天気の科学ー8

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(c) (d) (e) 図 及び付表地域別の平均気温の変化 ( 将来気候の現在気候との差 ) 棒グラフが現在気候との差 縦棒は年々変動の標準偏差 ( 左 : 現在気候 右 : 将来気候 ) を示す : 年間 : 春 (3~5 月 ) (c): 夏 (6~8 月 ) (d): 秋 (9~1

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1. 天候の特徴 2013 年の夏は 全国で暑夏となりました 特に 西日本の夏平均気温平年差は +1.2 となり 統計を開始した 1946 年以降で最も高くなりました ( 表 1) 8 月上旬後半 ~ 中旬前半の高温ピーク時には 東 西日本太平洋側を中心に気温が著しく高くなりました ( 図 1) 特

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接している場所を前線という 前線面では暖かい空気が上昇し雲が発生しやすい 温帯低気圧は 暖気と寒気がぶつかり合う中緯度で発生する低気圧で しばしば前線を伴う 一般に 温帯低気圧は偏西風に乗って西から東へ移動する 温帯低気圧の典型的なライフサイクルは図のようになっている 温帯低気圧は停滞前線上で発生す

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今年 (2018 年 ) の夏の顕著な現象 平成 30 年 7 月豪雨 記録的な高温 本から東海地 を中 に 広い範囲で記録的な大雨となった 東 本から 本を中 に 各地で記録的な高温となった 2

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図 1 COBE-SST のオリジナル格子から JCDAS の格子に変換を行う際に用いられている海陸マスク 緑色は陸域 青色は海域 赤色は内海を表す 内海では気候値 (COBE-SST 作成時に用いられている 1951~2 年の平均値 ) が利用されている (a) (b) SST (K) SST a

() 実験 Ⅱ. 太陽の寿命を計算する 秒あたりに太陽が放出している全エネルギー量を計測データをもとに求める 太陽の放出エネルギーの起源は, 水素の原子核 4 個が核融合しヘリウムになるときのエネルギーと仮定し, 質量とエネルギーの等価性から 回の核融合で放出される全放射エネルギーを求める 3.から

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梅雨 秋雨の対比とそのモデル再現性 将来変化 西井和晃, 中村尚 ( 東大先端研 ) 1. はじめに Sampe and Xie (2010) は, 梅雨降水帯に沿って存在する, 対流圏中層の水平暖気移流の梅雨に対する重要性を指摘した. すなわち,(i) 初夏に形成されるチベット高現上の高温な空気塊

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い水が海面近くに湧き上っている 図 (a) をみると 太平洋赤道域の海面水温は西部で高く 東部で低くなっていることがわかる また 北半球 ( 南半球 ) の大陸の西岸付近では 岸に沿って南向き ( 北向き ) の風が吹くと 海面付近の暖かい海水は風の方向に力を受けるとともに 地球自転に

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天気の科学 (8) 成層圏突然昇温 山崎孝治 ( 北海道大学名誉教授 Koji Yamazaki) 1. 成層圏とは成層圏は対流圏の上層にあり上空にゆくにつれて気温が上昇していく領域である またオゾンが多いオゾン層としても知られる 成層圏で気温が高いのはオゾンが太陽からの紫外線を吸収して加熱するからである 成層圏にはオゾンホール 赤道成層圏準 2 年振動など面白い現象がたくさんある 成層圏は面白いだけでなく対流圏の気象とも密接に関係している ここでは成層圏突然昇温 (Stratospheric Sudden Warming: SSW) を中心に紹介するが まずは成層圏を概観してみよう 2. 平均的な成層圏循環像図 1に冬の平均的な気温と西風風速の緯度 高度分布図を示す 赤道域では地表から上にゆくと気温 ( 破線 ) が下がし 気圧 100 hpa 高度にして 17 km 付近で 80 以下の極低温となる ここまでが対流圏でこれより上層が成層圏であり 気温は高度とともに上がる 成層圏は 1 hpa, 50 km 付近まで広がっているが 図 1は成層圏中部までを示している 対流圏と成層圏の境を対流圏界面という 中高緯度では 300 hpa, 8 10 km 付近に対流圏界面がある 商用航空機の巡航飛行高度は1 万 1 万 2000 m であり中高緯度では成層圏下部にあたる 冬の気温の南北分布を見ると対流圏では熱帯域で高く極域 特に北極域で低い ( 図 1で影は 40 と 20 の間 ) これは当たり前のように思える ところが成層圏では不思議な事に南極上空が赤道上空より暖かい ( 図 1の上端 30 km, 10hPa 付近に注目 ) 冬には太陽は南半球側にあり 日射量の日平均は南極で最大となる 南極では1 日中太陽が沈まない白夜となるためである 一方 北極は一日中を通して日が当たらない極夜であり 日射量はゼロで 大気が放出する赤外放射で冷却されるだけである 成層圏は大気密度が小さいので熱容量が小さく日射量の季節変化に素直に応じて気温が季節変化する 一方 対流圏では海や陸の大きな熱慣性のために1 年を通して熱帯域の海水温や地温が高く この地表面の熱が対流で大気に運ばれ 対流圏の温度も冬でも熱帯が高緯度より高くなる ある意味 対流圏のほうが成層圏より複雑である 東西風を見ると亜熱帯の対流圏界面付近に西風の強いジェットがある この西風ジェットは冬にあたる北半球側のものが強いが 南半球にもある 一方 成層圏では冬に北半球で西風ジェット ( これを極夜ジェットとよぶ ) が見られ 南半球では東風ジェットとなっている つまり冬の北半球成層圏は北極を中心とした低気圧循環 南半球成層圏は南極を中心とした高気圧循環となっている この意味でも成層圏循環は単純である 1

