著者 : 黒木喜美子 1, 三尾和弘 2, 高橋愛実 1, 松原永季 1, 笠井宣征 1, 間中幸絵 2, 吉川雅英 3, 浜田大三 4, 佐藤主税 5 1, 前仲勝実 ( 1 北海道大学大学院薬学研究院, 2 産総研 - 東大先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ, 3 東京大学大

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1. 背景血小板上の受容体 CLEC-2 と ある種のがん細胞の表面に発現するタンパク質 ポドプラニン やマムシ毒 ロドサイチン が結合すると 血小板が活性化され 血液が凝固します ( 図 1) ポドプラニンは O- 結合型糖鎖が結合した糖タンパク質であり CLEC-2 受容体との結合にはその糖鎖が

PRESS RELEASE (2014/2/6) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

く 細胞傷害活性の無い CD4 + ヘルパー T 細胞が必須と判明した 吉田らは 1988 年 C57BL/6 マウスが腹腔内に移植した BALB/c マウス由来の Meth A 腫瘍細胞 (CTL 耐性細胞株 ) を拒絶すること 1991 年 同種異系移植によって誘導されるマクロファージ (AIM

図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

の感染が阻止されるという いわゆる 二度なし現象 の原理であり 予防接種 ( ワクチン ) を行う根拠でもあります 特定の抗原を認識する記憶 B 細胞は体内を循環していますがその数は非常に少なく その中で抗原に遭遇した僅かな記憶 B 細胞が著しく増殖し 効率良く形質細胞に分化することが 大量の抗体産

脳組織傷害時におけるミクログリア形態変化および機能 Title変化に関する培養脳組織切片を用いた研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 岡村, 敏行 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL http

PRESS RELEASE (2012/9/27) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

受精に関わる精子融合因子 IZUMO1 と卵子受容体 JUNO の認識機構を解明 1. 発表者 : 大戸梅治 ( 東京大学大学院薬学系研究科准教授 ) 石田英子 ( 東京大学大学院薬学系研究科特任研究員 ) 清水敏之 ( 東京大学大学院薬学系研究科教授 ) 井上直和 ( 福島県立医科大学医学部附属生

報道発表資料 2006 年 4 月 13 日 独立行政法人理化学研究所 抗ウイルス免疫発動機構の解明 - 免疫 アレルギー制御のための新たな標的分子を発見 - ポイント 異物センサー TLR のシグナル伝達機構を解析 インターフェロン産生に必須な分子 IKK アルファ を発見 免疫 アレルギーの有効

報道発表資料 2006 年 8 月 7 日 独立行政法人理化学研究所 国立大学法人大阪大学 栄養素 亜鉛 は免疫のシグナル - 免疫系の活性化に細胞内亜鉛濃度が関与 - ポイント 亜鉛が免疫応答を制御 亜鉛がシグナル伝達分子として作用する 免疫の新領域を開拓独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 森脇真一 井上善博 副査副査 教授教授 東 治 人 上 田 晃 一 副査 教授 朝日通雄 主論文題名 Transgene number-dependent, gene expression rate-independe

生物時計の安定性の秘密を解明

汎発性膿疱性乾癬のうちインターロイキン 36 受容体拮抗因子欠損症の病態の解明と治療法の開発について ポイント 厚生労働省の難治性疾患克服事業における臨床調査研究対象疾患 指定難病の 1 つである汎発性膿疱性乾癬のうち 尋常性乾癬を併発しないものはインターロイキン 36 1 受容体拮抗因子欠損症 (

解禁日時 :2019 年 2 月 4 日 ( 月 ) 午後 7 時 ( 日本時間 ) プレス通知資料 ( 研究成果 ) 報道関係各位 2019 年 2 月 1 日 国立大学法人東京医科歯科大学 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 IL13Rα2 が血管新生を介して悪性黒色腫 ( メラノーマ ) を

( 続紙 1 ) 京都大学 博士 ( 薬学 ) 氏名 大西正俊 論文題目 出血性脳障害におけるミクログリアおよびMAPキナーゼ経路の役割に関する研究 ( 論文内容の要旨 ) 脳内出血は 高血圧などの原因により脳血管が破綻し 脳実質へ出血した病態をいう 漏出する血液中の種々の因子の中でも 血液凝固に関

法医学問題「想定問答」(記者会見後:平成15年  月  日)

