■江戸後期の「浄土真宗」を巡る宗名論争と現代の法理
|
|
|
- ねんたろう うばら
- 7 years ago
- Views:
Transcription
1 江戸後期の 浄土真宗 を巡る宗名論争と現代の法理 会員田村公總 要約同一又は類似の宗教団体名称を巡って 真 の文字の有無によって混同可能性が問題となった歴史上の事案として, 江戸時代後期に 2 大浄土教の 浄土宗 と 浄土真宗 ( 当時の公称 一向宗 ) 間の 1 世紀に亘った宗名論争があった 双方の主張, 根拠を含めて当時の経緯と概要を示すとともに双方の歴史, 当時の状況を含めて主張の検証を行った 似た現代の宗名紛争として天理教豊文教会事件があるが, その最高裁判決 ( 平成 18 年 1 月 20 日 ) は,1 宗教活動と密接不可分の宗教法人事業に不競法の適用はない,2 判例法理の人格権から宗教法人に名称選定使用の自由があると判示した 上記宗名論争との関係で, 一般事業とは異なる特殊性の面からこの最高裁判決を検討した 目次 1 はじめに 2 浄土宗と浄土真宗の宗名論争の経緯 3 浄土真宗の口上書 4 浄土真宗々名故障書 の大意( 増上寺の主張 ) 5 浄土真宗側の反論 6 浄土宗と浄土真宗の混同可能性の有無 7 故障書のその余の理由の評価 8 最高裁判決が示した現代の法理 9 最高裁判決の法理について 10 まとめ 1 はじめに同一又は類似の宗名表示を巡る紛争は, 現代に限ったものではなく, 我国の歴史上に 2 つあったといわれる その 1 つは,13 世紀から 16 世紀に亘って争われたという, 天台法華宗 ( 天台宗 ) と法華宗 ( 日蓮宗 ) との間の 法華宗 を巡る宗名論争である 当時法華宗と称した日蓮宗は, この宗名論争を経た後に日蓮法華宗と改称したという その 2 つは,18 世紀後半から 19 世紀後半, 即ち, 江戸時代から明治時代の初頭に掛けて争われたという, 浄土宗 ( 主に東京芝の増上寺 ) と浄土真宗 ( 東西本願寺を含む浄土真宗各派寺院 ) 間の 浄土真宗 を巡る宗名論争である 一向宗を幕府公称としていた江戸幕府に対して, 浄土真宗の東本願寺が, 一向宗の幕府公称を浄土真宗に変更するよう請願したところ, 幕府寺社奉行の諮問に対して浄土宗の増上寺が反対したことに始まり, 明治時代に至って明治政府が一向宗の宗名を 真宗 とする旨定めることによって最終的に決着するまで 1 世紀を要したといわれるものである 法華宗を巡る宗名論争についてその詳細は不明であるが, 浄土真宗を巡る宗名論争については, 浄土宗の 増上寺による反対理由には, 一向宗を浄土真宗と改称すれば, 浄土宗との間で 宗名混雑 ( 広辞苑は 混雑 を 混同すること とする ) を招くとするものがあったという 征夷大将軍徳川家を中心として武士階級が支配していた封建社会にあって, 信教の自由も, 営業の自由もなく, 従って, 現代の法制も法理も観念し得ない江戸時代の紛争であるが, 当時既に宗名についてその混同可能性が争われたという事実は興味深いものがある 江戸時代も現代も, 同一又は類似の表示について, 表示主体が混同可能性を持ち出して争われることになるのは変わらないようである 因みに, 現代では, 後述のように天理教と天理教豊文教会の表示を巡る最高裁判決があり, 宗教法人同士の同一又は類似の宗名表示について, 不正競争防止法の適用の排斥, 宗教法人の人格権に基づく氏名権 ( 名称権 ) の法理が示されているから, 今後はこの最高裁判決が示した法理によって解決が図られるものと見られる 以下には, 浄土宗と浄土真宗の宗名論争の経緯, 浄土宗 ( 増上寺 ) と浄土真宗側の主張, 特に増上寺のい Vol. 65 No パテント 2012
2 う宗名混雑, 即ち, 当時の混同可能性の有無等を概観し, 現代の最高裁判決の法理の視点から検討を加えてみたい 2 浄土宗と浄土真宗の宗名論争の経緯浄土真宗を巡る宗名論争は, 江戸幕府の公称 一向宗 を 浄土真宗 に変更することの是非を巡って, 浄土宗 ( 主に増上寺 ) と浄土真宗 ( 東本願寺, 西本願寺, 専修寺, 仏光寺, 錦織等の各派寺院 ) との間で争われた 参考文献に基づいて作成した経緯一覧 ( 表 1) に示すように, 江戸時代後期の安永 3 年 (1774 年 )8 月に, 浄土真宗の東本願寺が, 一向宗 の幕府公称を 浄土真宗 に変更するよう, 幕府寺社奉行に口上書を提出して請願した 寺社奉行は, 同年 11 月, 請願の可否を, 天台宗の寛永寺 ( 東京上野 ) 及び浄土宗の増上寺 ( 東京芝公園 ) に対して諮問した 寛永寺は他宗のこととして宗名変更を可としたが, 増上寺は, 安永 4 年 (1775 年 )1 月 浄土真宗々名故障書 を寺社奉行に対して提出し, 幕府公称一向宗を変更することに反対する立場を明らかにした 宗名論争の始まりである 同安永 4 年 11 月, 寺社奉行 ( 太田備後守資愛 ) は, 幕府公称を従前のとおり 一向宗 とすることを増上寺に伝え, 増上寺は諸国寺院にその旨の触れを出した 同安永 4 年 12 月増上寺の触れに驚いた, 東本願寺が 浄土真宗故障書 に対する 弾劾文 を提出して反駁し, 東本願寺の呼び掛けに応じて西本願寺, 専修寺, 仏光寺, 錦織寺等の浄土真宗各派が纏まって東本願寺を支援するに至った 安永 6 年 (1777 年 )1 月 (2 月とする資料もある ) には, 寺社奉行 ( 牧野豊前守惟成 ) が, なお吟味中としつつも, 請願に対して, 幕府公称を従前のとおり 一向宗 とする旨を申し渡した 寛政元年 (1789 年 )3 月, 寺社奉行 ( 牧野備前守忠精 ) は, 公務繁忙を理由に東西本願寺に対して 追而御沙汰有之迄は, 先御願中御心得たるべく候 と申し渡し, また, 増上寺に対して 急遽之御沙汰には難被及, 追而御沙汰可有之候 と通知した ( 請願の可否を棚上げした訳である ) 同寛政元年 (1789 年 ), 天台宗の輪王寺 ( 輪王寺門跡 ) が仲裁に入り, 一万日のお預かり とすることになり, ここに, 浄土宗寺院と浄土真宗各派寺院の, 安 永, 天明, 寛政の 15 年間に亘った宗名論争は一応の終結を見た この間, 浄土真宗側は, 増上寺故障書の各段についての論破, 宗門改帳 ( 寺院毎にその門徒名を記載して寺社奉行に提出させた書面 ) への宗名浄土真宗記載の強行, 死を賭した3 名の僧侶による老中松平定信への箱根峠での直訴, 老中田沼意次への増上寺との対筆談の許可を求める趣願書提出等を行なったという 天明 8 年 (1788 年 ) だけをみても, 寺社奉行に対する浄土真宗側の愁訴は14 回に亘ったというし, この年には, 浄土真宗側が老中田沼意次に 30 万両の賄賂を送ろうとしたとする如き噂もあったともいう ( 田沼意次は名君であり, 失脚後の巷のイメージは根拠がないとして, 再評価する見解がある ) 一方, 浄土宗側でも, 裁判関係を司る公事方への浄土真宗公称不許可の寺社奉行沙汰の写し提出, 浄土真宗公称を不可とする上申書提出, 老中田沼意次及び寺社奉行との面会の他, 幕府大奥への働きかけ等も行なったというし, 増上寺や鎌倉光明寺は 浄土真宗 の額を新たに掲げるようになったし, 他の浄土宗の寺院も 浄土真宗 を標榜するに至ったという 浄土宗側は, 宗名論争当初, 増上寺住持第 49 世豊誉霊応が中心となって動いたといわれ, 増上寺の文献 ( 大本山増上寺史本文編 ) によると, 霊応は 浄土宗々名故障書 の提出, 本山知恩院との連絡, 寺社奉行, 京都 4ヵ本山使僧,18 檀林住持らとの度々の会談を行い, 宗名論争を増上寺の有利に展開したとしている 王政復古を経て, 明治 2 年 (1869 年 ), 京都府が, 東本願寺の嘆願に対して, 宗名を 浄土真宗 とする旨の布告を出したが, 明治 5 年 (1872 年 )3 月, 大蔵省 ( 当時宗教行政を主管 ) が, 同じく東本願寺の嘆願に対して 一向宗名ノ儀, 自今真宗ト可レ称旨 との太政官達 ( 維新文明ノ公裁 ともいう) を出して, 真宗 の宗名を認めた ( 明治政府は, 浄土宗への配慮から 浄土真宗 とすることは認めなかったという) 以上が宗名論争の経緯である 安永 3 年 (1774 年 ) から, 明治 5 年 (1872 年 ) まで,98 年, 即ち, 一世紀に亘る論争であった 表 1 宗名論争の経緯一覧 安永 3 年 (1774 年 )8 月 東本願寺 ( 浄土真宗 ) が幕府寺社奉行に口上書提出 ( 公称変更の請願 ) パテント Vol. 65 No. 5
