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1. はじめに本報告書は, 信州大学医学部附属病院 ( 以下 本院 という ) で平成 27 年 12 月 4 日に発生した手術中の大量出血事例について, その診療評価を行うため設置された医療事故調査委員会の調査報告をとりまとめたものである 2. 委員会の目的本委員会は, 本院で発生した手術中の大量出血について, 公正な立場で医学的観点から調査 分析し, 調査報告書を提供することにより, 医療の透明性の確保を図るとともに, 同様の事例の再発を防止する為の方策を病院長に提言し, 医療安全の向上の一助となることを目的とする 従って, 診療行為の法的評価は行わない また, 調査及び報告は, 個人の責任を追及するためのものでもない 3. 事故の概略患者 :70 代女性疾患名 : 右副腎腫瘍手術名 : 腹腔鏡下右副腎摘除術平成 27 年 7 月 27 日に他病院より本院へ紹介受診 当初は 9 月 13 日入院,9 月 15 日に手術予定であったが, 術前 ECG で T 波異常を指摘され, 手術延期 後日心臓カテーテル検査を行った結果, 問題なしと判断され,12 月 2 日に入院,12 月 4 日に手術予定となった 12 月 4 日, 本院において腹腔鏡下副腎摘除術を施行 術中, 副腎腫瘍の頭側を剥離中に出血 開腹手術に切り替えるとほぼ同時に心肺停止, 心臓マッサージ開始 心臓血管外科及び肝臓外科にて止血処理 止血に難渋し, ガーゼパッキングした状態で 12 月 5 日 2 時 7 分閉腹とし,ICU 入室となった 術後の経過は概ね良好であり, 平成 28 年 1 月 29 日に軽快退院となった 3-1. 事故発生時までの経過 H27.7.27 他病院より本院へ紹介され受診 ( 初診日 ) ( 紹介状概要 ) CT にて副腎腫瘍が疑われた (H27.7.17 の MRI では最大径 60mm 大 ) ノルアドレナリン軽度高値 H27.6.5 の PET で右副腎腫瘍部分に集積を認め, その他の臓器には集積なし 血液検査, 画像所見からは, 褐色細胞腫よりも副腎癌を疑う結果 本人 家族に入院説明 H27.8.21 術前検査 (H27.9.13 に入院,H27.9.15 に手術予定 ) H27.9.2 心電図検査にて T 波異常 の指摘あり H27.9.4 心臓超音波検査にて 下壁領域に壁運動異常と壁の菲薄化 の指摘あり 本人 家族に心臓カテーテル検査入院の説明手術目的入院は中止 検査入院の結果確認後, 再度予定を立てる H27.9.29 入院 ( 心臓カテーテル検査目的 ) H27.9.30 心臓カテーテル検査施行 副腎腫瘍手術前に治療を要する病変はなし, との診断 H27.10.1 退院 H27.10.22 入院日及び手術日の決定 (H27.12.2 に入院,H27.12.4 に手術 ) H27.10.23 入院日 手術日について本人へ電話連絡 H27.11.6 術前検査にて ZTT 高値,TTT 低値 蛋白泳動提出 H27.12.2 入院 ( 副腎腫瘍手術目的 ) 腹部 MRI 施行 右副腎に 40 40 21mm 大の腫瘤性病変を認める 褐色細胞腫としては非典型的 副腎癌や転移など悪性腫瘍を疑う 下大静脈, 肝, 右横隔膜への浸潤を否定できない との所見 診断 本人 家族に手術 ( 腹腔鏡下右副腎摘除術 ) 説明 1

H27.12.3 H27.12.4 ( 腹腔鏡手術は手術中の急な出血に対する対応が遅れがちになること, 手術中に安全上の理由により腹腔鏡手術の続行が危険であると考えられる場合には通常の開腹手術に切り替えることがあること, 出血 感染 他臓器の損傷 その他不測の合併症の発生の可能性があること等について, 文書を用いて説明 ) 本人に麻酔説明手術当日 3-2. 事故当日の経過 H27.12.4 12:34 手術室入室 12:53 麻酔開始 13:29 手術開始 14:10 頃腫瘍の頭側を剥離 14:55 頃出血, 輸血開始 14:59 開腹手術に切り替え 14:59 心臓マッサージ開始 15:03 心肺停止, 胸骨圧迫開始 15:04 昇圧剤投与 15:05 心臓マッサージ終了 15:06 心拍再開, 胸骨圧迫停止 15:19 右腎臓 内膜摘出 15:29 心臓血管外科医にて止血操作開始 16:19 PCPS 開始 17:49 PCPS 停止, 出血分のみ戻す 18:08 肝臓班医師にコンサルト ( 肝臓裏の IVC より出血あり ) 20:02 肝臓裏の IVC 出血止まらず 再度肝臓班医師へコンサルト 20:20 肝臓外科手術開始 22:21 肝臓班にて IVC 縫合閉鎖 H27.12.5 00:32 PCPS 終了 02:07 閉腹 ( 腹腔内ガーゼ 2 枚 ) 02:39 手術終了 03:41 麻酔終了 03:42 手術室退室 (ICU 入室 ) 3-3. 