免疫タンパク質の不安定さが 自己免疫疾患のかかりやすさに関係 - 定説とは異なる発症機序の可能性 - 1. 発表者 : 宮寺浩子 ( 東京大学大学院医学系研究科国際保健学専攻人類遺伝学分野助教 ( 研究当時 )) ( 現国立国際医療研究センター肝炎 免疫研究センター上級研究員 ) 徳永勝士 ( 東京大学大学院医学系研究科国際保健学専攻人類遺伝学分野教授 ) 大橋順 ( 筑波大学医学医療系准教授 ( 研究当時 ))( 現東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻准教授 ) 北村俊雄 ( 東京大学医科学研究所細胞療法分野教授 ) Åke Lernmark( スウェーデンルンド大学 (Lund University) 臨床医科学分野教授 ) 2. 発表のポイント : 1 型糖尿病のかかりやすさに関連する HLA 遺伝子型が 安定性が顕著に低い HLA タンパク質を 作ることを見出しました 1 型糖尿病などの自己免疫疾患の発症メカニズムが 従来の定説とは根本的に異なる可能性を示 しました 1 型糖尿病などの自己免疫疾患の発症機序の解明に貢献する成果です 3. 発表概要 : 1 型糖尿病 ( 注 1) などの自己免疫疾患は 体の免疫システムが自己の組織を異物 ( 病原体など ) と認識して免疫応答することにより引き起こされます 自己の組織か否かの認識に関与する分子として ヒト白血球抗原 (HLA) ( 注 2 図 1) と呼ばれるタンパク質があります HLA 遺伝子の多型 ( 遺伝子の配列が個人間で異なる部分 注 3) は 1 型糖尿病などのさまざまな自己免疫疾患に強く関連します しかし HLA が自己免疫疾患発症に関わる仕組みは十分に解明されていません 今回 東京大学大学院医学系研究科の宮寺浩子助教 ( 研究当時 ) 徳永勝士教授らの研究グル ープは HLA タンパク質の安定性 ( 注 4) を大規模に解析し 1 型糖尿病のかかりやすさに関連する HLA 遺伝子型が 安定性が顕著に低い HLA タンパク質を作ることを見出しました ( 図 2) 従来の研究では HLA 遺伝子多型と自己免疫疾患との関連は HLA タンパク質のペプチド結合性によって説明されていますが 実際の発症機序については不明な点が多く残されています 本研究で得られた知見は 自己免疫疾患発症の過程に これまでの定説とは根本的に異なる発症機序が働いている可能性を示唆します 研究グループでは この成果を糸口として 自己免疫疾患発症機序の根幹について さらなる解明に取り組んでいます
4. 発表内容 : [ 研究の背景 ] 1 型糖尿病 ( 注 1) は 主に 免疫系の細胞 (T 細胞 ) が膵臓の β 細胞 ( インスリンを産生する細胞 ) に対して免疫応答を起こすことによって発症します 特定の HLA 遺伝子型を持つと 1 型糖尿病の発症率が高くなることが 日本人 欧米人 アフリカ系米国人などで報告されています 例えば欧米諸国では 1 型糖尿病に罹患した人の約 9 割が DR3-DQ2, DR4-DQ8 と呼ばれる HLA 遺伝子型の少なくとも一つを持ちます 日本人では別のタイプの HLA 遺伝子型が 1 型糖尿病のかかりやすさに関連します 長年の間 多くの研究者が HLA が自己免疫疾患を引き起こす仕組みを解明すべく取り組んでいますが その発症機序は明らかにされていません [ 研究の内容 ] 研究グループでは HLA のタンパク質の安定性 ( 注 4) が自己免疫疾患のかかりやすさに関わる可能性に着目し HLA タンパク質の安定性を推定するための測定手法を構築しました そして ヒト集団中の主要な HLA 遺伝子型 (HLA-DQ 座位 ) 約 100 種類について HLA タンパク質の安定性を測定し 1 型糖尿病のかかりやすさに関連する HLA 遺伝子型が 安定性が顕著に低い HLA タンパク質を作ること 逆に 1 型糖尿病のかかりにくさに関連する HLA 遺伝子型が非常に安定な HLA タンパク質を作ることを見出しました ( 図 2) 研究グループではさらに HLA タンパク質の安定性制御に関わるアミノ酸残基を変える遺伝子多型を同定し この遺伝子多型が 1 型糖尿病のかかりやすさに強く関連すること そして この遺伝子多型の起源が非常に古いことを明らかにしました [ 研究の意義 ] HLA 遺伝子の多型 ( 注 3) が さまざまな自己免疫疾患のかかりやすさに関連することは長年知られていますが その根本は未だに明らかではありません 従来の研究では インスリンなどの自己ペプチドを結合しやすい HLA が疾患の発症リスクを上げると考えられています 今回の研究結果は HLA のタンパク質安定性という これまで着目されていない特性も自己免疫疾患の発症率に大きく影響する可能性を示しました この知見は 従来の定説とは異なる発症機序が自己免疫疾患に関わる可能性を示唆します 研究グループでは この成果を糸口として 1 型糖尿病を始めとする自己免疫疾患発症の根底にあるメカニズムの解明を進めて行きます 本研究は 文部科学省科学研究費補助金 ( 新学術領域 : 先端技術を駆使した HLA 多型 進化 疾病に関する統合的研究 ) の助成を受けて行われました また 本研究の一部は 国際組織適合性ワーキンググループ (IHWG) および 日本糖尿病学会 1 型糖尿病調査研究委員会の報告を用いて行われました 1 型糖尿病の発症率は 地域や集団間での多様性が認められ 小児 1 型糖尿病の年齢調整発症率 (/10 万人 ) は フィンランドやイタリアのサルディニアでは約 40 と高値であるのに対し 日本では 1.4~2.2 と低値です 日本人での 1 型糖尿病の成因 診断 病態 治療を明らかにするためには十分な症例数を集積することが不可欠ですが 単独の施設での研究では症例数が不足します そのため 日本糖尿病学会 1 型糖尿病調査研究委員会は全国規模での症例を集積し 研究を進めています