新規遺伝子ARIAによる血管新生調節機構の解明

論文の内容の要旨

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( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 大道正英 髙橋優子 副査副査 教授教授 岡 田 仁 克 辻 求 副査 教授 瀧内比呂也 主論文題名 Versican G1 and G3 domains are upregulated and latent trans

背景 脊椎動物は, 体内に侵入したウイルスなどの異物に由来するペプチド断片を, 抗原ペプチドとして T 細胞に提示し, 免疫を活性化するシステムを持っています 抗原提示と称されるこの免疫機能の鍵となっているのは, 主要組織適合遺伝子複合体クラス I(MHC-I) という膜タンパク質です MHC-I

( 図 ) IP3 と IRBIT( アービット ) が IP3 受容体に競合して結合する様子

前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

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共同研究チーム 個人情報につき 削除しております 1

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糖鎖の新しい機能を発見:補体系をコントロールして健康な脳神経を維持する

Microsoft Word - 最終:【広報課】Dectin-2発表資料0519.doc

遺伝子の近傍に別の遺伝子の発現制御領域 ( エンハンサーなど ) が移動してくることによって その遺伝子の発現様式を変化させるものです ( 図 2) 融合タンパク質は比較的容易に検出できるので 前者のような二つの遺伝子組み換えの例はこれまで数多く発見されてきたのに対して 後者の場合は 広範囲のゲノム

大学院博士課程共通科目ベーシックプログラム

論文題目  腸管分化に関わるmiRNAの探索とその発現制御解析

ヒト胎盤における

られる 糖尿病を合併した高血圧の治療の薬物治療の第一選択薬はアンジオテンシン変換酵素 (ACE) 阻害薬とアンジオテンシン II 受容体拮抗薬 (ARB) である このクラスの薬剤は単なる降圧効果のみならず 様々な臓器保護作用を有しているが ACE 阻害薬や ARB のプラセボ比較試験で糖尿病の新規

研究の背景と経緯 植物は 葉緑素で吸収した太陽光エネルギーを使って水から電子を奪い それを光合成に 用いている この反応の副産物として酸素が発生する しかし 光合成が地球上に誕生した 初期の段階では 水よりも電子を奪いやすい硫化水素 H2S がその電子源だったと考えられ ている 図1 現在も硫化水素

RNA Poly IC D-IPS-1 概要 自然免疫による病原体成分の認識は炎症反応の誘導や 獲得免疫の成立に重要な役割を果たす生体防御機構です 今回 私達はウイルス RNA を模倣する合成二本鎖 RNA アナログの Poly I:C を用いて 自然免疫応答メカニズムの解析を行いました その結果

のと期待されます 本研究成果は 2011 年 4 月 5 日 ( 英国時間 ) に英国オンライン科学雑誌 Nature Communications で公開されます また 本研究成果は JST 戦略的創造研究推進事業チーム型研究 (CREST) の研究領域 アレルギー疾患 自己免疫疾患などの発症機構

研究の背景 ヒトは他の動物に比べて脳が発達していることが特徴であり, 脳の発達のおかげでヒトは特有の能力の獲得が可能になったと考えられています この脳の発達に大きく関わりがあると考えられているのが, 本研究で扱っている大脳皮質の表面に存在するシワ = 脳回 です 大脳皮質は脳の中でも高次脳機能に関わ

Microsoft Word - 運動が自閉症様行動とシナプス変性を改善する

別紙 < 研究の背景と経緯 > 自閉症は 全人口の約 2% が罹患する非常に頻度の高い神経発達障害です 近年 クロマチンリモデ リング因子 ( 5) である CHD8 が自閉症の原因遺伝子として同定され 大変注目を集めています ( 図 1) 本研究グループは これまでに CHD8 遺伝子変異を持つ

背景 近年, コンピューター, タブレット, コンタクトレンズなどの使用増加に伴い, 国民の約 10 人に 1 人がドライアイだと言われています ドライアイの防止に必要な涙 ( 涙液 ) は水だけでできていると思われがちですが, 実は脂質層 ( 油層 ), 水層, ムチン層の三層で形成されています

平成24年7月x日

報道関係者各位 平成 26 年 1 月 20 日 国立大学法人筑波大学 動脈硬化の進行を促進するたんぱく質を発見 研究成果のポイント 1. 日本人の死因の第 2 位と第 4 位である心疾患 脳血管疾患のほとんどの原因は動脈硬化である 2. 酸化されたコレステロールを取り込んだマクロファージが大量に血

