上原記念生命科学財団研究報告集, 29 (2015)

Similar documents
精神医学研究 教育と精神医療を繋ぐ 双方向の対話 10:00 11:00 特別講演 3 司会 尾崎 紀夫 JSL3 名古屋大学大学院医学系研究科精神医学 親と子どもの心療学分野 AMED のミッション 情報共有と分散統合 末松 誠 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 11:10 12:10 特別講

統合失調症発症に強い影響を及ぼす遺伝子変異を,神経発達関連遺伝子のNDE1内に同定した

統合失調症の発症に関与するゲノムコピー数変異の同定と病態メカニズムの解明 ポイント 統合失調症の発症に関与するゲノムコピー数変異 (CNV) が 患者全体の約 9% で同定され 難病として医療費助成の対象になっている疾患も含まれることが分かった 発症に関連した CNV を持つ患者では その 40%

いて認知 社会機能障害は日々の生活に大きな支障をきたしますが その病態は未だに明らかになっていません 近年の統合失調症の脳構造に関する研究では 健常者との比較で 前頭前野 ( 注 4) などの前頭葉や側頭葉を中心とした大脳皮質の体積減少 海馬 扁桃体 視床 側坐核などの大脳皮質下領域の体積減少が報告

Untitled

研究の内容 結果本研究ではまず 日本人のクロザピン誘発性無顆粒球症 顆粒球減少症患者群 50 人と日本人正常対照者群 2905 人について全ゲノム関連解析を行いました DNAマイクロアレイを用いて 約 90 万個の一塩基多型 (SNP) 6 を決定し 個々の関連を検討しました その結果 有意水準を超


本成果は 以下の研究助成金によって得られました JSPS 科研費 ( 井上由紀子 ) JSPS 科研費 , 16H06528( 井上高良 ) 精神 神経疾患研究開発費 24-12, 26-9, 27-

Microsoft Word - tohokuuniv-press _03(修正版)

<4D F736F F D E616C5F F938C91E F838A838A815B835895B68F B8905F905F8C6F89C8816A2E646F63>

統合失調症といった精神疾患では シナプス形成やシナプス機能の調節の異常が発症の原因の一つであると考えられています これまでの研究で シナプスの形を作り出す細胞骨格系のタンパク質 細胞同士をつないでシナプス形成に関与する細胞接着分子群 あるいはグルタミン酸やドーパミン 2 系分子といったシナプス伝達を

統合失調症に関連する遺伝子変異を 22q11.2 欠失領域の RTN4R 遺伝子に世界で初めて同定 ポイント 統合失調症発症の最大のリスクである 22q11.2 欠失領域に含まれる神経発達障害関連遺伝子 RTN4R に存在する稀な一塩基変異が 統計学的に統合失調症の発症に関与することを確認しました

化を明らかにすることにより 自閉症発症のリスクに関わるメカニズムを明らかにすることが期待されます 本研究成果は 本年 京都において開催される Neuro2013 において 6 月 22 日に発表されます (P ) お問い合わせ先 東北大学大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野教授大隅典

1. 背景 NAFLD は非飲酒者 ( エタノール換算で男性一日 30g 女性で 20g 以下 ) で肝炎ウイルス感染など他の要因がなく 肝臓に脂肪が蓄積する病気の総称であり 国内に約 1,000~1,500 万人の患者が存在すると推定されています NAFLD には良性の経過をたどる単純性脂肪肝と

研究の背景 古くから精神疾患を診断する補助として 病前の性格や体型に興味が持たれ 多くの仮説が提唱されています 有名な所では メランコリー親和性気質 ( まじめで几帳面など ) は うつ病に罹患しやすいというものがあり 臨床的にも受け入れられています 体型との関係も実は有名で 奇妙に思われるかもしれ

【藤田】統合失調症リリース 1001_理研修正181002_理研2

統合失調症モデルマウスを用いた解析で新たな統合失調症病態シグナルを同定-統合失調症における新たな予防法・治療法開発への手がかり-

研究成果報告書

別紙 自閉症の発症メカニズムを解明 - 治療への応用を期待 < 研究の背景と経緯 > 近年 自閉症や注意欠陥 多動性障害 学習障害等の精神疾患である 発達障害 が大きな社会問題となっています 自閉症は他人の気持ちが理解できない等といった社会的相互作用 ( コミュニケーション ) の障害や 決まった手

