第1章 第1次世界大戦前のロシア帝国の国際環境

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教科 : 地理歴史科目 : 世界史 A 別紙 1 (1) 世界史へのいざない 学習指導要領ア自然環境と歴史歴史の舞台としての自然環境について 河川 海洋 草原 オアシス 森林などから適切な事例を取り上げ 地図や写真などを読み取る活動を通して 自然環境と人類の活動が相互に作用し合っていることに気付かせ

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1. 世界における日 経済 人口 (216 年 ) GDP(216 年 ) 貿易 ( 輸出 + 輸入 )(216 年 ) +=8.6% +=28.4% +=36.8% 1.7% 6.9% 6.6% 4.% 68.6% 中国 18.5% 米国 4.3% 32.1% 中国 14.9% 米国 24.7%

平成 30 年度年間授業計画 教科 : 地理歴史科目 : 世界史 A 校内科目名 : 世界史 A 対象年次 :1 2 単位 使用教科書 教材 教科書 現代の世界史 改訂版( 山川出版社 ) 補助教材 ニューステージ世界史詳覧 ( 浜島書店 ) 1 学期 2 学期 指導内容指導目標評価の観点 方法 <

GHQ , GHQ 8

年間授業画 地理 歴史 2 年必修世界史 A( 理系 ) 数 2 2 年 56 組 書 教材世界史 A( 実教出版 ) プロムナード世界史 ( 浜島書店 ) 1 近代ヨーロッパの成立以後の近現代史を全世界的観点から体系的に理解させる 今日的な諸課題の解決の一助として歴史的理解 意識を習得させる 2

2. リストラ 賃下げを許さない!- 県内 3 争議の解決と 共同 の前進 3. 悪法阻止 解雇規制 労働者保護法制定 年金改悪反対 のたたかい -2-

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第 1 章第 1 次世界大戦前のロシア帝国の国際環境 UENO Toshihiko, e-mail: uenot@mc.neweb.ne.jp; URL: http://www.geocities.jp/collegelife9354/index.html 1. ナポレオン戦争 ( 祖国戦争 ) 後の ウィーン体制 1.1. 神聖同盟の成立 1815 年 9 月末 アレクサンドル 1 世 ( 在位 1801~1825) オーストリア皇帝 プロイセン国王がまず締結のち ローマ教皇 トルコ皇帝 イギリス国王の 3 者を除く全ヨーロッパの君主が加わるキリスト教国の君主間の友人的関係に基づく盟約で 政治 外交上の内容を含まず 1.2. 四国同盟の成立 1815 年 11 月 20 日 イギリス ロシア オーストリア プロイセンにより結成ウィーン会議最終議定書による ウィーン体制 を維持し 定期協議を開催して革命の防止 国際紛争収拾をはかることを目的とした 翌年 フランスが加わり五国同盟となる ウィーン体制 下において 1853 年のクリミア戦争まで ヨーロッパ協調 時代が続く ロシアは ウィーン体制 下 旧制度の伝統による秩序の復興者 擁護者として ヨーロッパ協調 時代に主導的役割を果たす (= ヨーロッパの憲兵 ) 2. 領土拡大と東方問題 ニコライ 1 世 ( 在位 1825~55) の外交目標 1 東方問題の有利な解決 =オスマン トルコ帝国弱体化に乗じてバルカンの正教徒をトルコの支配下から救い出すこと 2ザカフカージエ ( グルジアもアルメニアも正教国 ) の安全保障のために近東に進出すること 2.1. ザカフカージエ 中央アジア 極東への進出 1826~28 年 ペルシアと戦って アルメニアを獲得 1828~29 年 トルコと戦って ザカフカージエのほぼ全域を支配下におさめる 1830 年代 ~60 年代 ダゲスタン諸民族 チェチェン人 アディゲイ人らカフカース山岳諸民族との戦争 ( カフカース戦争 ) によりカフカース山岳地域の支配権を確立 1840 年代 中央アジアへ進出 1858 年 アイグン ( 愛琿 ) 条約によりアムール川北岸までを領土とする 2.2. 東方問題 2.2.1. ギリシア独立支援を名目に露土戦争を開始 1821 年 ~ ギリシア独立運動の激化 1827 年 10 月英仏とともにトルコ エジプト ( 当時 トルコ支配下にあった ) 艦隊を破り ギリシア独立を支援 1828 年 4 月ロシア単独でトルコに宣戦 アドリアノープルを占領 1829 年 9 月トルコと アドリアノープル条約 を締結ギリシア モルダヴィア ( 現モルドワ ) ワラキア セルビアの自治の承認 1

