報道発表資料 2008 年 1 月 31 日 独立行政法人理化学研究所 酸化物半導体の謎 伝導電子が伝導しない? 機構を解明 - 金属の原子軌道と酸素の原子軌道の結合が そのメカニズムだった - ポイント チタン酸ストロンチウムに存在する 伝導しない伝導電子 の謎が明らかに 高精度の軟 X 線共鳴光

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60 秒でわかるプレスリリース 2008 年 5 月 15 日 独立行政法人理化学研究所 モット先生 (1977 年ノーベル物理学賞受賞 ) の謎を解明 - 酸化ニッケルはなぜ金属ではないのか? - 銀白色の金属として知られるニッケルは 耐食性が高くステンレス鋼や硬貨などの原料として広く利用されてい

平成22年11月15日

1. 背景血小板上の受容体 CLEC-2 と ある種のがん細胞の表面に発現するタンパク質 ポドプラニン やマムシ毒 ロドサイチン が結合すると 血小板が活性化され 血液が凝固します ( 図 1) ポドプラニンは O- 結合型糖鎖が結合した糖タンパク質であり CLEC-2 受容体との結合にはその糖鎖が

と呼ばれる普通の電子とは全く異なる仮説的な粒子が出現することが予言されており その特異な統計性を利用した新機能デバイスへの応用も期待されています 今回研究グループは パラジウム (Pd) とビスマス (Bi) で構成される新規超伝導体 PdBi2 がトポロジカルな性質をもつ物質であることを明らかにし

マスコミへの訃報送信における注意事項

( 図 ) IP3 と IRBIT( アービット ) が IP3 受容体に競合して結合する様子

報道発表資料 2008 年 11 月 10 日 独立行政法人理化学研究所 メタン酸化反応で生成する分子の散乱状態を可視化 複数の反応経路を観測 - メタンと酸素原子の反応は 挿入 引き抜き のどっち? に結論 - ポイント 成層圏における酸素原子とメタンの化学反応を実験室で再現 メタン酸化反応で生成

図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

背景光触媒材料として利用される二酸化チタン (TiO2) には, ルチル型とアナターゼ型がある このうちアナターゼ型はルチル型より触媒活性が高いことが知られているが, その違いを生み出す要因は不明だった 光触媒活性は, 光吸収により形成されたキャリアが結晶表面に到達して分子と相互作用する過程と, キ

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4. 発表内容 : 1 研究の背景と経緯 電子は一つ一つが スピン角運動量と軌道角運動量の二つの成分からなる小さな磁石 ( 磁 気モーメント ) としての性質をもちます 物質中に無数に含まれる磁気モーメントが秩序だって整列すると物質全体が磁石としての性質を帯び モーターやハードディスクなど様々な用途

平成 27 年 12 月 11 日 報道機関各位 東北大学原子分子材料科学高等研究機構 (AIMR) 東北大学大学院理学研究科東北大学学際科学フロンティア研究所 電子 正孔対が作る原子層半導体の作製に成功 - グラフェンを超える電子デバイス応用へ道 - 概要 東北大学原子分子材料科学高等研究機構 (

報道発表資料 2007 年 4 月 12 日 独立行政法人理化学研究所 電流の中の電子スピンの方向を選り分けるスピンホール効果の電気的検出に成功 - 次世代を担うスピントロニクス素子の物質探索が前進 - ポイント 室温でスピン流と電流の間の可逆的な相互変換( スピンホール効果 ) の実現に成功 電流

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スピン流を用いて磁気の揺らぎを高感度に検出することに成功 スピン流を用いた高感度磁気センサへ道 1. 発表者 : 新見康洋 ( 大阪大学大学院理学研究科准教授 研究当時 : 東京大学物性研究所助教 ) 木俣基 ( 東京大学物性研究所助教 ) 大森康智 ( 東京大学新領域創成科学研究科物理学専攻博士課

1. 背景強相関電子系は 多くの電子が高密度に詰め込まれて強く相互作用している電子集団です 強相関電子系で現れる電荷整列状態では 電荷が大量に存在しているため本来は金属となるはずの物質であっても クーロン相互作用によって電荷同士が反発し合い 格子状に電荷が整列して動かなくなってしまう絶縁体状態を示し

