昭和基地で活躍するディーゼルエンジン - 南極での快適で安全な活動のために ** 正川幸男 1. はじめに 日本南極地域観測隊 (JARE:Japanese Antarctic Research Expedition) は一年間南極で様々な観測や調 査 研究を行うため昭和基地で生活を送っている. 観測隊は観測を行う観測部門と基地の生活を維持する設営部門から構成されている. 設営部門に属する機械部門は6~7 名の隊員で構成され, 昭和基地内の電気, 給排水設備のエネルギー供給と活動に必要な車両の運用 維持 整備を一年を通して行っている. 特に発電機用および車両用エンジンについては, 観測隊員の生活および研究活動の様々な場面で密接に関わっている. 南極という特殊な環境下ではエンジンの故障が直接隊員の命に関わる問題であり, エンジンなしには昭和基地や野外活動での生活は成り立たないと言っても過言ではない. 我々機械部門の隊員もエンジンが全観測隊員と高い信頼関係が保てるよう意識しながら整備を行っている. 以下に昭和基地で活躍しているディーゼルエンジンについて紹介したいと思う. 2. 昭和基地のディーゼルエンジン 2.1 昭和基地内常用ディーゼル発電機昭和基地には様々な建物があり, その中でも基地の心臓部となっているのが発電棟である. 発電棟の中には2 機の常用ディーゼル発電機 ( ヤンマー 製 S165L-UT 機関 240kW 1000min-1) が設置され, 通常 1 台の発電機関で 24 時間給電をしている. 昭和基地内ではこの常用ディーゼル発電機の運転音が絶え間なく聞こえ, 観測隊員には騒音でなく, この稼動音がいつもと変わらないという安心感を与えてくれている. 図 2 常用ディーゼル発電機 ( ヤンマー 製 S165L-UT 機関 240kW 1000min-1) 図 1 夏の昭和基地全景 * 原稿受付平成 21 年 11 月 19 日. ** ヤンマー 尼崎市長洲東通 1-1-1 この常用ディーゼル発電機を昭和基地で稼動するにあたって, 南極の環境に配慮した様々な取り組みがなされている. まずエンジンからの排気ガス中の窒素酸化物の排出を軽減させるため, 日本国内の NOx 規制値をクリアした性能マッチングを実施している. また年間を通して太陽光発電装置 ( 最大 55kW) との並列運転を行い, エンジンからの排気ガスの排出量を抑制している. 特に夏期間には太陽が沈まないため, 太陽光発電装置の寄与するところが大きい. また発電機用燃料のエネルギーを最大限利用するためにエンジンの排熱利用を積極的に行うコージェネレーションシステムを採用している. 熱交換器を通してエンジンの冷却水から熱を取り出 Journal of the JIME Vol. 45,No.2(2010) 88
237 し, 基地内の温水供給と風呂水の保温に利用している. 因みに風呂は節水のため循環方式を採用し, 熱交換器 フィルター 殺菌器を装備している. 熱された通路棟の空間を通して発電棟と繋がっている これによりエンジンの周囲で温められた空気が滞留することなく, 発電棟から通路棟を通って各居住棟や他の施設に温風となって流れるような構造になっている そのため, 外気温がマイナス 40 度になる厳冬期であっても, 屋外外出に着用する重厚な装備なしで各棟間を移動することが可能となっている. 図 3 発電棟内にある風呂場. 浴槽内は節水のため循環方式を採用している また屋外に設置されている生活用水製造用水槽 (130kL 水槽,100kL 水槽の2つあり冬期中は雪を融かして利用する ) の熱源としている. この設備により年中を通して水不足に悩むことはないが, その反面発電機が停止した場合や配管がゴミなどで閉塞された場合等には, 水の循環ができなくなり, 冬期には 30 分以内で屋外配管内の水や水槽が凍り付き, 復旧が不可能となってしまう. そのようなリスクを想定するだけで気持ちが引き締まり, それを回避するためメンテナンスや監視を確実に行う毎日であった. 図 5 発電棟 ( 手前 ) から居住棟に続く通路棟. 発電棟からの温風により内部は快適である 各隊員個室のある居住棟や生活の中心となる管理棟などの主要な建物の暖房は, 発電棟内で暖められた温水により, 各棟の熱交換器を介して建物全体を床暖房と温風で暖房するようなシステムになっている. これらの様々な排熱利用によりディーゼル発電機の熱効率は 92% となっている. 常用ディーゼル発電機用の燃料は JIS 特 3 号軽油を使用しており, 昭和基地から 1km ほど離れた見晴らし岩という場所にある貯油タンクに備蓄されている. 図 4 発電棟 ( 左上 ) 横に設置された130kL 水槽 ( 中央 ) と 100kL( 右上 ) 主に 130kL 水槽で融雪による造水を行う エンジンの排気ガス煙道中に排ガスボイラーを設置して排熱を温水に利用している. 昭和基地の地形環境から基地内の他の施設よりも発電棟が低い場所に建設されており, 各施設は外部と断 図 6 見晴らし岩に設置された貯油タンクのタンク群 砕氷艦しらせ が昭和基地沖に停泊すると, 最初の仕事として昭和基地への燃料の送油がある. 海氷上にパイプラインを設置し, 直接見晴らし岩の貯油タン Journal of the JIME Vol. 45,No.2(2010) 89