3 安永 3 年 (1774 年 )8 月 安永 4 年 (1775 年 )1 月 安永 4 年 (1775 年 )11 月 安永 4 年 (1775 年 )12 月 安永 6 年 (1777 年 )1 月 この間 寺社奉行が天台宗寛永寺 ( 東京上野 ) と浄土宗増上寺 ( 東京芝公園 ) に諮問 増上寺 ( 浄土宗 ) 寺社奉行に 浄土真宗々名故障書 提出 寺社奉行, 幕府公称を従前のとおりと増上寺に伝達 東本願寺が 浄土真宗故障書 に 弾劾文 提出西本願寺, 専修寺, 仏光寺, 錦織寺等の浄土真宗各派が東本願寺支援 寺社奉行 ( 牧野豊前守惟成 ), 吟味中としつつも, 請願に幕府公称を従前のとおりとする旨申し渡し 浄土真宗側増上寺故障書の各段についての論破, 宗門改帳への宗名浄土真宗記載の強行, 僧侶 3 名の老中松平定信への箱根峠での直訴, 老中田沼意次への増上寺との対筆談の許可を求める趣願書提出浄土真宗側の老中田沼意次へ賄賂提供計画の噂 浄土宗側裁判関係を司る公事方への浄土真宗公称不許可の寺社奉行沙汰の写し提出, 浄土真宗公称を不可とする上申書提出, 老中田沼意次及び寺社奉行との面会, 幕府大奥への働きかけ, 増上寺や鎌倉光明寺の 浄土真宗 の額掲出, 浄土宗の寺院の 浄土真宗 標榜 寛政元年 (1789 年 )3 月寺社奉行 ( 牧野備前守忠精 ), 東西本願寺に 追而御沙汰有之迄は, 先御願中御心得たるべく候 と申し渡し, 増上寺に 急遽之御沙汰には難被及, 追而御沙汰可有之候 と通知 ( 請願可否を棚上げ ) 寛政元年 (1789 年 ) 天台宗輪王寺 ( 輪王寺門跡 ) が, 一万日のお預かり の仲裁 明治 2 年 (1869 年 ) 京都府, 東本願寺の嘆願に宗名を 浄土真宗 と布告明治 5 年 (1872 年 )3 月大蔵省 ( 当時宗教行政を主管 ), 東本願寺の嘆願に 一向宗名ノ儀, 自今真宗ト可レ称旨 との太政官達 ( 維新文明ノ公裁 ) 徳川家康は, 早くから念仏信仰が深く, 戦陣に赴くときは十念を授かり, 厭離穢土欣求浄土 の旗指物を持参したというし, 家康時代に増上寺を徳川家の菩提寺としている ( 天正 18 年 (1590 年 ) の江戸上洛に際して大僧上存応の申し入れにより増上寺に休み, その折, 増上寺を徳川家の菩提寺としたという如き真偽不明の伝説もあるようである ) し, 慶長 10 年 (1605 年 ) には家康の援助により増上寺は本堂, 回廊の大造営を 行っており, また, 当時家康は知恩院等の浄土宗寺院にも寄進をしている 一方, 東本願寺は, 慶長 7 年 (1602 年 ) に家康が寄進した京都七条の寺地に教如が建立した寺院, 即ち, 家康の寺地寄進 ( 家康は信長と本願寺の石山合戦の和睦条件を巡る 11 代顕如とその長男教如の対立を利用して, 巨大教団である本願寺勢力の分割を意図したといわれる ) によって, 本願寺 ( 現在の西本願寺 ) から分派した寺院である 浄土宗と浄土真宗はともに浄土三部経を教典とする浄土教の 2 大勢力として隆盛を極めている上, 双方ともに家康とも江戸幕府とも関係が深い 寺社奉行は, 勘定奉行, 町奉行を含めた三奉行の中で最上位にして, 譜代大名が任命される将軍直属のポストであったが, 老中や大奥まで巻き込み, 将軍への直訴もあったという背景を考慮すると, 浄土真宗側から請願を受けた寺社奉行も, 請願を引き継いだ寺社奉行も, その対応には大いに苦慮したことであろう 明治政府の 真宗 承認によって, 浄土真宗各派は 真宗大谷派, 真宗高田派, 真宗仏光寺派 のように 真宗 派 と称するようになったというが, 西本願寺が 浄土真宗本願寺派 の宗名を使用したのは, 戦後になってからといわれるように, この宗名論争は後々まで長く尾を引く結果となった 3 浄土真宗の口上書浄土真宗が提出したという宗名変更の口上書は, 資料 ( 村上専精 真宗全史 ) によると, 次のとおりである 當宗開山親鸞聖人開宗の砌より宗名浄土真宗と被定置候處御奉行所 御領私領御役所に於て, 浄土真宗とも, 一向宗とも, 御取計御座候に付, 當宗門末の内にて, 心得違の輩も有之, 御門主様歎敷被存候, 依之諸国一統, 浄土真宗と相定候様被致度候, 此段御許可申上旨, 京都より被申越候以上午八日浅草本願寺輪番築地本願寺輪番 浄土真宗が提出したこの口上書によると, 幕府公称は一向宗であっても, 事実上浄土真宗の宗名を使っていたこともあったようであるが, 諸国一統が浄土真宗と定めるよう求めるとしている なお輪番は, 浄土真宗において別院に本山から派遣して事務を扱う僧侶を意味している Vol. 65 No パテント 2012
4 4 浄土真宗々名故障書 の大意( 増上寺の主張 ) 増上寺が諮問に応じて寺社奉行に提出した 浄土真宗々名故障書 ( 以下 故障書 という ) は, 資料 ( 浄土宗大辞典 2 しゅうみょうあらそい ( 宗名争 ) ) によると, 次の 3 点であったという ( 原文は不明であるが, 数百言に及ぶものであったという 村上専精 真宗全史 にも同旨の内容が記載されるから, 大意が以下のものであったことは事実であろう ) (1) 浄土真宗の名称は善導大師の 観教疏 の中に見られ, 法然上人建立の浄土宗を浄土真宗と称するのであり, 一向宗を浄土真宗とすれば, 宗名混雑し, 神君 ( 家康 ) が徳川家宗門と定め置かれた尊慮に障る (2) 知恩院に賜った後柏原 正親町天皇の真宗惣本山の綸旨, 金戒光明寺に下された後小松天皇宸翰の浄土真宗最初門という勅額, 増上寺に賜った後陽成天皇綸旨の須開真宗弘通之玄門という文言などに障る (3) 勅修御伝 に浄土真宗の儀が明らかに記され, 浄土真宗は勅命により弘通している諸宗共許の宗名であるから, 他門がこの宗名を称すれば真偽の諍論となり, 公儀の制禁に障る 故障書は, 先ず, 善導大師の観教疏 ( 中国唐時代の 観無量寿経疏 ( 全 4 巻 ) のこと ) に 浄土真宗 の名称が見られるとして, 法然は観教疏によって悟りを開き専修念仏に専念することによって浄土宗を開宗したから, 法然を開祖とする浄土宗を浄土真宗と称する 従って, 一向宗を浄土真宗とすれば, 浄土宗と宗名混雑, 即ち宗名混同して, 増上寺を菩提寺として宗派を浄土宗とした家康の意向に背くと主張している 観教疏を探してみたところ 浄土真宗 の記載は見られないが, 観教疏の散善義巻第四に 窃以真宗遇, 浄土之要難逢 ( ひそかにおもんみれば, 真宗遇いがたく, 浄土の要逢ひがたし ) として, 真宗 の文言が1 カ所みられる 増上寺は, この記載に基づいて, 観教疏に浄土真宗の名称が見られるといったようである また, 法然が著したといわれる選択集 ( 選択本願念仏集 ) には, 浄土宗と号する, 浄土宗の名 といった記載を含めて 浄土宗 の記載が合計 9ヶ所にみられるから, 浄土宗の宗名は, 浄土教を簡潔に示す浄土を冠して, 法然が自ら定め且つ使用することによって, 宗祖法然に由来する宗名であることは間違いなかろう 次いで, 後柏原 正親町天皇から知恩院への 真宗惣本山 の綸旨, 後小松天皇直筆の 浄土真宗最初門 の勅額, 後陽成天皇の増上寺への 須開真宗弘通之玄 門 の綸言に, 真宗, 浄土真宗 が見られるから, 各天皇の意向に背くと主張している 