30 こで 人際家族法研究の第二段階の手始めとして 同国の人際家族法及び関連する分野につき改めて若干の考察を試みたい Ⅱ インドネシアについて ここで 本稿への導入に代えてインドネシアに関する若干の確認をしておきたい インドネシアは 赤道を中心に広がるマレー諸島の大部分を占める世界最大の群島国家であ

Similar documents
第2編 旅客営業 第4章 乗車券類の効力


控訴人は, 控訴人にも上記の退職改定をした上で平成 22 年 3 月分の特別老齢厚生年金を支給すべきであったと主張したが, 被控訴人は, 退職改定の要件として, 被保険者資格を喪失した日から起算して1か月を経過した時点で受給権者であることが必要であるところ, 控訴人は, 同年 月 日に65 歳に達し


特定個人情報の取扱いの対応について


平成  年(行ツ)第  号

法第 20 条は, 有期契約労働者の労働条件が期間の定めがあることにより無期契約労働者の労働条件と相違する場合, その相違は, 職務の内容 ( 労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度をいう 以下同じ ), 当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して, 有期契約労働者にとって不合


<4D F736F F D2089EF8ED096408CA48B8689EF8E9197BF E7189BB A2E646F63>

< F2D8CA48B8689EF8E9197BF31352E6A7464>

特定個人情報の取扱いの対応について

<4D F736F F D D7390AD8BE689E682CC95CF8D5882C994BA82A4936F8B4C96BC8B60906C939982CC8F5A8F8A82CC95CF8D5882C98C5782E9936F8B4C8E9

13 条,14 条 1 項に違反するものとはいえない このように解すべきことは, 当裁判所の判例 ( 最高裁昭和 28 年 ( オ ) 第 389 号同 30 年 7 月 20 日大法廷判決 民集 9 巻 9 号 1122 頁, 最高裁昭和 37 年 ( オ ) 第 1472 号同 39 年 5 月

国際家族法研究会報告(第33 回) インドネシア国際家族法の現在佐々木彩一はじめに人口のおよそ九割がイスラム教徒であるインドネシア共和国(以下 インドネシアとする)は 世界最大のイスラム教徒を有する国でもあるが イスラム教を国教とはしていない そのことは 一九四五年憲法の前文に規定されている建国五原

吹田市告示第  号

7 平成 28 年 10 月 3 日 処分庁は 法第 73 条の2 第 1 項及び条例第 43 条第 1 項の規定により 本件不動産の取得について審査請求人に対し 本件処分を行った 8 平成 28 年 11 月 25 日 審査請求人は 審査庁に対し 本件処分の取消しを求める審査請求を行った 第 4

国会への法案提出を目指すこととする としている 同方針をもとにパーソナルデータに関する検討会が立ち上げられ, 平成 26 年 (2014 年 )6 月 9 日付けで パーソナルデータの利活用に関する制度改正大綱 ( 事務局案 ) が示されたところである しかしながら, その結論によっては, 個人に関

重症心身障害児施設の省令 ( 指定基準 ) を読む 全国重症心身障害児 ( 者 ) を守る会顧問山﨑國治 Ⅰ はじめに 平成 18 年 9 月 29 日 厚生労働省令第 178 号として 重症心身障害児施設の 人員 設備及び運営に関する基準 が厚生労働大臣から公布されました 省令のタイトルは 児童福

<4D F736F F F696E74202D20984A93AD8C5F96F CC837C A815B C F38DFC8BC68ED28D5A90B38CE3816A2E707074>

平成 27 年度 特定行政書士法定研修 考査問題 解答と解説 本解答と解説は 正式に公表されたものではなく 作成者が独自に作成したものであり 内容の信頼性については保証しない 以下の事項に全て該当 遵守する場合にのみ 利用を許可する 東京都行政書士会葛飾支部会員であること 営利目的でないこと 内容を

7 という ) が定める場合に該当しないとして却下処分 ( 以下 本件処分 という ) を受けたため, 被控訴人に対し, 厚年法施行令 3 条の12の7が上記改定請求の期間を第 1 号改定者及び第 2 号改定者の一方が死亡した日から起算して1 月以内に限定しているのは, 厚年法 78 条の12による

<4D F736F F D DC58F4994C5817A95BD90AC E8E99837C89FC90B A78BC78A6D94468DCF816A202D B2E646F6378>

8. 内部監査部門を設置し 当社グループのコンプライアンスの状況 業務の適正性に関する内部監査を実施する 内部監査部門はその結果を 適宜 監査等委員会及び代表取締役社長に報告するものとする 9. 当社グループの財務報告の適正性の確保に向けた内部統制体制を整備 構築する 10. 取締役及び執行役員は

Microsoft PowerPoint - kobetsuB4-slide-静山.ppt [互換モード]

Microsoft Word - アンチ・ドーピング規程(クリーン).docx

?? TAX LAW NEWSLETTER 2017 年 2 月号 (Vol.24) 国税庁 米国リミテッド パートナーシップをパススルー ( 構成員課税 ) と取り扱うとの見解を公表 Ⅰ. はじめに Ⅱ. これまでの議論 Ⅲ. 今回の国税庁の見解の内容 Ⅳ. 最高裁判決との関係 ( 納税者のパスス

第 10 回児童虐待対応における司法関与及び特別養子縁組制度の利用促進の在り方に関する検討会 平成 29 年 1 月 16 日 参考資料 2 児童虐待対応における司法関与の在り方について ( これまでの議論の整理 ) 1. はじめに 平成 28 年 3 月 10 日に取りまとめられた 新たな子ども家

130306異議申立て対応のHP上の分かりやすいQA (いったん掲載後「早く申請してください」を削除)

第 1 民法第 536 条第 1 項の削除の是非民法第 536 条第 1 項については 同項を削除するという案が示されているが ( 中間試案第 12 1) 同項を維持すべきであるという考え方もある ( 中間試案第 12 1 の ( 注 ) 参照 ) 同項の削除の是非について どのように考えるか 中間

達したときに消滅する旨を定めている ( 附則 10 条 ) (3) ア法 43 条 1 項は, 老齢厚生年金の額は, 被保険者であった全期間の平均標準報酬額の所定の割合に相当する額に被保険者期間の月数を乗じて算出された額とする旨を定めているところ, 男子であって昭和 16 年 4 月 2 日から同