238 昭和基地で活躍するディーゼルエンジン - 南極での快適で安全な活動のために クに送油する. 貯油タンクから昭和基地内タンクへは月 1 回程度移送を行い, 昭和基地内タンクから発電棟の屋内タンクまでは 1 日 2 回送油を行う. 送油された燃料は発電棟内で 1 日暖めた後機関へ供給されるようなシステムになっている. 運転は重労働である. 2.2 昭和基地内非常用ディーゼル発電機昭和基地には発電棟のほかに基地主要部から少し離れたところに非常発電棟がある. 棟内には2 機の非常用ディーゼル発電機 ( ヤンマー 製 6HALC-DT 160kW 1500min-1) があり, 非常時に備えスタンバイ状態である. 今までに活躍したのは 11 年前と 14 年前の夏期間に実施した常用ディーゼル発電機交換時の基地電源として使用した程度であり, この発電機を緊急事態で使用したことはない. 今後もバックアップ用電源として静かに見守っていてもらいたいものである. 図 8 SM40 形雪上車 ( 車両 : 大原鉄工所製エンシ ン : いすゞ自動車 製 6BG1 形出力 121kW) 図 7 非常用発電装置 ( ヤンマー 製 6HALC-DT 形機関 160kW 1500min-1) 図 9 SM100 形雪上車の運転席 ( 中央のレハ ーがハント ル ) 2.3 雪上車用ディーゼルエンジン昭和基地や沿岸および大陸での野外観測活動の移動手段として様々な雪上車が準備されている. 雪上車のボディは雪原でも目立つようにオレンジ色に統一されている. 代表的な雪上車を紹介する. 夏期間に昭和基地から野外観測や調査研究活動をする際に移動手段として小型雪上車が利用されている. 昭和基地は大陸から離れた小さな島 ( 東オングル島 ) にあり, 昭和基地から調査や観測に出るには海氷上を移動する必要がある. そのため軽量で小回りの利く SM40 形 ( 大原鉄工所製 ) が主に利用されている. 雪上車は海氷上や大陸の雪原に対応する為, 足回りに金属製の爪を持ったゴム製のクローラを装備している. 方向のハンドル制御は左右の操向レバー ( 図 9 の中央のレバー ) を手前に引くことによって片側のクローラにブレーキがかかり, 引いた方向に曲がるような構造になっている. そのため乗用車とは違い雪上車の 冬明けから夏期間にかけて南極大陸での長期観測旅行 ( 内陸旅行 ) が行われる. この時に活躍するのが大型雪上車 SM100 形 ( 大原鉄工所製 ) である. 内陸旅行では大陸上に雪原以外何もなく真白な世界である. 唯一雪上車のみが隊員たちの命を守り, 生活の場となる. SM100 形雪上車は車外がマイナス70 度であっても内部はディーゼルエンジンを運転させることによって, 車内に電気と暖気を供給し快適な生活ができるように工夫されている. また8 人程度の隊員が一同にミーティングや食事ができるよう十分な広さが確保されている. 車内には常時昭和基地や日本との連絡を可能にするため衛星電話を搭載している車両もあり, 大容量の電源も使用できるようポータブル発電機も搭載されている. このSM100 形雪上車は移動する基地のようなものである. Journal of the JIME Vol. 45,No.2(2010) 90
239 車で行うのが原則であるが, エンジンのトラブルは生死に関わる大きな問題に直結する. 移動後キャンプ地に到着すると雪上車各部の点検と燃料補給を実施するのが旅行中の日課となっている. また旅行中には雪上車からの不用意な外出は極力避けなくてはならない. 雪上車すなわちエンジンから離れるということは即体温が奪われるということであり, 命に関わる問題となってくる. 旅行中はエンジンに守られているということを常に自覚しておく必要がある. 図 10 SM100 形雪上車 ( 大原鉄工所製エンシ ン : SM113 以前いすゞ自動車 製 6RB1T 形出力 206kW / SM114 以降コマツ製 SA6D125 形出力 220kW) 2.4 作業機械用ディーゼルエンジン昭和基地ではパワーショベル ( コマツ製 PC70) やブルドーザ ( コマツ製 D41P) などの建設機械は 1 年を通して活躍している. 