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ジュニア競泳選手のレース特性の解明 ~ 男子 100m 自由形を対象として ~ 研究代表者 : 植松梓 ( 早稲田大学人間科学学術院 ) 目 次 要約 1 緒言 2 方法 4 結果 6 考察 12 結論 15 謝辞 16 参考文献 17

ジュニア競泳選手のレース特性の解明 ~ 男子 100m 自由形を対象として ~ 植松梓 ( 早稲田大学 ) 松井健 ( 追手門学院大学 ) 岩原文彦 ( 日本スポーツ振興センター ) 高橋篤史 ( 愛知淑徳大学 ) 要約 本研究は, 男子 100m 自由形におけるジュニア競泳選手のレース特性を明らかにすることを目的とし, 同レースにおけるジュニア競泳選手と日本トップレベル選手のレース分析データを比較検討した. レース分析方法は, 公益財団法人日本水泳連盟の現行方法に準じた. したがって,100m 自由形を, リアクションタイム, スタート局面 ( 台上 ~15m), 泳局面 1(15~25m), 泳局面 2(25~35m), 泳局面 3(35~ 45m), ターンイン (45~50m), ターンアウト (50~65m), 泳局面 4(65~75m), 泳局面 5(75~85m), 泳局面 6(85~95m), およびフィニッシュ局面 (95~100m) の区間に分けて評価した. ジュニア競泳選手の対象レースは, 第 54 回全国中学校水泳競技大会および第 82 回日本高等学校選手権水泳競技大会の決勝レースとし, 日本トップレベル選手の対象レースは, 第 90 回日本選手権水泳競技大会の決勝レースとした. これらの大会は全て 2014 年度に開催された. 主な結果として, 各局面所要時間において, 世代と局面を要因とする有意な交互作用が認められた. 下位検定の結果, 男子高校生選手は前半の泳局面で中学生選手よりも所要時間が短かったが, 後半の泳局面では顕著な差が認められなかった. また, 男子高校生選手は, 前半の泳局面で日本トップレベル選手と所要時間に顕著な差がなかったが, 後半の泳局面では有意に遅い局面が多くみられた. スタートおよびターンアウト局面では, 男子中学生 - 高校生選手間で有意な差は認められなかったが, 男子高校生は日本トップレベル選手よりも顕著に遅かった. これらのことから, 男子 100m 自由形においては, 中学生から高校生にかけて前半の泳速度が高くなり, それ以降は後半の泳速度が高くなる傾向があることが明らかになった. さらに, スタートおよびターンアウト局面は日本トップレベル選手が他世代よりも顕著に速いことから, ジュニア選手が年齢を重ねた後, 日本トップレベルで活躍するためには泳局面の速度を高めるストローク キックの技術だけでなく, スタートおよびターンアウト局面における水中動作の技術向上が必須になる可能性が示された. 代表者所属 : 早稲田大学人間科学学術院 359-1192 埼玉県所沢市三ヶ島 2-579-15-1 -

