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問 2. 現在 該当区域内に居住していますか 1. 居住している % 2. 居住していない % 無回答 % % 単位 : 人 1.9% 32.7% 65.4% 1. 居住している 2. 居住していない無回答 回答者のうち 居住者が約 65

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(4) 対象区域 基本方針の対象区域は市街化調整区域全体とし 都市計画マスタープランにおいて田園都市ゾーン及び公園 緑地ゾーンとして位置付けられている区域を基本とします 対象区域図 市街化調整区域 2 資料 : 八潮市都市計画マスタープラン 土地利用方針図


大谷周辺地区 及び 役場周辺地区 地区計画について 木原市街地 国道 125 号バイパス 役場周辺地区 (43.7ha) 美駒市街地 大谷周辺地区 (11.8ha) 地区計画の概要 地区計画とは住民の身近な生活空間である地区や街区を対象とする都市計画で, 道路や公園などの公共施設の配置や, 建築物の


市政だより No.1269

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北部大阪都市計画彩都地区計画 ( 案 ) 北部大阪都市計画彩都地区計画を 次のとおり変更する 1. 地区計画の方針 名称彩都地区計画 位 置 茨木市大字粟生岩阪 大字宿久庄 大字清水 大字佐保 大字泉原 大字千提寺 大字大岩 大字福井 大字大門寺 大字生保 大字安威 山手台一丁目 山手台三丁目 山手

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みずき Vol.249

県人会報1月号

今号の目次 特集 こんなに豊富な水産物が身近に手に入る浜松 うなぎいも のコスモグリーン庭好さんが全国表彰を受けました 食卓に幸せを届けたい ハピフルとまと 県温室メロン品評会 浜松市のメロン農家さんが 1 位 2 位を独占 新規就農者インタビュー 三方原馬鈴薯農家 磯貝将太さん 8 月 11 日

7-3 上田城南地域 (1) 将来像 ( 将来像 ) 水と緑と多様な都市機能が調和し快適な暮らしの環境が整ったまち ( 基本目標 ) 千曲川をはじめ産川や浦野川 小牧山や上田原古戦場 半過岩鼻など奇景や原風景の残る豊かな自然や農地を大切に保全するとともに 秩序ある都市空間づくりを進めます 良好な住環

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第56回国民体育大会

稲毛海岸5丁目地区

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本日の説明内容 1 板橋駅西口周辺地区のまちづくり 2 板橋駅西口地区都市計画素案について 1 市街地再開発事業 2 地区計画 3 高度利用地区 4 高度地区 3 今後のスケジュール 1

三条を召し上がれ 地産地消推進店へ行こう 三条市では 地産地消を進め 人もまちも元気な三条を実現するため 積極 的に地場農産物を使うお店を 三条市地産地消推進店 として認定しています 地産地消推進店には 認定証として Bon Appetit!! SANJO とかかれたプレー トが掲示してあります ぜ

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幼稚園 保育所ができること 一緒にやりましょう! 幼稚園 保育所は 子ども同士がふれあう以外に 保護者同士が交流できる場でもあります ここでは 各幼稚園 保育所が保護者と連携するとともに 保護者同士のふれあい つながりづくりに向けた取組みを記載しています 1 ( 幼稚園 保育所 ) 幼稚園 保育所と

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民俗学通信授業課題 1 これまで述べたように 白犬は女人講中の人たちが奉納したものであり 板橋不動院を中心とした不動信仰と女人講中は 近年まで各地区の女性たちの信仰と同時に親睦の役割を果たしていた また 女人講中の奉納した絵馬から 竜ヶ崎地区の女人講中が 板橋不動院に参拝していたことがわかり 女人講

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納内の四季 納内では四季折々に美しい田園風景が見られます 写真 : 鈴木健

写真 : 鈴木歩実

写真 : 鈴木健 写真 : 大鍔秀樹

写真 : 鈴木歩実

写真 : 鈴木健

農のめぐみ 納内の基幹産業は農業です 高品質な米や蕎麦 花卉や野菜など 多様な農産物が生産されています 米 納内の農地は 8 割以上が水田です 農地には豊かな水が行き渡り 一已 音江などの一帯を含めて 北海道を代表する稲作地域となっています

