研究の背景近年 運動の効能が骨格筋や骨といった末梢の組織だけでなく 脳にも作用することがわかってきました 数ある 1) 脳部位の中でも 運動は記憶や学習を司る海馬に作用し 新たな神経細胞の産生 ( 神経新生 ) を促すとともに 記憶力を向上させます その背景には 脳由来神経栄養因子 (BDNF) や

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報道関係者各位 平成 29 年 1 月 17 日 国立大学法人筑波大学 短時間の運動で記憶力が高まる ヒトの海馬が関連する機能の働きが 10 分間の中強度運動で向上! 研究成果のポイント 分間の中強度運動によって 物事を正確に記憶するために重要な 類似記憶の識別能力 が向上することを ヒ

研究成果報告書

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脳組織傷害時におけるミクログリア形態変化および機能 Title変化に関する培養脳組織切片を用いた研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 岡村, 敏行 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL http

前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

論文題目  腸管分化に関わるmiRNAの探索とその発現制御解析

血漿エクソソーム由来microRNAを用いたグリオブラストーマ診断バイオマーカーの探索 [全文の要約]

平成14年度研究報告

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図 1 マイクロ RNA の標的遺伝 への結合の仕 antimir はマイクロ RNA に対するデコイ! antimirとは マイクロRNAと相補的なオリゴヌクレオチドである マイクロRNAに対するデコイとして働くことにより 標的遺伝 とマイクロRNAの結合を競合的に阻害する このためには 標的遺伝

( 図 ) 自閉症患者に見られた異常な CADPS2 の局所的 BDNF 分泌への影響

解禁日時 :2019 年 2 月 4 日 ( 月 ) 午後 7 時 ( 日本時間 ) プレス通知資料 ( 研究成果 ) 報道関係各位 2019 年 2 月 1 日 国立大学法人東京医科歯科大学 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 IL13Rα2 が血管新生を介して悪性黒色腫 ( メラノーマ ) を

糖鎖の新しい機能を発見:補体系をコントロールして健康な脳神経を維持する

難病 です これまでの研究により この病気の原因には免疫を担当する細胞 腸内細菌などに加えて 腸上皮 が密接に関わり 腸上皮 が本来持つ機能や炎症への応答が大事な役割を担っていることが分かっています また 腸上皮 が適切な再生を全うすることが治療を行う上で極めて重要であることも分かっています しかし

共同研究チーム 個人情報につき 削除しております 1

本成果は 以下の研究助成金によって得られました JSPS 科研費 ( 井上由紀子 ) JSPS 科研費 , 16H06528( 井上高良 ) 精神 神経疾患研究開発費 24-12, 26-9, 27-

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 佐藤雄哉 論文審査担当者 主査田中真二 副査三宅智 明石巧 論文題目 Relationship between expression of IGFBP7 and clinicopathological variables in gastric cancer (

報道発表資料 2006 年 4 月 13 日 独立行政法人理化学研究所 抗ウイルス免疫発動機構の解明 - 免疫 アレルギー制御のための新たな標的分子を発見 - ポイント 異物センサー TLR のシグナル伝達機構を解析 インターフェロン産生に必須な分子 IKK アルファ を発見 免疫 アレルギーの有効

計画研究 年度 定量的一塩基多型解析技術の開発と医療への応用 田平 知子 1) 久木田 洋児 2) 堀内 孝彦 3) 1) 九州大学生体防御医学研究所 林 健志 1) 2) 大阪府立成人病センター研究所 研究の目的と進め方 3) 九州大学病院 研究期間の成果 ポストシークエンシン

統合失調症モデルマウスを用いた解析で新たな統合失調症病態シグナルを同定-統合失調症における新たな予防法・治療法開発への手がかり-

の感染が阻止されるという いわゆる 二度なし現象 の原理であり 予防接種 ( ワクチン ) を行う根拠でもあります 特定の抗原を認識する記憶 B 細胞は体内を循環していますがその数は非常に少なく その中で抗原に遭遇した僅かな記憶 B 細胞が著しく増殖し 効率良く形質細胞に分化することが 大量の抗体産

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図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