ポイント 太陽電池用の高性能な酸化チタン極薄膜の詳細な構造が解明できていなかったため 高性能化への指針が不十分であった 非常に微小な領域が観察できる顕微鏡と化学的な結合の状態を調査可能な解析手法を組み合わせることにより 太陽電池応用に有望な酸化チタンの詳細構造を明らかにした 詳細な構造の解明により

マスコミへの訃報送信における注意事項

体状態を保持したまま 電気伝導の獲得という電荷が担う性質の劇的な変化が起こる すなわ ち電荷とスピンが分離して振る舞うことを示しています そして このような状況で実現して いる金属が通常とは異なる特異な金属であることが 電気伝導度の温度依存性から明らかにされました もともと電子が持っていた電荷やスピ

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開発の社会的背景 リチウムイオン電池用正極材料として広く用いられているマンガン酸リチウム (LiMn 2 O 4 ) やコバルト酸リチウム (LiCoO 2 ) などは 電気自動車や定置型蓄電システムなどの大型用途には充放電容量などの性能が不十分であり また 低コスト化や充放電繰り返し特性の高性能化

がら この巨大な熱電効果の起源は分かっておらず 熱電性能のさらなる向上に向けた設計指針 は得られていませんでした 今回 本研究グループは FeSb2 の超高純度単結晶を育成し その 結晶サイズを大きくすることで 実際に熱電効果が巨大化すること またその起源が結晶格子の振動 ( フォノン 注 2) と

PRESS RELEASE (2015/10/23) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

互作用によって強磁性が誘起されるとともに 半導体中の上向きスピンをもつ電子と下向きスピンをもつ電子のエネルギー帯が大きく分裂することが期待されます しかし 実際にはこれまで電子のエネルギー帯のスピン分裂が実測された強磁性半導体は非常に稀で II-VI 族である (Cd,Mn)Te において極低温 (

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論文の内容の要旨

研究成果東京工業大学理学院の那須譲治助教と東京大学大学院工学系研究科の求幸年教授は 英国ケンブリッジ大学の Johannes Knolle 研究員 Dmitry Kovrizhin 研究員 ドイツマックスプランク研究所の Roderich Moessner 教授と共同で 絶対零度で量子スピン液体を示

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高集積化が可能な低電流スピントロニクス素子の開発に成功 ~ 固体電解質を用いたイオン移動で実現低電流 大容量メモリの実現へ前進 ~ 配布日時 : 平成 28 年 1 月 12 日 14 時国立研究開発法人物質 材料研究機構東京理科大学概要 1. 国立研究開発法人物質 材料研究機構国際ナノアーキテクト

コバルトとパラジウムから成る薄膜界面にて磁化を膜垂直方向に揃える界面電子軌道の形が明らかに -スピン軌道工学に道 1. 発表者 : 岡林潤 ( 東京大学大学院理学系研究科附属スペクトル化学研究センター准教授 ) 三浦良雄 ( 物質材料研究機構磁性 スピントロニクス材料研究拠点独立研究者 ) 宗片比呂

報道発表資料 2006 年 8 月 7 日 独立行政法人理化学研究所 国立大学法人大阪大学 栄養素 亜鉛 は免疫のシグナル - 免疫系の活性化に細胞内亜鉛濃度が関与 - ポイント 亜鉛が免疫応答を制御 亜鉛がシグナル伝達分子として作用する 免疫の新領域を開拓独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事

平成**年*月**日

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研究の背景有機薄膜太陽電池は フレキシブル 低コストで環境に優しいことから 次世代太陽電池として着目されています 最近では エネルギー変換効率が % を超える報告もあり 実用化が期待されています 有機薄膜太陽電池デバイスの内部では 図 に示すように (I) 励起子の生成 (II) 分子界面での電荷生

報道関係者各位 平成 24 年 4 月 13 日 筑波大学 ナノ材料で Cs( セシウム ) イオンを結晶中に捕獲 研究成果のポイント : 放射性セシウム除染の切り札になりうる成果セシウムイオンを効率的にナノ空間 ナノの檻にぴったり収容して捕獲 除去 国立大学法人筑波大学 学長山田信博 ( 以下 筑

