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1 デジタルデバイスの特徴を活かした 文章表示方式の提案 文章を表示する主要なメディアとし て, 私たちは長い間, 紙を用いてきました. しかし, 近年のデジタルメディア技術の発達に伴い, 文章を紙に印刷することなくコンピュータディスプレイ上で表示する機会 ( デジタル文章表示 ) が急速に増加しています. デジタル文章表示は, 莫大な文章情報を簡便に扱うことを可能にしただけでなく, その特徴を活用した新たな表示方式を使うことで文章を読むという行為 ( 読文行為 ) 自体にも大きな変化をもたらす可能性があります. 紙を使った文章表示では, 原則その表示内容は時間変化しませんが, デジタルデバイスでは, 時間変化を伴う動的な情報提示が可能です. さらに近年では, タブレット型 PCやスマートフォンといった, タッチレスポンス機能を備えたデバイスが急速に普及しつつあります. これらのデジタルデバイスの特徴は, 表示されているものに直接触れて操作するかのようなインタフェースを採用している点です. キーボード やマウスによる操作に比べて, 指やタッチペンを使った操作はより直接的でインタラクティブ性が高いといえます. これらの直接的な操作方法は, テキストドキュメントの閲覧でも活用されてきましたが, その多くは文字が固定される媒体, 特に紙媒体の操作感を再現することに意識が行きがちでした. 情報を伝える記号である文字 文 文章表示技術インタラクティブインタフェースなぞり読み集未来への羅針盤としてのコミュニケーション科学 なぞり動作を用いた新しい文章表示方式 Yu bi Yomu NTT コミュニケーション科学基礎研究所では, ユーザのなぞり動作に合わせて, 文字が時間変化する文章表示方式 Yu bi Yomu の研究を進めています. これまでのデジタル文章表示の研究では紙の使用感にいかに近づけるかというところに議論の中心がありました. しかし, デジタル文章表示は, その特徴を活用した表示方式を使うことで, 単なる紙媒体の模倣を超えて, 文章を読むという行為自体に大きな変化をもたらす可能性があります. 本稿ではこの Yu bi Yomu 方式の概要とその利用によって生じるメリットについて紹介します. 現,NTT 先端技術総合研究所 図 1 特まるやかずし わたなべじゅんじ丸谷和史 / 渡邊淳司 NTTコミュニケーション科学基礎研究所章に対して直接的な操作を行うことが生み出すメリットはほとんど考えられてきませんでした. NTTコミュニケーション科学基礎研究所では, タブレット型デバイスの特徴である動的表示とタッチレスポンスを利用した直接的な操作を活用した文章表示方式 Yu bi Yomu (1) の研究を進めています ( 図 1). この方式 NTT 技術ジャーナル Yu bi Yomu 方式

2 未来への羅針盤としてのコミュニケーション科学 図 2 Yu bi Yomu 方式を用いたソフトウェアの基本構造 では, 読者がディスプレイ操作をしない状態では, 文章がごく薄く表示されています. 読者が文章の文字をなぞると, その部分の文字が徐々に濃く表示されます. 濃く表示された文字をそのままにしておくだけでなく, 一定の時間濃い表示を保った後に徐々に消えていくような表示を行うこともできます. 読者は, 指で文字をなぞることで, その部分の文字を逐次的に濃くしながら文章を読んでいくことになります. また, 動的な文章表示によって, 読文の余韻や抑揚といった, 静的な文章表示では明示的に表現することが難しい特徴を, 直感的に操作することができます. Yu bi Yomu 方式を用いたソフトウェアの基本構造 Yu bi Yomu 方式は, 現在のところ市販のタブレット型 PCで動作するデモンストレーションソフトウェアとして実装されています. 