事故後の経過 H27.12.5 ICU 入室 ( 所見など ) 血圧はおおむね安定, 頻脈 SpO2 低下 尿量低下あり 超音波検査で左胸水あり 胸部 X 線写真で右上肺野無気肺 左胸水あり H27.12.6 ( 所見など ) 心室期外収縮 (PVC) 散発 ドレーンから持続的出血あり 呼吸は徐々に悪化 胸水貯留あり クレアチニン悪化 明らかな感染徴候は認めず プロポフォール終了し,11 時覚醒 H27.12.7 腎臓内科医師にコンサルト 現在の腎不全の主たる原因としては, 腎摘により片腎になったこと及びショックに伴う腎虚血による尿細管障害が主体と考えられる 引き続き保存療法を継続し, 今後バランスがとれにくくなれば腎代替療法を検討する方針で良いかと思われる との回答 CT 撮影し, 脳に明らかな出血性病変なし 胸水少量 腹部ドレーン周囲に血腫形成あり との所見 ( 所見など ) 体動時血圧変動なし 心室期外収縮 (PVC) 昨日より減少 ドレーン排液減少 胸水貯留は昨日より減少 クレアチニンさらに悪化 明らかな感染徴候は認 2

めず 本日より GFO 経管注入開始 H27.12.8 感染制御室医師にコンサルト 臨床症状では明らかな感染症のフォーカスを認めず, 感染症によるプロカルシトニン上昇は否定的と考える との回答 ( 所見など ) 呼吸状態及び肝機能は改善 腎機能は増悪傾向 プロカルシトニン高値 H27.12.10 抜管 H27.12.30 一時退院 H28.1.7 外来受診 H28.1.12 再入院 H28.1.29 軽快退院 4. 事実認定と評価 4-1. 術前の画像検査に基づく事実及び判断プロセスについて 1 平成 27 年 7 月 27 日に A 医師の外来を初回受診した 外来担当医であった A 医師は, 前医にて撮影された平成 27 年 7 月 17 日の MRI などの資料をもとに, 副腎癌または褐色細胞腫の疑いで腹腔鏡下手術, 困難であれば開腹手術 の方針で, 入院予約及び糖尿病 内分泌代謝内科医師への紹介を行った 同日, 糖尿病 内分泌代謝内科医師の診査の結果, 褐色細胞腫の可能性は否定的と報告された これらの診断及び方針は,8 月 3 日に開催された泌尿器科医師全員の参加による入院前予約カンファレンスにおいて確認され,9 月 13 日に入院の予定となった しかし, 手術前検査において心電図異常を認め, 循環器内科による精密検査が必要とされたため, 入院予定は一旦延期となった 循環器内科における検査の結果, 手術加療に支障はないとの結果が得られたので, 改めて 12 月 2 日に入院の上,12 月 4 日に腹腔鏡下右副腎全摘出術の予定となった 前回のカンファレンスからの期間が空いていたため,12 月 1 日の入院前予約カンファレンスにて再度の検討を行った結果,12 月 2 日に造影 MRI 検査を再度実施し, その結果を確認した上で手術術式を決定することとなった 2 本検査結果に対する評価と手術術式の検討は, 手術を直接担当した 4 名の医師のみで行われ, 腹腔鏡により本腫瘍の摘出は可能であり, 腹腔鏡でこれ以上は操作が進まないと手術中に判断した場合には開腹術に切り替えると決定されたが, 開腹術への移行を手術中に判断する基準などを含む具体的な手術計画は策定されていなかった また, 本検査に対する放射線科医師によるレポート所見には 腫瘤は下大静脈に密接しており, 浸潤を疑います また, 右横隔膜や肝とも密接しており, 癒着 浸潤の可能性があります と記載されているが, 周囲組織への腫瘍の癒着または浸潤の程度や腫瘍と周囲組織との解剖学的関係などに関する放射線科医師を交えた検討, あるいは, 周囲組織との癒着などが著しい場合の対応などを含めた肝臓外科または心臓血管外科医師を交えた検討などは, 実施されなかった なお, 当該科においては, 手術に先だって関連診療科との合同カンファレンスなどを開催し, 診療方針や予測しうる問題の対処などに係る検討を行う基準と態勢, 及び, 手術に先立って具体的な手術計画を策定し, 診療科内で情報共有した上で手術に臨む態勢は, 整備されていなかった 4-2. 手術中の操作に基づく事実及び判断プロセスについて手術開始時の執刀医師は B 医師で, 腫瘍の頭側と肝臓の間で腹膜を腹腔鏡下で切開し, 肝臓に切り込む形で腫瘍上縁の剥離を実施した 次いで, 腫瘍下縁と腎上極の間で腹膜を切開して剥離を試みるも, 剥離が困難なため, 腎被膜下で剥離を行い, 後腹膜脂肪面まで剥離を実施した 次いで, 腎上極前面で腹膜を切開して腎静脈を露出後, 下大静脈の一部を露出し腫瘍の下内側縁の剥離を試みたが, 癒着が高度で剥離が困難であった 術者が A 医師に交代し, 腫瘍内側縁の剥離を継続したが, 短肝静脈 (short hepatic vein) を切離した際にその起始部やや頭側の下大静脈を 3