報道機関各位 平成 30 年 6 月 11 日 東京工業大学神奈川県立産業技術総合研究所東北大学 温めると縮む材料の合成に成功 - 室温条件で最も体積が収縮する材料 - 〇市販品の負熱膨張材料の体積収縮を大きく上回る 8.5% の収縮〇ペロブスカイト構造を持つバナジン酸鉛 PbVO3 を負熱膨張物質

マスコミへの訃報送信における注意事項

光で絶縁体を未知の金属相へと相転移させることに成功

配信先 : 東北大学 宮城県政記者会 東北電力記者クラブ科学技術振興機構 文部科学記者会 科学記者会配付日時 : 平成 30 年 5 月 25 日午後 2 時 ( 日本時間 ) 解禁日時 : 平成 30 年 5 月 29 日午前 0 時 ( 日本時間 ) 報道機関各位 平成 30 年 5 月 25

プレスリリース 2017 年 4 月 14 日 報道関係者各位 慶應義塾大学 有機単層結晶薄膜の電子物性の評価に成功 - 太陽電池や電子デバイスへの応用に期待 - 慶應義塾基礎科学 基盤工学インスティテュートの渋田昌弘研究員 ( 慶應義塾大学大学院理工学研究科専任講師 ) および中嶋敦主任研究員 (

図 NMR 装置内にあるサンプルにレーザー光を照射する装置

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令和元年 6 月 1 3 日 科学技術振興機構 (JST) 日本原子力研究開発機構東北大学金属材料研究所東北大学材料科学高等研究所 (AIMR) 理化学研究所東京大学大学院工学系研究科 スピン流が機械的な動力を運ぶことを実証 ミクロな量子力学からマクロな機械運動を生み出す新手法 ポイント スピン流が

氏 名 田 尻 恭 之 学 位 の 種 類 博 学 位 記 番 号 工博甲第240号 学位与の日付 平成18年3月23日 学位与の要件 学位規則第4条第1項該当 学 位 論 文 題 目 La1-x Sr x MnO 3 ナノスケール結晶における新奇な磁気サイズ 士 工学 効果の研究 論 文 審 査

燃料電池反応を高効率化する「助触媒」の役割を実験的に解明

背景と経緯 現代の電子機器は電流により動作しています しかし電子の電気的性質 ( 電荷 ) の流れである電流を利用した場合 ジュール熱 ( 注 3) による巨大なエネルギー損失を避けることが原理的に不可能です このため近年は素子の発熱 高電力化が深刻な問題となり この状況を打開する新しい電子技術の開

う特性に起因する固有の量子論的効果が多数現れるため 基礎学理の観点からも大きく注目されています しかし 特にゼロ質量電子系における電子相関効果については未だ十分な検証がなされておらず 実験的な解明が待たれていました 東北大学金属材料研究所の平田倫啓助教 東京大学大学院工学系研究科の石川恭平大学院生

PRESS RELEASE 平成 29 年 3 月 3 日 酸化グラフェンの形成メカニズムを解明 - 反応中の状態をリアルタイムで観察することに成功 - 岡山大学異分野融合先端研究コアの仁科勇太准教授らの研究グループは 黒鉛 1 から酸 化グラフェン 2 を合成する過程を追跡し 黒鉛が酸化されて剥が

報道機関各位 平成 29 年 7 月 10 日 東北大学金属材料研究所 鉄と窒素からなる磁性材料熱を加える方向によって熱電変換効率が変化 特殊な結晶構造 型 Fe4N による熱電変換デバイスの高効率化実現へ道筋 発表のポイント 鉄と窒素という身近な元素から作製した磁性材料で 熱を加える方向によって熱

平成 30 年 1 月 5 日 報道機関各位 東北大学大学院工学研究科 低温で利用可能な弾性熱量効果を確認 フロンガスを用いない地球環境にやさしい低温用固体冷却素子 としての応用が期待 発表のポイント 従来材料では 210K が最低温度であった超弾性注 1 に付随する冷却効果 ( 弾性熱量効果注 2

Microsoft Word - プレリリース参考資料_ver8青柳(最終版)

2 成果の内容本研究では 相関電子系において 非平衡性を利用した新たな超伝導増強の可能性を提示することを目指しました 本研究グループは 銅酸化物群に対する最も単純な理論模型での電子ダイナミクスについて 電子間相互作用の効果を精度よく取り込める数値計算手法を開発し それを用いた数値シミュレーションを実

