東京フリー メソジスト教団 発行日 2010 年 12 月 FM 宣教ニュース第 10 号 巻頭言 あなたがたがわたしを選んだのではありません わたしがあなたがたを選び あなたがたを任命したのです それは あなたがたが行って実を結び そのあなたがたの実が残るためであり また あなたがたがわたしの名によって父に求めるものは何でも 父があなたがたにお与えになるためです ( ヨハネ15:16) 青梅教会松永雅雄 最後の晩餐の席で 主イエスは弟子たちに彼らが選ばれた目的について教えてくださいました それは 1 彼らが行って実を結び 彼らの実が残るためであり 2 彼らが主イエスの名によって父なる神様に求めるものが与えられるためです 主イエスが弟子たちを選ばれたのは 弟子の人生が結実豊かな人生となるためでした 同じように 私たちが選ばれてキリスト者になったのは 結実豊かな人生を過ごすためであると言えましょう この事を覚えて 弟子たちのように主イエスに従い続けるならば 結実豊かな人生に導かれることを自分の今までの人生から教えられました 1957 年 8 月 31 日の夜 小金井教会の特別伝道会で救われて 11 月 10 日にバプテスマを受けてから 私は翌年の4 月から1つのクラスの教師を5 年間させて頂きました その5 年間はただ教会学校に来てくださる生徒に聖書を教えるだけでなく 来られない子どもたちにも福音を伝えるために数名の青年たちと月に1 回公園へ行って 子どもを集めて紙芝居などを用いて福音を伝え 目次 巻頭言松永雅雄 p1 チェンマイ日本語キリスト教会最近の歩み野尻師夫妻チェンマイレポート p2 一つの出会いから松元緑 p5 教会の宣教への取組南平教会永井逸郎 p6 合同宣教祈祷会に参加して小金井教会井戸隆之 p7 1
ました この5 年間の訓練が後に 青梅の医師住宅に住んでいた間 近くの公園で児童伝道と医師住宅での日曜学校ができるように導かれました そして5 年の後に医師住宅を出て現在の青梅教会を建てるように導かれ 現在のような青梅教会になりました それは ただ教会に導かれた人たちへの伝道だけでなく 来られない人たちの所へ出かけて伝道することです 1976 年 4 月に聖日礼拝を開始して間もなく 6 月から市内の盲老人ホーム聖明園におられるキリスト者を礼拝に送り迎えするように導かれ 1979 年 10 月から特別養護老人ホーム九十九園に行って月に1 回伝道するように導かれ 31 年目になりました なお2004 年 4 月から聖明園 7 月から御岳園集会に行って集会することが許されました 聖明園は事情により3 名ですが 九十九園と御岳園には6-10 名の伝道チームになり感謝しております なお 2008 年度に広瀬牧師ご一家をお迎えしてから子どもたちへの伝道を再開するように導かれ感謝しております チェンマイ日本語キリスト教会の最近の歩み 野尻孝篤 明子 常夏のタイでつい日付をも念頭に入れないで過ごし またしても宣教ニュース原稿締め切りに遅れて申し訳ありませんでしたが 昨日のホット ニュースをお伝えいたします 前々からお祈り頂いていました 82 歳の高田氏がついに信仰告白のお祈りをされました 戦前 樺太で育ち その頃 救世軍の ただ信ぜよ の賛美歌を聞いておられ 会社の重責をにない 出張に継ぐ出張の日々には ホテルのベッドの傍に置いてあるギデオンの新約聖書を読み継がれていました 6 年前に初めてチェンマイ日本語キリスト教会に来られてから すでに 2 回ほど新約聖書を通読されました 一日 2 ページぐらいは聖書を読めるでしょう と私が申し上げたことを律儀に守り続けた結果です 2 2 ヶ月ほど前から クリスマスには受洗したいとの希望を表明されていましたが 今までの自己修養と自力で自分を修め 高めようとして来た生き方からどうしても脱却できず
