界では年間約 2700 万人が敗血症を発症し その多くを発展途上国の乳幼児が占めています 抗菌薬などの発症早期の治療法の進歩が見られるものの 先進国でも高齢者が発症後数ヶ月の 間に新たな感染症にかかって亡くなる例が多いことが知られています 発症早期には 全身に広がった感染によって炎症反応が過剰になり

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60 秒でわかるプレスリリース 2006 年 4 月 21 日 独立行政法人理化学研究所 敗血症の本質にせまる 新規治療法開発 大きく前進 - 制御性樹状細胞を用い 敗血症の治療に世界で初めて成功 - 敗血症 は 細菌などの微生物による感染が全身に広がって 発熱や機能障害などの急激な炎症反応が引き起

汎発性膿疱性乾癬のうちインターロイキン 36 受容体拮抗因子欠損症の病態の解明と治療法の開発について ポイント 厚生労働省の難治性疾患克服事業における臨床調査研究対象疾患 指定難病の 1 つである汎発性膿疱性乾癬のうち 尋常性乾癬を併発しないものはインターロイキン 36 1 受容体拮抗因子欠損症 (

の感染が阻止されるという いわゆる 二度なし現象 の原理であり 予防接種 ( ワクチン ) を行う根拠でもあります 特定の抗原を認識する記憶 B 細胞は体内を循環していますがその数は非常に少なく その中で抗原に遭遇した僅かな記憶 B 細胞が著しく増殖し 効率良く形質細胞に分化することが 大量の抗体産

報道発表資料 2006 年 4 月 13 日 独立行政法人理化学研究所 抗ウイルス免疫発動機構の解明 - 免疫 アレルギー制御のための新たな標的分子を発見 - ポイント 異物センサー TLR のシグナル伝達機構を解析 インターフェロン産生に必須な分子 IKK アルファ を発見 免疫 アレルギーの有効

メディカルスタッフのための白血病診療ハンドブック

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報道発表資料 2006 年 6 月 21 日 独立行政法人理化学研究所 アレルギー反応を制御する新たなメカニズムを発見 - 謎の免疫細胞 記憶型 T 細胞 がアレルギー反応に必須 - ポイント アレルギー発症の細胞を可視化する緑色蛍光マウスの開発により解明 分化 発生等で重要なノッチ分子への情報伝達

前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

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図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

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法医学問題「想定問答」(記者会見後:平成15年  月  日)

研究の背景 1 細菌 ウイルス 寄生虫などの病原体が人体に侵入し感染すると 血液中を流れている炎症性単球注と呼ばれる免疫細胞が血管壁を通過し 感染局所に集積します ( 図 1) 炎症性単球は そこで病原体を貪食するマクロファ 1 ージ注と呼ばれる細胞に分化して感染から体を守る重要な働きをしています

のと期待されます 本研究成果は 2011 年 4 月 5 日 ( 英国時間 ) に英国オンライン科学雑誌 Nature Communications で公開されます また 本研究成果は JST 戦略的創造研究推進事業チーム型研究 (CREST) の研究領域 アレルギー疾患 自己免疫疾患などの発症機構

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Microsoft Word - 運動が自閉症様行動とシナプス変性を改善する

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10,000 L 30,000 50,000 L 30,000 50,000 L 図 1 白血球増加の主な初期対応 表 1 好中球増加 ( 好中球 >8,000/μL) の疾患 1 CML 2 / G CSF 太字は頻度の高い疾患 32

解禁日時 :2019 年 2 月 4 日 ( 月 ) 午後 7 時 ( 日本時間 ) プレス通知資料 ( 研究成果 ) 報道関係各位 2019 年 2 月 1 日 国立大学法人東京医科歯科大学 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 IL13Rα2 が血管新生を介して悪性黒色腫 ( メラノーマ ) を

4. 発表内容 : 1 研究の背景超高齢社会を迎えた日本では 骨粗しょう症の患者数は年々増加しつつあり 1300 万人と 推測されています 骨粗しょう症では脊椎や大腿骨を骨折しやすくなり その結果 寝たきり に至ることも多く 患者の生活の質 (QOL) を著しく低下させるため その対策が重要な課題