真宗惣本山 の綸旨は, 大永 3 年 (1523 年 ) 頃, 知恩院 ( 現在浄土宗の総本山 ) と知恩寺 ( 現在浄土宗の 7 大本山の一つ ) との間で総本山の争いが生じた折, 知恩院が正親町 ( おおぎまち ) 天皇から受けたものであり, 金戒光明寺は, 法然が浄土宗を開宗した地の寺院 ( 増上寺とともに現在は浄土宗 7 大本山の一つ ) である その 浄土真宗最初門 の勅額は正長元年 (1428 年 ) に受けたというし, 増上寺への 須開真宗弘通之玄門 の綸旨は, 慶長 3 年 (1599 年 ) に受けたというから, 故障書 の安永 4 年 (1775 年 ) 当時から見ると 年程以前の, かなり古い歴史的事実を根拠とするものである 勅修御伝 は, 浄土宗の宗祖法然の死後, 後伏見上皇の勅命によって 13 世紀全般に編纂された, 法然の生涯と事績を描いた 法然上人行状絵図 のことである この書を探すと,10 数箇所に 浄土宗 の記載が見られるが, 浄土真宗 の記載は見られない このため 浄土真宗の儀 ( 儀は義と同義とみられる ) が示されるとして, 勅命の勅修御伝に浄土真宗の儀が示されるから, 浄土真宗は勅命により諸宗公認の浄土宗の宗名であり, 一向宗を浄土真宗と称すると, その相違は 真 の 1 文字の有無に係わり, その結果, 浄土宗との間に教義について真偽の論争を招き, 幕府公称を浄土宗とする幕府の定めに反すると主張したのであろう 故障書には, 浄土宗乃至増上寺が 真宗, 浄土真宗 を現実に使用したとする事実について触れていないが, 法然の死後に編纂された書から, 浄土真宗の義という間接的な主張を行ったのは, その使用事実がなかったか, あっても少なかったことを示しているようである ( 尤も宗名論争開始後に増上寺や鎌倉光明寺は 浄土真宗 の額を掲げたというのは前述のとおりである ) なお, 法然は, 臨終に際して 念仏を唱える人は全て後継者である といったことから, 法然の死後に法然の教えの解釈が分れ, 浄土宗も複雑に分派することになったが,14 世紀, 浄土宗の主流となった鎮西派の聖冏 ( しょうげい ) は, 西山派 ( 現在も西山 3 派としてその流れの派が存在する ) との論争に際して, 浄土真宗付法伝 と題する書を著している 浄土真宗付法伝 については, 故障書に記載されていないが, 浄土宗の中でも, その教義を 浄土真宗 と称すること パテント Vol. 65 No. 5
5 があったものとも見られる しかし, 浄土宗内での 浄土真宗 は, これだけなのか, それともより現実に使用されていたのかどうかは, 他に資料が見当たらず不明である 因みに, 増上寺は, 聖冏の弟子の聖聡が, 明徳 4 年 (1393 年 ) に, 真言宗の寺院を浄土宗に改宗した寺院であるから, 増上寺としては歴史的にも浄土真宗を容認し得ない立場にあったのではなかろうか 5 浄土真宗側の反論安永 4 年の東本願寺の 弾劾文 の内容は, 凡そ宗号は開祖の命名によるものであることは各宗の常例である, 法然上人は自ら浄土宗と号し, 未だ浄土真宗の名を立てなかった, 随って聖光, 善慧等の諸師は皆浄土宗と称するも, 浄土真宗ということはなかった 独り親鸞聖人に限って, 始めて浄土真宗の名を立てたから, 浄土真宗は当方の称号であることはいうを俟たない, これが故に亀山天皇の綸旨に 親鸞聖人開浄土真宗引導凡俗 と述べていると主張し, また, 後醍醐天皇, 後柏原天皇, 後水尾天皇等の御宸翰や, 幕府古来の達令等を示して, 詳細に反論し, 故障書にいう天皇の宸翰の如きは皆宗名というべきものではないと反駁したという 即ち, 浄土真宗側は, 宗名は, 宗祖の命名によるのが通例であり, 浄土真宗は親鸞命名の親鸞由来の宗名であるとして, 法然由来の浄土宗に対してその正当性を主張している 元仁元年 (1224 年, 浄土真宗は, この年を開宗の年としている ) に親鸞が著した教行信証には, ここに愚禿釈の親鸞 真宗の教行証を敬信し, 浄土真宗を案ずるに といった記載を含めて, 浄土真宗, 真宗 の記載が合計 20ヶ所程度見られる 教行信証は, 浄土宗聖冏の 浄土真宗付法伝 より早いから, 最初に浄土真宗の用語を使ったのは, 親鸞であることは間違いなさそうである しかし, 教行信証には 本師源空 ( 注 : 法然 ) は 真宗の教証, 片州 ( 注 : 日本 ) に興す とあり, 末尾の正信偈には 真宗興隆の大祖源空法師ならびに門徒数輩 とあるから, 法然の死後 12 年を経過した時点でも, 親鸞は, 真宗 を開いたのは法然であるとしていることになる 親鸞 ( 及びそのグループ ) は, あくまで法然の法流に属する浄土宗の一派として布教を行っていたものとみられ, 親鸞には 真宗 又は 浄土真宗 といった, 浄土宗とは別の宗派や教団としての意識も, 活動もなかったものと解されている 親鸞によ る 浄土真宗 の宗名の由来に対しては, 増上寺から, 浄土宗の宗門と親鸞の関係に基づいた, この点の指摘もなされたことであろう 亀山天皇の綸旨, 各天皇の書簡, 幕府の達令 ( 達令とは辞書にない用語であるが, 幕府の通達や命令をいうのであろう ) については, 上記に記載した以上のことは不明であるが, 故障書の天皇の綸旨に対して浄土真宗側も変わらない事情があることを示すためのものであったろう ところで, 浄土真宗側の反論は, 本願寺が浄土真宗と称してきた例証を挙げたものであったというが, 真宗全史による弾劾文の記載は以上の程度であり, 故障書の宗名混雑に対する反論は, 省略されたのか, 幕府の達令があるとする以外に記載されない しかし, この点, 本願寺 8 代の連如による宗名論があることを考慮すれば, 少なくとも蓮如による宗名論の時代 (15 世紀後半乃至末頃 ) から, 本願寺が浄土真宗の宗名を使用していたことは確実と見られ, 従って, 宗名論争に際して浄土真宗の使用実績による反論がなされた筈である 蓮如は, 京都の本願寺が比叡山に破却された ( 本願寺は当時天台宗の末寺でもあったが, 蓮如は天台宗から脱却を意図したことを契機にして, 比叡山と争いになったという 連如は本願寺に親鸞像と並ぶ天台宗の本尊を破壊して風呂の焚付けにしたことが比叡山を怒らせたといった話も伝えられている ) ことから, 京都を離れ, 堅田を経て越前吉崎に進出し, 吉崎在住の数年間に, 北陸一帯を真宗王国とし, その後, 京都の山科本願寺, 大阪の石山本願寺 ( 石山合戦で信長に破却された後, 秀吉に接収されて大阪城となった ) を建立した 7 代の巧如時代まで境内に 人一人おらず候 といわれる程に寂れていた本願寺を, 一代で日本一の教団に仕立てた浄土真宗中興の祖として知られている この蓮如は, その布教に用いた御文 ( 宗派によって御文章, 御勧章ともいう 御文は筆写されて布教拠点に広く配布され, 信徒に読み聞かせたという ) において, 浄土真宗 は親鸞が定めた宗名であるから, 一向宗というのは誤りであるとする 浄土真宗 の宗名論を展開している 宗名 浄土真宗 に関する御文は, 文明五年九月中旬 (1474 年 ), 文明五年九月中旬, 延徳二年九月廿五日 (1490 年 ) と題するもので合計 3 通ある 特に 延徳二年九月廿五日 の御文において蓮如は, 親鸞が定めた宗名は浄土真宗, 略して真宗であるとし Vol. 65 No パテント 2012