機能に多少の差はありますが,i OS Android OS Windows / Macintosh PC( タッチパネルを備えたディスプレイが必要 ) といった多くの機種でソフトウェアを開発しています. これらのソフトウェアでは, ユーザは Yu bi Yomu 方式で表示させたい文章を特殊なフォーマットとして整形したテキストファイルを準備します ( 図 2(a) 左 ). この フォーマットは,XML(Extensible Markup Language) * の一種で, ホームページを作成するときのように, 表示させたい文章をタグと呼ばれる記号とともに記述します. このフォーマットのテキストファイル ( Yu bi Yomu ファイル ) を作成することで, ユーザは表示される文章を, 文字の時間変化の仕方や文字サイズなどと合わせて, ソフトウェアプログラムの改変なしに変更することができます. 例えば, Yu bi Yomu ファイルではなぞられたときの文字の時間変化を, 以 * XML: 文章の論理構造や体裁に関する指定を文章本文とともにテキストファイルとして記述するための言語あるいはその仕様の総称です. 22 NTT 技術ジャーナル

3 御します ( 図 2(a) 右 ).1 ユーザが画面に触れてから文字が濃くなり始めるまでの時間,2 文字が濃くなり始めてからもっとも濃くなるまでの時間,3 文字がもっとも濃い状態を保つ時間, 4 文字が薄くなり始めてから元の状態に戻るまでの時間. これまでに, これらのパラメータを操作すると, 読文全体の印象が変化することが分かっています (2) ( 図 2(b)). さらに, これらのソフトウェアでは, ユーザの行ったなぞり動作を記録することも可能です. このなぞり動作の記録は, ソフトウェア上のボタン操作で開始, 終了させることができ, ユーザはプログラミングやエディタなどを全 く使用せずになぞり動作を記録, 利用することができます. このなぞり動作の記録データは, なぞりの時系列に基づいて文字が自動的に浮き出る動画の作成や, タブ区切りつきテキストファイル (CSVファイル) などの形式で保存したのち, エクセルなどの表計算ソフトで読文行動の解析などに利用することが可能です. Yu bi Yomu 方式の利用シーン Yu bi Yomu 方式はテキストコミュニケーション 教育の分野での応用が可能です ( 図 ₃). コミュニケーションへの利用 Yu bi Yomu 方式を用いたソフトウェアを, メールや電報などのテキ 図 3 Yu bi Yomu 方式の利用シーン 4 つのパラメータを指定して制集下の ストコミュニケーションのツールの中 に組み込むと, コミュニケーションが よりスムーズになると考えられます. 例えば, なぞりデータに基づいて文字 が浮き出る文章動画は, 短い文章に ニュアンスを込めて, 作成者の細かな 感情を伝えることに利用できます. さ らに, 音声を録音する機能と合わせて 使うことで, 動く文字とともに音声が 提示されるメッセージ動画を作成する こともできます. これまでも画面上を 自動的に文章が流れる動画は,TVの 字幕, カラオケ, 電光掲示板など, 多 くの日常シーンで利用されてきまし た. 従来, こうした文章動画は, 専門 家がコンピュータと専門のソフトウェ アを用いて作成するものでしたが,

4 未来への羅針盤としてのコミュニケーション科学 図 4 なぞりの例 Yu bi Yomu 方式のソフトウェアを使えば, 一般の人でもスマートフォンなどで簡単に動画を作成できます. さらに, 従来の文章動画ではほとんどの場合, 文字が現れる速度が一定であるのに対して, 人間のなぞりによる文章動画では, 文字が現れる速度に複雑な加減速が含まれています. この複雑な加減速は, メッセージの抑揚を表現することや, コンピュータでは伝えることが難しいメッセージ発信者の個人性 存在感の提示に利用可能です. 教育への利用 Yu bi Yomu 方式の利用が効果的であると考えられるもう 1 つの応用先に教育分野があります. Yu bi Yomu 方式で採用しているなぞり読みは, 単に黙読をしているときと比べて, なぞりという他者から観察可能な身体動作を伴います. さらに, 読者が心の中で読んでいる位置と指の位置は基本的に一致しているので, なぞりの記録からなぞっている人がどのように 文を読み進めていたかを簡単に知ることができます. このように, Yu bi Yomu 方式を使えば, 読文行動を可視化することが比較的簡単に実現されます. 例えば, 学校の授業の場面で, インタラクティブで, 読文行動の可視化が容易な Yu bi Yomu 方式の教材を利用することで, 授業の質が高まる可能性があります. 