緒言競泳はスタート号砲によってレースが開始され, 所定の距離を泳ぎ, ゴールタッチまでに要する時間によって競技成績が決まる. レース結果は, ゴールタイムとともに 50m 毎のラップタイムが正式計時として掲示される. 選手ならびにコーチは, これらの結果を, トレーニング成果の確認, 次レースの修正点の抽出, および今後のトレーニング方針の策定のための基礎資料として活用することが多い. 例えば 100m の競泳のレースでは, スタート号砲後にスタート台から飛び込み ( 背泳ぎの場合は壁を蹴る ), 水中動作を経た後に浮き上がってから各種泳法で泳ぎ, ターンを行い, 再び各種泳法で泳ぎ, ゴールタッチを行うまでの所要時間が計測される. このため, 公式計時によるラップタイムは有用な情報を含んだデータであるが, 選手がレースのどの局面に得手 不得手を持っているのかは公式計時データからは読み取ることはできない. そこで, 公益財団法人日本水泳連盟科学委員会 ( 旧財団法人日本水泳連盟医 科学委員会 ) は, 競泳レースを, リアクションタイム, スタート局面, 泳局面, ターンイン局面, ターンアウト局面, およびフィニッシュ局面に分類し, レースの詳細を明らかにするための分析プロジェクトを国内トップレベルの大会を主として実施し, 分析結果を冊子または PDF ファイルにまとめ広く還元してきた ( 野村ら, 2013a; 野村ら, 2013b; 植松ら, 2014; 松井ら, 2014). 2012 年のロンドンオリンピックにおける競泳代表選手の平均年齢は, 男子 23.1 歳, 女子 21.6 歳であったことから, 来る 2020 年の東京オリンピックにおいては,2015 年現在の中学生から高校生選手が主力となる代表チームが結成されることは十分に予想される. この大会で日本代表選手が活躍するためには, 競技力の更なる向上が必須である. そのためには, 国内の選手層が厚くなり, 選手同士が切磋琢磨しあうことが重要となるであろう. しかしながら, 国内トップレベル選手のレース分析データは十分に蓄積されているが, ジュニア選手のレースデータはほとんどなく, 国内トップレベル選手とのレース展開の差異は不明である. この点が明らかになれば, ジュニア選手が年齢を重ね, 日本トップレベル選手として活躍するための指針の一側面を示すことが可能になると考えられる. そこで本研究は, ジュニア選手と国内トップレベル選手のレースデータを比較検討することで, ジュニア選手のレース特性を明らかにすることを目的とした. 今回は, 競泳男子短距離種目が 2014 年度に独立行政法人日本スポーツ振興センターの助成事業 2020 ターゲットエイジ育成 強化プロジェクト のサポート対 - 2 -

象となったことを鑑み, 男子 100m 自由形を分析対象レースとして選定した. - 3 -

方法分析対象レース中学生選手については第 54 回全国中学校水泳競技大会, 高校生選手については第 82 回日本高等学校選手権水泳競技大会における男子 100m 自由形決勝レースを分析対象とした. 日本トップレベル選手については, 第 90 回日本選手権水泳競技大会における同種目決勝レースを分析対象とした. 全ての大会におけるレース分析プロジェクトの実行に先立ち, プロジェクト内容に関する起案書および確認書を, 公益財団法人日本水泳連盟科学委員会を介して大会企画委員会に提出し, 大会実行委員会からプロジェクト実行承認を得た. 撮影方法各大会会場の観客席最上段にカメラ三脚 (MVH500AH,755XBK,Manfrotto 社製 ) を 2 脚設置し, レースが行われる 50m プールを側方から 2 台のデジタルビデオカメラ (HDR-CX630V,SONY 社製 ) で 60 fps で撮影した. また, 大会公式計時より提供されたスタート信号によって点灯する LED ライトを画面に映しこむことで 2 台のカメラを同期した. 分析方法分析方法は, 公益財団法人日本水泳連盟科学委員会の現行方法に準じた. したがって,100m 自由形を, リアクションタイム, スタート局面 ( 台上 ~15m), 泳局面 1(15~25m), 泳局面 2(25~35m), 泳局面 3 (35~45m), ターンイン (45~50m), ターンアウト (50~65m), 泳局面 4(65~75m), 泳局面 5(75~85m), 泳局面 6(85~95m), およびフィニッシュ局面 (95~100m) の区間に分けて評価した. リアクションタイム, 50m 所要時間,100m 所要時間については, 各大会の正式計時データを使用した. デジタルビデオカメラで取得した映像を PC に取込み,mpeg 形式から Canopus HQX Codec を使用して avi 形式に変換した. 変換した映像を公益財団法人日本水泳連盟科学委員会が開発した Excel(Microsoft 社製 ) 上で動作する専用ソフトウェアでフレーム再生しながら, 選手の頭頂部が各地点通過したフレームを目視で特定した. 各地点の判別を容易にするため, 汎用の描画ソフトを用いて映像再生スペース上に直線 - 4 -