6 た上, 浄土宗四ケ流 ( 西山 鎮西 九品 長楽の 4 派 ) とは違って, 真実の道理があるから, 親鸞が真の字を置いて浄土真宗と定めた, 一向宗は一遍の時宗の宗名である, 浄土真宗の宗門内にもへつらって一向宗という輩があるが言語道断であり, 今後宗門内で一向宗と名乗る輩は破門する, とまで, 極めて強い調子で述べている ( 浄土宗を名指して, 浄土真宗に真実の道理があるとしたのは, 浄土宗 4 派を大いに刺激したであろうし, 故障書で, 増上寺が真偽の争論になるというのは, この辺りの影響もあったのではなかろうか ) 御文は, 宗祖親鸞の教学を結集し, 浄土真宗の真髄を示した真宗教学そのものとされ, 浄土真宗, 特に東西本願寺にとっては聖典として位置づけられている 本願寺, そして分裂後は東西両本願寺で, 少なくとも宗名論争に至る約 300 年間に亘って, 幕府公称を要しないところ, 即ち, 宗派内はもとより社会一般で浄土真宗の宗名を使用してきたことは確実であろう 東本願寺による浄土真宗使用の例証というのは, この約 300 年間の宗名 浄土真宗 の使用事実に基づいて具体的且つ詳細になされたものと見られる 増上寺の故障書における浄土真宗に関する主張は, いずれも歴史上の事実に基づくものであり, 浄土宗において浄土真宗の使用事実があったとしても, それは少なかったようであるから, 東本願寺による浄土真宗使用の例証は, 寺社奉行に対しても説得力を持ったものと思われる ところで, 宗名変更請願の安永 3 年は, 蓮如の死後 275 年が経過しており, また, 家康の教如への寺地寄進による東西本願寺の分裂からも 170 年以上が経過した時期である 聖典とされる蓮如の御文がありながら, 浄土真宗への宗名変更の請願は, 如何にも遅すぎるという印象を受ける この点,17 世紀後半から, それまで他の一揆と区別されずに 土一揆 と呼ばれていた加賀一向一揆を始めとする 世紀の本願寺派の武力蜂起を, 一向宗と結びつけた形で 一向一揆 と呼ばれるようになったというから, これとの関係で考えると, 既に大教団となって江戸幕府との関係も深く, それぞれ隆盛を極めている東西両本願寺にとって, 一向宗が古傷に触れられるような宗名となるに至り, また, 蓮如時代の本願寺とそれ以外の真宗他宗派の対立, 東西両本願寺の分裂も, 既に何世代も前の遠い過去の事実となりこれらの協調体制も整い, 必要に応じて浄土真宗連合ともいうべき形を取り得るように なっていたことから, この時期に請願に及んだのではなかろうかと思われる 6 浄土宗と浄土真宗の混同可能性の有無故障書は, 浄土宗と浄土真宗の宗名混雑, 即ち, 宗名の混同可能性があったと主張したが, 当時の状況下で果してこの混同可能性があったのかどうか, この点を見てみよう 浄土宗と浄土真宗が類似宗名の関係にあることは事実であろうが, 宗名論争が始まった 18 世紀後期には, 寺請状 ( 寺請証文 ) と宗門帳 ( 宗旨人別帳 ) による寺壇制度 ( 檀家制度 ) が既に確立していたことを考慮すると, 浄土宗, 浄土真宗に限らず, 日本仏教の各宗の宗名はいずれも周知性を獲得していたことになろうから, 混同主体を幕府として考えても, 士農工商の四民として考えても, いずれも宗名の混同可能性はなかったといえよう 寺請状は, 切支丹や禁制の宗派 ( 日蓮宗の不受不施派など ) でないことの, 幕府公認の古跡寺院による証明書であり, 寺請状がなければ, 婚姻, 養子縁組, 奉公, 旅行などの身分的, 地理的移動ができないものとされていたし, 寺請状は, 例えば, 個人名, 日付, 宗派及び寺院名, 僧侶名, 押印, 宛先を記載して僧侶から受領するものとされていた また, 宗門帳は, 家を単位として, 寺院, 戸主, 家族, 奉公人など, 個人毎に年齢, 宗旨を記載し, 戸主が押印し, 寺院, 庄屋, 五人組頭の証明印を受けて, 宗門改め役所に提出した戸籍機能を持った書面であり, 宗門帳に記載がなければ無宿人として扱われたという 即ち, 寺壇制度の下で, 個人は寺院との関係が密接で, 寺院なしに生活できない状況にあった 寺院に行けば, 僧侶は説教に宗祖や宗名を語り, 家庭では親が子供に寺院の宗名を教え込み, また, 禁制の宗派でないことを教え込んだであろう 村や集落の地域社会でも, 禁制の宗派を含めて各宗派の話題も上り, 誰がどの宗派であるかも自ずと分っていたであろう 寺壇制度が存在するが故に, 浄土宗や浄土真宗の宗名のみならず, その余の宗名もそれぞれ周知であったであろう 更に, 浄土真宗の場合, 幕府公称の一向宗とは別に, 永年に亘って浄土真宗の宗名が使用されてきた事実を考慮すれば, 浄土宗と同程度乃至それ以上の周知性を獲得しており, 浄土宗とは異なる宗派として認識され, 他宗に属する四民を含めて, 何人も双方を明確に パテント Vol. 65 No. 5
7 識別し得る状態にあったといえよう そうすると, 増上寺が主張する宗名混雑, 即ち, 宗名の混同可能性は, 浄土真宗が宗名変更を請願した江戸時代後期には既になかったといえよう ところで, 江戸時代の寺院数を把握するのはかなり困難であるが, 全国で 10 万程度, このうち浄土宗で 7 千程度, 西本願寺系 8.4 千程度, 日蓮宗 1 千程度, 時宗 0.3 千程度であったとする見解がある これによると, 西本願寺系の寺院数が浄土宗の寺院数を上回っており, これに, 東本願寺, 真宗高田派, 真宗仏光寺派等の浄土真宗の各宗派を加えると, 浄土宗と浄土真宗の差は更に大きくなる 因みに, 江戸時代の寺院数として甲子夜話 ( 続篇巻二十六 ) が引かれることも多く, これによると全国の寺院数は 47 万程度で, このうち浄土宗, 浄土真宗とも約 14 万程度で, 双方は拮抗していることになる ( 但し, 全国の寺院数 47 万を江戸時代の人口 3 千万で除すると,1 寺院当りの檀徒数は 63.5 人となるが, 寺壇制度の下でこの人数, 即ち,10 所帯程度で 1 寺院を維持することは困難であろうから, 甲子夜話の数値は信頼性が低いと思われる ) 即ち, 浄土真宗は, 寺院数でも浄土宗と同等か, 浄土宗より多いようであるから, 寺院数の比較から見ても, 浄土宗と浄土真宗の宗名はともに周知であったと認められ, 従って, この点からも宗名の混同可能性はなかったといえよう 寺社奉行を初めとする幕府内にあっても, この事情は変らないし, 達令にも浄土真宗が使用されたというから, 士農工商の四民のみならず, 江戸幕府にとっても混同可能性のないことは明らかであったろう 増上寺のいう宗名混雑, 即ち, 宗名の混同可能性は現実にはなく, 双方はその周知性獲得の結果として明確に識別されていたといえよう 7 故障書のその余の理由の評価浄土真宗を巡る宗名論争における増上寺の故障書における, 浄土真宗の宗名は善導大師の 観教疏 によって浄土宗に帰属するというのは根拠が薄いようであり, 宗名混雑, 即ち, 宗名の混同可能性はなかったものと見られ, また, 浄土真宗を勅命による浄土宗の宗名とするのも, 現実に浄土真宗が 300 年近く使用されてきた事実があるから, 余り迫力があるともいえず, 結局, 増上寺の故障書は, 徳川家乃至江戸幕府の権威論, 更には歴史的な天皇の権威論によるもののよ うである 宗名論争の初期 ( 開始から 15 年間程の間 ) に, 寺社奉行が, 幕府公称を従前のとおり 一向宗 とするとし, 吟味中としつつも, 請願に対して, 幕府公称を従前のとおり 一向宗 とするとし, 更には, 公務繁忙を理由に請願の可否を棚上げして, 常に消極的な対応に終始したのは, やはり, 故障書の権威論が有効に機能したからであろうか 一方, 明治政府も 真宗 を認めるも, 浄土真宗 を認めなかったというのは, 浄土真宗とすれば, 故障書がいう, 真 の有無による真偽論争の可能性に配慮したからではなかろうか 8 最高裁判決が示した現代の法理一転して現代に目を移すと, 同一又は類似の宗名を巡る争いとして, 例えば, 東京本願寺事件, 天理教豊文教会事件, これと似たものとして天理教水京分教会事件等がある このうち, 天理教豊文教会事件は, 天理教から分派 ( 被包括関係を廃止 ) した旧天理教豊文分教会が, 宗教法人として天理教豊文教会としたことから, 宗教法人天理教が不正競争防止法 2 条 1 項 2 号又は 1 号の不正競争行為, 宗教法人の名称権侵害行為に該当するとして, 