何とか自分の力と責任において神の前に立てる人間となりたいと努力を重ねて来られました この 2 ヶ月 毎週水曜夜の 2 時間ほどご自宅にうかがい 創世記や出エジプト記 エレミヤ イザヤ そしてマルコ 7 章 ロマ書などから 人間の罪について学んで来ました なかなか頑固でありましたが ついに 罪が自分の内から出るものであり 自分の罪は自分では過去も現在も解決できないものであることを悟り 十字架を仰ぐお祈りをされ イエス様をご自分の救い主と信じました ご聖霊のお働きとしか言い得ないことです 1 年前に受洗されたご夫人も同席されました 長い間 会社の長として部下を厳しく叱咤激励して来た白髪の男性が こうべをたれ ゆっくりと太い声で神の前に悔い改めと信仰の祈りをされました 私たちも感動の時でした 礼拝で 小坂忠師とユーオー ディアの皆さんへの感謝 日本で皆さんにお祈りして頂き チェンマイでの壮年男性の方たちへの働きが祝されて来ました 礼拝にはいつも 3,4 人の求道者の男性がおられ その中で 最近 信仰を告白された方もおられます クリスチャンの男性の中にも 受洗後 2 年近いブランクの末 信仰を回復された方 あるいは チェンマイで長く農業指導をされていた方がバイオリンをもって礼拝に参加するようになったり 82 歳の無教会の方が タイの稲作の研究の完成のため 再度チェンマイに戻って来られ 19 歳の青年をも研修生として連れてこられたりしました この青年がクリスチャンになって洗礼をと希望されるにも至りました このような中で 11 月 6 日 ( 土 ) の夕方 チェンマイの町の一番大きな演劇ホール (1600 人収容 ) で 小坂忠師と ユーオーディア アンサンブルの方々によるコンサートが開催されました バンコクのクリスチャン事業家の E 兄のビジョンと資金提供によるものです E 兄は これは 福音の種まきに過ぎない メインは翌日の聖日礼拝に教会に新しい人をお招きすることだ チェンマイに日本語教会があって良かった! と 会社従業員や日本からの友人などをも呼び寄せての一大イベントでした 私たちがバンコクの宣教師時代に JCF ( 日本語キリスト集会 ) などで親しくさせて頂いた 4 組のクリスチャン カップルが感激の再会を果たしました 土曜のコンサート そして日曜朝の賛美礼拝と 小坂忠師とユーオーディアの皆さんが福音をストレートに そして感動を持って証し 賛美してくださいました こんなにたくさんのタイ人 日本人に福音がこれだけまっすぐに 大々的に語られたのは チェンマイで初めてのことでした また 小坂忠師と 3
ユーオーディア アンサンブルの方々が 教会の日曜礼拝でご一緒に奉仕されたのは 日本やバンコク それどころか 世界で初めてだと 小坂忠師が語っておられました 本当に感謝な 2 日間でした 種まきから 今後の刈り入れに続くことが祈られています なかなか 引き続いての求道者 新しい求道者の発掘となって行かないことが課題です 賛美礼拝後 教会関係者との 記念写真 このチェンマイの町の邦人へアプローチするためには イベント的な大集会やコンサートと並列して 家庭集会的な集まり 交わりを日常的にあちこちに開いて 親しい方々をお迎えするという地道な伝道の方策を切り開かねばならないのではと 模索しています 牧師夫婦が頑張らなくてもいいような 裾野の広い 息の長い伝道方法がないだろうか と 年齢を感じてそんなことをも考えています チェンマイの地が 東南アジアの真ん中辺に位置するためでもあると思いますが この町はこの地を拠点に自転車のスポークのようにタイ国 また近隣諸国に働きかける働きの中心ともなっています 日本人の O 師ご夫妻 A 師ご夫妻 T 師ご夫妻 F 師 M 師 K 師などが チェンマイを拠点にしたり 休息の場とされたりしながら 私達との関係を持って下さっています 阿部師にもチェンマイ教会の一姉妹が訪問されるとのことで このような方々とのお交わりを通して私たちの教会が キリストの大命令に忠実に従う集まりとなることを目指したいと 願わされています 皆様のお祈りを心より感謝しつつ 主にありて 昨年の合同宣教祈祷会の講師の永井敏夫師が そのメッセージの中で タイに野尻師を派遣している東京フリー メソジスト教団は 野尻師の働きのために祈ると共に 野尻師と同様 日本からタイとその近郊の地域に派遣されている宣教師の情報を入手し そのために祈ってほしい と私たちにチャレンジしてくださいました その応答として 今年度から宣教ニュースで タイとその近郊地域で奉仕しておられる宣教師に お働きの様子と祈りの課題を分かちあっていただく企画をたてました 先号は OMF の有澤宣教師に執筆していただきましたが 今号はタイの隣国 ミャンマーで奉仕しておられる松元緑宣教師に原稿を寄せていただきました 先生は今年 青梅教会で奉仕されたり 教団の合同修養会にも参加されたので ご存知の方もおられると思いますが 先生のレポートを読んでそのお働きを知り これから祈っていきましょう 4 ( 宣教委員長水口功 )