私たちは,NTT- MEと共同で Yu bi Yomu 方式の教材利用についての実験を行いました. この実験では, 一般社員を対象とした授業形式の研修に Yu bi Yomu 方式を用いた教材を導入し, 従来からあるタブレット端末に文字が静的に表示される方式を用いた同じ内容の教材との比較を行いました (3). すると, Yu bi Yomu 方式の教材を使った授業を受けたグループでは, 従来方式の教材を使った授業を受けたグループよりも, 授業後に行った記憶テストの平均点が約 10% 高いという結果が得ら れました. この成績向上の原因については, いくつかの可能性があり, 詳しいことは今後のさらなる研究が必要です. しかし, 少なくとも特定の学習内容, 授業形式では, Yu bi Yomu 方式を用いた教材が授業の質を高めることが明らかになりました. さらに, Yu bi Yomu 方式の教材を使った学習者のなぞりデータを可視化すると, 人によって取り組み方が異なっていることが明確になりました. 図 ₄は, 記憶テストの成績が良かった学習者と悪かった学習者のなぞりの例ですが, どちらが学習に真面目に取り組んでいたかは明らかです. また, Yu bi Yomu 方式のテキスト表示を音声提示と組み合わせることで, 自分では読むことが難しい外国語や経典などの学習教材に利用することも考えられます. 例えば, 読み上げ音声のファイルをあらかじめ用意しておき, なぞった場所に合わせて提示される音声も変化させると, なぞった文章 24 NTT 技術ジャーナル

5 図 5 大規模学習システムでの利用 集を読み上げる機能を持ったソフトウェアを実現することができます. このような音声付きの学習ソフトウェアでは, 本来自分が読めないような文章でも読めるような自己能力拡大の感覚が得られると考えられ (4), 学習時のモチベーションを維持し, 集中して学習を継続することに効果がある可能性があります. 今後の展望本稿で紹介したソフトウェアは, スマートフォンやタブレットなど私たちがよく使うデジタルデバイスのソフトウェアに組み込むことで, それらの機 ムへ利用していくことが期待できます ( 図 5). Yu bi Yomu 方式はデジタル情報表示の時間性とインタラクティブ性に注目し, 音声言語が持つ余韻や抑揚という時間的な表現を, なぞり動作を利用して文字表現に組み込む試みです. 私たちは, 紙媒体での文章表現をデジタルディスプレイで再現することを目指すのではなく, その特徴を活用したデジタルデバイス特有の形式を用いることでデジタルデバイスの可能性をより大きく広げることを目指しています. 参考文献 (1) 器を使ったコミュニケーションを拡張 kazushi/yubiyomu/index_ja.html すると期待されます. さらに, 音声機 (2) 丸谷 植月 安藤 渡邊 : ユーザのなぞり 動作に基づく動的文章表示方式, 情処学論, 能などとの組み合わせによって親しい Vol.54, No.4, pp , (3) K. Maruya, J. Watanabe, H. Takahashi, and S. 人による読み上げ絵本などへの応用も Hashiba: A learning system utilizing learners' 考えられます. また, 今後多くのなぞ active tracing behaviors, Proc. of LAK15, pp , NewYork, U.S.A., March りデータを集めることによって, なぞりと学習状況の間に一定の関係を見出 (4) 安藤 丸谷 渡邊 : 情報通信でつなぐ祈りの場, 鳳翔学叢, Vol.10, pp , すことができれば, 大規模学習システ ( 左から ) 渡邊淳司 / 丸谷和史 特私たちは, Yu bi Yomu 方式のような NTT 技術ジャーナル 簡単な仕組みでも, その導入によりいくつもの利点が生じることを示してきました. 今後本方式のさらなる利活用の可能性を明らかにしていきたいと考えています. 本技術にご興味をお持ちの方はお気軽にご連絡ください. 問い合わせ先 NTT コミュニケーション科学基礎研究所人間情報研究部 TEL FAX maruya.kazushi lab.ntt.co.jp