共同研究グループ 理化学研究所創発物性科学研究センター 量子情報エレクトロニクス部門 量子ナノ磁性研究チーム 研究員 近藤浩太 ( こんどうこうた ) 客員研究員 福間康裕 ( ふくまやすひろ ) ( 九州工業大学大学院情報工学研究院電子情報工学研究系准教授 ) チームリーダー 大谷義近 ( おおた

機械学習により熱電変換性能を最大にするナノ構造の設計を実現

報道発表資料 2006 年 2 月 14 日 独立行政法人理化学研究所 発見から 50 年 酸素添加酵素 ジオキシゲナーゼ の反応機構が明らかに - 日本人が発見した ジオキシゲナーゼ の構造は牛頭型 - ポイント 酵素の触媒反応は トリプトファンと酸素との直接反応 酵素が水素原子を引抜く初期反応は

化学結合が推定できる表面分析 X線光電子分光法

報道発表資料 2004 年 9 月 6 日 独立行政法人理化学研究所 記憶形成における神経回路の形態変化の観察に成功 - クラゲの蛍光蛋白で神経細胞のつなぎ目を色づけ - 独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事長 ) マサチューセッツ工科大学 (Charles M. Vest 総長 ) は記憶形

4. 発表内容 : 1 研究の背景グラフェン ( 注 6) やトポロジカル物質と呼ばれる新規なマテリアルでは 質量がゼロの特殊な電子によってその物性が記述されることが知られています 質量がゼロの電子 ( ゼロ質量電子 ) とは 光速の千分の一程度の速度で動く固体中の電子が 一定の条件下で 有効的に

磁気でイオンを輸送する新原理のトランジスタを開発

世界最高面密度の量子ドットの自己形成に成功

平成 28 年 10 月 25 日 報道機関各位 東北大学大学院工学研究科 熱ふく射スペクトル制御に基づく高効率な太陽熱光起電力発電システムを開発 世界トップレベルの発電効率を達成 概要 東北大学大学院工学研究科の湯上浩雄 ( 機械機能創成専攻教授 ) 清水信 ( 同専攻助教 ) および小桧山朝華

2. 手法まず Cre 組換え酵素 ( ファージ 2 由来の遺伝子組換え酵素 ) を Emx1 という大脳皮質特異的な遺伝子のプロモーター 3 の制御下に発現させることのできる遺伝子操作マウス (Cre マウス ) を作製しました 詳細な解析により このマウスは 大脳皮質の興奮性神経特異的に 2 個

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報道発表資料 2006 年 4 月 13 日 独立行政法人理化学研究所 抗ウイルス免疫発動機構の解明 - 免疫 アレルギー制御のための新たな標的分子を発見 - ポイント 異物センサー TLR のシグナル伝達機構を解析 インターフェロン産生に必須な分子 IKK アルファ を発見 免疫 アレルギーの有効

図は ( 上 ) ローレンツ像の模式図と ( 下 ) パーマロイ磁性細線の実際のローレンツ像

中性子関連技術解説書 1. はじめに 中性子利用技術名 ; 粉末中性子線回折解説書作成者 ; 技術士氏名伊東亮一 粉末中性子線回折は試料に中性子を当て 散乱される中性子線を測定して試料中の原 子構造を調べる分析法です 粉末のままで結晶構造解析ができます 2. 概要 2.1 粉末中性子線回折従来 結晶

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非磁性原子を置換することで磁性・誘電特性の制御に成功

熱電変換の紹介とその応用について.ppt

ナノテク新素材の至高の目標 ~ グラフェンの従兄弟 プランベン の発見に成功!~ この度 名古屋大学大学院工学研究科の柚原淳司准教授 賀邦傑 (M2) 松波 紀明非常勤研究員らは エクス - マルセイユ大学 ( 仏 ) のギー ルレイ名誉教授らとの 日仏国際共同研究で ナノマテリアルの新素材として注

PRESS RELEASE (2013/7/24) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

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所 属 :1 広島大学大学院理学研究科 2 東京大学物性研究所 3 愛知シンクロ トロンセンター 4 広島大学放射光科学研究センター 5 兵庫県立大学大学院物質理学研究科 D O I: /s 背景 近年 電子 光学デバイスの材料として 2 次元単原子層結