蕎麦 深川市は蕎麦の作付面積が全国第 2 位であり 納内でも蕎麦の生産が盛んです

くだもの 納内のりんごの栽培は明治 29 年から始まりました サクランボやぶどう メロンなどのくだものの栽培も行われています 写真 : 安藤一彦

花 納内を含む北空知は 花卉の栽培が盛んです 特にスターチスは 有数の産地となっています

おいしいもの 納内で栽培された農産物や山菜などが おいしい食材や加工食品に生まれ変わります

歴史の風景 納内の歴史を物語るものに 開拓とともに設立されたお寺や神社 地域の歴史を記した記念碑などがあります 納内の開拓とお寺 納内町は明治 28 29 年にかけて 関西 四国 九州 北陸方面より大半応募した屯田兵 200 名によって開拓されたが その出身地は特に仏教信仰の熱い土地柄で 先祖代々宗教的雰囲気の中で家庭生活を営んでいた 未墾の土地をひらく労苦と故郷を離れた寂しさの 精神的不安の中に在った開拓者たちは 自分が出身地で所属していた宗派の寺院設立を渇望し てやまなかった ( 納内屯田兵村史より ) 浄土真宗本願寺派最勝山 円覚寺 本尊は阿弥陀如来 ( 寛政年間の作 ) 納内に現存する最古の建造物 明治 42 年に本堂 庫裏を落成し 昭和 49 年に大改修を行っています 浄土真宗大谷派恵日山 願正寺 本尊は阿弥陀仏 明治 41 年本堂 庫裏を落成したものの 明治 45 年大火で類焼してしまい 大正 8 年に再建されました

歴史を伝える碑 納内の開拓の歴史は さまざまな碑に刻まれ 伝えられています 開拓百年を記念して作られた 開拓記念公園 は きれいな花が飾られ 地域の様々な歴史を語る石碑 石像などが集められています 屯田兵の集合合図など日常生活で使われてきた屯田の鐘は 納内小学校や深川西高校でも使用され 昭和 48 年に再び納内に戻りました 納内のりんごの栽培は明治 29 年から始まりました 昭和 33 年に果樹園の一角に建立された記念碑が 開拓百年を記念し開拓記念公園に移設されました 明治 28 年 入植屯田兵が練兵場に記念標を建てました 明治 35 年には納内神社境内に移転されました 毎年 5 月 15 日には開拓記念式が行われます 馬頭観世音は 馬の無病息災など安全を祈り 亡くなった馬を供養するために建てられました 開拓百年を記念して建てられた碑です 明治 28 29 年に開拓に入った屯田兵の名前も記されています 納内神社の創祀百年を記念して 平成 8 年に建てられた記念碑です 日露戦争以来の戦没者を祀る碑で 明治 40 年に建立され 大正 11 年と平成 8 年に遷移され 納内神社に祀られています

歴史を感じる建物 納内のまちのなかには レンガの住宅や倉庫 石造りの倉庫など 歴史を感じる建物が点在しています

名木 名石 ( 古潭石 ) 神居古潭石は日本の名石の一つで 庭石などに古くから珍重されていました 納内神社境内やクラーク高校野球部寮 ( 旧納内中学校 ) の前庭では みごとなオンコと古潭石が見られます また納内神社社叢 クラーク高校のニレとユリノキは 深川市保存樹木に指定されています

庭のたのしみ 納内には 庭を美しく仕立てているお宅がたくさんあります 庭づくり 屯田兵の開拓が落ち着いてくると 周辺の山からオンコを運び 川から石を運んで庭づくりを楽しむようになりました このため 各家庭の庭に立派な庭があることがまちの特徴であり誇りです また かつては盆栽づくりも盛んでした

オープンガーデン 丹精込めて手入れされた自宅の庭を 花と緑を楽しむ オープンガーデン として開放しているところがあります

ふれあい 駅前通にある サロンなごみ や 毎年 8 月に行われる 納内ふれあい夏祭り などの ふれあいの場があります サロンなごみ 納内地域集落対策協議会が商工会館を無償で借り受け 1 階を改修して平成 26 年 9 月に設置しました ボランティアスタッフさんの手作り料理やコーヒーを手頃な値段で楽しむことができる憩いの空間で 月 水 金曜 11 時 15 時に営業しています コンサート等の催しも行われるほか 時間外には貸出も可能です

納内ふれあい夏祭り 納内活き活きまちづくり委員会と納内地域集落対策協議会との合同主催の夏祭り 手作りの出店やゲーム 盆踊りに たくさんの家族が遊びに来ます 景品付きのもちまきも大賑わいです