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 小川憲人 論文審査担当者 主査田中真二 副査北川昌伸 渡邉守 論文題目 Clinical significance of platelet derived growth factor -C and -D in gastric cancer ( 論文内容の要旨 )

<4D F736F F D A8DC58F4994C C A838A815B C91E5817B90E E5817B414D A2E646F63>

計画研究 年度 定量的一塩基多型解析技術の開発と医療への応用 田平 知子 1) 久木田 洋児 2) 堀内 孝彦 3) 1) 九州大学生体防御医学研究所 林 健志 1) 2) 大阪府立成人病センター研究所 研究の目的と進め方 3) 九州大学病院 研究期間の成果 ポストシークエンシン

Microsoft Word - tohokuuniv-press _02.docx

論文題目  腸管分化に関わるmiRNAの探索とその発現制御解析

プロジェクト概要 ー ヒト全遺伝子 データベース(H-InvDB)の概要と進展

PRESS RELEASE (2014/2/6) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

るが AML 細胞における Notch シグナルの正確な役割はまだわかっていない mtor シグナル伝達系も白血病細胞の増殖に関与しており Palomero らのグループが Notch と mtor のクロストークについて報告している その報告によると 活性型 Notch が HES1 の発現を誘導

前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

プレスリリース 報道関係者各位 2019 年 10 月 24 日慶應義塾大学医学部大日本住友製薬株式会社名古屋大学大学院医学系研究科 ips 細胞を用いた研究により 精神疾患に共通する病態を発見 - 双極性障害 統合失調症の病態解明 治療薬開発への応用に期待 - 慶應義塾大学医学部生理学教室の岡野栄

世界初ミクログリア特異的分子 CX3CR1 の遺伝子変異と精神障害の関連を同定 ポイント ミクログリア特異的分子 CX3CR1 をコードする遺伝子上の稀な変異が統合失調症 自閉スペクトラム症の病態に関与しうることを世界で初めて示しました 統合失調症 自閉スペクトラム症と統計学的に有意な関連を示したア

成果 本研究の解析で着目したのは 25 の遺伝性疾患とそれらの 57 の原因遺伝子で これらは ACMG が推奨する 偶発的 二次的所見としての遺伝情報の結果の返却を推奨する遺伝子のセットのうち常染色体上のものに相当し 大部分が遺伝性腫瘍や遺伝性循環器疾患の原因遺伝子です 本研究では 当機構で作成し

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 大道正英 髙橋優子 副査副査 教授教授 岡 田 仁 克 辻 求 副査 教授 瀧内比呂也 主論文題名 Versican G1 and G3 domains are upregulated and latent trans

Microsoft Word - PRESS_

染色体微小重複による精神遅滞・自閉症症例

解禁日時 :2019 年 2 月 4 日 ( 月 ) 午後 7 時 ( 日本時間 ) プレス通知資料 ( 研究成果 ) 報道関係各位 2019 年 2 月 1 日 国立大学法人東京医科歯科大学 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 IL13Rα2 が血管新生を介して悪性黒色腫 ( メラノーマ ) を

4. 発表内容 : [ 研究の背景 ] 1 型糖尿病 ( 注 1) は 主に 免疫系の細胞 (T 細胞 ) が膵臓の β 細胞 ( インスリンを産生する細胞 ) に対して免疫応答を起こすことによって発症します 特定の HLA 遺伝子型を持つと 1 型糖尿病の発症率が高くなることが 日本人 欧米人 ア

統合失調症に関連する遺伝子変異を 22q11.2 欠失領域の RTN4R 遺伝子に世界で初めて同定 ポイント 統合失調症発症の最大のリスクである 22q11.2 欠失領域に含まれる神経発達障害関連遺伝子 RTN4R に存在する稀な一塩基変異が 統計学的に統合失調症の発症に関与することを確認しました