ドナウ川河口 カフカース地方の黒海沿岸のロシアへの割譲ロシア船のダーダネルス ボスポラス海峡の自由通航権の獲得 欧州への穀物輸出の拡大トルコ国内でのロシア産品の関税免除 2.2.2. エジプト問題 1831 年 ~ トルコ支配下のエジプト太守ムハンマド アリーの反乱ロシアはトルコを支援し エジプトを抑える 1833 年 ウンキャル スケレッシ( フンカール イスケレシ ) 条約 締結トルコと攻守同盟を締結ダーダネルス ボスポラス海峡の独占的通航権 ( ロシアおよびトルコ以外の国の船舶の通行禁止 ) の獲得 =ロシア外交の勝利 1839 年フランスの支援を受けたエジプトがトルコと戦争イギリス オーストリア プロイセン ロシアの 4 国がエジプトを抑える 1840~41 年 ロンドン協定 1 ウンキャル スケレッシ( フンカール イスケレシ ) 条約 の破棄 2ダーダネルス ボスポラス海峡 平和時にはすべての国の軍艦の通航禁止 =イギリスの対ロシア外交の勝利 ロシア この状態から脱することをめざしクリミア戦争を引き起こす 2.3. クリミア戦争直接的原因 =エルサレム管理権をめぐる問題 1852 年トルコ皇帝が エルサレム管理権を正教徒から奪い カトリック教徒に与える 1853 年ロシアが トルコに圧力をかけるも 英仏の支持を受けたトルコがこれを拒否ロシアが トルコの宗主権のもとに自治を与えられているモルダヴィア ( 現モルドワ ) とワラキアに出兵 1853 年 10 月トルコが ロシアに宣戦 1853 年 11 月ロシアが トルコの黒海艦隊を全滅させる 1854 年 3 月英仏が 艦隊を黒海に派遣し 対露宣戦布告オーストリアとプロイセンが ロシアにモルダヴィア ( 現モルドワ ) とワラキアからの撤兵を要求 1854 年秋 ~ クリミア攻防戦 1855 年 3 月ニコライ 1 世急死 1855 年 9 月ロシア軍が セヴァストーポリを放棄 1856 年 3 月 パリ講和条約 締結ロシアは カルスを放棄し トルコはセヴァストーポリをロシアに返還ベッサラビア南半部を失うトルコにおける正教徒保護権を失う黒海での艦隊保有権を失い 黒海沿岸の要塞の破壊を義務づけられる ( 黒海中立化条項 ) ダーダネルス ボスポラス海峡は 平和時にはすべての国の軍艦が通航禁止となる クリミア戦争の敗北は ロシアにとっては東方問題の解決の挫折 大改革へ 2

ただし 中央アジア 極東への進出は続く (1860 年北京条約により沿海州を獲得 ) クリミア戦争 = ウィーン体制 の崩壊 3. 露土戦争 3.1. 三帝同盟 1867 年 オーストリア = ハンガリー帝国の成立 1870~71 年 普仏戦争 ( フランスの敗北に終わる ) 1870 年 10 月 31 日 ロシア 1856 年 パリ講和条約 の黒海中立化条項を破棄 1871 年 3 月 13 日 ロンドン会議 議定書調印 ダーダネルス ボスポラス海峡通航許可権はトルコに残すが ロシアは黒海にお ける軍事基地建設 軍艦保有権を獲得 1873 年 5 月 6 日 露独軍事協定 締結 1873 年 6 月 6 日 露墺軍事協定 締結 三帝同盟 の成立 3.2. バルカン情勢 1858 年 モスクワ スラブ福祉委員会 創設オスマン トルコ治下のスラブ民族の学校 協会 図書館に図書を寄贈スラブ人留学生への支援 1866~68 年セルビア人 モンテネグロ人 ギリシア人 亡命ブルガリア人 ルーマニア人による バルカン同盟 結成 1875 年ボスニア ヘルツェゴヴィナで トルコ政府による税金 ( キリスト教徒の軍務を免ずる代わりに徴収される税 = ベデリ ) 引き上げに反対して暴動が勃発 1875 年 12 月 30 日オーストリア = ハンガリー帝国外相アンドラーシ 三帝国の名において バルカン諸民族の信仰の自由 ボスニア ヘルツェゴヴィナから徴収された税金を当該地方のため支出することなどの改革案を提示トルコはこれを無視ロシア内ではスラブ諸民族支援 反トルコ意識が高まる 1876 年 4 月ブルガリア民族蜂起 1876 年 6 月セルビア モンテネグロ 対トルコ宣戦布告セルビア軍を指揮したのはロシア人将軍 1877 年 1 月ロシア オーストリア = ハンガリー秘密協定オーストリア = ハンガリー帝国は ボスニア ヘルツェゴヴィナ領有権をロシアが承認するという条件でロシアがトルコと戦う場合に中立を守る 1877 年 2 月セルビア降伏 1877 年 4 月 24 日ロシア皇帝アレクサンドル 2 世 キシニョフで トルコに宣戦布告 1877 年 5 月ルーマニアが独立し ロシア軍と合流セルビア モンテネグロが再度 トルコに対し宣戦 ロシア側は アドリアノープルまで占領 ザカフカージエではアルダハン スフミ カルスを占領し 優勢に立った 1878 年 1 月 31 日休戦協定締結ブルガリアは自治公国 ルーマニア セルビア モンテネグロは独立国 ボスニア ヘルツェゴヴィナは自治州となる 1878 年 3 月 3 日ロシアとトルコ サン ステファノ条約 締結 3