天理教豊文教会の使用差止等を求めた事案である 一審の東京地裁判決 ( 平成 16 年 3 月 30 日 ) は請求認容, 控訴審の東京高裁判決 ( 平成 16 年 12 月 16 日 ) は原判決を取消して請求棄却, 上告審の最高裁判決 ( 平成 18 年 1 月 20 日 ) は東京高裁判決を支持し, 宗教法人の宗教活動について不正競争防止法の適用はないとした上, 宗教法人に対して人格権に基づく氏名権 ( 名称権 ) があることを認めて, 天理教の上告を棄却した 最高裁判決は, 不正競争防止法の適用について 競争秩序を維持すべき分野に広く認める必要があり, 社会通念上営利事業といえないものであるからといって, 当然に同法の適用を免れるものではないが, 他方, そもそも取引社会における事業活動と評価することができないようなものについてまで, 同法による規律が及ぶものではないというべきである とした上, 宗教儀礼の執行や教義の普及伝道活動等の本来的な宗教活動及び収益事業と認められるものであっても, 教義の普及伝道のために行われる出版, 講演等本来的な宗教活動と密接不可分の関係にあると認められる事業 には不正競争防止法の適用はないと判示した また, 氏名権について, 最高裁判決は, 昭和 63 年 2 Vol. 65 No パテント 2012
8 月 16 日第三小法廷及び昭和 61 年 6 月 11 日大法廷判決を引用して, 宗教法人も人格的利益を有しており, その名称が宗教法人を象徴するものとして保護される として, 宗教法人は, その名称を他の宗教法人等に冒用されない権利を有し, これを違法に侵害されたときは, 加害者に対し, 侵害行為の差止めを求めることができる とする一方で, 宗教法人は, その名称に係る人格的利益の一内容として, 名称を自由に選定し, 使用する自由 ( 以下 名称使用の自由 という ) を有する とし, 宗教法人の名称使用の自由には, その教義を簡潔に示す語を冠した名称を使用することも含まれるというべきである として, 甲宗教法人の名称と同一又は類似の名称を乙宗教法人が使用している場合において, 当該行為が甲宗教法人の名称を冒用されない権利を違法に侵害するものであるか否かは, 乙宗教法人の名称使用の自由に配慮し, 両者の名称の同一性又は類似性だけでなく, 甲宗教法人の名称の周知性の有無, 程度, 双方の名称の識別可能性, 乙宗教法人において当該名称を使用するに至った経緯, その使用態様等の諸事情を総合考慮して判断されなければならない と判示した その上で, 上記甲宗教法人の名称を冒用されない権利を違法に侵害するものであるか否かについて 前記事実関係によれば, 被上告人 ( 注 : 天理教豊文教会 ) は, 宗教法人法に基づく宗教法人となってから約 50 年にわたり 天理教豊文分教会 の名称で宗教活動を行ってきたのであり, その前身において 天理教豊文宣教所 等の名称を使用してきた時期も含めれば 80 年にもわたってその教義を示す 天理教 の語を冠した名称を使用していること, このような中で, 被上告人が従前の名称と連続性を有し, かつ, その教義も明らかにする名称を選定しようとすれば, 現在の名称と大同小異のものとならざるを得ないと解されること, 被上告人は, 上告人 ( 注 : 天理教 ) との被包括関係の廃止により上告人と一線を画することになったとはいえ, 中山みきを教祖と仰ぎ, その教えを記した教典に基づいて宗教活動を行う宗教団体であり, その信奉する教義は, 社会一般の認識においては, 天理教 にほかならないと解されること, 被上告人において, 上告人の名称の周知性を殊更に利用しようとするような不正な目的をうかがわせる事情もないこと等が明らかである そうすると, 被上告人がその名称にその教義を示す 天理教 の語を冠したことには相当性があり, また, そのような名称の使用ができなくなった場合, 被上告人の宗教活動に支障が生ずることは明らかであり, その不利益は重大というべきである 天理教 の語が教義を示すものである以上, 教義の普及と拡散に伴い, 上告人において 天理教 の語を含む名称を独占することができなくなったとしても, 宗教法人の性格上やむを得ない面があることも認めざるを得ない として, 天理教豊文教会は, 天理教の名称を冒用されない権利を侵害するものではないとした ( この最高裁判決については, 大家重夫 宗教法人天理教 は 宗教法人天理教豊文教会 の名称使用を差し止められないという事例 ( 発明 Vol ), 五十嵐清 宗教団体の名称使用権をめぐって ( 知的財産法政策学研究 Vol.14(2007) があり, また, この法理のリーディングケースとされる東京本願寺事件の東京地裁決定については大家重夫 類似名称使用の可否 ( 別冊ジュリスト 宗教判例百選 ) があるので, 併せて参照願いたい ) 9 最高裁判決の法理について不正競争防止法 1 条及び 3 条の営業を 広く経済上その収支計算の上に立って行われる事業一般をいい, その種類, 対象の如何を問わない と解することにより, 不正競争防止法の適用は, 営利事業に止まらず, それ以外の全ての事業に対してもなされるとする考え方 ( 天理教豊文教会事件の東京地裁判決もこの立場である ) が一般であり, この立場からは, 宗教法人の名称表示についても, 他の営業表示と区別することなく, 不正競争防止法の適用があると考えられていた 筆者も, 初めて浄土真宗の宗名論争の資料に触れたとき, 現代なら不正競争防止法の問題と直感したし, 江戸時代に不正競争行為の原形のような表示の事例があったと人に話したことがあるが, 本件事案について最高裁判決は妥当性があると考えられよう しかし, 宗教法人に税務上のメリットがあることから, 宗教法人が買収対象とされ, 様々な新興宗教がある中で, 宗教活動の外観を呈する既成の宗教法人に対する混同惹起行為が発生する余地も否定できないようにも思われる この点, 最高裁判決が示す基準で, 直ちに不正競争防止法の適用が排除されることには幾分の不安を感じる ( 宗教法人の氏名権の保護を受けられるとしても, 不正競争防止法の適用による保護の方が容易であろう ) パテント Vol. 65 No. 5
9 また, そもそも取引社会における事業活動と評価することができないようなもの が, 宗教法人の本来的な宗教活動以外に含むものがあるのか, 例えば, 学校法人や宗家のような, 従来不正競争防止法が適用されていた分野にも拡大していくのかどうかは, 今後の裁判例の蓄積を待つことになろうが, 最高裁判決が, 不正競争防止法の適用可否について示した基準には今後も留意していく必要があろう 営業に含まれないものとして最高裁判決は, 宗教法人の本来的な宗教活動と教義の普及伝道のための出版, 講演等を挙げるから, 宗教法人の行うその余の事業 ( 最高裁判決は駐車場事業を例示する ) は, 依然として不正競争防止法の適用がある 宗教法人の運営する会館 ( 飲食 宿泊 ), 墓苑や納骨廟堂, 宝物展示等の事業がこれに該当しよう また, 最高裁判決は, 例えば教義の普及伝道のための出版活動を本来的な宗教活動と同視するところ, この種の出版物は多様であり, 宗教法人の他にも, その関連会社, 一般の出版社によって発行されていることに鑑みると, 出版主体が宗教法人であるかどうかで不正競争防止法適用に相違が生じることになるのは, 問題が残りそうである 最高裁判決の宗教法人の氏名権 ( 名称権 ) と, これに基づく名称使用の自由の法理は, 宗教法人, 少なくとも伝統宗教の宗教法人については, その宗教活動, そして分派の本質を的確に捉えたものとして, 説得力に富むものといえよう 仏教も, キリスト教も, イスラム教も, 現在見られる宗派は, 仏陀, キリスト, マホメットの時代からそれぞれ分派に分派を重ねてきた結果である 我国の仏教は,13 宗といわれ, その宗派は合計 160 