共同研究グループ理化学研究所創発物性科学研究センター強相関量子伝導研究チームチームリーダー十倉好紀 ( とくらよしのり ) 基礎科学特別研究員吉見龍太郎 ( よしみりゅうたろう ) 強相関物性研究グループ客員研究員安田憲司 ( やすだけんじ ) ( 米国マサチューセッツ工科大学ポストドクトラルアソシ

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平成 28 年 12 月 1 日 報道機関各位 国立大学法人東北大学大学院工学研究科 マンガンケイ化物系熱電変換材料で従来比約 2 倍の出力因子を実現 300~700 の未利用熱エネルギー有効利用に期待 概要 東北大学大学院工学研究科の宮﨑讓 ( 応用物理学専攻教授 ) 濱田陽紀 ( 同専攻博士前期

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報道発表資料 2001 年 12 月 29 日 独立行政法人理化学研究所 生きた細胞を詳細に観察できる新しい蛍光タンパク質を開発 - とらえられなかった細胞内現象を可視化 - 理化学研究所 ( 小林俊一理事長 ) は 生きた細胞内における現象を詳細に観察することができる新しい蛍光タンパク質の開発に成

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4. 発表内容 : 超伝導とは 低温で電子がクーパー対と呼ばれる対状態を形成することで金属の電気抵抗がゼロになる現象です これを室温で実現することができれば エネルギー損失のない送電や蓄電が可能になる等 工業的な応用の観点からも重要視され これまで盛んに研究されてきました 超伝導発現のメカニズム す

平成 2 6 年 2 月 2 4 日 国立大学法人京都大学 独立行政法人日本原子力研究開発機構 国立大学法人茨城大学 電子検出により放射光メスバウアー吸収分光法の測定効率を大幅向上 - さらに多くの元素について放射光メスバウアー分光測定が可能に - 概要京都大学原子炉実験所の増田亮研究員 瀬戸誠教授

マスコミへの訃報送信における注意事項

研究成果の詳細 ( 背景 ) 3) 金属や半導体のゼーベック効果注によって温度差を直接電気に変換できる熱電変換は, 工場や火力発電所, 自動車などの廃熱を直接電気エネルギーに変換する, クリーンなエネルギー変換技術として注目されています この熱電変換技術に利用できる半導体 (= 熱電変換材料 ) の

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報道機関各位 平成 28 年 8 月 23 日 東京工業大学東京大学 電気分極の回転による圧電特性の向上を確認 圧電メカニズムを実験で解明 非鉛材料の開発に道 概要 東京工業大学科学技術創成研究院フロンティア材料研究所の北條元助教 東正樹教授 清水啓佑大学院生 東京大学大学院工学系研究科の幾原雄一教

New Color Chemosensors for Monosaccharides Based on Azo Dyes

記者発表資料

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報道発表資料 2006 年 6 月 21 日 独立行政法人理化学研究所 アレルギー反応を制御する新たなメカニズムを発見 - 謎の免疫細胞 記憶型 T 細胞 がアレルギー反応に必須 - ポイント アレルギー発症の細胞を可視化する緑色蛍光マウスの開発により解明 分化 発生等で重要なノッチ分子への情報伝達

色素増感太陽電池の色素吸着構造を分子レベルで解明

しかし これまでの研究では物質と光電場共に 1 次元的に取り扱っており 3 次元の自由度 を有する試料と 2 次元の偏光状態を有する光電場の相互作用を記述するには不十分でした < 研究内容 > 物性研の板谷研究室で開発した波長が 5 ミクロンの高強度中赤外レーザーを セレン化ガ リウム結晶に集光する