を描いた. 各地点の通過時間を求め, 各局面の距離を通過時間で除することで泳速度 (m/s) を算出した. また, 泳局面においては 3 ストロークに要する時間を求め,1 ストローク当たりの平均所要時間 (s/stroke, 以下, ストロークタイム ) を算出した. ならびに, 泳局面の泳速度とストロークタイムを乗ずることで,1 ストローク当たりの推進距離 (m/stroke, 以下, ストローク長 ) を算出した. 統計処理全てのデータは平均値 ± 標準偏差で表した. 日本選手権決勝進出者にジュニア世代選手がいなかったことから, 同レースをシニア世代としてとらえ, 中学生, 高校生, 日本トップレベルの年齢要因を世代と表現することとした. 各データについて, 二元配置分散分析 ( 世代 : 対応なし 局面 : 対応あり ) を用いて検定を行った. 有意な交互作用および主効果が認められた場合は,Bonferroni 法によって有意水準を調整した t 検定によって群間を比較した. また泳速度, ストロークタイム, およびストローク長については, 泳局面 1 を基準とした割合を算出し, 同様の検定を行った. 局面の要因について Mauchly の球面性検定を実施し, 球面性が仮定できないときは Greenhouse-Geisser の方法によって自由度を調節した. 全ての検定における有意水準は P < 0.05 とした. - 5 -

結果ラップタイムと 100m 記録表 1 に各大会の正式掲示結果を示す. 前半, 後半, および 100m 記録の全てにおいて, 世代が上がるほど有意にタイムが短縮していた (P < 0.01). ラップタイムについて, 交互作用は認められず (P = 0.25), 世代と局面の有意な主効果が認められた (P < 0.01). 前半を基準とした後半のタイムは, 中学生が 93.74 (2.67)%, 高校生が 91.74 (1.56)%, 日本トップレベルが 92.03 (2.01)% であり, 有意な交互作用は認められなかった (P = 0.15). 表 1. 各大会の正式計時結果 ( 秒 ) 前半 後半 100m 記録 中学生 25.73 (0.39) 27.34 (0.45) 53.07 (0.51) 高校生 24.75 (0.42) # 26.79 (0.41) 51.55 (0.75) 日本トップレベル 23.84 (0.34) $ 25.74 (0.41) $ 49.57 (0.59) #, 中学生よりも有意に短い (P < 0.01). $, 高校生よりも有意に短い (P < 0.01). # # # # # $ - 6 -

局面所要時間局面所要時間を表 2( 前半 : 表 2-1, 後半 : 表 2-2) に示す. 局面所要時間について, 有意な交互作用, 世代および局面の主効果が認められた (P < 0.01). 下位検定の結果, リアクションタイムには各世代間に有意差は認めらなかった. 中学生と比べ, 高校生は前半の泳局面およびターンイン局面の所要時間が有意に短かった ( 全て P < 0.05). また日本トップレベルは, スタート局面においてのみ高校生よりも有意に所要時間が短かったが ( 全て P < 0.05), 前半の他の局面においては高校生の所要時間と有意な差は認められなかった. 後半において, 高校生の所要時間が中学生よりも有意に短かったのは泳局面 4 のみであり (P < 0.05), 日本トップレベルは泳局面 6 を除いて全て中学生, 高校生よりも所要時間が短かった. 表 2-1. 前半の各局面における所要時間 ( 秒 ) リアクションタイム スタート局面 泳局面 1 泳局面 2 泳局面 3 ターンイン局面 中学生 0.69 (0.06) 6.27 (0.13) 5.31 (0.15) 5.45 (0.11) 5.61 (0.08) 3.09 (0.08) 高校生 0.68 (0.04) 6.13 (0.20) 5.09 (0.08) # 5.26 (0.07) # 5.36 (0.09) # 2.92 (0.12) # 日本トップレベル 0.68 (0.06) 5.63 (0.22) # $ 5.00 (0.09) # 5.14 (0.09) # 5.26 (0.08) # 2.80 (0.05) # #, 中学生よりも有意に短い (P < 0.05).$, 高校生よりも有意に短い (P < 0.05). 表 2-2. 後半の各局面における所要時間 ( 秒 ) ターンアウト局面 泳局面 4 泳局面 5 泳局面 6 フィニッシュ局面 中学生 7.45 (0.15) 5.65 (0.08) 5.69 (0.12) 5.85 (0.16) 2.70 (0.06) 高校生 7.29 (0.13) 5.48 (0.11) # 5.64 (0.08) 5.73 (0.11) 2.65 (0.07) 日本トップレベル 6.92 (0.14) # $ 5.32 (0.10) # $ 5.38 (0.09) $ 5.58 (0.12) 2.54 (0.06) # # # $ #, 中学生よりも有意に短い (P < 0.05).$, 高校生よりも有意に短い (P < 0.05). - 7 -