研究の背景 ヒトは他の動物に比べて脳が発達していることが特徴であり, 脳の発達のおかげでヒトは特有の能力の獲得が可能になったと考えられています この脳の発達に大きく関わりがあると考えられているのが, 本研究で扱っている大脳皮質の表面に存在するシワ = 脳回 です 大脳皮質は脳の中でも高次脳機能に関わ

今後の展開現在でも 自己免疫疾患の発症機構については不明な点が多くあります 今回の発見により 今後自己免疫疾患の発症機構の理解が大きく前進すると共に 今まで見過ごされてきたイントロン残存の重要性が 生体反応の様々な局面で明らかにされることが期待されます 図 1 Jmjd6 欠損型の胸腺をヌードマウス

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研究背景 糖尿病は 現在世界で4 億 2 千万人以上にものぼる患者がいますが その約 90% は 代表的な生活習慣病のひとつでもある 2 型糖尿病です 2 型糖尿病の治療薬の中でも 世界で最もよく処方されている経口投与薬メトホルミン ( 図 1) は 筋肉や脂肪組織への糖 ( グルコース ) の取り

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るが AML 細胞における Notch シグナルの正確な役割はまだわかっていない mtor シグナル伝達系も白血病細胞の増殖に関与しており Palomero らのグループが Notch と mtor のクロストークについて報告している その報告によると 活性型 Notch が HES1 の発現を誘導

( 続紙 1 ) 京都大学 博士 ( 薬学 ) 氏名 大西正俊 論文題目 出血性脳障害におけるミクログリアおよびMAPキナーゼ経路の役割に関する研究 ( 論文内容の要旨 ) 脳内出血は 高血圧などの原因により脳血管が破綻し 脳実質へ出血した病態をいう 漏出する血液中の種々の因子の中でも 血液凝固に関

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のと期待されます 本研究成果は 2011 年 4 月 5 日 ( 英国時間 ) に英国オンライン科学雑誌 Nature Communications で公開されます また 本研究成果は JST 戦略的創造研究推進事業チーム型研究 (CREST) の研究領域 アレルギー疾患 自己免疫疾患などの発症機構

PRESS RELEASE (2014/2/6) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

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報道発表資料 2007 年 4 月 11 日 独立行政法人理化学研究所 傷害を受けた網膜細胞を薬で再生する手法を発見 - 移植治療と異なる薬物による新たな再生治療への第一歩 - ポイント マウス サルの網膜の再生を促進することに成功 網膜だけでなく 難治性神経変性疾患の再生治療にも期待できる 神経回

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( 図 ) IP3 と IRBIT( アービット ) が IP3 受容体に競合して結合する様子

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抑制することが知られている 今回はヒト子宮内膜におけるコレステロール硫酸のプロテ アーゼ活性に対する効果を検討することとした コレステロール硫酸の着床期特異的な発現の機序を解明するために 合成酵素であるコ レステロール硫酸基転移酵素 (SULT2B1b) に着目した ヒト子宮内膜は排卵後 脱落膜 化

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 小川憲人 論文審査担当者 主査田中真二 副査北川昌伸 渡邉守 論文題目 Clinical significance of platelet derived growth factor -C and -D in gastric cancer ( 論文内容の要旨 )

Microsoft Word - 運動が自閉症様行動とシナプス変性を改善する

報道発表資料 2002 年 10 月 10 日 独立行政法人理化学研究所 頭にだけ脳ができるように制御している遺伝子を世界で初めて発見 - 再生医療につながる重要な基礎研究成果として期待 - 理化学研究所 ( 小林俊一理事長 ) は プラナリアを用いて 全能性幹細胞 ( 万能細胞 ) が頭部以外で脳

報道関係者各位 平成 26 年 1 月 20 日 国立大学法人筑波大学 動脈硬化の進行を促進するたんぱく質を発見 研究成果のポイント 1. 日本人の死因の第 2 位と第 4 位である心疾患 脳血管疾患のほとんどの原因は動脈硬化である 2. 酸化されたコレステロールを取り込んだマクロファージが大量に血

学位論文の要約

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報道関係者各位 平成 26 年 5 月 29 日 国立大学法人筑波大学 サッカーワールドカップブラジル大会公式球 ブラズーカ の秘密を科学的に解明 ~ ボールのパネル構成が空力特性や飛翔軌道を左右する ~ 研究成果のポイント 1. 現代サッカーボールのパネルの枚数 形状 向きと空力特性や飛翔軌道との