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( 図 ) 顕微受精の様子

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60 秒でわかるプレスリリース 2008 年 1 月 31 日 独立行政法人理化学研究所 酸化物半導体の謎 伝導電子が伝導しない? 機構を解明 - 金属の原子軌道と酸素の原子軌道の結合が そのメカニズムだった - ダイヤモンドに近い光の屈折率を持つため 人造宝石として用いられ 高い誘電率を持つため セラミックコンデンサに広く活用されている ありふれた酸化物 チタン酸ストロンチウム は 近年 新たな性質が次々と発見され 次世代のデバイス材料として注目を集めています 透明電極や高効率の熱電変換材料などとさまざまな応用が可能で 機能性材料として日増しに期待が高まり続けています この材料は 高温超伝導材料として注目されている遷移金属酸化物と同じ ペロブスカイト結晶構造 を持ち 結晶を構成するそれぞれの元素の役割 機能を解明することが 特異な性質の謎解きに必要とされています とくに この材料に電子を加えると 伝導する電子 と 伝導しない電子 が観察されてしまう不思議な現象が起こり 謎のひとつとなっています 理研放射光科学総合研究センター量子秩序研究グループは 高輝度光科学研究センター 名古屋大学らと共同で この電子状態の二面性を生み出している原因が結晶を構成している酸素原子の軌道成分であることを明らかにしました 大型放射光施設 SPring-8 の高輝度軟 X 線ビームラインの単色性とエネルギー安定性を利用し さらに高品質の単結晶薄膜試料を用いた 軟 X 線共鳴光電子分光法 という手法による成果です 軟 X 線を照射して光電子スペクトルを測定した結果 伝導しない電子の軌道成分にチタンだけでなく酸素の軌道成分も現れました チタン酸ストロンチウムは 次世代のエレクトロニクスデバイス材料として期待される遷移金属酸化物の一つです この成果は 多彩な性質を示す遷移金属酸化物の電子状態をモデル化して理解し 実用化へ向けて重要な指針を示すものとなりました 図電子を加えた SrTiO3 の電子状態

報道発表資料 2008 年 1 月 31 日 独立行政法人理化学研究所 酸化物半導体の謎 伝導電子が伝導しない? 機構を解明 - 金属の原子軌道と酸素の原子軌道の結合が そのメカニズムだった - ポイント チタン酸ストロンチウムに存在する 伝導しない伝導電子 の謎が明らかに 高精度の軟 X 線共鳴光電子分光を行い 世界で初めて酸素原子の軌道成分を検出 伝導電子が伝導しない性質を併せもつ原因は酸素軌道の寄与の仕方に由来すると結論独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事長 ) は 大型放射光施設 SPring-8 を使って 透明な酸化物半導体であるチタン酸ストロンチウム (SrTiO3) に伝導電子として加えた電子が 伝導しない電子 としても観測されてしまう不思議な現象の起源を解明しました 本研究は 放射光科学総合研究センター ( 石川哲也センター長 ) 量子秩序研究グループ励起秩序研究チームの辛埴チームリーダー ( 国立大学法人東京大学物性研究所教授兼任 ) と石田行章基礎科学特別研究員 財団法人高輝度光科学研究センターの大橋治彦副主席研究員と仙波泰徳研究員 および国立大学法人名古屋大学工学系研究科の太田裕道准教授らの共同研究による成果です SrTiO3 結晶は 液晶ディスプレイの駆動用電極などに使われる透明電極や高効率の熱電変換材料への応用が期待される遷移金属酸化物の半導体です 不思議なことに SrTiO3 結晶に電気伝導性を持たせるために加えた電子は 伝導する電子 として見える場合と 伝導しない電子 として見える場合が ある確率で生じ 謎のひとつとなっています 研究グループは 共鳴光電子分光法という手法を用いて SrTiO3 結晶に加えた電子が 伝導する電子 として観測される場合と 伝導しない電子 として観測される場合の電子軌道の成分を調べました その結果 これまで十分に考慮されていなかった酸素原子由来の電子軌道が 伝導する / 伝導しない という二面的な性質をもたらす要因であることが明らかになりました また 伝導しない電子 は 半導体中に遷移金属が 1 個埋もれている というモデルで理解できることがわかりました これは SrTiO3をはじめとする遷移金属酸化物の電子状態をモデル化して理解し その多彩な性質を制御して新たなエレクトロニクスデバイス材料として実用化する際の重要な指針になると期待できます 本研究成果は 米国の科学雑誌 Physical Review Letters とオンライン版に近日中に掲載予定です 1. 背景遷移金属酸化物 1 が示す多彩な性質を制御することで 既存の半導体デバイスにはない新しい機能を実現するための研究が 世界中で活発に行われています 特に注目されている遷移金属酸化物の 1 つに 結晶成長を原子レベルで制御できるようになった透明半導体 SrTiO3 があります SrTiO3 結晶を用いて作製された原子レベルの平坦性をもつ界面構造において 特異な金属性 2 磁性 3 高効率の熱電変換

