GLM 教育セミナー Lab.Clin.Pract.,26(1):25-29(2008) 第 4 回 GLM 教育セミナー :BSC 演習 SWOT 分析からクロス分析 グループ演習報告 (3) 東海大学医学部基盤診療学系臨床検査学 松下弘道 はじめにさる平成 19 年 5 月 12 日に開催された, 第 4 回 GLM 教育セミナー 臨床検査室の検査診療におけるバランスト スコアカード (BSC) の利用 に参加した. 本セミナーは日本臨床検査専門医会の主催によるものであり, 検査医が病院検査室のおかれた現状や問題点を的確に把握して, いかによりよい検査室を戦略的に構築していくかを考えることを目標にしている. 今回のセミナーでは, その手段として, 組織のビジョンを, 財務, 顧客, 業務プロセス, 学習と成長, の 4 つの視点から計画 管理する戦略的マネジメント システムであるバランスト スコアカード ( 以下 BSC) について講義を受け, 架空の病院検査室を例として演習を行った. 実際には長い時間をかけて議論をして作り上げていくものであるが, 今回の演習でもそのエッセンスは感じられた. 1. ミッション ビジョンの作成高橋淑郎先生による 30 分の講義のあと, 中堅地方都市の国立大学病院の検査室という設定で BSC の作成を開始した. まずミッションおよびビジョンの作成を行った. 組織の理念 行動規範となるミッションとして 当該地域における充実した教育 研究 臨床体制の確立 を, より具体的な将来像を示したビジョンとして,1. 卒後教育プログラムの確立,2. 産学連携の強化,3. 地域における検査センター化推進,4.POCT の積極的な導入,5. 人材の適正配置, を掲げることとした. 2.SWOT 分析 クロス分析 SWOT 分析とは, 強み (Strength: S), 弱み (Weakness: W), 機会 (Opportunity: O), 脅威 (Threat: T) の頭文字をとったものである.KJ 法を利用して, 架空の検査室におけるそれぞれの項目を挙げていった. あくまで想像の上ということになっていたが, 実際にはグループのメンバーが普段実感していることが挙げられた. 異なる背景を有する各メンバーであったが, 大学病院の特徴である豊富な症例数や教育機関としての責務, 医療費の削減, 外注委託の圧力など, 普段感じていることに共通点が多かった. しかしながら, 人的資源や検査室の組織の問題などに関しては, メンバーの背景によって多少意見が異なっていた. 実際に挙げられた SWOT 分析の各項目を表 1 に示す. SWOT 分析で挙げられた項目を基にして, さらに戦略の基本となるクロス分析を行った. 強み (S) と機会 (O) を活かす部分では, 教育への参加をより充実させていくという意見が目立った. 一方で, 現実には認可されていないが, 地域の医療機関からの受託検査を行うという意見があった. 検査相談件数の増加や競合病院の出現などの脅威 (T) に対しては, 臨床検査専門医がいるという強み (S) を活かして専門領域を積極的にアピールし, さらに検査の内容や報告について付加価値を高める方向で考えることとした. 検査室内の硬直化したシステムや経営意識の欠如などの弱み (W) や, 業務負担の増加などの脅威 (T) については, 教育システムや業務の見直しを行うこととした. 議論 - 25 -
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第 4 回 GLM 教育セミナー :BSC 演習 SWOT 分析からクロス分析 グループ演習報告 (3) 図 1 戦略テーマと戦略マップ では, ミッションのうち教育や診療が中心であり, 研究についての発言は少なかった. 詳細については表 1 を参照されたい. 3. 戦略テーマと戦略マップの作成 SWOT およびクロス分析の結果で把握した 現状 を踏まえて, 戦略テーマおよびそれを達成するための戦略マップを作成した. 戦略テーマは 3 ~4 つが適当であるとされるが, 我々のグループの SWOT 分析 / クロス分析の内容にやや偏りがあり, 以降の議論を進めるのに不十分であると考えられた. このような場合, 実際の BSC 作成ではもう一度 SWOT 分析からやり直しになるのであるが, 演習ではこの段階で新しく戦略テーマを考えて加えることとした. 戦略テーマとしては, SWOT およびクロス分析を基にして作成した,1. 