一つの出会いから 松元緑 小さな奉仕をご紹介させていただける場を感謝いたします 1995 年にシンガポールでミャンマーの召しをいただき 訓練準備を経て 2000 年に現地に赴きました 今年で 10 年目を迎えます さまざまなことを経験しましたが 振り返る時 神の導きはランダムではなく そのように見えても 水面下にはある方向性があると自覚する最近です チャレンジが絶えない人生ですが 神が愛なるお方であることを より深く知る人生とされていることを感謝しています 2000 年にミャンマーの首都ヤンゴン ( 当時 ) に行って 大学に籍を置いてビルマ語を学び始めて 半年ほどしたころでした ある小さな教会に導かれました 10 代 20 代の若者 20 人ぐらいが 床が傾いたアパートで 喜びと賛美に満ちて礼拝を捧げていました ある日 学校が終わってから教会に足を向けました 古いアパートの最上階の 4 階までまっすぐに伸びる狭い暗い石の階段を上がっていって 木の戸を押しました 台所で一人の男性が低いいすに腰をおろして コンロでなにか料理をしていました 顔を上げて笑顔で迎えてくれました ミンガラバー ( こんにちは ) ネカウンイェラー?( 元気?) その程度しか話せないので 会話が続きません 5 分ほどして ピャンメー ( 帰ります ) と言うと エッ もう帰るの 食べて行かないの? と驚いた風でした えっ どういう意味? ここで夕ご飯 食べるの? そのうちに分かってきたことは アパートには中二階があって その男性を含めて 伝道者や他の男性たちもそこで寝泊まりしていたのです この教会をスタートさせた青年牧師に会いしました 数ヶ月後彼はエイズのため 34 歳で召されました 学生時代 むなしさから逃れるためドラッグに浸り 身体も心も魂もぼろぼろになりました けれども ついにキリストの愛にとらえられ 新しく生まれ変わり ドラッグからも完全に解放されました 不治の病を抱える身であることも忘れて 神の愛を伝えました やがて神のみ声に従って この教会をスタートさせました その時 教会にドラッグ常用者が大勢来ると 神から啓示を受けたそうです 私が行ったのは 開拓 2 年目の頃 台所で料理して 5
いた男性はそのような背景の一人でした この教会への神の愛を とても強く感じました 社会の隅に追いやられた人々に対する神の憐れみを 私の心にも与えて下さいました 神は 彼らの母親ぐらいの年齢の私を ケアし 憐れみ 励まし アドバイサー 支援者として 自然体で用いて下さいました 私が所属していた宣教団体 YWAM ミャンマーの 弟子訓練学校や開拓伝道者訓練学校に 教会から何人も行って 深く取り扱われ 変えられてゆきました 開拓伝道者 教会に仕えるもの 孤児院の働きにつく者 児童伝道をする者が起こされてゆきました 現在 それぞれが見いだした道を進み 相応しい伴侶が与えられ 主に仕えています 一方私は 新しい宣教地へ導かれつつあります 10 年以上前から気になり続けてきた地域は なぜかケシ栽培 ドラッグ汚染地帯として悪名高い 黄金の三角地帯です 行きなさい と言われる主を信じて従わせていただく者です お祈りいただければ幸いです < 参考 > 2000 年から 2009 年まで YWAM ミャンマー所属 現在なし 新しい宣教地へのビジョンを分かち合う団体 あるいは個人を祈り 求めているところ 洗礼を受けた教会 : 京都清和キリスト教会 ( キリスト伝道隊 ) 派遣教会 (2007 年より ): 新小岩バプテスト教会 ( バプ連盟 ) ニュースレターを発行しています 問い合わせは 松元緑支援会 :195 0061 町田市鶴川 1 17 9 小堀方 T/F:042-810-5481 htam-kobori@jcom.home.ne.jp 南平キリスト教会の宣教の取り組み 南平教会永井逸郎 南平教会の宣教に対する取り組みに関して過去の経緯は必ずしも正確には把握していませんので 私の知り得る知識で過去を整理するとともに これから南平教会が取り組もうとしていることを語ることにいたします 6 30 年に亘る南平教会の歩みは ご奉仕をしてくださった何人もの伝道者の先生方の尊いご労と教会員の信仰と祈りに