特性 4 が新たな性質として次々と発見されてきました これらの諸物性を電子状態から基礎的に理解し 実用化に向けた制御の方法を確立する必要があります SrTiO3 結晶の電気伝導性は シリコン半導体などで行われているのと同様に 伝導を担う電子を加えることで制御できます ところが SrTiO3 結晶に加えた電子は 伝導する電子 として観測されるだけでなく ある確率で 伝導しない電子 として観測されます ( 図 1) さらに驚くことに 加える電子の量をチタン原子あたり 1 個まで増やすと 伝導する電子 として観測される確率はゼロになり 電気を通さない絶縁体になってしまいます 半導体エレクトロニクスの基礎理論であるバンド理論 5 では SrTiO3 結晶に加えた電子はすべて伝導電子になると予想されるため バンド理論とは異なるアプローチから 伝導しない電子 の状態を理解する必要がありますが そのメカニズムはよくわかっていませんでした 6 2. 研究手法と成果研究グループは 軟 X 線共鳴光電子分光法 7 という手法を用いて SrTiO3 結晶に加えた電子が 伝導する電子 として観測される場合と 伝導しない電子 として観測される場合の電子軌道の成分 8 を調べました 大型放射光施設 SPring-8 の理研高輝度軟 X 線ビームライン (BL17SU) の単色性 ( 図 2) とビームラインのエネルギー安定性を利用し さらに原子レベルの表面平坦性をもたせた高品質の単結晶薄膜試料を用いることで チタン原子の軌道成分だけでなく これまで困難だった酸素原子の軌道成分も検出することに世界で初めて成功しました その結果 伝導する電子 はチタン原子の軌道成分から成る一方 伝導しない電子 にはチタン原子と酸素原子の軌道成分の両方が現れることがわかりました ( 図 3) これまで 伝導しない 性質が現れる起源は 加えた電子がチタンの軌道に入るという考え方に基づいて考察されてきましたが 今回の実験結果から 酸素原子の軌道も考慮する必要があることがわかりました ( 図 1) また 伝導しない電子 は F.D.M. ハルデインと P.W. アンダーソン (1977 年 ノーベル物理学賞受賞 ) が提示した 半導体中に遷移金属が 1 個埋もれている というモデルを用いて理解できることがわかりました ( 図 4) 3. 今後の期待固体物質をエレクトロニクスデバイスとして実用化するためには 相互に影響を及ぼしあっている約 10 23 個の電子の状態をモデル化して記述し その物性を制御する方法を基礎的に理解する必要があります シリコンなどの半導体デバイス材料は バンド理論に基づいて実用化されていますが 遷移金属酸化物では 物性を担う最外殻の d 電子が互いに反発する効果や結晶格子を歪ませる効果などが強いため しばしばバンド理論とは異なるアプローチから電子状態を記述する必要があります SrTiO3 の 伝導しない電子 に酸素原子の軌道の成分が現れるという新たな知見に基づいた電子状態の解釈は 他のチタン酸化物 ( 例えば光触媒作用で有名な TiO2) やバナジウム酸化物にも適用できるため これらの遷移金属酸化物をエレクトロニクスデバイス化する際の重要な指針になると期待されます また SrTiO3 の原子レベルでのエンジニアリングとともに現れてきた全く新しい物性のメカニズムを解明し 熱電材料の更なる高効率化などにつながることが期待されます

