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く 細胞傷害活性の無い CD4 + ヘルパー T 細胞が必須と判明した 吉田らは 1988 年 C57BL/6 マウスが腹腔内に移植した BALB/c マウス由来の Meth A 腫瘍細胞 (CTL 耐性細胞株 ) を拒絶すること 1991 年 同種異系移植によって誘導されるマクロファージ (AIM

図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

の感染が阻止されるという いわゆる 二度なし現象 の原理であり 予防接種 ( ワクチン ) を行う根拠でもあります 特定の抗原を認識する記憶 B 細胞は体内を循環していますがその数は非常に少なく その中で抗原に遭遇した僅かな記憶 B 細胞が著しく増殖し 効率良く形質細胞に分化することが 大量の抗体産

免疫リンパ球療法とは はじめに あなたは免疫細胞 ( 以下免疫と言います ) の役割を知っていますか 免疫という言葉はよく耳にしますね では 身体で免疫は何をしているのでしょう? 免疫の大きな役割は 外から身体に侵入してくる病原菌や異物からあなたの身体を守る ことです あなたの身体には自分を守る 病

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今後の展開現在でも 自己免疫疾患の発症機構については不明な点が多くあります 今回の発見により 今後自己免疫疾患の発症機構の理解が大きく前進すると共に 今まで見過ごされてきたイントロン残存の重要性が 生体反応の様々な局面で明らかにされることが期待されます 図 1 Jmjd6 欠損型の胸腺をヌードマウス

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第5章 体液

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報道発表資料 2006 年 6 月 21 日 独立行政法人理化学研究所 アレルギー反応を制御する新たなメカニズムを発見 - 謎の免疫細胞 記憶型 T 細胞 がアレルギー反応に必須 - ポイント アレルギー発症の細胞を可視化する緑色蛍光マウスの開発により解明 分化 発生等で重要なノッチ分子への情報伝達

10,000 L 30,000 50,000 L 30,000 50,000 L 図 1 白血球増加の主な初期対応 表 1 好中球増加 ( 好中球 >8,000/μL) の疾患 1 CML 2 / G CSF 太字は頻度の高い疾患 32

ランゲルハンス細胞の過去まず LC の過去についてお話しします LC は 1868 年に 当時ドイツのベルリン大学の医学生であった Paul Langerhans により発見されました しかしながら 当初は 細胞の形状から神経のように見えたため 神経細胞と勘違いされていました その後 約 100 年

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( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 森脇真一 井上善博 副査副査 教授教授 東 治 人 上 田 晃 一 副査 教授 朝日通雄 主論文題名 Transgene number-dependent, gene expression rate-independe

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2 1 章 免疫とは 免疫系概説 厳密にと非の区別を行う獲得免疫について述べることにする 獲得免疫系にとって非を と区別する目印となる物質のことを antigen という 免疫系はそのようなの出現に対 してそれを排除するような行動を開始するのである その仕事をする免疫系の中心となっている細胞 がリン

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のと期待されます 本研究成果は 2011 年 4 月 5 日 ( 英国時間 ) に英国オンライン科学雑誌 Nature Communications で公開されます また 本研究成果は JST 戦略的創造研究推進事業チーム型研究 (CREST) の研究領域 アレルギー疾患 自己免疫疾患などの発症機構

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リンパ球は 体内に侵入してきた異物を除去する (= 免疫 ) 役割を担う細胞です リンパ球は 骨の中にある 骨髄 という組織でつくられます 骨髄中には すべての血液細胞の基になる 造血幹細胞 があります 造血幹細胞から分化 成熟したリンパ球は免疫力を獲得し からだを異物から守ります 骨髄 リンパ球の

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遺伝子の近傍に別の遺伝子の発現制御領域 ( エンハンサーなど ) が移動してくることによって その遺伝子の発現様式を変化させるものです ( 図 2) 融合タンパク質は比較的容易に検出できるので 前者のような二つの遺伝子組み換えの例はこれまで数多く発見されてきたのに対して 後者の場合は 広範囲のゲノム