第6号-2/8)最前線(大矢)

世界初! 細胞内の線維を切るハサミの機構を解明 この度 名古屋大学大学院理学研究科の成田哲博准教授らの研究グループは 大阪大学 東海学院大学 豊田理化学研究所との共同研究で 細胞内で最もメジャーな線維であるアクチン線維を切断 分解する機構をクライオ電子顕微鏡法注 1) による構造解析によって解明する

八村敏志 TCR が発現しない. 抗原の経口投与 DO11.1 TCR トランスジェニックマウスに経口免疫寛容を誘導するために 粗精製 OVA を mg/ml の濃度で溶解した水溶液を作製し 7 日間自由摂取させた また Foxp3 の発現を検討する実験では RAG / OVA3 3 マウスおよび


博第265号

今後の展開現在でも 自己免疫疾患の発症機構については不明な点が多くあります 今回の発見により 今後自己免疫疾患の発症機構の理解が大きく前進すると共に 今まで見過ごされてきたイントロン残存の重要性が 生体反応の様々な局面で明らかにされることが期待されます 図 1 Jmjd6 欠損型の胸腺をヌードマウス

の活性化が背景となるヒト悪性腫瘍の治療薬開発につながる 図4 研究である 研究内容 私たちは図3に示すようなyeast two hybrid 法を用いて AKT分子に結合する細胞内分子のスクリーニングを行った この結果 これまで機能の分からなかったプロトオンコジン TCL1がAKTと結合し多量体を形

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 小川憲人 論文審査担当者 主査田中真二 副査北川昌伸 渡邉守 論文題目 Clinical significance of platelet derived growth factor -C and -D in gastric cancer ( 論文内容の要旨 )

2017 年 12 月 15 日 報道機関各位 国立大学法人東北大学大学院医学系研究科国立大学法人九州大学生体防御医学研究所国立研究開発法人日本医療研究開発機構 ヒト胎盤幹細胞の樹立に世界で初めて成功 - 生殖医療 再生医療への貢献が期待 - 研究のポイント 注 胎盤幹細胞 (TS 細胞 ) 1 は

妊娠認識および胎盤形成時のウシ子宮におけるI型IFNシグナル調節機構に関する研究 [全文の要約]

ランゲルハンス細胞の過去まず LC の過去についてお話しします LC は 1868 年に 当時ドイツのベルリン大学の医学生であった Paul Langerhans により発見されました しかしながら 当初は 細胞の形状から神経のように見えたため 神経細胞と勘違いされていました その後 約 100 年

報道発表資料 2006 年 6 月 21 日 独立行政法人理化学研究所 アレルギー反応を制御する新たなメカニズムを発見 - 謎の免疫細胞 記憶型 T 細胞 がアレルギー反応に必須 - ポイント アレルギー発症の細胞を可視化する緑色蛍光マウスの開発により解明 分化 発生等で重要なノッチ分子への情報伝達

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平成24年7月x日

PRESS RELEASE (2017/7/28) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

[ 別紙 1] 論文の内容の要旨 論文題目 NK 細胞受容体 NKG2 の発現解析および KIR (Killer cell Immunoglobulin-like receptor) の遺伝的多型解析より導き出せる 脱落膜 NK 細胞による母児免疫寛容機構の考察 指導教官 武谷雄二教授 東京大学大学

図 : と の花粉管の先端 の花粉管は伸長途中で破裂してしまう 研究の背景 被子植物は花粉を介した有性生殖を行います めしべの柱頭に受粉した花粉は 柱頭から水や養分を吸収し 花粉管という細長い管状の構造を発芽 伸長させます 花粉管は花柱を通過し 伝達組織内を伸長し 胚珠からの誘導を受けて胚珠へ到達し

背景 私たちの体はたくさんの細胞からできていますが そのそれぞれに遺伝情報が受け継がれるためには 細胞が分裂するときに染色体を正確に分配しなければいけません 染色体の分配は紡錘体という装置によって行われ この際にまず染色体が紡錘体の中央に集まって整列し その後 2 つの極の方向に引っ張られて分配され