泳速度 (m/s) 泳局面における泳速度 図 1 に泳局面における泳速度を示す. 泳速度について, 有意な交互作用, 世代および局面の有意な主 効果が認められた (P < 0.05). 下位検定の結果, 高校生は中学生よりも泳局面 1, 泳局面 2, 泳局面 3, お よび泳局面 4 で有意に泳速度が高かった (P < 0.05). 日本トップレベルと比した場合, 高校生は泳局面 2, 泳局面 4, および泳局面 5 で有意に泳速度が低かった (P < 0.05). 日本トップレベルは, 全ての局面にお いて中学生よりも泳速度が高かった (P < 0.01). 2.1 # $ * 2.0 1.9 # # $ # $ 1.8 1.7 1.6 泳局面 1 泳局面 2 泳局面 3 泳局面 4 泳局面 5 泳局面 6 図 1. 泳局面における泳速度の推移, 日本トップレベル ;, 高校生 ;, 中学生 #, 高校生が中学生よりも高い (P < 0.05). $, 日本トップレベルが高校生よりも高い (P < 0.05). *, 日本トップレベルは全ての局面で中学生よりも高い (P < 0.01) - 8 -

泳局面 1 に対する泳速度 (%) 泳局面 1 に対する各泳局面の泳速度 図 2 に泳局面 1 に対する各泳局面の泳速度の割合を示す. 交互作用及び世代の主効果は認められず (P = 0.15, 0.15), 局面の主効果が認められた (P < 0.05). 100 95 90 85 泳局面 1 泳局面 2 泳局面 3 泳局面 4 泳局面 5 泳局面 6 図 2. 泳局面 1 の泳速度に対する各泳局面の泳速度, 日本トップレベル ;, 高校生 ;, 中学生 - 9 -

ストロークタイム (s/stroke) 泳局面におけるストロークタイム 図 3 に泳局面におけるストロークタイムを示す. ストロークタイムにおいて, 有意な交互作用と世代の主効 果が認められず (P = 0.69,0.71), 有意な局面の主効果が認められた (P < 0.05). 1.4 1.3 1.2 1.1 1.0 泳局面 1 泳局面 2 泳局面 3 泳局面 4 泳局面 5 泳局面 6 図 3. 泳局面におけるストロークタイムの推移, 日本トップレベル ;, 高校生 ;, 中学生 - 10 -

ストローク長 (m/stroke) 泳局面におけるストローク長 図 4 に泳局面におけるストローク長を示す. ストローク長について, 有意な交互作用および世代の主効 果は認められず (P = 0.80,0.28), 有意な局面の主効果が認められた (P < 0.05). 2.6 2.4 2.2 2.0 1.8 泳局面 1 泳局面 2 泳局面 3 泳局面 4 泳局面 5 泳局面 6 図 4. 泳局面における泳速度の推移, 日本トップレベル ;, 高校生 ;, 中学生 - 11 -

