12. 神奈川県で検出されたコクサッキーウイルス A6 型の 分子系統解析と臨床症状との関連 佐野貴子 近藤真規子 ( 神奈川県衛生研究所 ) 目的 コクサッキーウイルスは乳幼児を中心に夏季に流行する手足口病 ヘルパンギーナ 無菌性髄膜炎等の病因ウイルスの一つである 手足口病は口腔粘膜および手や足などに現れる水疱性発疹を主症状とし コクサッキーウイルス A16 型またはエンテロウイルス 71 型の感染が主な病因となっている 1) ヘルパンギーナは口腔粘膜に現れる水疱性発疹と発熱を特徴とする急性ウイルス性咽頭炎で コクサッキーウイルス A2 型 A4 型 A5 型 A6(CA6) 型等の感染によるものが多い 2) 神奈川県では 従来ヘルパンギーナの病因ウイルスであった CA6 型が 2011 年に手足口病患者から多数検出され 全国からも同様の報告が相次いだ 2012 年以降も手足口病患者から CA6 型株の検出が続いている 海外においては 2008 年に欧州 3) 2010 年に台湾 4) 2012 5) 年には米国等で CA6 型による手足口病の流行が報告されている この CA6 型による感染では 水疱性発疹が口腔粘膜だけでなく 手 足さらには大腿部や臀部にも出現していること 6),7) さらには回復後に爪甲脱落症の報告例もあることから 8),9) 病態の変化が顕著である また 乳幼児のみならず成人の発症例も報告されている 7) 神奈川県で手足口病を引き起こした CA6 型株の遺伝子学的特徴やその浸淫時期等を検証することは 今後の流行を監視する上で重要である 本研究では 神奈川県で検出された CA6 型株について過去に遡って遺伝子解析を実施し 海外で報告された CA6 型株の遺伝子データと合わせて分子系統解析を行うとともに 臨床症状との関連について調査を行った 材料と方法 1. 材料感染症発生動向調査事業において 2000~2013 年の間に神奈川県内の小児科病原体定点医療機関から得られた手足口病患者およびヘルパンギーナ患者の咽頭ぬぐい液から 中和試験 補体結合反応試験 遺伝子増幅法等で CA6 型と同定された 256 例のうち 哺乳マウス法により分離したウイルス株 104 例 (2000 年 13 例 2002 年 5 例 2003 年 1 例 2004 年 3 例 2005 年 10 例 2007 年 2 例 2008 年 12 例 2009 年 15 例 2010 年 19 例 2011 年 12 例 2012 年 4 例 2013 年 8 例 :2001 年と 2006 年は検体なし ) を用いた 2. 方法分離株から RNA 抽出を行い VP1 部分領域を標的とした 187, 188, 189/011 10) のプライマーセットを用いて RT-PCR 法を行った PCR 産物については ダイレクトシーケンス法によ - 57-
り VP1 領域の 765bp の塩基配列を決定した その後 米国生物工学情報センターが提供する塩基配列データベース (GenBank) に登録された海外 CA6 型株の VP1 領域の塩基配列データとともに分子系統解析を行った 遺伝距離は kimura-2-parameter 法を用いて推定し ブートストラップサンプリングを 1,000 回行い 近隣接合法にて系統樹を作成した 解析には MEGA version 6 ソフトウェア 11) を使用した また 医師が記入した検査票に基づき 患者の臨床所見 ( 年齢 発熱 体温 口内炎 上気道炎 胃腸炎 関節痛 ) を集計し 系統樹上分類したグループ間について統計解析を行った 解析法は 年齢と体温については Mann-Whitney U test その他症状については Fisher's exact test を用いた 3. 倫理的配慮今回 使用した検体は 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律 の規定に基づく感染症発生動向調査において収集されたものである 本研究については 神奈川県衛生研究所倫理審査委員会の承認を受けた 結果 2000~2013 年に手足口病およびヘルパンギーナ患者検体から検出された CA6 型ウイルス株 104 例の VP1 部分領域 (765bp) の分子系統樹を図に示した 104 例中 42 例が 1 つのクラスターを形成しており ( ブートストラップ値 :98% グループ A) グループ A には 2009 年分離株 15 例中 2 例 (13%) 2010 年分離株 19 例中 16 例 (84%) 2011 年以降に分離された 24 例すべてが含まれていた グループ A で最も古い 2009 年の分離株 2 例は 10 月に手足口病と診断された患者から得られた また 2008 年にフィンランドで手足口病患者から検出された CA6 型 GenBank 登録株 ( アクセッション番号 KM114057) 2009 年と 2011 年の台湾株 (JN582001 JQ946050) 2011 年の静岡株 (AB678778) もグループ A に分類された グループ A 以外のグループ B には 2000~2010 年までの株が含まれており 年ごとにサブクラスターを形成する傾向にあったが 2011 年以降の株は含まれていなかった グループ間での VP1 領域の塩基配列の平均相違率は 3.9% アミノ酸では 0.3% であった グループ A の 42 例およびグループ B の 57 例 (62 例のうち症状未記載例 5 例を除いた ) について年齢や各症状を比較したところ 発疹の出現には有意差が見られたが 年齢 発熱 体温 口内炎 上気道炎 胃腸炎 関節痛には差が見られなかった ( 表 ) 神奈川県においては爪甲脱落症の報告例はなかった 考察 CA6 型は従来 ヘルパンギーナの原因ウイルスの一つであったが 2008 年に初めて欧州で CA6 型による手足口病の流行が報告された その後 2010 年に台湾 2011 年に日本 2012 年に米国で報告が続き 日本においては 2013 年に再び CA6 型による手足口病の流行が発生した 神奈川県において過去 14 年間に分離された CA6 型株 104 例について解析した結果 2009 年と 2010 年に分離された株の一部と 2011 年以降の分離株のすべてが一つのクラス - 58-
