その9NEXT 初版発行 :2010 年 4 月 23 日第二章 宿の街/貸間日本人が失ったリズム安く自由 湯治の原点これからも細く長くもうほかには行けん
温泉都市 別府は 宿の街 と言っていい 別府八湯の各エリアに点在するホテル 旅館 民宿 三百六十五日 二十四時間体制で観光客を迎え入れる 経営を陰で支える出入り業者は多岐にわたり 宿泊業界に携わる人の数は 計り知れない (関係者)という 別府の基幹産業である 浴衣掛けの団体客であふれ返った黄金期の昭和から 平成に元号が変わってはや二十年 各施設の窓から明かりが消えていって久しい 長期連載 別府恋歌 の第二章では 泉都を支える宿泊業界をクローズアップ その第一シリーズとして 伝統の湯治文化が息づく貸間業の 今 を伝える 宿の街 別府恋歌 第 2 章 宿の街 / 貸間 p. 2
湯煙が立ち上る鉄輪温泉の旅館街 = 別府市 別府恋歌 第 2 章 宿の街 / 貸間 p. 3
別府恋歌 第 2 章 宿の街 / 貸間 p. 4 玄関には 入湯かしま中野屋 の看板 日が沈むと部屋の明かりが石畳を照らし 白い噴気が夜の暗闇に溶けていく 25 何もない 料理もなければ 布団の出し入れもない 気が向くままに寝る 起きる 温泉に身を沈める 何か食べたくなったら自炊し 時には 近くの店で出来合いを買って来る われながら不思議やな と思う 自宅で過ごす いつもの日常と変わらない でもなぜか また泊まりたいと感じてしまう それが貸間の魅力ですわ 広島県福山市の渡辺利昭(69 )が鉄輪温泉に魅せられて七年がたつ 定宿は創業百三十年以上の 中野屋 (鉄輪井田五組) 貸間形態の湯治宿では老舗中の老舗だ 二〇〇八年一月七日日本人が失ったリズム安く自由 湯治の原点
別府恋歌 第 2 章 宿の街 / 貸間 p. 5 旅館やホテルにはない 家庭の香り がするんや どこか懐かしい仕舞屋(しもたや)風の雰囲気も これまたエエんよ いつも一週間ほど滞在する 一泊三千円 年に数回 妻(63 )と一緒に寝間着を持って 戻ってくる 日に何度も自噴の蒸し湯に横たわる 時間をかけて持病の腰痛を癒やし 夕方は温泉の噴気を使った共同調理場へ 客同士で エール(おかず)を交換する のも楽しい 何て言うたらエエんやろ ここには人間本来の 日本人が失ってしまった生活リズムゆうんが今でも残っとるんよ さまざまな宿泊施設がひしめく別府八湯 その中でも 伝統的な湯治文化が色濃く残る鉄輪特有の素泊まり宿 それが貸間だ 中野屋の三代目おかみ 佐原京子(72 )は帳場に座って約三十年 時代が変わっても鉄輪は鉄輪 ホテルや旅館で過ごすのもいいけど 安くて自由に過ごせる貸間は やっぱり 湯治場の原点なんよ 木造二階に四畳半から六畳までの和室が十二部屋 蒸し湯に欠かせない薬草のセキショウは 山口県の常連さんが送ってくれる うちに来る客は皆 家族ぐるみの付き合いです 関東 関西 四国 屋根の下では 昔も今も いろんな方言が飛び交ってますよ 帰る日が来た 軒先から冬空へ 噴気が立ち上っては消えてゆく この湯煙も朝 昼 晩と時間帯によっていろんな色に変わる 貸間ゆう宿に泊まっとるとね そんなことまで気付かせてくれるんです 渡辺は帳場に声を掛けた おかげで体が軽うなりましたわ また近いうちに来ますんで いつもの部屋 取っといてくださいな 分かってますよ と笑いながら 佐原は 家族の一員 を見送った
別府恋歌 第 2 章 宿の街 / 貸間 p. 6 6 畳 1 間 長期滞在者は自由気ままに湯治生活を送る 気取らず 飾らず が貸間の基本スタイルだこれからも細く長く26 どっから来はったん? 今朝は何 食べたと? そっちの宿賃 いくらかえ 方言が飛び交う別府市営鉄輪むし湯 無料の 足蒸し に湯治客らが集まっては 井戸端会議ならぬ 湯端会議 で情報を交換する 人に接して心も温まったのだろう 腰を曲げた女性がシルバーカーを押しながら 貸間へと戻ってゆく やがて あそ二〇〇八年一月八日
