題を中心に琉球大学教育学部紀要第 68 集,2006 年 23 例えば平良妙子冊封使節来琉時における詩文交流渡唐日記を中心に集刊東洋学第 94 号 2005 年は沖永良部島の地方役人と冊封使節との交流を検討しており非常に興味深い 12

学習指導要領

学習指導要領 (1) 世界史へのいざないア自然環境と歴史歴史の舞台としての自然環境について河川海洋草原オアシス森林などから適切な事例を取り上げ地図や写真などを読み取る活動を通して自然環境と人類の活動が相互に作用し合っていることに気付かせる [ 大河流域の生活と歴史 ] 大河流域に形成された古代文明周辺の自然環境の特色と人類の生活や活動とのかかわりについて知る [ 草原の生活と歴史 ] 内陸アジア北部にひろがる大草原の自然環境の特色と人類の生活や活動とのかかわりについて知る