131425/HA 131402/HA 131410 75 131417 131431 検体番号の上二桁は西暦を示す 36 66 111636 111587 AB678778/CA6/Shizuoka18/2011 ( 例 )131425:2013 年検出株 検体番号に続く記号 (/HA) はヘルパンギーナ患者検体を示す *HA の標記のないものは手足口病検体である AB678778 KM114057 JN582001 JQ946050 AY421764 は CA6 の GenBank 登録株である AY421762 の CA4 High Point 株をアウトグループとして解析した 111584 40 111639/HA 41 95 111592/HA KM114057/CA6/Finland/2008 51 131450/HA 90 72 121652 121656 121643/HA 121644/HA 111574 111577 111565/HA 89 111622/HA 35 111621/HA 131545 131432/HA 64 101393 56 JN582001/CA6/1537/TW/2011 28 79 JQ946050/CA6/20/TW/2009 111618 98 111590/HA 101284 26 95 1012 47 101288 83 101339 86 101335/HA 101262 21 091431 091396 101077 15 101125 101051 101124 101319/HA Group A 2013 年 2012 年 2011 年 2010 年 2009 年 62 101285/HA 101344 101352 101338 091172/HA 091183 66 69 93 091186/HA 091190/HA 091192/HA 091185/HA 091307/HA 091162 091168 081176/HA 081210/HA 081194/HA 081188 88 87 081178/HA 081177/HA 081167/HA 98 081157 081148/HA 081124/HA 081220/HA 71 95 081212/HA 071185/HA 41 071165/HA 94 091191/HA 091217/HA 091218/HA 091176/HA 051309/HA 051286/HA 36 031155/HA 021228 021261/HA 98 021227 8135 021269/HA 021252/HA 001342 48 001259/HA 001260/HA 54 001217/HA 001287 001302 001317 64 001321/HA 001249/HA 65 001232/HA 001239/HA 001224 65 001236/HA 101302/HA 101268/HA 101269/HA 63 53 051293 051295/HA 53 65 051268 60 0512/HA Group B 2010 年 2009 年 2008 年 2007 年 2005 年 2004 年 2003 年 2002 年 2000 年 78 69 60 051296/HA 051273/HA 051276/HA 051283 041217/HA 041223/HA 041216/HA AY421764/CA6/Gdula/USA/1949 AY421762/CA4/High_Point 0.05 図 CA6 の VP1 部分領域 (765bp) を用いた系統樹 - 59-
表グループ別の臨床所見の比較 Group A (N=42) Group B (N=57 * ) P value 年齢 中央値 1 歳 7ヶ月 (0-32 歳 ) 中央値 2 歳 2ヶ月 (0-33 歳 ) 0.28 発熱 33(79%) 48(84%) 0.60 体温 中央値 38.9 中央値 38.7 0.54 口内炎 28(67%) 28(49%) 0.10 上気道炎 9(21%) 16(28%) 0.49 発疹 26(62%) 17(30%) 0.002** 胃腸炎 1(2%) 6(11%) 0.23 関節痛 0 3(5%) 0.26 *62 件のうち5 件は症状未記入のため57 件で集計した **:1% 有意 ターを形成した ( グループ A) グループ A には 2011 年以降の CA6 型による手足口病流行時期の株がすべて含まれ また 海外で手足口病から分離された 2008 年のフィンランド株 2009 年と 2011 年の台湾株も含まれていたことから 世界各地に同様の CA6 型近縁株 (CA6-HFMD 型 ) バリアントが存在し 流行を起こしていたと考えられた 神奈川県では CA6-HFMD 型は 2009 年 10 