( 続紙 1 ) 京都大学 博士 ( 薬学 ) 氏名 大西正俊 論文題目 出血性脳障害におけるミクログリアおよびMAPキナーゼ経路の役割に関する研究 ( 論文内容の要旨 ) 脳内出血は 高血圧などの原因により脳血管が破綻し 脳実質へ出血した病態をいう 漏出する血液中の種々の因子の中でも 血液凝固に関

論文の内容の要旨 日本人サンプルを用いた 15 番染色体長腕領域における 自閉症感性候補遺伝子の検討 指導教員 笠井清登教授 東京大学大学院医学系研究科 平成 13 年 4 月入学 医学博士課程 脳神経医学専攻 加藤千枝子 はじめに 自閉症は (1 ) 社会的な相互交渉の質的な障害 (2 ) コミュ

生物時計の安定性の秘密を解明

別紙 < 研究の背景と経緯 > 自閉症は 全人口の約 2% が罹患する非常に頻度の高い神経発達障害です 近年 クロマチンリモデ リング因子 ( 5) である CHD8 が自閉症の原因遺伝子として同定され 大変注目を集めています ( 図 1) 本研究グループは これまでに CHD8 遺伝子変異を持つ

<4D F736F F D E616C5F92F990B F08BD68E9E8AD48B4C93FC8DCF82DD2D8F4390B3979A97F082C882B5816A C A838A815B A938C91E E414D45442E646F6378>

国際塩基配列データベース n DNA のデータベース GenBank ( アメリカ :Na,onal Center for Biotechnology Informa,on, NCBI が運営 ) EMBL ( ヨーロッパ : 欧州生命情報学研究所が運営 ) DDBJ ( 日本 : 国立遺伝研内の日

糖鎖の新しい機能を発見:補体系をコントロールして健康な脳神経を維持する

( 図 ) 自閉症患者に見られた異常な CADPS2 の局所的 BDNF 分泌への影響

Slide 1

<4D F736F F D F D F095AA89F082CC82B582AD82DD202E646F63>

遺伝子の近傍に別の遺伝子の発現制御領域 ( エンハンサーなど ) が移動してくることによって その遺伝子の発現様式を変化させるものです ( 図 2) 融合タンパク質は比較的容易に検出できるので 前者のような二つの遺伝子組み換えの例はこれまで数多く発見されてきたのに対して 後者の場合は 広範囲のゲノム

Microsoft Word - 博士論文概要.docx

染色体微小重複による精神遅滞・自閉症症例

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 佐藤雄哉 論文審査担当者 主査田中真二 副査三宅智 明石巧 論文題目 Relationship between expression of IGFBP7 and clinicopathological variables in gastric cancer (

2. 手法まず Cre 組換え酵素 ( ファージ 2 由来の遺伝子組換え酵素 ) を Emx1 という大脳皮質特異的な遺伝子のプロモーター 3 の制御下に発現させることのできる遺伝子操作マウス (Cre マウス ) を作製しました 詳細な解析により このマウスは 大脳皮質の興奮性神経特異的に 2 個

Microsoft Word - (HP用) _記者会見_文書_final.docx

現し Gasc1 発現低下は多動 固執傾向 様々な学習 記憶障害などの行動異常や 樹状突起スパイン密度の増加と長期増強の亢進というシナプスの異常を引き起こすことを発見し これらの表現型がヒト自閉スペクトラム症 (ASD) など神経発達症の病態と一部類することを見出した しかしながら Gasc1 発現

脳組織傷害時におけるミクログリア形態変化および機能 Title変化に関する培養脳組織切片を用いた研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 岡村, 敏行 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL http

60 秒でわかるプレスリリース 2008 年 5 月 2 日 独立行政法人理化学研究所 椎間板ヘルニアの新たな原因遺伝子 THBS2 と MMP9 を発見 - 腰痛 坐骨神経痛の病因解明に向けての新たな一歩 - 骨 関節の疾患の中で最も発症頻度が高く 生涯罹患率が 80% にも達する 椎間板ヘルニア

の活性化が背景となるヒト悪性腫瘍の治療薬開発につながる 図4 研究である 研究内容 私たちは図3に示すようなyeast two hybrid 法を用いて AKT分子に結合する細胞内分子のスクリーニングを行った この結果 これまで機能の分からなかったプロトオンコジン TCL1がAKTと結合し多量体を形