損傷し, 限局され拡大された視野の中で止血及び剥離操作を行う中で, 術者及び手術チームは解剖学的な位置関係を見失い, 出血源の把握に手間取る間に下大静脈の損傷が拡大し, 開腹手術へ移行となった なお, 手術の進展状況や解剖学的位置関係を客観的に観察し, 術者及び手術チームが適切に手術を進めてゆくために必要な相談や助言を行う態勢はなかった 4-3. 患者及び患者家族への説明ならびに診療記録について患者及び患者家族に対する説明に関しては, 周囲組織への腫瘍の癒着または浸潤が予測されていたので, 腹腔鏡手術では摘出が困難な可能性も高く, 剥離困難であった場合の周囲組織を含めた切除や周囲組織の損傷, 特に下大静脈損傷に伴う出血の危険性に関しては, 十分な説明を行うことが必要である 診療録には 息子さんに癌と周囲浸潤の疑いに付いて説明, 本人, 息子に別紙のごとく副腎摘出術, 輸血, 血漿分画製剤, 身体抑制について説明 とのみ記載されており, 別紙説明書には, 開腹手術への移行の可能性, 出血及び輸血の可能性についての言及はあるが, 定型的な記述に留まっており, 本事例における固有の問題点や危険性などに関しては言及されていない また, 約 4 か月間の手術待機期間中に画像検査上は腫瘍の増大傾向を認めていないことなどによる良性疾患の可能性に付いても, 説明された記録がない 診療録の記載に関しては, 入院ならびに治療方針の決定, 手術術式の決定や手術治療の延期後の再評価, 画像検査などの諸検査に対する評価と最終的な手術方針に到る判断過程, 診療科や診療チーム内での検討内容と結果, 診療の過程における患者及び患者家族への説明とそれに対する反応や理解の様子など, 診療の過程に関わる診療録への記載が全体に乏しい 特に, 患者及び患者家族への説明に関しては, 診断から治療方針の策定ならびに手術の実施に到るまで, 詳細な記載が殆どなされていない 5. 委員会の結論本件における経過と資料より, 本事故発生に関し, 以下のように総括する 1 手術に先立つ検討及び情報共有態勢の整備が不十分であった結果, 診療方針の最終決定が診療チームに委ねられ, 画像所見に関する放射線科医師などを交えた詳細な検討や, 周囲組織を含めた合併切除の可能性などに関する肝臓外科や心臓血管外科などの医師を交えた検討が行われず, 開腹手術への移行を手術中に判断する基準などの具体的な検討と手術計画の策定も十分でなかった 2 手術中の操作及び判断に関しては, 腫瘍と周囲組織との癒着の程度を術前に判断することは困難であり, 腹腔鏡手術で開始したことに問題はないが, 手術計画の策定が十分でなかった結果, 開腹手術への移行の判断が遅れ, 下大静脈の重篤な損傷に到った 3 手術に先立つ診断及び治療方針の検討と手術計画の策定が不十分であった結果, 患者及び患者家族に対する十分な説明がされていない 4 診療録記載に関する管理が十分になされていない結果, 診療方針を決定するためのカンファレンスの記録や手術計画, ならびに患者及び患者家族に対する説明と同意のプロセスに関する診療録の記載が不十分である 6. 再発防止策と提言 6-1. 術前における評価と対策について 1 下大静脈, 肝臓など周囲重要組織との癒着や浸潤が疑われる副腎癌 ( 疑い症例含む ) や副腎腫瘍については, 放射線科を含めたカンファレンスを実施し, カンファレンスの結果で必要と判断された事例に対しては, 肝臓外科や心臓血管外科などの関係診療科との合同カンファレンスを実施し, 最終的な治療方針を決定する 2 手術に先立って, 手術中に予測される経過や問題点, 及び予定通り進行しない場合の対応を含 4

めた手術計画を策定し, 関連外科系診療科, 麻酔科, 手術部の協力を要する可能性のある事例においては, あらかじめ協力を依頼し, 関連診療科医師や必要機器 薬剤を確保しておく 6-2. 術中における評価と対策について 1 手術途中で術式の変更などの大きな変更が必要と判断した場合, あるいは, 手術中に客観的な判断や助言が必要と判断した場合には, 手術前に策定した手術計画の範囲内であっても, 診療科長に助言や判断を仰ぐ 2 他診療科による手術への協力が必要となる可能性のある場合には, 麻酔科, 手術部ならびに ME などの関連する部署にもあらかじめ連絡し, 対応を依頼する 6-3. その他 1 患者及び患者家族への説明は, 十分な治療方針の検討と手術計画に基づいて行い, インフォームド コンセントの実施状況については, 所定のテンプレートを用いて診療録に記載する 2 チーム内, 科内, 多診療科などの開催形式を問わず, 実施したカンファレンスの討議内容及び結果は所定のテンプレートを用いて診療録に記載するとともに, 策定した手術計画についても手術に先立って診療録に記載する 以上 5