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第 Ⅰ 部 免疫学の基本的な知識 本来, 生物あるいは生命には精神学的かつ細胞生物学的に 生の本能 が与えられ, この本能はさらに個体保存本能と種族保存本能に概念的に分けられる. 精神学的には, 著名な Sigmund Freud( 独国,1856-1939) は前者を自我本能, 後者を性本能と呼び, 精神分析に二元論を展開している. 生物学的には, 個体保存本能の一部は免疫が担い, 種族保存本能は不幸にもがんの増殖に関連し細胞の不死化を誘導している. 俗に言う 免疫 とは, 広義には自我本能を支える緻密な仕組みであり, 狭義には語源に由来する疫病から免れる仕組みと理解される. したがって 免疫 なる命名は過去の概念で, その緻密な個体保存機構は医学の進歩と共に, その役割が疫病に限らず大きく広がっている. しかし, 本質的には自我ないし自己と非自己との相対比較による自己認識には変わりなく, 常に恒常性 (homeostasis;homos は同一,stasis は状態 ) の維持を唯一の目的に作動している. これらのことは社会秩序の維持にも共通するもので, 秩序を乱す外敵や内なる反乱者は排除されるのが常である図 1-1. 図 1-1 生物の個体保存における免疫系の役割

1 免疫と免疫反応 免疫 (immunity) は, その字が意味するようにヒトが疫病から免れることを言い, 免疫系 (immune system) は免疫に関わる組織, 細胞, 分子の集合体をさしている. 免疫には, 免疫細胞と抗体を介した応答があり, それぞれ細胞性免疫 (cellular immunity) と液性免疫 (humoral immunity) と称している. 現在では疫病すなわち感染症以外に, アレルギー, がん, 自己免疫疾患を含めた多くの疾患で免疫系が関与していることがわかっているが, 近年, 骨免疫など新しい分野も開拓されている. 本来 免疫 は, 紀元前にラテン語の課税や課役 munitas から免除 im- されることを意味していた.18 世紀末になり欧州から始まった種痘の成功を皮切りに,19 世紀に 一度罹ったら, 二度は罹らない 二度なしの一般法則が Louis Pasteur によって医学的に確立され, 現代医学の immunity へとつながった. 日本では 1887 年に, 矢部辰三郎によって初めて 免疫性 という用語が使われ,1890 年から 免疫 が使われるようになった. この 二度なしの法則 は, 現代の免疫学では免疫記憶 (immunological memory) として確立されている. この記憶応答 (memory response) を担うのが,T リンパ球および B リンパ球から分化した記憶細胞 (memory cell) である. 免疫では, 免疫細胞の受容体に結合し免疫反応を惹起する自己ないし非自己を抗原 (antigen) と称し, 自己を自己抗原 (self antigen) と呼んでいる. 免疫の基本原則は 自己と非自己の識別, 非自己への特異的反応, その結果として 非自己の排除と記憶 の順で免疫反応は進む図 1-2 表 1-1. したがって免疫反応 (immune reaction) には, 第 1 に自己である目印, 第 2 に自己を認識し記憶する必要がある. 免疫系は数億年の時を重ね築かれた, 極めて巧妙で緻密な要塞であり, 常に外来あるいは内在する敵 ( 非自己 ) を排除して, 細胞の共同体である生体の秩序と恒常性 (homeostasis) を維持している. 図 1-2 免疫反応 2