Microsoft Word - 1 color Normalization Document _Agilent version_ .doc

り込みが進まなくなることを明らかにしました つまり 生後 12 日までの刈り込みには強い シナプス結合と弱いシナプス結合の相対的な差が 生後 12 日以降の刈り込みには強いシナプス 結合と弱いシナプス結合の相対的な差だけでなくシナプス結合の絶対的な強さが重要であることを明らかにしました 本研究成果は

報道発表資料 2007 年 8 月 1 日 独立行政法人理化学研究所 マイクロ RNA によるタンパク質合成阻害の仕組みを解明 - mrna の翻訳が抑制される過程を試験管内で再現することに成功 - ポイント マイクロ RNA が翻訳の開始段階を阻害 標的 mrna の尻尾 ポリ A テール を短縮

Untitled

東邦大学学術リポジトリ タイトル別タイトル作成者 ( 著者 ) 公開者 Epstein Barr virus infection and var 1 in synovial tissues of rheumatoid 関節リウマチ滑膜組織における Epstein Barr ウイルス感染症と Epst

研究の背景社会生活を送る上では 衝動的な行動や不必要な行動を抑制できることがとても重要です ところが注意欠陥多動性障害やパーキンソン病などの精神 神経疾患をもつ患者さんの多くでは この行動抑制の能力が低下しています これまでの先行研究により 行動抑制では 脳の中の前頭前野や大脳基底核と呼ばれる領域が

<4D F736F F D F4390B388C4817A C A838A815B8358>

2017 年 12 月 15 日 報道機関各位 国立大学法人東北大学大学院医学系研究科国立大学法人九州大学生体防御医学研究所国立研究開発法人日本医療研究開発機構 ヒト胎盤幹細胞の樹立に世界で初めて成功 - 生殖医療 再生医療への貢献が期待 - 研究のポイント 注 胎盤幹細胞 (TS 細胞 ) 1 は

記者発表資料

<4D F736F F D20819B8CA48B868C7689E68F D A8CA9967B5F E646F63>

疫学研究の病院HPによる情報公開 様式の作成について

1. 背景血小板上の受容体 CLEC-2 と ある種のがん細胞の表面に発現するタンパク質 ポドプラニン やマムシ毒 ロドサイチン が結合すると 血小板が活性化され 血液が凝固します ( 図 1) ポドプラニンは O- 結合型糖鎖が結合した糖タンパク質であり CLEC-2 受容体との結合にはその糖鎖が

Untitled

特別講演 1 12:50 13:50 座長 : 久住一郎 ( 北海道大学大学院医学研究院精神医学教室 ) Real-world effectiveness of antipsychotic treatments in schizophrenia Jari Tiihonen Karolinska In

報道関係者各位

研究成果報告書

究に使用する また NCNP バイオバンクの匿名化済みの試料と情報も用いる 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 (AMED) の研究費で実施された研究では 解析したシーケンスデータについて NBDC 等のデータベースに制限共有データとして登録する可能性がある 文部科学省科学研究費新学術領域研究 ゲ

く 細胞傷害活性の無い CD4 + ヘルパー T 細胞が必須と判明した 吉田らは 1988 年 C57BL/6 マウスが腹腔内に移植した BALB/c マウス由来の Meth A 腫瘍細胞 (CTL 耐性細胞株 ) を拒絶すること 1991 年 同種異系移植によって誘導されるマクロファージ (AIM

<4D F736F F D208DC58F498A6D92E88CB48D652D8B4C8ED289EF8CA992CA926D2E646F63>

PowerPoint プレゼンテーション

-2-

Untitled

修士論文予稿集の雛型

Microsoft Word - 01.doc

Microsoft Word - manuscript_kiire_summary.docx

立命館21_松本先生.indd



立命館20_服部先生.indd




立命館16_坂下.indd



立命館人間科学研究No.10



立命館21_川端先生.indd

立命館14_前田.indd

立命館17_坂下.indd


立命館人間科学研究No.10

Transcription:

上原記念生命科学財団研究報告集, 29 (2015) 172. 全ゲノムアプローチによる日本人大脳皮質体積解析 橋本亮太 Key words: 上前頭回皮質, 全ゲノム関連解析 (GWAS), 中間表現型, 統合失調症 大阪大学大学院連合小児発達学研究科附属子どものこころの分子統御機構研究センター 緒言上前頭回皮質 (Superior frontal gyrus: SFG) は, 統合失調症にてその灰白質の体積減少が繰り返し報告されている部位であり, 自己認識や感情に関与していることが知られている. 自己認識は自己と他者の違いを認識する認知機能であり, 自己認識の障害は統合失調症の中核的な特徴である社会認知の障害に結びつく. 感情の障害もまた統合失調症によく認められるものである. 両側の上前頭回灰白質体積は, 強い遺伝性があり, その遺伝率は 76~80% と報告されている. 上前頭回皮質体積の減少の個人差には, 遺伝が関与することが想定され, 脳神経画像の中間表現型の一つと考えられるが, 未だ上前頭回皮質体積の全ゲノム関連解析は報告されていない. よって, 本研究では, 上前頭回皮質体積の全ゲノム関連解析を行った. 方法日本人の 158 例の統合失調症と 378 例の健常者を対象に ( 表 1), 採血を行い DNA を抽出し,1.5-T GE Signa EXCITE system を用いて, 三次元脳構造画像を撮像した. 表 1. 被験者の人口統計情報 三次元脳構造画像は,VBM8 のツールボックスを用いてセグメンテーションとノーマライゼーションを行った. 左 右の上前頭回皮質体積は,20 名の画像アトラスを元に算出した ( 図 1). 1

図 1 左右上前頭回皮質 左右の上前頭回皮質の模式図 アフィメトリックスの Genome-Wide Human SNP Array 6.0 を用いてジェノタイピングを行った ジェノタイプと 左右の上前頭回皮質体積の全ゲノム解析は PLINK1.07 用いて multiple linear regression 解析により 診断 年齢 性別を共変量として行った すべての被験者に対して 文書を用いて説明し インフォームドコンセントを得た 本研 究は 大阪大学の倫理審査委員会の承認を得て行った 結 果 我々は 1q36.12 の5つの一塩基多型 (SNP: single nucleotide polymorphism) と右の上前頭回皮質体積の間にゲノム ワイド有意な関連を認めたが (P < 5.0 10-8) 一方 左の上前頭回皮質体積においては ゲノムワイド有意な SNP は見 出されなかった 図 2 rs4654899 多型は 左の上前頭回皮質の関連解析において 2 番目に低い p 値であった (P=1.5 10-6) 図 2 上前頭回皮質体積の全ゲノム関連解析 縦軸は log 表記の p 値 横軸は染色体上の SNP の位置を示す 一つ一つのグラフの点が SNP の位置とその p 値を示す 2

最も強い関連は, 転写因子の一種である eukaryotic translation initiation factor 4 gamma, 3 (EIF4G3) 遺伝子のイン トロン領域にある rs4654899 において認められた (P=7.5 10-9 )( 図 3). 図 3. 右上前頭回皮質体積の全ゲノム関連解析の詳細図. 左縦軸は log 表記の p 値. 一つ一つのグラフの点が,SNP の位置とその p 値を示す. 右縦軸は, リコンビネーションレート. 青の線がそれを示している. 横軸は染色体上の SNP の位置を示す. 下の文字は, 遺伝子名を示している. 4). 右上前頭回皮質における rs4654899 多型の効果は, 統合失調症においても健常者においても, 同様に認められた ( 図 図 4. 右上前頭回皮質体積に対する rs4654899 の遺伝子多型効果. 縦軸は, 右上前頭回皮質の相対的体積を示す.rs4654899 の AA/AC/CC のそれぞれのジェノタイプごとの体積 値を統合失調症と健常者で示している. 3