考察本研究は, 男子 100m 自由形におけるジュニア競泳選手のレース特性を明らかにするため, 第 54 回全国中学校水泳競技大会, 第 82 回日本高等学校選手権水泳競技大会, および第 90 回日本選手権水泳競技大会の男子 100m 自由形決勝に進出した選手のレース分析データを算出し比較した. ラップタイム, 局面所要時間, および泳速度 100m 記録は世代が上がるにつれて有意に短縮していた. ラップタイムは前半, 後半ともに世代が上がるにつれて短縮していたが, 特定の年代において前半のラップタイムに対する後半のラップタイムの割合が大きく低下するということはなかった. これらのことから, 男子 100m 自由形において各世代特有のラップパターンは観られないと言える. しかしながら, 公益財団法人日本水泳連盟科学委員会の方法に準じて算出した局面所要時間においては, 有意な交互作用, 世代, および局面の主効果が認められた. すなわち, 50m 毎のラップタイムには世代によるレース展開特性は認められないが, 各ラップの内訳となる局面所要時間には世代特性が存在するということである. スタート号砲後にスタート台から足部が離れるまでのリアクションタイムにはどの世代間でも平均的に同程度であり, かつそこに統計的な有意差は認められなかった. このことは, 刺激応答への準備開始から刺激までの待ち時間が 20 秒以内の単純反応時間では年齢による顕著な差がない (Wilkinson and Allison, 1989) ことによって十分に説明される. したがって, これらを総合すると, スタート局面, 泳局面, ターン局面およびフィニッシュ局面の所要時間の違いによって, 世代特有のレースパターンが生じると考えられる. 高校生は, 前半はスタート局面を除く泳局面 1,2,3, およびターンイン局面において所要時間が有意に中学生よりも短かった ( 表 2-1). このことから, クロール泳法における泳速度が重要となる前半の局面において, 高校生が中学生よりも高い泳速度を発揮していたことが主要因となり前半の記録が短縮されていたと解釈できる. 一方, 中学生 - 高校生間の前半は 0.98 秒のタイム差が生じていたが後半ではタイム差が 0.55 秒まで縮まっていた. 後半の各局面所要時間では, 泳局面 4 を除き, 中学生 - 高校生間に有意な差は観られなかった ( 表 2-2). したがって, 高校生はクロール泳法で高い泳速度を発揮するための筋力およびテクニック発揮を維持しきれなかったため, 後半における中学生とのラップタイム差が縮まっていたと推察され - 12 -

る. 一方, 高校生と日本トップレベルを比較すると, 前半において, クロール泳法による泳速度が影響を与える泳局面およびターンイン局面では有意な局面所要時間差が観られなかったが, スタート局面において 0.50 秒の差が生じていることが明らかになった. このことは, 高校生 - 日本トップレベル間の前半のラップタイムでは 0.91 秒のタイム差が生じていたが, その 54.9% はスタート局面で占められていることを意味する. 後半のラップタイムでは 1.05 秒の差が生じていたが,35.2% はターンアウト局面が占めていた. 後半の各局面において画一的にタイム差が生じていた場合, ターンアウト局面では 30% を占めることとなるが,5% 以上高い試算となる. これらを総合すると, 高校生 - 日本トップレベル間における 100m 自由形の平均記録差となる 1.96 秒に対し, スタート局面とターンアウト局面で 44.4% が占められていることが明らかとなった. このことから, 高校生選手が日本トップレベルで活躍する選手となるためには, クロール泳法の泳速度を向上させるだけでなく, スタートおよびターンアウトの技術向上が不可欠となる. ストローク特性ストロークタイムに統計的な有意差は認められなかった. しかし, 日本トップレベルのストロークタイムを基準とした場合, 前半において中学生選手はやや長く, 高校生選手はやや短かった. つまり, 前半において中学生選手はややゆったりと泳ぎ, 高校生選手はやや高いテンポで泳局面を泳いでいた事となる. 後半では, 各世代ともに同程度のテンポで泳いでいた. また, ストローク長にも統計的な有意差は認められなかったものの, 前半 後半ともに日本トップレベルは中学生 高校生よりもストローク長が平均的に大きかった. 一般的に, ストロークタイムが長い方がストローク長は大きくなる. したがって, 高校生は中学生と比して短いストロークタイムで泳ぎながら同程度のストローク長を達成していたため, 前半の泳速度が高かったと考えられる. 日本トップレベルは, 高校生よりもわずかに遅いテンポで泳ぎながらも大きなストローク長を達成することで, 前半において高い泳速度を発揮していたことになる. 一般に, 中学生から高校生の時期に男子は二次性徴を迎えることが多い. この時期は身長が急激に大きくなり, 発揮筋力が向上する ( 出村ら, 1991). ストロークタイムを短縮するには, 高い筋力発揮が要求されることから, 中学生 - 高校生間でストロークタイムが短縮したことは成長による影響が強く関係していると考えられる. 一方, クロール泳の推進力の大部分 - 13 -