研究の詳細な説明 1. 背景病原微生物は 様々なタンパク質を作ることにより宿主の生体防御システムに対抗しています その分子メカニズムの一つとして病原微生物のタンパク質分解酵素が宿主の抗体を切断 分解することが知られております 抗体が切断 分解されると宿主は病原微生物を排除することが出来なくなります

報道関係者各位 平成 26 年 1 月 20 日 国立大学法人筑波大学 動脈硬化の進行を促進するたんぱく質を発見 研究成果のポイント 1. 日本人の死因の第 2 位と第 4 位である心疾患 脳血管疾患のほとんどの原因は動脈硬化である 2. 酸化されたコレステロールを取り込んだマクロファージが大量に血

RNA Poly IC D-IPS-1 概要 自然免疫による病原体成分の認識は炎症反応の誘導や 獲得免疫の成立に重要な役割を果たす生体防御機構です 今回 私達はウイルス RNA を模倣する合成二本鎖 RNA アナログの Poly I:C を用いて 自然免疫応答メカニズムの解析を行いました その結果

本研究成果は 2015 年 7 月 21 日正午 ( 米国東部時間 ) 米国科学雑誌 Immunity で 公開されます 4. 発表内容 : < 研究の背景 > 現在世界で 3 億人以上いるとされる気管支喘息患者は年々増加の一途を辿っています ステロイドやβ-アドレナリン受容体選択的刺激薬の吸入によ

卵管の自然免疫による感染防御機能 Toll 様受容体 (TLR) は微生物成分を認識して サイトカインを発現させて自然免疫応答を誘導し また適応免疫応答にも寄与すると考えられています ニワトリでは TLR-1(type1 と 2) -2(type1 と 2) -3~ の 10

遺伝子の近傍に別の遺伝子の発現制御領域 ( エンハンサーなど ) が移動してくることによって その遺伝子の発現様式を変化させるものです ( 図 2) 融合タンパク質は比較的容易に検出できるので 前者のような二つの遺伝子組み換えの例はこれまで数多く発見されてきたのに対して 後者の場合は 広範囲のゲノム

< 背景 > HMGB1 は 真核生物に存在する分子量 30 kda の非ヒストン DNA 結合タンパク質であり クロマチン構造変換因子として機能し 転写制御および DNA の修復に関与します 一方 HMGB1 は 組織の損傷や壊死によって細胞外へ分泌された場合 炎症性サイトカイン遺伝子の発現を増強

報道発表資料 2006 年 8 月 7 日 独立行政法人理化学研究所 国立大学法人大阪大学 栄養素 亜鉛 は免疫のシグナル - 免疫系の活性化に細胞内亜鉛濃度が関与 - ポイント 亜鉛が免疫応答を制御 亜鉛がシグナル伝達分子として作用する 免疫の新領域を開拓独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事

化を明らかにすることにより 自閉症発症のリスクに関わるメカニズムを明らかにすることが期待されます 本研究成果は 本年 京都において開催される Neuro2013 において 6 月 22 日に発表されます (P ) お問い合わせ先 東北大学大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野教授大隅典

今後の展開現在でも 自己免疫疾患の発症機構については不明な点が多くあります 今回の発見により 今後自己免疫疾患の発症機構の理解が大きく前進すると共に 今まで見過ごされてきたイントロン残存の重要性が 生体反応の様々な局面で明らかにされることが期待されます 図 1 Jmjd6 欠損型の胸腺をヌードマウス

2015 年 11 月 5 日 乳酸菌発酵果汁飲料の継続摂取がアトピー性皮膚炎症状を改善 株式会社ヤクルト本社 ( 社長根岸孝成 ) では アトピー性皮膚炎患者を対象に 乳酸菌 ラクトバチルスプランタルム YIT 0132 ( 以下 乳酸菌 LP0132) を含む発酵果汁飲料 ( 以下 乳酸菌発酵果

