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ん細胞の標的分子の遺伝子に高い頻度で変異が起きています その結果 標的分子の特定のアミノ酸が別のアミノ酸へと置き換わることで分子標的療法剤の標的分子への結合が阻害されて がん細胞が薬剤耐性を獲得します この病態を克服するためには 標的分子に遺伝子変異を持つモデル細胞を樹立して そのモデル細胞系を用い

ス H95) は EF-G の GTP 結合部位と明確に相互作用しており このループが GTP 加水分解に直接関与していることが示唆されました ( 図 4 右 ) 本研究成果は わが国で推進している タンパク 3000 プロジェクト の一環として行われたものです 本研究成果の詳細は 米国の学術雑誌

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論文の内容の要旨

Transcription:

微生物の毛を刈る方法を考案 微生物細胞から生える毛を酵素で切れるように遺伝子上で細工 : 酵素で刈り取った接着蛋白質の毛を解析し 酸中でもアルカリ中でも壊れないことが判明 名古屋大学工学研究科 ( 研究科長 : 新美智秀 ) 生物機能工学分野の堀克敏 ( ほりかつとし ) 教授 中谷肇 ( なかたにはじめ ) 講師らの研究グループは 何にでもくっつく能力をもつ微生物の細胞から生える接着蛋白質の性質を調べるため 微生物細胞から毛を化学的に刈り取る方法を考案しました この毛は直径 5 nm の非常に細い毛で 無傷で細胞表面からとってくることは至難の業でした そこで 毛の根元に プロテアーゼという酵素の一種で切断されるように 酵素の作用部位を導入することを考案し 毛の蛋白質 AtaA の設計図である遺伝子自体を改変しました この酵素の特異性が高いため 人工的に挿入された作用部位以外では毛は切断されず 微生物細胞に酵素をふりかけるだけで 毛を根元から無傷で切断し 回収することができるようになったのです この方法は 微生物の他の毛にも適用できます 従来は 細胞を物理的又は薬剤により化学的に破砕し 遠心分離やクロマトグラフィーなどの様々な分離精製ステップを一つ一つ検討し ようやく微量の蛋白質を得るという手間と時間のかかるものでした そうして得られた蛋白質も 無傷の状態であるとは確証できませんでした 堀教授らは 新しい手法で 教授らが以前に発見した強力な接着蛋白質の毛を酵素で 刈り取る ことに成功し 電子顕微鏡で無傷の毛の様態を観察しました さらに 酸 アルカリで処理後 AtaA 蛋白質分子の構造変化と接着能力を調べたところ 構造は壊れておらず接着性も元のままであること 多くの蛋白質が壊れる熱処理に対しても比較的安定であることが判りました このような分子構造の強さが 強力な接着性と関係があると考えられます 今後 AtaA を使って固定した微生物が 酸やアルカリ溶液中での反応にも使える可能性があるなど 適応範囲が拡がることが期待されます 本成果は 2016 年 6 月 16 日に 英国電子ジャーナル Scientific Reports にて発表されます なお 堀教授らは AtaA 蛋白質の構造上の強さを X 線結晶構造解析により明らかにし 今年 2 月に米国科学誌 The Journal of Biological Chemistry に論文を発表しました また 微生物の毛を生やすのに重要な働きをする新規の蛋白質を発見し 先月 国際科学誌 Molecular Microbiology 電子版に論文を発表しています

ポイント 微生物細胞から生える細い毛を 無傷のまま効率的に切断 回収する新手法を考案しました 新手法では 蛋白質を切断するプロテアーゼという酵素の一種を利用します 特殊なアミノ酸配列だけを認識して切断する特異性の高いプロテアーゼに着目し この酵素の認識 切断部位を毛の根元に導入するために 蛋白質の設計図である遺伝子自体を改変しました 微生物の細胞にこの酵素を作用させるだけで 毛をそのまま根元から切断 回収することができます 細胞を物理的に破砕し 細胞の膜を溶かしてそこから生えている蛋白質を分離するために適した界面活性化剤を検討し 遠心分離や各種のクロマトグラフィーを繰り返して精製する従来法では 手法の検討にかなりの時間を要するし 必ずできるという確証もありません また このようにして分離精製してきた蛋白質の構造が壊れていないという確証もありません 新しい方法で これまで堀教授らが研究してきた微生物接着蛋白質 AtaA の毛を刈り取ることに成功しました 電子顕微鏡により そのファイバー構造を観察しました 刈り取った AtaA の毛を熱や酸 アルカリで処理後 接着性を維持しているか調べました その結果 通常の蛋白質は熱に弱いですが 70 の処理では AtaA の毛の構造も接着性も影響がなく 80 以上の処理でようやく構造が壊れ ( 変性し ) 接着性も失われました 一方 酸やアルカリ処理では AtaA の毛の構造は全く変化せず 接着性も全く低下しませんでした 背景 堀教授は 10 年ほど前 高い汚染物質分解能力と付着性を併せ持つバクテリアであるアシネトバクター属細菌 Tol 5 株から 微生物細胞を様々な材料表面に強固に接着させる機能を有する蛋白質を発見し AtaA と名付けました この遺伝子を取得し アミノ酸配列を決定して4 年前に論文発表しました その後 薬の原料や化学品を生産する微生物にこの遺伝子を導入して AtaA 蛋白質をつくらせることで 好きな材料表面に微生物を固定化して 効率的に物質生産する画期的な技術の開発に成功し 世界各国で特許 *1 を取得しました 現在 複数の企業と共同研究を展開し 本技術の実用化を目指しています さらに 3630 アミノ酸からなる巨大なポリペプチド鎖三本で構成される複雑かつ巨大な AtaA 蛋白質の立体構造の一部を ドイツのマックスプランク研究所との国際共同研究で明らかにしました その結果 AtaA では 3 本のポリペプチド鎖が 三つ編み様に編まれてコイルドコイルと呼ばれる超らせん構造や ベーターストランドと呼ばれる構造が入り組んだ複雑なベータ構造を形成し さらに疎水性コアと呼ばれる領域で3 本鎖が強い相互作用で結びついているため 簡単には壊すことのできない 強い構造体を形成していることがわかりました 研究の内容 AtaA の強力な接着特性とそのメカニズムを明らかにするには 微生物細胞から切り離して 分子レベルで様々な分析をする必要があります しかし 巨大で複雑な構造をした膜蛋白質である AtaA を そのままの状態で微生物から分離精製することも 大腸菌などに遺伝子組換えで