よって現在にいたっていますが それとともに戦いの多い歩みであったのではないかと想像いたします あるいは 支援を受けて教会が 1 年 1 年存続すること自体で精一杯であったと言えるのかも知れません しかし今年度 教会創立 31 年を歩む中で 南平教会はまず自立を目指すべきことを示されています それは救いに与った者が出て行って福音を伝える宣教に取り組むことを意味しています 神の摂理によって建てられた南平 平山地域の人々にまず福音を伝えること それが宣教の取り組みの中心的事柄であると考えています 地域によっては伝道の困難なところもあることでしょう しかしそれゆえにこそ 地域の宣教は大切であり その地域に教会が神によって建てられているのだと考えます 浅川の土手から南平 平山地域の斜面に建てられている家並を見る度に この人たちにイエス キリストの恵みのすばらしさを伝えたい 神の救いに与っていただきたいと願わないではおれません 南平教会はそのような思いをもって 地域の人々に宣教をしたいと願っています そして地域宣教とともに世界宣教です 感謝なことに私たちの教団からは野尻宣教師夫妻や阿部宣教師 そして加藤師が海外でご奉仕をしていてくださいます 南平教会の祈祷会で野尻宣教師夫妻からの毎月の祈祷課題を覚えて祈りをささげています またウイクリフ識字教育のため南アジアに遣わされた阿部宣教師のニュースに触れながら 宣教の思いを共にになっています また加藤師方の KL JCF の働きのためにも祈っています 教団の宣教師の働きと共に 神の摂理の中で与えられている海外の宣教の重荷のためにも祈りをささげていきたいと願っています 2010 年度合同宣教祈祷会に参加して 小金井教会井戸隆之 今年の教団の合同宣教祈祷会は南大沢チャペルにて 46 名の方の出席を得て 開かれました事を心より感謝いたします 最初に 野尻道人牧師より今年の夏に来日されたペニンスラミッションチームの働きについての報告がありました 小金井教会とペニンスラフリーメソジスト教会との交流は 5 年目 7
を迎え 今年は小金井教会と桜ヶ丘教会での礼拝に奉仕して頂き 又小金井教会の VBS への参加や教団主催の FMTC への奉仕と 積極的に働いてくださった事に対して あらためて感謝いたしました この宣教の働きを通して 青年達の交わりの輪が豊かに広がっている事を実感いたしました この為に教会員の方々の祈りや奉仕に支えられている事も感謝ですし 恵みでした タイのチェンマイ日本語キリスト教会で救われた 土屋真理子神学生の証しもすばらしかったです 直接献身への導きの証しも伺う事が出来 感謝いたしました 現在 インマヌエル聖宣神学院で学ばれ 奉仕教会として南大沢チャペルが与えられた事も 神様の御業と思い 感謝いたしました 東京フリー メソジスト教団教団事務所の住所東京都多摩市関戸 3-14-12 電話 : 042-374-3913 フリー メソジストの宣教のスピリットに学ぶ については 芳賀正牧師より解りやすく お話して頂きました ルターの宗教改革の影響を受け ジョン ウエスレーがメソジスト教会を創り フランシス アズベリーによってアメリカで大きく成長しましたが 教会が大きくなると 教会の席をお金で買うようなが事が起きました このような事に対して救いは 無料 であると ベンジャミン ロバーツがフリー メソジスト教会を創り またあらゆる差別からの解放を掲げた このルーツの中に 聖書に書かれている事を信じ 聖化の恵みを求め 世界に証しに行く この信仰が継承されている事を知りました エバ B ミリカン宣教師はこの信仰の遺産を継承されておられたので 64 歳で再度 日本人の救いの為に自宅を売却されて 2 度目の来日をされました 私たち日本人にこの信仰のスピリットを共有してもらいたいとの思いと 継承を託されたのだと思いました フリー メソジストの宣教の働きは南米 中国 東南アジア インド エジプト ヨーロッパ等に及んでいる事を伺い その働きを神様が恵みよって支えて頂いている事に感謝いたしました 最後に阿部宣教師 加藤師 チェンマイ日本語キリスト教会 A PFMMA 働きについて心を合わせ 言葉を合わせて とりなしの祈りを捧げる時間を持てました事も感謝でした 8