報道発表資料 2007 年 4 月 30 日 独立行政法人理化学研究所 炎症反応を制御する新たなメカニズムを解明 - アレルギー 炎症性疾患の病態解明に新たな手掛かり - ポイント 免疫反応を正常に終息させる必須の分子は核内タンパク質 PDLIM2 炎症反応にかかわる転写因子を分解に導く新制御メカニ

4. 発表内容 : [ 研究の背景 ] 1 型糖尿病 ( 注 1) は 主に 免疫系の細胞 (T 細胞 ) が膵臓の β 細胞 ( インスリンを産生する細胞 ) に対して免疫応答を起こすことによって発症します 特定の HLA 遺伝子型を持つと 1 型糖尿病の発症率が高くなることが 日本人 欧米人 ア

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創薬に繋がる V-ATPase の構造 機能の解明 Towards structure-based design of novel inhibitors for V-ATPase 京都大学医学研究科 / 理化学研究所 SSBC 村田武士 < 要旨 > V-ATPase は 真核生物の空胞系膜に存在す

別紙 自閉症の発症メカニズムを解明 - 治療への応用を期待 < 研究の背景と経緯 > 近年 自閉症や注意欠陥 多動性障害 学習障害等の精神疾患である 発達障害 が大きな社会問題となっています 自閉症は他人の気持ちが理解できない等といった社会的相互作用 ( コミュニケーション ) の障害や 決まった手

研究成果報告書

報道発表資料 2002 年 10 月 10 日 独立行政法人理化学研究所 頭にだけ脳ができるように制御している遺伝子を世界で初めて発見 - 再生医療につながる重要な基礎研究成果として期待 - 理化学研究所 ( 小林俊一理事長 ) は プラナリアを用いて 全能性幹細胞 ( 万能細胞 ) が頭部以外で脳

Microsoft Word - 【広報課確認】 _プレス原稿(最終版)_東大医科研 河岡先生_miClear

るが AML 細胞における Notch シグナルの正確な役割はまだわかっていない mtor シグナル伝達系も白血病細胞の増殖に関与しており Palomero らのグループが Notch と mtor のクロストークについて報告している その報告によると 活性型 Notch が HES1 の発現を誘導

KASEAA 52(1) (2014)

統合失調症モデルマウスを用いた解析で新たな統合失調症病態シグナルを同定-統合失調症における新たな予防法・治療法開発への手がかり-

医薬品タンパク質は 安全性の面からヒト型が常識です ではなぜ 肌につける化粧品用コラーゲンは ヒト型でなくても良いのでしょうか? アレルギーは皮膚から 最近の学説では 皮膚から侵入したアレルゲンが 食物アレルギー アトピー性皮膚炎 喘息 アレルギー性鼻炎などのアレルギー症状を引き起こすきっかけになる

汎発性膿庖性乾癬の解明

ヒトゲノム情報を用いた創薬標的としての新規ペプチドリガンドライブラリー PharmaGPEP TM Ver2S のご紹介 株式会社ファルマデザイン

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学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 松尾祐介 論文審査担当者 主査淺原弘嗣 副査関矢一郎 金井正美 論文題目 Local fibroblast proliferation but not influx is responsible for synovial hyperplasia in a mur

4. 発表内容 : 1 研究の背景 先行研究における問題点 正常な脳では 神経細胞が適切な相手と適切な数と強さの結合 ( シナプス ) を作り 機能的な神経回路が作られています このような機能的神経回路は 生まれた時に完成しているので はなく 生後の発達過程において必要なシナプスが残り不要なシナプス

抑制することが知られている 今回はヒト子宮内膜におけるコレステロール硫酸のプロテ アーゼ活性に対する効果を検討することとした コレステロール硫酸の着床期特異的な発現の機序を解明するために 合成酵素であるコ レステロール硫酸基転移酵素 (SULT2B1b) に着目した ヒト子宮内膜は排卵後 脱落膜 化

PRESS RELEASE (2015/10/23) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

細胞外情報を集積 統合し 適切な転写応答へと変換する 細胞内 ロジックボード 分子の発見 1. 発表者 : 畠山昌則 ( 東京大学大学院医学系研究科病因 病理学専攻微生物学分野教授 ) 2. 発表のポイント : 多細胞生物の個体発生および維持に必須の役割を担う多彩な形態形成シグナルを細胞内で集積 統