休戦協定の履行のほか 黒海 アドリア海両方に接する大ブルガリア自治公国が成立ロシアは南部ベッサラビアを奪還 ザカフカージエではアルダハン カルス バトゥーミを獲得ロシアの南下政策をおそれたイギリス オーストリア = ハンガリーは サン ステファノ条約 に不同意 1878 年 5 月 30 日露英秘密合意 ブルガリアの南北分割 ( バルカン山脈が境界 ) 1878 年 6 月 16 日英土 キプロス協定 締結イギリスのトルコ支援 イギリスのキプロス占領の確認 1878 年 7 月 13 日 ベルリン協定 締結ルーマニア セルビア モンテネグロの独立を承認ブルガリアは分割マケドニアはトルコに返還ボスニア ヘルツェゴヴィナはオーストリア = ハンガリー帝国が占領ベルリン協定の結果ロシアは地中海進出を阻止されるイギリスとオーストリア = ハンガリー帝国は漁夫の利を得るドイツはトルコと接近する 4. バルカン危機 1881 年 4 月ブルガリアでクーデター勃発 1885 年東ルーメニア ( 南北に分割されたブルガリアの南半部 ) で暴動 ブルガリアの南北統一を要求 1886 年 8 月ブルガリアで再びクーデター 11 月ブルガリアのロシア領事館 襲撃されるロシアはブルガリアと断交ブルガリアは親オーストリアにロシアは反ドイツ 反オーストリア 親フランスに傾斜 5. 第 1 次世界大戦への道 5.1. 第 1 次世界大戦への道 1907 年 8 月 英露協商 締結 ( ペルシア 中央アジアにおける利害関係の調整 ) 1908 年秋オーストリア = ハンガリー ボスニア ヘルツェゴヴィナを併合 1911 年 8 月 19 日 独露協定 締結 ( ペルシア問題に関する利害調整 ) 1911 年 9 月リビアをめぐり伊土戦争勃発トルコ ダーダネルス ボスポラス両海峡をしばしば封鎖 ロシアの穀物輸出に障害 ロシア国内に両海峡支配の要求 1912 年 6 月アルバニアで反トルコ反乱 トルコ アルバニアの自治権を承認 1912 年 10 月モンテネグロ トルコに宣戦布告トルコ 急遽イタリアと講和セルビア マケドニアの大半を占領 モンテネグロ ギリシア アルバニアを占領 ( 第 1 次バルカン戦争 ) 4

アルバニアの独立 1913 年 5 月トルコが屈服し 講和 1913 年 6 月マケドニア分割をめぐり セルビア ギリシアはブルガリアと対立 ( 第 2 次バルカン戦 ) 1913 年 8 月ブルガリアが屈服し 講和 ( ブルガリアは領土を失う ブルガリアはドイツ オーストリア ハンガリーに接近 ) セルビアはオーストリア ハンガリー領内の南スラブ人の解放をめざし 反オーストラリア = ハンガリー 親ロシアに傾斜 正教徒の南スラブ人がオーストリア = ハンガリーと対立する状況は スラブ人 正教徒の盟主を自認するロシアを必然的にオーストリア = ハンガリーとの対立に引きずり込んだ ロシアの工業資本家はドイツ工業との対抗意識を持っており 地主は穀物輸出をめぐってトルコとそれを支援するドイツに敵意を持つようになった 5.2. 第 1 次世界大戦の開戦 1914 年 2 月 12 日 親英 親独派のココフツォフ首相が辞任し 反独派のゴレムィキンが首相に就任 1914 年 6 月 28 日 ボスニアのサラエヴォで民族主義者のセルビア人青年がオーストリア皇位継承者フラ ンツ フェルディナント夫妻を暗殺 事件の背景にセルビア政府がいるとの憶測が流れ 新聞がそれを拡大し ドイツに 広まる 1914 年 7 月 23 日 オーストリア = ハンガリーが セルビアに時限付き最後通牒 1914 年 7 月 24 日 ロシア外相サゾーノフが 大臣会議でセルビア支持を強硬に主張 大臣会議は オース トリア = ハンガリーに 48 時間の延長を セルビアには譲歩を求める 1914 年 7 月 25 日 オーストリア = ハンガリーが セルビアと外交関係断絶 ロシアは厳戒態勢に入る 1914 年 7 月 28 日 オーストリア = ハンガリーが セルビアに宣戦布告 ロシアは部分動員を開始 1914 年 7 月 29 日 ドイツが 動員令を発令し ロシアには部分動員解除を要求して 威嚇 ロシアは 外相 参謀総長が総動員を要求 首相は反対したが ツァーリは総動員 を決定 1914 年 7 月 30 日 ロシアが 総動員令を発令 ドイツも総動員令を発令 1914 年 7 月 31 日 ロシアが 御前会議で開戦を決定 1914 年 8 月 1 日 ドイツが ロシアに宣戦布告 1914 年 8 月 2 日 ロシアが ドイツに宣戦布告 1914 年 8 月 3 日 フランスが ドイツに宣戦布告 1914 年 8 月 4 日 イギリスが ドイツに宣戦布告 1914 年 8 月 6 日 オーストリア = ハンガリーが ロシアに宣戦布告 5