卵管の自然免疫による感染防御機能 Toll 様受容体 (TLR) は微生物成分を認識して サイトカインを発現させて自然免疫応答を誘導し また適応免疫応答にも寄与すると考えられています ニワトリでは TLR-1(type1 と 2) -2(type1 と 2) -3~ の 10

報道発表資料 2006 年 8 月 7 日 独立行政法人理化学研究所 国立大学法人大阪大学 栄養素 亜鉛 は免疫のシグナル - 免疫系の活性化に細胞内亜鉛濃度が関与 - ポイント 亜鉛が免疫応答を制御 亜鉛がシグナル伝達分子として作用する 免疫の新領域を開拓独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事

Hi-level 生物 II( 国公立二次私大対応 ) DNA 1.DNA の構造, 半保存的複製 1.DNA の構造, 半保存的複製 1.DNA の構造 ア.DNA の二重らせんモデル ( ワトソンとクリック,1953 年 ) 塩基 A: アデニン T: チミン G: グアニン C: シトシン U

東邦大学学術リポジトリ タイトル別タイトル作成者 ( 著者 ) 公開者 Epstein Barr virus infection and var 1 in synovial tissues of rheumatoid 関節リウマチ滑膜組織における Epstein Barr ウイルス感染症と Epst

別紙 < 研究の背景と経緯 > 自閉症は 全人口の約 2% が罹患する非常に頻度の高い神経発達障害です 近年 クロマチンリモデ リング因子 ( 5) である CHD8 が自閉症の原因遺伝子として同定され 大変注目を集めています ( 図 1) 本研究グループは これまでに CHD8 遺伝子変異を持つ

結果 この CRE サイトには転写因子 c-jun, ATF2 が結合することが明らかになった また これら の転写因子は炎症性サイトカイン TNFα で刺激したヒト正常肝細胞でも活性化し YTHDC2 の転写 に寄与していることが示唆された ( 参考論文 (A), 1; Tanabe et al.

研究の背景習慣的な運動は 身体の健康だけでなく 記憶や注意 判断力などの認知機能への効果が明らかと なっており 認知症予防策として注目を集めています これまで 健康維持 増進のためには 息が軽く 弾み ややキツイと感じる程度の中強度での運動が推奨されてきました しかしそのような強度で運動す ることは

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PowerPoint プレゼンテーション

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 花房俊昭 宮村昌利 副査副査 教授教授 朝 日 通 雄 勝 間 田 敬 弘 副査 教授 森田大 主論文題名 Effects of Acarbose on the Acceleration of Postprandial

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発症する X 連鎖 α サラセミア / 精神遅滞症候群のアミノレブリン酸による治療法の開発 ( 研究開発代表者 : 和田敬仁 ) 及び文部科学省科学研究費助成事業の支援を受けて行わ れました 研究概要図 1. 背景注 ATR-X 症候群 (X 連鎖 α サラセミア知的障がい症候群 ) 1 は X 染

研究の背景社会生活を送る上では 衝動的な行動や不必要な行動を抑制できることがとても重要です ところが注意欠陥多動性障害やパーキンソン病などの精神 神経疾患をもつ患者さんの多くでは この行動抑制の能力が低下しています これまでの先行研究により 行動抑制では 脳の中の前頭前野や大脳基底核と呼ばれる領域が

法医学問題「想定問答」(記者会見後:平成15年  月  日)

1. 背景 NAFLD は非飲酒者 ( エタノール換算で男性一日 30g 女性で 20g 以下 ) で肝炎ウイルス感染など他の要因がなく 肝臓に脂肪が蓄積する病気の総称であり 国内に約 1,000~1,500 万人の患者が存在すると推定されています NAFLD には良性の経過をたどる単純性脂肪肝と

報道関係者各位 2019 年 1 月 17 日 国立大学法人筑波大学 株式会社 MCBI 認知機能の低下を評価する有効な血液バイオマーカーの発見 認知症発症の前兆を捉える 研究成果のポイント 1. アルツハイマー病など認知症の発症に関わる3 種類のタンパク質の血液中の変化が 軽度認知注障害 (MCI

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化を明らかにすることにより 自閉症発症のリスクに関わるメカニズムを明らかにすることが期待されます 本研究成果は 本年 京都において開催される Neuro2013 において 6 月 22 日に発表されます (P ) お問い合わせ先 東北大学大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野教授大隅典