派程度といわれている 例えば浄土宗も, 前述のように, 法然死後に浄土宗四ケ流 ( 西山 鎮西 九品 長楽の 4 派 ) に分派しており, 親鸞も法然の弟子であるから, 浄土真宗も浄土宗から分派した教団である そして, 親鸞死後, 浄土真宗も 8 派 ( 本願寺派, 仏光寺派, 興正派, 木辺派, 山元派, 誠照寺派, 山門徒派, 出雲寺派 ) に分派している 本願寺も東西に分派し, 昭和 63 年には, 東本願寺から東京浅草の東京本願寺を中心とする浄土真宗東本願寺派が分派 ( 大家重夫 類似名称使用の可否 は, この事件の評釈である ) しており, 現在は真宗 10 派といわれている 宗教教団の分派乃至その宗名選定の経緯, 教団双方の関係を見ると, 現代の天理教と天理教豊文教会のケースと, その事実関係において相当程度に共通性があるようだ 分派は, 既成の宗教教団との教義解釈の相違に起因しているのが一般である ( 東西本願寺の分裂は, 石山合戦における信長との和睦を巡る和睦派と徹底抗戦派の対立が原因といわれる ) ところ, 宗教が人間の宗教哲学に基づく思想である以上, 宗教団体の分派は, それ自体不可避のものであろう 天理教を浄土宗, 天理教豊文教会を浄土真宗に置き換えて, 最高裁判決のいう, 名称の同一性又は類似性, 名称の周知性の有無, 程度, 双方の名称の識別可能性, 当該名称を使用するに至った経緯, その使用態様等の諸事情を総合考慮する判断手法をみると, 歴史的な浄土真宗を巡る宗名論争にも特段の違和感がないようである 封建社会に最高裁判決を適用する前提はないとはいえ, 最高裁判決が, 宗教教団やその分派の本質を的確に捉えているからであろう 10 まとめ浄土宗と浄土真宗の宗名論争の経緯, 双方の主張, 主張の評価を見て, 天理教と天理教豊文教会についての現代の最高裁判決の関係を考えてみた 封建社会と自由主義社会という本質的な相違があるも, 宗教教団, その分派, 双方の宗名の関係は, 時代背景が異なるも, 本質的に余り変わりがないのは興味深い結果であるといえよう 参考文献 1 藤本了泰浄土宗大年表平成 6 年 3 月 16 日修訂発行 ( 株 ) 山喜房佛書林 2 山折哲雄日本宗教史年表 2004 年 2 月 28 日初版発行河出書房新社 3 大本山増上寺史本文編平成 11 年 12 月大本山増上寺 4 大本山増上寺史年表編平成 11 年 12 月大本山増上寺 5 浄土宗大辞典編纂委員会浄土宗大辞典 2, 同 3 昭和 51 年 1 月山喜房佛書林 6 法然上人行状絵図平成 20 年 5 月 15 日浄土宗明顕山祐天寺 7 圭室文雄日本仏教史近世昭和 62 年 1 月 ( 株 ) 吉川弘文館 8 圭室文雄日本仏教史近代平成 2 年 6 月 ( 株 ) 吉川弘文館 9 井上鋭夫本願寺昭和 63 年 8 月至文堂 10 村上専精真宗全史大正 5 年 9 月丙午出版社 Vol. 65 No パテント 2012
10 11 播州真宗年表平成 13 年 12 月真宗文化研究室 HP 12 神田千里一向一揆と石山合戦 2007 年 10 月 ( 株 ) 吉川弘文館 13 笠原一男蓮如文集 1990 年 4 月 ( 株 ) 岩波書店 14 東海地区仏教青年連盟 HP( 浄土真宗やっとかめ通信 ) 15 恵谷隆戒概説浄土宗史昭和 53 年 6 月 14 日 ( 株 ) 隆文館 16 浄土真宗本願寺派長久寺 HP( 山寺 ) 浄土真宗聖典 17 中村元他編岩波仏教辞典第二版 2008 年 3 月 10 日 ( 株 ) 岩波書店 18 大家重夫 宗教法人天理教 は 宗教法人天理教豊文教会 の名称使用を差し止められないという事例 発明 Vol 五十嵐清 宗教団体の名称使用権をめぐって ( 知的財産法政策学研究 Vol.14(2007) 20 大家重夫 類似名称使用の可否 ( 別冊ジュリスト 宗教判例百選 ) ( 原稿受領 ) パテント Vol. 65 No. 5
平成 年(オ)第 号
平成 25 年 ( 行ヒ ) 第 35 号固定資産税等賦課取消請求事件 平成 26 年 9 月 25 日第一小法廷判決 主 文 原判決を破棄する 被上告人の控訴を棄却する 控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする 理 由 上告代理人岩谷彰, 同水島有美, 同谷川光洋の上告受理申立て理由について 1 本件は, 被上告人が, 坂戸市長から自己の所有する家屋に係る平成 22 年度の固定資産税及び都市計画税
に表現したものということはできない イ原告キャッチフレーズ1は, 音楽を聞くように英語を聞き流すだけ/ 英語がどんどん好きになる というものであり,17 文字の第 1 文と12 文字の第 2 文からなるものであるが, いずれもありふれた言葉の組合せであり, それぞれの文章を単独で見ても,2 文の組合
D-102 キャッチフレーズ 著作権侵害等差止等請求事件 : 東京地裁平成 26( ワ )21237 平成 27 年 3 月 20 日 ( 民 29 部 ) 判決 < 請求棄却 > キーワード 広告 ( 新聞 ウェブサイト ), キャッチフレーズ, 著作物, 不正競争 ( 商品等 表示 ), 一般不法行為, 競争関係の有無 事案の概要 1 本件は, 原告 ( 株式会社エスプリライン ) が, 被告
控訴人は, 控訴人にも上記の退職改定をした上で平成 22 年 3 月分の特別老齢厚生年金を支給すべきであったと主張したが, 被控訴人は, 退職改定の要件として, 被保険者資格を喪失した日から起算して1か月を経過した時点で受給権者であることが必要であるところ, 控訴人は, 同年 月 日に65 歳に達し
平成 25 年 7 月 4 日判決言渡平成 25 年 ( 行コ ) 第 71 号不作為の違法確認請求控 訴事件 主 文 1 本件控訴を棄却する 2 控訴費用は控訴人の負担とする 事実及び理由第 1 控訴の趣旨 1 原判決を取り消す 2 厚生労働大臣が平成 22 年 4 月 15 日付けで控訴人に対してした被保険者期間を411 月, 年金額を179 万 4500 円とする老齢厚生年金支給処分を取り消す
求めるなどしている事案である 2 原審の確定した事実関係の概要等は, 次のとおりである (1) 上告人は, 不動産賃貸業等を目的とする株式会社であり, 被上告会社は, 総合コンサルティング業等を目的とする会社である 被上告人 Y 3 は, 平成 19 年当時, パソコンの解体業務の受託等を目的とする
平成 27 年 ( 受 ) 第 766 号損害賠償請求事件 平成 28 年 9 月 6 日第三小法廷判決 主 文 1 原判決中, 上告人の被上告人ら各自に対する1 億 6 500 万円及びこれに対する平成 20 年 1 月 23 日から支払済みまで年 5 分の割合による金員の支払請求に関する部分を破棄する 2 前項の部分につき, 本件を東京高等裁判所に差し戻す 3 上告人のその余の上告を却下する 4
Microsoft Word 資料1 プロダクト・バイ・プロセスクレームに関する審査基準の改訂についてv16
プロダクト バイ プロセス クレームに関する 審査基準の点検 改訂について 1. 背景 平成 27 年 6 月 5 日 プロダクト バイ プロセス クレームに関する最高裁判決が2 件出された ( プラバスタチンナトリウム事件 最高裁判決( 最判平成 27 年 6 月 5 日 ( 平成 24 年 ( 受 ) 第 1204 号, 同 2658 号 ))) 本事件は 侵害訴訟に関するものであるが 発明の要旨認定の在り方にも触れているため
目次 1. 訂正発明 ( クレーム 13) と控訴人製法 ( スライド 3) 2. ボールスプライン最高裁判決 (1998 年 スライド 4) 3. 大合議判決の三つの争点 ( スライド 5) 4. 均等の 5 要件の立証責任 ( スライド 6) 5. 特許発明の本質的部分 ( 第 1 要件 )(