O-27567

<4D F736F F D20819A DB90C5916B8B7997A796408BD68E7E82C982C282A282C482CC88D38CA98F912E646F63>

適用時期 5. 本実務対応報告は 公表日以後最初に終了する事業年度のみに適用する ただし 平成 28 年 4 月 1 日以後最初に終了する事業年度が本実務対応報告の公表日前に終了している場合には 当該事業年度に本実務対応報告を適用することができる 議決 6. 本実務対応報告は 第 338 回企業会計

Ⅲ コース等で区分した雇用管理を行うに当たって留意すべき事項 ( 指針 3) コース別雇用管理 とは?? 雇用する労働者について 労働者の職種 資格等に基づき複数のコースを設定し コースごとに異なる配置 昇進 教育訓練等の雇用管理を行うシステムをいいます ( 例 ) 総合職や一般職等のコースを設定し

⑴ ⑵ ⑶ ⑵

屋外広告物のしおり

Microsoft Word - guideline02

いる 〇また 障害者の権利に関する条約 においては 障害に基づくあらゆる差別を禁止するものとされている 〇一方 成年被後見人等の権利に係る制限が設けられている制度 ( いわゆる欠格条項 ) については いわゆるノーマライゼーションやソーシャルインクルージョン ( 社会的包摂 ) を基本理念とする成年


特例適用住宅 という ) が新築された場合 ( 当該取得をした者が当該土地を当該特例適用住宅の新築の時まで引き続き所有している場合又は当該特例適用住宅の新築が当該取得をした者から当該土地を取得した者により行われる場合に限る ) においては, 当該土地の取得に対して課する不動産取得税は, 当該税額から

( 続紙 1 ) 京都大学博士 ( 法学 ) 氏名小塚真啓 論文題目 税法上の配当概念の意義と課題 ( 論文内容の要旨 ) 本論文は 法人から株主が受け取る配当が 株主においてなぜ所得として課税を受けるのかという疑問を出発点に 所得税法および法人税法上の配当概念について検討を加え 配当課税の課題を明

規制の事前評価の実施に関するガイドライン(素案)

第 2 問問題のねらい青年期と自己の形成の課題について, アイデンティティや防衛機制に関する概念や理論等を活用して, 進路決定や日常生活の葛藤について考察する力を問うとともに, 日本及び世界の宗教や文化をとらえる上で大切な知識や考え方についての理解を問う ( 夏休みの課題として複数のテーマについて調

[ 指針 ] 1. 組織体および組織体集団におけるガバナンス プロセスの改善に向けた評価組織体の機関設計については 株式会社にあっては株主総会の専決事項であり 業務運営組織の決定は 取締役会等の専決事項である また 組織体集団をどのように形成するかも親会社の取締役会等の専決事項である したがって こ

香川県後期高齢者医療広域連合職員の勤務時間、休暇等に関する

として同条 2 項が定めた例 と同様に, 一方が死亡した日から起算して 1 月以内に 他方による標準報酬改定請求があったときに限り, 一方が死亡した日の前日, すなわちその者に係る標準報酬をなお観念することのできた時点において標準報酬改定請求がされたものとみなし, 特例を設ける趣旨であると解される

強制加入被保険者(法7) ケース1

個人情報の保護に関する規程(案)

( 続紙 1 ) 京都大学博士 ( 法学 ) 氏名重本達哉 論文題目 ドイツにおける行政執行の規範構造 - 行政執行の一般要件と行政執行の 例外 の諸相 - ( 論文内容の要旨 ) 本論文は ドイツにおける行政強制法の現況を把握することを課題とするもので 第 1 部 行政執行の一般要件 - 行政行為

<4D F736F F D FA967B8CEA89BC96F3817A2090AD957B8B4B92F E38368D D815B834C F974C816A2E646F63>

48

なお, 基本事件被告に対し, 訴状や上記移送決定の送達はされていない 2 関係法令の定め (1) 道路法ア道路管理者は, 他の工事又は他の行為により必要を生じた道路に関する工事又は道路の維持の費用については, その必要を生じた限度において, 他の工事又は他の行為につき費用を負担する者にその全部又は一

PowerPoint プレゼンテーション

平成  年(オ)第  号

Microsoft Word 資料1 プロダクト・バイ・プロセスクレームに関する審査基準の改訂についてv16

( ただし, 子の監護に要する費用の分担の処分の審判事件を含む ) について, 扶養義務者 ( 申立人となる場合を除く ) の住所地は, その手続保障の観点から, 管轄原因とすることが相当であると解されるが, どのように考えるべきか ( なお, 子の監護に要する費用の分担の処分の審判事件については,

11総法不審第120号

実体審査における審査官面接に関して GPE には面接における協議の方法 時期および内容など 詳細な要件が定められている 例えば GPE には 最初のオフィスアクションの応答書が出願人により提出された後 審査官は当該出願の審査を継続しなければならない と規定されている (GPE 第 II 部第 2 章

Microsoft Word - 02_21 衛星通信車調達仕様書

(3) 障害を理由とする差別障害を理由とする不当な差別的取扱いを行うこと又は合理的配慮の提供をしないことをいいます (4) 障害を理由とする不当な差別的取扱い客観的にやむを得ないと認められる特別な事情なく 障害又は障害に関連する事由により障害者を区別し 排除し 又は制限すること 障害者に障害者でない

監査に関する品質管理基準の設定に係る意見書

版 知る前契約 計画 に関する FAQ 集 2015 年 9 月 16 日 有価証券の取引等の規制に関する内閣府令が改正され いわゆる 知る前契約 計画 に係るインサイダー取引規制の適用除外の範囲が拡大されています 日本取引所自主規制法人に寄せられる 知る前契約 計画 に関する主な

PCT 出願人の手引 - 国内段階 - 国内編 -SA S A 1 頁 サウジ特許庁 (SPO) ( 指定官庁又は選択官庁 ) 目 次 国内段階 - 概要 国内段階の手続 附属書手数料 附属書 SA.Ⅰ 略語のリスト国内官庁 : サウジ特許庁 (SPO) Law: 特許, 集積回路配置デザイン, 植