「ゲノムインプリント消去には能動的脱メチル化が必要である」【石野史敏教授】

現し Gasc1 発現低下は多動 固執傾向 様々な学習 記憶障害などの行動異常や 樹状突起スパイン密度の増加と長期増強の亢進というシナプスの異常を引き起こすことを発見し これらの表現型がヒト自閉スペクトラム症 (ASD) など神経発達症の病態と一部類することを見出した しかしながら Gasc1 発現

大学院博士課程共通科目ベーシックプログラム

関係があると報告もされており 卵巣明細胞腺癌において PI3K 経路は非常に重要であると考えられる PI3K 経路が活性化すると mtor ならびに HIF-1αが活性化することが知られている HIF-1αは様々な癌種における薬理学的な標的の一つであるが 卵巣癌においても同様である そこで 本研究で

子として同定され 前立腺癌をはじめとした癌細胞や不死化細胞で著しい発現低下が認められ 癌抑制遺伝子として発見された Dkk-3 は前立腺癌以外にも膵臓癌 乳癌 子宮内膜癌 大腸癌 脳腫瘍 子宮頸癌など様々な癌で発現が低下し 癌抑制遺伝子としてアポトーシス促進的に働くと考えられている 先行研究では ヒ

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1. 背景血小板上の受容体 CLEC-2 と ある種のがん細胞の表面に発現するタンパク質 ポドプラニン やマムシ毒 ロドサイチン が結合すると 血小板が活性化され 血液が凝固します ( 図 1) ポドプラニンは O- 結合型糖鎖が結合した糖タンパク質であり CLEC-2 受容体との結合にはその糖鎖が

報道関係者各位 平成 29 年 10 月 30 日 国立大学法人筑波大学 ディンプル付きサッカーボールの飛び方 ~サッカーボール表面におけるディンプル形状の空力効果 ~ 研究成果のポイント 1. サッカーボール表面のディンプル形状が空力特性に及ぼす影響を 世界に先駆けて示しました 2. サッカーボー

報道発表資料 2006 年 6 月 21 日 独立行政法人理化学研究所 アレルギー反応を制御する新たなメカニズムを発見 - 謎の免疫細胞 記憶型 T 細胞 がアレルギー反応に必須 - ポイント アレルギー発症の細胞を可視化する緑色蛍光マウスの開発により解明 分化 発生等で重要なノッチ分子への情報伝達

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統合失調症発症に強い影響を及ぼす遺伝子変異を,神経発達関連遺伝子のNDE1内に同定した

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平成 26 年 8 月 21 日 チンパンジーもヒトも瞳の変化に敏感 -ヒトとチンパンジーに共通の情動認知過程を非侵襲の視線追従装置で解明- 概要マリスカ クレット (Mariska Kret) アムステルダム大学心理学部研究員( 元日本学術振興会外国人特別研究員 ) 友永雅己( ともながまさき )

汎発性膿疱性乾癬のうちインターロイキン 36 受容体拮抗因子欠損症の病態の解明と治療法の開発について ポイント 厚生労働省の難治性疾患克服事業における臨床調査研究対象疾患 指定難病の 1 つである汎発性膿疱性乾癬のうち 尋常性乾癬を併発しないものはインターロイキン 36 1 受容体拮抗因子欠損症 (

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2017 年 12 月 15 日 報道機関各位 国立大学法人東北大学大学院医学系研究科国立大学法人九州大学生体防御医学研究所国立研究開発法人日本医療研究開発機構 ヒト胎盤幹細胞の樹立に世界で初めて成功 - 生殖医療 再生医療への貢献が期待 - 研究のポイント 注 胎盤幹細胞 (TS 細胞 ) 1 は

脂肪滴周囲蛋白Perilipin 1の機能解析 [全文の要約]

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報道関係者各位 平成 29 年 5 月 25 日 国立大学法人筑波大学 運動持久性を担う新たな脳機構を解明 脳グリコーゲン由来の乳酸が運動時の脳における重要なエネルギー源となる 研究成果のポイント 1. マラソンのような長時間運動時の脳では アストロサイトに貯蔵されるグリコーゲン由来の乳酸が持久性を