夏期間の建設作業での活躍は当然であるが, 越冬中の除雪作業は重要な作業であり, 建設機械は欠かせない存在である. 越冬中には何回かのブリザードに見舞われ, 長い時には 1 週間程風雪が続く. その度に基地が埋もれてしまうほどの雪が積もる為, 除雪作業を行う必要があるが, その時に活躍するのが建設機械である. 図 11 SM100 形雪上車内は広々としている 図 13 基地周辺を除雪するハ ワーショヘ ル 図 12 内陸旅行で SM100 形雪上車に引かれる燃料橇 内陸旅行で雪上車に使用する燃料はマイナス70 度でも流動を確保した特殊な軽油を使用している. 自走燃料としてドラム缶 12 本を一つの橇に乗せ,7 橇 ( ドラム缶 84 本 ) まで牽引し時速約 7kmで走行することができる. 基本的に観測旅行は万一の事を考慮して複数の雪上 図 14 フ リサ ート の後, 雪に埋もれた基地を除雪するフ ルト ーサ とハ ワーショヘ ル Journal of the JIME Vol. 45,No.2(2010) 91
240 昭和基地で活躍するディーゼルエンジン - 南極での快適で安全な活動のために ブリザード明けには朝から夕方まで休みなく除雪を行ってもさっぱり捗らず,1 週間がんばってようやく終わりが見えかけたころに次のブリザードに見舞われ, 一からやり直しという事が何度もある. 越冬中はブリザードと除雪の繰り返しで過ぎて行くような感じである. 除雪作業は主に我々機械部門の隊員が行うが, 手の足りないときは医療や調理, 観測系などの隊員にも手伝ってもらっている. そのため越冬も後半になるとパワーショベルを手足のように使えるようになっている隊員も多い. 夏期間には 砕氷艦しらせ から越冬物資を大量に運搬するがその一部はヘリコプターで空輸される. ヘリポートではヘリコプターからの物資の受け渡しにフォークリフトが活躍している. またヘリコプターで空輸できない大物物資については 砕氷艦しらせ から直接海氷上の橇に物資を降ろし, 雪上車で海岸近くまで運搬する. 海岸にはラフテレーンクレーン ( コマツ製 LW100) とトラックが待ち構えていて物資を吊り上げ, トラックに乗せて昭和基地まで運搬する. 夏期間中は太陽が沈まないという好条件と太陽熱のために海氷が解け始めるという悪条件の為, 短期間で終えなくてはいけないことから昼夜を問わず荷役作業を続けなくてはならない. もちろん作業に携わっている隊員たちは疲労困憊であるが, この作業が終わらないと自分達が越冬生活に入れないことがわかっているため必死である. で行く. 昭和基地から大陸や近くの島まで,200~500m 毎に2m 近い氷厚を計測するため海氷に穴を開けるのが電動掘削ドリルである. 全てを人力で掘削するのは不可能に近く, ポータブル発電機はルート工作には不可欠な存在である. ルート完成後は先ほど紹介した雪上車 SM40 でルートマップに従いペンギン生態調査や地磁気調査などいろいろな方面への観測活動に出かける. 太陽の昇らない暗い冬を昭和基地で過ごした隊員にとってこの時期の野外観測は楽しみの一つである. 図 16 海氷上でスノーモヒ ルに繋がれたソリに積まれた発電機 ( ヤンマー 製 YDG350 形 ) 3. おわりに 昭和基地の様々な場面で活躍するディーゼルエンジンを紹介してきた. 昭和基地が建設された 50 年前に比べると観測範囲の拡大, 情報処理能力の向上や観測隊員生活の安全等, 便宜性の向上は計り知れないものがある. それを支えているのが安定した電力 熱のエネルギー供給であり, 良好な車両 機械 設備の管理により基地の維持を可能としている. その動力源となっているディーゼルエンジンが一年間事故なく活躍できるよう維持することは我々機械隊員に課せられた一番の任務であり, 一年間無事に過ごせたことは誇りである. 図 15 しらせ から下ろされた物資は雪上車で運搬されラフテレーンクレーンで陸揚げされる 2.5ポータブルディーゼル発電機冬明け近くになると近隣の島への野外生物観測準備のため, 海氷上に雪上車が走行するためのルートを作っていく. ルート工作は海氷の氷厚を計測し, 安全を確認して目印の旗を立て前の旗からの方角を確認して行くことなのであるが, そのときに活躍するのがポータブル発電機である. スノーモービルに橇を繋ぎ, 中に発電機を積ん 著者紹介 正川幸男 1967 年生. ヤンマー株式会社特機エンジン事業本部品質保証部 神戸大学工学部 第 39,44 次日本南極地域観測隊参加 Journal of the JIME Vol. 45,No.2(2010) 92