審決取消判決の拘束力

1 アルゼンチン産業財産権庁 (INPI) への特許審査ハイウェイ試行プログラム (PPH) 申請に 係る要件及び手続 Ⅰ. 背景 上記組織の代表者は

ている しかしながら 本件処分は条例の理念と条文の解釈運用を誤った違法なものであり 取り消されなければならない ⑶ 条例第 7 条第 1 項本文は 個人情報の外部提供の原則禁止を規定している また 同条同項ただし書の趣旨は 単に外部提供の原則禁止規定を解除したにとどまる すなわち 当該法令等が存在す

PYT & Associates Attorney at law

 

Microsoft Word - T2-11-1_紙上Live_生計維持_13分_

2 譲渡禁止特約の効力改正前は 譲渡禁止特約を付した場合は債権の譲渡はできない ( ただし 特約の存在を知らない第三者等には対抗できない ) とされていましたが 改正法では このような特約があっても債権の譲渡は効力を妨げられないことを明記しました ( 466Ⅱ 1) ただし 3に記載するとおり 債務

個人情報保護法の3年ごと見直しに向けて

PPTVIEW

_第16回公益通報者保護専門調査会_資料2

第 6 平等原則違反の場合の救済方法 第 6 平等原則違反の場合の救済方法裁判所による直接的救済 ( 部分違憲 )( 1) 判例 参考 問題の所在, 前提 国籍法事件当時の国籍法 3 条 1 項は, 外国人の母より出生したが, 1 母が日本人の父と婚姻をし, 2 父より認知された場合に, 日本国籍の


民法 ( 債権関係 ) の改正における経過措置に関して 現段階で検討中の基本的な方針 及び経過措置案の骨子は 概ね以下のとおりである ( 定型約款に関するものを除く ) 第 1 民法総則 ( 時効を除く ) の規定の改正に関する経過措置 民法総則 ( 時効を除く ) における改正後の規定 ( 部会資

ための手段を 指名 報酬委員会の設置に限定する必要はない 仮に 現状では 独立社外取締役の適切な関与 助言 が得られてないという指摘があるのならば まず 委員会を設置していない会社において 独立社外取締役の適切な関与 助言 が十分得られていないのか 事実を検証すべきである (2) また 東証一部上場

事業者が行うべき措置については 匿名加工情報の作成に携わる者 ( 以下 作成従事者 という ) を限定するなどの社内規定の策定 作成従事者等の監督体制の整備 個人情報から削除した事項及び加工方法に関する情報へのアクセス制御 不正アクセス対策等を行うことが考えられるが 規定ぶりについて今後具体的に検討

長 は10 年 ) にすべきことを 求 める ⑸ 改 善 意 見 として 事 務 引 継 書 にかかる 個 別 フォルダーの 表 示 について 例 えば 服 務 休 暇 全 般 ( 事 務 引 継 書 を 含 む) といったように 又 は 独 立 した 個 別 フォルダーとして 説 明 を 加 え

< F31322D985F935F A6D92E8816A2E6A7464>

JICA 事業評価ガイドライン ( 第 2 版 ) 独立行政法人国際協力機構 評価部 2014 年 5 月 1

SGEC 附属文書 理事会 統合 CoC 管理事業体の要件 目次序文 1 適用範囲 2 定義 3 統合 CoC 管理事業体組織の適格基準 4 統合 CoC 管理事業体で実施される SGEC 文書 4 CoC 認証ガイドライン の要求事項に関わる責任の適用範囲 序文

- 2 - ⑷ 保育所又は学童クラブにおいて 保育又は学童クラブの目的を達成するために 児童又はその保護者に対してされる行政指導 ⑸ 市の職員 ( 地方公務員法 ( 昭和 25 年法律第 261 号 ) 第 2 条に規定する地方公務員に該当する職員をいう 以下同じ ) 又は市の職員であった者に対して

Microsoft PowerPoint - 01_職務発明制度に関する基礎的考察(飯田先生).pptx

<433A5C C6B617A B615C B746F705C8E648E965C8D7390AD8F918E6D82CC8BB38DDE5C CC2906C8FEE95F195DB8CEC964082CC92808FF089F090E E291E88F575C95BD90AC E937894C55C D837A A CC2906C8FEE9

指針に関する Q&A 1 指針の内容について 2 その他 1( 特許を受ける権利の帰属について ) 3 その他 2( 相当の利益を受ける権利について ) <1 指針の内容について> ( 主体 ) Q1 公的研究機関や病院については 指針のどの項目を参照すればよいですか A1 公的研究機関や病院に限ら



4.2 リスクリテラシーの修得 と受容との関 ( ) リスクリテラシーと 当該の科学技術に対する基礎知識と共に 科学技術のリスクやベネフィット あるいは受容の判断を適切に行う上で基本的に必要な思考方法を獲得している程度のこと GMOのリスクリテラシーは GMOの技術に関する基礎知識およびGMOのリス


平成  年(あ)第  号

た損害賠償金 2 0 万円及びこれに対する遅延損害金 6 3 万 9 円の合計 3 3 万 9 6 円 ( 以下 本件損害賠償金 J という ) を支払 った エなお, 明和地所は, 平成 2 0 年 5 月 1 6 日, 国立市に対し, 本件損害賠償 金と同額の 3 3 万 9 6 円の寄附 (

(2) 総合的な窓口の設置 1 各行政機関は 当該行政機関における職員等からの通報を受け付ける窓口 ( 以下 通報窓口 という ) を 全部局の総合調整を行う部局又はコンプライアンスを所掌する部局等に設置する この場合 各行政機関は 当該行政機関内部の通報窓口に加えて 外部に弁護士等を配置した窓口を

政令で定める障害の程度に該当するものであるときは, その者の請求に基づき, 公害健康被害認定審査会の意見を聴いて, その障害の程度に応じた支給をする旨を定めている (2) 公健法 13 条 1 項は, 補償給付を受けることができる者に対し, 同一の事由について, 損害の塡補がされた場合 ( 同法 1

Taro-婚姻によらないで懐妊した児

日商協規程集

その他資本剰余金の処分による配当を受けた株主の

Taro-議案第13号 行政手続条例の

個人情報保護に関する規定 ( 規定第 98 号 ) 第 1 章 総則 ( 目的 ) 第 1 条学校法人トヨタ学園および豊田工業大学 ( 以下, 総称して本学という ) は, 個人情報の保護に関する法律 ( 平成 15 年法律第 57 号, 以下, 法律という ) に定める個人情報取り扱い事業者 (

Transcription:

インドネシア家族法に関する若干の考察 ( 1 ) 29 インドネシア家族法に関する若干の考察 ( 1 ) 大村芳昭 Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅴ Ⅵ Ⅶ はじめにインドネシアについて 1974 年婚姻法と宗際婚の有効性について 1974 年婚姻法における複婚及び単意離婚について複婚及び離婚に関する公務員の特例について宗教裁判所について結びに代えて Ⅰ はじめに 筆者はかつて 人際家族法研究序説 (1) と題する拙稿において 一国内で民族や宗教などにより適用される法が異なる人的不統一法を抱える国々における家族法の状況について 当時入手し得た限りの資料の範囲で検討を行った その中で インドネシアについても混合婚の有効性について若干の分析を行い 議論が決着したとは言い難い点を指摘した (2) 上記論文の公表から20 年以上を経過した今 人際家族法に関するその後の展開を踏まえてさらなる研究を進めるべきであるとの認識を深くしているところであるが 特にインドネシアについては 同国内の様々な要因が重なって依然として複雑な様相を呈しているようであり 家族法の観点からも抵触法の観点からも さらなる検討が必要であるように思われる そ

30 こで 人際家族法研究の第二段階の手始めとして 同国の人際家族法及び関連する分野につき改めて若干の考察を試みたい Ⅱ インドネシアについて ここで 本稿への導入に代えてインドネシアに関する若干の確認をしておきたい インドネシアは 赤道を中心に広がるマレー諸島の大部分を占める世界最大の群島国家であり (3) 面積や人口において東南アジアでの存在感はずば抜けて高い (4) その住民は数百もの民族集団に分かれ 互いに言語 宗教 社会構造 生活様式を異にする (5) など 非常に複雑な様相を呈している 加えて 世代や信条などの違いも加わって国内には様々な対立要因が存在し そのことが法の統一の障害となっている点は見逃せない (6) インドネシアの歴史は1ヒンドゥー ジャワ王国の興亡期 2イスラム王国の成立からオランダによる植民地支配がインドネシア全土に及ぶまでの時期 3インドネシア民族運動の開始から独立宣言まで (20 世紀前半まで ) の時期 4インドネシア独立から今日までの時期 の 4 つに大別できるとされる (7) が 上記 2の末期から3にかけてオランダが採用した倫理政策と呼ばれる植民地政策を通じて 住民の中にはオランダ領東インドという広大な領土をインドネシアという一体的な領域としてとらえなおし オランダ領東インドを支配している植民地的秩序を解体して 同じ領域に人民の意思に基づく新しい独立国家を樹立しようとする自覚が芽生えて行ったという また 第二次世界大戦中の日本軍政期に行われた各種施策 ( 大衆運動やイスラム教徒の組織化など ) も そのような自覚を高める結果となり インドネシアの独立につながった (8) このようにして誕生した新国家インドネシアにおいては 1945 年 6 月 1 日のスカルノ大統領 ( 当時 ) の演説で示された (9) 建国五原則とも呼ばれるパンチャ シラ ( 唯一神への信仰 人道主義 インドネシアの統一 民主主

インドネシア家族法に関する若干の考察 ( 1 ) 31 (10) 義 社会正義 ) が憲法前文に掲げられ 国家建設の指導理念とされた ( インドネシア国旗に描かれた 5 つのエンブレムもパンチャ シラを表現している ) その最初に掲げられた唯一神への信仰については 憲法第 29 条 2 項が国民に信仰の自由を保障していることもあり いかなる宗教にも国教などの特別な地位は与えられていない ただ 住民の 9 割ほどが信仰するイスラム教の影響力には大きなものがあり それはインドネシアの法制度にも影を落としている 具体的には 家族法の分野を中心に シャリーア ( イスラム法 ) に関わる法令が制定されている (11) のに加えて 裁判官が審理の際に参照するハンドブックとしての イスラム法集成 (12) が存在し 他方で司法制度においても 通常の裁判所とは別にイスラム教徒を対象とする宗教裁判所が併存している (13) 法の下の平等を定める憲法第 27 条との関係で このような状況をどう理解すべきなのか さらなる検討が必要であるように思われる Ⅲ 1974 年婚姻法と宗際婚の有効性について 1974 年婚姻法については すでに若干の紹介と検討を公表した (14) ところであるが 同法の結語規定では 19 世紀に制定され 混合婚 ( 宗教などを異にする者の間での婚姻 ) を承認していた混合婚規則を 本法にすでに規定されている限りは失効する と規定しており (66 条 ) (15) もはや同規則の適用は認められないものとする解釈が支配的なようである ここで かつて拙稿で一言だけ紹介した (16) インドネシア最高裁の判 (17) 例について紹介したい (18) 本判例は 1980 年代の宗際婚事例の中で最も著名なものの一つであり 現在でもその重要性が強調されている (19) ものである やや古いものではあるが その後宗際婚に関する法令の状況に根本的な変更が加えられていない以上 現在でも存在意義 そして検討する価値が十分にあるものと筆者は考える 本件の事案はおよそ以下の通りである イスラム教徒の女性 Andy

32 Vony とキリスト教徒 ( プロテスタント ) の男性 Adrianus は 婚姻を挙行するため KUA( 宗教事務所 ) (20) 及び KCS( 民事登録事務所 ) (21) に申請を行ったが KUA は新郎がイスラム教徒でないことを理由に KCS は新婦がイスラム教徒であり新郎がキリスト教徒であることを理由に それぞれ申請を却下した (22) そこで二人は 第一審裁判所に両事務所の判断を覆し KCS での婚姻挙行を許可することを求めて提訴した しかし一審判決は 以下の理由により原告の訴えを棄却した 第一に 1974 年婚姻法が宗教を異にする者の間の婚姻を規定して ( 認めて ) いない 第二に 両事務所の判断は現に実施されていた法令に照らして誤りであるとは言えない (23) そして第三に 1974 年婚姻法及び付属法令の下では宗際婚を挙行することに支障がある これに対して Andy Vony は最高裁へ上訴し 次のように主張した 婚姻法は宗際婚を明確に禁止してはおらず 一審判決は法的根拠が不十分である また 宗教を異にするとはいえ Adrianus との婚姻意思は相互の愛情に基づく正当なものであり 双方の両親からも支持されている これを受けた最高裁は結局 以下の理由により上訴を認容する判決を下した 第一に 二人が宗教の違いを超えて深く愛し合っており 二人の両親も婚姻に反対していない 第二に 1974 年婚姻法は宗際婚について規定していないが 憲法 特に第 27 条によればすべての市民は宗教の異動に関わらず等しく婚姻する権利を有すると解すべき点に照らすと 宗際婚を禁止することは認められない そして第三に 混合婚規則がもはや宗際婚事案の判断に適用できない点を考慮すると 法の空白が生じており 宗際婚については明確な判断ができない状況であるが 宗際婚は社会で通常生じている点を考慮すると 宗際婚は可能であると解すべきであり その手続は KCS で行うべきである (24) この判決に対しては 特にその法的根拠に関する批判も見受けられる 確かに 婚姻法第 2 条が それぞれの宗教および信仰の法にしたがって締結された場合に 有効である (25) と定めていることからすると 宗教