学位論文の要約

1. Caov-3 細胞株 A2780 細胞株においてシスプラチン単剤 シスプラチンとトポテカン併用添加での殺細胞効果を MTS assay を用い検討した 2. Caov-3 細胞株においてシスプラチンによって誘導される Akt の活性化に対し トポテカンが影響するか否かを調べるために シスプラチ

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るマウスを解析したところ XCR1 陽性樹状細胞欠失マウスと同様に 腸管 T 細胞の減少が認められました さらに XCL1 の発現が 脾臓やリンパ節の T 細胞に比較して 腸管組織の T 細胞において高いこと そして 腸管内で T 細胞と XCR1 陽性樹状細胞が密に相互作用していることも明らかにな

ごく少量のアレルゲンによるアレルギー性気道炎症の発症機序を解明

スライド 1

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ルス薬の開発の基盤となる重要な発見です 本研究は 京都府立医科大学 大阪大学 エジプト国 Damanhour 大学 国際医療福祉 大学病院 中部大学と共同研究で行ったものです 2 研究内容 < 研究の背景と経緯 > H5N1 高病原性鳥インフルエンザウイルスは 1996 年頃中国で出現し 現在までに

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核内受容体遺伝子の分子生物学

関係があると報告もされており 卵巣明細胞腺癌において PI3K 経路は非常に重要であると考えられる PI3K 経路が活性化すると mtor ならびに HIF-1αが活性化することが知られている HIF-1αは様々な癌種における薬理学的な標的の一つであるが 卵巣癌においても同様である そこで 本研究で

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平成 2 3 年 2 月 9 日 科学技術振興機構 (JST) Tel: ( 広報ポータル部 ) 慶應義塾大学 Tel: ( 医学部庶務課 ) 腸における炎症を抑える新しいメカニズムを発見 - 炎症性腸疾患の新たな治療法開発に期待 - JST 課題解決型基

神経細胞での脂質ラフトを介した新たなシグナル伝達制御を発見


ヒト脂肪組織由来幹細胞における外因性脂肪酸結合タンパク (FABP)4 FABP 5 の影響 糖尿病 肥満の病態解明と脂肪幹細胞再生治療への可能性 ポイント 脂肪幹細胞の脂肪分化誘導に伴い FABP4( 脂肪細胞型 ) FABP5( 表皮型 ) が発現亢進し 分泌されることを確認しました トランスク

化を明らかにすることにより 自閉症発症のリスクに関わるメカニズムを明らかにすることが期待されます 本研究成果は 本年 京都において開催される Neuro2013 において 6 月 22 日に発表されます (P ) お問い合わせ先 東北大学大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野教授大隅典

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PRESS RELEASE (2017/4/4) 北海道大学総務企画部広報課 060-0808 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL 011-706-2610 FAX 011-706-2092 E-mail: kouhou@jimu.hokudai.ac.jp URL: http://www.hokudai.ac.jp 異なるクラスの MHC 分子の特徴的構造をあわせ持つ免疫抑制タンパク質 HLA-G の新規構造解明 免疫抑制バイオ医薬品としての期待 研究成果のポイント HLA-G タンパク質はヒトの胎盤に主に発現し, 母体免疫から胎児を守り, 妊娠を成立させることに貢献するとともに, 全身の免疫反応を抑制する天然の免疫抑制分子である 多様なかたちで存在する HLA-G タンパク質の一つである HLA-G2 が, 対の形態をとることで安定な分子として存在すること, その形態は本来所属する MHC クラス I よりも MHC クラス II の構造に類似していることを生化学的 構造解析により初めて明らかにした HLA-G2 タンパク質は, 対の形態をとることで, 受容体と強固に結合する機能を獲得していた 今回明らかにした新規構造は, 遺伝子進化上,MHC のクラスが分岐するきっかけを知るための新しい知見の一つになるとともに, 免疫抑制生物学的製剤への発展につながることが期待される 研究成果の概要 HLA-G( ヒト主要組織適合性複合体 (MHC) 1 の一つ ) は胎盤, 胸腺, 腫瘍細胞に特異的に発現する非古典的 MHC クラス I の一つです 妊娠時の胎盤では, 胎児側の細胞で発現する HLA-G が母胎免疫制御受容体と結合して母胎免疫を抑制し, 胎児を母体免疫から回避させて, 妊娠の成立に重要な役割を担っています HLA-G は多様な分子形態をとることが知られており, 前仲教授の研究室では, これまでに, 主要な成分である HLA-G1 の構造解析及び機能解析を進めてきました 今回,α2 ドメインを欠損しているにも関わらず, 通常型の HLA-G1 を補う活性を保持している HLA-G2 の構造及び受容体との結合様式を明らかにしました その結果,HLA-G2 タンパク質は, これまでに予想されてきた配向とは異なる向きで対のタンパク質を形成し,HLA-G1 に比べてより強く受容体と結合すること, 受容体特異性が HLA-G1 とは異なることを明らかにしました 前仲研究室では HLA-G2 タンパク質がコラーゲン誘導型関節炎モデルマウスにおいて炎症抑制効果を持つことを明らかにしており, 新たなバイオ医薬品としての製剤化が期待できます 本研究は, 科学研究費補助金,CREST, 内藤記念科学振興財団,JSPS, 北海道大学女性支援室などの助成を受けて実施されました 論文発表の概要研究論文名 :Class II-like structural features and strong binding of the nonclassical HLA-G2 isoform homodimer(mhc クラス II に似た分子構造を持ち, 受容体と強固に結合する HLA-G2 タンパク質 )