新四国八十八ヶ所 納内屯田兵村史によると 屯田兵で入植した人の家族が 3 年がかりで四国霊場をめぐり 弘法大師像を持ち帰ったものを現在地の小屋に祀ったのが大師堂の始まりだそうです また屯田兵の中には 四国出身の人や真言宗を信仰する人が多く 弘法大師信仰が厚く 各家庭の門道入口に祀っていたものが大師堂に集められて 新四国八十八ヶ所 の始まりとなったとあります かつては春と秋にお祭りが行われていました

写真の下は像に刻印されている文字 配置順は現地の像の配置どおり 徳島県阿波國那賀群 村出身神居古潭中川梅吉妻ヤエ 納内町龍至フジ大平カノ 一番納内本通一丁目西川アサ 二番 三番 四番五ばん地蔵菩薩六ばん薬師如来 不動明王七ばんあみだ如来八ばん千手かんのん九ばん釈迦如来

十ばん千手観音 十一ばんやくし如来 十二ばんこくぞう菩薩 十三ばん十一面観音 十四ばんみろくぼさつ 十五ばんやくし如来 十六番観音寺長登 大平 寺尾 真田 髙 十七ばん薬師如来 十八ばん薬師如来三十六ばんふどう明王二十ばん地蔵菩薩二十一ばんこくぞうぼさつ二十二ばん薬師如来二十三ばん薬師如来二十四ばんこくぞう菩薩二十五ばんぢぞうぼさつ 二十六ばんやくし如来二十七ばん十一面観音二十八ばん大日如来二十九ばん千手観音三十ばんあみだ如来三十一ばん文殊菩薩三十二ばん三十三ばんやくし如来 三十四ばんやくし如来三十五ばんやくし如来三十六ばんふどう明王三十七ばんあみだ如来三十八ばん千手観音三十九ばんやくし如来四十ばん薬師如来四十一ばん地蔵菩薩

四十二ばん大日如来四十三ばん千手観音四十四ばん十一面観音四十五ばんふどう明王四十六ばんやくし如来四十七ばんあみだ如来四十八ばん十一面観音四十九ばん釈迦如来 五十ばん薬師如来五十番五十二ばん十一面観音五十三ばんあみだ如来 五十四ばん納内本通 高城 五十五番大通智勝佛宮 外家 五十六ばんぢぞうぼさつ 五十七ばんあみだ如来 五十八ばん 五十九ばん薬師如来 六十ばん大日如来札幌郡豊平村齊木岩治郎 六十一ばん納内本通り一丁目西川㐂二郎外家内一同 六十二ばん十一面観世音 六十三ばん毘沙門天

六十四ばんあみだ如来六十五番弘法大師六十五ばん十一面観音千手観音六十七ばん薬師如来六十八ばんあみだ如来六十九ばん観世音菩薩七十ばん馬頭観世音 七十一ばん千手観音七十二ばん大日如来七十三ばんしゃか如来七十四ばんやくし如来七十五ばんやくし如来七十六番金蔵寺七十七ばん薬師如来七十八ばん 七十九ばん八十ばん八十一ばん千手観音八十二ばん千手観音八十三番 八十四ばん千手観音八十五ばん観世音菩薩八十六番八十七ばん観世音菩薩八十八ばん薬師如来

地神宮と町内会館 地神宮は村の神社よりも身近に神様をお祀りするもので 納内では 市街地を除く農村部の地区ごとに地神宮があります 春 ( 主に 3 月 ) と秋 ( 主に 9 月 ) に 開拓した農地の豊穣と農事の安全を祈願するお祭りが行われます 多くは町内会館と同じ敷地に祀られています 一区地神宮 納内神社の百年史(1997 年発行 ) より 昭和 23 年 9 月建立 5 丁目幌内川の橋から1km ほどのところに拝石に適当な石を見つけ 人力で運び 神社の土田喜七宮司に碑文を書いてもらい この地の農業が栄えることを念じ祀った ( 石碑裏には 昭和 23 年第一班青年建之 とある )