図 1 冬の気温と風速 冬 (12-2 月 ) の東西平均した気温 ( 破線 ) と西風風速 ( 実線 ) の緯度 高度分布 気温の等値線は 10 毎で 20 40 の範囲に影 風速の等値線は 10 m/s 毎 地球惑星科学入門 1) の図 19.4 に加筆 3. 成層圏突然昇温成層圏の天気図を 2009 年 1 月について見てみよう 図 2 上は 2009 年 1 月 14 日の中部成層圏の 10 hpa の天気図 ( 高度図 ) である 北極域に低気圧があり アリューシャン付近に高気圧がある このアリューシャン高気圧は冬にはほぼいつも見られる 5 日後の1 月 19 日には北極の低気圧性の渦 ( これを極渦という ) はアリューシャンとヨーロッパの高気圧に挟まれて 左右に ( 北米とシベリア側 ) に引き延ばされている さらに5 日後の1 月 24 日には極渦は2つに分裂し北極域は高気圧の勢力の方が優勢となる 風でいえば 高緯度の西風が東風に急激に変わる このような現象を成層圏突然昇温 (SSW) という 北極域の気温が急激に上昇するからである この例では地球を東西に一周したとき 高 低 高 低と波の数が2( 波数 2) の擾乱が発達した SSW であるが 極渦が北極から弾き出されるような波数 1 型の SSW も多くある 波数 3 以上はない 北極の成層圏中部 10hPa の気温の 2008 2009 年の変化を見ると 1 月下旬に急激に上昇している ( 図 3) 12 月から1 月初めまで概ね 70 くらいの気温であったが1 月下旬の5 日間ほどで 60 以上も上昇し 1 月 23 日には 5 にも達している 夏の北極の平均的気温の 30 よりもかなり高くなる その後 気温はゆっくりと低下し3 月にはかえって平年より冷たくなっている このゆっくり戻る部分は放射によってその季節のあるべき状態に落ち着いてゆく過程である 世界気象機関の基準では高緯度成層圏で1 週間以内に 25 以上昇温した場合を SSW と呼ぶ 2009 年のケースのように高緯度の風が西風から東風に変わってしまうような SSW を大昇温 (major warming) といい 毎年起こるわけではない 平均すれば数冬に1 度程度だろ 2