月には存在しており その 2 年後には流行株となったことが分かった 臨床症状をグループ A とグループ B とで比較したところ 発疹の出現のみ有意差が見られ その他の症状には差が見られなかった しかし 従来型の手足口病の発熱頻度は約 50% との報告があり 12) CA6-HFMD 型の発熱頻度は 79% で かつグループ B の発熱頻度と同様の傾向であったことから CA6-HFMD 型は従来 CA6 型の高頻度の発熱の症状に加え 発疹を起こしやすい性質が加わったものと思われた 今回 病態変化と遺伝子変異との直接的な関連については解析が出来なかったが 更なる遺伝子解析研究により CA6 型の病態変化の解明が待たれるところである 感染症のグローバル化が急速に進み 世界各地の疾病流行状況の把握は極めて重要となっている 当所では引き続き エンテロウイルス感染症の流行状況および原因ウイルスの解析等を行い 疾病流行の調査および監視を行っていきたい 謝辞 本研究を実施するにあたりご協力を頂きました神奈川県内小児科病原体定点医療機関の先生方および県健康危機管理課の皆様 また 研究助成を頂きました公益財団法人大同生命厚生事業団に深謝致します 参考文献 1) 国立感染症研究所感染症情報センター : 感染症の話 手足口病, 国立感染症研究所感染症発生動向調査週報,2001 年第 27 号,8-10(2001) - 60-
2) 国立感染症研究所感染症情報センター : 感染症の話 ヘルパンギーナ, 国立感染症研究所感染症発生動向調査週報,2003 年第 8 号,10-11(2003) 3)Österback R., Vuorinen T., Linna T., et al.: Coxsackievirus A6 and hand, foot, and mouth disease, Finland, Emerg. Infect. Dis.,15,1485 1488(2009) 4) Chen YJ, Chang SC, Tsao KC, et al.: Comparative Genomic Analysis of Coxsackievirus A6 Strains of Different Clinical Disease Entities. PLoS ONE 7(12): e52432 (2012) 5) MMWR Morb Mortal Wkly Report :Notes from the field: Severe hand, foot, and mouth disease associated with coxsackievirus A6 - Alabama, Connecticut, California, and Nevada, November 2011-February 2012. MMWR 61: 213 4 (2012) 6) 小林正明, 藤本嗣人, 花岡希, 他 :2011 年のコクサッキーウイルス A6 型感染による手足口病の臨床的特徴 静岡県, 国立感染症研究所病原微生物検出情報,32,230-231(2011) 7) 中田恵子, 山崎謙治, 加瀬哲男 : コクサッキーウイルス A6 型による手足口病の成人例 大阪府, 国立感染症研究所病原微生物検出情報,32,231(2011) 8) 柏井健作, 仲浩臣, 寺杣文男, 他 : 手足口病後の脱落した爪からのコクサッキーウイルス A6 型の検出 和歌山県, 国立感染症研究所病原微生物検出情報,32,339-340(2011) 9)Fujimoto T., Iizuka S., Enomoto M., et al.: Hand, foot, and mouth disease caused by coxsackievirus A6, Japan, 2011, Emerg. Infect. Dis., 18, 337-339 (2012) 10) Oberste MS., Maher K., Flemister MR., et al.: Comparison of classic and molecular approaches for the identification of untypeable enteroviruses, J Clin Microbiol, 38, 1170-4 (2000) 11) Tamura K., Stecher G., Peterson D., et al.: MEGA6: Molecular Evolutionary Genetics Analysis version 6.0. Molecular Biology and Evolution, 30, 2725-2729 (2013) 12) 加納和彦, 牧野友彦, 藤本嗣人 : コクサッキー A6 ウイルスの病像変化に関する研究 : ヘルパンギーナから HFMD への病像変化, 第 61 回日本ウイルス学会学術集会,374 (2013) 経費使途明細 使途明細 RNA 抽出試薬 :QIAamp Viral RNA Mini Kit RT-PCR 試薬 :Access RT-PCR System 遺伝子解析試薬 :BigDye Terminator v3.1 Cycle Sequencing Kit 器材 :MicroAmp Optical 96-Well Reaction Plate 器材 :ART200LR マイクロポイント NF ヒンジラック消費税振込手数料合計 金額 109,320 円 50,490 円 112,710 円 4,910 円 3,590 円 17,686 円 1,704 円 300,410 円 - 61-