2017 年 12 月 15 日 報道機関各位 国立大学法人東北大学大学院医学系研究科国立大学法人九州大学生体防御医学研究所国立研究開発法人日本医療研究開発機構 ヒト胎盤幹細胞の樹立に世界で初めて成功 - 生殖医療 再生医療への貢献が期待 - 研究のポイント 注 胎盤幹細胞 (TS 細胞 ) 1 は


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学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 松尾祐介 論文審査担当者 主査淺原弘嗣 副査関矢一郎 金井正美 論文題目 Local fibroblast proliferation but not influx is responsible for synovial hyperplasia in a mur

るマウスを解析したところ XCR1 陽性樹状細胞欠失マウスと同様に 腸管 T 細胞の減少が認められました さらに XCL1 の発現が 脾臓やリンパ節の T 細胞に比較して 腸管組織の T 細胞において高いこと そして 腸管内で T 細胞と XCR1 陽性樹状細胞が密に相互作用していることも明らかにな

糖鎖の新しい機能を発見:補体系をコントロールして健康な脳神経を維持する

平成 2 3 年 2 月 9 日 科学技術振興機構 (JST) Tel: ( 広報ポータル部 ) 慶應義塾大学 Tel: ( 医学部庶務課 ) 腸における炎症を抑える新しいメカニズムを発見 - 炎症性腸疾患の新たな治療法開発に期待 - JST 課題解決型基

られる 糖尿病を合併した高血圧の治療の薬物治療の第一選択薬はアンジオテンシン変換酵素 (ACE) 阻害薬とアンジオテンシン II 受容体拮抗薬 (ARB) である このクラスの薬剤は単なる降圧効果のみならず 様々な臓器保護作用を有しているが ACE 阻害薬や ARB のプラセボ比較試験で糖尿病の新規

< 研究の背景と経緯 > 私たちの消化管は 食物や腸内細菌などの外来抗原に常にさらされています 消化管粘膜の免疫系は 有害な病原体の侵入を防ぐと同時に 生体に有益な抗原に対しては過剰に反応しないよう巧妙に調節されています 消化管に常在するマクロファージはCX3CR1を発現し インターロイキン-10(

報道関係者各位

統合失調症モデルマウスを用いた解析で新たな統合失調症病態シグナルを同定-統合失調症における新たな予防法・治療法開発への手がかり-

第51回日本小児感染症学会総会・学術集会 採択結果演題一覧

平成24年7月x日

研究の詳細な説明 1. 背景細菌 ウイルス ワクチンなどの抗原が人の体内に入るとリンパ組織の中で胚中心が形成されます メモリー B 細胞は胚中心に存在する胚中心 B 細胞から誘導されてくること知られています しかし その誘導の仕組みについてはよくわかっておらず その仕組みの解明は重要な課題として残っ


第 88 回日本感染症学会学術講演会第 62 回日本化学療法学会総会合同学会採択演題一覧 ( 一般演題ポスター ) 登録番号 発表形式 セッション名 日にち 時間 部屋名 NO. 発表順 一般演題 ( ポスター ) 尿路 骨盤 性器感染症 1 6 月 18 日 14:10-14:50 ア

小児の難治性白血病を引き起こす MEF2D-BCL9 融合遺伝子を発見 ポイント 小児がんのなかでも 最も頻度が高い急性リンパ性白血病を起こす新たな原因として MEF2D-BCL9 融合遺伝子を発見しました MEF2D-BCL9 融合遺伝子は 治療中に再発する難治性の白血病を引き起こしますが 新しい

平成24年7月x日

平成14年度研究報告

共同研究チーム 個人情報につき 削除しております 1

別紙 < 研究の背景と経緯 > 自閉症は 全人口の約 2% が罹患する非常に頻度の高い神経発達障害です 近年 クロマチンリモデ リング因子 ( 5) である CHD8 が自閉症の原因遺伝子として同定され 大変注目を集めています ( 図 1) 本研究グループは これまでに CHD8 遺伝子変異を持つ