著者 : 黒木喜美子 1, 三尾和弘 2, 高橋愛実 1, 松原永季 1, 笠井宣征 1, 間中幸絵 2, 吉川雅英 3, 浜田大三 4, 佐藤主税 5 1, 前仲勝実 ( 1 北海道大学大学院薬学研究院, 2 産総研 - 東大先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ, 3 東京大学大学院医学系研究科, 4 神戸大学大学院医学系研究科, 5 産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門 ) 公表雑誌 :The Journal of Immunology( 米国免疫学雑誌 ) 公表日 : 米国東部時間 2017 年 3 月 27 日 ( 月 ) ( オンライン公開 ) 研究成果の概要 ( 背景 ) HLA-G は, ヒトの体内において, 免疫反応を抑制するためにはたらくタンパク質です 一つの遺伝子から, 多様なかたちを持つタンパク質として存在することで, 広範な免疫細胞の活性化を抑制していると考えられています 最も存在量が多いと考えられる HLA-G1 タンパク質は, さらにシステイン残基を介した対のタンパク質を形成し, 単独として存在する時に比べて, より強い免疫抑制シグナルを伝達します ( 図 1) その理由として, 対のタンパク質 ( ダイマー ) として存在する HLA-G1 に対して, 抑制シグナルを伝達する受容体が 2 つ結合することで受容体と解離しにくくなるとともに, 細胞内シグナル伝達因子群が集積して細胞内へのシグナル伝達がより効果的になることを, 研究グループは構造解析によって明らかにしていました (JBC, 2006) 一方, 他の HLA-G タンパク質が実際にどのようなかたちで存在し, どういう機能を果たしているのかについての知見はありませんでした 今回注目した HLA-G2 タンパク質は,HLA-G1 タンパク質に比べて, 一つの構造単位を欠損しているため, これまでは対の HLA-G1 タンパク質と同様に, システイン残基を介した対のタンパク質として生体内で安定に存在すると予想されてきましたが, その実体については不明なままでした ( 図 1) また, HLA-G1 タンパク質を産生できないヒトが,HLA-G2 タンパク質を中心とする他のかたちの HLA-G を生成することによって, HLA-G2 は HLA-G1 と同等の機能を持っている重要なタンパク質であると考えられています そのため,HLA-G2 タンパク質のかたちを明らかにし, 免疫抑制能を HLA-G1 と比較し, 理解することは, 今後の HLA-G タンパク質のバイオ医薬品としての応用における重要な知見となると期待されていました ( 研究手法 ) HLA-G2 タンパク質の立体構造を明らかにするために,HLA-G2 タンパク質を大腸菌封入体の巻き戻 2 し法によって大量調製しました 高純度に精製できていることを電気泳動にて確認したうえで, ネ 3 ガティブ染色法による電子顕微鏡解析で,HLA-G1 タンパク質との全体構造比較及び HLA-G2 タンパク質の構造解析を行いました また, ヒト受容体 LILRB1,LILRB2 との結合特異性及び結合様式を, 4 表面プラスモン共鳴法を用いた相互作用解析によって明らかにしました 同時に, 対のタンパク質形成様式を確認するために, 対のタンパク質形成に必須であると予想されていたシステイン残基をセリン残基に置換した変異体 HLA-G2 タンパク質を調製し, その分子量や性質を野生型 HLA-G2 と比較しました ( 研究成果 ) HLA-G2 タンパク質を精製タンパク質として調製したところ, これまでに予想されたシステイン残基