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犬の糖尿病は治療に一生涯のインスリン投与を必要とする ヒトでは 1 型に分類されている糖尿病である しかし ヒトでは肥満が原因となり 相対的にインスリン作用が不足する 2 型糖尿病が主体であり 犬とヒトとでは糖尿病発症メカニズムが大きく異なっていると考えられている そこで 本研究ではインスリン抵抗性

研究の背景と経緯 植物は 葉緑素で吸収した太陽光エネルギーを使って水から電子を奪い それを光合成に 用いている この反応の副産物として酸素が発生する しかし 光合成が地球上に誕生した 初期の段階では 水よりも電子を奪いやすい硫化水素 H2S がその電子源だったと考えられ ている 図1 現在も硫化水素

1. Caov-3 細胞株 A2780 細胞株においてシスプラチン単剤 シスプラチンとトポテカン併用添加での殺細胞効果を MTS assay を用い検討した 2. Caov-3 細胞株においてシスプラチンによって誘導される Akt の活性化に対し トポテカンが影響するか否かを調べるために シスプラチ

2015 年 11 月 5 日 乳酸菌発酵果汁飲料の継続摂取がアトピー性皮膚炎症状を改善 株式会社ヤクルト本社 ( 社長根岸孝成 ) では アトピー性皮膚炎患者を対象に 乳酸菌 ラクトバチルスプランタルム YIT 0132 ( 以下 乳酸菌 LP0132) を含む発酵果汁飲料 ( 以下 乳酸菌発酵果

ヒト脂肪組織由来幹細胞における外因性脂肪酸結合タンパク (FABP)4 FABP 5 の影響 糖尿病 肥満の病態解明と脂肪幹細胞再生治療への可能性 ポイント 脂肪幹細胞の脂肪分化誘導に伴い FABP4( 脂肪細胞型 ) FABP5( 表皮型 ) が発現亢進し 分泌されることを確認しました トランスク

2. 手法まず Cre 組換え酵素 ( ファージ 2 由来の遺伝子組換え酵素 ) を Emx1 という大脳皮質特異的な遺伝子のプロモーター 3 の制御下に発現させることのできる遺伝子操作マウス (Cre マウス ) を作製しました 詳細な解析により このマウスは 大脳皮質の興奮性神経特異的に 2 個

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生物時計の安定性の秘密を解明

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Transcription:

報道関係者各位 平成 27 年 6 月 11 日 国立大学法人筑波大学 記憶を高めるには軽運動が有効! ~ 軽運動が記憶を高める分子基盤の一端を解明 ~ 研究成果のポイント 1. 軽運動が認知機能増進に良いとする仮説を補強する新知見を得た 2. 具体的には 軽運動は効果的に海馬の神経新生を促進することを実証した 3. その背景となる脳機構として これまでに想定されていた因子とは異なる新たな脳内調節因子とその機能について 網羅的な遺伝子解析により解明した 4. 運動で高める海馬の認知機能解明に 新展開をもたらす情報が得られた 国立大学法人筑波大学体育系征矢英昭教授及びラクワールランディープ教授の研究グループは 強度や期間など どのような運動が記憶や学習を司る海馬の機能向上に有効で それがどのような機構によって支えられているのかについて研究を行ってきました 本研究に先立ち 本年 4 月には ストレスを伴う高強度運動ではなく ストレスフリーの低強度運動が海馬の記憶保持 想起を高めることを6 週間のトレーニングモデルにおいて世界で初めて報告しました (Inoue & Soya et al., 2015) これは 運動強度が強ければ強いほどトレーニング効果が高まる骨格筋とは異なり 海馬の機能向上には 子どもやお年寄りといった低体力のヒトでも気軽に取り組める軽運動で十分であることを示す興味深い知見です しかし なぜ低強度運動が海馬の記憶保持 想起を高めるのか不明でした 本研究では ラットを使い 先行研究と同様の6 週間モデルを用いて 異なる強度 ( 低強度 vs 高強度 ) の走運動トレーニングが海馬の神経新生 ( 海馬歯状回で起る新たな神経細胞の産生 ) と全遺伝子の発現に与える影響を検討しました その結果 低強度運動でのみ新生細胞の成熟が促進されること 低強度運動では高強度運動の約 1.5 倍の数の遺伝子に変化が見られ それらの大半 (93%) が低強度特異的に変化することを明らかにしました さらに 両運動条件で変化した遺伝子の中から 重要な役割を担う因子の絞り込みを行ったところ BDNFやIGF1 VEGFといったこれまでに想定されてきた因子ではなく タンパク質の合成促進 ( 増強 :IGF2,IRS1) コレステロールの輸送( 増強 :APOE) 軽度の炎症反応の促進( 増強 :IL1β, 抑制 :TNF) に関わる因子が低強度運動による海馬機能および神経新生の促進に寄与する可能性を見出しました この知見は 運動で高まる海馬機能のメカニズム研究において新たな因子の重要性や展開を期待させるとともに 今後 低強度運動を高齢動物や脳神経変性疾患モデル動物に応用していく上での基盤となると考えられます * 本研究の成果は 米国のオンライン科学専門誌 PLoS One( プロスワン ) に 6 月 10 日午後 2 時 ( 日本時 間 11 日午前 3 時 ) 付けで掲載されます 本研究は 科学研究費補助金基盤研究 B(20300214) A(23240091) ならびに文部科学省特別経 費プロジェクト たくましい心を育むスポーツ科学イノベーション ( 平成 22-25 年度 ) の支援を一部受けて行 われました 1