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読んで見てわかる免疫腫瘍

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統合失調症発症に強い影響を及ぼす遺伝子変異を,神経発達関連遺伝子のNDE1内に同定した

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11 月 16 日午前 9 時 ( 米国東部時間 ) にオンライン版で発表されます なお 本研究開発領域は 平成 27 年 4 月の日本医療研究開発機構の発足に伴い 国立研究開発法人科学 技術振興機構 (JST) より移管されたものです 研究の背景 近年 わが国においても NASH が急増しています

実践!輸血ポケットマニュアル

< 研究の背景と経緯 > ヒトの腸管内には 500 種類以上 総計 100 兆個以上の腸内細菌が共生しており 腸管からの栄養吸収 腸の免疫 病原体の感染の予防などに働いています 一方 遺伝的要因 食餌などを含むライフスタイル 病原体の侵入などや種々の医療的処置などによって腸内細菌のバランスが乱れると

4. 発表内容 : 1 研究の背景 先行研究における問題点 正常な脳では 神経細胞が適切な相手と適切な数と強さの結合 ( シナプス ) を作り 機能的な神経回路が作られています このような機能的神経回路は 生まれた時に完成しているので はなく 生後の発達過程において必要なシナプスが残り不要なシナプス

学位論文要旨 牛白血病ウイルス感染牛における臨床免疫学的研究 - 細胞性免疫低下が及ぼす他の疾病発生について - C linical immunological studies on cows infected with bovine leukemia virus: Occurrence of ot

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報道発表資料 2007 年 4 月 30 日 独立行政法人理化学研究所 炎症反応を制御する新たなメカニズムを解明 - アレルギー 炎症性疾患の病態解明に新たな手掛かり - ポイント 免疫反応を正常に終息させる必須の分子は核内タンパク質 PDLIM2 炎症反応にかかわる転写因子を分解に導く新制御メカニ

免疫リンパ球療法とは はじめに あなたは免疫細胞 ( 以下免疫と言います ) の役割を知っていますか 免疫という言葉はよく耳にしますね では 身体で免疫は何をしているのでしょう? 免疫の大きな役割は 外から身体に侵入してくる病原菌や異物からあなたの身体を守る ことです あなたの身体には自分を守る 病

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八村敏志 TCR が発現しない. 抗原の経口投与 DO11.1 TCR トランスジェニックマウスに経口免疫寛容を誘導するために 粗精製 OVA を mg/ml の濃度で溶解した水溶液を作製し 7 日間自由摂取させた また Foxp3 の発現を検討する実験では RAG / OVA3 3 マウスおよび

2 肝細胞癌 (Hepatocellular carcinoma 以後 HCC) は癌による死亡原因の第 3 位であり 有効な抗癌剤がないため治癒が困難な癌の一つである これまで HCC の発症原因はほとんど が C 型肝炎ウイルス感染による慢性肝炎 肝硬変であり それについで B 型肝炎ウイルス

目次 1. 抗体治療とは? 2. 免疫とは? 3. 免疫の働きとは? 4. 抗体が主役の免疫とは? 5. 抗体とは? 6. 抗体の構造とは? 7. 抗体の種類とは? 8. 抗体の働きとは? 9. 抗体医薬品とは? 10. 抗体医薬品の特徴とは? 10. モノクローナル抗体とは? 11. モノクローナ

学位論文の要約

白血病とは 異常な血液細胞がふえ 正常な血液細胞の産生を妨げる病気です 血液のがん 白血病は 血液細胞のもとになる細胞が異常をきたして白血病細胞となり 無秩 序にふえてしまう病気で 血液のがん ともいわれています 白血病細胞が血液をつくる場所である骨髄の中でふえて 正常な血液細胞の産 生を抑えてしま

脳組織傷害時におけるミクログリア形態変化および機能 Title変化に関する培養脳組織切片を用いた研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 岡村, 敏行 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL http