インドネシア家族法に関する若干の考察 ( 1 ) 33 を異にする者が婚姻するには両方の宗教の法に従う必要があり そのためには両方の宗教が異教徒との婚姻を容認することが必要であって 第一審裁判所が判断の前提としたイスラム教及びキリスト教の教義 ( 相手の宗教が一定の範囲を外れた場合には婚姻が認められなくなること ) を婚姻法上の規律としてそのまま受け入れる限りにおいては 本件婚姻の成立を認めることはできないであろう 本判決も その次元で異なる見解を持ち出しているわけではなさそうである ただし本判決は 本件婚姻を承認するための法的根拠として 憲法第 27 条を持ち出している 混合婚規則がもはや無効で適用できず 婚姻法も宗際婚について規定していないとすれば 本件婚姻の成立を認めるべき法的根拠は存在せず ゆえに婚姻の成立は認められない (26) との結論が容易に想像できるであろうし そのような状況の打開は本来 立法府の職責とすべきところであるが 本判決はそのような 法の空白 を放置することが憲法第 27 条の観点から許されないとし あえて司法判断として本件婚姻の有効性を承認した ということは 本判決は婚姻法の適用範囲を 宗教を同じくする者どうしの婚姻に限定した と受け止める余地もあろう (27) あるいは 宗際婚の禁止のような憲法に抵触する部分のみその適用を実質的に制限することを条件として婚姻法を適用する という解釈の余地もあるということであろうか しかし考えてみれば この問題は単なる法解釈の問題ではないように思われる (28) 憲法に示された 法の下の平等 は インドネシアにとって国家のよって立つ基本理念 ( パンチャ シラ ) の五原則の一つであり すべての法制度はその理念に沿って整備されるべきものである その一方で 社会を安定的に維持 発展させるため 国民の大多数を支配するイスラム教の影響力を重視し イスラム法の規律を法制度としても尊重することもこれまた重要である ただ 国家としての理想の実現を最優先とするのであれば 宗教規範の尊重といえども あくまで憲法的制約の範囲にとどめるべきであろう このことを単純化してしまえば 国家法理念が宗

34 教法に優先する ということになるのかもしれない (29) しかし筆者としては これはあくまで究極の選択を迫られた場合のやむを得ざる結論であると考えたい 宗教的背景を色濃く有する社会を国家がその理念 ( 国際的にも承認されている その限りで普遍的なそれ ) に従って導こうとするとき (30) まずは宗教社会の内部での様々な動きに配慮しつつも その中から国家の法理念により適合するものを強化し 国家法とのよりスムーズな接続を試みるのは自然な流れではないだろうか ややもすれば イスラム法は西洋法に比べて遅れた法という偏ったイメージで語られがちであるが イスラム法にはイスラム法独自の歴史的背景や立法事実が存在しているので (31) あって それらを踏まえて具体的な制度ごとに考えてみると 必ずしも 進んでいる か 遅れているか で割り切れるものではないことが理解できるはずである インドネシアにおいても 婚姻法やイスラム法集成において 特定のイスラム法学派の議論を前提としない柔軟な姿勢が立法に反映されており このようなイスラム法内部での改革の動きが憲法とうまく接続してパンチャ シラの推進となって結実していくのが インドネシアとして最も好ましい方向性なのではないだろうか Ⅳ 1974 年婚姻法における複婚及び単意離婚について 1974 年婚姻法は 特定の宗教に優越的地位を認めていない憲法との整合性に配慮してか 特定の宗教法上の制度について明示的には言及していない しかし その規定を見ていくと 実質的には国内最大の宗教勢力であるイスラムの家族法を念頭に置いた制度を認めている 具体的には 複婚 ( 一夫多妻制 ) と単意離婚 ( タラーク離婚 ) である 複婚については 第 3 条が一夫一婦制を原則とすることを明示した上 (32) で 男性に限って複婚 ( 2 人目以上の妻を迎えること ) をするための許可を裁判所から得ることができる旨を規定する (33) これは明らかにイスラム法上の一夫多妻制を家族法上の制度として受け入れることを意味す

インドネシア家族法に関する若干の考察 ( 1 ) 35 る ただし イスラム法学上の様々な議論やイスラム諸国の立法例との比較で考えても 1974 年婚姻法は一夫多妻制をかなり抑制的に採用している 言い換えれば 一夫多妻を認めるが それにいくつもの条件をつけている (34) 具体的には 夫がその居住地域の裁判所の許可を得ること(3 条 2 項 ) 裁判所は1 妻が妻としての義務を遂行できない場合 2 妻が治癒不能な身体的障害や疾病を負った 3 妻が子孫を出産できない というような場合に許可を与えること ( 4 条 ) 妻( たち ) からの同意があること ( 5 条 1 項 a. ただし同条 2 項で例外が認められる場合がある ) (35) 夫が妻たち及びその子たちの生活上の必要物を保証する能力を有する確実性があること (5 条 1 項 b.) 夫が妻たち及びその子たちに対して公平に行動するという保証があること (5 条 1 項 c.) が求められる いずれの条件も従来のイスラム法上の議論を大幅に逸脱するものではないが これだけの条件を並べたことは 1974 年婚姻法が複婚に対して相当程度抑制的な態度をとっていることの現れであるように思われるし イスラム法以外の国内法規範とのバランスや インドネシア法全体としての均衡を考慮したものと言えるように思われる さらに その運用次第では 実質的に複婚を廃止とまではいかなくても休眠状態に至らせる可能性を秘めているとも言い得るように思われる 他方 離婚については 38 条が婚姻解消の理由として a. 死亡 b. 離婚 c. 裁判所判決の 3 つを挙げているが 古典的なイスラム法上の離婚形態 ( 単意離婚 協議離婚 裁判離婚に相当するものがそれぞれ認められてきた ) や 39 条の文言との整合性をも考慮して考えると b. の離婚がイスラム法特有のタラーク離婚を意味するものであると解される (36) タラーク離婚の成立要件については 従来のイスラム法学各派や各国の立法上 様々な立場が取られてきており そのバリエーションは実に多様であるが 1974 年婚姻法はそれらの中でも相当程度タラーク離婚に抑制的な立法であると言えるように思われる なぜなら 39 条 1 項は タラーク離婚の成立のために裁判所における当事者双方の和解への努力を要求し それが成功しなか