を介する対のタンパク質として存在するのではなく, システイン残基に依存しない対のタンパク質として存在することがわかりました これは,HLA-G1 タンパク質とは異なるダイマー形成様式でした ( 図 2) システイン残基をセリン残基に置換した変異体 HLA-G2 タンパク質が野生型と変わらない挙動を示すことからも, システイン残基がダイマー形成に必須ではないことがわかりました 電子顕微鏡解析によって得られた三次元電子マップに,HLA-G1 結晶構造を当てはめてみると, システイン残基 (Cys) はダイマー接触面ではなく外側に露出していること, 同様に糖鎖修飾部位であるアスパラギン残基 (Asn) も外側に露出し, 糖鎖結合がダイマー形成に影響しないことが示唆されました 興味深いことに,HLA-G2 構造は,HLA-G が属する MHC クラス I よりも MHC クラス II に類似した立体構造を取っていることがわかりました ( 図 2) このことは, 進化上, 遺伝子重複によって形成されたと考えられる MHC クラス I 及びクラス II の遺伝子進化においても新たな知見となると考えています また, HLA-G2 は HLA-G1 と異なる形をとることで, 結合する受容体が LILRB2 に限られること, ダイマー形成により, 結合解離しにくい強固な結合を示すことが, 表面プラスモン共鳴法により明らかになりました ( 今後への期待 ) 本研究の結果から,HLA-G2 はダイマー形成により, 受容体に強固に結合することが明らかとなりました また, 結合する受容体はミエロイド系抗原提示細胞に限られているため,HLA-G2 は直接 B 細胞や T 細胞機能に影響しない, 標的細胞が限局的である副作用の少ない新規免疫抑制バイオ医薬品としての発展が期待されます 研究グループは,HLA-G2 タンパク質を関節リウマチモデルマウスに投与することで, 単回投与により長期間の抗炎症効果を示すことを明らかにしており (2016, Hum Immunol), 今後の研究によって, ヒトへの応用が期待できると考えています お問い合わせ先所属 職 氏名 : 北海道大学大学院薬学研究院教授前仲勝実 ( まえなかかつみ ) TEL: 011-706-3970 FAX: 011-706-4986 E-mail: maenaka@pharm.hokudai.ac.jp ホームページ : http://convallaria.pharm.hokudai.ac.jp/bunshi/index.html [ 用語解説 ] 1. ヒト主要組織適合性複合体 (MHC): ヒトのほぼすべての細胞上に存在する細胞表面タンパク質 自己または非自己由来の抗原ペプチドを結合することによって, 免疫細胞が自己と非自己を見分けることに関与している その分子構造, 発現分布, 機能からクラス I とクラス II に分類される 2. 巻き戻し法 : 不活性な変性状態で発現させた組換えタンパク質を, 活性を持つ本来の立体構造へと戻す方法 3. ネガティブ染色法 : 精製したタンパク質を電子顕微鏡を用いて観察する手法の一つ タンパク質を固定化し, 染色, 観察することによって, 分子の輪郭を得ることができる 4. 表面プラスモン共鳴法 : 分子間の相互作用解析法の一つ 試料をラベルする必要が無く, 分子

間の結合, 解離をリアルタイムに観察することができる 参考図 図 1 研究の背景これまでに,HLA-G1 タンパク質は通常型 ( モノマー ) も対の形態 ( ダイマー ) も, 免疫抑制性受容体 LILRB1,LILRB2 の両方に結合すること, ダイマーはモノマーよりもより強固に結合することによって, 強いシグナル伝達が可能であることを明らかにされてきた (JBC, 2006)

図 2 HLA の立体構造 HLA-G1 タンパク質は典型的な HLA クラス I の構造をとる ( 左 ) また, システイン残基 (Cys42) を介するジスルフィド結合によって, 対の形態 ( ダイマー ) を形成する 一方, 今回得られた HLA-G2 タンパク質は,Cys42 が分子表面に位置しており, ジスルフィド結合に依存しないダイマーを形成することが明らかとなった また, その分子構造は, 同様にジスルフィド結合を介さないダイマーを形成する HLA クラス II 分子に類似していた 模式図において,Cys42 を緑色で示した