60 秒でわかるプレスリリース 2008 年 2 月 4 日 独立行政法人理化学研究所 筋萎縮性側索硬化症 (ALS) の進行に二つのグリア細胞が関与することを発見 - 神経難病の一つである ALS の治療法の開発につながる新知見 - 原因不明の神経難病 筋萎縮性側索硬化症 (ALS) は 全身の筋

研究目的 1. 電波ばく露による免疫細胞への影響に関する研究 我々の体には 恒常性を保つために 生体内に侵入した異物を生体外に排除する 免疫と呼ばれる防御システムが存在する 免疫力の低下は感染を引き起こしやすくなり 健康を損ないやすくなる そこで 2 10W/kgのSARで電波ばく露を行い 免疫細胞

2019 年 3 月 28 日放送 第 67 回日本アレルギー学会 6 シンポジウム 17-3 かゆみのメカニズムと最近のかゆみ研究の進歩 九州大学大学院皮膚科 診療講師中原真希子 はじめにかゆみは かきたいとの衝動を起こす不快な感覚と定義されます 皮膚疾患の多くはかゆみを伴い アトピー性皮膚炎にお

乾癬などの炎症性皮膚疾患が悪化するメカニズムを解明

ます さらに 病原体排除に働いている補体系のタンパク質 ( 注 4) や細胞外基質を形成しているタンパク質との結合なども知られ 炎症反応における重要な役割が指摘されています 一方 敗血症と呼ばれる重症の感染症では 全身における炎症反応により 複数の臓器の機能不全が起こり死に至る重症敗血症あるいは敗血

報道発表資料 2007 年 10 月 22 日 独立行政法人理化学研究所 ヒト白血病の再発は ゆっくり分裂する白血病幹細胞が原因 - 抗がん剤に抵抗性を示す白血病の新しい治療戦略にむけた第一歩 - ポイント 患者の急性骨髄性白血病を再現する 白血病ヒト化マウス を開発 白血病幹細胞の抗がん剤抵抗性が

考えられている 一部の痒疹反応は, 長時間持続する蕁麻疹様の反応から始まり, 持続性の丘疹や結節を形成するに至る マウスでは IgE 存在下に抗原を投与すると, 即時型アレルギー反応, 遅発型アレルギー反応に引き続いて, 好塩基球依存性の第 3 相反応 (IgE-CAI: IgE-dependent

東邦大学学術リポジトリ タイトル別タイトル作成者 ( 著者 ) 公開者 Epstein Barr virus infection and var 1 in synovial tissues of rheumatoid 関節リウマチ滑膜組織における Epstein Barr ウイルス感染症と Epst

研究の背景 ヒトは他の動物に比べて脳が発達していることが特徴であり, 脳の発達のおかげでヒトは特有の能力の獲得が可能になったと考えられています この脳の発達に大きく関わりがあると考えられているのが, 本研究で扱っている大脳皮質の表面に存在するシワ = 脳回 です 大脳皮質は脳の中でも高次脳機能に関わ

図アレルギーぜんそくの初期反応の分子メカニズム


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白血病治療の最前線

なお本研究は 東京大学 米国ウィスコンシン大学 国立感染症研究所 米国スクリプス研 究所 米国農務省 ニュージーランドオークランド大学 日本中央競馬会が共同で行ったもの です 本研究成果は 日本医療研究開発機構 (AMED) 新興 再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業 文部科学省新学術領

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ランゲルハンス細胞の過去まず LC の過去についてお話しします LC は 1868 年に 当時ドイツのベルリン大学の医学生であった Paul Langerhans により発見されました しかしながら 当初は 細胞の形状から神経のように見えたため 神経細胞と勘違いされていました その後 約 100 年

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肝臓の細胞が壊れるる感染があります 肝B 型慢性肝疾患とは? B 型慢性肝疾患は B 型肝炎ウイルスの感染が原因で起こる肝臓の病気です B 型肝炎ウイルスに感染すると ウイルスは肝臓の細胞で増殖します 増殖したウイルスを排除しようと体の免疫機能が働きますが ウイルスだけを狙うことができず 感染した肝