36 った場合に法廷でのみ離婚を成立させることを認めているからである さらに39 条 2 項は 離婚成立のためには夫婦が夫婦として円満に暮らすことができないという十分が事由が必要だとする これは40 条の離婚訴訟に関する規定ではなく39 条の離婚 ( タラーク ) に関する規定の一部であることに大きな意義がある つまり 単意離婚であるタラークを行うに際しても 一定の離婚原因がなければならないということを意味することになるのである この点は 1974 年婚姻法の規定からでは詳らかでないが 1974 (37) 年婚姻法の施行に関する政令 14 条 ~19 条には明確に規定されており 夫による一方的な宣言による離婚というタラークの本質は残したまま 実質的には夫による離婚の濫用を防ぐ仕組みを整えているのであって (38) タラーク離婚の裁判離婚への接近と評することもできるように思われる Ⅴ 複婚及び離婚に関する公務員の特例について 1974 年婚姻法の制定過程において 複婚の制限や離婚制度改革 イスラム裁判所の管轄権の剥奪などについてイスラム組織からの猛烈な抵抗があり 政府側が妥協して実際の法律となったことは知られているところであるが (39) その後 1983 年に 文民公務員の婚姻離婚許可に関するインドネ (40) シア共和国政令 10 号が制定され 1990 年に改正されている 1983 年政令の解説では 婚人は 1 人の男性が 1 人の女性と夫婦として唯一神信仰に基づいた幸福で永続的な家庭を形成する目的での心身の結びつきである とした上で 1974 年婚姻法が一夫一婦原則に立ち ごく例外的な場合にのみ男性の複婚が認められること 離婚はやむをえざる場合にのみなされうること 妻の権利と地位は夫のそれと同等であることが述べられた後 特に文民公務員について 社会にとっては品性 行状および現行法規の遵守においてよき模範とならなければなら ず また 文民公務員が目下の者や社会に示さなければならない範例や模範に相応して 文民公務員に対して高い規律規定が課される として その具体的な現れとして

インドネシア家族法に関する若干の考察 ( 1 ) 37 次のような一般国民には課されない制約を文民公務員に課している 1 婚姻した場合 1 年以内に官僚 ( 幹部職員など ) に文書で報告する義務がある (2 条 ) 2 離婚しようとする場合 事前に官僚から許可または証明書を得る義務がある (3 条 1 項 ) そのための申請書には離婚申請の根拠となる十分な事由を記載せねばならず (3 条 3 項 ) その事由が説得力に欠けるときは官僚は関係者に追加説明を求めなければならず (6 条 2 項 ) また官僚は決定を下す前に夫婦を呼び出し和解させる努力を行い (6 条 3 項 ) そして法規や本政令により定められた事由に基づくなら離婚の許可が官僚により与えられる (7 条 1 項 ) ものとされている さらに 一般的な離婚原因としては認められている妻の身体的障害または疾病が この場合には離婚事由としては認められない (7 条 2 項 ) (41) 3 複婚しようとする男性文民公務員は 事前に官僚から許可を得る義務がある (4 条 1 項 ) そのための申請書には複婚申請の根拠となる十分な事由を記載せねばならず (4 条 4 項 ) その事由が説得力に欠けるときは官僚は関係者に追加説明を求めなければならず (9 条 2 項 ) また官僚は決定を下す前に助言を与えるためその文民公務員またはその妻も共に呼 (42) び出し (9 条 3 項 ) そして本政令 10 条の定める条件を満たすときは複婚の許可が官僚により与えられる (10 条 1 項 ) ものとされている 全体的に見ると 文民公務員の特殊性に鑑みて 婚姻や離婚の要件について1974 年婚姻法で踏み込めなかったところまで本政令では踏み込んでいると言えそうである 本来このような規律は1974 年婚姻法の改正によって行われるべきものであり 法律で定められた事項に対する例外を政令が認めることは法秩序上問題である (43) が 議会におけるイスラム勢力の反発を回避するために敢えて政令の形で制定した というところであろうか あるいは 規律を重んずる公務員の間でまずはイスラム法の実質的な改革を先行実施し その波及的効果により一般国民の間でも改革を進めていこうという趣旨であろうか いずれにせよ 少なくとも潜在的には 本政令

38 が部分的に1974 年婚姻法の趣旨に反しておりその限りで無効とされる懸念すらないとは言い切れないように思われる Ⅵ 宗教裁判所について 法の運用を考える上では 法を具体的な事例に適用する司法機関のあり方も重要な問題となる インドネシアでは オランダ統治時代の1882 年にジャワとマドゥラにイスラム法廷の設置を認める王令が公布され (44) そこでは宗教裁判所の事物管轄は婚姻事件と相続事件に限定されていた (45) 1930 年代にはオランダによるイスラム法改革に基づき南ボルネオに新たに宗教裁判所が設立されるともに ジャワ マドゥラ 南ボルネオのそれぞれの宗教裁判所からの控訴を扱う控訴裁判所が整備されるなど裁判所の充実がはかられた (46) が その一方で 相続事件の管轄を民事裁判所に移し 宗教裁判所の管轄は縮小された (47) インドネシアの独立後もこれらは維持された (48) その後 1950 年代には 当初は省令により 後には政令により 着実に宗教裁判所の整備を行った (49) そして1989 年には宗教裁判法を制定して 民事 行政の両裁判所と同等の存在として宗教裁判所を位置づけた (50) 現在では 宗教裁判における司法権力は最高裁判所を最高国家裁判所として頂点にするものとされ (51) 宗教裁判所の判決に対する上訴は他の裁判所についてと同様 最高裁判所が取り扱うものとされている (52) ので 法解釈の統一は少なくとも制度レベルでは達成されたということになろう また 裁判所に対する司法行政面での監督については かつて宗教裁判所についてはイスラム勢力の圧力もあり宗教省の監督に服していたが 1999 年の司法権力基本法改正により最高裁判所に権限が移行された (53) この方面でも 他の裁判所と宗教裁判所の足並みがそろったと言えよう ただし 法解釈の担い手としての法曹の資格について若干気になること (54) がある というのは 2003 年に制定された弁護士法では 通常の法学