う 一方 昇温基準は満たすが風向までは変わらないものを小昇温 (minor warming) とよぶ 小昇温は大昇温より頻繁に起こり 一冬に複数回起こる事もある 極渦の立場から見ると SSW は極渦が急に弱まる現象である SSW は 1952 年 2 月にベルリン自由大学のシェルハークによって発見された そのメカニズムはすぐにはわからなかったが 1971 年 松野太郎 2) によって解明された 4. 成層圏突然昇温のしくみでは SSW のメカニズムを説明しよう 対流圏内でプラネタリー波と呼ばれる波長が長い ( 波数が小さい ) 準定常ロスビー波が増幅し 成層圏へと伝播する プラネタリー波は西向き ( 東風 ) 運動量を持っている ロスビー波は平均流に対して西進するので平均流が西風でないと止まること ( 定常になること ) ができない そのため準定常ロスビー波が成層圏へ伝播できるのは平均流が西風である冬季のみである また波長の短い波は成層圏へ伝播できず 結局 成層圏へ伝播するのは波長の長い ( 波数が小さい1か2) プラネタリー波だけである さて伝播先の成層圏では密度が小さいので波の振幅が増幅し やがて波は砕け 平均場に東風運動量を渡す つまり平均流の西風を減速させる 極渦の低気圧循環に摩擦が働くことと同様に この波の西風減速の力により空気は低気圧中心 つまり 北極に向かう 北極に向かった空気は北極域で下降する ( 西風減速の上層では上昇 ) その下降流により断熱昇温する SSW はグローバルな現象であり 北極とは逆に熱帯域成層圏では空気は上昇し降温する しかし熱帯の面積が圧倒的に広いので熱帯の温度変化は北極域に比べれば小さい まとめると SSW は冬に対流圏で増幅したプラネタリー波が成層圏へ伝播して西風を減速して起こる現象である 夏には成層圏は高気圧性循環すなわち東風なのでプラネタリー波は成層圏に伝播せず SSW は起こらない 5. 対流圏への影響 SSW は対流圏から成層圏へのプラネタリー波の鉛直伝播の効果として理解されるが いったん成層圏で極渦が崩壊するか弱い状態になると その状態はかなり長続きすることが多い さらに成層圏の変化は下方伝播し対流圏でも平均した高緯度の西風 ( 亜寒帯ジェット ) が弱い状態になりやすい 3) ( 図 4) つまり SSW の後 対流圏で亜寒帯ジェットが蛇行しやすくなる これは北極域の寒気が中緯度に流出しやすくなることを意味し SSW から中緯度の寒波の予測可能性を示している SSW の後にいつも中緯度で寒波になるわけではないが 寒波になる確率は SSW 後 2ヶ月程度の間 増大する このように成層圏は対流圏の気象 気候予測に役に立つことが近年認識されてきている なお SSW は南半球では 2002 年 9 月の一度しか観測されていない 南半球では中緯度において大規模な山岳や大陸 海洋の熱的コントラストが小さく 対流圏のプラネタリー波の振幅が北半球に比べて圧倒的に小さいためである 南極成層圏では 1980 年代以降オゾンホールが発達してきた ( 現在はフロンの規制によりゆっくりと回復してきている ) 南極の春にオゾンが減少するとオゾンによる紫外線加熱が減少し南極成層圏が寒冷化し極渦は強まってきた この南極成層圏での極渦の強化が 対流圏 3

に下方伝播し 夏の対流圏で南極の周りの西風が強化された 南極半島ではこの結果 温暖化した マスコミで南極の温暖化とか氷棚崩壊などが報じられたがこれらは主に南極半島での出来事である 逆に南極大陸中央部では温暖化しなかった これは成層圏オゾンホールが対流圏の気候に影響を与えた好例である 近年 成層圏循環の変動が対流圏に影響を与える事が認識されてきており 長期予報や気候変動予測にとって成層圏は重要な要素になりつつある 昔は 10 hpa くらいに上端があれば対流圏予報のための数値モデルとしては十分と考えられていたが 近年は 毎日の天気予報の基になる数値予報モデルはもちろん 遠い将来を予測する温暖化予測のための気候モデルにおいても成層圏全体を解像する背の高いモデルが使用されるようになってきている 4

図 2 2009 年 1 月の 10 hpa 天気図 (a) 2009 年 1 月 14 日,10 hpa の高度場 等値線間隔は 300 m (b)1 月 19 日 (c)1 月 24 日 5

図 3 北極成層圏の気温変化 2008 年 7 月 1 日 2009 年 7 月 1 日までの 1 年間の 10hPa における北極の 1 日毎の気温変化 図 4 成層圏突然昇温前後の 60N の西風偏差 1957 年 9 月 2002 年 8 月の 45 年間に起きた 51 例の成層圏突然昇温の合成図 3) 60N の西風偏差の時間 気圧断面図 DAY 0 は SSW が起きた日に対応 西風偏差の等値線は 0.5,1,2,3,4,5 でそれ以上は 5 m/s 毎 正は実線 負は点線 引用文献 1) 在田一則 竹下徹 見延庄士郎 渡部重十編著 (2015): 新版地球惑星科学入門 北海道大学出版会 2) Matsuno, T. (1971): A dynamical model of the stratospheric sudden warming. Journal of Atmospheric Sciences, 28, 1479-1494. 3) Nakagawa, K. I. and K. Yamazaki (2006): What kind of stratospheric sudden warming propagates to the troposphere? Geophysical Research Letters, 33, L04801. 6