研究の背景近年 運動の効能が骨格筋や骨といった末梢の組織だけでなく 脳にも作用することがわかってきました 数ある 1) 脳部位の中でも 運動は記憶や学習を司る海馬に作用し 新たな神経細胞の産生 ( 神経新生 ) を促すとともに 記憶力を向上させます その背景には 脳由来神経栄養因子 (BDNF) やインスリン様成長因子 (IGF1) などさまざまな因子の関与が想定されています しかし これらの因子を含めた すべての因子について包括的に解析を行い その中から 重要な因子を絞り込むという研究は不足していました また これまでの研究では 運動条件のコントロールが難しい 輪回し運動 が用いられてきました そのため どのような運動が海馬の機能向上に有効で それがどのような分子機構に支えられているのかは不明でした 先行研究において 私どもは 乳酸性作業閾値 (LT) 2) を境に 異なる強度 (LT 未満 : 低強度 LT 以上 : 高強度 ) の6 週間の走運動トレーニングが海馬機能に与える影響を検討し 慢性的なストレス反応の亢進を伴う高強度運動ではなく ストレスフリーの低強度運動が記憶の保持 想起を促進することを報告しました (Inoue et al., 2015) そこで本研究では 海馬機能を向上させる6 週間の低強度運動が神経新生を促進するかどうか そしてその調節にはどのような因子が重要となるのかを海馬遺伝子発現の網羅的解析から初めて検討しました 研究内容と成果本研究では ラットを安静 低強度 (15m/min) 高強度(40m/min) の3 群に分け 5 回 / 週の頻度で 6 週間の走行トレーニングを行わせました 6 週間後 血液を採取し 血中のコルチコステロン濃度を測定しました コルチコステロンは代表的なストレスホルモンの一つとして知られており 生体にストレスが加わると血中の濃度が高まります トレーニング後の血中コルチコステロン濃度の変化から 本研究でも 高強度運動のみがストレスとなることを確認しました モデルの再現性が確認された後に 摘出した脳を用いて 海馬の神経新生を解析しました 海馬の神経新生は 増殖 (Ki67 陽性 ) 細胞 新生した細胞のうち神経細胞へと分化 成熟した (BrdU/NeuN 陽性 ) 細胞の変化から評価しました その結果 Ki67 陽性細胞数は強度に関係なく運動で増加する一方 BrdU/NeuN 陽性細胞数はストレスフリーの低強度運動でのみ増加することが明らかになりました ( 図 1) この結果は ストレスを伴う高強度運動ではなく ストレスフリーの低強度運動が新生細胞の成熟促進に有効であることを示しています 続いて 摘出した脳からさらに海馬を分画し マイクロアレイ 3) という手法 ( 図 2) を用いて海馬の遺伝子 (mrna) 発現を網羅的に解析しました マイクロアレイの解析では 低強度群および高強度群において 安静群と比較して 発現が 1.5 倍以上に増強または 0.75 倍以下に抑制された遺伝子を抽出しました 興味深いことに 各群で変化が見られた遺伝子のなかに BDNF や IGF1 といった運動時の海馬の適応に重要と考えられてきた因子は含まれていませんでした また 変化が見られた遺伝子の総数は 高強度群 (415 個 ) よりも 低強度群 (604 個 ) で多く そのなかのわずか 41 個だけが両群で共通して変化しました ( 図 3) これは 低強度運動が海馬神経のより大きな可塑的変化を引き起こし それが高強度運動とは独立した機構や因子によって調節されていることを示唆します そこで IPA(Ingunity Pathway Analysis) 4) という手法を用いて 低強度群で変化が見られたすべての遺伝子のなかから どの因子が重要となるかを統計的 (p<0.05) に絞り込みました その結果 タンパク質合成の促進 ( 増強 : IGF2,IRS1) コレステロールの輸送( 増強 :APOE) 軽度の炎症反応の促進( 増強 :IL1β, 抑制 :TNF) に関わる遺伝子が低強度運動で促進される神経新生の新たな調節因子として候補に挙りました ( 図 4) 今後の展開本研究では ストレスフリーの軽運動が海馬の機能だけでなく 神経新生をも促進し それが BDNF や IGF1 に変わる新たな因子 (IGF2,IRS1,APOE,IL1β,TNF) によって調節されている可能性をつかみました これまでの研究で 2