インドネシア家族法に関する若干の考察 ( 1 ) 39 部を卒業した法学士に加えて 法学部とは異なる教育課程のシャリア学士に対しても弁護士資格の取得を認めている (55) また 判事任官のための学歴要件についても 宗教裁判所についてはシャリア学専攻の法学士のほかシャリア学士でもよいとしている (56) シャリア学士号を得るためのカリキュラムに関する情報を十分に得ていないので可能性の示唆程度しかで (57) きないのだが 現時点で入手し得た情報によれば 大学でシャリア学士を取得するためのカリキュラムには イスラム法学に関する科目を含む場合が多いようではあるものの 法学部で法学士を取得する場合と異なり 体系的な法学の修得は目指されていないように感じる とすれば 法学士号を取得した判事 弁護士と シャリア学士号を取得した判事 弁護士の間で 一般的な法の運用能力に関して何らかのギャップが生まれる可能性は決して低くないようにも思われる しかも インドネシアには法科大学院のような制度はないようなので そのギャップが埋まらないままそれぞれの業務に就く可能性を考えると 法解釈の一貫性や法的安定性の点で問題を生じるような事態の発生が懸念される Ⅶ 結びに代えて 諸般の事情により 今回の考察はここまでとし 以下は次号に継続とするが インドネシア家族法については 引き続き検討したい点がいくつかあるので ここで示しておきたい 第一に 養子縁組の問題がある イスラム法は養子縁組を禁止している というのが一般的な認識であるものと思われるが 実際にはそれほど単純な問題ではない そもそもイスラムでは 孤児や寡婦の保護が重要な課題とされていたのであり 孤児を引き取って養育することはむしろ奨励されていたはずである そのことと 養子縁組の禁止とがどう結びつき かつ 子の福祉の観点といかに両立させることができるのか イスラム以外の養子縁組制度とのバランスはどうなっているのか 具体的な制度を題

40 材にしながら検討したい 第二に 相続の問題がある イスラム法の相続制度は実に複雑であるが 全体的に男性優位 女性差別との批判を受ける場合が多いように思われる しかし イスラム法秩序の中でも様々な議論があり 両性平等の理念を組み込む努力もなされている そのあたりを具体的な例に即して検討してみたい 今回もそうだが インドネシア法を分析しようとすると どうしてもイスラム法との関係を抜きにして語れない部分がある 筆者はイスラム法の専門家ではないので どの程度の分析ができているか心もとないところであるが あくまで人際家族法研究者からのアプローチとして 今後もさらに検討を進めたいと考える 注 ⑴ 中央学院大学総合科学研究所紀要第 9 巻第 2 号 (1994) 後に拙著 国際家族法研究 ( 成文堂 2015) 第 2 部第 6 章 (117 頁 ~146 頁 ) として転載 ⑵ 同上 拙著 125 頁 ~126 頁 ⑶ 石井米雄他監修 東南アジアを知る事典 ( 平凡社 1986)436 頁 ⑷ 同上 439 頁 人口はその後も増加し 2015 年のインドネシア政府統計では約 2.55 億人となっている ( 外務省サイトより ) ⑸ 同上 437 頁 ⑹ Adriaan Bedner and Stijn van Huis, Plurality of marriage law and marriage registration for Muslims in Indonesia: a plea for pragmatism, Utrecht Law Review Vol. 6 Issue 2 (2010)p. 176 参照 ⑺ 石井 前掲注 3 439 頁 ~440 頁 ⑻ 同上 441 442 頁 ⑼ Charleston C.K. Wang, Legal Pluralism in Indonesia: Anachronism or An Idea whose Time Has Come? (2001)p. 1. 本稿は www.wanglaw.net/files/ indonesia1.pdf に公開されている (2016 年 9 月 27 日最終確認 ) ⑽ インドネシア憲法の条文については ICD NEWS 第 10 号 (2003) に掲載された仮訳を参照した ⑾ 柳橋博之編著 現代ムスリム家族法 ( 日本加除出版 2005)93 頁 ~94 頁 なお同書には その一部 (1974 年婚姻法 イスラム法集成 宗教裁判

インドネシア家族法に関する若干の考察 ( 1 ) 41 法など ) の日本語訳が掲載されており 本稿でも当該法令の条文についてはその訳に依拠している また その中でも本稿のテーマとの関係で特に重要な1974 年婚姻法については かつて筆者も当時入手した英文文献 ( その後紛失したため現在では手元にない ) に基づいて若干の分析を試みたことがある 拙稿 インドネシア婚姻法と家族法の統一 中央学院大学法学論叢 12 巻 1 号 45 頁 (1998) ⑿ 同上 ( 柳橋 )105 頁以下 なお その利用に関する大統領令 1991 年第 1 号及び宗教大臣決定 1991 年第 154 号の日本語訳が同上 ( 柳橋 )187 頁以下に収録されている ⒀ 同上 103 頁以下 宗教裁判所は植民地時代から存在していたが 1970 年の司法権力基本法及び1989 年の宗教裁判法によって整備された イスラム裁判所の歴史的経緯については Mark E.Cammack and R.Michael Feener, The Islamic Legal System in Indonesia, Pacific Rim Law & Policy Journal Vol. 21 No. 1 p. 14 参照 ⒁ 注 1 及び注 11 参照 ⒂ ちなみに同法の解説 ( これも法の一部と見なさねばならない 柳橋 前掲注 11 96 頁 ) では この66 条は 自明 とされており それ以上の説明は加えられていない ⒃ 拙稿 前掲注 1 126 頁参照 ⒄ Andy Vony v. the State, the decision of the Supreme Court No. 1400 K/ Pdt/1986, 1989 年 1 月 20 日判決 ⒅ 本稿での紹介は Ranto Lukito, Legal Pluralism in Indonesia Bridging the unbridgeable (Routledge, 2013)Chapter 5 (p. 162 167) に基づく ⒆ ibid. at p. 162. ⒇ Kantor Urusan Agama. 婚姻については宗教婚の登録を担当する Kantor Catatan Sipil. 婚姻については民事婚の登録を担当する イスラム法によれば イスラム教徒の女性はイスラム教徒以外の男性とは婚姻することができないものとされてきた ( コーラン 2 章 221 節 イスラム法集成第 44 条 前者については Lukito, supra note 18, at p. 163 後者については柳橋 前掲注 11 200 頁 ) ため KUA 及び KCS の判断の根拠もその点にあるものと思われる 上に示したイスラム法上の根拠に加えて 新約聖書 ( 第二コリント人への手紙 6 章 14 節 ) も宗際婚を禁止していると裁判官は理解していたようである (Lukito, supra note 18, at p. 163) ibid. at p. 164.