診断の質の向上,2. 社会貢献,3. 地域検査体制の充実, の 3 つに, それまであまり議論されていなかった研究面を考え, ビジョンにある,4. 産学連携の強化, を加えて 4 つとした ( 図 1). 戦略テーマを支えるそれぞれの視点の項目数は計 17 であり適当と考えられたが, 財務の視点に おける項目数は計 2 とやや少なめであった. これは, 病院という公共的な色彩の強い施設における BSC の作成であるため財務の視点を最重視する必要はない, というファシリテーターの先生から助言を頂いたことによる. しかしながら,SWOT 分析の際に挙げたように, 診療報酬の削減やそれに伴うコスト削減の圧力, 独立行政法人化による独立採算制への移行など, 財務面の問題は非常に重大であり, 現実にはもっとしっかりとした議論が必要であると考えられた. 4.BSC の作成 BSC は, 戦略マップに掲げた項目を達成するために, それぞれの項目に対し具体的な行動とその評価法を明確に示したものである. 本来であれば全ての項目に対して BSC は作成されるべきである. しかしながら, 一部の項目は抽象的であり, 結局 7 つの項目に対して BSC を作成した ( 表 2). これまでの議論はやや抽象的なイメージを中心に進んできたが, ここに至り具体的なアクションプラン, 成果尺度, 数値目標を設定することになった. この際, 理想像と実現性を考えながら BSC - 27 -
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第 4 回 GLM 教育セミナー :BSC 演習 SWOT 分析からクロス分析 グループ演習報告 (3) 作成を進めていくが, 具体的な行動が簡単で目標値が低ければ戦略的な変革は望みにくくなり, 逆に高い理想像を掲げてしまうと絵に描いた餅にすぎなくなる. 我々の作成した BSC を見返してみると, 院外からの検査相談, 院外対象の勉強会の開催, 積極的な実習生の受け入れ, 地域からの受託検査など, 病院外への積極的な働きかけをしながら地域とともに発展していこうという姿が伺える. 一方で, 検査の依頼件数や資格試験への合格実績など, 検査室の努力だけでは達成できない目標も挙げられていた. さらに, 作成された BSC に従って行動することによりミッション ビジョン 戦略テーマを達成できるのか, 矛盾点はないか, ということについて確認 検討を行った. 我々のグループでは戦略テーマの全てについて BSC を作成できなかったため,BSC がミッションの中の 研究 の部分, およびビジョンの中の 2. 産学連携の強化と4. POCT の積極的な導入, を十分にカバーしていなかった. これらについては,SWOT 分析に戻って再度検討し直す必要があると考えられた. 5. おわりに今回の演習では, 時間の都合があり, 各ステップにおいて十分なブラッシュアップができないままに終わった. しかしながら, 目標を掲げ, それを達成するために問題点を抽出 分析し,4 つの視点で見直して, 具体的な行動 評価方法を作成 するという,BSC 作成の一連のステップを学ぶことができた. BSC 作成において重要な点は, 議論に参加している各人が問題点を共有すること, 戦略マップの作成を通じて問題点の位置づけを明確にすること, そして具体的な行動や目標の設定を通じて自主的に行動をすること, にあると考えられる. 各ステップにおける議論は, 次のステップのたたき台になることから時間をかけて十分に行い, 常に前のステップとの矛盾点を検証していく必要がある. 最終生成物である BSC はありふれたものであったとしても, 議論に参加した各人がその背景や位置づけをよく理解し, それを周囲に伝えることで, 組織全体が 1 つになって目標に向かって行動することができる. 評価を通じて BSC を見直し, 必要に応じて新たな BSC の作成を繰り返すことは,BSC 作成を一過性のイベントに終わらせず, 組織が問題点への関心を持ち続けるように仕向ける効果がある. 議論を通じて各人の戦略的なモチベーションを常に維持することが,BSC 導入の一番の目的であると考えられる. 最後になりましたが, 丁寧なご指導をいただいたインストラクター ファシリテーターの先生方, 今回の GLM セミナーを主催していただいた日本臨床検査専門医会の先生方, スタッフの方々に感謝いたします. - 29 -