二区地神宮 納内神社の百年史より 明治 42 年 水利組合を設立し 吉野川水利権を取得し 同年 二区 三区を共同で地神宮を建てお祭りを行った 翌年水利組合事務所を建設し さらに翌年の 44 年 4 丁目奥より拝み石を引き出し 地神宮を建立した 大正 9 年 古くなった拝石を台座に組み入れ現在に至っている ( 台座には 昭和 51 年 11 月吉日 とある ) 三区地神宮 納内神社の百年史より 大正 11 年 地神宮に適した大きな石を見つけ 区内の者総出で搬出にあたった 婦人会の炊き出し 昼食夜食づくりの応援で 何日かかかって目的地まで到着した 昭和 3 年に現在地に移され 昭和 33 年には土台の改修をした 基礎コンクリートの骨材の上部に油石を使っており 集めるのが大変だった 毎年春と秋にこの神前に参拝し 農家の一番大切なお祭りとなっている 四区地神宮 納内神社の百年史より 大正元年 部落総出で地神宮が建立され 土俵も作って子ども相撲が春秋に奉納され 戦後も長く成年男子部の対抗相撲の練習に使用されていた 第四班の一番高いところということで現在地に建立された 昭和 15 年 猿田彦神社より猿田彦之尊のご分霊を受けていたが 50 年経った平成 6 年 土田宮司によって厳かにご返霊のお祭りが行わた その後も奉秋の地神祭が執り行われ 五穀豊穣 家内安全が祈願され 直会も盛大で 町内会の親睦を深めている

五区地神宮 納内神社の百年史より 中川農場耕地内に 木柱により祭祀した 明治 43 年部落総出の奉仕で 中野川上流より拝石を搬出した 昭和 37 年 8 月 元の集会所横に移転 さらに昭和 52 年 8 月現在地に移転した 各戸の安寧を祈願するとともに豊穣をお祈りしたので 残り少なくなった部落民もそれを受け継いでいる 六区の一地神宮 納内神社の百年史より 昭和 23 年 8 月 石沢熊吉が土地を提供し 農事組合 (= 町内会 ) 全員で手伝った 拝石は石狩川より搬出 昭和 54 年 集会所の移設により第六区の一会館前に移転鎮座 地神宮は春秋に組合員総出で盛大なお祭りが行われている 六区の二地神宮 納内神社の百年史より 昭和 23 年頃 七 六区が共同で使用していた地神宮から六区が2つに分かれることを機に それぞれに地神宮を持つことになった 高台の 町内を一望できる場所に建立し 町内会館も新築した 昭和 40 年に地神宮を移転 昭和 52 年の町内会館の新築にあたり 少し移動し台座も新しくした 昭和 63 年 高速道路の建設に伴い現在地に移転 拝石も寄進を受けて新しくした

九区地神宮 納内神社の百年史より 九区の一 二 三の農事組合が平成 3 年 8 月に統合 平成 4 年 9 月に現在の 2 丁目角に再遷し 地神祭を行った 十二区地神宮 納内神社の百年史より 第十二区の一もともと一つだった十二区が三つに分かれた 当分の間は十二区の一に地神宮をおき 地神祭も行っていたが 33 年にそれぞれ地神宮を設けた 昭和 33 年 新たに幌内川の石で台座を作り 拝石はもとのものを祀った 旧十二区の二地神宮吉和会会館の地神宮 納内神社の百年史より 北通三条四丁目角に十二区の二町内会の地神宮があ り お祭りを続けていたが 昭和 22 年に町内会が三 分割され 昭和 31 年幌内川から基礎石や台石を搬出 し 拝石は更進から良い石を分けてもらい運搬した 十二区の三町内会も同時に建立したが 昭和 56 年に 十二区の二と合併し魂抜きを実施した

納内神社例大祭 子供みこし 子ども達の元気なかけ声が響きます 納内の鎮守様のお祭りは 毎年 9 月 4 6 日に行われます 御神輿がまちを練り歩き 猩々獅子舞 相撲大会 しゃんしゃん傘踊り 人情芝居 歌謡ショーなど 様々な催しがあります しゃんしゃん傘踊り あざやかな傘踊りは 深川市の夏の風物詩です

神輿渡御 昭和 16 年に御神輿が奉納され 神輿渡御が行われるようになりました 写真 : 北原和夫

猩々獅子舞 明治 40 年に 香川県奥鹿村に伝わる猩々獅子舞が納内に伝えられました 昭和 49 年には深川市無形文化財に指定されました

奉納行事 境内では 人情芝居や歌謡ショーなどの奉納行事が行われます

写真提供 : 鈴木歩実さん [ 表紙 風景 裏表紙 ] 鈴木健さん [ 動物 ] 大鍔秀樹さん [ 丘からの眺め ] 北原和夫さん [ 祭り ] 安藤一彦さん [ りんご ]

納内ふるさと写真集平成 28 年 3 月 発行 : 納内地域集落対策協議会 ( 深川市役所納内支所内 ) 深川市納内町 3 丁目 1 番 1 号電話 :0164-24 - 2111 メール :osamunai@city.fukagawa.lg.jp ホームページ おさむない四季便り http://osamunai.com