rs4654899 多型の機能的な意義について in silico で推定した 表 2 SNP Browser 1.0.1 データベースを用いて rs4654899 多型を代用する rs3767248 多型 rs4654899 がデータベースになかったため と mrna 発現を検討すると heterochromatin protein 1, binding protein 3 (HP1BP3) 遺伝子(P=7.8 10-6) と calpain 14 (CAPN14) 遺伝子 (P=6.3 10-6) との強い関連が見出された HP1BP3 は EIF4G3 遺伝子の 3'側に位置してシスアクティング効果と考えられ CAPN14 遺伝子は別の染色体に位置するためトランスアクティング効果と考えられた 表 2 rs3767248 多型の遺伝子発現への効果 リンパ芽球における遺伝子発現と遺伝子多型の関連解析データベース (SNP Browser 1.0.1 database) を用いて rs4654899 の代用となる rs3767248 と関連する遺伝子発現を検討した その結果 HP1BP3 と CAPN14 との関連が認められた 最後に HP1BP3 遺伝子と CAPN14 遺伝子のヒト脳における発現をウェブデータベースにて検討すると 上前頭回 皮質に中程度から強度に発現していることが示された 図 5 図 5 HP1BP3 と CAPN14 の上前頭回皮質における発現パターン ウェブデータベースにおける HP1BP3 遺伝子 左 と CAPN14 遺伝子 右 の上前頭回皮質における発現パタ ーンを検討し図示した 考 察 我々は 右上前頭回皮質体積と 1q36.12 に位置する EIF4G3 遺伝子多型がゲノムワイド有意に関連することを初めて 報告し HP1BP3 遺伝子と CAPN14 遺伝子の発現に影響を与える可能性を示唆した 今まで EIF4G3 遺伝子 HP1BP3 遺伝子 CAPN14 遺伝子のいずれにおいても 統合失調症との関連を報告した研究はなかったが 1p36.12 においては 統合失調症のリスク座位としての報告がある HP1BP3 遺伝子と CAPN14 遺伝子の機能はまだよく知られていない が HP1BP3 遺伝子は DNA に結合しヌクレオソームの重合に関与する可能性がある CAPN14 遺伝子は カルシウ ム依存性のシステインプロテアーゼカルパインファミリーの遺伝子である カルパインファミリーは アポトーシス 細胞分裂 インテグリンと細胞骨格相互作用の制御 そしてシナプス可塑性に関与している 我々は 統合失調症に密接に関係する脳構造の遺伝的基盤について新たな知見を得た この知見は 報告者が運営し ている生物学的精神医学におけるオールジャパンの共同研究体制である COCORO Cognitive Genetics Collaborative Research Organization: 認知ゲノム共同研究機構 のサンプルを用いて再現されている 図 6 今後は これらの遺 伝子多型や遺伝子の機能を明らかにすることにより 統合失調症の病態の解明に貢献することができると考えられる 4

図 6 COCORO 概要 COCORO の概要を示す 全国の主な精神医学研究機関が参加して 大規模な多施設共同研究を行っている 共同研究者 本研究の共同研究者は 藤田保健衛生大学医学部精神神経科学の池田匡史と岩田仲生 岩手医科大学医歯薬総合研究所 の山下典生 大阪大学大学院医学系研究科精神医学教室の大井一高 山森英長 安田由華 藤本美智子 武田雅俊 生 理学研究所大脳皮質機能研究系心理生理学研究部門の福永雅喜 筑波大学人間総合科学研究科精神医学の根本清貴 富 山大学大学院医学薬学研究部神経精神医学の高橋 努と鈴木道雄 帝京大学医学部精神神経科学講座の栃木 衛 九州大 学大学院医学研究院精神病態医学の鬼塚俊明 東京大学大学院医学系研究科精神医学の山末英典と笠井清登 山口大学 大学院医学系研究科高次脳機能病態学分野の松尾幸治 古屋大学大学院医学研究科精神医学 親と子どもの心療学分野 の飯高哲也と尾崎紀夫である 文 献 1 本研究の成果が論文化されたものが以下の論文である Hashimoto, R., Ikeda, M., Yamashita, F., Ohi, K., Yamamori, H., Yasuda, Y., Fujimoto, M., Fukunaga, M., Nemoto, K., Takahashi, T., Ochigi, M., Onitsuka, T., Yamasue, H., Matsuo, K., Iidaka, T., Iwata, N., Suzuki, M., Takeda, M., Kasai, K. & Ozaki, N. : Common variants at 1q36 are associated with superior frontal gyrus volume. Translational Psychiatry, 4 : e472, 2014. 5