を占めるストローク動作による抗力は, 流体と物体の相対速度の 2 乗に比例する ( 阿江と藤井,2002). したがって, 身長が大きくなることで流れに対する物体の断面積が大きくなることが十分に想定されるため, 同速度でストローク動作が行われていれば中学生よりも高校生の方がストローク長は大きくなる. しかし, 中学生よりも高校生の方がストロークタイムは短い. したがって, 結果として, 中学生と高校生のストローク長に大きな差が観られないことが説明できる. これを言い換えると, 中学生と高校生の世代間におけるストローク特性の差は, ストロークテクニックそのものよりも, 成長に伴う体格および筋力増大による影響が大きいと捉えることも可能であろう. 一方, 高校生 - 日本トップレベル間における後半の泳局面では, ストロークタイムにほぼ差がないものの, ストローク長は 5~10cm 程度日本トップレベルの方が大きかった. 高校生以降, 身長が大きく変わることは稀であること, およびエネルギー供給の観点から非常に高い筋力発揮は 30 秒程度しか維持できないことを踏まえると, 高校生 - 日本トップレベル間に観られた後半におけるストローク長の差の主要因はストロークテクニックであると推察される. - 14 -

結論本研究は, 中学生選手, 高校生選手と, 大学生以上で構成された日本トップレベル選手の男子 100m 自由形のレース分析データを比較することでジュニア選手のレース特性を明らかにすることを目的とした. その結果,2014 年度に行われた全中, インターハイ, 日本選手権のデータから, レース展開そのものに顕著な世代間差は認められないことが明らかになった. そして, ジュニア選手は 1) 世代が上がるにつれて泳局面の速度が高くなること, および 2) スタートおよびターン局面の所要時間は世代が上がるにつれて段階的に短くなっていないこと, が明らかになった. - 15 -

謝辞本研究は, 一般財団法人上月財団の第 12 回スポーツ研究助成事業による援助を受けて実施されました. ここに記し, 深謝申し上げます. また, レース映像取得のために大会会場のスペース確保など, 格段のご配慮を頂いた公益財団法人日本水泳連盟に心より御礼申し上げます. - 16 -

参考文献 1. 阿江通良, 藤井範久. スポーツバイオメカニクス 20 講. 朝倉書店, 東京,2002. 2. 出村慎一, 松沢甚三郎, 中比呂志, 北一郎. 中学 高校競泳選手の身体特性. 体力科学,40: 278-287, 1991. 3. 野村照夫, 松井健, 生田泰志, 他 17 名. 第 89 回日本選手権水泳競技大会競泳競技競泳レース分析表. 公益財団法人日本水泳連盟科学委員会,2013. 4. 野村照夫, 水藤弘吏, 松井健, 他 13 名. ジャパンオープン 2013(50m) 競泳競技競泳レース分析表. 公益財団法人日本水泳連盟科学委員会,2013. 5. 松井健, 仰木裕嗣, 生田泰志, 他 18 名. ジャパンオープン 2014(50m) 競泳競技競泳レース分析表. 公益財団法人日本水泳連盟科学委員会,2014. 6. 植松梓, 仰木裕嗣, 立正伸, 他 18 名. 第 90 回日本選手権水泳競技大会競泳競技競泳レース分析表. 公益財団法人日本水泳連盟科学委員会,2014. 7. Wilkinson, RT. and Allison, S. Age and simple reaction time: Decade differences for 5,325 subjects. Journal of Gerontology, 44 (2): 29-35, 1989. - 17 -