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報道発表資料 2007 年 4 月 11 日 独立行政法人理化学研究所 傷害を受けた網膜細胞を薬で再生する手法を発見 - 移植治療と異なる薬物による新たな再生治療への第一歩 - ポイント マウス サルの網膜の再生を促進することに成功 網膜だけでなく 難治性神経変性疾患の再生治療にも期待できる 神経回

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く 細胞傷害活性の無い CD4 + ヘルパー T 細胞が必須と判明した 吉田らは 1988 年 C57BL/6 マウスが腹腔内に移植した BALB/c マウス由来の Meth A 腫瘍細胞 (CTL 耐性細胞株 ) を拒絶すること 1991 年 同種異系移植によって誘導されるマクロファージ (AIM

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報道発表資料 2002 年 10 月 10 日 独立行政法人理化学研究所 頭にだけ脳ができるように制御している遺伝子を世界で初めて発見 - 再生医療につながる重要な基礎研究成果として期待 - 理化学研究所 ( 小林俊一理事長 ) は プラナリアを用いて 全能性幹細胞 ( 万能細胞 ) が頭部以外で脳

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骨が免疫力を高める ~ 感染から体を守るためには骨を作る細胞が重要 ~ 1. 発表者 : 寺島明日香 ( 研究当時 : 東京大学大学院医学系研究科病因 病理学専攻免疫学分野研究員現所属 : 東京大学大学院医学系研究科骨免疫学寄付講座特任助教 ) 岡本一男 ( 研究当時 : 東京大学大学院医学系研究科病因 病理学専攻免疫学分野助教現所属 : 東京大学大学院医学系研究科骨免疫学寄付講座特任准教授 ) 高柳広 ( 東京大学大学院医学系研究科病因 病理学専攻免疫学分野教授 ) 2. 発表のポイント : 炎症によって骨髄内の骨芽細胞 ( 注 1) が障害を受けることが 敗血症後に生じる免疫細胞 数減少の要因であることが判明しました 敗血症では炎症反応により骨芽細胞が障害を受けるため サイトカイン ( 注 2) の一つであるインターロイキン 7(IL-7)( 注 3) の量が減少し リンパ球 ( 注 4) の産生が減ることで 免疫力が低下した状態に陥ることが分かりました 免疫力を高めるための 骨芽細胞を標的とした新しい治療法開発の可能性を提示しました 3. 発表概要 : 敗血症は細菌感染により引き起こされる全身に及ぶ炎症状態です 発症早期には体を守るた めに免疫細胞から炎症性サイトカインが大量に放出されますが その時期を過ぎると新たな感 染症にかかりやすくなります その原因として 末梢血中の一部の免疫細胞が減少するため免 疫力低下により感染しやすい状態が長期間続くことが考えられます 従って 発症早期の治療 に加えて 発症後の免疫力低下のメカニズムを解明し 新たな治療法を開発することで 生存 率の大幅な改善が期待できます このたび 東京大学大学院医学系研究科病因 病理学専攻免疫学分野の寺島明日香研究員 ( 当時 ) と 岡本一男助教 ( 当時 ) 高柳広教授らの研究グループは 敗血症のモデルマウ スを用いて 急性炎症反応によって免疫抑制状態が生じるメカニズムを検討しました その結 果 敗血症モデルマウスでは急激に骨量が減少しており 骨髄におけるリンパ球の初期分化が 障害されていることを見出しました 骨を作る役割を持つ骨芽細胞は 免疫細胞分化に重要な サイトカイン IL-7 を産生し T 細胞や B 細胞のもととなるリンパ球共通前駆細胞 ( 注 5) を維 持することが分かりました 敗血症では 感染症の防御に重要なリンパ球を維持する骨芽細胞 が減少するため 免疫力低下につながると考えられます 本研究は日本学術振興会科学研究費補助金 科学技術振興機構 (JST) 戦略的創造研究推 進事業 高柳オステオネットワークプロジェクト ( 研究総括 : 高柳広 ) などの一環で行なわ れました 本研究成果は 2016 年 6 月 14 日 ( 米国東部夏時間 ) に国際科学誌 Immunity オンラ イン版で公開されます 4. 発表内容 : 敗血症は 細菌の感染が引き金となり 血液中に病原体が入り込むことで全身に急性炎症反 応が生じる疾患です 臓器の機能不全 血圧低下 体温低下などの重篤な症状が現れます 世