は 運動条件を無視した検討が行われてきましたが 本研究では 海馬の機能向上に有効な軽運動モデルで重要となる因子の同定を行いました 軽運動は体力レベルの低い人でも 気軽に実施可能であることから これらの因子は 子どもやお年寄り アルツハイマーといった神経変性疾患患者で海馬を高める際にも その標的となる可能性が高いと考えられます 今後は これらの遺伝子が実際に低強度運動による神経新生や記憶保持の促進に寄与しているか否か 遺伝子改変動物や特異的拮抗薬などを用いて検討し より詳細な機構解明を行っていくことが課題です 参考図 図 1 異なる強度の 6 週間の走運動トレーニングが神経新生に及ぼす影響 (A)Ki67 陽性細胞数 (B)BrdU/NeuN 陽性細胞数 細胞増殖は強度に関係なく 運動で有意に促進された 一方 新生細胞の成熟は ストレスフリーの低強度運動のみで有意に促進された 3

図 2 マイクロアレイの解析手順マイクロアレイは 一度に複数の遺伝子の発現変化を同定できる手法である 実験では 安静群 低強度群 高強度群の海馬から RNA を抽出した後 異なる蛍光色素で標識した 標識した RNA を 安静群 vs 低強度群 or 高強度群 の組み合わせで混和し マイクロアレイに滴下した マイクロアレイ上には 約 4 万個の遺伝子のプローブが配置されており このプローブと競合的なハイブリダイゼーションを起こさせることで 両者の蛍光強度の差から各遺伝子の発現の違いを比較した 低強度 高強度 図 3 各運動強度で変化が見られた遺伝子の数各運動強度で変化が見られた遺伝子の数をベン図で示した 円が重なった部分は どちらの運動強度でも変化が見られた遺伝子の数を示している 高強度群 (415 個 ) と比較して 低強度群 (604 個 ) でより多くの遺伝子が変化し その大半 (563 個 ) が低強度運動でのみ変化していることが明らかになった 両運動群ともに BDNF や IGF1 といった 海馬の適応において重要と考えられている因子は含まれなかった 4