< 報道担当 問い合わせ先 > ( 研究内容に関すること ) 独立行政法人理化学研究所放射光科学総合研究センター励起秩序研究チームチームリーダー辛埴 ( しんしぎ ) Tel : 0791-58-0803 ( 内線 3370) 基礎科学特別研究員石田行章 ( いしだゆきあき ) Tel : 0791-58-0803 ( 内線 7807) 播磨研究所研究推進部企画課 Tel : 0791-58-0900 / Fax : 0791-58-0800 ( ビームラインに関すること ) 放射光科学総合研究センター石川 X 線干渉光学研究室専任研究員大浦正樹 ( おおうらまさき ) Tel : 0791-58-0803 ( 内線 3812) ( 試料に関すること ) 国立大学法人名古屋大学工学系研究科准教授太田裕道 ( おおたひろみち ) (SPring-8 に関すること ) 財団法人高輝度光科学研究センター広報室 Tel : 0791-58-2785 / Fax : 0791-58-2786 ( 報道担当 ) 独立行政法人理化学研究所広報室報道担当 Tel : 048-467-9272 / Fax : 048-462-4715 Mail : koho@riken.jp < 補足説明 > 1 遷移金属酸化物 Ti V Cu や Y Zr Ag など 物性を担う最外殻の d 軌道が完全に満たされていない遷移金属を含む酸化物 d 電子の複雑な相互作用により 高温超伝導や巨大磁気抵抗効果などの多彩な性質を示す 2 界面金属性ともに絶縁体である SrTiO3 と LaTiO3( チタン酸ランタン ) を原子レベルの平坦性で密着させると その界面は電気を通す金属になる

3 界面磁性ともに非磁性体である SrTiO3 と LaAlO3( アルミ酸ランタン ) を原子レベルの平坦性で密着させると その界面は磁性を示す 4 熱電変換特性温度差をつけると電池になる特性 高効率の熱電変換材料が開発されれば 鉄をつくる溶鉱炉や自動車のエンジンからの廃熱を直接電気エネルギーに変換する環境負荷の少ない発電が可能となる 5 バンド理論固体中の約 10 23 個の電子の状態を互いに独立に振舞う波として記述する理論 6 これまでの 伝導しない電子 の考え方これまで 伝導しない電子 が現れるメカニズムとして (1) チタンの原子軌道に入る電子同士が反発して動きにくくなる (2) チタンの原子軌道に入る電子が結晶格子を歪ませるために動きにくくなる などが考えられてきた ところが (1) は 加えた電子の量が希薄で電子同士の反発が小さいときにも 伝導しない 電子が現れることをうまく説明できない また (2) は 電子が結晶格子を歪ませる大きさが大きすぎる といった問題があった 7 軟 X 線共鳴光電子分光法光電子分光法とは 単一波長の光を試料に照射して放出される電子のエネルギーを測定し 物質の電子状態を調べる手法 軟 X 線共鳴光電子分光法では 元素固有の波長の軟 X 線を照射して光電子スペクトルを測定することで その元素由来の軌道成分を抽出することができる 8 電子軌道の成分固体中の電子は 固体を構成する原子の電子軌道を飛び移っている と描写できる

図 1 電子を加えた SrTiO3 の電子状態 SrTiO3 に加えた電子は 伝導する電子 と 伝導しない電子 という二面的な電子状態を示す これまで 加えた電子はチタン原子の軌道成分をもつという考え方に基づいて電子状態の二面性の説明が試みられていた ところが今回の実験で 伝導しない電子にはチタンの軌道成分だけではなく酸素原子の軌道成分も現れることがわかった 従って これまでの考え方とは全く異なるアプローチから二面的な電子状態を理解する必要がある 図 2 電子を加えた SrTiO3 のチタンの軌道成分を検出するための共鳴光電子分光 軟 X 線をそのまま照射すると 二次光による影響 ( 灰色の領域 ) がチタン成分の共鳴増大と被っている (a) 高次光除去ミラーにより単色化した軟 X 線を用いると 二次光の影響がなく チタン成分の共鳴増大を明瞭に観測できる (b)

図 3 共鳴光電子分光法で得られた 伝導する電子 と 伝導しない電子 の軌道成分の分布 伝導する電子 として観測される電子は チタン原子の軌道成分をもつが 伝導しない電子 として観測される電子は チタン原子の軌道成分だけでなく 酸素原子の軌道成分ももつ 図 4 SrTiO3 の電子状態を記述するためのモデル 実際の結晶構造は複雑なので 単純化したモデルをたてて電子状態を記述する SrTiO3 に加えた電子の二面性を記述するためには チタンイオンのみを考慮するモデルではなく チタンイオンが半導体に 1 個埋もれているというモデルを出発点にした方がよいことがわかった