Ch.1 免疫と免疫反応 1 表 1-1 免疫の基本原則 抗原 ( 非自己 ) の識別抗原に特異的な反応抗原の排除と記憶 自己と非自己 はどのように定義されるのか? まず自己であるという共通の目印が必要である. 自己は相対比較の上に成り立ち, 比較の対象は病原微生物, 動物種, 人種, 家系, 個人間によって異なり, 例えばウシの臓器や細胞はヒトによって非自己と認識され免疫系によって排除または拒絶される. ヒトを中心に考えると, ヒトは両親から引き継いた遺伝子をもち,1 つの受精卵が分化と増殖を繰り返し約 60 兆個の細胞からなる人体を形成する. その約 20 兆個は血球成分とされ, 免疫系の主役であるリンパ球系細胞はその約 2 兆個を占める. 分化とは骨, 筋肉, 神経, 心臓, 肝臓など特定の機能をもった細胞集団であるが, 同一細胞から派生しているため全ての細胞の構成分子に自己を示す共通したタンパク質が存在する. ヒトでの自己とは, 第 6 染色体短腕にある主要組織適合遺伝子複合体 (MHC,major histocompatibility complex) によって決定されるタンパク質群である. ヒト MHC 分子は特異抗体で同定される白血球抗原として発見されたので, ヒト白血球抗原複合体 (HLA, human leukocyte antigen complex) と呼ばれ, マウスでは H-2 分子, ラットでは Rt-1 分子に相当する ( p.27 参照 ).MHC 分子にはクラスⅠとクラスⅡがあり, 各々に多数のアロタイプ (allotype) があり多型に富み (polymorphic), とくに MHC クラスⅠ 分子は赤血球, 神経系, 精巣など一部の例外を除いて, 全ての細胞に共通して発現し自己の目印となっている. 一方,MHC クラスⅡ 分子は主に抗原提示細胞に特異的に発現している. すなわち細胞上では MHC 分子は自己である目印でもあり, さらに個人間を識別する目印でもある. 免疫細胞が自己と認識するのは,MHC 分子だけではなく, 自分の体を構成するタンパク質やペプチドである. したがって, 免疫細胞は自己と異なった MHC 分子, 変異したタンパク質や変異ペプチドは非自己として排除する図 1-2. 非自己への特異的反応 を惹起するためには, まず自己と非自己の両方を対比して認識し記憶する必要がある. 生涯にわたってヒトが自己と認識するには, 免疫系は自己の目印である MHC 分子と正常細胞の構成分子を記憶しておくことが必須となる. そのため免疫反応の主役であるリンパ球は, 分化の早い段階で自らの MHC 分子を認識した集団だけが生存し ( 正の選択,positive selection) 図 1-3, 免疫系を生涯維持し続けている. 一方, 自己抗原に対して強く反応する有害なリンパ球は, 分化の過程で選択除去されるか ( 負の選択, negative selection) 図 1-3, または末梢で除去される機構が構築されており ( 末梢性寛容 ), 自己の認識と記憶によって定常状態 ( 非炎症時 ) では, 免疫系は自己に対して免疫反応を起こすことはない ( 自己寛容,self-tolerance). しかし一旦, 非自己を認識したリンパ球は活性化と共に増殖と分化を経て, 非自己の排除に向かう大きな集団と非自己を記憶する小さな集団へ分化する. 前者はエフェクター機構 (effector mechanism), 後者は記憶応答 3

1 Part Ⅰ 免疫学の基本的な知識 図 1-3 リンパ球の成熟 図 1-4 リンパ球の反応 (memory response) と呼ばれて, 将来, リンパ球が同じ非自己に遭遇すると迅速に再活性化する図 1-4. 免疫反応を起こす抗原は無数にあり, その一つひとつに対応するリンパ球が存在し, 全リンパ球が認識できる抗原数は約 10 9 とも言われている ( リンパ球レパトア,lymphocyte repertoire). また,1 つの抗原に応答するリンパ球は 10 5 10 6 個に 1 個が選択され (clonal selection), 抗原特異的に分裂して数千個にまで増殖する (clonal expansion) 図 1-4. 非自己の排除 は, 非自己の種類によって免疫系による排除機構が異なっている図 1-2. 感染症では, 細胞外の病原微生物であれば貪食細胞 (phagocyte) に取り込み消化し, 細胞内感染では感染細胞が排除される. 体内では, 正常から変異したタンパク質をもつ細胞は非自己として認識され排除される. 例えば, 遺伝子変異によって変異したタンパク質や変異ペプチドは非自己として認識され, がん細胞は免疫系によって排除される. このように免疫系は, 恒常的に自己と非自己を認識し免疫監視を維持している. 4

免疫系を担う細胞と組織 2 免疫系を担う全ての細胞は, 骨髄の多能性造血幹細胞 (HSC,hematopoietic stem cell) に由来し, これを源としてそれぞれの機能を有する細胞へ分化したものである図 1-5. 造血幹細胞は, 最初にリンパ系共通前駆細胞と骨髄系前駆細胞に分化し, さらに免疫系に関して前者はリンパ球へ, 後者は単球, 好中球, 好酸球, 好塩基球, 肥満細胞へとそれぞれ分化して末梢血に流れ循環する. 臨床的な末梢血分類では白血球, 赤血球, 血小板の 3 種類に大別し, 白血球のうち細胞内に殺菌や炎症を惹起する顆粒をもつものを顆粒球 (granulocyte) と称し, その染色性から好中球, 好酸球, 好塩基球に分けられている. また白血球は, 分化に伴って細胞表面に発現する特徴的なタンパク分子によって分類されている (CD 分類, cluster of differentiation). 多くのリンパ球が存在している組織をリンパ組織 (lymphoid tissue) と呼び, リンパ組織はリンパ球の産生と成熟を担う骨髄と胸腺を一次リンパ組織 / 中枢リンパ組織 (central lymphoid tissue), リンパ球が活性化して免疫反応を担うリンパ節, 脾臓, アデノイド, 扁桃, 小 図 1-5 血球の分化 5