軽運動 従来想定されている因子 今回新たに想定された因子 IGF1 BDNF 神経細胞 ( シナプス ) の成長 分化 生存の促進 IGF2/IRS1 APOE タンパク質の合成促進 コレステロールの輸送 VEGF 血管の新生 IL1β TNF 軽度の炎症反応の促進 神経新生の促進 海馬機能の向上 図 4 低強度で高まる海馬神経可塑性の分子基盤 IPA によって 低強度運動で重要となりうることが示された遺伝子を示した 低強度運動で発現が増強される遺伝子は赤字 抑制される遺伝子は青字で示している 低強度運動では タンパク質合成の促進 ( 増強 :IGF2,IRS1) コレステロールの輸送 ( 増強 :APOE) 軽度の炎症反応の促進( 増強 :IL1β, 抑制 :TNF) に関わる遺伝子が海馬の神経新生の促進に寄与し その結果 海馬機能 ( 特に 記憶の保持 想起 ) が向上するというメカニズムが想定された 用語解説 1) 神経新生 : 神経新生とは 海馬の歯状回と嗅球で確認されている現象で この2 領域では成熟した個体でも一生涯に渡って新たな神経細胞が産生される 海馬の神経新生は 海馬歯状回顆粒細胞下帯の前駆細胞に端を発し 神経前駆細胞から分化した新生細胞は 増殖 分化 生存 ( 組込み ) という3つの過程を経て成熟神経細胞に成長する 新生細胞の成熟段階は 新生細胞のマーカーである BrdU と各成熟段階で特異的に発現するマーカーを組み合わせることで評価できる 新しく産生された細胞のなかでも 神経へと分化 成熟し 既存の神経回路に組込まれた細胞は記憶の形成において重要な役割を担っている なお この一連の成熟課程には4 6 週間の期間を必要とする 2) 乳酸性作業閾値 (Lactate Threshold, LT): 徐々に強度を上げていくような運動を行っている際に 継続的に 血中乳酸値をモニタリングすると 値が急激に増加するポイントが見られる この点を LT といい LT を境に ACTH ( 副腎皮質刺激ホルモン ) やコルチコステロン ( 副腎皮質ホルモン ) といったストレスホルモンの分泌が亢進する 3) マイクロアレイ : マイクロアレイは 一度に複数の遺伝子の発現変化を同定できる手法であり 現在では 1 度の解析で全遺伝子の発現プロファイルを検討できるようになった 4 種類の塩基 ( アデニン グアニン シトシン チミン ) が互いに相補性のある塩基同士と水素結合するという性質を利用した技術である 水素結合には 温度の上昇で結合が崩れ 冷却によって相補的配列を持つ別の DNA 鎖と再結合するという性質がある このように 相補的な塩 5

基対と結合し2 本鎖を形成することをハイブリダイゼーションという マイクロアレイのチップ上には塩基配列が明らかになっているオリゴヌクレオチド (20 塩基対 またはそれ以下の長さの短いヌクレオチドの配列 ) や cdna(mrna と相補的な塩基配列を持つ DNA) といったプローブが数万種類配置されている このチップ上に あらかじめ異なる蛍光色素で標識しておいた2 種の mrna を加え 競合的にハイブリダイゼーションさせることで 両者の蛍光強度の差から各遺伝子の発現の違いを比較することができる ( 図 3) 4) Ingenuity Pathways Analysis(IPA): 米国インジェヌイティーシステムズ社が開発したソフトウェア マイクロアレイで変化がみられた遺伝子について 各遺伝子の機能に基づく分類や遺伝子間のつながり ( ネットワーク ) の形成が可能になる. また 単に機能分類やネットワーク形成を行うだけではなく その実験ではどのような機能を持った遺伝子ネットワークが最も大きな変動を見せたのか 統計的な重み付けを行うことができる. その実験条件において重要な遺伝子ネットワークが分かり 各遺伝子間の階層性の把握が可能になれば マイクロアレイのデータをベースに 主要機構や因子の推定が可能になる 参考文献 Koshiro Inoue, Yuta Hanaoka, Takeshi Nishijima, Masahiro Okamoto, Hyukki Chang, Tsuyoshi Saito and Hideaki Soya. Long-term mild exercise training enhances hippocampus-dependent memory in rats. Int J Sports Med 36: 280-285. 2015. DOI: 10.1055/s-0034-1390465 掲載論文 題名 Long-term mild, rather than intense, exercise enhances adult hippocampal neurogenesis and greatly changes the transcriptomic profile of the hippocampus. ( 高強度ではなく 低強度で行う長期の運動トレーニングが海馬の神経新生を促進し より多くの遺伝子を変化させる ) 著者名 井上恒志郎 1,2, 岡本正洋 1, 柴藤淳子 1, 李旼喆 1, 松井崇 1, ラクワールランディープ 1, 征矢英昭 1 1 筑波大学体育系運動生化学研究室 2 北海道医療大学リハビリテーション科学部 掲載誌 PLoS One (2015 年 6 月 10 日 ) 問合わせ先 征矢英昭 ( そやひであき ) 筑波大学体育系 ( 運動生化学研究室 ) 6