作らせて精製することも 非常に難しいことです そこで 堀教授らは 酵素で切断するための箇所を AtaA 蛋白質に人工的に導入して 酵素のはさみで切り取る手法を考案しました そのために AtaA の設計図である遺伝子自体を改変しました この方法で 天然の AtaA 蛋白質の毛を刈り取り回収することに成功しました この形態を電子顕微鏡で観察して明らかにするとともに 熱処理や酸 アルカリ処理後に蛋白質の立体構造と毛の形態 および接着性が失われていないかについて 調べました その結果 たいていの蛋白質なら構造が壊れて失活する酸やアルカリ処理でも AtaA は構造を維持して接着性を発揮することが明らかとなりました X 線結晶構造解析で明らかとなった強い構造体であることが 蛋白質分子自体を用いた実験によって証明された事になります 成果の意義 AtaA が強靱な構造で強い接着力を微生物に与えることが 分子レベルの解析で明らかになりました 化学的に非常に安定な構造をもつことが明らかとなったことで 今後 AtaA を使って固定した微生物が 酸やアルカリ溶液中での反応にも使える可能性があるなど 適応範囲が拡がることが期待されます また 酵素により刈り取るというアイデアと手法は 他の微生物がもつ他の毛にも適用可能であると考えられます 用語説明 マックスプランク研究所 : ドイツの基礎科学研究を担う公立研究所で 多くのノーベル賞学者を輩出してきた世界有数の研究所 日本で言えば理化学研究所がこれに相当する 微生物固定化技術 : 化学物質やバイオ燃料などを生産したり 有害物質を分解したりする有用な微生物を 担体に固定することで 連続的または繰り返し微生物細胞を利用できるようにする技術 従来は 高分子ゲルに微生物細胞を閉じ込めることで固定する方法が主流であったが 反応速度の低下や固定の非効率性などの問題があった 堀教授は 好きな材料で好きな形状に加工した材料表面に 接着蛋白質を使って直接 微生物細胞を固定化する新技術を開発し 注目されている 関連特許 *1 特許第 5261775 号 微生物に対して非特異的付着性及び / 又は凝集性を付与又は増強する方法及び遺伝子

プロテアーゼ切断部位 細胞表層 挿入されるプロテアーゼ切断部位 プロテアーゼで消化 毛の先端 AtaA 蛋白質の毛 毛の根元 図 1.AtaA 蛋白質の毛を微生物細胞から刈り取る新手法の模式図 A. 概念図 :AtaA の根元に酵素プロテアーゼの切断部位を人工的に導入し 酵素のはさみで切断する B. プロテアーゼ導入部位の AtaA の立体構造 以前に明らかにした X 線結晶構造をもとに プロテアーゼ切断部位の導入後の構造をシミュレーションする 酵素がアクセスできるようにするため 切断部位が分子の表面にくるように 挿入部位を設計する必要がある C. 切断部位を導入する箇所を AtaA 蛋白質のアミノ酸配列上で決定し その設計図である遺伝子自体を改変する AtaA PSD 50 nm 図 2.AtaA 蛋白質の毛の分子模式図と刈り取った毛の電子顕微鏡写真

図 3. 熱処理 (A) または酸 アルカリ処理 (B) 後の AtaA 蛋白質の毛の電子顕微鏡写真 80 までは毛の形態がはっきりと見える 90 以上になると 毛の形態が短くなったり はっきり見えなくなってきたりする 酸またはアルカリで処理しても 毛の形態は明確に見える