42 柳橋 前掲注 11 113 頁 ただし 当事者の一方が改宗することにより表面上同一宗教の信者どうしの婚姻の形をとることや 婚姻法第 56 条の規定に従い海外で婚姻することは可能である (Law Library of Congress / Research & Reports / Legal Reports / Indonesia: Inter Religious Marriage. (http://www.loc.gov/law/ help/religious marriage.php にて2016 年 8 月 26 日に最終確認 ) ただ そのような改宗や海外での婚姻がインドネシア法ないし宗教の立場から言って問題ないと言い切れるのか 若干の懸念を感じなくもない Lukito, supra note 18, at p. 164. ibid. at p. 166. ibid. at p. 167 が本判決の結論として示すのも同趣旨である 1974 年婚姻法の制定過程において イスラム組織からの強力な抵抗があり 法案の修正を余儀なくされたとの分析がある (Bedner & Huis, supra note 11, at p. 179.) が それは婚姻法を制定しようとする国家の側が イスラム法の側の動きに十分配慮することができず いわばソフトランディングに失敗したためだ とは言えないであろうか この点はさらなる慎重な検討を要するように思われる 例えば 社会保障制度が不備だった状況で 戦争による寡婦を保護するために認められた一夫多妻 夫による離婚の濫用を抑止するために回数制限などを組み込んで制度化されたタラーク離婚 孤児の保護をも考慮しつつ義務的遺贈とのバランスの上で成り立っている養子縁組の禁止など 何人の妻まで認められるのか について婚姻法は明示していないが イスラム法集成 55 条では 伝統的なイスラム法の考え方に沿って 明確に 4 人まで としている 柳橋 前掲注 11 113 頁 柳橋 前掲注 11 113 頁以下 Jan Michiel Otto ed., Sharia Incorporated, A Comparative Overview of the Legal Systems of Twelve Muslim Countries in Past and Present (Leiden University Press 2010)pp. 467. 妻 ( たち ) に同意が求められ得なかったり 契約の当事者になることができなかったり ( 心神喪失 意思無能力などを想定しているものと考えられる ) もしくは少なくとも 2 年以上の間妻の消息がない 又は裁判官の判断を得る必要のある他の事由による場合 と規定されている Otto ed., supra note 24, at p 465. 柳橋 前掲注 11 137 頁以下 ただし個々の離婚原因については疑問を感じる部分もあり また運用次

インドネシア家族法に関する若干の考察 ( 1 ) 43 第でどの程度妻の利益を保護できるかは変わってくるため 規定のみでは何とも言えない部分が残るのは事実である Bedner and Huis, supra note 6, at p. 179. 柳橋 前掲注 11 151 頁以下 本政令の解説によれば 妻がその災難に見舞われたという事由で離婚をする文民公務員はよい模範を示さない また 複婚との関係でも 許可を得るための条件としても不十分であり 他の累加的条件が揃わなければならない (10 条 2 項 ) とされる まず選択的条件として 1 妻が妻としての義務を遂行することができないこと 2 妻が治癒不能な身体的障害もしくは疾患を負ったこと または 3 妻が子孫を出産できないこと 次に累加的条件として 1 妻からの書面での同意があること 2その男性文民公務員は複数の妻及びその子たちの費用を賄う十分な収入があることを所得証明書で証明すること 及び3その文民公務員が妻たち及びその子たちに対して公平な態度をとるという書面での保証があること が挙げられている 柳橋 前掲注 11 103 頁 政府もそのような問題を自覚していたからか 本政令の解説 ( 柳橋 前掲注 11 163 頁 ) では 文民公務員の婚姻や離婚には事前に国家官僚により許可を得る必要を定めるこの規定は その婚姻離婚の制度そのものに適用される規定を妨げるものではない としているが 法律の認めない追加的要件を課すこと自体が法律の規定を妨げているとも言えるのであって 若干苦しい言い訳のようにも聞こえてしまう Cammack and Feener, supra note 13, at p. 14. それ以外の地域では 婚姻事件や相続事件の扱いは地方当局の管轄に服していた 詳しくは ibid. at P. 16. ibid. at p. 15. ibid. at p. 15. ibid. at p. 15 16. 1948 年には宗教裁判所を廃止し民事裁判所に吸収することを求める法律が制定されたが 革命期の混乱の中 施行されずに終. わったようである Cammack and Feener, supra note 13, at p. 17. ibid. at p. 18. 1989 年宗教裁判法 3 条 2 項 柳橋 前掲注 11 167 頁 解説でも同 179 頁に同趣旨の説明がある Cammack and Feener, supra note 13, at p. 23. 1970 年の司法権力基本法で採用され 1989 年の宗教裁判法で再確認された

44 ibid. at p. 25 26. ただし 宗教省などの抵抗により 実際の権限移行は 2004 年にまでずれ込んだ 2003 年法律 18 号 以下この点については 島田弦 インドネシアにおけるシャリア適用の変化 : アチェ州における事例を中心に 社会体制と法 14 号 (2014)38 頁を参照した 同上 インドネシア宗教裁判所管轄事項の変化とその問題点 ( 社会体制と法 研究会 2012 年度研究総会 2012 年 6 月 1 日 立命館大学 ) 3 頁 同上 ( 社会体制と法 ) 2 頁 具体的には サウジアラビアの大学を知ろう大学ガイドブック (saudiculture.jp/ebooks/saudi_university.pdf) 2016 年 9 月 29 日最終確認