均等論 知的財産高等裁判所 大合議判決 2016 年 3 月 25 日 (2015 年 ( ネ ) 第 10014 号 ) 日欧知的財産司法シンポジウム 2016 2016 年 11 月 18 日 知的財産高等裁判所所長 設樂隆一 1 目次 1. 訂正発明 ( クレーム 13) と控訴人製法 ( スライド 3) 2. ボールスプライン最高裁判決 (1998 年 スライド 4) 3. 大合議判決の三つの争点
Microsoft PowerPoint - 01_職務発明制度に関する基礎的考察(飯田先生).pptx
弁護士飯田秀郷 1 職務発明制度の全体構造 従業者による 特許を受ける権利 の原始取得 産業上利用できる発明をした者は その発明について特許を受けることができる (29 条 1 項柱書 ) 使用者の法定実施権 職務発明について特許を受けたとき使用者はその特許権について通常実施権を有する (35 条 1 項 ) 事前の定めによる使用者への権利の承継 あらかじめ ( 職務発明の完成前 ) 契約 勤務規則その他の定めにより
第 2 問問題のねらい青年期と自己の形成の課題について, アイデンティティや防衛機制に関する概念や理論等を活用して, 進路決定や日常生活の葛藤について考察する力を問うとともに, 日本及び世界の宗教や文化をとらえる上で大切な知識や考え方についての理解を問う ( 夏休みの課題として複数のテーマについて調
現代社会 問題のねらい, 及び小問 ( 速報値 ) 等 第 1 問問題のねらい 功利主義 や 正義論 に関して要約した文書を資料として示し, それぞれの基盤となる考え方についての理解や, その考え方が実際の政策や制度にどう反映されているかについて考察する力を問うとともに, 選択肢として与えられた命題について, 合理的な 推論 かどうか判断する力を問う ( 年度当初に行われる授業の場面を設定 ) 問
淡路町知財研究会 (松宮ゼミ)
淡路町知財研究会 ( 松宮ゼミ ) 大阪地方裁判所 平成 28 年 5 月 9 日判決言し 平成 26 年 ( ワ )8187 号審決取消請求事件 不正競争行為差止等請求事件 検索連動型広告 他 2018 年 5 月 26 日 ( 土 ) 藤岡茂 1 当事者 原告 ( 商標権者 ) 株式会社生活と科学社日用品雑貨, 洋品雑貨, 石けんの販売等を業とする株式会社インターネットに 石けん百貨 の名称で石けん等を取り扱う店舗サイトを開設し,
民法 ( 債権関係 ) の改正における経過措置に関して 現段階で検討中の基本的な方針 及び経過措置案の骨子は 概ね以下のとおりである ( 定型約款に関するものを除く ) 第 1 民法総則 ( 時効を除く ) の規定の改正に関する経過措置 民法総則 ( 時効を除く ) における改正後の規定 ( 部会資
民法 ( 債権関係 ) 部会資料 85 民法 ( 債権関係 ) の改正に関する要綱案の取りまとめに向けた検討 (18) 目次 第 1 民法総則 ( 時効を除く ) の規定の改正に関する経過措置... 1 第 2 時効の規定の改正に関する経過措置... 1 第 3 債権総則の規定の改正に関する経過措置... 2 第 4 契約総則 各則の規定の改正に関する経過措置... 4 i 民法 ( 債権関係 )
平成 年 月 日判決言渡し 同日判決原本領収 裁判所書記官
平成 27 年 1 月 29 日判決言渡平成 26 年 ( ネ ) 第 10095 号不正競争行為差止等請求控訴事件 ( 原審東京地方裁判所平成 25 年 ( ワ ) 第 28860 号 ) 口頭弁論終結日平成 26 年 12 月 17 日 判 決 控訴人 ( 一審原告 ) X 訴訟代理人弁護士勝部環震 被控訴人 ( 一審被告 ) Y 被控訴人 ( 一審被告 ) 株式会社宝島社 両名訴訟代理人弁護士芳賀淳
< F2D8EE888F882AB C8CC2906C>
社会福祉法人 個人情報保護規程 ( 例 ) 注 : 本例文は, 全国社会福祉協議会が作成した 社会福祉協議会における個人情報保護規程の例 を参考に作成したものです 本例文は参考ですので, 作成にあたっては, 理事会で十分検討してください 第 1 章 総則 ( 目的 ) 第 1 条この規程は, 個人情報が個人の人格尊重の理念のもとに慎重に取り扱われるべきものであることから, 社会福祉法人 ( 以下 法人
<4D F736F F D2093C192E895578F8089BB8B408AD A8EC08E7B977697CC FC90B394C5816A2E646F6378>
特定標準化機関 (CSB) 制度実施要領 平成 15 年 8 月 27 日 ( 制定 ) 平成 29 年 3 月 15 日 ( 改正 ) 日本工業標準調査会 標準第一部会 標準第二部会 1. 制度名称 制度名称は 特定標準化機関 (Competent Standardization Body) 制度 ( 通称 シー エ ス ビー制度 ) とする 2. 目的日本工業規格 (JIS) の制定等のための原案作成
1 アルゼンチン産業財産権庁 (INPI) への特許審査ハイウェイ試行プログラム (PPH) 申請に 係る要件及び手続 Ⅰ. 背景 上記組織の代表者は
1 アルゼンチン産業財産権庁 (INPI) への特許審査ハイウェイ試行プログラム (PPH) 申請に 係る要件及び手続 -------------------------------------------------------------------------- Ⅰ. 背景 上記組織の代表者は 2016 年 10 月 5 日 ジュネーブにおいて署名された 特許審査手続における協力意向に係る共同声明
法第 20 条は, 有期契約労働者の労働条件が期間の定めがあることにより無期契約労働者の労働条件と相違する場合, その相違は, 職務の内容 ( 労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度をいう 以下同じ ), 当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して, 有期契約労働者にとって不合
Q45. 有期契約労働者が正社員と同じ待遇を要求する 1 問題の所在有期契約労働者の労働条件は個別労働契約, 就業規則等により決定されるべきものですので, 正社員と同じ待遇を要求することは認められないのが原則です しかし, 有期契約労働者が正社員と同じ仕事に従事し, 同じ責任を負担しているにもかかわらず, 単に有期契約というだけの理由で労働条件が低くなっているような場合には, 期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止
景品の換金行為と「三店方式」について
景品の換金行為と 三店方式 について 1 景品の換金が行われる背景と法令の規定について 2 三店方式 の歴史について 3 三店方式 を構成する3つの要素について 4 三店方式 に関する行政の見解について 5 三店方式 に関する裁判所の見解について 6 三店方式 とパチンコ店の営業について 株式会社大商姫路 - 1 - 1 景品の換金が行われる背景と法令の規定についてパチンコは 遊技客が 遊技機で遊技した結果獲得した玉
制定 : 平成 24 年 5 月 30 日平成 23 年度第 4 回理事会決議施行 : 平成 24 年 6 月 1 日 個人情報管理規程 ( 定款第 65 条第 2 項 ) 制定平成 24 年 5 月 30 日 ( 目的 ) 第 1 条この規程は 定款第 66 条第 2 項の規定に基づき 公益社団法
制定 : 平成 24 年 5 月 30 日平成 23 年度第 4 回理事会決議施行 : 平成 24 年 6 月 1 日 個人情報管理規程 ( 定款第 65 条第 2 項 ) 制定平成 24 年 5 月 30 日 ( 目的 ) 第 1 条この規程は 定款第 66 条第 2 項の規定に基づき 公益社団法人岐阜県山林協会 ( 以下 この法人 という ) が定める 個人情報保護に関する基本方針 に従い 個人情報の適正な取扱いに関してこの法人の役職員が遵守すべき事項を定め