界では年間約 2700 万人が敗血症を発症し その多くを発展途上国の乳幼児が占めています 抗菌薬などの発症早期の治療法の進歩が見られるものの 先進国でも高齢者が発症後数ヶ月の 間に新たな感染症にかかって亡くなる例が多いことが知られています 発症早期には 全身に広がった感染によって炎症反応が過剰になりますが 炎症が治まった後には免疫力が低下しま す その原因の一つに T 細胞や B 細胞などを含むリンパ球と呼ばれる免疫細胞が少なくなる ことが考えられています 成人では リンパ球 マクロファージ 好中球 赤血球 血小板な ど免疫細胞を含むすべての血球系細胞は造血幹細胞 ( 注 6) から分化します 造血幹細胞は骨 髄で維持されており 生体の状況に応じて分化や自己複製を調整し 必要な細胞を供給してい ます 近年の研究から 造血幹細胞の維持には骨髄中の骨を構成する細胞 ( 骨を作る骨芽細胞 や骨を吸収する破骨細胞 ) や血管内皮細胞 神経細胞などが重要な役割を果たしていることが 明らかとなっています 発症後期に起きる免疫力低下の原因を解明するため リンパ球数の減 少に着目し リンパ球のもとになる細胞を維持している骨髄の解析を進めました 今回 盲腸結紮穿刺 ( 注 7) により敗血症を誘導したモデルマウスを用いて 免疫細胞を観 察すると リンパ球数の減少とともに 骨量が短期間で劇的に低下することが見出されました ( 図 1) 発症時にはマウスの末梢血中のリンパ球数減少も観察されたので 免疫反応が弱まっている すなわち免疫抑制の状態になっていると推察されました 骨髄を詳細に観察したと ころ 発症時の骨量減少は骨芽細胞数の激減によること また骨髄ではリンパ球のもととなる リンパ球共通前駆細胞数が減少していることが明らかとなりました 次に発症時の骨髄中のサイトカインを測定したところ リンパ球共通前駆細胞の維持に重要 と考えられる IL-7 が低下していることが分かりました そこで 骨芽細胞から産生される IL-7 の役割を明らかにするため 骨芽細胞だけが IL-7 を産生できない遺伝子改変マウスを解析しま した すると この遺伝子改変マウスでは敗血症モデルマウスで観察されたようなリンパ球数 減少が起きました 以上の結果から 定常状態では骨芽細胞がリンパ球細胞分化を維持してい ますが 敗血症のような全身性炎症を発症すると 炎症性サイトカインにより骨芽細胞が減少 し その結果リンパ球数も減少してしまうことが明らかとなりました リンパ球数が定常状態 より少ないと 十分な免疫反応が困難になると考えられます ( 図 2) 実際に薬剤投与によっ て骨芽細胞を活性化させるとリンパ球数が回復しました 一方 骨芽細胞を除去したマウスでは敗血症予後が悪化することも見出しました ( 図 3) 本研究により マウスの敗血症発症後の免疫抑制の原因の一つは 全身性炎症による骨芽細 胞の消失が引き起こすリンパ球共通前駆細胞数減少であることが明らかとなりました 従来の 発症早期の治療法と併せて 骨芽細胞を標的として発症後期の免疫力低下のコントロールを目 指す新しい治療法開発の可能性を提示しました 5. 発表雑誌 : 雑誌名 : Immunity (2016 年 6 月 14 日オンライン版 ) 論文タイトル :Sepsis-induced osteoblast ablation causes immunodeficiency 著者 :Asuka Terashima, Kazuo Okamoto, Tomoki Nakashima, Shizuo Akira, Koichi Ikuta, and Hiroshi Takayanagi DOI 番号 :10.1016/j.immuni.2016.05.012 6. 問い合わせ先 : < 本研究に関するお問い合わせ > 東京大学大学院医学系研究科病因 病理学専攻免疫学分野