別府恋歌 第 2 章 宿の街 / 貸間 p. 7 旅館 (鉄輪上二)の引き戸を開けて 年季の入った木造二階の建物に消えていった 鉄輪温泉旅館組合 十五軒の宿で構成する組織は通称 貸間組合 と呼ばれる 組合長を務めるのはあそ旅館の主人 馬場司(72 )だ 先細りやけど 将来性はなくもない これから団塊の世代が高齢化していくから 貸間は今までと変わらず 横ばい状態で細く 長く続いていくんやなかろうか 組合に加盟する宿のオーナーは六十 八十代が中心 温泉が枯れん限り つぶれることはなかろう ただ そん前に経営者らの方が高齢化し 跡取りがおらんで廃業するところはあるかもしれん 別府は江戸時代後期から温泉場として栄えてきた 宿泊業が発展したのは明治時代 その形態は旅館 ホテルの前身となる 旅籠(はたご) 室料だけを支払う 木賃 や 貸間 などに分かれた 別府市誌(二〇〇三年発行)によると 貸間はピーク時の一九六一年に百十軒あったという 馬場は腕を組んだ 昔は繁忙期が決まっててね 田植え終了後の六月と コメ収穫後の秋から年末 年始 農家の人たちがこぞって体を休めに来た でも そんな農業が中心の世の中じゃなくなりましたからね 今は 湯治文化が息づく鉄輪 貸間組合 といえども 今や一泊二食付きの 兼業旅館 が大半を占める 自炊を原則とした貸間専門の宿はわずか数軒しか残っていない
別府恋歌 第 2 章 宿の街 / 貸間 p. 8 気持ちよかろ? 極楽じゃ 出会ったばかりの湯治客 大正生まれの 2 人は笑った こん宿は旅の終着駅じゃ もうほかには行けん27 二〇〇八年一月九日友達か と聞かれれば友達だ たったさっき こん宿のそこで知りおうたんよ もはや友達というより 兄弟じゃ 鉄輪温泉の貸間 双葉荘 (鉄輪東六組) 西日が差し込む六畳一間のふすまを開けると じいちゃん二人が布団の上にいた
別府恋歌 第 2 章 宿の街 / 貸間 p. 9 何え 取材かえ?写真を撮るんはいいが 名前だけは勘弁しとくれ 地元に知れたら大騒動じゃ まあ そりゃそうと わしらに何を聞くんかえ? 仮に二人の名前をゴンゾウ ミツオとでもしておこう ゴンゾウは宮崎市在住の八十七歳 一週間ぐらい 安くてのんびり泊まれる温泉宿はなかろうか 市に電話を入れると 市観光協会を通して貸間を紹介された 妻を家に残して初めて来たんやが 素晴らしいの一言に尽きる 情緒があるし 泉質もいい この年になりゃあ こういう自由な宿が一番じゃ もうほかには行けん 北九州市で暮らすミツオは八十二歳 年に三回ほど訪れては 長期滞在しながら湯治にいそしむ 日に三度は湯につかる 食事は自炊したり 買って帰ったり 食べに行ったり 若いころ 新婚旅行で別府に来たんよ そん妻も二年半前に亡くなった 寂しいけど おかみさんや宿の客と話をするんが楽しい そやねえと来りゃせんばい 一泊三千円 よそ様に迷惑を掛けなければ基本的に何をしてもいい ゴンゾウが部屋にミツオを呼んだのは 体をもんじゃろう と誘ったからだ ちゃぶ台の上には入れ歯ケース 今でも勉強しているのだろうか 使い古された英和辞典の横に 英語の上級テキストが置いてある 四十分ほどでマッサージは終わった あんた 腕がいいなあ そうかえ またいつでもやるで 二人は相好を崩しながら こちらを見た な まるで兄弟じゃろ こんな心から触れ合える宿はどこ探してもないで 時代は貸間じゃ
別府恋歌 第 2 章 宿の街 / 貸間 p. 10 オオイタデジタルブックとはオオイタデジタルブックは 大分合同新聞社と学校法人別府大学が 大分の文化振興の一助となることを願って立ち上げたインターネット活用プロジェクト NAN-NAN( なんなん ) の一環です NAN-NAN では 大分の文化と歴史を伝承していくうえで重要な さまざまな文書や資料をデジタル化して公開します そして 読者からの指摘 追加情報を受けながら逐次 改訂して充実発展を図っていきたいと願っています 情報があれば ぜひ NAN-NAN 事務局にお寄せください NAN-NAN では この 別府恋歌 以外にもデジタルブック等をホームページで公開しています インターネットに接続のうえ下のボタンをクリックすると ホームページが立ち上がります まずは クリック!!! 大分合同新聞社 別府大学 デジタル版 別府恋歌 その 9 編集大分合同新聞社初出掲載媒体大分合同新聞 (2007 年 10 月 22 日 ~ 2009 年 3 月 14 日 ) デジタル版 2010 年 4 月 23 日初版発行編集大分合同新聞社制作別府大学メディア教育 研究センター地域連携部 / 川村研究室発行 NAN-NAN 事務局 ( 870-8605 大分市府内町 3-9-15 大分合同新聞社企画調査部内 ) c 大分合同新聞社 デジタル版 別府恋歌 について 別府恋歌 は 大分合同新聞社が 2007 年 10 月から翌 2009 年 3 月まで 同紙夕刊に掲載した連載記事 今回 デジタルブックとして再構成し 公開する 登場人物の年齢をはじめ文中の記述内容は 新聞連載時のもの 2010 年 2 月 26 日 NAN-NAN 事務局