社会福祉法人○○会 個人情報保護規程
社会福祉法人恩心会個人情報保護規程 ( 目的 ) 第 1 条本規程は 個人の尊厳を最大限に尊重するという基本理念のもと 社会福祉法人恩心会 ( 以下 本会 という ) が保有する個人情報の適正な取り扱いに関して必要な事項を定めることにより 個人情報の保護に関する法律 及びその他の関連法令等を遵守することを目的とする ( 利用目的の特定 ) 第 2 条本会が個人情報を取り扱うに当たっては その利用目的をできる限り特定する
個人情報保護規程
公益社団法人京都市保育園連盟個人情報保護規程 第 1 章 総則 ( 目的 ) 第 1 条この規程は 個人情報が個人の人格尊重の理念のもとに慎重に取り扱われるべきものであることから 公益社団法人京都市保育園連盟 ( 以下 当連盟 という ) が保有する個人情報の適正な取扱いの確保に関し必要な事項を定めることにより 当連盟の事業の適正かつ円滑な運営を図りつつ 個人の権利利益を保護することを目的とする (
従業員 Aは, 平成 21 年から平成 22 年にかけて, 発注会社の課長の職にあり, 上記事業場内にある発注会社の事務所等で就労していた (2) 上告人は, 自社とその子会社である発注会社及び勤務先会社等とでグループ会社 ( 以下 本件グループ会社 という ) を構成する株式会社であり, 法令等の
平成 28 年 ( 受 ) 第 2076 号損害賠償請求事件 平成 30 年 2 月 15 日第一小法廷判決 主 文 原判決中上告人敗訴部分を破棄する 前項の部分につき, 被上告人の控訴を棄却する 控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする 理 由 上告代理人後藤武夫ほかの上告受理申立て理由 ( ただし, 排除されたものを除く ) について 1 本件は, 上告人の子会社の契約社員として上告人の事業場内で就労していた被上告人が,
2006 年度 民事執行 保全法講義 第 4 回 関西大学法学部教授栗田隆
2006 年度 民事執行 保全法講義 第 4 回 関西大学法学部教授栗田隆 T. Kurita 2 目 次 1. 執行文に関する争いの解決 ( 民執 32 条 -34 条 ) 2. 請求異議の訴え ( 民執 35 条 ) 3. 執行停止の裁判 ( 民執 36 条 37 条 ) 執行文の付与等に関する異議 (32 条 ) 債権者 執行文付与申立て 執行文付与拒絶 債権者 異議 書記官 事件の記録の存する裁判所の裁判所書記官
監査に関する品質管理基準の設定に係る意見書
監査に関する品質管理基準の設定に係る意見書 監査に関する品質管理基準の設定について 平成 17 年 10 月 28 日企業会計審議会 一経緯 当審議会は 平成 17 年 1 月の総会において 監査の品質管理の具体化 厳格化に関する審議を開始することを決定し 平成 17 年 3 月から監査部会において審議を進めてきた これは 監査法人の審査体制や内部管理体制等の監査の品質管理に関連する非違事例が発生したことに対応し
平成年月日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成 27 年 11 月 5 日判決言渡同日判決原本領収裁判所書記官 平成 27 年 ( ワ ) 第 9005 号商号使用差止等請求事件 口頭弁論終結日平成 27 年 10 月 22 日 判 決 原告ユーシーシーホールディングス株式会社 同訴訟代理人弁護士岡田春夫 同瓜生嘉子 被告株式会社ユー シー シー 主 文 1 被告は, 株式会社ユー シー シー の商号を使用してはならない 2 被告は, 大阪法務局平成
習う ということで 教育を受ける側の 意味合いになると思います また 教育者とした場合 その構造は 義 ( 案 ) では この考え方に基づき 教える ことと学ぶことはダイナミックな相互作用 と捉えています 教育する 者 となると思います 看護学教育の定義を これに当てはめると 教授学習過程する者 と
2015 年 11 月 24 日 看護学教育の定義 ( 案 ) に対するパブリックコメントの提出意見と回答 看護学教育制度委員会 2011 年から検討を重ねてきました 看護学教育の定義 について 今年 3 月から 5 月にかけて パブリックコメントを実施し 5 件のご意見を頂きました ご協力いただき ありがとうござい ました 看護学教育制度委員会からの回答と修正した 看護学教育の定義 をお知らせ致します
O-27567
そこに そこがあるのか? 自明性 (Obviousness) における固有性 (Inherency) と 機能的クレーム (Functional Claiming) 最近の判決において 連邦巡回裁判所は 当事者系レビューにおける電気ケーブルの製造を対象とする特許について その無効を支持した この支持は 特許審判部 (Patent and Trial and Appeal Board (PTAB))
H 刑事施設が受刑者の弁護士との信書について検査したことにつき勧告
福弁平成 20 年 ( 人権 ) 第 2 号の 1 平成 22 年 5 月 31 日 福島刑務所 所長佐藤洋殿 福島県弁護士会 会長高橋金一 勧告書 当会は, 申立人 氏からの人権救済申立事件について, 当会人権擁護委員会の調査の結果, 貴所に対し, 下記のとおり勧告致します 記第 1 勧告の趣旨申立人が, 当会所属 弁護士に対して, 貴所の申立人に対する措置 処遇に関する相談の信書 ( 平成 20
個人情報保護規定
個人情報保護規程 第 1 章総則 ( 目的 ) 第 1 条この規程は 公益社団法人日本医療社会福祉協会 ( 以下 当協会 という ) が有する会員の個人情報につき 適正な保護を実現することを目的とする基本規程である ( 定義 ) 第 2 条本規程における用語の定義は 次の各号に定めるところによる ( 1 ) 個人情報生存する会員個人に関する情報であって 当該情報に含まれる氏名 住所その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの
財団法人日本体育協会個人情報保護規程
公益財団法人日本水泳連盟 個人情報保護規程 第 1 章総則 ( 目的 ) 第 1 条本規程は 公益財団法人日本水泳連盟 ( 以下 本連盟 という ) が保有する個人情報につき 本連盟個人情報保護方針 ( プライバシーポリシー ) に基づき 適正な保護を実現することを目的とする ( 定義 ) 第 2 条本規程における用語の定義は つぎの各号に定める (1) 個人情報生存する個人に関する情報であって 当該情報に含まれる氏名
Webエムアイカード会員規約
Web エムアイカード会員規約 第 1 条 ( 目的 ) Web エムアイカード会員規約 ( 以下 本規約 といいます ) は 株式会社エムアイカード ( 以下 当社 といいます ) がインターネット上に提供する Web エムアイカード会員サービス ( 以下 本サービス といいます ) を 第 2 条に定める Web エムアイカード会員 ( 以下 Web 会員 といいます ) が利用するための条件を定めたものです
<4D F736F F D208B8F91EE89EE8CEC93998C5F96F18F912E646F63>
障害福祉サービス ( 居宅介護等 ) 契約書 ( 以下 利用者 といいます ) と ( 以下 事業者 といいます ) は 事業者が利用者に対して行う居宅介護 重度訪問介護 行動援護又は移動 ( 外出 ) 支援 ( 以下 居宅介護等 といいます ) について 次のとおり契約します 第 1 条 ( 契約の目的 ) 事業者は 利用者に対し 障害者自立支援法令の趣旨にしたがって 利用者が可能な限りその居宅において