教授高柳広 ( たかやなぎひろし ) TEL:03-5841-3373 FAX:03-5841-3450 E-mail:takayana@m.u-tokyo.ac.jp <JST 事業に関すること> 科学技術振興機構研究プロジェクト推進部大山健志 ( おおやまたけし ) 102-0076 東京都千代田区五番町 7 番地 K's 五番町 TEL: 03-3512-3528 FAX: 03-3222-2068 E-mail:eratowww@jst.go.jp < 報道に関すること > 東京大学大学院医学系研究科総務係 TEL:03-5841-3304 E-mail:ishomu@m.u-tokyo.ac.jp 科学技術振興機構広報課 TEL:03-5214-8404 E-mail:jstkoho@jst.go.jp 7. 用語解説 : ( 注 1) 骨芽細胞 : 骨の表面に存在する 骨を作り出す細胞 ( 注 2) サイトカイン : 細胞から放出されるたんぱく質のうち 細胞間の情報伝達に関わるものの総称 ( 注 3) インターロイキン 7(IL-7): リンパ球の生存 増殖に重要なサイトカイン ( 注 4) リンパ球 : 白血球の一部で T 細胞 ( 他の免疫細胞の機能活性化や がん細胞などを攻撃する ) B 細胞 ( 抗体を作り出す ) や NK 細胞 ( ウイルス感染をした細胞やがん細胞を攻撃する ) を含む ( 注 5) リンパ球共通前駆細胞 : T 細胞や B 細胞などのリンパ球に分化する能力を持つ前駆細胞 ( 注 6) 造血幹細胞 : 血球系細胞 ( 白血球 赤血球 血小板 肥満細胞 樹状細胞など ) に分化可能な幹細胞のこと 成人では主に骨の中の骨髄に存在している ( 注 7) 盲腸結紮穿刺 : 実験的に敗血症を引き起こすモデルマウスの一種 マウスの盲腸を糸で縛って結び その先端に針で穴を開けて腹腔内に戻す 縛った盲腸から常在菌が腹膜へ漏れ出し 腹膜炎を発症する その炎症が全身に及んで敗血症に至る 8. 添付資料 :

( 図 1) 敗血症は骨芽細胞およびリンパ球共通前駆細胞を減少させる 盲腸結紮穿刺により敗血症を誘導したマウスでは (A) 骨量 (B) 骨芽細胞 (C) 骨髄内 のリンパ球共通前駆細胞数も減少しました *p < 0.05; ***p < 0.005 ( 図 2) 炎症下における骨構成細胞による免疫細胞分化制御の解明 (A) 敗血症では骨髄中でリンパ球維持に重要な IL-7 が低下していることが分かりました (B) 実際に 骨芽細胞から IL-7 を産生しないマウスでは リンパ球共通前駆細胞数が減少していました (C) 従って 定常状態では骨芽細胞から産生される IL-7 がリンパ球共通前駆細 胞を維持し 末梢リンパ球の状態を一定に保つことが明らかとなりました 敗血症のような全 身性炎症が起きると 炎症性サイトカインによって骨芽細胞が障害を受けて消失します その

結果 骨芽細胞からの IL-7 産生が途絶えてリンパ球数が減少し 免疫力が低下すると考えられ ます *p < 0.05; ***p < 0.005 ( 図 3) 骨芽細胞は全身性炎症の新たな治療標的として期待される (A) 各プロットの青い四角で囲まれた部分は B 細胞を 緑の四角で囲まれた部分は T 細胞 を観察しています 敗血症モデルマウスに生理食塩水のみを投与したマウスでは B 細胞と T 細胞が減っていました 一方 敗血症モデルマウスに骨芽細胞を活性化する薬剤を投与すると リンパ球数が増えました (B) また 敗血症発症時に骨芽細胞を除去したマウスでは生存率 の低下が見られました