5. 発表雑誌 : 雑誌名 :The Journal of Clinical Investigation(2014 年 12 月 8 日オンライン版 ) 論文タイトル : Cell-surface MHC density profiling reveals instability of autoimmunity-associated HLA 著者 : Hiroko Miyadera*, Jun Ohashi, Åke Lernmark, Toshio Kitamura, Katsushi Tokunaga DOI 番号 :10.1172/JCI74961 論文 URL:http://www.jci.org/articles/view/74961 6. 問い合わせ先 : 東京大学大学院医学系研究科人類遺伝学分野宮寺浩子 ( みやでらひろこ ) 客員研究員 Tel. 03-5841-3692, Fax: 03-5802-8619 E-mail: miyadera-h@umin.net 7. 用語解説 : ( 注 1)1 型糖尿病 1 型糖尿病は主に自己免疫機序による膵 β 細胞の破壊性病変により インスリンの欠乏が生じて 発症する糖尿病です 膵 β 細胞の破壊 消失が進行し 通常 インスリンの絶対的欠乏 いわゆるイ ンスリン依存状態に陥ります インスリン依存状態に陥った場合 生命を維持するためにインスリン 投与が必要となります 1 型糖尿病は 遺伝因子と環境因子の相互作用によって発症し 遺伝因子が複数の遺伝子によっ て構成される多因子疾患です 1 型糖尿病の候補遺伝子として HLA( 注 2) と 1 型糖尿病との関連が 1970 年代に始めて報告されました 一方 1990 年代半ばから罹患同胞対法による遺伝解析が行わ れ HLA 遺伝子以外で 1 型糖尿病との連鎖が示唆された遺伝子座が 20 以上報告されています さらに近年 ゲノム全領域を対象とした疾患関連解析により 欧米人集団では 40 以上の遺伝子座の関 与が報告されています これまで 1 型糖尿病への関与が確認され 遺伝子の本体まで明らかになっ ている遺伝子は少なくとも 5 つありますが その中でもっとも強く疾患に関与するのは HLA 遺伝子で す HLA 遺伝子により 1 型糖尿病発症に関わる遺伝因子の 30-50% が説明できると考えられており HLA 遺伝子多型と疾患との有意な関連は様々な集団で証明されています ( 注 2)HLA(Human Leukocyte Antigens ヒト白血球抗原) 免疫系が病原体などに対して防御反応を行うためには 外から入ってきた異物 ( 非自己 ) を自分の体の器官 組織など ( 自己 ) と区別して見分ける仕組みが必要です この役割を担うのが 主要組織適合性複合体 (MHC:Major Histocompatibility Complex) です ヒトの MHC は HLA( ヒト白血球抗原 ) と呼ばれます ( 詳細は図 1 をご参照下さい ) ( 注 3)HLA 遺伝子の多型 HLA 遺伝子は非常に多型に富む遺伝子として知られ アミノ酸配列あるいは DNA 配列の違いによ って HLA 遺伝子型が区別されます 多型の多くはペプチドの結合に関わる領域に集中していますが
他の領域にも点在しています HLA 遺伝子の多型によりアミノ酸残基が変わると 翻訳されて作られ る HLA タンパク質の性質も異なります ( 注 4) タンパク質の安定性タンパク質はさまざまなアミノ酸から作られており 構成するアミノ酸どうしの相互作用の種類と強さ その数などによって タンパク質の安定性が決まります 安定性が高いタンパク質は生体内で長い時間その機能性を保ちますが 安定性が低いタンパク質では構造の一部が変化したり分解されたりすることで その働きを失いやすくなります
8. 添付資料 : 図 1:HLA タンパク質のはたらき HLA は獲得免疫応答の最初の段階に働くタンパク質です HLA タンパク質は臓器移植や骨髄幹細 胞移植での組織適合性に関わる分子としても知られています HLA タンパク質には短いペプチドを結合する部分があり ここに異物 ( 細菌 ウイルスなど ) に由来するペプチドや 自己の組織に由来する ペプチドが結合します HLA とペプチドの複合体が T 細胞受容体を介して T 細胞に認識されると さ まざまな免疫応答が開始されます HLA に自己のタンパク質に由来するペプチドが結合することもあ りますが 通常は自己の組織 器官に対する免疫応答は抑えられています 自己に対する免疫応答 を抑制する仕組みが何らかの理由で破綻すると 自己免疫疾患が引き起こされます
図 2: 今回の研究成果欧米人 日本人集団が持つ主な HLA 遺伝子型 (HLA-DQ 座位 ) が作る HLA のタンパク質安定性を測定した結果を示します 各 HLA タンパク質は安定性の高さの順に横軸に配置され 各 HLA タンパク質の安定性 ( 相対値 ) が縦軸に示されています 1 型糖尿病のかかりやすさに関連する HLA 遺伝子型は安定性が顕著に低い HLA タンパク質を作ること これに対して 1 型糖尿病のかかりにくさに関連する HLA 遺伝子型の殆どは安定な HLA タンパク質を作ることが分かりました